English version 研究報告書 2021.08.27 経済・社会文化・グローバリゼーションー第4章 イタリアー この記事は分で読めます シェア Tweet 八十田博人 共立女子大学国際学部教授 概要 イタリアでは、左右の二大政党中心の政治から、左派の五つ星運動と、右派の同盟(Lega)の左右ポピュリスト政党が主たるアクターに加わる政治へと変化した。左右ポピュリスト政党の勢力拡大は、支持基盤の奪い合いを生み、政策的位置が近い政党間で、近親憎悪関係を生んだ。こうした背景もあり、2018年総選挙では、第1党、第2党となった五つ星運動と同盟が連立を組む、左右ポピュリスト政権が生まれた。ベーシックインカムによる貧困層支援を掲げた五つ星運動と、フラットタックスという減税策を掲げた同盟は、真逆の政策を主張するものの、EUに対して厳しい立場を取り、財政面では手厚い分配を主張する点で共通する部分があった。その後、五つ星運動は、同盟とのポピュリスト連立政権を解消し、政策的にも近い既存左派政党の民主党と連立を形成した。 イタリアをはじめとする南欧諸国では、EUやユーロを批判する政党が存在する。しかし、EUから財政支援と監視を受けているため、有権者にとっても脱EUは現実的な政策ではなく、「フィクション」に過ぎない。そのため、五つ星運動と民主党の連立政権では、ポピュリスト的な傾向を残しながらも、EUとの関係を重視する姿勢に移った。 近年、五つ星運動の支持率は落ち込み、逆に同盟の支持率が高まってきた中で、新型コロナ問題への対応で底堅い支持はあるものの、地方選で後退し、逆に復調した民主党が左派の主軸に戻りつつある。現在のドラーギ政権は、主要官僚に実務家を据えて政権運営を行っている。新型コロナ問題が収まったら、困難な事項は実務家に責任転嫁しつつ手柄を争う激しい政党間競争が次の総選挙までに予想される。その中で、右派政党が優位な状況で、左派政党側は、イタリア中部と南部でいかに選挙連携していくかが今後の鍵となる。経済・社会文化・グローバリゼーション・総論 2020年の各国政党政治・第1章 フランス ・第2章 イギリス ・第3章 ドイツ ・第4章 イタリア ・第5章 オランダ ・第6章 スペイン ・第7章 北欧諸国 ・第8章 アメリカ ・第9章 韓国 PDFで読む General Introduction & Country Summaries INDEX 第4章 イタリア 既存右派のお株を奪った同盟 反グローバリズムという「フィクション」 左右二大政党から左右ポピュリスト政党台頭への変化 左派ポピュリスト政党としての五つ星運動(M5S) 支持基盤を拡げた右派ポピュリスト・同盟(Lega) 移民問題の動向 PDの分裂 新型コロナウイルス感染症の影響 イタリア政治の今後の見通し 第4章 イタリア 既存右派のお株を奪った同盟 イタリアの、政党の全体的な位置を把握する上で、南チロル人民党(SVP)-旧南チロルというドイツ語圏の1地域にしか存在しない政党で、得票率は5%に届かない-を中道(ちょうど真ん中)に評価するのが、メルクマールになるだろう。 経済争点に関しては、左派寄りの政党では、民主党(PD)は3.6、五つ星運動(M5S)が3.2、右派側の同盟(Lega、旧党名:北部同盟)とイタリア朋友(FDI)は、それぞれ7.7と7.8というCHESの評価は妥当である。 こうした左右の政党の微妙な評価の違いは、2018年の公約に示されている、経済争点に関する各党の主張を見ると理解できる。 まず、左派側では、ベーシックインカムを掲げるかによって評価が異なる。イタリアのベーシックインカムは、スペインと同じく、全ての人に同額を支給するのではなく、一定の所得制限をかけて給付するものである。M5Sは、財政の見通しが非常に甘いものの「市民権インカム」と呼ばれるベーシックインカムを打ち出し、実現させたため、より左派的であると評価できる。他方、PDはベーシックインカムには慎重だが、経済発展のための財政出動に賛成していることから、経済争点はわずかの差となった。 また、右派の政党は、かつてアメリカで実施されたフラットタックスによる所得税の減税策を掲げている点では共通しているが、その度合いには違いが見られる。