加藤美保子
広島市立大学広島平和研究所講師

概要

 侵攻に先立つ2010年代、ロシアは国境を越えた軍事介入をエスカレートさせると同時に、東方外交で成果をあげた。こうした行動の背後には、プーチン大統領をはじめとしたロシアの指導部の対欧米不信がある。特に米国の一方的な行動とそのダブルスタンダードに強い不満があった。対抗するロシアは、自らの影響力の及ぶ範囲を実際の国境よりも広くとり、周辺に対する介入を正当化することとなった。
 プーチンらの理解では、主権国家は安全と経済成長とを自前で確保できる国家であり、そうした完全な主権を持つ国家と、それに依存する中小国で極が形成され、複数の極が併存し競合する多極秩序が成立する。ただし、アジアには、大国の保護下に入らない中小国があり、ロシアの可能性を伸ばせる余地がある。
 侵攻後、西側諸国は足並みをそろえてロシアを非難し制裁を科したが、世界的に見れば、アジアも含めて対応は割れている。西側と歩調を合わせない諸国にはそれなりの理由があり、立場が簡単に変わるとは考えられない。
 戦争はおそらく長期化し、戦争をめぐる亀裂が国際社会に走り続ける。この結果、米国と中ロをそれぞれ中心とした地域ブロックが形成されると思われる。アジアにおいてブロックを超えた対話が困難になれば、地域の紛争は固定化してしまうだろう。日本としては、西側の一員として制裁を科してロシアを抑止しなければならない。しかし同時に、自らの国益を考えれば、地域の紛争を固定化させるよりも、ロシアを地域秩序に取り込んでいく戦略を考えるべきであろう。

ロシアのウクライナ侵攻
総論:ロシアのウクライナ侵攻
1章:ウクライナ危機の起源
・第2章:ロシアのウクライナ侵攻とアジア
3章:ロシアへの経済制裁とその影響
4章:ウクライナ侵攻とロシア内政
第5章:ロシアの対ウクライナ戦争

INDEX

 本稿は、ロシアによるウクライナ侵攻の背景として、まず1.で侵攻以前の2010年代のロシアの軍事・外交について確認し、さらに、2.において、ロシア指導部が何を考えて行動を決めているのか、その世界観について述べる。次いでロシアによるウクライナ侵攻開始後に話題を移し、3.で国際社会がどう対応したか、特にアジアを含めた非西側諸国の対応がなぜ、どのように分かれているのかを論じる。最後の4.では、侵攻が持つ地域秩序への影響について述べ、日本外交へのインプリケーションに触れる。

1.2010年代のロシア:国境を越えた軍事介入のエスカレート

(1)メドヴェージェフ政権からプーチンの大統領復帰

メドヴェージェフ政権(2008年5月~2012年5月)からクリミア併合まで

 20088月に起きたグルジア戦争を嚆矢(こうし)に、ロシアの2010年代は国境を越えた軍事介入をエスカレートさせた時代だった。当時の国際情勢を振り返ると、チェコ、ポーランドへの米軍のミサイル防衛(MD)システム配備問題をめぐって米ロの緊張が高まっていたところに、20084月のNATOブカレスト・サミットでウクライナ、グルジア(ジョージア)の加盟問題が注目されるなど(NATO 2008)、米ロ関係は悪化の一途をたどっていた。そのような中で5月、28年務めたウラジーミル・プーチン大統領からドミトリー・メドヴェージェフへの政権交代が行われた。

 メドヴェージェフ政権は、2000年代初頭の「アメリカと協調できるところでは協調する」という姿勢を、まだ捨てていない状態で発足し、20104月には、失効したSTART1に代わる新STARTに調印するなど、オバマ政権との間で米ロ関係をリセットすることに成功した。また、20087月には、国連中心主義を掲げ、国連安保理、G8でのロシアの地位を重視する文言を含む、「対外政策概念」という外交政策の基本文書を発表している。

 ところが、この文書を発表した翌月に起きたのがグルジア戦争である。87日、グルジアが南オセチアへの侵攻を開始し、翌日から反撃に出たロシアは、グルジア軍を南オセチアから撤退させ、さらに進んだ。この戦争で、ロシアは冷戦後初めて国境線を越えた軍事介入を行った。この辺りからロシアの対外政策の変質が始まり、勢力圏を発想として取り入れた外交へと踏み出していく。

 グルジア戦争直後の8月末、メドヴェージェフは、先の対外政策概念の内容を覆す、ロシア外交における「5つの原則」を発表した。この原則には、旧ソ連地域はロシアにとって「特別な利益のある地域」だという内容が含まれていた。これより前から、ロシアが主導する集団安全保障条約機構(CSTO)の首脳宣言ではCSTO責任圏(Зона отственности ОДКБ)という概念が使用されており、勢力圏的発想が突然出てきたわけではないが、明示的に主張し行動を伴うようになった点でグルジア戦争は重要な転換点といえよう。

プーチンの大統領復帰とクリミア併合

 メドヴェージェフ政権は1期で終わった。2012年の大統領選挙にはメドヴェージェフではなくプーチンが立候補し、大統領に復帰することとなった。

 その後、2014年、プーチンは、ウクライナのユーロマイダン革命の際に介入し、クリミアを併合した。以降、ロシアは、アメリカおよびEU諸国によって、経済制裁を科されていくことになる。ロシアもそれに対抗していき、経済制裁を科し合う状態が続いてきた。

