高橋美恵子
大阪大学大学院人文学研究科教授

概要

 福祉国家として知られるスウェーデンは、「国民の家(Folkhemmet)」という理念に基づき、長い年月をかけて「誰も取り残さない、取りこぼさない」包摂型社会を築いてきた。この背景には、「国民の父」と称される政治家ペール・アルビン・ハンソンが、1928年の国会演説で、社会に存在するあらゆる格差の撤廃や、連帯により国民が一体となる国家の構築を訴えたことがある。過去100年にわたり、社会課題に多角的かつ実践的に取組みながら制度改革を重ねることで、現在のスウェーデン社会が形成されていった。
 すべての人のウェルビーイングの向上を目指すユニバーサル(普遍的)な政策を展開するスウェーデン社会は、①参加型の平等社会、尊厳ある自立を支える共生社会、子どもの権利を重視する社会、環境先進国として人と環境に優しい共生社会、という4つの側面から特徴づけられる。
 子育て・子育ち支援制度の拡充を進め、1970年代には個人別課税や男性も対象とする育児休業制度を導入し、男女平等とワーク・ライフ・バランスを推進した。民主主義教育と主権者教育は、国民の社会参画を促し、民主的社会の形成に寄与し、エビデンスに基づく政策決定は、不確実性に挑む文化的土壌(前例やロールモデルのない政策の導入、コロナ禍のロックダウン回避など)の形成を後押しした。難民・移民への統合政策も、民主主義を基盤とし、すべての人が等しく価値を持つこと前提として制度化されている。学び直しや雇用の再挑戦が可能な「やり直しの効く社会」であるスウェーデンは、人々に安心と満足感を提供していると考えられる。スウェーデンの事例を参考に、豊かな社会の実現に向けて日本が制度設計などを検討する余地はあるだろう。

山のあなたに「幸」は住むのか?―日本と世界のウェルビーイング比較―
第1章 日本人は「不幸せ」なのか―国際指標を読み解く― 谷口 将紀・宇田川 淑恵 著
・第2章 スウェーデン―すべての人のwell-beingを目指す包摂型社会―
第5章 日本人は「幸せ」なのか―「みんなのほんとうのさいわい」とは― 水島 治郎 著

INDEX

図表

図1 子どもを生み育てやすい国だと思うか(20-49歳 男女の回答)(%)
表2 子育てに当たって利用したい/したかったと思う制度(希望)と利用した制度(現実)2020年

1.政治主導による「国民の家」の確立

 スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、アイスランドの5か国は北欧協定のもとで協力体制を築いており、定期的に北欧閣僚会議を開催して、政策や社会的課題について議論し、情報を共有している。その結果、各国の政策には多くの共通点がみられ、類似した政策体系が形成されてきた。このことから「北欧モデル」と呼ばれている。ただし、現在は友好国であるデンマークとスウェーデンも、長い歴史の中で戦争を繰り返した敵対国だった経緯があり、各国の国民性には相違がみられる。

 スウェーデンにおいては、政治の舵取りや社会政策のあり方が、人々の意識や生活に大きな影響を与えてきた。その福祉国家の礎となったのが、1920年代末に登場した「国民の家(Folkhemmet)」という理念である。この理念は、格差をなくし「誰も取り残さない、取りこぼさない」という包摂の精神を基盤としており、100年にわたり現在のスウェーデン社会の形成につながってきた。その背景には、19世紀末から1930年代にかけて各界のオピニオンリーダーが積極的に考えやビジョンを発信し、それを受け入れる社会の素地が存在していたことが大きい。特に、「国民の父」と称される社会民主労働党のペール・アルビン・ハンソン党首(当時)は、1928年の国会演説において階級差の撤廃と社会格差の是正を訴え、より平等な社会の実現を目指した。