フォルツァ・イタリア(FI)は20%、Legaは15%の減税策を掲げていた。従来のLegaは経済的中道と見られていたが、2018年総選挙ではフラットタックスを前面に押し出し、FIのお株を奪った。 次に、社会文化的争点をみると、M5Sは、移民への寛容さなどのリバタリアンな側面がPDよりも劣っており、3.7と評価された。同姓パートナーシップ法の採決では、 M5Sは既成左派政党との差を重視したリーダーのベッペ・グリッロとカザレッジョの意向により棄権した。右派側では、Legaと、FDIが同性婚に反対しており9と評価できる。イタリアにおける社会文化争点は、主に移民やカトリック信仰に対する態度を考えれば理解しやすい。例えば、イタリアの政党の中で最もリバタリアンなイタリア左翼(SI)は0.7と評価されている。一方、Legaは近年カトリック信仰を強調するようになるなど、イタリア北部の分離を掲げる地域政党から右派の総合デパートとしての全国政党になることを目指していると考えられる。 図4-1 イタリアの政党の政策位置 反グローバリズムという「フィクション」 グローバル化に関しては、 FIを6、M5Sは少し反グローバル寄りの4〜4.5とした。まず、M5Sは、多国間主義や国際協調に決して熱心ではなく、NATOのような国際任務に極めて消極的である点ではLegaと共通している。ただし、M5Sは、2019年ヨーロッパ議会選挙において、Legaと差別化を図るために、ヨーロッパ統合を否定せず、ユーロからも離脱しないと立場を変えたため、Legaよりもヨーロッパ寄りといえる。移民問題について、M5SはLegaほど排外的な態度ではないものの、サルヴィーニ政令という人道的な目的でも移民救助を事実上禁止するような法令には反対しなかったし、移民の寄港を認める欧州議会の決議においても棄権した。このようにM5Sは、移民問題に対してNIMBY(迷惑施設)のように積極的な態度を示していない。ただ、政権与党となり、移民に関するEUとの取り決めを守らないといけない立場になった点ではグローバリズムを重視しており、4~4.5と評価した。また、FIは、時にユーロ懐疑的な主張もあったが、全般的に国際協調を否定していないことから、6と評価した。 PDは、現在のイタリアにおいて唯一、ヨーロッパ主義を体現している政党であり、経済発展のために財政出動を望んでいるものの、EUの規約に違反することはないと考えられるため、グローバル化に積極的な7と評価する。 一方、イタリア左翼はEUを「銀行家連合」などと批判しているため、経済争点と同じく1と評価した。ただし左翼も人権や民主主義を重視する多国間ネットワークを重視しており、反EUだからと言って決して一国主義を掲げているわけではない。右派のLegaとFDIについても、国家主権を重視する立場からともに2と評価できる。 しかしながら、イタリアをはじめとする南欧諸国では、各国の財政はEUの常時監視下にあるため、反EUやユーロ離脱の主張はフィクションでしかない。EUやユーロを厳しく批判しても、本当にEUやユーロ圏から見捨てられれば、イタリア国債は紙屑となり、財政を保てない。イタリアでは、そう簡単には反EUや反ユーロを実行できないのである。M5SとLegaによる第1次コンテ政権はEUに対して激しい批判を繰り返したが、最終的にはEUに妥協した。Brexitに関する世論調査でも、多くのイタリア国民はBrexitを間違いと考え、イタリアはEUに参加し続けるべきという意見が圧倒的であり、この傾向はM5S支持者も変わらない。 Legaも、欧州議会選挙時に「我々は国家主権に基づく、祖国からなるヨーロッパをつくるということであって、反ヨーロッパではない」と主張するなど、直接的な反EUは避けている。ただ、現証券取引委員会委員長で前ヨーロッパ担当相のサボナの入閣を押したのもLegaであるし、よく売れている反ユーロ本の著者バニャイ上院議員をはじめ、個別の政治家レベルでは反EU・反ユーロの立場を取るLega所属の国会議員も多く、第1次コンテ政権でEUの交渉窓口となったのはLegaではなくM5Sであった。 ただし、今後の経済状況によっては、イタリアも反EU・反ユーロに変化する可能性がある。