NIRAオピニオンNo.86 2025.10.22 人口減少時代における国と地方の再設計地域の主体性と責任の下で試行錯誤できる自治へ この記事は分で読めます シェア Tweet 宇野重規 東京大学社会科学研究所教授/NIRA総合研究開発機構理事 概要 地方分権改革から30年。権限移譲は進んだが、国の関与はなお根強い。NIRAフォーラム2025「国と地方の役割分担のあり方」では、人口減少・災害・デジタル化という環境変化を前提に、国と地域の機能をどう再設計するかを議論した。 地方自治の目的は、住民のウェルビーイングの向上であり、そのためには、国と地方の財政責任を明確にし、自治体が自主性を発揮できる制度が必要である。そこで、NIRAの研究プロジェクトは、国は「標準的サービス」の提供と財源に責任をもち、自治体が標準を超える上乗せ・横出しについての限定的な財政責任を負うという制度設計を提案した。しかし、「標準的サービス」の線引きの難しさや行政サービスの非効率化など、実務面での課題も指摘され、今後の検討が求められる。 人口減少に直面する地方自治体は、広域連携などによる行政サービスの再設計が不可欠である。例えば、地元資本を活用した官民連携によって持続的な収益モデルの構築、外国人の受け入れや地域人材の育成、「まちづくり会社」の活用、モバイル診療や診療報酬の地域差設定などによる医療サービスの地域間格差是正、そして、行政のデジタル化による効率化が重要である。 今回の議論が示したのは、地方創生に唯一の解はないということだ。国と地方の役割を再設計し、多様な主体が自由にアイデアを出せる土壌とその財源を整え、地域が主体性と説明責任の下で試行錯誤できる制度に移行する。それこそが、行政・民間・住民が力を合わせ、地域の特色を生かした持続可能な社会を築くための出発点である*。 全文を読む (1.3MB) INDEX はじめに 1.財政責任と自治から見た国と地方の役割分担の再設計 限界的財政責任論の問題点 自治体の主体性と独自財源 国と地方の役割分担を議論する場が必要 政府の肥大化を避け、民間経済を活用する 2.人口が減少する中で、何をどう守るべきか 官民連携のモデルケースの構築やルール化 外国人の受け入れ態勢の整備を まちづくり会社と外部からの人の呼び込み 医療サービスの地域間格差 地方自治体のデジタル化 おわりに:答えが1つではない時代に、多様な主体がアイデアを自由に出す NIRAフォーラム2025テーマ別会合「国と地方の役割分担のあり方」参加者・宇野重規 東京大学教授/NIRA総研理事・大沢博 総務省自治財政局長・大林尚 日本経済新聞社編集委員・木下斉 エリア・イノベーション・アライアンス代表理事・木原隆司 ノースアジア大学教授・越直美 三浦法律事務所弁護士(前大津市長)・砂原庸介 神戸大学教授・沼尾波子 東洋大学教授・三日月大造 滋賀県知事・三神万里子 ジャーナリスト(敬称略・五十音順) はじめに 地方分権改革が始まって30年。この間、地方自治体への権限移譲は着実に進み、「後戻りしない改革」との肯定的評価がある一方、依然として中央政府の関与が根強く残っていることから、「未完の改革」との厳しい指摘もある。昨今の地方自治の動向をみると、少子高齢化に伴う自治体財政の悪化や、コロナ禍で国と地方の役割分担の曖昧さが課題として浮き彫りになった。特に危機管理の分野において、各自治体が個別に対応するのではなく、国がまず統一的な基盤を整備した上で、地方との適切な役割分担を図るべきだとの意見もある。つまり、経済社会の状況や文脈によって、国と地方の役割については、見方が分かれている。人口減少時代のさなかにおいて、国と地方自治体の役割をいかに再定義し、そして体力の奪われている地域の主体性や自律性をいかに確保していくべきかを議論し直す時宜にあるといえる。そこで、NIRAフォーラム2025テーマ別会合「国と地方の役割分担のあり方」では、研究者や自治体の首長、実務者が集まり、多角的な視点から議論を深めた。前半では、国と地方の財政責任の分担をどうするかについて議論し、これは、NIRA総研の研究プロジェクト「国と地方自治体の財政制度のあり方」でまとめられた提言をもとに進められた(注1)。