宇野重規
NIRA総合研究開発機構理事/東京大学教授
松井望
NIRA総合研究開発機構上席研究員/東京都立大学教授

概要

 地方分権改革の始まりを「地方分権の推進に関する決議」だとすれば、今年でちょうど30年となる。地方分権改革の現状に対する評価は多様である。30年前と比べ自治体の自主性、自立性が着実に大きくなっているという意見がある一方、コロナ禍などの緊急時対応やDXなどにおいてむしろ国の役割を強化すべきという主張や、個別法令や計画策定などを通じて、実質的に国のコントロールが残っていることを問題視する考えもある。
 これらの見方は、それぞれの置かれた立場や視角の違いを受けたものであり、必ずしも相互に矛盾するとは限らない。地方分権改革による制度面での変化を認めつつ、実際の運用において、真に分権化が進んでいるかについては、異なる評価になりうる。
 議論の焦点は、国と自治体の役割分担をいかに再定義し、その上で両者の関係をより円滑なものにしていくかにあるだろう。国のなすべきこと、自治体のなすべきことを平時と緊急時とで区別して検討していく必要がある。現状では、地方分権改革の意義を着実に実践している事例もあるが、今後、人口減少が進むなかで、人的、財政的リソースに余裕のない基礎自治体は増えていく。民間事業者の参入を含め、より広いネットワークで支えていく新たな仕組みを検討すべきだ*

INDEX

1.はじめに

 地方分権改革の始まりを衆参両院による「地方分権の推進に関する決議」(1993(平成5)年)に見いだすとすれば、今年はちょうど30年になる。第1次分権改革、三位一体改革、そして第2次分権改革と続いた諸改革の結果、機関委任事務は廃止され、国による関与のルール化が実現し、義務づけや枠付けが見直された。国から地方への権限移譲も間違いなく進んでいる。国と地方の関係を規律する仕組みは、この間に大きく変わったと言えるだろう。

 しかしながら、果たしてこのような一連の改革によって、期待された地方自治が本当に実現したのだろうか。自治体による自主的な政策選択や、住民による主体的な意思決定は前進したのだろうか。制度改革が進んだとはいえ、日本の地域社会に真に自治が実現し、その果実を住民が十分に享受しているかと言えば、その実感はまだ乏しい。

 結果として、地方分権改革の評価は多様である。いまだ改革は未完であるとして、自治体の自主財源の拡充を求める声も聞かれる。国から地方へのさらなる権限の移譲を求め、国の法令で定めていること以外、あるいはそれ以上を自治体が条例で定める、いわゆる自治体の上書き権を主張する意見もある。その一方で、内閣府の地方分権改革有識者会議における提案募集方式などを通じて、より漸進的に改革を進める動きも存在する。とはいえ、総じてかつての地方分権改革の時代のような熱気や関心は、政府にも国民にも見られないというのが、現状の評価ではなかろうか。

 この間、日本の総人口は2008(平成20)年をピークに減少へと転じた。今日、各自治体の努力にもかかわらず、少子高齢化はその深刻さを増すばかりである。自治体の関心も、さらなる自治の拡充よりは、自らの持続可能性の確保へと向かいがちである。

 このような状況の日本社会をさらに襲ったのが、新型コロナウイルスの感染拡大である。当初の緊急事態宣言発令や行動制限をめぐる国と知事の意見対立に始まり、病床確保やPCR検査に至るまで、両者の不協和音が目立った。保健所の指揮命令系統についても多くの課題を残した。一部には、地方分権改革がもたらした国と自治体の対等性が、緊急時における迅速な対応を阻害したとして、新たな集権化の必要性を求める意見も見られる。

