政策共創の場 2025.04.21 「働き方改革」その成果と行方制度・政策の課題と論点整理 この記事は分で読めます シェア Tweet 鈴木日菜子 NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員 前田裕之 NIRA総合研究開発機構「政策共創の場」プロジェクトプロジェクト・パートナー リード文平成以降、企業を取り巻く環境は急速に変化した。企業は、変化に対応しようとしつつも、日本の構造的な人口減少や人手不足に直面し、十分な対応をとれずにいる。これまでの男性正社員を中心とした日本的雇用慣行や、長時間労働は、見直しを迫られている。さて、NIRA総合研究開発機構では、専門家へ聞きたい内容について、一般の方にアンケートを行ったところ、働き方について、以下のような質問が寄せられた。・働く人を増やし、年収を底上げするにはどうすればよいのか。・日本人の働きすぎは、どうしたら解消できるのか。・非正規社員が多い理由は何か。正規社員との待遇格差をなくすための方策はないのか。本稿では、これらの質問に答えるために、まず「働き方改革」が提唱された当時の労働環境や、政策の変遷を振り返る。次に、3人の識者へのヒアリングをもとに、現在までの労働環境の変化に対する評価や、今後の働き方に対するいくつかの論点についてまとめる。キーワード:働き方改革、長時間労働、正規・非正規、ジョブ型、解雇規制、労使コミュニケーション、人的資本 PDFで読む INDEX はじめに 第1部 働き方改革:その背景と政策の変遷 第1章 働き方改革のねらい 第2章 政策の変遷 第2部 識者はどうみるか 第1章 データでみる「働き方改革」の評価 第2章 今後の論点 おわりに はじめに 平成以降、インターネット・ICTの普及や、経済のグローバル化により、企業を取り巻く環境は急速に変化した。企業は、こうした変化に対応しようとしつつも、日本の構造的な人口減少や労働の担い手不足に直面し、十分な対応をとれずにいる。こうした中、これまでの男性正社員を中心とした日本的雇用慣行や、長時間労働は、見直しを迫られている。 2012年に成立した第2次安倍晋三政権は、働き方を巡る問題を重要政策の1つに掲げた。その後の2019年以降の法改正や、それを受けて企業や労働者が取り組んだ一連の施策を、「働き方改革」と呼ぶ。 本稿では、これらの質問に答えるために、まず第1部として、「働き方改革」が提唱された当時の労働環境や、政策の変遷を振り返る。次の第2部では、3人の識者へのヒアリングをもとに、現在までの労働環境の変化を評価し、今後の働き方に対するいくつかの論点について、議論されるべきことを提示する。 なお、これらの情報やデータは2025年3月18日時点の情報であることに留意いただきたい。 第1部 働き方改革:その背景と政策の変遷 第1章 働き方改革のねらい 1.働き方改革の背景は何か バブル崩壊以降の長期的なデフレや低成長が続く中、2012年に首相に再び就任した安倍晋三氏は、日本の経済成長力を高めるため、「大胆な金融緩和」、「機動的な財政政策」、「民間投資を促す成長戦略」を柱とする経済政策を打ち出した。この政策は「アベノミクス」と呼ばれ、3つの要素は「3本の矢」にたとえられた。 2015年には、安倍首相は、「新3本の矢」と称する新たな政策パッケージを打ち出した。第1の矢は、希望を生み出す強い経済を実現し、2020年にGDP600兆円を達成する、第2の矢は、夢を紡ぐ子育て支援を実行し、出生率1.8を目指す、第3の矢は、安心につながる社会保障を構築し、介護離職をゼロにするというものだ。 これらの目標を達成するため、政府は「働き方改革」を推進することとした。2015年に「一億総活躍国民会議」、2016年に「働き方改革実現会議」を設置し、議論を重ねた。同会議で「働き方改革実行計画」を決定し、その計画を踏まえ、2019年には「働き方改革関連法」を制定した。 安倍政権が働き方改革を重要政策に取り上げた背景には、少子高齢化による働き手の減少や、日本経済の成長率の低下があった。1人の女性が一生の間に出産する子供の平均人数を示す合計特殊出生率は、1950年には3.65だったが、その後低下し、2005年には1.26、2015年に1.45となり、その後の出生率は改善せず、横ばいに推移すると推計されていた(図1)。 図1 合計特殊出生率(2015年推計) (注)2015年までは実績値、2020年以降は2015年時点での推計値。点で示した2023年は直近の実績値。 (出所)厚生労働省「人口動態調査」よりNIRA作成。 図2 日本の人口の推移(2015年推計) (注)2015年までは実績値、2020年以降は2015年時点での推計値。点で示した2020年は直近の実績値。(出所)総務省「国勢調査」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29推計):出生中位・死亡中位推計」よりNIRA作成。 2.働き方改革の2つの柱は何か 2019年に制定された「働き方改革関連法」における大きな柱は、 (1)長時間労働の是正と多様で柔軟な働き方の実現 (2)雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保 の2つ。以下では、その背景や目的、取り組みについて説明する。(1)長時間労働の是正と多様で柔軟な働き方 日本の1人当たりの労働時間は、国際的にみて長いといわれている。欧米の主要国と比較すると、2017年当時の日本の労働時間は、米国より短いものの、欧州諸国よりは長い水準にあった(図3)。特に、正社員の労働時間の長さが指摘され、ワーク・ライフ・バランスのほか、過労による健康リスクやパフォーマンスの低下も懸念されていた。 図3 1人当たり平均年間総実労働時間の国際比較 (出典)OECDデータよりNIRA作成。 労働人口が減少する中で労働者の働く時間を抑制すれば、短期的には労働供給量が減る。それにもかかわらず政府が積極的に取り組んだのは、長時間労働を是正し、仕事と家庭生活(子育て、介護など)の両立を可能にすることで、これまで労働参加が難しかった女性や高齢者が働きやすい環境を整え、労働参加を促すためである。 <一般労働者の労働時間は横ばいで推移> 図3をみると、1980年代後半から、日本の1人当たりの労働時間は減少しているようにみえる。このころ、労働基準法の改正で所定内労働時間が短くなり、完全週休2日制が急速に普及したことも影響を与えたが、それ以降は、真に労働時間が減少したとはいえない実態もある。 日本の労働者を「一般労働者(=正社員)」と「パートタイム労働者」に分けて(注1)年間総実労働時間を比較すると、1995年から2017年の間、パートタイム労働者の労働時間は徐々に減っているものの、一般労働者の労働時間はほとんど変わっていない(図4)。年間総実労働時間が減少しているようにみえるのは、現実には、パートタイム労働者などの短時間労働者が増加したことによる影響が大きいといえる。 図4 1人当たり年間総実労働時間とパートタイム労働者比率の推移 (出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査」よりNIRA作成。 また、総実労働時間を男女別に比較すると、男性の方が女性よりも総実労働時間が長い(図5)。フルタイム正社員が多い男性の労働時間はそれほど短縮していない。他方で、フルタイム以外の働き方が多い女性の労働時間は減少傾向にある。女性の労働参加率の上昇が、総実労働時間を低下させていることになる。 図5 総実労働時間の男女比較 (出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査」よりNIRA作成。 <働き方改革を後押しした出来事> ここまでの労働時間の状況を踏まえると、安倍政権が、人手不足の解消のために、労働者のワーク・ライフ・バランスの改善や女性の労働市場への参入を進め、制度や法案の整備に取り組んだのは納得できる。 もっとも、政府が長時間労働の解消に本格的に動いた背景はもう1点ある。「働き方改革実現会議」などで制度や法案を議論している最中、大手広告代理店に勤めていた若手社員が自ら命を絶ったことに対し、労働基準監督署が長時間労働による労災を認定したと大手メディアなどが報じた。この報道で、「過度な労働は心と体の健康を害する」といった長時間労働への批判的な世論が高まり、政府は、世論への対応を迫られることとなった。