後半は、提言にとどまらず、地域の抱える課題と対処策について、より幅広い視点から意見が交わされた。 提言のポイント・国は、標準的な公共サービスの提供に責任をもち、その財源を全額保障する一方、地方自治体は地域実情に応じて、上乗せや独自サービスについて限定的な財政責任を負うべきである。自治体が住民に説明責任を果たしながら、標準的なサービスを超える部分の財源確保の責任を負う、いわゆる「限界的財政責任」の仕組みを検討することが望ましい。・地方間の財政格差を一定の範囲内に抑えるために、標準以上のサービスを行うときの地方自治体間の財政力を調整することを含めて、地方交付税制度の再設計を検討すべきである。・国と地方が責任をもってルールを定める場を設ける。現在は、省庁縦割りによって自治体側が調整を強いられている実態があり、自治体の負担をいかに軽減していくかも重要な課題である。 1.財政責任と自治から見た国と地方の役割分担の再設計 財政的な役割分担を考えるにあたっては、住民1人ひとりの選択の自由を尊重する自治をどのように実現するかという点が問われている。同時に、行政サービスを継続的に提供するための経済的な合理性があるか、そして、環境問題や安全保障、災害対応といった国家的視点を踏まえ、国土全体のあり方を考えていく必要がある。住民のウェルビーイングの向上が地方自治の目的であることを忘れてはならない。 宇野からの概要説明を受けて、提言の作成に関わったメンバーである神戸大学教授の砂原庸介氏は、国と地方の財政責任のあり方の議論を進めるうえで配慮すべき点を指摘した。 提言内容の重要な点は、国が財源を確保するのは「標準的サービス」であって「ナショナル・ミニマム」ではないということ。過去に、最低限のサービスは国が提供すべきだという議論があったが、国の財政再建が目的であったために、自治体は国の負担が引き下げられることを懸念し、合意に至らなかった。今回は、前回の轍を踏まないようにするためにも、財政再建とは切り離し、純粋に国と地方の制度の見直しという観点に絞って議論を進めるべきだろう。 続いて同プロジェクトメンバーである東洋大学教授の沼尾波子氏は、地域が裁量性を発揮して、総合的なサービスを提供できるようにする仕組みの大切さについて強調した。 地域のビジョンを実現し、人々のウェルビーイングを高めるには、自治体は、地域の実情を踏まえて行政サービスを一体的に人々に提供しなければならない。そのためには、地域の担い手が主体的に調整や合意形成を行えるような「ソフトインフラ」を整備する必要がある。特に社会保障分野では、民間企業やNPOの参入が進み、その調整や環境づくりにかかる自治体の負担が増加している。「上乗せ」「横出し」といった独自のサービスを組み、全体のサービスを柔軟かつ迅速に調整できる共通の基盤が必要だ。 また、高齢者・障碍者・児童福祉など類似した分野では、縦割り型の補助制度が非効率を招いており、一体的に福祉サービスを提供する仕組みになっていない。横断的かつ柔軟に活用可能な制度改革が求められる。第3セクターやNPOなど地域主体による経済循環の形成やガバナンスの強化を進め、地域住民のウェルビーイングを総合的に向上させることが必要だ。 限界的財政責任論の問題点 NIRAの提案に対して、総務省自治財政局長の大沢博氏は、「限界的財政責任論」の課題を指摘し、慎重な見方を示した。 現在の国と地方の財政負担は「事務分担の原則」に基づいており、国と自治体のうち、どちらがサービスを実施することが住民の利益になるかをまず判断し、サービスの実施主体が財政責任を負う仕組みである。これは「限界的財政責任論」とは異なる考え方であり、今回の提案については、以下の3点で問題がある。 第1に、国と地方の責任範囲を明確に線引きすることが実務上難しい。例えば教育分野では、教員給与のような明確な項目だけでなく、学校の統廃合や施設整備、働き方改革やいじめ対策のための職員配置など、責任が曖昧な業務が多数存在する。「限界的財政責任論」で全ての行政分野を区分けすることは不可能だ。 第2に、国が全額負担する範囲が曖昧で可変的であるため、自治体が国に対して負担範囲の拡大を求める傾向が強まる。その結果、行政サービスの非効率化やモラルハザードが懸念される。 