 現在の課題は、1990年代以来の日本の地方分権改革について、その成果を再検証し、その上であらためて自治や分権の意義を問い直し、今後の改革の指針を得ることであろう。このオピニオンペーパーでは、国と地方の行政担当者の声を聞くと同時に、問題にさまざまな角度から取り組む研究者の考えを踏まえつつ、より長期的な視座において国と地方のあるべき関係を探りたい。今後、平時と緊急時とを問わず、国と地方の役割分担についての見直しの機運が高まるであろう。そのために一石を投じたい。

2.地方分権改革の評価

 まずは、地方分権改革の意義についてである。ヒアリングを行った行政学者の伊藤正次氏は、地方分権改革によって国から地方への権限移譲が進み、提案募集方式によって、地味にではあるが、自治体の提案が実現していると指摘する。「自治体の自主性、自律性は、地方分権改革が始まった約30年前に比べると、確実に大きくなっている」という伊藤氏は、今後の改革について、抜本的改革派と漸進的改革派があるとすれば、当面は漸進的改革で行くしかないと指摘する。また、コロナ危機によって国の関与が強まっているとしても、それは再集権化を意味するのではなく、「全体の法体系や制度の体系は、分権改革が進んでいる大きなトレンドの中では、方向性としてはそれほど逆転、逆流はしてないし、これからも逆転させるのは難しい」と結論づける。ただし、人口減少が進むなか、単独では業務遂行が難しくなった市町村から都道府県への権限集約の可能性は否定できないとする。

 同じくヒアリングを行った総務省自治行政局の大沢博氏(役職は調査時)もまた、「20年前、30年前と全然違う景色なんです」と指摘する。例に挙げるのが、「横展開」という言葉である。現在の内政の施策の相当程度は自治体の先進事例の横展開であり、国が方向性を示すというよりも、他の自治体の優れた事例を相互に学ぶことが多くなっている。しかしながら、その一方で大沢氏は、分権化は現在、新たな局面にあり、ただ国から地方へと権限を移譲するばかりでなく、むしろ国の役割をあらためて確認する必要が生じていると指摘する。代表的なのが緊急時対応やDXである。国と地方の役割分担について、平時と緊急時では異なる考え方をする必要があり、例えば新型コロナウイルスの感染拡大においては、国と地方の間のより緊密な連携が重要であった。DXにおいても自治体ごとにバラバラであるのは非効率的であり、共通のシステムやプラットホームを整備する必要がある。デジタル人材についても、都道府県から市町村への人材供給の可能性を大沢氏は指摘している。

 これに対し、行政学者の嶋田暁文氏は異なる見方を示す。嶋田氏によれば、分権改革にもかかわらず、国による地方へのコントロールは形を変えて残っており、局面によっては、分権改革の意義が見失われた結果、状況は悪化しているとも言える。第1の理由は個別法によるコントロールの持続である。第1次分権改革により機関委任事務制度が廃止され、組織法のレベルでは改革が実現したものの、仕事を実際にしていく上での個別法の分野はあまり変わっていない。第2に、自治体に対する計画策定等の規定を置く法律の増加である。仮に計画策定の義務づけが任意であったとしても、財政制約下においては、国からの財政支援を受けるために、自治体は計画を策定せざるをえない。計画の中身を通じて、実質的には一定の方向へのコントロールが可能であると嶋田氏はいう。不確実な状況が続くなか、自治体の側でも「責任を負いきれない」「判断しきれない」として、むしろ中央集権を求める傾向があると指摘する。

 これら3者の見方は、それぞれの置かれた立場や視角の違いを受けたものであり、必ずしも相互に矛盾するとは限らない。しかしながら、地方分権改革による制度面での変化を認めつつ、実際の運用において、真に分権化が進んでいるかについては、なお異なる評価がありうることを以上のインタビューは示している。緊急時への対応やDXを中心に、あらためて国家の役割を問い直し、地方との役割分担を検討していく必要がある。