こうした世論の後押しを受けたとはいえ、労働時間を短縮するために、法的拘束力のある残業時間規制を設けたことは、戦後の労働政策においては初めてのことであり、画期的な取り組みといえるだろう。 また、長時間労働の是正に合わせて、「多様で柔軟な働き方」に関する議論も進んだ。この背景には、ICTが発達したことで、在宅勤務やサテライトオフィスを利用し、働く場所や時間を労働者自身で選択できる働き方ができるようになっていたことがある。場所や時間にとらわれない働き方を政府が制度化し、法的に支援することで、育児・介護と仕事を両立しつつ働きたい労働者や、決められた労働時間に縛られず自律的に働きたいと考える労働者のニーズに応えるものでもあった。 こうした長時間労働の是正や柔軟な働き方の取り組みは、企業にとっては、労働者の長時間労働で起こる労災や残業代を抑えることができる、という面もあった。(2)雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保:非正規雇用の格差改善 働き方改革では、異なる雇用形態間での公正な待遇の確保についても議論が進んだ。正社員などの正規雇用に対し、パートタイム労働者や派遣社員、契約社員といった雇用形態は、「非正規雇用」と呼ばれる。非正規雇用は、長期雇用や配置転換が前提の画一的な働き方をする正社員とは異なり、労働時間や担当する職務などを、労働者の事情に応じて柔軟に調整することができる。しかしながら、長期雇用を前提としないことや、企業や業務への帰属意識の低さといった「日本的雇用慣行に適さないこと」を理由に、賃金や福利厚生といった点で、正社員と同等の待遇が認められてこなかった。そのため、キャリア形成の機会が少なく賃金の上昇が見込めないほか、正社員と同じ仕事をしても同程度の待遇や福利厚生が受けられないなど、不公平感を生む要因となっていた。 <雇用形態、性別による格差は3~4割程度> 待遇の違いについてデータでみてみよう(図6)。雇用形態別、男女別の月収(所定内給与(注2))を比較する。まず、正社員・正職員(注3)以外で働く人の賃金は、正社員・正職員の人の65%程度だった。また、男性は女性よりも賃金水準が高く、2017年時点での女性の賃金は、男性の73%程度であった。非正規社員よりも正社員、女性よりも男性の方が、賃金が高い構造にあった。 図6 正規・非正規・男女別、月収の賃金差 (出所)厚生労働省「賃金構造基本統計調査」よりNIRA作成。 <女性が多い非正規雇用> また、非正規雇用の労働者は、90年代から緩やかに増え続けており、2017年の時点で、雇用者(役員を除く)に対し37%ほどを占めるようになっていた(図7)。 図7 正規・非正規労働者の人数と非正規労働者率(2017年まで) (出所)総務省「労働力調査(詳細集計)」よりNIRA作成。 非正規雇用で働く労働者の内訳をみると、約7割を女性が占める。結婚・子育てなどで自ら非正規雇用を選択している人や、子育てや介護をしながら柔軟な働き方を選ぶ、あるいは選ばざるを得なかった人が多かったとされる。 こうした状況を踏まえ、雇用形態にかかわらず同じ待遇を受けられるようにすることを目的に、安倍政権は、公正な待遇の確保を政策の柱に掲げた。 第2章 政策の変遷 1.長時間労働の是正 ここでは、労働時間規制に関する労働基準法改正の経緯を、主要な改正を取り上げて整理し、働き方改革における時間外労働規制がどのように決まったかを追う。 1-1.法改正の変遷 <1911年の工場法制定から1947年の労働基準法制定へ> 戦前、労働者の保護は、1911年に制定された「工場法」で規定していた。その対象者は、「危険または衛生上有害な一定の工場」で働く女子・年少者に限定していたものの、労働時間の上限や休憩・休日の基準が規定したことは、日本の近代的な労働者保護立法の端緒といえる。 その後、工場法の流れを汲み、1947年に現行法の「労働基準法」が成立した。同法は、産業や職種に関わらず、全ての労働者を保護の対象にする内容である。 特に、労働時間に関する事項については、以下の規定を定めた。 ●所定労働時間の設定 1日8時間・週48時間とする。時間外・深夜・休日の労働は2割5分の割増賃金とする。 ●労働時間を配分する変形労働時間制の創設 4週間を平均し、1週間あたりの労働時間が48時間を超えない場合は、1日8時間・週48時間の上限を超えて労働時間を配分できる。 ●有給休暇・法定休日の創設 毎週少なくとも1日の法定休日と、最低6日の年次有給休暇の付与を義務付ける。 <欧米の批判を受けて、1987年の労働基準法の改正を実施> 労働基準法の制定以降、1人当たりの総実労働時間は減少に転じたものの、1980年以降は、所定外労働時間が長く、年休取得率も向上しなかった。また、当時、日本人の働き方は欧米諸国から「ソーシャルダンピング(注4)である」と批判されたほか、国内でも、労働者の生活の質の向上や雇用機会の確保の観点から、長時間労働を問い直す動きが広がった。加えて、海外からの内需拡大の要請も長時間労働の是正を後押しし、1987年には以下のように改正した。 ●法定労働時間の短縮 これまで週48時間だった法定労働時間を、週40時間に(段階的に)移行する(週6日勤務→週5日勤務)。また、年休付与日数を、初年度6日から10日に増やす。 ●裁量労働制、フレックスタイム制の導入 労働者自身が労働時間を弾力的にコントロールできる「裁量労働制」や「フレックスタイム制」を導入する。 1-2.その後の動きと課題 <「割増賃金率」「労働時間の弾力化」の低い効果> その後も、労働時間規制に関する改正は続いた。具体的には、時間外労働に対する割増賃金率の引き上げのほか、ホワイトカラー・エグゼンプション(注5)や裁量労働制の対象業務拡大といった、労働時間の弾力的運用制度の拡充などの施策が実施・検討された。しかし、これらの取り組みにもかかわらず、労働時間が明確に減少することはなかった。 その理由はいくつかある。まず、時間外労働に対する割増賃金率の引き上げについては、企業に残業代の支払負担を課して労働時間を削減させることを目的とした施策(注6)だが、企業は、支払う残業代が増加した分だけ、基本給や賞与を減らせば(注7)、負担を軽減できる。また、長時間労働が常態化している労働者にとっては、残業代は重要な収入源の一部であり、割増賃金の付与が、労働者が残業を積極的に行う動機になってしまうこともある。このように、使用者・労働者の双方に労働時間の削減につながらない要因が存在し、割増賃金による残業時間の抑制を妨げていた。 次に、労働時間の弾力化については、業務を明確にし、労働者の自律的な労働管理を促す効果がある反面、抱える業務が多い場合には労働時間が大幅に伸びてしまう懸念があった。また、一部の労働者が労働時間を長くすると、その影響を受けて、ほかの労働者も労働時間が長くなるとも指摘されていた。労働時間の裁量性を増やせば、労働時間を減少させるとは限らず、むしろ長時間労働を助長する、という主旨である。 <青天井の「36協定」> 労働者が、法定労働時間を超えて働く(時間外労働を行う)には、労働基準法の「36協定(同法第36条)」に基づき、一定の手続きを行うとの定めがある。すなわち、労働者が時間外労働や休日労働をするときには、対象となる労働者や、労働時間の延長時間や休日労働日数などを労使で取り決め、それを行政官庁に届け出ることになっている。中でも、労働時間の延長時間が過度に長いと労働者の健康に影響が出てしまうため、厚労省は「労働時間の延長等の限度等に関する基準(以下、限度基準告知)」(1998年)で時間外労働の延長時間に目安を示し、過度な超過に対して行政指導を行ってきた。 しかし実際には、この基準を超過しても罰則がないうえ、「臨時的な特別の事情」がある場合は、(労使の合意によって)時間外労働を上限なく行うことができた。この問題は、働き方改革の議論以前から政府の研究会で議論してきたが、時間外・休日労働の上限を法的に定めるという結論には至らず、実務上、36協定に基づく規制は形骸的なものとなっていた。 <2018年の「働き方改革関連法」の制定> 安倍政権の下で成立した「働き方改革関連法」では、これまで制限してこなかった時間外労働に上限規制を課し、多様な働き方のさらなる推進をはかった。 まず、これまで厚生労働省の告知であった時間外労働の上限規制を、法律に格上げし、具体的な上限を明確に定めた。 ●原則的な上限 月45時間・年360時間以内 ●臨時的な特別な事情がある場合 年720時間・月100時間未満・複数月平均80時間 これらは、違反による罰則はないものの、強行規定としての効力をもつようになった。 また、業務の特性や取引慣行により長時間労働が慣例化している業種(長距離ドライバーなどの自動車運転業務、建設業、医師)については、当初は適用を猶予していたが、2024年に適用対象になっている(注8)。 加えて、一定日数の年次有給休暇の取得を確実にするために、ついて、時季を指定して与えなければならないとした。 10日以上の年次有給休暇が付与される労働者には、使用者は、その5日分について、時季を指定して与えなければならないとした。 次に、多様で柔軟な働き方を進めるために、以下の取り組みを実施した。 ●フレックスタイムの清算期間の延長 労働者が働くべき総労働時間を定める「清算期間」を、従前の1ヵ月から最大3ヵ月に延長。 ●高度プロフェッショナル制度の導入 高度なスキルを持つ労働者が、労働基準法の制限に縛られず、自律的に働けるよう、「特定高度専門業務・成果型労働制」(高度プロフェッショナル制度)を新設した。 ✓ 対象者:省令で定められた5業務(注9)に従事し、年収1075万円以上の労働者 ✓ 条件:労使委員会の決議と労働者の同意を得た場合に適用 ✓ 内容:労基法に定める労働時間や休憩、割増賃金の適用規定を除外する その他、長時間働く労働者に十分な休息時間を確保するため、「勤務間インターバル制度」を設けた。この制度では、終業から翌日の始業までの時間に、目安として9時間から11時間の休息時間を求めている。ただし、導入する必要性は各企業によって異なることをふまえ、努力義務にとどまっている。 2.同一労働同一賃金 「働き方改革」では、非正規雇用で働く労働者の格差是正にも、焦点が当たった。ここでは、非正規雇用労働者を取り巻く3つの法律の改正の経緯と、「働き方改革」の具体的な施策についてまとめる。 2-1.法改正の変遷 「非正規雇用」の対象となる働き方は、パートタイム労働者・有期雇用労働者・派遣労働者の3つ。非正規雇用の待遇の確保は、働き方改革以前から、それぞれ異なる法律で規定している。どのように待遇を規定したのか、変遷を確認する。 <2007年のパートタイム労働法の改正> 1993年、増加するパートタイム労働者とフルタイム労働者との間にある賃金格差を是正するため、パートタイム労働法を制定した。しかし、この法律は、事業主に雇用管理の改善を求める努力義務にとどまり、「合理的な理由がある場合を除き、短時間労働を理由とした通常の労働者(無期雇用・フルタイム労働者)との待遇格差を禁止する」という均等待遇原則は法制化しなかった。 制定から15年後の2007年、法律を改正し、「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」に対する待遇格差を禁止した。具体的には、以下の3つの要件を満たし、フルタイム労働者と同じ仕事をするパートタイム労働者に対しては、フルタイム労働者と同じ待遇とするよう、事業主に促した(均等待遇)。 ●期間に定めがあること ●職務内容が同じであること ●配置の変更の範囲が同一であること ただし、改正当時、これらの要件を満たしたパートタイム労働者は少なく、待遇格差の実質的な解決策にはならなかった。 <2012年の労働契約法、及び労働者派遣法の改正> 2012年、民主党(当時)政権下で労働契約法を改正し、有期雇用労働者と無期雇用労働者の間にある「不合理な労働条件」を禁止する規定を導入した。以下の3つの要件(職務の内容や、配置転換の有無など)に違いがある場合は、その違いに応じ、合理的な範囲内で、賃金や待遇を決定するよう定めた(均衡待遇)。 ●職務の内容 ●職務の内容及び配置の変更の範囲 ●その他の事情 この内容は、パートタイム労働法の適用範囲が狭いというデメリットを補うものであり、2014年にはパートタイム労働法にも導入した。しかし、「不合理な労働条件」を禁止する規定は、内容が抽象的で、学説や裁判例によって解釈が分かれていた。 また、派遣労働者についても、2012年の労働者派遣法改正により、以下の規定を追加した。 ●派遣先の賃金水準や職務の内容との均衡を考慮して賃金水準を決定すること ●教育訓練や福利厚生の整備を通じて、派遣先の待遇との均衡を保つこと さらに、2015年の改正では、派遣先に対しても、これまで努力義務にとどまっていた内容を配慮義務に明文化した。 <2015年の職務確保法の成立> 2015年に成立した「労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律(職務待遇確保法)」では、さまざまな雇用形態の労働者が、その職務に応じた公平な待遇を受けられるよう、国の「同一労働同一賃金」への基本理念を示し、3年以内に法制上の措置を含む必要な措置を講じることを政府に義務付けた。そして、この法律が成立した3年後、働き方改革関連法が施行となった。 2-2.働き方改革関連法での「同一労働同一賃金」 これまでバラバラに規定していた非正規労働者の待遇確保措置だが、働き方改革関連法で整理・統合され、パート・有期・派遣の非正規雇用3形態に対する「不合理な相違」をなくすためのルールが明確になった。 <パートタイム労働法と労働者派遣法の改正> 有期雇用労働者を対象に含めた「パートタイム・有期雇用労働法」を改正した。そのうえで、同一企業内で、以下のルールにより「不合理な待遇差」を禁止し、職務内容や配置の変更といった違いに応じた範囲内で待遇を決定することとした。また、これらが同じ場合は、「通常の労働者」と同じ待遇にすることを義務化した。均等待遇と均衡待遇を、ひとつの法律で義務化したことになる。 また、派遣労働者については、労働者派遣法の改正により、以下のいずれかを適用することを義務化した。 ●派遣先の労働者との均等・均衡待遇を確保する ●派遣元と派遣労働者との間の一定の要件を満たす労使協定(注10)による待遇を確保する これらの規定を、従来の指針から法律に格上げし、より強制力を持たせるようにした。 <行政ADR(裁判外紛争解決手続き)の整備> 非正規労働者の均等・均衡待遇等に関する個別の労使紛争をスムーズに解決するため、都道府県労働局の紛争調整委員会で「調停」ができるようになった。これにより、パートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者が、待遇差に関する問題を解決するためのサポートを強化した。 第2部 識者はどうみるか 第1章 データでみる「働き方改革」の評価 これらの制度や改正により、労働環境はどのように変化したのか。ここでは、専門家の評価を踏まえた上でデータを紹介し、働き方改革の効果を評価する。 評価を聞いた専門家は、次の3人である。 安藤至大氏(日本大学経済学部教授、専門は労働経済) 岡崎淳一氏(産業雇用安定センター理事長、専門は労働行政) 水町勇一郎氏(早稲田大学法学学術院教授、専門は労働法) 1.総実労働時間は減少し、労働者数は増加したのか (1)識者の評価 識者は、現状の動きを評価しているのか。以下、インタビューを整理する。・安藤氏 「上限規制で一定の効果はあった。しかし、人手不足が進んだことで、企業が、労働時間や休暇などで、より良い労働条件を提示するようになったこともあり、単純に政策の効果のみを評価するのは難しい。」・岡崎氏 「一般労働者の総実労働時間は、そこまで減ってきていないのではないか。労働時間が上限に抵触しないよう、タイムカードを切ったあとも仕事を続けるサービス残業が一部で行われているという実態も聞かれる。他方で、長時間労働に対する否定的な考えは共有されてきている。特に、慢性的に労働時間が長かった医師などの特定の業界は、労働時間が大きく減少している。」・水町氏 「上限規制の効果はあったものの、統計上の所定内労働時間の減少は、育児休業を取得している人や時短勤務を選択する労働者が増加したことも影響しているのではないか。また、経営者と一体的な立場にあるとされる管理監督者は残業規制の対象になっておらず、働き方改革や人手不足基調のなかで、管理監督者の労働時間が長時間化しているという話も聞く。」 識者の意見は、働く人の行動や働き方に対する意識に変化がみられるという点で一致している。安藤氏と水町氏は、上限規制に一定の効果があったと評価したうえで、政策以外の影響を指摘した。