PDと一部右派によるレンツィ政権は、一定の経済成長と、少しばかりの財政赤字の削減に成功しており、まるで遅れてきたイギリス・ブレア政権のような様相があった。しかし、第1次コンテ政権以降は、経済成長が思うに任せず、今後の財政悪化が予測されており、こうした経済的停滞が、イタリアを徐々に反EU・反グローバル化へと向かわせてしまうかもしれない。 2019年以降の動きにも注意が必要である。Legaは2019年欧州議会選挙で大勝したことに勢いを得て、連立与党にもかかわらずコンテ首相不信任案を提出した(後に取り下げ)。これに対して、M5SはLegaとの連立関係を解消し、新たにPDと連立を組むこととして、第2次コンテ政権をスタートさせた。 左右二大政党から左右ポピュリスト政党台頭への変化 2018年総選挙の結果は、ヨーロッパに衝撃を与えた。中道右派連合の主軸だったFIと、中道左派連合の主軸であったPDが第3〜4位(下院と上院で結果が異なる)まで沈むという劇的な変化が生じたのである。 左右の二大政党の代わりに、どの政党が浮上したのか。まず、右派側では、右派連合のジュニアパートナーだったLegaがFIを上回った。左派側ではM5Sが第2党に倍以上の差をつけ、第1党となった。 イタリア政治が複雑なのは、政党間で近親憎悪があることだ。FIとPDは、彼らの票を奪ったM5Sと連立を組もうとしなかった。特にPDは、このときイタリア南部で支持層をM5Sに侵食された(もっとも、後にM5SはLegaとの連立を解消し、PDと組むこととなる。)。FIも、M5Sに票を流出させたこともあり、M5Sとの連立を忌避した。このため、2018年総選挙後にM5Sが連立を組みうる相手はLegaだけであった。Legaは選挙時の右派連合を離脱し、M5SとLegaという左右のポピュリスト政党による連立政権である、第1次コンテ政権が成立した。 ちなみに、M5Sは選挙後の離党者が多い。イタリア下院では、旧所属政党を離党した議員や10名以下の少数政党の所属議員は、無所属ではなく混合会派という1つの会派に入れられる。下院の混合会派に所属する議員は65名もいるが、これはM5Sの議員数が選挙時の227名から161名に減ったこととの表裏である(2021年6月30日時点)。 左右ポピュリスト政党の連立というと歪に見えるかもしれないが、第1党と第2党の連立という意味においては民主的正当性が高いとも言え、第1次コンテ政権発足時の支持率は高かった。しかし、「この政権が成果を上げられると思いますか」という質問に対しては「そう思わない」という懐疑的な回答が半数を占めた。選挙結果に従う政権ではあったものの、政策的な立場が異なるLegaを政権に含めることへの反発もあったのだろう。 コラム イタリアでは、選挙前連合という仕組みが取られることが多い。イタリアの選挙制度は、得票率3%に満たない政党は比例代表の議席(議席の61%を占める)を得られない。しかし、他党と選挙前連合を組み、連合に所属する全政党の合計得票率が10%以上で、かつ、連合に所属する政党の少なくとも1つが3%以上の票を獲得した場合には、連合内の他の政党にも得票率に応じた議席が配分される。 選挙前連合と言っても、日本のように各党間で詳細な政策合意を得た上で選挙に臨むのではなく、大まかな政党の組み合わせと統一首相候補を提示する以上のものではない。ある種割り切った連合であるため、選挙後に別の政党との連立を組むことも稀ではない。2018年総選挙ではLegaとFIは選挙前連合を組んだが、Legaは選挙後にM5Sと連立政権を作った。選挙後連合つまり連立政権は、大統領が各政党に意見を聞き、政党同士の交渉により成立する。 左派ポピュリスト政党としての五つ星運動(M5S) 左派ポピュリスト政党と分類されるM5Sは、反政治的なモーメントにおいてLegaと共鳴するところがある。初期のM5Sは、リーダーのベッペ・グリッロが注目されたものの、実際には裏のリーダーであったオリベッティのコンピュータープログラマー出身で、IT経営者のジャンロベルト・カザレッジョの影響力が強かった。カザレッジョのメッセンジャーボーイとして動いていたのが、M5Sの前リーダーで外務大臣のルイジ・ディマイオである。 