小泉悠
東京大学先端科学技術研究センター専任講師

概要

 2022224日にウクライナに侵攻して以降、ロシアは、思惑どおりに作戦を遂行できず、何度か戦略を変更している。変更の背景にはロシアがウクライナを過小評価していたこと、両国で戦争に対する熱意に差があることが挙げられる。さらに、西側諸国のウクライナに対する武器提供は戦争の展開に重要な影響を与えている。ロシアによる核抑止ゆえに、西側諸国は慎重に対ウクライナ支援を行わざるを得ないが、他方で西側諸国の援助が徐々に拡大もしていることは核抑止の限界も示しており、ロシアもまた抑止されているといえる。西側諸国が提供するドローン等の新しいテクノロジーや情報を用いた認知領域作戦は戦争の様相に新しさをもたらしているものの、戦争の古典的性格に大幅な変化を付け加えるほどではなく、この戦争は、核抑止の下での古いタイプの戦争と位置づけられる。核保有国を仮想敵とする日本は安全保障を考える上で、ウクライナの戦訓を注視すべきである。
 開戦理由に挙げられるNATO拡大はロシアに差し迫った脅威をもたらすものとはいえず、むしろウクライナに対する帝国主義的野望に注視すべきである。各国はロシアの野望に起因する冷戦状況を前提に安全保障戦略を組み立てるべきであり、戦後のウクライナの安全のためには、ロシアの核抑止の下でも機能する軍事的な保障の信憑性確保が欠かせない。
(注記:本稿の情報は2022723日時点のものである)

ロシアのウクライナ侵攻
1章:ウクライナ危機の起源
2章:ロシアのウクライナ侵攻とアジア
3章:ロシアへの経済制裁とその影響
4章:ウクライナ侵攻とロシア内政
・第5章:ロシアの対ウクライナ戦争

INDEX

図表

図5-1 ウクライナ
図5-2 6月1日時点でのドンバスの戦線
図5-3 7月23日時点でのウクライナ南部の戦線

1.ロシアの戦い方

(1)ロシアの戦略はどのように変化してきたか

斬首作戦

 開戦以来、ロシアの戦略目標は変化してきた。どのような変化を遂げたかについて説明する。

 開戦当初、ロシアは、文字通り、特別軍事作戦を遂行しようとしたと考えられる。すなわち、ゼレンスキー・ウクライナ大統領を斬首作戦で排除し、ウクライナから抵抗する意志を失わせ、国境沿いに集結していた15万人のロシア軍を進駐軍として送り込むというやり方である。

図5-1 ウクライナ

(出所)ブリタニカ

 こういった手法は、ソ連時代に1956年のハンガリー事件および1968年のチェコスロバキア侵攻でも用いられていた。これらの場合にも、ソ連軍とワルシャワ条約機構軍合わせておよそ15万人の兵力がそれぞれ投入されている。ソ連は、勢力圏とみなす国を電撃的に占領し、政治的に信用できない政権をすげ替えて退けていく、という死者がほとんど出ないタイプの戦争を行った。

 確かに、こうした作戦は、戦争というよりも特別軍事作戦と呼ぶ方がしっくりする。ロシアのプーチン大統領は、このような作戦を半日ほどで終わらせることができると考えていたのではないか。これが見通しの非常に甘い作戦であり、完全に失敗したことは衆目の一致するところである。

通常の戦争

 斬首作戦の失敗は2022224日の開戦後数日のうちに明らかになり、ロシアは真正面からの戦争に切り替えたと考えられる。国境沿いに集結していたロシア軍は駐留ではなく、戦闘を目的として国境を踏み越えていくこととなった。

 真正面から戦えばロシア軍は強いのではないかと予想したが、結果からすれば、この予想は外れた。確かに南部では、ロシア軍は比較的大きな領域を迅速に占領できたのだが、北部ではキエフとかハリコフの周辺まで迫ることはできても、最後まで都市自体を落とすことができなかった。各正面でウクライナ側からの抵抗が非常に激しかったからである。ゆえに、この戦略も1カ月ほどで放棄せざるを得なくなった。

作戦の「第2段階」から現況

 戦略は3月末に切り替わる。ロシア側は、作戦の第1段階が完了したため、第2段階に、すなわち東部に移ると宣言した。東部に兵力を集中すれば、ある程度ロシア軍が優勢に戦えるだろうとの目算があったと考えられる。ロシア軍は、4月に入ってからハリコフ州のイジューム近辺で攻勢を強めたが、これもまたうまくはいかなかった。このように、これまでの戦略がすべて駄目になったかと思われたが、5月に入ってから、イジュームの南側にあるポパスナ辺りからの攻勢で、ロシア軍はかなり進み始めた。

 ロシア軍の狙いとしては、イジュームを策源地として南に下がっていき、スラヴャンスクやクラマトルスクを取りたいというところであろう。そうすれば、ドネツク州の主要都市をおおかた押さえたことになる。スラヴャンスクは、2014年の分離運動において最初にイーゴリ・ストレリコフらの親ロ派武装勢力が蜂起した都市であり、そこを取ることは政治的にアピールしやすい成果となる。東部の主要都市を落として――ロシア側の言い方でいえば解放して――、東部のロシア系住民を守った、と国民に対して言えるような成果を、ロシア側は欲しがっていると考えられる。ゆえに、米国の政策研究機関「戦争研究所」が毎日アップデートする戦況リポートを見ても、当該地域で激しい戦闘が続いている。

 ウクライナ軍は、東部のイジューム、ポパスナ、セヴェロドネツクに関しては、明け渡すことにしたように見える。セヴェロドネツク市長によると、2022625日までにウクライナ軍の大半の部隊がセヴェロドネツクから撤退した。また、74日、ウクライナ軍参謀本部は、ドネツ川を挟んでセヴェロドネツクの対岸にあるリシチャンスクから撤退したことを認めた。