企業が労働条件をより良くしたこと、また、休業中や時短勤務の労働者が増えたために、所定内労働時間が減少したのではないかという見立てだ。 また、岡崎氏は、一般労働者の総実労働時間はそこまで減ってきていないとしたものの、慢性的に長時間労働が続いてきた一部の業界には影響があると評価した。 さらに識者は、働き方改革や人手不足が進む中で、統計には表れてこない動きがあることも指摘した。水町氏は、残業規制の対象外である管理監督者がやむを得ず長時間働いている可能性を指摘し、岡崎氏は、サービス残業が水面下で広がっている可能性を示唆した。 識者の指摘にあるように、統計に表れている変化が、残業時間の上限規制の効果によるものなのかは必ずしも明確でなく、また、平均の数字や統計には表れてこない動きもある。 統計では実態を把握することには限界があることを念頭に置きつつ、以下で、データの変化をみてみたい。(2)データでみる:総実労働時間の変化 ここでは、日本の労働時間の推移について、総実労働時間の変化、所定内・所定外労働時間の推移、週60時間以上就労雇用者の割合、年次有給休暇の取得率の推移のデータをもとに評価する。 <1人当たりの総実労働時間は減少も、雇用形態で異なる推移> まず、1人当たりの総実労働時間は、政府が「働き方改革実行計画」を策定した2017年の1,720時間から、2019年には、1,669時間となった(図8)。2020年には、1,621時間にまで減少したが、これは新型コロナウイルス感染症の世界的流行の影響を受けたためである。新型コロナの収束後、総実労働時間は景気回復に伴い微増傾向にあるものの、直近の2024年の年間総実労働時間(速報ベース)は1,643時間であり、2017年比で4.5%程度の減少となっている。 その動きを、一般労働者(正社員)とパートタイム労働者で分けてみると、一般労働者の2024年の労働時間は、2017年比で96.2%と、コロナ前の水準に戻りつつあることがわかる。一方、パートタイム労働者の労働時間は同比92.9%と、一般労働者に比べて回復が緩やかであり、それが全体の総実労働時間を抑制していると考えられる。 なお、残業時間の上限規制は、「働き方改革関連法」の施行当初は大企業のみであり、2020年には中小企業に、2024年には長距離ドライバーなどの自動車運転業務、建設業、医師などにも適用範囲が広がった。一般労働者の総実労働時間の減少、特に2023年から2024年の変化においては、上限規制の対象業種が拡大したことが影響したと考えらえる。 図8 総実労働時間の推移(2017年以降) (注)折れ線グラフは2017年の水準を100としたときの割合(%)(出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査」よりNIRA作成。 <所定内労働時間が減少、所定外は横ばい> 次に、一般労働者の総実労働時間を、所定内労働時間・所定外労働時間に分け、推移をみる(図9)。 所定内労働時間は、2017年から2018年はほぼ横ばいだったものの、2019年、2020年にかけて大きく減少した。2020年の減少は、新型コロナによる影響によるものだ。2021年以降は、経済活動の回復に伴って緩やかに増加傾向にある。しかし、コロナ後の所定内労働時間は、コロナ前と比較して低い水準にある。識者が指摘するように、休業中の労働者や、育児や介護などに伴い時短勤務を選ぶ労働者が増えていることによる可能性がある。 所定外労働時間については、2017年から2019年にかけては、大きな変化はみられない。2020年には、新型コロナの影響を受けて、2017年に比べて約15%減少したが、2023年では166時間と、2021年以降はおおむね横ばいで推移している。 図9 一般労働者の年間所定内・所定外労働時間の推移 (出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査」よりNIRA作成。 <長時間働く人の割合は男女ともに低下> さらに、長時間労働の目安とされる週60時間以上働く労働者の割合はどう推移しているのかを確認する(図10)。週60時間以上働く労働者(男女合計)は、2017年には7.7%だったのが、2019年に6.4%にまで減少した。さらに、2019年から2020年にかけて、週60時間以上働く労働者の割合はさらに減り、2020年時点で5.1%になった。それ以降はおおむね横ばいが続き、直近の2024年では4.6%となっている。 男女別にみると、男性では、2017年に11.6%だったのに対し、2024年では6.9%。他方、女性は、2.6%から1.7%と減少している。男女ともに減少傾向にあるといえる。 この点について識者は、労働者の一部で、統計には表れない長時間労働が行われていることを指摘している。統計上は長時間労働者の割合は低下しているものの、それが実態であるかどうかは、より詳細な検証が必要である。 図10 週60時間以上就労する雇用者の割合の推移 (注)非農林業雇用者(休業者を除く)総数に占める週間就業時間が60時間以上の者の割合。(出所)厚生労働省「労働力調査(基本集計)」よりNIRA作成。 <有給休暇の取得率は上昇> 最後に、年次有給休暇の取得率の推移をみる(図11)。働き方改革では、年次有給休暇の取得を確実にするために、10日以上の年次有給休暇が付与される労働者には、使用者は、その5日分について、時季を指定して与えなければならないとした。 年次有給休暇の取得率は、付与された有給休暇の日数に対して、従業員が実際に取得した日数の割合を指す。2017年以降の推移をみると、新型コロナの影響を受けた2020年の時点で一度落ち込んだものの、総じて上昇している。2017年に51.1%だった取得率(男女合計)は、2023年に65.3%になった。なお、取得率には男女で差があり、男性よりも女性の方が、取得率が高くなっている。 図11 年次有給休暇の取得率の推移 (出所)厚生労働省「就業条件総合調査」よりNIRA作成。 (3)データでみる:労働の担い手の変化 <女性の正規雇用者数が増加> 「働き方改革」の当初の目的に、労働の担い手を増やすことがあった。果たして、労働者は増加しているだろうか。 就業者数は、2024年に6,781万人と、1953年以降では最も多くなった(図12)。生産年齢人口にあたる15~64歳の就業率は、「働き方改革」以前も上昇傾向がみられたが、2017年以降もその傾向は続く。特に、2017年と2024年の就業率を男女別に比較すると、男性は68.4%から69.6%とおおむね横ばいだが、女性の就業率は49.8%から54.2%に上昇している。 図12 就業者数と就業率の推移 (注)生産年齢人口は15~64歳の人口の占める就業者の割合。男女別就業率は、15歳以上の人口に占める就業者の割合。(出所)総務省「労働力調査」よりNIRA作成。 また、2017年と2024年の雇用形態別の雇用者数を比較すると、正規雇用、非正規雇用ともに増加していることがわかる(表13)。中でも、正社員雇用の女性が180万人と大きく増加し、次に、非正規雇用者数の女性の増加が続く。女性の正規雇用の大幅な増加により、全雇用者に占める非正規雇用の割合(男女計)は、2017年の37.3%から、2024年に36.8%と、やや低下している。 表13 2017年と2024年、雇用者数の比較 (注)カッコ内は、雇用者全体に占める雇用形態別・性別ごとの割合。(出所)総務省「労働力調査」よりNIRA作成。 労働者全体の総実労働時間は減少傾向にあるが、その主な要因は、パートタイム労働者の労働時間の減少である。一般労働者の総実労働時間は働き方改革以前の水準を下回っているが、所定内労働時間の減少によるものが大きい。識者は、その背景には、休業中の労働者や、時短勤務を選択する労働者が増えたことと推察する。 また、働き方改革で是正の主眼であった所定外労働時間は、コロナ禍で一時的に減少したものの、直近ではコロナ禍以前の水準に戻りつつある。しかし、週60時間以上働く労働者は減少傾向にあるほか、有給取得率も上昇してきており、識者の指摘通り、長時間労働に対する労働者の意識は変化しつつあるといえる。 労働者数の推移については、労働者の雇用形態別でも、また、性別でみても増加しているが、特に女性の就業者が特に増加していることがわかる。その背景には、正社員として働く女性が徐々に増えつつあることがある。 