 こうした中で、ロシアの東方外交が展開し、成功をおさめていく。ロシアの東方シフトでは中国との関係がとりわけ注目されるが、東方シフトは中国シフトとイコールではない。以下に述べるように、もっと幅の広いものである。

(2)東方外交の活発化

中ロ蜜月

 ロシアは欧米との対立がある中でも、東方外交を活発化させてきた。特に、軍事技術協力とエネルギー資源の輸出を柱として、中国シフトを進めてきた。ロシアの主な武器輸出先はアジア、アフリカ諸国であるが、2011年~2013年をピークにロシアからの武器輸出が減少傾向にある中で、インド、中国、ベトナムは安定した需要のある顧客として重要な位置を占めている。2010年から2022年までロシアの武器輸出総額に占める印中越3カ国の割合は、約55%であった。特に、インドは1国で33.8%を占めており、2010年代のロシアの武器輸出におけるインドの重要性が際立っている(注1)。また、原油供給国として、ロシアは中国の輸入全体の15%程度を占めており、サウジアラビア(約16%)と並ぶ最大の供給国となっている。中国政府は石炭から天然ガスへのシフトを推進しており、天然ガスの消費量は急激に伸び、調達先も多角化している。2021年の時点でロシアはオーストラリア、トルクメニスタンに次ぐ供給国であり、今後パイプライン「シベリアの力」を通じた供給拡大が見込まれている。特に2014年のクリミア併合後、中ロは「エネルギー同盟」と形容される関係となった。

 中国との関係を見ると、特に過去2~3年間は軍事技術面での接近が顕著である。例えば、アメリカとロシアしか持っていないといわれているミサイルの早期警戒システムを、中国で開発することをロシアが支援すると発表している。また、2019年7月から3年連続で日本海、東シナ海あるいは中ロ両国の領空で戦略爆撃機による合同哨戒飛行を実施しており、陸、海だけでなく空域での軍の連携が強化されている。さらに、昨年(2021年)6月、中露善隣友好協力条約の5年間の延長が発表された。この条約は、2001年に締結され、中ロの同盟に近い関係というものを法的に保障している。

 このように、米ロ対立、米中対立が激しくなっていく中で、中ロ関係の蜜月ぶりがアピールされてきた。特に中国側は、今年(2022年)2月の北京オリンピックを控えて、ロシアへのリップサービスに努めていた。西側諸国がオリンピックを外交的にボイコットする中で、プーチンが開会式に出席するということが非常に重要だったためである。2月4日の首脳会談では、中ロの協力には上限がないとの発言が出たり、NATO東方拡大への反対で一致する姿勢を共同声明に盛り込んだりするなど、双方とも積極的に蜜月関係をアピールしていたといえる。

 ウクライナ侵攻に当たり、ロシアはこの状況を利用したのではないか。ロシアは、中国に対して対ウクライナ軍事侵攻を事前に伝えていたとの報道がある。事実だとすれば、ロシアは中国に対し、消極的な支援を求めた。つまり中国が手出しをしないことを確認したのだろう。ロシアは、中国がオリンピックや第20回党大会を控えて動きにくい状況にあることを見越し、中ロ蜜月状況を利用して、中国が動かないよう求めたと考えられる。ロシアとしては、今般の侵攻をクリミア併合のように速やかに少ない犠牲で遂行し、かつ手出しができる外国がないという想定だったのではないだろうか。少なくとも現状のような厳しい対ロ制裁包囲網は予想していなかっただろう。

中東――シリアへの軍事介入

 2015年秋以来、ロシアは中東でシリアの内戦へ軍事介入を行ってきた。アサド政権側を支援してのことである。この介入で重要なのは、ロシアが、トルコおよびイランと立場を一致させることができたことである。アメリカが反政府側を支援していた状況で、内戦状態のシリアを和平協議に持っていけたことについては、ロシアの存在が大きい。この点は、中東の専門家の間で一致した評価であろう。

中央アジア、南アジア

 中央アジアや南アジアでも、ロシアは多国間枠組みを影響力行使の手段として活用しつつ、積極的な外交を展開してきた。2010年代には、上海協力機構(SCO)の加盟国、オブザーバー、対話パートナーが南アジア、コーカサス、中東に拡大し、これら諸国の政治家、実務家の人的交流の場として注目されている。2012年にはアフガニスタンがオブザーバー、2015年にはインドおよびパキスタンが正式加盟国となった。また、2021年9月にはそれまでオブザーバーだったイランが正式加盟国に昇格した。

 2015年には、ユーラシア経済連合(EAEU)が発足した。ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニア、キルギスが加盟国であり、モルドバとキューバがオブザーバー、タジキスタンが加盟候補国となっている。