 当該地域には、ウクライナ軍に2つしかない戦車旅団の1つ、第17戦車旅団がいる。もう1つの第4戦車旅団もその少し後方、イジュームとポパスナの間辺りにおそらく予備として置かれており、セヴェロドネツク等を死守するとなるとウクライナ軍の戦車部隊は消滅してしまう。将来どこかで反攻を掛けにいくということができなくなってしまう。したがって、一時的に占拠されるのは致し方ないという判断で、部隊保全を図っていると思われる。

 一時的にセヴェロドネツク周辺を明け渡す代わりに、ウクライナ側は、南部のヘルソンと北東部のハリコフ周辺で反攻に出ている。すなわち、北と南に挟まれた真ん中の部分にロシアが突っ張ってくるが、ウクライナ軍は代わりに北と南で反攻に出ている、という状態である。特に南での反攻に力が入れられている。

図5-2 6月1日時点でのドンバスの戦線

(出所)戦争研究所ウェブサイト

プーチンと軍

 今回の戦争の本当の総司令部がどこにあるかは、実はよく分からない。作戦の指揮は参謀本部が執っているはずであり、その作戦を含めた占領統治等も含めた全体の総司令部は、おそらくはプーチンとその周辺にあるのだろうと考えられるものの、正確なところが一貫して分からない。特に、最初の段階が不明である。

 推測するに、戦争自体がプーチンの個人プロジェクトに近いものなのだろう。したがって、プーチンとその周りの取り巻きたちが事実上の最高司令部と考えられる。彼らが何をどの程度狙っていたのか、軍とどのように調整したのかという過程が見えない。

 これに対し、4月以降のドンバスに集中する、という段階になると、ほぼ公然たる戦争になっており、軍に権限が委譲され、軍が戦争をしているように思える。ただし、報道されたように、プーチンが大隊の単位までマイクロマネジメントをしているという情報もあり、まだプーチンが戦争をおもちゃにしている部分は抜けてないかもしれない。4月中旬から指揮を任されているドヴォルニコフ上級大将は姿がなかなか見えず、解任が報じられたりもしている。ただし、ドヴォルニコフは、依然として南部軍管区軍司令官でもあり、現在、南部軍管区がまさにヘルソンからドネツクの辺りまで戦闘中であるため、非常に忙しいはずである。メディア等の前に出てくる暇がないことは間違いない。

 参謀総長のゲラシモフも、同様に忙しいだろう。ただし、気になるのは59日の戦勝パレードに彼が出てこなかったことである。前例のない異常事態といえる。陸軍総司令官のサリュコフも、多忙中と思われるが、パレードの指揮を執っていた。ゲラシモフが1時間ほど参謀本部を出て式典に姿を見せることくらいは可能だったのではないか。にもかかわらず、出席していないということは、プーチンと参謀本部との関係が悪化していることを示唆するように思える。

図5-3 7月23日時点でのウクライナ南部の戦線

(出所)戦争研究所ウェブサイト

(2)なぜロシアの思惑は外れ続けているのか

ウクライナに対する過小評価

 総じていえば、やはりロシアの思惑はずっと外れ続けてきている。ロシアが失敗したのは、つまるところ、ウクライナを過小評価していたからとしか言いようがない。では、なぜウクライナの評価を誤ったのか。おそらく、プーチンの世界観みたいなものに引きずられた部分というのが相当あるのではないか、と考えている。

 プーチン大統領は、2021年712日に「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」という論文を公表し、本来ロシアとウクライナは一体であったのだが、ウクライナはネオナチ政権に支配されてしまい、彼らがウクライナをロシアから切り離そうとしていると論じた。妄想的と呼び得る世界観である。

 仮にプーチンが、このような世界観を本当に頭から信じ込んでいたとすると、初期の作戦のようになってもおかしくはない。斬首作戦を行えば、ウクライナは、軍も国民も抵抗意志をそんなに強く持たないだろうと想定されていたと思われる。例えば、イーゴリ・コロトチェンコというタカ派として知られる軍事評論家のメディアでの発言によると、ロシア軍が進駐していけば、人々は花束を持って迎えるに違いない、という話になる。そういった、かなり都合のいいことを考えて始めた戦争だったのではないか。ゆえに戦争のグランドデザイン自体が非常にご都合主義で適当なものとなり、個々の戦場で勝つことができても戦争全体に勝つことができていないのだろう。

熱狂のないロシア、熱狂のあるウクライナ

 もう1つの要因は、戦争への熱狂である。この戦争を遂行するにあたって、プーチンは国民全体の動員、すなわち精神的な面での動員も、物理的に兵を集めるという意味での動員もできていない。国民は、プーチンがいうところの特別軍事作戦を概して支持してはいるものの、その支持は頼りなく、熱狂はない。したがって、例えばプーチンが、兵が足りないので総動員を発令して男性市民を片っ端から軍隊に召集する、また夜間は外出禁止とし、物価は政府が統制する、などといった第2次世界大戦中と同じ世界に、今からロシアは戻ると言えば、おそらく国民のプーチンに対する支持は地に落ちるだろう。プーチンもそれを分かっているため、総動員令を発令できない。

 さらにいえば、プーチンがこれまで展開してきたいろいろなナラティブ、すなわち「ウクライナの政権=ネオナチ」説にせよ、核兵器を開発しているという説にせよ、それらが、国民に国家総動員を受け入れさせるほどの説得力を持っているとは、おそらく彼自身も思っていない。ゼレンスキーやネオナチを倒さねばならないといったストーリーによって国民が熱狂的に戦争を支持し、それこそ命を投げ出してもいいからウクライナを助けに行こうとの機運が盛り上がっていれば、プーチンはもっと遠慮なくいろいろなことができているはずである。しかしそうではない。戦争に、いまひとつぼんやりとした支持しか与えない国民を相手にして、あるいは、そのような国民の下で戦争をしなければならないのがプーチンである。これに対して、ウクライナの場合、この戦争は祖国防衛戦争である。徴兵逃れするウクライナ人もたくさんいるらしいとはいうものの、全体としては戦争を支持している。