これには、女性の職場進出やキャリア形成を支援する動きが強まっていることが影響している。一方で、自分のペースに合わせた働き方を選択する労働者が、男女ともに増加していることが読み取れる。 ただし、女性の就業者は、働き方改革の前から増加傾向にあること、また、正社員には男性が多く、非正規雇用には女性が多い、という構造が変化しているわけではないことには、留意する必要がある。 2.待遇格差は是正されたか (1)識者の評価 正規雇用と非正規雇用の賃金差、及び待遇差の現状について、識者はどうみているのか。まず、賃金差についての見解を整理する。 ・安藤氏 「正社員と非正規社員の賃金差はそこまで縮まっていないが、正社員は職能給、非正規社員は職務給と、給与システムが異なる。責任範囲や業務量にも違いがあり、単純には比較できない。」 ・岡崎氏 「本来は同一労働同一賃金を適用することで格差をなくすことを目指したが、それにより賃金差が縮小しているかは評価が難しい。近年の最低賃金の引き上げや人手不足が、待遇差の縮小を促している。」 ・水町氏 「雇用形態の違いによる賃金差は縮まってきていない。基本給や賞与、退職金には、長期的な育成を目的とする正社員を優遇するシステムが残っており、変化の過渡期にある。」 次に、福利厚生や諸手当など、待遇差についての意見は、以下のようになる。 ・安藤氏 「待遇差の見直し自体は進んでいる。しかし、政府による待遇格差の是正指導については、これまで企業内では納得感のあった待遇差も含まれている可能性もある。」 ・岡崎氏 「雇用形態に基づく待遇差はなくなってきている。待遇の違いは比較的わかりやすく説明できるため、見直しが進みやすい。」 ・水町氏 「待遇差の是正は進んできた。住宅手当や家族手当など、正社員に私有されていた属人的な手当が整理再編され、減額されたり廃止されたりした手当の資金が、基本給の引き上げの原資になっている。」 識者の意見は、賃金差については、正社員と非正規社員の格差はそこまで縮まっていないという認識で共通している。水町氏は、その背景として、正社員優遇の人事制度が残っていることを指摘した。 他方、政策評価の難しさを指摘する声もあった。安藤氏は、正社員と非正規社員の給与システムや業務範囲の違いがあることを指摘し、岡崎氏は、政策による影響以上に、人手不足や、最低賃金の引き上げによる影響が大きいことを指摘した。 待遇差については、比較的わかりやすく判断できることを背景に、是正が進んできていると評価する。水町氏は、正社員の手当が整理されたことで、待遇の全体的な引き上げにつながっている可能性があることを指摘している。一方で安藤氏は、待遇差の是正は進んできているとしつつも、政府による是正指導の一部には、労使の間では合意できており、指摘されるまでは不合理と感じていなかった条件も含まれているかもしれないと主張する。 (2)データでみる:賃金格差と待遇格差の変化 以下では、識者の意見を踏まえつつ、データで状況を把握する。 <スピードが遅い賃金の改善、手当等の改善は進む> 「働き方改革」で焦点となった正社員と非正社員の間の待遇の差は、データでみるとどう改善しただろうか。 政府は、不合理な待遇差をなくすため、是正指導を行っている。その件数は、法律が適用となった2019年以降に急増し、21年度に216件、22年度に144件あった是正指導は、23年度に2,596件にまで増加した。 ただし、基本給や賞与の待遇差については、直ちに不合理とはならず、自主的な改善を促す助言にとどまっているケースが多い。 賃金水準について、一般労働者と、短時間労働者の1時間当たりの賃金がどのように変化したか、2017年と2024年の水準を比較する(表14)。一般労働者に対するパートタイム労働者の賃金の割合は、2017年の55.4%から、2024年には60.1%になり、賃金の差は縮小しているといえる。 また、賃金上昇率を確認すると、一般労働者で11.5%増、パートタイム労働者で20.9%増となる。パートタイム労働者の賃金の増加が、賃金差の縮小に寄与していると考えられる。 表14 2017年と2024年、一般労働者とパートタイム労働者の賃金差の比較 (出所)厚生労働省「賃金構造基本統計調査」よりNIRA作成。 次に、一般労働者を、正規・非正規の別、男女別に分け、月の所定内給与額の平均を用いて、賃金格差を比較する(表15)。男性の正社員を100としたときの所定内給与の差をみると、2017年から2024年にかけて、いずれのカテゴリーでも縮小しているものの、その改善幅はわずかである。特に、女性の非正社員は水準も低くとどまり、改善幅も小さい。この点は、識者の見解と合致しており、現行の政策が賃金格差の是正に与えている効果は限定的だと思われる。 表15 2017年と2024年、一般労働者の雇用形態別・男女別の賃金差の比較 (注)各比率は、2017年・2023年それぞれについて、男性正社員の賃金に対する比率を算出したもの。(出所)厚生労働省「賃金構造基本統計調査」よりNIRA作成。 一方、通勤手当、慶弔休暇などの手当・福利厚生については、行政による是正指導が急速に増加していることを背景に、待遇差の解消に一定の効果があると考えられる。 賃金格差は是正の方向に進んでいるが、識者が指摘するように十分に縮小しているとはいえない。人手不足を背景に最低賃金を引き上げる動きもあり、「同一労働同一賃金」に関する法改正や新たな制度が、どの程度の効果を持つかを明確にするのは、現時点では難しい。 他方、是正指導による待遇差については、是正措置の効果もあり、進捗しているという見方が強い。 3.「多様な働き方」は実現されているか <満足度の高い「高度プロフェッショナル制度」> 高度プロフェッショナル制度に基づく適用事業場・労働者は、2024年3月末時点で30事業場(29社)、1,340人。制度適用の満足度について、「満足している」「やや満足している」と回答した人の合計は87.7%。また、2022年に行われたアンケート調査では、高プロとしての働き方に、「時間にとらわれず自由かつ柔軟に働くことができる」、「自分の能力を発揮して成果を出しやすい」と考える人は80%を超え、おおむね高い満足度を示している(図16)。 図16 「高度プロフェッショナル制度」適用者の満足度 (出所)独立行政法人労働政策研究・研修機構「調査シリーズNo.235 高度プロフェッショナル制度の適用労働者アンケート調査」よりNIRA作成。 他方、1ヵ月当たりの健康管理時間(注11)の最長時間を調べた調査では、労働時間が200時間以上となる事業場は、対象の全24事業場のうち、23事業場。同時期の一般労働者の総実労働時間161.4時間に比べると、やや長くなる(表17)。 表17 「高度プロフェッショナル制度」適用者の労働時間の最長・平均時間 参考:正社員の総実労働時間(2023年度):163.0時間(うち所定内149.3時間、所定外13.7時間)(注)1か月あたりの健康管理時間の最長時間・平均時間を、事業場ごとに抽出し、100時間単位で集計したもの。(出所)厚生労働省「高度プロフェッショナル制度に関する報告の状況(2024年3月末時点)」、「毎月勤労統計調査」よりNIRA作成。 なお、今回調査対象となった高度プロフェッショナル制度の適用者は1,340人であり、その調査対象者数は、通常の労働者よりもかなり少ないことに注意が必要だ。 高度プロフェッショナル制度は、自らの知識や能力を活かし、労働時間にとらわれず、成果主義で働く働き方であり、その自律的な働き方に、適用者はおおむね満足度を感じている。一方、高度プロフェッショナル制度を適用すると労働時間が長くなるほか、適用できる条件により、対象が少ないことも問題となっている。この満足度調査を通じて、今後、こうした働き方が市井の大多数の労働者に広がるかどうかは、もう少し時間をかけて経過を見る必要があるだろう。 第2章 今後の論点 政府は、働き方改革の法整備を進めてきたが、工場法の流れを汲んで成立した労働基準法は、現状の働き方にそぐわない点もある。そのため、厚生労働省では、労働基準法を中心とした労働法の課題点について、2024年1月から研究会を設置し、議論を進めてきた。 2025年1月に公表した研究会報告書では、労働基準関係法制に関する課題を「早期に取り組むべき事項」と「中長期的に検討を進めるべき事項」に分けて方向性を示した。「労働者」の定義や、勤務間インターバル導入の義務化などを、「中長期的に検討を進めるべき事項」とした。 