 1930年代以降、社会民主労働党が政権を担ったことにより、その理念に基づく国づくりが本格化し、現在の包摂型社会の基盤が築かれた。他方、同時期には、子どもの貧困や貧困家庭への対応が喫緊の課題となり、これが福祉国家の基盤構築につながった。とりわけ、当時深刻であった出生率の低下が問題視され、オピニオンリーダーと政府が問題意識を共有した結果、家族政策が導入されるに至った。こうした社会の変革の積み重ねにより、スウェーデンは現在の包摂型社会へと発展した。

 第2次世界大戦においては中立を維持し、参戦を回避したものの、戦後の1940年代半ばから1950年代にかけてスウェーデンは経済的に厳しい状況に陥った。国の再建にあたっては、「国民の家」構想に沿ったプログラムが打ち出された。1960年代には、高度経済成長期を迎え、国内経済の発展とともに公共セクターの整備が進展した。その結果、庶民の生活環境は大きく改善し、当時のスウェーデンは国際的にみても非常に高い生活水準に達していた。

2.スウェーデン社会の4つの特徴

 新しい政策的取り組みを続ける政治面に加えて、社会的側面から見たスウェーデンの特徴としては、以下の4点が挙げられる。

 第1に、参加型の平等社会である。すべての人の参加を前提とし、外国人にも参政権を認めている。国政への参加は認められていないが、スウェーデンでの在住歴が3年以上あり、かつ反社会的な活動を行っていない場合には、地方議会の選挙権が付与される。さらに、第3セクターも重要な役割を担う。国や企業のみならず、第3セクターやその関係者から政策に関する意見を聴取する仕組みとしてレミス制度が存在する。これは、法律の制定や制度改革に際し、政治家や官僚だけでなく、民間団体等からも意見を求める制度である。そのほか、市民レベルでの社会活動や趣味の活動においても、協会(förening:アソシエーション)が組織されている。これにより、誰もが他者と何らかのつながりを持ち得るのであり、国はこうした活動に対して補助金を交付する仕組みを整えている。協会活動は幼少期から生涯にわたって継続される。

 第2の特徴は、尊厳ある自立を支える共生社会である点である。前述の通りスウェーデンは全ての人の包摂を目指し、外国籍住民や移民、難民といったニューカマーに対しても非常に手厚い支援を行っている。他方で、このような支援の手厚さを背景として、近年、一部の外国人排斥を唱える極右政党が台頭していることも事実である。彼らは外国人全体の排斥を主張しているわけではなく、スウェーデン社会に適応しない一部の外国人に対しては排他的な姿勢を示している。

 第3の特徴は、子どもの権利を重視する社会である点である。近年、日本を含む世界各国で子どもの権利への関心が高まっているが、スウェーデンはその先駆的な役割を果たしてきた。今からおよそ125年前の1900年、社会思想家で教育者でもあったエレン・ケイが、『児童の世紀』という本を出版し、子どもの権利を唱えるとともに体罰への反対の意を示したのが始まりである。1979年に体罰が全面的に禁止されたのは、こうした思想が制度として結実したものであり、子どもの人権尊重の理念が社会に深く根付いていたことを示している。

 4つ目の特徴は、環境先進国として人と環境に優しい共生社会を創成している点である。スウェーデンでは、中世の時代から、例えば木の実をどの程度採取してよいかといった自然利用に関する取り決めが存在していた。19世紀から20世紀にかけて、人々の活動の範囲が広がると、自然豊かな国であるがゆえに、自然資源をどこまで利用できるのかをめぐる議論が生じた。その結果、すべての人が自然にアクセスできる権利として「自然享受権」が確立された。この権利に基づき、人々は立ち入り禁止区域を除き、森を自由に散策したり、天然記念物以外の植物やきのこを採取することが可能となった。このスウェーデン発祥の自然享受権に類似した慣習法は、後にノルウェーやフィンランドでも導入されている。

 人々の生活に関わる政策を講じるのは政治家や政府であるが、スウェーデンでは、すべてがトップダウンで決められるわけではない。多くの社会課題は、市民社会の中からボトムアップで提起され、政策化されてきた経緯がある。