 ロシアがアフガニスタンへの関心を回復させていることも指摘しておく必要がある。ロシアは、2021年のアメリカ撤退後のアフガニスタンで、唯一、大使館業務をそのまま継続した国である。タリバン(ロシアでは2003年以降、非合法組織)がカブールを掌握して、各国が自国民を退避させたりする中、ロシア大使館は自分たちに対する脅威はないとの認識を示し、これまで通り対話を続けられる状況だということをいち早く発表して、タリバンとの対話を主導していった。タリバンの代表との対話の枠組みとして、2017年にロシアが立ち上げたモスクワ・フォーマット(注2)や、米中ロにパキスタンを加えた拡大トロイカ(2021年11月、2022年4月)が活用されている。アフガニスタンの国連代表はまだ親米政権時代の代表が務めているが、本国はタリバンがおさえているため、アフガニスタン安定化のためには、タリバンとの対話をしていかなければいけない。この状況を見据えていたのかは不明だが、ロシアは2018年頃からタリバンとアフガニスタン政府の和平仲介のための会議を主催していた。中国も関与を強めているが、ロシアはパキスタン、インドなどの周辺諸国にとってアフガニスタン安定化のための主要なアクターであるといえよう。

北東アジア

 中国以外の北東アジア諸国について言及する。もっとも注目すべきは北朝鮮である。1990年代には、ロシアは北朝鮮に敵国指定されており、正常化が必要であった。最悪の状態といわれた1996年~1997年の状況を改善して、経済協力を行うと首脳間で合意したのが、プーチンだった。プーチンは、2000年から2003年にかけて金正日と首脳会談を行い、北朝鮮との関係を正常化した。次のメドヴェージェフは、最晩年の金正日と首脳会談を行い、ロシアが北朝鮮に投資すること等を決めたのだが、金正日はその後すぐに死去した。金正恩の時代に入ると、2016年から北朝鮮の核開発がエスカレートしていき、国連の制裁も厳しくなっていった。ロシアは中国と共に全ての制裁に賛成してきたが、制裁の内容・程度を調節する役割を果たした。例えば、2017年に決定された、加盟国が北朝鮮労働者を国外に退去させることを義務付けた国連制裁の時も、1年以内の退去だったところを、ロシアが交渉した結果、2年に延長となった。北朝鮮にとって、ロシアは国連安保理の中で頼りになる国だったといえる。北朝鮮としては、制裁の解除などの大きな支援をロシアに求めたいところであろうが、ロシアは国連安保理常任理事国としての立場から原則として核兵器・大量破壊兵器の拡散に反対の立場を崩さない。それでも、プーチンは北朝鮮の立場に一定の配慮を示し、2019年4月、金正恩と初めて会談した際に、アメリカとの間を仲介するような発言をしている。

 韓国は、朴槿恵政権、文在寅政権と続いてロシアを重視する姿勢をとった。韓国としては、北朝鮮との関係、朝鮮半島統一後の経済協力を見据えてロシアを引き込む意図があった。韓国は、ロシアとの経済関係が微々たるものだとの理由をつけ、クリミア併合を非難する対ロ制裁に参加していなかった。

 日本の安倍政権は、制裁と平和条約交渉は別であるとの建前で、ロシアとの経済協力をてことして領土問題を解決しようとの方針をとった。ゆえにやはり、クリミア併合以降の制裁で厳しい措置をとらなかった。制裁には一応加わったが、エネルギー分野に踏み込まない、非常に限定的な制裁を科した。

 今回のウクライナ侵攻では、日本、韓国ともにロシアを非難し、経済制裁を科す側に転じた。ロシア政府が発表した「非友好国リスト」には両国とも掲載されている。日韓はオーストラリアと共に2022年6月末のNATO首脳会議に初めて参加することになった。このNATO首脳会議は、アメリカの同盟国が一堂に会し、民主主義の結束を示すという点で象徴的である。これに対し中ロ側は、ヨーロッパのロシア包囲網とアジア太平洋の対中包囲網が一体化するのではないかという懸念を強めている。

外交的自信とウクライナ侵攻

 以上述べたように、2010年代のロシアは、1990年代と比較すると地域の仲介者としての立場を確立していったといえる。旧ソ連圏、中東、中央アジア、南アジア、そして限定的ではあるが、北東アジアにおいても、ロシアは仲介役でプレゼンスを向上させた。中国およびインドとの2国間関係を強化・回復できたことと併せ、ロシアは外交的な自信を深めることができただろう。

 昨年(2021年)末にロシア外務省が公表した当該年の外交成果を見ても、東方への傾斜は明らかである。主な対外政策の焦点は中東から南アジアにあり、ナゴルノ・カラバフ紛争での仲介、アフガニスタン問題の協議、シリアの和平交渉、インドとの2プラス2が外交成果として挙げられている。ロシアにとって、東方外交は成果を上げられる領域であることは確かである。

 また、アフガニスタンからの米軍撤退も重要な出来事であった。タリバンが復活し、長年にわたるアメリカの介入の意義が問われる事態となった。バイデン大統領がアフガン戦争の終結宣言とともに、他国を作り替えるために軍事作戦を行う時代の終わりを告げたことも、旧ソ連圏の紛争にアメリカが直接介入することはないという計算につながったと考えられる。

 東方外交で自信を深めたこと、そしてアメリカの介入可能性の低下は、もちろん、ロシアのウクライナ侵攻の直接的な原因ではない。しかし、この2点はロシアの侵攻決断の背後にある要因と考えられる。