第3に、憲法上、国会は地方行政全般に関与可能であるため、この方式を導入すれば自治体の役割が縮小し、結果的に国の出先機関化が進むリスクがある。行政サービスの画一化や自治体の主体性低下も懸念される。 大沢氏は、その一方で、補助金制度に関して、以下のように発言した。 自治体が、国からの補助金に財源を依存している状況から脱却し、自主性を高めるべきだという基本的な問題意識には共感している。自治体業務のかなりのエネルギーが補助金を確保することに割かれている。その点で、財源の見直しの議論の必要性には賛同するが、「限界的財政責任論」を現実に適用するには慎重な議論と具体的な工夫が不可欠である。 自治体の主体性と独自財源 大沢氏が「限界的財政責任論」を原則とすると自治体の主体性が失われると指摘したのに対し、砂原氏は次のようにコメントした。 国と地方の線引きについては、現実には、ごみ処理、公共交通、水道などの事業は、自治体の責任で実施すると考えるのが自然だ。その際、地域が担うサービスを実施する公益事業体に事業利益を認めれば、国への依存を強めずに継続的な運営が可能となる。標準的なサービス部分については、規則に従うことになるが、「上乗せ」する部分で地域の独自性を発揮できる。 また、国が100%財源を負担しても、地方自治体が国の出先機関化するか否かは、財源負担の有無ではなく、自治体のガバナンスと説明責任の仕組みによって決まる。住民が選挙を通じて首長や議員を選び、行政サービスを評価できる仕組みがあれば、自治体の主体性は確保される。 滋賀県知事の三日月大造氏は、国と地方の役割分担を自治体が関与する形で再設計する必要性を強調した。そのうえで、自治体が自主性を保つには、自主財源の確保が不可欠であると述べ、県税を新設して自治体を支援する構想を紹介した。 自治体が主体的に政策を推進するためには、独自の財源を確保することが不可欠である。たとえば、滋賀県では、自動運転やライドシェアの導入などを通じて交通サービスの向上を目指しているが、民間の参入が難しい地域もある。その場合には、いわゆる交通税などによる新たな財源の確保も検討している。自治体の主体的な挑戦を後押しする財政制度の整備が重要になる。 元大津市長で弁護士の越直美氏も、自治体の主体性と自主財源の確保は表裏一体であると指摘した。 「限界的財政責任論」の立場からすれば、標準的なサービスを超える部分の財源は自治体自身が負担すべきであり、地方交付税や補助金の増額ではなく、自主財源で賄うべきだ。国からの支援に依存すれば、予算削減や施設統廃合といった困難な判断を回避する傾向が強まり、自治体の財政責任が弱まる恐れがあるという。 一方、沼尾氏は、「自治体が自主財源を確保することにこだわりすぎることのリスク」を指摘した。 現実的には、自主財源の確保は困難が多く、国の役割は依然として大きい。補助金と交付税でトータルに保障する仕組みとするのか、あるいは、地方共同税を設けて、地方が自主的に判断して使途を決定できる財源を確保するのか、改めて議論することが必要だ。さらにいえば、公共部門がどの領域を担い、どこまでを税で賄うかについては十分に議論がなされておらず、国と自治体の二者間だけでは割り切れない領域を含めて検討が必要だ。 さらに、地域間の財源調整についても、日本経済新聞社編集委員の大林尚氏から課題が指摘された。 東京都内に本社を置く企業の地方店舗で発生した税収が東京に流入する現状を問題視し、必ずしも中央政府が介入する必要はなく、都道府県レベルで主体的かつ効率的に調整できる仕組みを模索すべきだ。 また、近年は、地方の税収に関して、デジタル化やネット経済化によって地域経済活動と税収の関係が崩れ、税収の偏在が拡大しているとの懸念が、大沢氏から示された。 地域の銀行から楽天銀行のようなネット銀行(東京に本社が集中)への預金のシフトが進んでおり、地方で生じた経済活動から得られる税収が東京へ流出している。地域に再投資される循環型の税財政システムを構築すべきだ。 これに対して、エリア・イノベーション・アライアンス代表理事の木下斉氏は、東京という経済拠点が日本経済全体にとって重要な役割を果たしていることを忘れてはならないと補足した。 東京の国内企業が弱体化すれば、GoogleやAmazonなどの巨大外資系企業に市場を奪われ、結果的に税収が国外へと流出する危険性が高まる。