3.社会的政策にみる「すべての人のWell-being」

包摂社会とウェルビーイング

 スウェーデンでは、前述の「国民の家」の理念に沿い、すべての人のウェルビーイングの向上を目指すユニバーサル(普遍的)な政策が講じられてきた。これは、安全で安定した暮らしを望む人々が、制度に対して高い満足度を持つことにも関連している。個人・家族レベルでの生活を支える制度の構築においては、家族政策や子ども政策に留まらず、多岐に渡る関連政策が有機的に連携している。例えば、子育ち環境の整備においても、子ども政策のみで対応するのではなく、複数の政策が重層的に人々の生活や人生を支えている。こうした支援体制は明確に制度化されており、環境整備は重層的かつ包摂的である。次世代育成の観点からも、細やかなセーフティーネットが構築されているといえる。

 ライフスタイルの面でも、スウェーデンと日本には違いがある。様々な生き方を包摂することを前提として、スウェーデンでは50年以上前から同棲(事実婚・サムボ)が社会制度上認められている。「カップル」や「両親」は男女間に限定されず、事実婚には同性カップルの権利保護やLGBTQsの暮らし方の保証といった意味合いもある。社会全体としてもLGBTQsに関する意識は高く、寛容である。また、家族形成のあり方も緩やかで、日本で一般的とされる、結婚してから子どもを産む、という社会規範はもはや定着していない。例えば、男女のカップルが同居してサムボとなり、妊娠・出産をした場合でも、その後の選択肢として結婚があるにすぎず、必ずしも法律婚に縛られない社会となっている。さらに、早期の性教育により、避妊や妊娠に関する知識が普及しており、家族計画は国民の間で広く実践されている。長期的にカップル関係を見据えた上で、結婚の有無に関わらず家族を形成することが一般的である。

 こうした多様な生き方を重視する価値観は、親子関係にも反映されている。スウェーデンでは、子どもが自立・自律した個人として社会で幸せに生きることを願うのが子育ての基本とされ、親が老後の世話を子どもに期待する意識はない。親は子どもが自らの人生を全うできる個人に育つよう、高校卒業までは時間と愛情、お金をかけて懸命に育てる。子どもが自立することを最優先に考えつつ、親としては継続的なサポートも行う。

男女平等への道

 1970年代、スウェーデン政府は男女平等政策に着手し、男性の稼ぎ主モデルから共働き型への転換を主導した。国全体の構造が変化したのである。これは、西欧諸国の中でも初の試みであった。当時のスウェーデン人の意識の変化については、ストックホルム大学(当時)の家族社会学者が示した「2対6対2の法則」が興味深い示唆を与えている。この法則は明文化されたものではなく、実際の統計的根拠に基づくものではないが、男女平等を例に説明すると次のようになる。最初の2は「国・制度を変えたい人々」、中間の6は「どちらともいえない人々」、最後の2は「現状維持を望む人々」である。中間層には、制度を変えたいという考えに近い人もいれば、そうでない人も含まれる。男女平等社会への政策・社会転換の過程を考えると、国内の約2割は制度改革を強く望み、積極的に実行に移す層である。その周囲の6割の中間層は、こうした動きに徐々に感化され、社会全体の意識変化を促す。この法則は、男女平等以外の社会課題の変化過程にも当てはまる可能性がある。

 男女平等社会への転換期である1970年代には、様々な制度改革が行われた。従来、夫婦合算方式であった所得税制度は、1971年に個人別課税に移行し、1974年には男性にも育児休業の適用が拡大された。また、1989年には、未亡人が年金を受け取る寡婦年金制度が廃止され、完全な平等型社会を目指して段階的に制度改革が進められた。これらの制度改革により、人々の意識と行動も徐々に変化した。従来は既婚女性の大半が専業主婦だったが、女性も仕事を持ち経済的に自立する社会へと移行した。政策に反発する層もあったと考えられるが、制度改革により対応せざるを得なかった者や、男性と同様に仕事で活躍したいと考える者は変化に柔軟に対応した。制度改革に消極的であった約2割の人々も、時を経て社会の変化に順応したと考えられる。こうした人々の意識と行動の変化は、男女平等政策にとどまらず、スウェーデン社会の他の政策領域にも当てはまるものである。