3.分権改革後の地域における実践例

 ここでヒアリングを通じて知ることができた、分権改革後の地域における興味深い実践例を紹介しておきたい。

 第1は、大分県の旧安心院町(現・宇佐市)の事例である(嶋田暁文「制度化の政治学〜制度化アリーナの重要性と分権改革の意義〜」『自治総研』20091月号参照)。この地域ではドイツの事例から学び、農繁期に都市部の住民に来てもらい、農家に宿泊して地域との交流を深めるグリーンツーリズムの活動が行われていた。ところが来客数が増加するにつれて、行政の側からは旅館業法と食品衛生法との抵触が指摘されるようになる。この場合、地方分権一括法の施行以前であれば、機関委任事務として国(当時厚生省、現在厚労省)の指導監督の下で事務処理をしていた県としては、規制緩和や営業許可に応じることは難しかった。ところが機関委任事務が自治事務に変わった結果、通達の部分は単なる技術的な基準になり、これを受けて県が独自の許可方針を打ち出したのである。分権改革により自治事務の裁量度が高まったとはいえ、それが必ずしも現場レベルにまで浸透していないなか、この事例は住民の側からの要望と、それに応じて住民とともに解決策を模索した行政の努力が結びついた結果であると言える。従前と異なる対応を取るにあたって、自治体は新たな根拠づけを求められるが、今後もこのような事例が続くかどうかが鍵であろう。

 第2の事例は神奈川県の真鶴町である。相模湾に面した港町である真鶴町が全国に知られるきっかけになったのは、1993年に制定された、通称「美の条例」と呼ばれる「真鶴町まちづくり条例」であった。1980年代後半、政府のリゾート法施行により、日本各地でマンション建設が加速した。これに対し、マンション建設反対を掲げて当選した当時の三木町長によって作られたのが、この条例である。町長以下の町役場職員に、法律家や建築家、都市プランナーなどが加わって議論を重ねて条例案が作られた。興味深いのは条例で定められたデザインコード「美の基準」において掲げられた「美の8原則」の1つに、「コミュニティー」があることだろう。建築がコミュニティーを育み、コミュニティーを維持していくこと自体が、「美」とされたのである。また、美の基準は、数値制限による景観形成ではなく、抽象的・定性的な言語による基準を採用している。このような美の条例は、単に数値基準を示して開発事業者を規制するのではなく、共に「何が美か」を協議しながら、最適解を模索していく創造法として活用されている。

 インタビューを行った真鶴町役場の卜部直也氏によれば、このような美の条例に魅かれて真鶴町に来た第2、第3世代が、町の古くからの住民とともに現在、新たなまちづくりを進めているという。特にITのエンジニア、デザイナー、クリエイターの移住や起業といった新しい人の流れ、コロナ禍前から神奈川県で先駆けて推進したサテライトオフィス誘致等によるIT企業等の進出等の誘因力として、美の条例が価値化した東京とは異なる「真鶴らしい生活風景」や「コミュニティー」が残っていることが大きな誘因力になっているという。町で独自に掲げた「美の基準」こそが、新たな地域づくりの原動力となっていることが注目されるだろう。

 上記2つの事例とは種類が異なるものの、分権改革と災害対応の関係も重要なポイントである。地方分権一括法以前の1995(平成7)年に起きた阪神淡路大震災では、国が対策を主導するはずが、現地からの情報が分断されることで肝心の官邸に情報が入ってこないという状況も生じた。この反省から、官邸の危機管理機能が強化され、災害対応・人命救助に関する自衛隊派遣の条件が緩和されるなど、事態の改善は見られるが、今日なお課題は残されている。特に重要なのは、災害対応における地方分権の意義であろう。災害時には、危機の現場である基礎自治体が、独自の判断に基づいて行動した方が合理的な場合もある。そのような場合に基礎自治体に裁量を許すと同時に、それを国や都道府県による支援と円滑に結びつけることが肝要である。しかしながら、このことは必ずしも十分に制度化されておらず、首長間の属人的な関係に依存することも多い。