M5SがLegaと連立を組んだのには、勢力維持を考えた打算的側面がある。FIとPDによるエスタブリッシュメント連立の成立を許すと、第1党という民意の負託に応えられない。M5SがPDと組んだ場合には、Legaを野党に追いやってしまう。他のヨーロッパ諸国でも見られるように、ポピュリスト政党は既存体制を批判することによって支持を獲得してきた。ここでM5Sが旧体制派のPDと組めば、反既存体制票をLegaにさらわれ、支持率を低下させてしまう恐れがある。こうした論理はLegaも同じであった。 本来、M5SとLegaは、ベーシックインカムによって貧困層への支援を行いたいM5Sに対して、Legaはフラットタックスという減税策を志向するなど、真逆の公約を掲げていた。ただ、財政健全化を顧みずに選挙民への分配を手厚くし、EUの目標実現に重きを置かない点では共通する部分もある。 M5Sは、Legaとの連立政権を解消した後、 PDと連立を組んだ。M5SにとりPDは、政策的な立場やイデオロギーではLegaよりも親和性が高かったものの、支持基盤が近く票を争う相手であったことから、それまで協力関係にはならなかった。第2次コンテ政権では、経済財務相にPDの議員が就いたこともあり、EUとの関係をより重視する姿勢に移ったと言われるが、他方で憲法改正の国民投票を行うなど、M5Sが有していたポピュリズム傾向が未だに残っている側面もある。 支持基盤を拡げた右派ポピュリスト・同盟(Lega) 右派ポピュリスト政党のLegaは、フランスの国民連合と比較されることが多いが、政党としての性格はかなり異なる。国民連合は前身の国民戦線時代に当時の党首がアウシュビッツや広島に乱暴に言及して物議を醸したが、このような極右政党特有のルサンチマンはLegaには見られない。もともとのLegaは工業地帯で経済的に恵まれていたイタリア北部の自治拡大を主張する中道的な政党であったが、その後に右派・FIの基盤を侵食することにより大きく支持を伸ばしていった。 FIと比べて、Legaの候補者や支持者には高卒者、そして商工業をはじめ手に職を持っている層が多いなどの大衆性がある。ヨーロッパのポピュリスト政党の特徴である「グローバル化に敗北した労働者」の支持を得て拡大したのではなく、元からの商工業者からの支持を背景としている点が特徴的である。イタリア経済にとって北部中小企業の貢献は大きく、彼らの支持を受けたLega(前身の北部同盟)は、一般大衆の支持を拡大させた。つまり、他のヨーロッパ諸国のような反グローバリズムが勃興するよりもはるか前から、一般大衆の支持基盤を形成していたのである。 M5Sにも似た面がある。M5Sはユーロ危機を発端とした反グローバリズム運動がきっかけではなく、それ以前の2005年に綺麗な水道や安い電話料金を求める世直し運動から始まった政党である。M5SがPDとの左派連立政権で反EU傾向を抑え、ヨーロッパ寄りに変化した背景にも、こうした同党の大衆性があるといえる。 移民問題の動向 イタリアのグローバル化を考える上で、移民問題は重要なイシューとなる。地中海に漕ぎ出した移民の多くはイタリア沿岸に漂着するため、移民の流入を防ぎにくく、かつ人道的に入国を認めざるを得ない。こうした事情もあり、移民が増加しているものの、右派側も左派側も決して移民に好意的ではない。 2013年総選挙後に成立したPDなど中道左派政権は、初めのうち移民の受け入れを拒否しなかった。しかし、2018年に移民の救助や支援を行うNGOの活動に大きな制限をかけるなどして、移民の受け入れ数を大きく減少させた。M5SとLegaのポピュリズム連立政権が発足する以前から、移民制限は始まっていたのである。そこに加えて2018〜19年のM5SとLegaのポピュリスト連立政権において、Legaのサルヴィーニ内相が主導して移民の受け入れが全面禁止された。その後の、M5SとPDの第2次コンテ政権になり、受け入れ禁止は解除されたが、前の水準までには戻っていない。 第2次コンテ政権は、移民難民問題を担当する内務大臣に実務家を任命した。これはM5SとPDにとって移民は扱いづらい問題であることを示している。