ワーク・ライフ・バランス

 スウェーデンでは、男女平等という理念が社会的に掲げられる以前より、男性労働者の福祉と権利の観点から労働環境が整備されており、過酷ではない働き方が実現していた。男女平等が進むと、次にワーク・ライフ・バランスの「質」に目を向けられるようになった。つまり、初期段階で労働者にとって働きやすい状況が整っていたことが、日本との大きな違いとなる。

 具体的な制度面では、1930年代以降、労働時間や年次有給休暇制度が段階的に整備され、度重なる改正を経て改善されてきた。1920年に週48時間と定められた法定労働時間は、1957年に週45時間、1973年には週40時間に短縮され、現在も有効である。なお、民間企業のホワイトカラーについては、団体(労働)協約により、週38時間前後である。年次有給休暇は、1938年に2週間と定められ、1951年に3週間、1963年に4週間、1978年の改正で5週間となった。現在、EU諸国全体で有給休暇を連続で取得することが一般的である。スウェーデンでは、繁忙期を除く夏季(6月~8月)に最低でも4週間の休暇を取得することが慣例となっている。夏季には社会全体がスローダウンするが、職位や立場に関わらず全員が休暇を取得することで、「休むことはお互いさま」という職場風土が形成されている。日本では、こうした休暇の取得方法は現状では困難である。


 人々のウェルビーイングは、政策と実践のギャップにも大きく影響される。例えば、少子化対策として、世界的にワーク・ライフ・バランスの推進や男性の育児休業取得促進に対する問題意識が高まっている。日本の育児休業制度は、海外から高く評価されており、特に男性が取得できる期間の長さをなど、制度面では急速に整備が進んでいる。なかには、日本の男性の育児休業制度のみをみて「世界一」と評する声もあるが、制度の存在が必ずしも実践につながっているわけではない。実際、育児休業の取得には依然として大きなハードルが存在しており、制度・政策とその実践の間には顕著なギャップがある(詳細は後述)。いわば「絵に描いた餅」であり、社会的変化はあるものの、育児休業を取りにくい状況は根強く残っている。その背景には、日本特有の国民性や職場風土といった文化的要因が影響していると考えられる。

 
 他方、スウェーデンでは、政策と実践のギャップは小さく、人々は制度を十分に活用している。活用可能な環境が整備されるとともに、主権者としての意識を持ち、自らの権利に対して自覚的である。仕事に対する責任感や義務感も強く、自分が果たすべきことを遂行しながら権利を行使するという意識が定着している。このことが政策と実践のギャップの解消につながっており、実証的にも明らかにされている。

 日本においては、働き方の議論の流れに問題があると考えられる。子どもの有無に関わらず全ての人が休暇を取得し、残業を行わない働き方が定着したうえでワーク・ライフ・バランスの検討に入るべきところ、日本では子どもを持つ労働者の働き方に関する議論が先行する傾向がある。その結果、子どもを持つ人のみが時短勤務や育児休業を取得する場合、他の人たちへの業務負担が集中しやすい構造が生じる。これに対し、スウェーデンでは、全員が休暇を取得し、残業を行わない職場環境を維持するための制度的・組織的なバックアップ体制が整備されている。

子ども支援制度の拡充

 スウェーデンにおける子どもの福祉政策としては、すべての子どもを対象とする児童手当(1947年導入)や教育費の無償化がある。前者はかつて日本の民主党政権下の「子ども手当て」のモデルになった制度である。基礎学校(小・中学校)から大学院修士課程までの学費が完全に無償であり、博士後期課程の学生に相当する研究員には給与が支給される。私立のインターナショナルスクールなど特別な学校は有償の場合もあるが、それ以外の学校は無償である。保育については、就学前保育や学童保育含めて有償であるが、上限額が設定されており、高額にはならない。医療費に関しても、初期診療は19歳まで無であり、歯科治療は22歳まで一般歯科が無である。矯正や審美歯科は有であるものの、歯の健康が重視されているため、特に成長期や大人になるまでの費用が国によって補助される。このように、教育・保育・医療に関して網目の細かい支援制度が整備されているため、子育てにかかる費用は、多くの人にとって「何とかなるだろう」と受け止められ、不安が軽減されている。