こうした事態を防ぐためには、国家レベルで適切な規制や対策を講じる必要がある。 国と地方の役割分担を議論する場が必要 ノースアジア大学教授の木原隆司氏は、提言の方向性に賛意を示したうえで、自治体が負担する行政サービスの範囲について、秋田県での洪水被害を例に、災害関連の事業は国の全額負担を主張した。 地球温暖化など地球規模の課題に由来する災害が多発しており、自治体単独で財政負担を強いられる現状は不合理である。災害の予防および復旧費用については100%国庫負担とする仕組みを整備し、自治体の財政負担を抜本的に見直す必要がある。 実際、秋田県の財政は地方交付税および国庫支出金への依存度が高く、自主財源となる地方税収は全収入の15%から20%程度にとどまる。近年の豪雨災害への対応で公共事業支出が増え、地方債の発行が拡大し、「実質公債費比率」が悪化している。この比率が18%を超えると地方債の発行には総務省の許可が必要となる事態に陥る。 大林氏は、「国」と「地方」の概念を明確化する必要性を論じた。 国と地方の役割分担の議論は、主体が曖昧なまま進められがちだ。「国」といっても政府、国会、与野党で立場が異なり、「地方」も知事、市区町村長、議会、住民など多様である。主体が不明確なままでは財政調整の具体的な議論は困難だ。 また、国と地方を対立ではなく協力関係として捉えるべきである。長野県の阿部知事が提案する社会保障分野の役割分担案――年金や児童手当、生活保護などの「現金給付」は国が責任を持ち、保育や介護、医療などの「サービス給付」は自治体が担う――は、1つの考え方になるだろう。 一方、越氏は、自治体の主体性が発揮される結果、地域間格差がある程度生じることを認めるべきだと述べた。 民主主義の観点からも、首長や議会が主体的に政策を決定し、その結果を住民が選択することこそが本質である。生活保護のような法定受託事務は国が100%負担すべきだが、自治体の独自の施策は自治体の判断に委ねるべきだ。 続けて、国と地方の協議の場で行うことが必要だが、現実的には、都市部と地域で利害が対立することから合意を得ることは難しいという意見が越氏から出された。 国と地方、県と市で利害が異なる以上、参議院の地方代表制などを通じて意見を一本化することは難しいだろう。首長にとって大事なのは地域の住民であり、住民から選ばれた責任をどう果たすかが重要である。 これに対して、三日月氏からは、合意形成の困難さを認めつつも、希望はあると語った。 確かに、都市部と地方では一致しない面があるが、議論を深めるうちに合意点を探ることもできるようになりつつある。たとえば、関西広域連合の連合長を務めているが、県によって様々な事情はあるものの、議論を重ねることで「広域で実施した方が効率的だ」という点で最終的に一致できるようになってきている。 政府の肥大化を避け、民間経済を活用する NIRAの提言に対して、木下氏は、今回の国と地方の役割分担の議論から「民間経済」の視点が抜け落ちていると指摘した。 国と地方の財源分担のあり方から議論を始めると、「政府」が肥大化する恐れがある。非効率な行政サービスを生まないためには、民間経済を活かした新たな役割分担を模索すべきである。たとえば、自分が関わっている大阪市の事業では、公営住宅を民間資金で建設・運営し、民間テナントを誘致することで財政負担を抑えつつ、人気のあるエリアに仕上げた。これに対し、国の補助金を前提とした画一的な公営住宅整備では、地域の魅力向上にはつながらず、地価の下落を招く。 また、国と地方の役割分担を「べき論」で進めれば、最終的に国がすべてを担うことになりかねない。国の定める標準的なサービスに地方が盲目的に追随すれば、地域の特色が失われ、衰退を加速させる。教育分野を例にとれば、標準的な義務教育を受けるためにわざわざ田舎に移住する人は少ない。だが、長野県佐久市では、廃校を活用した私立学校が独自の特色ある教育を展開し、地方への人材流入を実現している。地方再生の可能性は、標準的なサービスではなく、地域独自の特色あるサービスにこそ見出せる。 地域経済の自立性を高めるには、地方における官民連携を強化し、雇用創出の仕組みを確立することが不可欠である。