移民の寄港を原則禁止にしたサルヴィーニ政令は2020年10月に改正され、難民申請者の受け入れ条件は緩和されたが、極端に厳しかった政令を以前の水準に戻した程度であり、厳しい移民制限の基調が覆ったわけではない。 PDの分裂 2018年総選挙以後の大きな変化としては、PDの分裂を挙げられる。レンツィ元首相率いるPD右派が離党して「イタリア・ヴィーヴァ(活力あるイタリア)」という政党をつくった。これとは別に、左派選挙連合(自由と平等)の一角を占める「憲法第一条」という小政党もPD左派が離党して結成したものだ。 第2次コンテ政権では、イタリア・ヴィーヴァや憲法第一条も連立与党に加わったが、2019年からPD書記長となったツィガレッティ・ラツィオ州知事のもとで、PDの支持率は底打ち反転し、同年の欧州議会選挙からはM5Sの支持率を上回っているものの、支持率のピークだったレンツィ政権期頃の勢いはない。とはいえ、この連立により、PDのジェンティローニ元首相を経済担当のEU委員に送ることができ、ユーロ導入以後の歴代政権で左右を問わず常態化していた経済財務相に久しぶりにPDの所属議員であるグァルティエーリを入閣させたことで、PDの持つ長い政権担当経験を活かした手堅さを示すことはできた。グアルティエーリは2021年にローマ市長選で右派統一候補に勝利し、当選した。 もう1つ、PDにとって明るい材料は、2013年の勝者なき総選挙後に首相となり右派を含む大連立内閣を率いたが、同党のレンツィによって辞任に追い込まれ、パリのシアンスポの学部長になっていたレッタが復帰し、書記長となったことである。レッタは欧州理事会議長の候補に名前が挙がったほどの親欧州派であり、そのリーダーシップが期待される。 一方、レンツィ元首相のイタリア・ヴィーヴァの支持率は低迷している。レンツィは、期待した右派のフォルツァ・イタリアとの協力も進まず、2021年初旬にはコロナ対策の不足を理由に自派の閣僚を引き上げ、第2次コンテ内閣を総辞職に追い込み、政権危機を引き起こした。しかし、この危機は、右派のFDIを除く左右の主要政党すべてがドラーギ前欧州中央銀行総裁を首班に掲げた連立政権を成立させることになり、PDもイタリア・ヴィーヴァも、憲法第一条を含む左派連合「自由と平等」も入閣することとなったのである。 新型コロナウイルス感染症の影響 新型コロナ問題は、イタリアのEUへの態度を大きく変化せる可能性がある。EUは新型コロナ対策に関して大きな遅れを取った。ヨーロッパの中でも初めに大きな被害を受けたイタリアでは、孤立無援という認識が広がった。もっとも、そのことが移民問題と相まってEUに批判的なLegaの支持拡大につながっているわけではない。 各党支持率を見ると、2019年はLega他政党に10ポイント以上の差をつけていた。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行がトレンドを変えた。左派の地盤であるエミリア・ロマーニャ州で2020年1月に行われたエミリア=ロマーニャ州知事・議会選挙では、第2次コンテ政権の不人気からLegaが勝つかもしれないとまで言われていたところ、左派側は「イワシ運動」という反Legaの大衆運動を展開し、支持回復に成功した。そこに、新型コロナの流行が起こり、対応に奔走するM5SとPDの支持は下がりにくくなる一方、Legaは政権を批判しにくくなった側面がある。 新型コロナ問題に関しては、イタリア国内の地域差も考えなければならない。2020年秋の段階で、Legaは北部4州の知事を輩出しているが、イタリアにおける感染拡大の中心地だったのが、その中のロンバルディア州とヴェネト州であった。この2州の知事の対応は明暗を分けた。ロンバルディア州のフォンターナ知事は、新型コロナの感染対策が遅かった上に、妻の会社が医療衣の斡旋業者として有利な取扱いを受けた疑惑が生じて大きく支持を下げた。一方で、ヴェネチアを中心とするヴェネト州のルカ・ザイア知事は、PCR検査と抗体検査を積極的に行い、感染率をロンバルディアより大きく抑えることにより、支持を伸ばした。 