 こうした考え方は、アマルティア・センの提唱した「人間の安全保障」の概念に通じるといえる。国家の安全保障が国境や国家の防衛に重点を置くのに対し、人間の安全保障は、人々の生活を脅かす危険や不安を最大限排除することを目的とする。スウェーデン社会は、この人間の安全保障を制度的に具現化しているといえる。

 2020年に内閣府が実施した「少子化社会に関する国際意識調査」(図1)において、自分の国は「子どもを生み育てやすい国だと思うか」という質問に、「とてもそう思う」と回答したスウェーデン人の割合は80.4%だった。この数値は、他3か国と比べ突出して高く、日本は4.4%、フランスとドイツはそれぞれ約26%であった。スウェーデンの人々が特段強いポジティブ思考を持つわけではなく、国民性はむしろ日本人と同様に慎重かつ謙虚である。日本との違いは、個人主義と結びつく個人としての意識が高い点である。互いを敬い尊重し、相手の顔色を見て空気を読む人が多いため、実際に良いと判断したことしか表明しない。「子どもを生み育てやすい国」と回答する割合が、子どもを持つ人のほうが持たない人よりも高いことが示されている。これは、スウェーデンの人々の実体験に基づく評価であることを意味している。

図1 子どもを生み育てやすい国だと思うか(20-49歳 男女の回答)(%)

図1 子どもを生み育てやすい国だと思うか(20‐49歳 男女の回答)(%)

(出所)著者作成(内閣府『令和2年度版少子化社会に関する国際意識調査報告書』図VI-1)。

4.制度と実践のギャップの小ささ

 子育てと仕事の両立支援制度に関しても、スウェーデンと日本の環境の差は、同調査の結果(表2)から明らかである。出産・育児休業制度の活用について、スウェーデンでは、男女ともに制度の利用を希望する割合と、実際に活用した割合が高く、希望と現実の差が小さい。特に男性では、89.4%が育休制度の利用を希望し、87.6%が実際に取得しており、他国と比べて格段に高い数値である。希望と現実の差は2ポイント以下であり、制度が実践的に活用されていることが分かる。他方、日本では、男女ともに利用希望者に比べ、実際に休暇を取得した割合が低い。特に男性は、59.3%が休暇を希望するものの、取得は15.7%に留まるなど、制度と実践に大きなギャップがある。つまり、スウェーデンでは個人の希望が制度によって実現されるのに対し、日本では希望が叶えられていない状況であることが示されている。

表2 子育てに当たって利用したい/したかったと思う制度(希望)と利用した制度(現実)2020年

表2 子育てに当たって利用したい/したかったと思う制度(希望)と利用した制度(現実)2020年

(注)カッコ内は2015年調査の数値。複数回答可。単位は%。
(出所)著者作成(内閣府「『令和2年度版少子化社会に関する国際意識調査報告書』(高橋 2021, p.153))。

 スウェーデンにおける制度の実践を通して、個人の希望が叶う経験と実感を得ることは、税金に対する考え方にも影響を与えていると考えられる。国民負担に関する意識調査によると、スウェーデンでは、学校、医療、高齢者福祉の各サービスに対して、より多くの税金を支払う意向があると答えた人は、7割を超える(Hultåker 2024)。また、「減税」か「社会福祉の拡充」の二者択一を問う調査(注1)では、8割が社会福祉の拡充を選択している。税負担の増加には一定の抵抗があるものの、社会福祉の充実のためにはやむを得ないと判断する。これが、学校や医療、社会福祉など公的サービスに対する今のスウェーデンの人々の意識であろう。