 このような状況を『戦争論』を著したクラウゼヴィッツの戦争モデルに当てはめて考えれば、圧倒的にウクライナが強いということになる。つまり、クラウゼヴィッツによれば、政府と軍隊と国民が戦争の三位一体である。政府とは、要するに政策であり、何がしたいのかが問われる。軍隊とは、暴力的に弱いか強いかである。最後の要素である国民に、クラウゼヴィッツが仮託したのが、熱狂である。戦争とは、人間が死んだり財産が奪われたりする非情で残酷な事態であるが、そうした事態になってもなお国民が戦争を熱狂的に支持するかどうかが、国家が十全に暴力を使えるかどうかを決定づけると、クラウゼヴィッツは考えた。彼はナポレオンと戦った将軍であり、フランス革命後の国民軍の怖さをよく知っていたため、熱狂に大きな意義を認めていた。今回の戦争でいえば、ロシアの国民は冷めているとまではいわないけれども、熱狂はしていない。対するウクライナには国民の熱狂がある。ゆえに、ウクライナの方が強いというのが道理なのだろう。

(3)ロシア側による残虐行為

背景

 今般の戦争では、ロシア軍の戦地での残虐行為が注目されてきた。最初の例が、4月の初めに報じられたキエフ近郊のブチャでの虐殺、略奪、拷問、強姦である。

 軍人たちの手際を見て分かるのは、これらの行為が彼らにとって初めてではなかったであろうことである。特に、略奪した物を素早く郵便で自宅に送ったところからして、彼らがこうしたことを何度も繰り返してきたことが推察される。軍に入ってから始めたのかもしれないし、その前に手を染めていたのかもしれない。

 軍人のなり手がなかなか集まらないため、前科者を軍隊に集めているという話は1990年代からずっと言われている。近年では軍人の素行も改善されていると認識されていたのだが、やはり変わっていないということであろう。1990年代から2000年代前半までのチェチェン戦争において行ってきたことを、今もやっているということである。

 なぜ行われるのかを考えるに、おそらく組織の中に、戦地での振る舞いに関するカルチャーが共有されている部分があるのだろう。もっといえば、前線の兵士たちが略奪したり、無差別に虐殺したり、性的暴行に及んだりということ自体は、どこの国の軍隊でも起こり得る。しかし、今回の場合は、地下室につながれて、拷問を受けた末に処刑されるというケースがたくさん見受けられる。前線の兵士の暴走ではなく、明らかに意図がある。しかも軍隊だけの仕業ではあるまい。確証はなく推測でしかないが、情報機関の人員が関与しているのではないか。

 ブチャに関していえば、占領後、空挺部隊の兵士が、住民の男たちを何人もロープでつないで、地下室に連れ去って行くところが監視カメラに映っていた。このような行為の実施には、もちろん軍人たちもかかわっていただろう。しかし、軍人たちが自分で思いついたわけではなく、組織的なカルチャーというだけでもなく、明確に指令が出ていると考えられる。すなわち、一定の方法で住民を選別し、一部を拷問・処刑し、それをもって占領統治のために見せしめとするという組織的な命令が出ていたのではないか。どこから命令が発されたかは不明であるが、発想としては情報機関のもののように思える。

ねらい

 情報機関はなぜこうした残虐行為に及ぶのか。彼らの目的は、推測するに、恐怖による支配であろう。住民に恐怖を与えることが目的であるからこそ、ブチャについて衛星画像で確認されたように、路上に遺体を放置したと考えられる。遺体を片付けずにおけば、住民が遺体を目にせざるを得ないからである。

 こうした残酷な行為は、何者かに殺害されたロシア人ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤが指摘したように、チェチェン戦争ですでに行われている。1990年代半ばの第1次チェチェン戦争の際には、ロシア軍の行動を報道機関のカメラがしばしば捉えていたため、国内でも国際的にも問題になった。問題に対処して、ロシア側は、行動を改めるのではなく、報道を制限するという方法を取った。このようにして、残虐行為は起きなくなったのではなく、カメラで撮影されなくなった。

 今回の場合、ブチャの映像が広く知られることにより、国際社会から強い非難を浴びることが予想できたはずである。それでも、プーチンの権力が揺らがない限りは、国際社会の悪評を気にする必要がないと考えているように見受けられる。むしろ、国際的に非難を浴びるような残虐性こそが1種の武器になると考えているかもしれない。であれば、戦争への意志をくじくことが目的といえるだろう。

2.戦争と西側諸国の支援

(1)支援と抑止の相互関係

初期の支援と核抑止

 既述のように、熱狂の存在は、もちろん戦争の重要な要素であり、例えばウクライナが大量の兵力を動員する、いろいろな物資を国家に徴発してくる、戦闘地域の現地住民の協力を取り付ける、といった側面でウクライナは強い。とはいえ、熱狂だけで行えるものではなく、火力やテクノロジーがものをいう部分もある。その部分では、ロシアに分がある。したがって、現在も継続中の西側からの対ウクライナ支援は、死活的に重要な問題である。

 最初期には、ドイツからヘルメット5000個を提供するという申し出があり、アメリカからも結局、ジャベリンとスティンガーという携行式のミサイルが提供されるという話であった。実はこのジャベリンの供与は2018年から始まっている。2018年から開戦までの数年で、540発ほどが供与された。ところが戦争が始まると、いきなり1万何千発という膨大な数を送り込んできた。ジャベリンは1セットで2000万円ほどの価格となる。うち、弾は1発1000万円ほどになる。こういった高価な兵器を大量に保持しているのはアメリカだけであり、アメリカは戦争の初期にウクライナに大量のジャベリンを提供すべく、提供決定後わずか数日のうちに輸送機でポーランドまで運んできた。この戦略機動力は、ウクライナが初戦を凌ぎきる上で非常に重要だった。