(3)アメリカ一極支配弱化と変化しなかった対抗概念

多極概念への疑問と多国間主義

 ロシアが軍事紛争に関与し、また東方シフトを進めた2010年代は、同時に、アメリカの一極支配が弱まり、中国の台頭が顕著になった時代ともいえる。ロシアは、アメリカ一極支配に対抗する概念として、1990年代後半に多極世界という構想を打ち出してきた。しかし、一極支配が弱まったのならば、対抗概念としての多極も問い直されるべきではないか。多極概念はもう時代遅れではないか。こうした見解がロシア外務省周辺で議論されるようになった。

 外交問題に関するシンクタンクであるロシア国際問題評議会の歴史家、アンドレイ・コルトゥノフは、新しい発想の発信源となった。彼は、多極ではなく、多国間主義への移行を唱えた。多極ではなく多国間主義を求める声が上がったのは、中国の台頭が多極概念を時代遅れにしてしまったからだけではない。多極概念に付きまとう危険性が意識されたからでもある。すなわち、第1に、一極状態から多極への移行に明確な見通しが欠けている。何をもって多極状態が完成したとすればよいのか、明瞭な指標がなく、いつまでも不安定な状態が続きうる。第2に、多極とは、複数存在する極同士の競争を基調とした概念であり、2010年代のように紛争が多発する非常に不安定な世界であることへの疑問が生じたといえる。

主流になれなかった多国間主義

 このように、2010年代後半にロシア外務省や政権に近いシンクタンクを中心に多国間主義を唱える人々が出てきた。しかし、彼らの考えが外交政策において主流になることはなかった。今般のウクライナ侵攻も、そのことを示している。

 彼らが主流になれない原因は、以下で見るように、プーチン大統領が掲げる多極概念と親和的な世界観に基づいて対外政策が形成されてきたためであろう。つまり、多国間主義は第二次世界大戦後に欧米主導で発展してきた規範やルールを重視するものとしてではなく、CSTOやEAEUのように、ロシア主導の勢力圏を維持する手段として政策に取り込まれたためである。

2.プーチンたちは何を考えているか

(1)プーチンたちの不満

プーチン1人の問題ではない

 これまでの発言から、プーチンが、国際秩序全体に対して、特に欧米との関係において非常に不満を強めていたのは事実だろう。彼のゆがんだ歴史観や、欧米に対する恨みがウクライナへの攻撃につながったことがよく指摘される。

 ではプーチンがいなくなれば、それらの問題は解消されるのだろうか。それとも、彼がいなくなったとしても、ロシアおよびロシアへの友好姿勢を示してきた国々と欧米諸国との間で、対立は解消されないのか。私は、プーチン個人が失脚したとしても、問題は少なくともすぐには解消されないと見ている。つまり、対立の根元にある不満は、プーチン個人のみにあるのでも、ロシア一国のみにあるのでもなく、国際社会に広く存在している。

 ロシアが抱く不満として、NATO拡大がよく挙げられる。しかし、それが不満の唯一の源泉ではない。ここでは、より根底的な不満について述べる。

「世界の分割」

 プーチンは、2022年2月24日に行った事実上の対ウクライナ宣戦布告となる演説の中で、「ソ連崩壊後に世界の再分割が始まり、その時までに確立されていた国際法規範――それらのうち重要で基本的な規範は第二次世界大戦の結果に基づき認められ、多くの点で戦争の結果を固定してきた――は、冷戦の勝者を自称する者にとって邪魔になり始めたのだ」と述べた(Президент России 2022)。この見解を肯定できるかどうかはともかくとして、ここでプーチンが言いたいことは、アメリカが国連安保理での決定を迂回して一方的に軍事介入を行い、しかも軍事力の行使を、アメリカによる人道的介入なら許されるというダブルスタンダードで決めているということである。念頭に置かれているのは、ユーゴ空爆、イラク戦争、リビア、シリアにおける内戦への干渉である。

 グルジアへの介入のあとでは、ロシアも単純にアメリカを批判できる立場にあるわけではない。プーチン政権下でロシア自身も変質してきた。グルジア戦争に先立つ2000年代半ば以降、ロシアは以前の単純な対米批判から、主権概念を拡大させ、実際の国境よりも広い範囲を、自らの主権が影響を及ぼす領域の内側にあると考えるようになり、特に旧ソ連圏の民族的ロシア人が居住する地域を「特別な利益のある地域」と位置づけたりするようになった。これらのレトリックは、ロシアの周囲に対する介入を正当化するのに利用されてきた。

革命の拒否

 近年のプーチンが明確に言っているのは、革命への拒否である。去年のヴァルダイ会議で、プーチンは国際秩序の再構築を論じた際に、立脚すべき4つのテーゼを挙げていた。それは、主権国家中心主義、革命の拒否、合理的な保守主義、国連を中心としたグローバルな課題への取り組み、であった。プーチンいわく、革命とは、何らかの危機を乗り越えるために、民衆が起こしてきたものである。例えば、カラー革命であれば、政権に反対する人たち、民主化を求める人たちが行ってきたものである。しかし、プーチンからすれば、革命は危機を解決せず、かえって危機を増大させてきた。革命は、危機を増大させるものであって、決して解決の手段にならないというのがプーチンの考えである。