三日月氏は、「官民連携」の考え方が重要であると指摘した。 行政サービスについては、「官か民か」という二元的な対立ではなく、官民連携を積極的に推進する必要がある。滋賀県では、公園整備にパークPFI方式を取り入れ、交通インフラでも公が所有し民間が運営する「公有民営」方式を推進している(注2)。教育や福祉分野においても規制緩和を積極的に進めることで、効率的で柔軟なサービス運営が可能になる。 一方、沼尾氏は、民間活用に伴う課題について指摘した。 公共性の高い事業に民間主体が参加する場合、民間企業の利益追求をどの程度許容するかが問題となる。民間のノウハウや技術を公的部門で活かす意義は大きいものの、過度な利益追求がサービス品質の低下を招き、採算性が低い地域ではサービスが途絶える懸念もある。したがって、民間参画を促しつつ、公的支援や規制を適切に組み合わせた、慎重かつバランスの取れた仕組みづくりが求められる。 2.人口が減少する中で、何をどう守るべきか フォーラム後半では、人口減少が自治体の行政にサービスどのような影響を及ぼすのか、それに対して、どのような方策があるのかについて、NIRAの提言に限らず、より広い視点から意見を提示していただいた。基本的な見方について3人の識者の意見を紹介する。以下は、砂原氏の意見である。 各自治体がすべての行政サービスを一括して住民に提供することは難しくなっている。守るところ、手放すところをきちんと分けることが重要。例えば、住居とする地域をどこで区切るかが重要になっている。人口密度を保つためにどの地域に再投資をするかという問題に関して、現在の選挙制度が有効な意思決定の手続きとなるのかは疑問だ。市長同士で連携するメリットはないかもしれないが、それを埋め合わせるため政党がブリッジになることもある。 越氏は、人口減少社会においては、行政サービスを整理する必要があり、その選択肢の1つとして民間への開放があると指摘する。 人口減少社会では公共施設を統廃合し、補助金を廃止することが必要である。しかし、これはまちづくりができないということではない。大津市では競輪場を廃止する際、跡地の解体や公園整備を民間に任せ、市の財政負担を伴わずに有効活用を実現した。ガス事業のコンセッションを行ったが、水道・下水道のコンセッション、ごみ処理施設のPFI活用など、自治体の事業にはまだ多くの民間活用の可能性や効率化の余地が残されている。また、自動運転や生成AIなどテクノロジーの活用も自治体単独では難しく、公共空間や情報を積極的に民間に開放し、民間主導のイノベーションや効率化を促す必要がある(注3)。 また、現職の知事である三日月氏は、人口減少を前向きに捉え、地方の可能性を引き出す「再設計」の視点が重要であることを指摘した。 人口流出の防止を中心とした地方創生策は限界に達しており、人口減少はマイナス面だけではなく、人口急増時代に失われた「歩くスペース」「住む空間」「緑地」を取り戻すなど、新たな地域価値創造の機会として捉えるべきである。 また、行政サービスは、周囲の自治体などと広域連携で提供することに取り組まねばならない。2010年に設立された関西広域連合は、防災、医療、琵琶湖から淀川・大阪湾までの流域管理など、広域行政課題に取り組んでいる。国と地方の役割分担の議論においても、広域行政による都道府県間の調整という視点を盛り込むべきだ。さらに、地方自治を考える際には世界的な視野が重要となる。滋賀県でも多文化共生プランを策定しているが、今後、アジアやアフリカからさらに多くの外国人が住民として流入することを前提に、外国人住民の投票権や参政権を含め、新たな自治のあり方を検討すべきだ。 官民連携のモデルケースの構築やルール化 以下では、議論の中で示された具体的な提案を整理してみていく。第1に、官民連携において両者の最適な組み合わせを実現するためのモデルケースの構築やルール化である。木下氏は、市場の縮小を背景に大手チェーンが撤退した後に、地元資本を軸とした新たな経済圏が構築されている事例を紹介した。 北海道では、人口減少が進むなか、大手チェーンの撤退後に地元資本が中心となって新たな経済循環を生み出している。たとえば、「コープさっぽろ」は高度な物流網を活用して配達や移動販売を展開し、地域生活を維持しつつ利益も確保している。