 とはいえ、支援に限界もあった。ポーランドは初期の段階で戦闘機を供与すると申し出ていたが、結局これは実現しなかった。なぜかといえば、結局のところロシアが怖いからである。ポーランドも供与はしたいが自ら引き渡すことは避けたいため、アメリカに移転してアメリカから渡してもらうという意向であったが、アメリカもその役回りを引き受けたがらず、沙汰やみとなった。

 ここで効いているのは、ロシアの核抑止力である。これまで見たように通常戦力には疑問符が付くロシアであるが、核抑止力は依然として効いている。核攻撃を伴う米ロ直接対決を誘発するわけにはいかないという思考が、アメリカを始めNATO諸国の行動をかなり制限した部分がある。

戦争の展開と援助内容の変化

 西側の援助は、制約を受けつつも、戦争の展開とともに変化した。変化が訪れたのは、3月末にロシアが作戦を東部に集中させると決定した直後のことである。331日にウクライナを支援する国際軍事ドナー国会合の第2回目があり、出席していたイギリスのウォレス国防相は、方針が大きく変わったと述べた。すなわち、戦車や火砲といった兵器を供与するということである。戦いの焦点が東部になると、平原という地理的な特性上、火力が大いに必要とされるようになる。このことを、西側の国々もよく分かっていたため、こうした決定になったと考えられる。

 すなわち、どこで戦うかによって、必要な兵器は変わってくる。キエフ周辺の戦いでは、断片的な情報によると、ロシア軍と正面から戦うだけではなく、ウクライナ軍は森や湿地をうまく利用して、ロシア軍の後方をゲリラ的に攻撃していったという。電動バイクを用いて音が出ないように接近する、といった戦い方をしたとされる。

 しかしながら、東部のドンバスではそういう戦いはできない。東部は基本的に真っ平の平原か、緩やかなドンバス丘陵があるかという地形であり、要塞化された丘陵とその間の平原での戦いとなる。こういった戦場では、兵力と火力の勝負になる。ゆえに教科書で見たような古典的な戦いが展開されている。実際、主戦場は、第2次世界大戦の独ソ戦の戦場になった場所ばかりであり、戦い方は80年前とあまり変わらない。であれば、多少古くてもいいから、火力をそろえないと撃ち負けてしまうのは誰もがすぐ分かることであった。したがって、4月以降の西側の軍事援助では、特に火砲が、大砲が重点的に提供されることとなった。

 具体的には、アメリカは、M777榴弾砲を現在までに108門送っている。108門に、1門当たり弾を約2000発ずつ付けている。日本の陸上自衛官の話によると、榴弾砲は2000発から3000発撃つと、砲身が擦り切れて使い物にならなくなる。自衛隊は砲身を取り換える予算を持たないため、砲身が傷む上限に達しないように大事に撃っているという。これに対し、アメリカによるウクライナへの援助の場合、砲身が擦り切れるまで撃つという前提の数の弾と一緒に送り込んでいることになる。アメリカは、おそらく、第2次世界大戦後、最大級の砲兵戦を支援するという決意をしている。同じM777は、カナダとオーストラリアからも提供されている。また、ドイツ製のPzH2000という自走榴弾砲という、ヨーロッパで1番高級な榴弾砲のほか、フランスのカエサル、チェコのダナという、ヨーロッパで見たことのある榴弾砲すべてが、今ウクライナに供与されている。

 ウクライナ軍がもともと使用している榴弾砲の口径は、152㎜である。旧共産圏の場合、榴弾砲の口径は122㎜、152㎜、204㎜に統一されていた。ところがNATOが使用する榴弾砲の口径は、標準105㎜、155㎜、203㎜となっている。このように、口径がそもそも異なるため、榴弾砲を供与するということは、同時にNATO規格の弾を継続的に送り込むというオペレーションの必要も意味しており、実際にそうした作戦が行われている。さらに、6月下旬にアメリカから高機動ロケット砲システム(HIMARS)が提供され、25日にはウクライナ国防省が実戦で使用した映像を公開した。78日には追加支援も発表されている。7月半ばの時点で12両のHIMARSが提供されたと推定され、追加される予定も報じられた。つまり、西側諸国は、相当に腰を据えて軍事援助をすると4月段階で決め、それを実行し続けている。

抑止は相互に働く

 上記のように重大な援助が行われるようになっているとはいえ、ウクライナに対する軍事援助の歯止めが完全になくなったかというと、おそらくそうではない。それを示す1つの例として挙げられるのは、ドイツの国防次官の発言である。いわく、西側で製造された戦車や装甲車を供与しないという取り決めがあるという。アメリカはM113という、ベトナム戦争の際に米軍が使用していた古いタイプの装甲車をウクライナに送っている。これは西側で造られた装甲車ではあるため、西側で造られたものを一切供与しないというわけではないのだろう。しかし、例えばドイツあるいはフランス製の戦車は確かに送られていない。現在、ヨーロッパ諸国が用いているドイツ製のレオパルト2という戦車も供与されていない。レオパルト2があれば、ロシアのT72T90に対してかなり優勢に戦えるはずだが、そうしたものは送られていない。その他の戦車以外の走行戦闘車両についても、アメリカのM113を除くと提供されていない。

 もう1つの例は、ウクライナにどの程度のロケット砲まで渡してもいいのか、がアメリカで論じられたことである。多連装ロケットシステム(MLRS)を供与するのはよいが、それにATACMSという長距離、射程約300kmの戦術弾道ミサイルを装填して撃っては駄目だといった議論である。つまり発射機としてはMLRSを供与してもよいし、発射機に普通のロケット弾までであれば装填してもよい。しかし、長距離火力は供与してはならないということである。