 こうした革命への拒否感を、最近のプーチンは非常に強く打ち出している。この背景にあるのは、おそらく、カラー革命とアラブの春の間に発生した、2011年の冬の下院選挙の際の大規模デモだろう。若者たちを中心として、白いリボンを持った人々が、反プーチンデモに広範かつ大量に参加した。現実に目にした革命一歩手前ともいうべき状況が、プーチンの革命嫌いに影響を与えたと考えられる。

(2)プーチンの世界観

 上で述べた通り、多極主義ではなく多国間主義に移行しなければならないという人々が外務省周辺にいたが、彼らは結局、主流にはなれなかった。それは、最終的な政策決定者であるプーチン大統領が政策として採用しなかったからであろう。ロシアの対外政策には、プーチンの世界観が強く反映されている。

主権国家

 プーチンの世界観では、安全と経済成長を自前で確保できる国家が主権国家であり、世界政治における大国である。インド、中国、そしてロシアは大国に該当する。これに対して、ドイツ、日本、韓国などは、アメリカと同盟を組むことで安全と経済成長を実現しようとする国々であり、プーチンの基準からいえば主権国家とはいえない。韓国、日本は、「韓国にはアメリカへの同盟の義務があるため、最終的な決定に際して主権が欠損しているようで、ある時点で全て止まってしまう」(Президент России 2019)、米軍基地問題について「このような問題の決定に際して、日本がどの程度主権を有するのか不明だ」 (Президент России 2018)などと言い続けてきた。すなわち、日本や韓国はロシアにとっての経済的パートナーというよりは、アメリカの同盟国とみなされてきた、ということである。

多極秩序

 プーチンにとっての多極秩序は、完全な主権を有する国と、それに依存する中小国で形成される極が複数併存し、それらの極が競合しているイメージで捉えることができる。ただし、アジアや太平洋は非常に特殊で、大国の保護下に入らない中小国がある。例えば、ベトナムや北朝鮮である。ベトナムは、中国そしてアメリカとの戦争を経験しており、どの国とも同盟は組まない。ロシアに対しても、同盟を組むのではなく、地域に引き込む姿勢を見せている。北朝鮮は、自分で核開発をして、自前で安全を保障する国であろうとしている。

 別のタイプの国もある。安全保障面でアメリカに依存し、不完全な主権しか持たないけれども、国内主権を最大化してアメリカと交渉して、時にはアメリカと基地問題で対立するなどして、極全体を不安定化させるアクターである中小国も存在する。日本や韓国がこれに当たる。特に、日韓両国は、お互いの第二次世界大戦時の歴史問題等で対立し、ゆえに、アメリカの北東アジアの中の極を常に不安定化させる存在であると、ロシアはおそらく見ている。さらに、インドやトルコのように、QUADやNATOに参加しつつも、地域紛争でロシアの支援を必要とし、軍事面で非常に緊密な協力関係にある国もある。

 全体として見れば、アジアはロシアにとってエネルギー資源の主な輸出先であり、アメリカという大国を中心とした極である一方で、ロシアがプレゼンスを高める余地がある地域である。別の言い方をすれば、アメリカの極を不安定化させることが比較的可能な地域ということになる。おそらく、プーチンから見たアジアそして太平洋地域は、ロシアの可能性を伸ばせる地域ということになるであろう。

3.国際社会の対応とインパクト

(1)さまざまな対応・反応

2022年3月2日の対ロシア国連総会決議

 国連総会は、202232日、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、ロシアに対して軍事行動の即時停止を求める決議を、141カ国という圧倒的多数の賛成を得て採択した。上の地図は、採決に際してどの国がどのような態度をとったかを示すものである。黄が賛成、赤が反対、灰色が棄権となっている。地図から分かる通り、赤と灰色を合わせると、ユーラシアの東側はかなり覆われる。世界の人口の半分ほどを占める中国とインドがはっきりと賛成していないことは、国際秩序にとって大きな意味を持つだろう。

対応はなぜ、どのように分かれているのか

 まず、ロシアを非難し制裁を科しているのは、アメリカの主導で団結している諸国である。これらの諸国は、今般のロシアによるウクライナ侵攻が明らかな国際法違反であり、侵略の定義にあてはまっており、こうしたロシアの行為を許すと、今後の中国の周辺諸国への行動に影響するのではないかと恐れている。ここでロシアを止めなければいけないと考える国が非難し、制裁にも参加している。

 次に、非難するが制裁はしない国もある。トルコやサウジアラビアがこれに当たる。これらの国はアメリカ寄りの国々ではある。サウジアラビアはほぼアメリカの同盟国であり、トルコはNATOに加盟している。では、なぜ上記の国連決議に賛成はしても、対ロ制裁はしないのか。サウジアラビアの場合、OPECで石油の増産に反対してきたという事情がある。OPECプラスでロシアとの協調を重視し、アメリカからの増産要請になかなか動かなかった(202262日に増産決定)。トルコの場合、先に述べたように、地域紛争においてロシアとの協力関係が欠かせない。例えば内戦が続くシリアでの和平協議は、トルコ、イラン、ロシアがその枠組みを形成している。アゼルバイジャンとアルメニアの間で争われるナゴルノ・カラバフ紛争においても、トルコはアゼルバイジャンを軍事的にも支援し、ロシアは中立的な立場をとりつつ平和維持部隊を派遣しており、両国ともにこの問題の解決に深く関わっている。トルコにはほかにも対ロ関係上の考慮を持つ。このように、トルコやサウジアラビアといったアメリカとの関係を重視する反面、ロシアとの関係が深い国が存在している。こういった国々では、国益に関してロシアとの関係が死活問題となっている。