この間にLegaの党首であるサルヴィーニはどうであったかと言うと、感染が拡大する中でマスク着用反対の立場を取り、様々なパフォーマンスを行った。こうした行動に対する不信感から、2020年以降Legaの支持率は伸び悩んでいる。 これに対して支持を伸ばしたのは、最右派のFDIである。FDIは、女性党首メローニの人気が高まり、Legaの後退を相殺するように、支持率を2桁パーセントまで増加させた。これにより右派の支持後退は緩和され、左派の支持率は徐々に回復しているものの、強い勢いがあるとは言えない。 第2次コンテ政権は、新型コロナ対策に関して、議会によらない強力な緊急法律命令を出すなどの対応を行った。この結果、イタリアは初動こそ遅れたものの、その後は素早く生産活動を停止させ、感染者を一時大きく抑えることに成功した。イタリアの危機対応はユーロ危機で鍛えられたところがあり、緊急法律命令の乱発も当時に倣ったものである。民主的ではないとの批判もあったが、感染拡大防止の成果が出たため、2020年の秋口までコンテ首相への支持は6割を超える、高い水準にあった。 ただ、第2波以降の感染拡大によって、コンテ首相への支持も下がり始めた。他の政治家の支持率を見ると、LegaのサルヴィーニよりもFDIのメローニの方が高い支持率を得ている。政権内では、新型コロナ問題を所管する最左派政党所属の保健大臣の支持率が上昇しており、危機対応が影響していることがわかる。しかしながら、こうした危機対応に関する政治家への支持率の動向は、必ずしも各政党支持率の動向には繋がっていない。 イタリア政治の今後の見通し M5SとPDの間で選挙協力が進んでいないことが、今後の不安要素である。2020年9月に行われた地方選挙と補欠選挙では、両党は市町村の2選挙区と上院の1選挙区でしか選挙協力ができなかった。右派ではLegaとFIやFDIとの協力が進んでいるのに比べて、左派の連携は全く進んでいない。この状況のままで総選挙が行われると、右派有利というシミュレーション結果がある。ただし、2021年8月初旬を過ぎると、マッタレッラ大統領の任期の最後の半年間に入り、憲法の規定により、大統領自らが辞任しない限り、2022年2月に予定される新大統領選出まで総選挙は行われなくなる。 ドラーギ政権は閣僚の3分の1をエリート実務家が占め、残りを政党政治家が占めるが、主要閣僚のかなりの部分が実務家によって担われている。特に経済財務相にはまたしてもイタリア銀行からドラーギのかつての同僚フランコを充てているし、EUの復興基金を重点活用するデジタル担当相(首相府特命相)、改組・改称されたエコロジー移行相(旧・環境国土海洋保全相)、インフラ・持続可能モビリティ相はいずれも実務家である。実務家たちはコロナ禍からのグリーン復興を担う人材としては適しているが、このようなエリート任せの統治も、2022年の大統領選挙(国会議員全員と地方代表による間接選挙)、遅くとも2023年には任期満了で行われる総選挙が近づくなかで、政党間の政策競争は激しくなるだろう。 今回入閣した政治家のなかでは、Legaのジョルジェッティ副書記長が経済発展相(日本の経済産業相に相当)に就任したのが注目される。ジョルジェッティはLegaの古参の幹部で、サルヴィーニとの意見の違いも厭わない、党内では相対的に欧州寄りのリベラル派に位置する。Legaのサルヴィーニ党首も、政権参加後は時に個別の政策で言上げすることはあっても、ドラーギ政権を支持し、EUの復興基金の予算計画にも賛成している。ただし、Legaが親欧州に転じたと見るのは早計だろう。 右派と左派の間で、この政権での手柄の取り合いもあるだろうし、コロナ後の復興が難航すれば、特にLegaは、かつてFIがユーロ危機対応で緊縮策を取ったモンティ政権を次の総選挙では批判したように、実務家に責任転嫁して批判する側に回る可能性もある。PDはそのような無責任な対応は取らないだろうが、左派各党もこの点では態度が割れる可能性もある。 さらに、任期満了前の2022年に大統領選挙が行われることも政治的に重要である。首相が政治的な権力を有するイタリアにとって、一般的には大統領は注目されないことが多いが、総選挙で明確な勝者が出ず、連立工作が難航する場合は、仲介役としての大統領の役割が大きくなる。