 上記2つの例が示すのは、ロシアを刺激してはまずいという配慮がまだ働き続けているということである。ここから引き出せる重要な帰結が2つある。第1に、核抑止というものが、現在でも安全保障面では決定的な役割を果たしているということである。紛争が核使用までエスカレートする可能性があるということは、事実上、破滅に近づくことを意味する。たとえ限定核使用だとしても、それが限定核使用にとどまるかどうか、誰にも分からない。3年前にアメリカのプリンストン大学が作った核使用のシミュレーションとなるCGを見ると、ロシアが限定核使用し、アメリカが1発だけ報復すると、そこからロシアはおよそ300発の戦術核を全面的に使用することに踏み切る。こうなると全面核戦争の様相となり、開始から4時間で1億人が死ぬという展開となる。したがって、核を最初に使用する側も、報復する側も、どこまで核使用が拡大するか予想できるものではない。このことは、依然として核による破滅の可能性が抑止力として働いていることを意味する。ロシアのような核抑止力を持った国が実際に戦争を始めてしまうと、西側は助けに行けないし、軍事援助も慎重に手探りしながらでないとできないということになる。

 手探りの援助であれ、西側諸国が火砲の提供に踏み切ったのは、ウクライナが示した持久力による。まず大統領が逃げなかったことが大きい。ウクライナ国民は、キエフにとどまったゼレンスキー大統領をおおむね支持して総動員に応じ、相当の損害を出しながらもロシア軍に抵抗し続けた。こうして1カ月持ちこたえたことによって、戦況も援助も転換点を迎えることとなった。ウクライナ軍がさらに持ちこたえ続けると、援助はさらに拡大されるかもしれない。今やさらに、HIMARSも提供されており、もし、例えばレオパルト2などが提供されることになれば、ウクライナ軍がロシア軍をドンバスからたたき出す見通しが立ってくる。

 第2の帰結は、ロシアは抑止しているだけでなく、実は抑止されてもいる、ということである。すなわち、西側がウクライナを支援しすぎてロシアを刺激すると、ロシア側が限定核使用をするかもしれないという懸念がずっとあったところ、開戦後4カ月以上たってもそのシナリオが現実化していないのは、ロシア側も、核を使用した後に西側がどう出てくるのか分からないのが怖いがゆえであろう。今回の戦争は、ロシアと西側が相互に核抑止された状況の中で行われている限定戦争になっている。であれば、今行われているのは通常戦の戦いであって、兵力が多い方、火力が強い方、または交戦意志が確固たる方が勝利するという見立ての方が信憑性を持ち得る。もちろん現代的なテクノロジーや、訓練の練度の差という要素も関連はしてくるが、根底的には18世紀に欧州で近代的な戦争の原型ができた時代から、あまり変わらない原則が今も有効であると考えられる。

(2)新しいテクノロジーと戦争

ゲームチェンジャーではなく

 今回の戦争では、ドローンの活用といった新しいテクノロジーが注目されている。とりわけ西側から供給される高度のテクノロジーは、戦争の帰趨を決めるゲームチェンジャーという言葉で表現され、この言葉自体が大変に流行っている。しかし、ゲームチェンジャーという言い方は、私はあまり使うべきではないと考える。

 たとえていえば、ゲームをするにしてもいろいろな要素が絡み合った中でゲームをしている。野球ならピッチャーとバッターがいて、監督の采配があって、コーチ陣の練習方針があって、それら全体を総合して野球チームの実力が決まる。そこに、外国人の助っ人投手を連れてきたらそれだけでチームが強くなるかというと、決してそうではない。

 今回の戦争においても、ドローンが活用されている、情報空間での認知領域作戦でウクライナが成功を収めている、といった現代のテクノロジーを活用した側面はあるが、実のところ、それらはウクライナ軍の主力が簡単に負けていたら全く意味を持たなかっただろう。また、西側が提供したスイッチブレードという自爆ドローンのような新しいテクノロジーは、確かに戦闘のやり方を変えていることは間違いない。しかしながら、最新テクノロジーが戦争全体のやり方を変えているかというと、そうは見えない。むしろ非常に古典的な戦争が先祖返りして戻ってきている。ただ、戦争の個々の様相が、新しいテクノロジーに応じて、あるいは新しい時代に応じて、若干の変化を見せていると捉えるべきであろう。

情報空間でのPRとその限界

 上にも述べたように、今般の戦争の新しい要素の1つに、ゼレンスキーをはじめとするウクライナ政府が非常にうまくPRを行っていることが挙げられる。もともと侵略を受けた側であるため、同情を買いやすい部分はあるのだが、それ以上にゼレンスキーという人物のキャラクターが効果を持っており、世界中から共感と支持を調達することに成功し、西側政府による支援に世論の支持という裏付けを与えている。こうしたPRは、今後、戦争遂行の1側面として重視されるだろう。これからどの国でも、今まで以上に国家のトップが自分たちの行動を国際社会に対して説得力をもって示さなければならない、という要請が高まると思われる。ただし、ゼレンスキーほどうまくPRできる人物が出てくるかといえば、それは怪しい。そういった個人技で足りない部分は、おそらく組織的に解決することになるのだろう。

 とはいえ、ゼレンスキーのやり方には限界もある。問題は、メッセージが届けられるべき相手に届かないことである。そもそも、アメリカでハイブリッド戦争の議論が出てきたのは2000年代の半ばであり、論じていたのはアメリカの海兵隊であった。彼らは、自分たちが戦闘では常に勝つのに、なぜいつも戦争に勝てないのかを考えた結果、要するに自分たちが戦闘で勝っているという事実そのものが、国際社会から非難されるからだということに気づき、イスラエルにも同じことがいえると考えた。つまり、戦闘では勝つのだが、その勝利が国際社会の世論、アメリカの国内世論、イスラエルの国内世論、アラブ人たちの中東の世論に火をつけてしまい、戦略目標を達成できないままに撤退しなければならなくなる事態がずっと続いてきた。ゆえに、世論の非難を浴びないためにメディア等で戦わなければならず、戦いがハイブリッド戦争になるとの結論にたどり着く。