 振り返ってみれば、ロシアによるクリミア併合の際に、日本も非難はしても厳しい制裁は打たなかった。北方領土問題への考慮ゆえである。しかし、今回は制裁に参加している。このことは、日本の対ロ関係が、トルコやサウジアラビアの対ロ関係ほど深くはなく、日本にとってはむしろ対米関係の方が死活的であることを示している。

 さらに、非難も制裁もしない国もある。この類型にはロシアに対する態度にグラデーションがあり、ロシアを支持する国々から距離をとろうとする国々までさまざまである。まずベラルーシ、シリア、エリトリアは、明らかに32日の国連総会決議で反対票を投じ、ロシア支持の姿勢を示した。いずれもロシアと深い関係にある。シリアはロシアとほぼ同盟関係を持ち、ベラルーシは、集団安全保障条約機構メンバーとしてロシアと同盟関係にある。エリトリア(アフリカ)は最近関係ができた国の1つであり、政権側がロシアの民間軍事会社ワグネルを通じてロシアの支援を受けている。ロシアの支援がないと、政権が危うい国である。

 対ロ非難と制裁を控える国々のうち、ロシア寄りではあるが、上記3カ国とは一線を画し、旧ソ連時代からの友好国で2000年代に関係を回復し、現在は戦略的パートナーか、それと同等の関係にあるのが、アルジェリア、中国、インドである。戦略的パートナーではないが、ソ連時代の債務を免除されたキューバもここに含めてよいだろう。また、モンゴルは、大ユーラシアパートナーシップの中でロシアとの関係を強化しようとしている。ベトナムは、ロシアの戦略的パートナーであり、中国との領有権問題がある海域で、ロシアを巻き込んでともに油田開発を行っている。すなわち、ベトナムにとって、ロシアは中国をけん制するのに必要な国である。

 ロシアと距離を置く国々もある。カザフスタン等の集団安全保障条約機構(CSTO)の同盟国が挙げられる。カザフスタンは、ウクライナへの派兵を求められたが、これを拒否した。イラン、イラク、パキスタンは地域紛争を抱えており、地域の安定のためにロシアとの関係を重視している。イランはシリア問題でアサド政権支持の立場をとってきた。イラクの場合、北部のクルド地域政府も、イラクの今の政府も、ロシアから経済・軍事支援を受けており、ロシアと緊密な関係にある。イラン、イラク両国は、イスラム国との対抗でもロシアと立場を一致させている。パキスタンは、アフガニスタン問題を抱えるほか、カシミール問題でインドと対立している。パキスタンもインドも、この点でロシアとの関係は重視している。最後に、最近ロシアの軍事支援を受けているアフリカ諸国がある。やはり、ロシアに制裁も科さないし、はっきりとはアメリカ側にもつかない国々である。

 これらの国々は、3月中の2回の国連総会決議において、立場をほとんど変えていない。今後の戦況に左右されるところはあるだろうが、おそらくそう簡単には立場を変えることはないだろう。アメリカ側につかない諸国にはそれなりの理由あるいは国益があり、それゆえに特定の立場をとっているのであって、簡単にはロシア非難に動かないと考えられる。

(2)インド:利害とバランス

 インドは自由民主主義国に分類され、アメリカをはじめとする西側諸国との関係も良好である。それだけにロシアのウクライナ侵攻に際して、インドが表立ってロシアを批判せず、制裁に加わらないことには注目が集まった。それだけに、国際社会の対ロ対応が非難一辺倒になっていない例として、インドに触れておく意味があるだろう。

 インドとロシアの関係は、事実上、ソ連崩壊後にいったん解消されている。こうした経緯ゆえに、ロシアのエフゲニー・プリマコフ外相が1998年に「インドとロシアと中国の三角形を強化する」と呼びかけた時、インドは反応せず、プリマコフのもくろみは実現しなかった。

 しかし、低空飛行ではあれ、関係は維持されていた。利害の一致があったからである。例えば、アフガニスタンのイスラム過激派との戦いがある。アフガニスタンが1990年代に内戦状態にあった頃、インドとロシアは、過激派との戦いで利害が一致していた。両国ともに、過激主義あるいはイスラムの過激な思想が国境を越えて入ってくることを非常に警戒していた。また、カシミール問題では、ロシアがインドの立場を支持してきた。さらに、インドも、チェチェンではロシア寄りの立場をとってきた。地域紛争で立場を一致できるということは大きい。

 1998年にインドが核実験を行っても、両国関係は緊張しなかった。ロシアにとって、ユーラシアにおける強いインドは、中国やアメリカへのバランサーになるからである。バランサーを求めるのはインドも同様である。インドにとって、安全保障上の最大の脅威は中国、パキスタンであり、これらとロシアが連携を強化するのを阻止したいという思惑がある。大陸国家として、インドとロシアは戦略的協力関係にある。一方でインドは、海洋国家としては、対中国抑止を目的とした日米豪印戦略対話(QUAD)に加わっている。このような事情で、インドはアメリカに必要とされる国でありながら、ロシアから兵器を購入する戦略的パートナーの地位を維持している。ロシアにとって、インドの地理的・戦略的重要性は大きい。両国が国境を接していないため、直接の紛争を抱えずに済むという事情もある。さらに、アメリカがロシア産資源の購入禁止を発表する中、インドはロシア産原油の値下がりを利用し輸入を拡大している。このように、インドとロシアは、戦略面、軍事面、エネルギー資源面で協力関係を維持していくだろう。