他方、「早期に取り組むべき事項」としては、14日以上の連続勤務や、副業をする人の労働時間の通算、在宅勤務時に使用できる新たなフレックスタイム制度の制定などを盛り込み、今後、厚労省で法改正を見据えて議論する見通しだ。 研究会で議論した課題以外にも、残されたテーマはいくつかある。以下では、研究会では主要トピックにならなかった議論や、今後も継続して議論する論点、話題になった論点について、専門家の意見を交えながら、これからの働き方について考える。 1.労働時間のさらなる規制は必要か 前述の研究会では、長時間労働の是正に関する施策を検討したが、主な論点としては取り上げず、「中長期的な検討が必要」とするにとどまった。労働時間を強制的に短くすべきと考える労働者代表の連合と、労働者に自律的な働き方を促したい経団連などの経済団体の意見が対立していることなどが背景にある。 現在、原則として月45時間以内(年360時間以内)、また、特別な事情がある場合には月100時間以内(年720時間)とする上限をさらに下げるべきなのか。また、上限引き下げ以外の方策はあるのか。 ・安藤氏 「健康の確保が前提ではあるが、キャリアの望めるときには、長い時間働くことでスキルアップにつながる可能性もある。現行の上限規制は、人によって健康状態や体力が異なるなかで、労働者を保護する観点から、ある程度厳しく線引きをしたものだ。さらなる労働時間の縮減については、働く側が健康リスクを認識した上で、長時間働くことを選択することも認めるべきであり、上限時間の引き下げは不要ではないか。」 ・岡崎氏 「規制の趣旨が徹底されれば、上限の引き下げは不要である。現状の上限規制は、忙しい時期は1日2時間程度の残業ができるように許容の範囲を示したものに過ぎず、月45時間の残業を推奨しているわけではない。」 「現時点では、さらなる規制を行うよりも、現在の規制が守られているか実態を把握し、サービス残業を強要する企業がないようにすることが優先ではないか。」 ・水町氏 「現在の水準は、より理想的な働き方を実現するには不十分だ。国際的には、所定労働時間内で働き、残業をしないのがノーマル(標準的)である。ノーマルな働き方の従業員が、企業内で重要な戦力になれるようにすべきであり、いまの罰則付きの上限(月100時間未満、複数月平均80時間以下)から原則的な上限(月45時間以下、年360時間以下)に段階的に引き下げていくべきだ。」 「また、現状をみると、違法に長い長時間労働は改善されたものの、一部には「モーレツ社員」が残っている。猛烈に働きたい人がいてもよいが、労働者が自らの状況に見合った職場を選べるようにすることが大切。そのためには、企業が自社の労働時間を社内外に公表することも、罰則つきでの規制と併せて行う必要がある。」 3人の識者とも、労働者の自主的な判断を尊重すべきという点では共通しているが、上限の引き下げを巡っては見解が分かれている。水町氏は、罰則つきの上限を段階的に引き下げるとともに、企業が労働時間を開示し、それにより労働者が職場を選べるようにすることが重要だと強調する。他方、安藤氏と岡崎氏は、これ以上の上限規制の強化は不要だと主張する。しかし、その理由は異なる。安藤氏は、労働者の自律的な判断にゆだねるべきだという立場であり、岡崎氏は、現在の規制を遵守することやその監督を強化することが優先だという立場である。 ただし、統計上では、長時間働く労働者は減ってきているものの、「猛烈な働き方」やサービス残業などが水面下で広がっていれば、統計が実態を表していない可能性もある。識者が指摘するように、労働時間の実態を把握するとともに、労働者の自己決定を促すため、労働時間に関する企業側の情報提供を義務付けることを検討すべきである。 2.労働組合・労使コミュニケーションのあり方に問題はないか 研究会では、会社と労働者が労働条件について協議する「労使コミュニケーション」を取り巻く制度についても議論した。当面は、代表者を選出する手続きや代表者の負担を下げるための複数選出、社会保険労務士らによる外部支援の導入の整備などを進める予定だ。しかし、労使コミュニケーションのあり方については、より中期的な観点からの議論も必要とされる。 現在の労働組合・過半数代表者を中心とする労使コミュニケーションには、どのような問題点があるだろうか。その解決には何が求められるか。 ・岡崎氏 「労働組合が正社員中心で、非正規社員を十分に組織していない場合があるという現状がある。企業内のすべての労働者の代表となるためには、労働組合が非正規社員まで組織し、その声を反映させる必要がある。」 「また、労働組合がない場合の、現行の過半数代表者制で本当に労働者の意見を集約できているのかは疑問だ。いまの制度では、選ばれた1人に責任を負わせる形になっている。過半数代表者の業務負担をサポートする制度作りや、労働者の意見をより企業に届けやすくするために、労使が同じテーブルで議論・意見交換ができるよう環境を整えることが重要だろう。」 ・水町氏 「日本は中小企業大国といえるが、中小企業にほとんど労働組合がないことが問題だ。労働組合が組織されている企業の多くは大企業であり、その組織率は16%程度にとどまっている。企業や職場、地域を超えた労使コミュニケーションのあり方を考えていくことが求められる。」 「労働組合がない職場の場合、労働者の代表となる過半数代表者を毎年選出する。会社側と36協定などの重要な協定の締結などを行い、その結果を労働者にフィードバックする。新しいルールを決める際には、それに対する現場の声を伝える役割を担う。しかし、多くの企業ではこのサイクルが回っていないのが現状だ。」 識者から指摘された問題のうち、1つは、労働組合の組織率は低下傾向にあり、直近で16%程度にとどまるほか、多くの非正社員が組合に非加入であること。もう1つは、労働組合のない中小企業で選ばれている過半数代表者の役割が、実際には形式的なものになっていることである。これらの問題は、労使が協調的な関係を維持する一方で、賃金の引き上げが抑制されてきた要因の1つとも指摘されている。 一方、当時の安倍政権下では、政府主導で政労使会議を設け、賃上げに関する交渉を行った。しかし、水島他(2016)が指摘するように、それは、労使からの現場の要求を解決する、というヨーロッパ型のコーポラティズム(注12)とは異なるモデルになっていた。 このように、従来の労使関係の枠組みや政府主導の取り組みでは、現場の多様な課題に十分に応えられていない。人手不足が進み、長期雇用を前提としない社会に移行する中で、労使の声を集約し、互いの知恵や工夫を発揮できるようにするためには、新たな労使コミュニケーションの構築が求められている。 3.「ジョブ型」は日本企業に浸透するか 政府は、2017年に公表した「働き方改革実行計画」の中で、転職が不利にならない労働市場や企業慣行を確立するとしている。その後、岸田文雄政権下で始まった「三位一体の労働市場改革」では、企業の人事制度の改革や労働者のリスキリングを促すことで、労働移動を促進することを打ち出した。その柱が、「ジョブ型人事制度」である。 ジョブ型人事制度では、企業が、職務の遂行に必要な能力・スキルを明記した「職務記述書(ジョブディスクリプション)」を作成する。労働者は、希望する職に就くためには自らの力でスキルアップする必要があるが、職務の遂行に十分な能力を持っていれば、年齢や、採用の社内外など、バックグラウンドを問わず重職に抜擢される可能性がある。日本企業にもジョブ型の雇用形態を導入する企業は増えており、新卒採用の段階でジョブ別に採用を行う企業も注目され始めた。 今後、「ジョブ型」は、日本社会に浸透し、日本の伝統的な雇用慣行に代わるものになるだろうか。また、ルール化・法制度化の手法に、問題はあるだろうか。 ・安藤氏 「欧米でのジョブ型雇用における採用は、組織図のポストに対して人材募集を行うが、実際には、職務記述書にバスケットクローズ(包括条項)が付与されているため、職務や役割が明確になっていない。また、そのポストで仕事ができる人から採用されていくので、未経験の新人を採用し、いちから教育することはない。未経験の新卒一括採用が前提の日本で、経験採用が前提のジョブ型が浸透すれば、若者が経験を積めなくなり、未経験者の多い若者の失業率が高まる。ひいては日本の雇用を不安定にしかねない。」 ・岡崎氏 「医療機関、運輸関係、現場の技能職などでは、ジョブに基づいた雇用がすでに一般的であり、ジョブ型雇用でないのは一部のホワイトカラーに限られている。