 現在、ゼレンスキーが遂行しているのはハイブリッド戦争的なPRである。国際社会の世論を自分たちに味方に付けて、ロシアを悪者として描いている。ところが、肝心のロシア国内の銃後の世論がなびいてこない。すでに述べたように、ロシア国民はプーチンの戦争に熱狂しているわけでもないのだが、だからといってウクライナ人のいうことを聞くわけでもない。

 ゼレンスキーのメッセージにロシア国民が肯定的な反応を返さない理由として3つ挙げられる。第1に、ロシア政府によるメディアコントロールが非常に徹底しているため、ゼレンスキーの演説が、テレビである程度まとまって流れる望みはない。インターネット上ではもちろんゼレンスキーのメッセージを視聴することはできるが、現在のロシアではSNSとしてTwitterが規制され、Facebookは遮断された状態となっているため、自らそれなりに努力して探さない限り、ゼレンスキーの演説を耳にすることはない。聞くことが不可能ではないのだが、そうした状態では、最初からゼレンスキーの演説を視聴したい人のみが視聴するという状況になる。

 第2に、ゼレンスキーのメッセージを聞き、彼に共感しているとは、今のロシア社会では到底いえない。職を失ったり、情報機関から脅されたり、散々な目に遭うのが目に見えているため、筋金入りの活動家以外はゼレンスキーの演説に好感を持っても、公には言いづらいだろう。

 第3に、ロシア人がゼレンスキーの演説を聞くとき、たとえ彼らが戦争に反対であったとしても、反発を覚える場合もある。ゼレンスキーのいうことが正しいと思っていても、戦争という敵味方がはっきりした、旗の下への結集が呼びかけられている最中に、敵方から説教されているわけであり、人間の心理として全面的には受け入れにくいということだろう。コメディアン出身のゼレンスキーの話し方が芝居掛かっているのが鼻に付くという向きもある。

 ゆえに、外から見ているわれわれからするとゼレンスキーのパフォーマンスは大成功に見えるのだが、ロシアが戦闘を継続不能になるところまで世論をひっくり返そうとしているわけではない。世論でプーチンを追い詰めていくことが、ロシアに関してはできていない。

3.安全保障問題と今後

(1)NATO拡大とロシアの安全保障

NATO拡大は差し迫った脅威をもたらしていない

 ロシアにとって、ウクライナとジョージアのNATO加盟は面白くないことは間違いない。ロシアの軍人らは両国のNATO加盟を嫌がり、そうなったら困ると発言してきた。確かに、両国のNATO加盟は、軍にとっては避けたい事態であろう。しかしながら、それがロシアの軍事政策ではなく、安全保障政策全体の中で、果たしてどのぐらいの差し迫った脅威と認識されていたのかには疑問がある。

 ウクライナからモスクワまで450kmしかなく、間にさえぎるものがない。また、ウクライナにミサイルが配備されるとモスクワまで5分である。そのような指摘がロシア側からなされてきた。このようにウクライナのNATO加盟が脅威なのであれば、より距離の近いバルト3国のNATO加盟の方がよほどロシアにとって危険だったではないか。さらに、今はスウェーデンおよびフィンランドがNATO加盟に向けて進みつつある。しかしロシアは、両国の非加盟状態を死活的な利益とみて、例えばフィンランドに軍事的圧力を掛けるかというと、そうではない。ヘリコプターを領空侵犯させるという嫌がらせ程度のことしかしていない。しかもプーチン大統領やペスコフ大統領報道官から出てくるメッセージは、NATOに入ること自体は構わないという趣旨を持つ。せいぜい、1997年のNATO・ロシア基本文書に従えば大規模な戦闘部隊を常駐させるようなことはしないはずだと釘をさす程度である。

 以上のことから分かるのは、バルト3国にせよ、フィンランド、スウェーデンにせよ、ロシアの国境付近までNATOが迫ってくることは面白くはないけれども、それ自体は、ロシアは冷静に受け止められるということである。しかし、旧ソ連諸国、あるいはロシア帝国以来、彼らが守ってきた領域にNATOの拡大が及びそうになると、非常にエモーショナルな反発が返ってくるというのが、この30年間の教訓である。

 純軍事的にいえば、仮にウクライナとジョージアがNATOに加盟すれば、ロシアの安全保障は不利益を被るが、軍事バランスから見ても、あるいは戦略重心の線をどこに引くかという観点からしても、ロシアにとって国家存亡の危機が発生するというような、差し迫った安全保障上の危険となるとまでは見えない。さらにいえば、そもそもウクライナもジョージアもNATOに加盟できる可能性を失っていただろう。可能性は2008年以来すでに無く、2014年で完全になくなったと考える。ゆえに、プーチンがいう、もしウクライナがNATOに加盟したら、あるいは、ウクライナが西側と事実上のNATO加盟同様の関係になったら、などという想定に現実味を感じられない。いずれにせよ差し迫った状況ではなかった。

実際の侵攻理由

 こうしたプーチンが述べる理由は、後付けか、そのように信じたいから信じているだけかであって、侵攻の実際の理由は、自分の代でルーシの民を統一する、といった壮大な野望だったのではないか。これまでのプーチンは、民族主義的な野望を持ちながらも、さすがにここまでその思想のままストレートに行動したりせず、他の政治家がそうであるように、現実を踏まえた振る舞いを見せていた。ところが、今回は無茶なやり方で目標に全速力で突っ走っており、この点が非常に不可解である。