4.戦争による地域秩序への影響と日本外交の今後

(1)地域秩序への影響

国際社会における対立構図

 アメリカでトランプ政権が成立して以降、中ロ対アメリカという構図が固定的になってきていた。米中対立の方が米ロよりも注目を集め、中国が台湾に軍事侵攻するのかが取りざたされたり、アメリカが台湾に軍事顧問を派遣したりといった動きがあった。

 ところが、ロシア軍がウクライナ国境に集結し、ロシア側から最後通牒ともいうべき要求が202112月にNATOに突き付けられた。こうしてウクライナ問題が急浮上し、米ロ対立が前面に出てきた。その後、2022224日、ロシアがウクライナに侵攻をかけ、本当に戦争が始まってしまった。

 開戦と同時に、ロシア対欧米主導の国際社会という構図が出来上がった。どれだけ国際社会が欧米側につくか。あるいは、中立を保つか。ある程度ロシア寄りの立場をとる国がその立場を維持するのか。戦争をめぐる亀裂が国際社会に走り始めた。

地域紛争の固定化

 今後、ウクライナ戦争はおそらく長期化し、ロシアに対する不信感が続くだろう。短期的というよりは、中期的・長期的にロシアへの不信感というものが解消されない状況が続くと考えるべきである。そうすると、これからの地域秩序は、アメリカ、中ロを中心として地域ブロック化するのではないか。アメリカにつくのか、ロシアにつくのか、中国側につくのか。ウクライナ戦争で中国がロシア寄りの中立姿勢をとったことで、米vsロ、米vs中の対立軸は、米とその同盟諸国vs中ロへと移行しつつある。特に、アジア・太平洋地域は米中対立の再前線であり、ヨーロッパよりも断層(fault-line)が複雑かつ広範囲に生じている。北朝鮮問題、北方領土問題、台湾問題のほか、中国との安全保障協定を締結したソロモン諸島、アメリカが制裁を課すミャンマー、カンボジア、反政府デモが起きたカザフスタンも地域を揺るがす断層だといえる。

 米とその同盟国vs中ロのブロックを超えた対話というものが非常に難しくなれば、この構図を反映した地域紛争は固定化していくことになるだろう。特に北朝鮮の核問題の解決は遠のくと予想される。北朝鮮は、今後はアメリカへの不信感を強め、体制を保証する代わりに核を放棄するという交渉が難しくなると考えられるからである。台湾問題も固定化するだろう。中国は強硬姿勢を示していたが、専門家によれば、今回のウクライナ戦争を見て慎重になると考えられる。すなわち、いずれの紛争・対立も、固定化の状況になる可能性が高くなる。

(2)日本外交へのインプリケーション

制裁と今後

 結論からいえば、日本はロシアのウクライナ侵攻を一刻も早く止めるため、アメリカ側につき、ロシアを抑止するべく効果のある経済制裁を科していかなければならない。同時に、ロシアによる対抗措置にどう対処していくかという点も考えなければならない。2022630日、プーチン大統領は非友好的行為への対抗措置の一環として、サハリン北部の石油・液化天然ガス(LNG)コンソーシアムの運営主体であるサハリン・エナジー・インベストメント社(以下、サハリン・エナジー社)の全権利・義務を譲渡する新会社を、ロシア政府が設立すること等を定める大統領令に署名した(注3)。この大統領令は公表と同時に発効した。サハリン・エナジー社に出資していた外国企業のうち、英国石油大手シェルはウクライナ侵攻開始直後に撤退を発表していた。事業継続の方針をとっていた三井物産、三菱商事は、ロシア政府が新会社を設立してから1カ月以内に、ロシア政府が提示する条件で新会社の株式を取得するかどうか通知しなければならない。日本企業が新会社の株式を取得しない場合、ロシア政府が株式の評価額を定め、ロシア法人に売却される。日本は2009年からサハリン2LNGを購入しており、需要全体の8%程度をこのLNGに依存している。一方で、サハリン2LNG生産量の6割が日本向け輸出である。今回の大統領令によって、日本はエネルギーの安定供給体制を揺さぶられ、再考を迫られる一方、ロシアはエネルギー輸出国としての信用を落とし、アジアでの輸出先の多角化が難しくなるという点でリスクの高い選択をした。本稿執筆時点(75日)で、新会社の情報や株式取得条件の詳細が不明なため、日ロ間でどのような交渉が行われているかについては踏み込めないが、停戦の見通しが立たない状況で経済制裁網に穴を開けるような譲歩はすべきではない。

 アメリカ、日本、オーストラリア、インドで形成されるQUADの中で、日本はもっとも地理的にロシアに近く、またロシアとの間で国境、漁業、エネルギー資源の問題を抱えている。この条件下で、日本の対外政策からロシアとの関係を完全に排除するのが正しいとは限らない。漁業やエネルギー資源など、国民の生活に密接に関係する隣国であることを前提に、交渉のチャンネルを重層的に維持するべきである。将来的には、インドのように、アメリカと緊密に付き合いながらも、地域秩序の構築の中にロシアも取り込んでいくという戦略が必要なのではないか。