「セイコーマート」も地域密着型の店舗運営によって地域のインフラとして機能し、自治体と連携して安否確認などの公共サービスを担い、持続可能な地域の暮らしを支えている。また農業分野では、山形県庄内地方の「株式会社SHONAI」が小規模農地の集約や生分解性プラスチック用作物への転換を通じて、農業の効率化と地域再生に成功している。 これらの事例は、大手資本が撤退した後に地域経済が回復に転じる「ブレークポイント」が存在し、それを超えると持続可能な収益モデルが形成されることを示している。官民連携においても、どの民間資本でもよいわけではない。外資が進出するニセコ町や倶知安町では地価の上昇により固定資産税収は増加する一方、地元住民が住めなくなるという問題が生じている。したがって、地元資本が新たな経済循環を生み出す仕組みを重視することが必要だ。 また、同氏は、危機的な状況にあっても工夫次第で転換点をつかむ可能性があることを指摘し、長期的視点の重要性を説いた。重要なのは、短期的な危機感にとらわれず、長い時間軸で取り組むことである。 山形県では、廃業した農家の小さな土地を農業法人がM&Aによって集約、大規模化し、農業効率の向上を実現している。従来、この地域では農業者の減少を「危機」ととらえ、新規就農支援の補助金を支給していたが、事業の多くは成果を上げられなかった。そこに民間法人が入ることによって状況が改善されているのだ。行政と民間が協力すれば、小さい地域であっても持続的に存続する道が開かれる。 外国人の受け入れ態勢の整備を 第2は、外国人の受け入れと人材育成の課題である。先に、三日月氏から、新しい自治体の機能として外国人受け入れについて言及があったが、他の参加者からも意見が出された。ジャーナリストの三神万里子氏は、人口動態の変化を踏まえ、外国人の受け入れに対し一定の自治体制度の再設計が必要だと訴えた。 今後、日本における外国人労働者は大幅に増加すると見込まれており、その多くは若年層で、家族帯同や永住を前提とする者も増えるだろう。公的サービスの対象者の概念自体が変化することを見据え、自治体は子育てや教育などの公共サービスを抜本的に見直す必要がある。 特に、東アジア諸国のエリート層を積極的に取り込まなければ、地域の産業集積地は国際競争力を維持できない。実際、中部や九州の産業集積地域では、外国人労働者の定着を見据え、共生社会の構築に向けた制度設計が進められている。具体的な構想の中では、EUの労働移動の自由に類似した仕組みも検討されている。 EUでは、「誰が地域経済の担い手として稼ぐのか」を明確にし、それが人口や年齢構成にどのような影響を及ぼすかを把握した上で、必要な公共サービスを設計するのが望ましい。ドイツの州政府では、地域の産業構造や経済戦略に連動した教育制度の構築が進められている。 加えて、大沢氏も、外国人が地域社会を支える存在として重要になっている地域や、日本語教育の充実を通じて外国人住民を地域社会の一員として定着させる取り組みを進めている地域もあると指摘し、その上で、人口減少社会における人材育成の重要性を強調した。 人口減少が進むなか、自治体は住民を増やすために現金給付額の引き上げ競争をする傾向にあるが、自治体が本来競うべきは住民サービスの質、とりわけ人材育成であるべきだ。たとえば茨城県境町では、フィリピンの姉妹都市から英語教育人材を積極的に招き、町内の全小・中学校に配置することで、全国的にも先進的な英語教育を実施している。その結果、「語学教育が充実した地域」との評判を得て、若い子育て世代の流入につながっている。 また、滋賀県では地域のニーズに応じた理系人材の育成を重視し、従来は国立が中心だった高等専門学校を県立で新設することを決定した(令和10年度開校予定)。このように、地域特有の課題やニーズに応じて自ら主体的に人材育成を進める自治体こそが、将来的に地域の競争力を高めることになるだろう。人材育成に真摯に取り組んでいる自治体への財政制度を通じて資金が回る仕組みを整える必要がある。 まちづくり会社と外部からの人の呼び込み 第3は、新しいまちづくりのあり方である。三神氏は、地域住民が主体となって外部からの人を呼び込み出生率を上げる取り組みを紹介した。 