 彼が判断力をなくしているからこうなっているのか、長年にわたる独裁ゆえに側近ももう何もいえなくなってしまっているのか、あるいはウラジスラフ・スルコフのような、民族主義的なブレーンが再登場してきたのか、さまざまな可能性を考えてみることはできるが、実際のところ何が起きているのかは判断し難い。プーチンの目標そのものに驚くというよりは、目標に向かってそのまま行動してしまったというところに驚いている。

(2)今後の展望

戦争の今後

 ここまで述べてきたように、今般の戦争は、核抑止下で行われる古いタイプの戦争と特徴づけられる。もちろん、指摘したような新しい要素はあるが、それらは戦争の古典的な形を根本的に変えるものではない。したがって、古典的な戦争に、テクノロジーなどの現代的な条件が付加されている戦争といえるだろう。

 このことを踏まえ、今後の展望について述べておく。まず、今回起きたロシアと西側の決定的な分断はしばらく続くだろう。戦争がどうなるかは分からないが、ウクライナがロシア軍を開戦時のラインまでたたき出すことは可能だと考える。中央部分のドンバスでロシア軍の反攻に時間を取られているため、大規模な反攻の時期は、彼らが望んでいたよりも遅れている。しかし、長期戦の果てにウクライナがロシアを最終的にたたき出せる芽は十分あるだろう。

 地域別にもう少し詳しく述べておくと、まず、224日開戦ラインのロシア側にある東部のドネツクとルガンスクは、どうなるか分からない。この地域について問題解決の基礎となっていた第2次ミンスク協定はすでに意味を失っているため、ウクライナがドネツクおよびルガンスクの全域を軍事的に奪還しようとする可能性はある。しかし、クリミアの奪還は、同地をロシアが自国領だと宣言している以上、不可能であろう。クリミアの北側となるヘルソンやザポリージャについて、ロシアへの帰属を決める住民投票の実施が報道されており、住民投票で帰属が決まればロシアは自国領の一部だと主張し始めるかもしれない。ただし、ロシアは住民投票を急いでいない。というのも、これらを早々に併合してしまうと、クリミア動揺に譲れない領土となってしまい、ロシアが停戦に向けて取引する際の材料がなくなってしまうからである。

 同時にいわねばならないのは、ウクライナ軍は開戦ラインを大きく越えられないということである。例えば、ウクライナ軍は国境を越えてベルゴロドのロシア軍の策源地をたたきにいくであるとか、ボロネジやクルスクを占領して、ロシア軍が当面ウクライナに対して攻勢をとれないようにするであるとか、そのような行動を取ることは、純軍事的に見ても政治的に見ても無理だと考える。

ロシアと世界の今後

 この戦争でロシアが滅ぶことはないだろう。一時期期待されたような、この戦争でプーチンが求心力を失って失脚するという見通しは、当面は実現の見込みがないと見ておいた方が安全だろう。つまり、ロシアは、経済制裁と軍事的な苦戦で国力を大きく落とすものの、基本的に今のまま続いていくと考えられる。より貧しい、より孤立したロシアにはなるけれども、依然として帝国主義的な野望を持ち続け、国内は権威主義体制であり続ける。

 今回、苦境に陥っても、この先また5年あるいは10年をかけ、彼らはそれなりの軍事力を再建してくるだろう。したがって、冷戦的な状況がしばらくの間続くことは、覚悟せざるを得ない。こうした前提で、各国は安全保障戦略を組み立てなければいけない。これは、第1義的にはNATO諸国に当てはまる話だが、日本も北方防衛をどうするのかを考えねばならない。ただし、日本にとっては、重要な正面は南西であり、北方と南西のバランスをどう取るのかは、国家安保戦略の中でしっかり案分を考えなければいけない。

来るべき戦後ウクライナの安全保障

 戦争が終結した際、ウクライナの安全保障を将来的にどう保障していくかという問題が再度浮上する。しばしば論じられていたのは、ウクライナを中立化するという案である。このアイデアは、冷戦中のフィンランドを念頭に置いており、フィンランド化とも呼ばれる。この案は戦争前から長く論じられており、開戦後も3月のイスタンブールでの和平交渉で出てきていた。ウクライナの自己決定権を傷つけるとの批判も大きいが、結局のところ、この点に戻って来ざるを得ない。

 ただし、戦闘中の今、中立化を論ずることには問題も付きまとう。というのも、ただ単に戦闘を止めるだけのために停戦と中立化を主張するならば、ウクライナの将来的な安定は約束されないだろう。上で述べたように、ロシアは戦争と制裁で被害を被ってもそのうち軍事力を再建するだろう。そのときに、かつてのフィンランドのように、西側の防衛コミットメントがない、いわばロシア寄りの中立の立場にウクライナが立たされるとなると、ウクライナの安全は非常に脆弱な状態に置かれる。その意味で、現在の戦争において西側諸国が核抑止されながらも、かなりの軍事援助をウクライナに行っている点は、ロシアに対する良いシグナルになっただろう。西側諸国は、ロシアを、そして核兵器を恐れてはいるが何もしないわけではないということである。その点は、ロシア側もよく理解しただろう。

 最終的に合意による停戦を目指すのであれば、ウクライナの中立条項か、それに類似するものは確かに入るのかもしれないが、ウクライナ有事の集団安全保障を提供できるような枠組みになるかどうかが重要である。

 イスタンブールでの和平交渉の際には、ウクライナの安全を保障する国の1つにロシアが入っていた。1994年にロシアも署名した、核兵器を放棄する代わりにウクライナの安全を保障するとしたブタペスト覚書にしても、2013年に結ばれた、核攻撃や核による威嚇がウクライナに向けられた場合に中国が安全の保障を提供するとした協定も、今回あまり役には立っていない。ロシアは侵攻した側であり、西側諸国は軍事援助以上のことをせず、中国にいたっては軍事援助もしない。ウクライナが不信感を持って当然である。したがって、安全保障の信憑性をどう確保するかは決定的な意味を持つ。