雇用形態や賃金制度は、企業が、その実態に即して独自に選択するものであって、法律やルールによってジョブ型に移行することを強制するものではない。」 「近年、大卒・新卒の労働者に対してジョブ型雇用が進んでいるが、組織には様々な分野の部門があることをある程度の期間をかけて知ったうえで、どんな仕事に取り組みたいかを判断することも重要ではないか。企業の中には、長期的に複数の部署を経験させることで、多様な視野を持った人材を育成する動きもある。企業が自社に見合った雇用制度を探る動きは、当面続くだろう。」 ・水町氏 「ジョブ型雇用が浸透し、職務に根差した人事制度や賃金制度になれば、正規と非正規の格差が解消されていく方向にもつながりうる。その際に、ジョブの範囲を、専門性の高い狭いものにするか、複数のジョブを含むやや広いものにするかは、企業の実態や将来のビジョンに合わせて、労使で話し合いながら選択していくことが望ましいだろう。」 ジョブ型雇用に対し、識者の意見は分かれた。水町氏は、職務に根差した人事制度になると雇用形態による格差を解消するとしてジョブ型雇用の浸透を肯定的にとらえる一方、安藤氏は、未経験者を含む若者の失業率が高まるとして否定的な見解を示した。また、岡崎氏は、ジョブ型雇用は一部のホワイトカラーに限られた問題であることや、ジョブ別の新卒採用に対しては、組織にある様々な仕事を知ることの重要性を指摘した。 特に、水町氏と岡崎氏は、ジョブ型雇用の導入における企業の役割の重要性を指摘した。水町氏は、企業の実態や将来のビジョンに合わせたジョブの範囲決定が重要とし、岡崎氏は、雇用形態や賃金制度はあくまでも企業が独自に選択するものであり、政府による過度なルール化は不要であると指摘した。 ジョブ型雇用については、これまでも労働組合から「雇用不安につながるのではないか」「賃金引き下げの方便になるのではないか」といった慎重な意見が出されていた。本来、人事制度は、企業が自社の経営戦略や歴史を鑑みて、独自に策定することが望ましいのは言うまでもないが、政府には、未経験者や若者など、厳しい状況におかれている人々への支援体制の整備に取り組むことが求められる。 4.解雇規制制度は現状でよいのか 日本の解雇規制制度の見直しは、長年、議論がされているが、現在も意見の収束はみられていない問題だ。 日本では、不況や経営不振などの理由で使用者が労働者を解雇する場合には、人員削減の必要性や、手続きの妥当性といった、「整理解雇の4要件(要素)」を満たす必要がある。整理解雇の4要件とは、①人員整理をしなければならない経営上の理由があるのか、②解雇を回避するためのあらゆる努力を尽くしているか、③解雇する人の選定基準が合理的、かつ公平であるか、④解雇手続きが妥当なものであるか、である。 これによって、労働者は、違法行為や背任など、よほどのことがない限り解雇されることがなく、長期で安定した雇用を得ることができているとされる。近年は、産業構造の変化の最中にあり、企業も転換を求められている中で、企業から解雇をしやすくするような意見が高まっている。 識者は、現在の解雇規制に対しどのようにみているのか。また、解雇規制は緩和するべきなのか。 ・岡崎氏 「客観的に合理的かつ社会的に相当な理由がある場合に適切な手続きで解雇する、というのは各国共通しており、いまの日本企業でも、法律に基づいて行えばすでにできることだ。産業構造が変わる中で、成長余地のある産業に多くの人材を充てる必要はあるものの、労働者の意向に反して強制的に労働移動を推し進めることは、現在の労働生産人口の中核となる40代・50代の労働者が、自らの雇用の将来に不安感を抱く可能性があり、社会全体に対するリスクが大きい。」 「日本では、企業が労働者を解雇することのレピュテーションリスクが大きく、解雇の自由化や緩和を推し進めて労働者の反発を増幅するのは、企業にとっても不利益になる。解雇規制を緩和して、企業が自由に解雇できるようにすること自体、本当は企業も求めていないのではないか。」 ・水町氏 「現在の解雇規制制度は、解雇する場合は手続きを尽くしてから進めるという考え方であり、安定的な労働市場や人材の重要性に対する考え方はヨーロッパと同様だ。解雇規制を緩和し、本来は必要ない解雇を短期的な視点で実施できるようになると、自主的な労働移動が進むいまの流れを妨げかねない。」 さらに、違法に解雇された労働者が解雇の無効を申し立て、労働審判や裁判で認められたとしても、実際には解決金を企業が労働者に支払って解雇している現状がある。これを制度として規定する「解雇の金銭解決ルール」に対し、どのように考えているのか。 ・安藤氏 「現在、解決金の水準の低さが、日本が諸外国に比べて解雇が簡単な国である、という評価につながっている。労働者の雇用保障の観点からも問題だ。」 ・岡崎氏 「解雇の金銭解決については、労働局のあっせんから労働審判、裁判と段階的に争い方がある中で、争い方によって解決金の幅が10万円から1千万円単位までと幅広いことが問題だ。争いの深刻さによる違いはあるものの、過度に金額に差が出ている点には一定の水準を設けるべきではないか。」 識者の意見は、既存の制度で解雇は可能であるとして、「緩和する必要はない」として一致したものの、その理由は異なるものであった。水町氏は、労働者が自主的に転職する流れを阻害しかねないことを懸念し、岡崎氏は、社会に与えるインパクトや、解雇のレピュテーションリスクの高さから、企業側に本当にニーズがあるのか疑問を呈した。 また、解雇無効時の解決金の金額のばらつきについては問題があり、一定のルール付けが必要という点で、見方は一致している。安藤氏は、解決金の水準の低さに懸念を示し、岡崎氏は、争い方によって解決金の額が大幅に変わってくることが問題とした。 解雇規制の議論を進める際には、企業経営の柔軟さの確保と、労働者の権利の保護の、バランスをどうとるかが求められる。議論を避けるのではなく、現状の課題、当事者の必要性、社会的ニーズ、そして制度変更による効果を踏まえ、現行制度で改善すべき点は建設的な議論を進めることが不可欠である。 おわりに 働き方改革関連法の施行から、2025年で6年が経つ。今回ヒアリングを実施した3人からは、「働き方改革」の成果に関して、過度な長時間労働に対して否定的な認識が広がっていることや、雇用形態の違いによる待遇格差を是正しようとする意識が高まっていることを評価する意見が寄せられた。この点で、「働き方改革」は、企業や労働者の意識を変えることに成功したといえる。一方で、識者からは、正社員と非正規社員の間には給与システムや業務の責任範囲などに違いがあることや、賃金格差の縮小には最低賃金の引き上げが影響していることが提起された。さらには、統計やデータに表れない問題点についての指摘もあった。残業規制は、水面下でのサービス残業や、管理監督者などの一部の労働者の労働負荷の増加につながっているという。働き方改革の掛け声の下で、労働の現場でひずみが生まれていないかどうか、実態をきめ細かく把握するための取り組みが必要だろう。 また、今後の働き方に対しては、識者の間で意見が一致する点と、異なる点があることが明らかになった。長時間労働のさらなる是正については、労働者の自主的な判断で労働時間を選択できるようにすべきという点で認識は同じであったが、残業規制を強化する必要性に関しては意見が分かれた。また、現状の解雇規制制度の緩和は不要であるものの、不当解雇における解決金額のばらつきがあることは問題であるとの認識で一致した他方、ジョブ型雇用については、雇用形態間の格差を是正できるという評価がある一方、未経験者の多い若者の失業率の悪化に対する懸念や、政策的な後押しを不要とする指摘があり、識者の間で考え方が分かれた。さらなる規制や制度改革が必要だとすれば、どんな改革が望ましいのか、労働者や企業を巻き込み、議論が活性化するのを期待したい。 識者の見解の根底には、制度を設計するにあたっては、労働者を置き去りにしてはならないという共通認識がある。「働き方改革」は、実のところは経営主導の「働かせ方改革」だという指摘は当初からあったが、現場の最前線にいる労働者の声に、改めて耳を傾けたい。統計などの客観的なデータが必ずしも実態を反映していないということであれば、なおさら労働者の声をないがしろにしてはならないだろう。企業や労働者を取り巻く環境の変化をとらえ、実態を踏まえた制度にするためには、現場の懸念を労働者の側から適切に発信し、企業はそれを真摯に受け止め、労使双方が歩み寄ることが重要だ。