人口減少の背景には、「産みたいが産めない」という問題がある。特に都市部では、住宅費や物価の高騰に加え、晩婚・晩産化に伴う育児と介護の同時進行(いわゆるダブルケア)が若年世帯の経済的・時間的な負担を増加させ、結果として出生率の低下を招いている。 こうしたなかで注目されるのが、人口約30万人規模の中核都市と周辺自治体が連携し、「まちづくり会社」を通じて空き家を活用し、子育て世帯向けに年間1万円という安価な賃料で住宅を提供する取り組みである。この事業では、太陽光発電の売電収入を財源として確保しつつ、地域文化に適した入居世帯を厳選することで、コミュニティの質的向上を図っている。また、高齢者が積極的に子育て支援に関わることで、世代間交流も促進されている。 この取り組みの本質的な狙いは、単なる人口増加ではなく、逆転しつつある人口ピラミッドを健全な構造へと戻す「人口構造の質的改善」である。その実現を主導しているのは、行政や企業ではなく、地域住民自身という「第3の主体」である点に大きな特徴がある。 医療サービスの地域間格差 第4は、地域における行政サービスの差である。大林氏は、医師や医療サービスの地域間格差の深刻さを指摘した。 地方間のアンバランスを是正することが重要である。社会保障分野では、医師が都市部に偏在していることが重大な課題だ。この問題に対し、財務省は医師の配置規制の強化を提案している。これも一案だが、全国一律となっている診療報酬(1点10円)の単価を全国一律ではなく地域別に設定し、医師不足の地域には点数を高く設定するなど、経済的インセンティブを活用した対策も検討すべきだ。 続けて三神氏は、地域での婦人科診療の課題を提起した。 地域づくりの議論では特に女性の声が届きにくく、妊婦や出産に関する医療サービスはその典型である。人口減少に伴い地方の病院経営は厳しさを増し、産婦人科の閉鎖が相次いでいる。その結果、妊婦が安全に出産できる環境が失われつつあり、母体や胎児の生命に関わる深刻な事態さえ生じている。この問題に早急に対応するためには、長野県伊那市で進められているモバイル型産婦人科診療のように、地域間連携によって制度を超えた柔軟な医療提供体制を整備することが求められる。 地方自治体のデジタル化 最後は、行政のデジタル化の問題である。効率的な働き方は住民にとって利益になるだけではなく、自治体職員の意欲にも直結する。大林氏からは、次のような具体的な指摘があった。 昨年の定額減税の際、市町村の住民税担当者は煩雑な事務処理により大きな負担を強いられた。行政システムの共通化・標準化を強力に推進し、現場での非効率な対応を解消すべきだ。また、東京都内である2つの特別区の区界近くに住む女性が保育園申請を行う際、両区の申請書類の書式がまったく異なり、デジタル申請も利用できず、30枚にも及ぶ紙の書類作成を徹夜で強いられた事例がある。こうした行政手続きのデジタル化の遅れは深刻である。 次いで、越氏からは、生成AIへの期待が示された。 自治体のデジタル化を進めるにあたり、生成AIの急速な進化を考慮すべきだ。政府はこれまでガバメントクラウドやデータ標準化を推進してきたが、生成AIは数年以内に自治体業務を根本から変える可能性を持つ。日本の自治体は国際的に見てもデジタル化の遅れが大きいが、生成AIを活用できれば、従来の取り組みを超える劇的な効率化が可能となり、その遅れを一気に挽回する好機となる おわりに:答えが1つではない時代に、多様な主体がアイデアを自由に出す 今回の議論から明らかになったのは、人口減少時代の国と地方の役割分担を考える上で、民主主義そのものの発想転換が不可欠だという点である。最後に、今後の地域にとって重要な論点として指摘された点を記す。第1に、多くの発言者が強調したのは民主主義のあり方の転換である。三日月氏は東京都知事選での「ブロードリスニング」を例に、デジタル技術で幅広く住民の声を広く聞き取ることの重要性を指摘した。また、行政が全ての問題に答えを持つわけではないことを認め、「分からないこと」を住民と共有することによって、新たな解決策が見えてくると述べた。第2に、木下氏も、行政への要望に頼る従来の民主主義には限界があり、住民自身が主体となって行動する民主主義への転換が必要だと述べた。