 このような問題提起をすると、今はそういうことを言う時ではないという批判が向けられることが予想される。確かに、戦争続行中の現在は、ロシア軍を撤退させるために圧力をかけなければいけない時期ではあるが、だからといって、日本の国益を長期的に実現するための思考を放棄してしまうのも無責任であろう。

極東での実効支配

 上記の問題提起の背景にあるのは、ロシアと中国によるプロービング(探り)の頻発である。アメリカ、韓国、日本の同盟の連携の程度を探る行為が、日本周辺で頻発している。例えば、20197月、戦闘機が日本の防空識別圏および竹島上空に入り込んだ。入り込んだ側は、関係悪化していた日本と韓国がどのように反応するかを見ていたと考えられる。昨年(2021年)には、ロシアは中国との合同海軍演習中に艦隊で日本を1周したり、アメリカの駆逐艦に対して警告を出したりしていた。今般のウクライナ戦争が激化している最中にも、ロシアの太平洋艦隊が北方領土周辺で軍事演習を行っており、アメリカの原子力潜水艦が接近してきたと主張している。空域、海域で互いに探り行為をし合っている。あまり大きく報道されていないが、最近の北方領土周辺でのロシアの軍事演習は、ウクライナ情勢と連動をしている力の誇示に見える。

 以上のようなプロービング活動の活発化のみならず、ロシアは静かに実効支配の範囲を広げてもいる。例えば、北方領土とサハリンに囲まれているオホーツク海は、もともとは公海であったが、2010年代にロシアが国連大陸棚委員会に大陸棚延長を申請して認められた結果、公海ではなくなり、ロシアの水域となった。

 このような主権拡張と同時に、ロシアの沿海地方から北極海にかけての統一沿岸防衛システム、すなわち空域の防衛がほとんど完成している。例えば、ロシアは、長距離地対空ミサイルS-400をサハリンにも配備している。こうしたミサイル配備のほか、軍のインフラ整備が、ほぼ完成に近づいている状態である。

 つまり、日本が、2016年以降に経済協力を活発化させ、実際には進まなかったとはいえ、共同経済活動を進めようとしたり、領土交渉を試みたりしていた一方で、ロシアは、このように、実効支配を確実にして、防衛力を高めてきていた。このような実態を考えると、日本の2016年以降のロシア政策は、やはり、見直されなければならない。北方領土に対する主権を主張する日本の立場が厳しい状況に置かれていることは、あまり報道されないが、しっかりと国民に知らせる必要がある。

国境画定の必要性

 こういったロシアに対するには、日本は現実に向き合い、実利主義に立たないといけない。すなわち、条約によるロシアとの国境画定を優先目標に設定すべきだろう。

 その際、例えば、1956年の日ソ共同宣言に基づいて、2島で線を引くけれども、色丹島や歯舞群島にロシア国籍を有する人々が住む状態を許す、という曖昧さを含んだ解決ではいけない。ロシアは、そこにロシア人が住んでいる限り、彼らの保護を口実に介入を正当化したり、その土地の主権を主張したりする可能性のある国である。国境線と居住住民が対応するような国境画定をすべきである。今の現実をしっかり見つめ、起きている事実を公表し、日本の安全保障のコストとベネフィットを考えるという作業が必要である。

編集:河本和子 NIRA総合研究開発機構上席研究員/一橋大学経済研究所ロシア研究センター専属研究員

参考文献

Президент России (2022) Обращение Президента Российской Федерации. 24 февраля 2022 года. http://www.kremlin.ru/events/president/news/67843 (2022年6月27日閲覧)
Президент России (2019) Пресс-конференция по итогам российско-северокорейских переговоров. http://www.kremlin.ru/events/president/news/60370 (2022年6月27日閲覧)
Президент России (2018) Большая пресс-конференция Владимира Путина .
http://www.kremlin.ru/events/president/news/59455 (2022年6月27日閲覧)

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)加藤美保子(2022)「ロシアのウクライナ侵攻とアジア―ロシアの軍事・外交政策と今後の地域秩序―」河本和子編『ロシアのウクライナ侵攻』NIRA総合研究開発機構

脚注
1 ロシアからの武器輸出については、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のウェブサイトのデータベース(Importer/Expoerter TIVTables)を参照した。(2022年6月27日閲覧)
2 モスクワ・フォーマットは2017年にロシア、アフガニスタン、インド、イラン、中国、パキスタンによる6カ国協議として始まった。2021年10月の第三回会合(於 モスクワ)には、ロシア、中国、パキスタン、イラン、インドの他、カザフスタン、クルグズスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンなどの上級代表が参加した。
3 日本貿易振興機構「プーチン大統領、サハリン2運営主体の再編を命じる大統領令に署名」(2022年7月6日閲覧)大統領令(2022年6月30日付第416号)の原文は以下より参照されたい。http://static.kremlin.ru/media/events/files/ru/kj25EK599KdoG3Pg0Q5AkzuwNEvABMM0.pdf(2022年7月6日閲覧)

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