 このようなスウェーデン方式を日本に取り入れることは、文化的な違いもあり、必ずしも成功するとは限らない。スウェーデン自体、長い時間をかけてこの社会の仕組みを築いてきた。社会的不確実性を回避せず、リスクを抱えながらも必要であると判断したことに挑戦できるのがスウェーデン社会である。スウェーデンの事例から、日本においても、制度の導入だけでなく、新しいことに挑戦する姿勢や周囲への寛容度を高めることが、国民の幸福度を高めるカギとなると考えられる。

 また、社会的包摂と教育の観点から、スウェーデンでは政治的争点となるニューカマー(主に難民)への対応にも力を注いでいる。ヨーロッパでは、2015年のシリア難民危機を契機に、難民の受け入れ数はドイツが多いことで知られるがが、人口比でみると、人口約1,055万人のスウェーデンが受け入れた難民の割合がドイツよりも高い。近年難民の受け入れ状況に変化は生じているものの、難民認定の仕組みは整備されている。人道的支援の側面も強く、ニューカマーには入国後、給付付きの2年間のプログラムへの参加が促される。これは生活保護に類似する形で、スウェーデン語教育や母国での職業スキルを活かした職業教育が提供されるほか、スウェーデン社会に関するガイダンスも行われる。ガイダンスの内容は、民主主義、基本的人権を含む知識習得を目標とし、国が制度として取り決めている。文化背景や社会制度が異なる国から移住するニューカマーに対して、この政策はスウェーデンの基本的価値観を共有させ、経済的に自立した個人として社会の一員になることを前提としている。いわゆる統合政策であるが、同化政策とは異なり、民主主義、自由、責任、安心、尊厳、連帯という基本的価値観を土台とし、全ての人が等しく価値を持つことを前提としている。

5.市民の意識と社会参加

主権者意識と政治参加

 人々の意識の観点では、1人ひとりが自立して社会に参画する主権者意識を醸成する取り組みが長年行われてきた。選挙における投票率は社会参画の指標の1つであり、学校教育の枠組みの中で主権者教育が実施されている。また、時代ごとに社会課題に対応可能な政策を講じてきたことも、主権者意識の醸成に寄与している。日本との国民性の違いとして、スウェーデンでは不満があれば個人個人が声を上げ、行動に移し、実践的に変革を求めるのが特徴である。

 有給休暇取得の傾向にも現れる「自らの権利を行使する」といった主権者意識についても、日本とスウェーデンには大きな差がある。

 日本では2024年10月の衆議院選挙の投票率が53.85%で、戦後3番目に低かったとされる。一方、スウェーデンでは選挙の投票率は常に80%を超える。国政と地方議会の総選挙が4年に1度同時に行われるため、投票に参加しやすい仕組みとなっていることも高い投票率の背景である。スウェーデンでは、成年年齢の18歳に達すると、選挙権と被選挙権の両方が付与される。年齢別の国政選挙の調査によると、後期高齢(75歳以上)の投票率は物理的に投票所に行くことが難しいことから低下するが、基本的にはどの年齢層においても80~90%が投票に参加している。日本では投票率が最も高いのは50代から60代であり、結果としてこの年齢層を対象とした政策が講じられる可能性が高い。つまり、若年層が投票に行かなければ、若年層に向けた、または若年層を包摂する制度が構築されにくい。一方、スウェーデンでは年齢に関わらず高い投票率により、政策・制度が全ての国民の問題として捉えられるのではないだろうか

主権者を育てるスウェーデン型教育

 スウェーデンの主権者意識は、家庭内教育と学校教育の両面で醸成される。まず家庭では、親が子どもに対して「ああしなさい、こうしなさい」と押し付けるのではなく、「あなたはどう考えるのか」「何をしたいのか」と子どもの意見や意思を確認する形で接する。この教育方針は現代の親世代に限らず、より上の世代から受け継がれており、相手の意見を尊重することが基本となっている。