そのためには、市民教育も必要となろう。木原氏は、政策決定には「事実の多面性」を理解する教育が不可欠であり、教育段階から複数の視点を認め合う訓練が必要だと指摘した。第3に、直面する問題への対応には、地域での試行錯誤が欠かせないという点が強調された。木下氏は、地方創生には普遍的な正解はなく、それぞれの地域が固有の文脈に基づき解決策を模索していくことが必要だと述べた。そのうえで、「どこかに普遍的な正解がある」という発想自体が地域の挑戦を妨げているとの認識を示した。第4に、こうした試みを支えるには、地域が主体性を発揮できる環境整備が不可欠であり、その前提となるのが財源の確保である。多くの識者から意見が出されたように、国と地方の財政的な役割分担をどう整理するかは避けて通れず、国と地域の関係者が協議を重ねる必要がある。人口減少が進むなか、国と地方の役割をどう再設計するかは、私たちの暮らしに直結する重要な課題だ。識者に共通していたのは、「地域が主体性を発揮できる仕組み」をつくること。行政だけでなく、民間や住民も含めて力を合わせ、地域ごとの特色を生かした持続可能な社会づくりに取り組む必要がある。 宇野重規(うの しげき)NIRA総合研究開発機構理事。東京大学社会科学研究所教授。専門は西洋政治思想史、政治哲学。 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。(出典)宇野重規(2025)「人口減少時代における国と地方の再設計―地域の主体性と責任の下で試行錯誤できる自治へ―」NIRAオピニオンペーパーNo.86 脚注 * 本稿のとりまとめは、NIRA総合研究開発機構研究主任研究員の井上敦、川本茉莉が協力した。 * 本稿のとりまとめは、NIRA総合研究開発機構研究主任研究員の井上敦、川本茉莉が協力した。 1 参加メンバーは、宇野重規東京大学社会科学研究所教授/NIRA総研理事、赤井伸郎大阪大学国際公共政策研究科教授、砂原庸介神戸大学法学部教授、沼尾波子東洋大学国際学部教授。2023~2025年に実施。 1 参加メンバーは、宇野重規東京大学社会科学研究所教授/NIRA総研理事、赤井伸郎大阪大学国際公共政策研究科教授、砂原庸介神戸大学法学部教授、沼尾波子東洋大学国際学部教授。2023~2025年に実施。 2 PFI(Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)とは、公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う手法のこと。 2 PFI(Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)とは、公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う手法のこと。 3 ここでのテクノロジーには、MaaS(Mobility as a Service)などの統合型移動サービスも含まれる。MaaSとは、地域住民や旅行者1人ひとりのトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスであり、観光や医療等の目的地における交通以外のサービス等との連携により、移動の利便性向上や地域の課題解決にも資する重要な手段となるもの。 3 ここでのテクノロジーには、MaaS(Mobility as a Service)などの統合型移動サービスも含まれる。MaaSとは、地域住民や旅行者1人ひとりのトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスであり、観光や医療等の目的地における交通以外のサービス等との連携により、移動の利便性向上や地域の課題解決にも資する重要な手段となるもの。 シェア Tweet 関連公表物 人口減少時代、国と地方の財政の新たな役割分担とは 宇野重規 赤井伸郎 砂原庸介 沼尾波子 地方分権改革の30年を振り返る 宇野重規 松井望 ©公益財団法人NIRA総合研究開発機構※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