企業内や政府・労働組合など、様々な場面で議論を積み重ね、お互いに納得感のある着地点を見つけていくことが求められる。 参考文献浅倉むつ子・島田陽一・盛誠吾(2020)「労働法 第6版」有斐閣.朝日新聞「副業促進 規制緩和盛る」2024年12月25日.黒田祥子・山本勲(2009)「ホワイトカラー・エクゼンプションと労働者の働き方: 労働時間規制が労働時間や賃金に与える影響」『RIETI Discussion Paper Series』09-J-021.厚生労働省(2024)「令和6年版厚生労働白書」2025年2月4日アクセス.――(2024)「令和6年版労働経済の分析 ―人手不足への対応―」2025年3月18日アクセス.――(2024)「令和6年版過労死等防止対策白書」2025年2月4日アクセス(公表日時点ではメンテナンス中).――(2025)「労働基準関係法制研究会報告書」2025年2月5日アクセス.駒村康平・山田篤裕・四方理人・田中聡一郎・丸山桂(2015)「社会政策―福祉と労働の経済学」有斐閣.菅野和夫「工場法施行百周年に寄せて」日本医療企画「厚生労働」2016年8月号 2025年2月4日アクセス.田矢祐樹・齊之平大致(2024)「日本におけるジョブ型雇用の展望」財務省「ファイナンス」2024年9月号 2025年2月5日アクセス.日本経済新聞「労働者、会社と話すのは誰?組合減り「代表」に重責」2024年9月9日.濱口桂一郎(2011)「日本の雇用と労働法」日本経済新聞社.水島治郎・谷口将紀・牛尾治朗(2016)「課題「解決」型デモクラシーのガバナンス」NIRAオピニオンペーパーNo.24.八代尚宏(2022)「日本経済論・入門 第3版」有斐閣.連合総合生活開発研究所(2023)「労働力人口減少下における持続可能な経済社会と働き方(公正配分と多様性)に関する調査研究委員会報告」.ロイター「アングル:電通社員の過労死問題、残業規制を改革の俎上に」2016年11月12日.労働政策研究・研修機構(2018)「日本労働研究雑誌 No.701」 ――(2019)「日本労働研究雑誌 No.702」――(2023)「高度プロフェッショナル制度の適用労働者アンケート調査」2025年2月4日アクセス.――(2024)「データブック国際労働比較2024」2025年2月4日アクセス. 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。(出典)NIRA総合研究開発機構(2025)「「働き方改革」その成果と行方―制度・政策の課題と論点整理―」政策共創の場No.5 脚注 1 毎月勤労統計調査における「一般労働者」は、パートタイム労働者以外の者。「パートタイム労働者」は、①1日の所定労働時間が一般の労働者より短い者②1日の所定労働時間が一般の労働者と同じで1週の所定労働日数が一般の労働者より短い者のいずれかに該当する者。 1 毎月勤労統計調査における「一般労働者」は、パートタイム労働者以外の者。「パートタイム労働者」は、①1日の所定労働時間が一般の労働者より短い者②1日の所定労働時間が一般の労働者と同じで1週の所定労働日数が一般の労働者より短い者のいずれかに該当する者。 2 賃金構造基本統計調査の「所定内給与」とは、労働契約や就業規則であらかじめ定められた条件に基づいて支給される給与のうち、時間外勤務手当や深夜勤務手当などの超過労働に対する手当を除いた金額。 2 賃金構造基本統計調査の「所定内給与」とは、労働契約や就業規則であらかじめ定められた条件に基づいて支給される給与のうち、時間外勤務手当や深夜勤務手当などの超過労働に対する手当を除いた金額。 3 賃金構造基本統計調査では、全体の労働者を「一般労働者」と「パートタイム労働者」に分け、さらに、それぞれを「正社員・正職員」「正社員・正職員以外」に分けている。 3 賃金構造基本統計調査では、全体の労働者を「一般労働者」と「パートタイム労働者」に分け、さらに、それぞれを「正社員・正職員」「正社員・正職員以外」に分けている。 4 賃金・労働時間、その他の労働条件を極端に下げて生産コストを抑制することで、海外市場などで廉売すること。 4 賃金・労働時間、その他の労働条件を極端に下げて生産コストを抑制することで、海外市場などで廉売すること。 5 一律に時間で成果を評価することが適切ではない労働者の勤務時間を自由化する制度。労働法制上の労働規制の適用を免除、または例外を認めることで、労働時間の規制を緩和する。当初「労働ビッグバン」で提唱されたが、「残業代ゼロ法案」との批判をうけ見送り。この概念は、のちの「高度プロフェッショナル制度」に引き継がれた。 5 一律に時間で成果を評価することが適切ではない労働者の勤務時間を自由化する制度。労働法制上の労働規制の適用を免除、または例外を認めることで、労働時間の規制を緩和する。当初「労働ビッグバン」で提唱されたが、「残業代ゼロ法案」との批判をうけ見送り。この概念は、のちの「高度プロフェッショナル制度」に引き継がれた。 6 その他、長時間の労働に対する「危険手当」の意味合いももつ。 6 その他、長時間の労働に対する「危険手当」の意味合いももつ。 7 類似した考え方に、雇用主と労働者が、あらかじめ仕事に必要な労働時間とそれに見合った賃金総額をパッケージとして暗黙裏に契約している、という「fixed-job model」がある。例えば、管理職に昇進したにも関わらず同じ業務を続ける労働者が、基本給が増えた分だけ残業代や賞与が減少した場合に、時給換算した賃金は昇進前後で変化しない、といった状況(管理職になり労働時間規制が適用除外され、残業代がゼロになったとしても、基本給が増えたことで残業代の減少分がカバーされるので、結果として時給換算した給与水準は変化しない、ということ)。 7 類似した考え方に、雇用主と労働者が、あらかじめ仕事に必要な労働時間とそれに見合った賃金総額をパッケージとして暗黙裏に契約している、という「fixed-job model」がある。例えば、管理職に昇進したにも関わらず同じ業務を続ける労働者が、基本給が増えた分だけ残業代や賞与が減少した場合に、時給換算した賃金は昇進前後で変化しない、といった状況(管理職になり労働時間規制が適用除外され、残業代がゼロになったとしても、基本給が増えたことで残業代の減少分がカバーされるので、結果として時給換算した給与水準は変化しない、ということ)。 8 ただし、一部の規定が適用されないほか、原則的上限や特別条項の上限に規定される労働時間の上限も適用されない。 8 ただし、一部の規定が適用されないほか、原則的上限や特別条項の上限に規定される労働時間の上限も適用されない。 9 金融商品の開発業務、ファンドマネージャー・トレーダー・ディーラーの業務、証券アナリストの業務、コンサルタントの業務、研究開発業務。 9 金融商品の開発業務、ファンドマネージャー・トレーダー・ディーラーの業務、証券アナリストの業務、コンサルタントの業務、研究開発業務。 10 同種の業務に従事する一般的な労働者の賃金と比較して、派遣労働者の賃金の額が同等以上であること、など。 10 同種の業務に従事する一般的な労働者の賃金と比較して、派遣労働者の賃金の額が同等以上であること、など。 11 「健康管理時間」は、対象労働者が事業場内にいた時間と事業場外において労働した時間との合計の時間。労使委員会が除くことを決議しない場合、健康管理時間には、事業場内における休憩時間等も含まれ得る。 11 「健康管理時間」は、対象労働者が事業場内にいた時間と事業場外において労働した時間との合計の時間。労使委員会が除くことを決議しない場合、健康管理時間には、事業場内における休憩時間等も含まれ得る。 12 政策決定の場に企業や労働組合などが参加し、共通の利害に基づいて議論し、政策を決定する政治システム。 12 政策決定の場に企業や労働組合などが参加し、共通の利害に基づいて議論し、政策を決定する政治システム。 シェア Tweet 関連公表物 失業なき労働移動を実現するために 翁百合 水島治郎 終身雇用という幻想を捨てよ 柳川範之 山田久 原ひろみ 安藤至大 辻󠄀明子 課題「解決」型デモクラシーのガバナンス 水島治郎 谷口将紀 牛尾治朗 いかに少子化社会から脱却するか 鈴木壮介 前田裕之 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