 教育制度においても、主権者意識の醸成が重視されている。スウェーデンでは育児休業期間が長く、子どもは最低でも生後1年間、家庭で両親双方からケアを受ける。1歳から1歳半頃になると、就学前学校(日本の保育所に相当)に通い始める。就学前学校は義務教育ではないが、公教育の一環として大多数の児童が在籍しており、基礎自治体(コミューン)は希望する全ての子どもに入所の機会を保障している。よって待機児童も発生しない。就学前学校では、学習指導要領に基づき、民主主義教育が実施される。幼いこどもには「民主主義」という言葉を使わずに、全ての人に尊厳があり、相手を敬い、個々の違いを尊重することを教える。学習内容としては自由な遊びを中心に据え、遊びを通じて学びを深めることで、主体的に考え行動する力や他者を尊重する態度を育む仕組みとなっている。

 スウェーデンでは、1歳~5歳までの就学前教育において野外教育や野外活動を通して自然の中で体を使った遊びを中心に学ぶ。ほとんどの子どもは就学前学校に通い、6歳になると基礎学校(9年間の義務教育)に設けられている就学前学級(0年生)に進む。就学前学級は準備期間としてのプレスクールに位置づけられ、大半の子どもが通うが、やむを得ない理由で通わないという選択肢も認められている。放課後には学童保育を利用し、遊びを通じて学ぶことが実践される。

 基礎学校高学年や高校では、大半の学校で模擬選挙が実施される。模擬選挙は義務ではないが、国が推奨しており、各学校長の判断で行われる。4年に1度の総選挙前には、授業で各政党の実際のマニュフェストを紹介し、子どもたちはその内容を学んだうえで模擬投票を行う。この模擬選挙の結果は、実際の選挙結果と類似することが多い。基礎学校7年生(日本の中学1年)から模擬選挙に参加することで、社会で議論されている事柄を自分事として考える機会が提供される。このような経験を通して18歳で投票権を得るまでに、積極的に社会に関わりたいという主権者意識が育まれる。

不確実性への挑戦と科学的根拠が支える政策文化

 オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステードが、世界72か国・11万人以上を対象とした意識調査の結果を6つの指標で表し、数値化した6次元モデルによると、北欧と日本における「不確実性の回避傾向」に大きな違いが見られる。不確実性の回避とは、予測不能やリスクのある事柄に対し、自ら挑戦するか慎重になるかを示す指標である。日本人は慎重過ぎる傾向があり、石橋を叩いても渡らないケースが多いのに対し、スウェーデンやデンマークなど北欧諸国の人々には、まず挑戦する姿勢がみられる。具体例として、スウェーデンでは世界に先駆けて1974年に男性の育児休業を導入し、1979年には子どもへの体罰を全面禁止した。これらはいずれも前例やロールモデルがない中で実施された政策であり、理想とする政策を自ら率先して実践していく姿勢が現れている。ホフステード指数は、スウェーデン人の挑戦への積極性を的確に示しているといえるだろう。


 男女平等の観点からは、1950年代という早い時期に、労働市場における男女の賃金格差が問題視されていた例も挙げられる。当時既婚女性の多くは有給の仕事に就いておらず、就労している場合も短時間労働が大半であった。この状況を踏まえ、有職者・無職者の既婚女性を対象に生活状況や満足度に関する調査が行われた。

 また、子どもへの体罰禁止の例では、1970年代初めに1人の子どもが継父に殺害される事件が社会問題化し、大規模なデモや社会運動が展開された。この運動を契機に、子どもの権利を守る団体が結成され、やがて法律改正に至った。

 スウェーデンでは市民による草の根運動が社会を変革する力を持つ一方、国は個人の生活への過度な介入を避けるという傾向がある。コロナ禍において、スウェーデンはヨーロッパで唯一ロックダウンを行わなかった。一時的に感染者や死亡者が多いことから批判もあったが、後の分析では、ロックダウンを行った国々とスウェーデンでは、大きな差はみられず、この判断は誤りではなかったといえる。スウェーデンがロックダウンを回避した理由の1つは、子どもたちの生活への影響である。学校閉鎖により、在宅勤務ができない親のもとで過ごす子どもが不利益を被る可能性があるため、当初の数週間のみ休校とし、それ以降は学校を開いた。また、サービス業や医療関係者など、社会生活を支えるエッセンシャルワーカーへの影響も考慮された。政府は人々の責任と義務感に委ね、行動の選択の自由を保障しつつ、接触を避け、適度な外出や運動を推奨した。