 信憑性を上げるには、ウクライナが何らかの形で軍事同盟か、それに近いものを持てるとよいかもしれない。NATOに加盟させるとロシアの反発が大きすぎるということであれば、例えばアメリカとの2国間防衛協定、あるいは、すでに前向きな姿勢を示しているイギリスとの2国間防衛協定といった類いの協定を許容するかどうかが議論になるだろう。はっきり同盟と正面からいえないのであれば、アメリカ台湾関係法のような方法も考えられる。すなわち、コミットメントはするけれども、どこまでするかは曖昧にしておくという手法である。これらはすべて政治の領域に入り、純軍事的な考慮からは決定できない。

4.日本の安全保障政策へのインプリケーション

(1)状況の類似性

 今般の戦争は、日本の安全保障を考える上で重要である。というのも、日本の仮想敵はすべて核兵器を保有しているため、有事の際には核抑止下での通常戦争となることが考えられるからである。

 有事として最も可能性が高いのは、対中有事であろう。現在指摘されている中国の核戦力の増強ペースが正確ならば、2030年代には中国の保有する戦略核弾頭は、およそ1000発になる。1000発とは、アメリカとロシアがそれぞれ持つ戦略核弾頭の3分の2ぐらいの水準に達する数値である。アメリカおよびロシアの保有数1500発とは、新START条約のカウントルールに基づくものであり、実数で数えるとおそらくそれぞれ2000発ほどある。すなわち、中国は、アメリカおよびロシアの3分の2から半分ほどの戦略核弾頭を持つことになる。そうなれば、事実上の相互脆弱性が成立する可能性が高い。いい換えれば、アメリカとロシアと中国がお互いを近代国家として完全に崩壊させる能力を持つにいたるということである。

(2)ウクライナの戦訓

 この状況下で台湾有事となり、それが日本に波及してくる事態を考えなければいけない。そのために、今回のウクライナの戦訓は非常に重要である。

 今回、まず重要だったのは、大統領が逃げなかったことである。開戦日224日から、ゼレンスキーはキエフにとどまり、国民もそのゼレンスキーをおおむね支持して総動員に応じ、相当の損害を出しながらもロシア軍に抵抗し続けた。そうするうちに、最初の1カ月を持ちこたえたことによって、彼らは結局大きな転換点を迎えることになった。すなわち、ジャベリンで耐え凌いでいたところ、開戦から1カ月後、西側諸国が榴弾砲といった、より強力な兵器を提供してくれることとなった。さらに持ちこたえて、HIMARSがきた。もう少し持ちこたえれば、レオパルト2のような戦車も供与してもらえるかもしれない、そのような期待を抱けるようになった。兵器の提供が続けば、ドンバスからロシア軍をたたき出すことが視野に入ってくる。このようにして、ロシアによる核抑止の下で、西側諸国はロシアを刺激しすぎないよう慎重に援助を拡大しながら、ロシアの核使用を抑止している。

 こうしたことから考えると、日本にとっての戦訓は、第1に、いかにしてアメリカの拡大抑止を確保するかということである。確保できなければ、中国相手では、どこかでエスカレーション・ドミナンスされてしまう可能性がある。つまり、エスカレーションしていった場合に、日本はもうエスカレーションについてはいけないけれども、中国にはまだまだエスカレーションする余地がある、具体的にいえば核使用できる、という状況が考えられる。しかし、アメリカの拡大抑止があれば、中国にエスカレーションを完全にドミネートさせないことが可能になる。逆にいえば、それができなければ敗北するか、日本が独自に核武装するかしかなくなる。これらの事態はどちらも避けるべきであり、アメリカの拡大抑止を確保するべく、日本がアメリカの核ドクトリンに口を出せるようにしておくことは非常に重要である。

 現在は、日米協議の枠内で、日本はアメリカの核ドクトリンにかなり口を出せているはずである。しかしながら、バイデン大統領が公約していたNPR核体制における核の役割軽減は、現実化させるとしても、台湾有事あるいは朝鮮半島有事における抑止力の信憑性を落とさない形で行う必要がある。そうでなければ、日本も韓国も非常に困るはずなので、こういう協議の枠組みをこれからも外交的にしっかり確保しなければならない。

 第2に、日米安保の機能が失われた事態を想定しておかなくてはならない。アメリカの専門家たちによれば、2024年の大統領選挙はどうなるか分からない、またトランプ本人か、トランプ的な人物が当選するかもしれない。そうなると、日米安保それ自体はこれからも残るとしても、内容に乏しいものになっていくかもしれない。2050年になれば、日米安保条約が結ばれてから、100年がたつ。あと28年である。100年もつ同盟が存在するかどうか分からない。日米安保は絶対に堅持しなければならないけれども、堅持できないという可能性は、やはり軍事専門家としては考えておかなければいけない。

 第3に、情報のPRについてである。日本の今後の有事の際も、重要な論点となるだろう。中国は、国内のメディアへの統制を厳格に行うと想定される。今般、ウクライナからの情報がロシア国内に浸透しないように、ハイブリッド戦争は簡単ではない。日本の場合は、情報発信を戦略的に行うという発想自体をおそらく持っていない。せめて概念としては、国家安保戦略の中に入れるべきであろう。

編集:河本和子 NIRA総合研究開発機構上席研究員/一橋大学経済研究所ロシア研究センター専属研究員

参考文献


カール・フォン・クラウゼヴィッツ(1968)『戦争論 上中下』岩波書店.
小泉悠(2021)『現代ロシアの軍事戦略』ちくま新書.
アンナ・ポリトコフスカヤ(2004)『チェチェン やめられない戦争』NHK出版.

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)小泉悠(2022)「ロシアの対ウクライナ戦争―核抑止下での通常戦争―」河本和子編『ロシアのウクライナ侵攻』NIRA総合研究開発機構

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