 そのことを実感させたのは2016(平成28)年の熊本地震である。この災害では、災害救助法により熊本県から熊本市へ救助の実施が委任されたが、熊本市長の大西一史氏によれば、責任の主体や費用の負担について、現場で判断に困ることも少なからずあったという。大西市長と蒲島郁夫知事との間のホットラインもあり、実際の救助実施にあたって県と市の連携はおおむねうまくいったものの、委任事務の範囲などについて課題が残された。現在は災害救助法の改正により、熊本市は救助実施市の指定を受けているが、政令指定都市などを中心に、人的資源を持つ都市部の基礎自治体が迅速な救助を行い、県は広域調整や、大都市部以外の救助に注力する方が望ましいと大西氏は指摘する。災害時における市町村と都道府県、さらに国との役割分担の明確化は、なお今後に残された課題であろう。

4.結びと今後の課題

 以上の検討より、何が明らかになったであろうか。

 確かに地方分権改革の現状に対する評価は多様である。30年前と比べ自治体の自主性、自立性が着実に大きくなっているという意見がある一方、コロナ禍などの緊急時対応やDXなどにおいてむしろ国の役割を強化すべきという主張や、個別法令や計画策定などを通じて、実質的に国のコントロールが残っていることを問題視する考えもある。しかしながら、そのいずれの立場においても共通しているのは、地方分権改革の一定の達成を認める点であり、改革の意義を全否定することは難しい。議論の焦点は、このような達成を前提に、今後、国と自治体の役割分担をいかに再定義し、その上で両者の関係をより円滑なものにしていくかにあるだろう。国のなすべきこと、自治体のなすべきことを平時と緊急時とで区別して検討していく必要があると同時に、DXの事例などについては、標準化できるものは標準化するなど合理化していくことが肝要である。

 地方分権改革の意義を着実に実践している事例も存在する。機関委任事務から自治事務への変更を背景に、農泊による独自のグリーンツーリズムの活動に対し独自の許可方針を打ち出した大分県の旧安心院町は興味深い事例である。問題は今後も自治体が、このような独自の基準を示していけるかにかかっている。独自の「美の条例」を基軸に、独自のまちづくりを、世代を超えて実現している神奈川県の真鶴町の実践も目覚ましい。変革の動きを一時的なものにしないためにも、単に経済的効率だけでなく、住民の伝統に根ざした美意識を大切にしている点が注目される。災害時における救助活動において基礎自治体が重要な役割をはたし、県や他の市町村との連携を実現した熊本市の事例も示唆的である。

 とはいえ、人口減少が進むなかで、人的、財政的リソースにおいて余裕のない基礎自治体はこれからも増えるばかりである。デジタル人材の供給1つをとっても、東京をはじめとする大都市圏とそれ以外の格差は大きい。今後、自治体の壁を越えて人材の環流や協力が不可欠になっていくはずだ。公共サービスを単独では供給できなくなる基礎自治体に対しても、民間事業者の参入を含め、より広いネットワークで支えていく新たな仕組みを検討すべきである。

 地方分権改革の30年を経て、その達成を再確認した上で、新たなる一歩を踏み出す必要がある。そのための指針を引き続き検討していきたい。

宇野重規(うの しげき)

NIRA総合研究開発機構理事。東京大学社会科学研究所教授。専門は西洋政治思想史、政治哲学。

松井望(まつい のぞみ)

NIRA総合研究開発機構上席研究員。東京都立大学都市環境学部教授。専門は行政学、都市行政諭。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)宇野重規 松井望(2023)「地方分権改革の30年を振り返る―国と自治体の役割分担の再定義を―」NIRAオピニオンペーパーNo.72

脚注
* とりまとめに当たり、伊藤 正次・東京都立大学教授、卜部 直也・真鶴町政策課戦略推進係長、大沢 博・総務省自治行政局公務員部長(当時)、大西 一史・熊本市長、嶋田 暁文・九州大学教授からヒアリングを行った。ここに感謝の意を表する。

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