 法律改正や政策決定は、綿密な調査・検討と「レミス制度」による関係機関や民間団体等への意見聴取を経て、エビデンスに基づいて行われる。例えば、同性婚の合法化も、子どもの発達などへの影響を調査したうえで決定された。

6.結論:やり直しが可能な社会の重要性

 ここまでスウェーデンの家族政策や教育政策・制度について、主に子育て・子育ちの観点から整理してきた。ここで改めて、現状と課題を確認しておきたい。グローバル化の大きな流れの中で、スウェーデンも様々な問題を抱えている。それでも、人々が生活の中で安心感や満足感を持てる理由の1つは、社会や教育・労働制度に「やり直しが効く仕組み」があるからではないだろうか。

 例えば、高校進学時点で職業教育や大学進学など多様な進路が用意されており、職業教育コースに進んだ場合でも、その後の進学やキャリア変更が可能である。大学教育が無償であることも、この柔軟性を支えている。他の多くの欧米諸国と同様に、ポスト型・ジョブ型雇用が行われており、年齢を問わず必要な資格を取得すれば就職する機会が保障されている。

 一方で、日本と比較するとスウェーデンの失業率は依然として高く、若年層では特に非正規雇用が多い。しかし、年齢が上がるにつれて正規雇用への転換が進むため、キャリア形成は可能である。高い税率などへ個々の不満が存在しても、社会制度により生活が保障されているという実感があり、これが相対的な満足度と幸福感につながっていると考えられる。

 日本では、高校・大学卒業後に新卒一括採用による正規雇用(メンバーシップ型)が一般的であり、これは日本特有の雇用慣行とされる。雇用の安定性という点では、日本の若者は守られている面もあるが、一方でこの仕組みにより、途中で仕事を辞めたりキャリアのレールを外れた場合には、再就職やキャリア形成が難しくなるという問題がある。卓越した能力を持つ人は起業などで成功する例もあるが、それはごく一部である。例えば、新卒入社後3年で退職した場合、それまでの経歴や経験に見合った職を得ることは容易ではない。特に女性の場合、結婚を機に一度仕事を辞め、家事や育児に専念した後に30代後半や40代で職場復帰する際、非正規やパート、嘱託社員としての就業となり、キャリア構築や給与面で不利になるケースが多い。

 このような日本の状況は、格差是正や「誰も取り残さない、取りこぼさない」という包摂型社会の実現には距離がある。

 スウェーデンの事例は、ウェルビーイングを高めることは、人々の生活の安心感や満足感と密接に関係していることを示している。しかし、スウェーデンにおける包摂型社会や人々の意識の醸成は、長い年月をかけて行われたものであることも留意すべきである。包摂型社会の実現やウェルビーイングの改善を一朝一夕で叶えることは困難だが、豊かな社会の実現に向けて日本はスウェーデンの事例から何を学び、社会にどのように取り入れることが可能かを検討する余地は十分にあるだろう。

参考文献

アマルティア・セン(2006)『人間の安全保障』集英社新書.
内閣府(2021)『令和2年度少子化社会に関する国際意識調査報告書』.
Hultåker, Örjan. (2024)  Svenskarnas vilja att betala skatt för välfärden. SKOP. Svenskt Närligsliv.
Statistikmyndigheten(統計庁)(N.D.)

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)高橋美恵子(2025)「山のあなたに「幸」は住むのか?第2章 スウェーデン―すべての人のwell-beingを目指す包摂型社会―」研究報告書

脚注
1 TCO(全国ホワイトカラー労働者連盟)による2024年のWeb調査から、回答者(1,084人)のうち8割が減税よりも社会福祉の拡充を希望する結果が出ている。(dagensarena 2024年9月18日付) 1 TCO(全国ホワイトカラー労働者連盟)による2024年のWeb調査から、回答者(1,084人)のうち8割が減税よりも社会福祉の拡充を希望する結果が出ている。(dagensarena 2024年9月18日付)

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