2022年に左派側から大統領が選ばれたら、分裂続きの左派系政党による連立政権結成の仲介を期待できるかもしれない。 一方で、右派側の懸念は、党首ベルルスコーニが高齢で健康不安があるFIの支持に衰えがあり、右派勢力全体としての支持がなかなか安定しないことである。2020年6月には、FIの一部の議員が離党して「イタリア勇気」という中道右派新党を結成した。Legaは、相対第1党を取ることができても過半数は確保できないと予想され、右派政権の成立はLegaだけでなくFIやメローニ党首のもとで支持を広げているFDIがどれだけ議席を得られるかにかかっている。 左派に目を転じると、M5Sが不安定になっている。2018年に始まる今国会でも離党者が多く出たのは上述の通りだが、リーダーも確定していない。運動内(5つ星運動は自らを「政党ではない」と規定する)の路線対立から、2020年初にディマイオ外相がリーダーを辞任し、暫定リーダーを置いていたが、2021年に首相辞任後にコンテが正式に運動に参加し、新しいリーダーとなった。ところが、彼が提示した運動の政策プランは、当初、党の後見役として影響力のあるグリッロが懸念を示し、党内の合意形成に不安を残している。 2020年9月の国民投票において、M5Sが進めた国会議員の定数削減が成立した。その後に実施された地方選挙では、Legaが多くの州で勝利するかと思われていたが、PDは地盤の3州を何とか確保して、左派政権は一息つくことができた。しかし、北部ヴェネト州とリグーリア州、中部マルケ州では右派の勢いが強く、全20州のうち左派が勝利したのは5州にとどまるなど、右派優位の状況には違いない。M5SとPDが選挙協力しなければ、Legaに対抗できないことは明らかである。その後、2021年の地方選挙では、ローマとトリノで前職のM5Sに代わり、PDが市長選で右派に勝利したことは、PDの復調を物語っている。しかし、その市長選でもM5Sは独自候補を立てたように、PDのジュニア・パートナーとなることには、まだ抵抗が強い。 2018年総選挙の結果を地域別に見ると、北部ではLegaが圧勝、南部ではM5Sが勝利というコントラストがはっきり出ている。PDは支持基盤の中部で議席を獲得したいところであったが、左派票の一部がM5Sに流れたため、右派に対して互角以下になってしまった。左派内ではM5SよりもPDの方が有権者の信頼度も支持率も高くなるという最近の情勢変化を受け、中部でキャスティングボートを握るM5Sとの連携如何がPDの今後を決することになろう。 南欧の特徴として、ここ数年で、中道左派の既成政党と左派ポピュリスト政党の連立政権が生まれた点を指摘できる。しかし、スペインやポルトガルとイタリアでは状況が異なる。スペインは、左右の二大政党が極端に支持を減らしたのではなく、両極のポピュリスト政党が一定の支持を受け続けたことで、既存の二大政党が単独政権を作れなくなり、社会労働党とポデモスの左派連立が生まれた。これに対してイタリアはギリシャ――左右の二大政党が支持を減らし、大連立が崩壊した後に、衰退した左派のPASOKに代わり伸長した左派ポピュリスト政党のシリザ(急進左派連合)が政権を担ったが、右派のNDは勢力を維持し、シリザから政権交代した――と共通部分がある。ただし、左右の勢力分布は逆であって、イタリアの旧二大政党では、中道左派のPDがかろうじて支持を盛り返し、連立を組んだM5Sと支持を争っている。一方、中道右派のFIは衰退し、右派連合の盟主はLegaに変わった。もし、今後PDとM5Sが左派連合を組めたら、LegaとFDIを中心とする右派連合と5分で戦うような、二大政党ならぬ二大陣営の成立で、よりギリシャと似た状況になるのではないかと考える。 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。(出典)八十田博人(2021)「第4章イタリア」谷口将紀・水島治郎編『NIRA研究報告書 経済・社会文化・グローバリゼーション』NIRA総合研究開発機構 シェア Tweet ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