大久保敏弘
慶應義塾大学経済学部教授/NIRA総合研究開発機構上席研究員
辻琢也
一橋大学大学院法学研究科教授/NIRA総合研究開発機構上席研究員
中川雅之
日本大学経済学部教授/NIRA総合研究開発機機構上席研究員

概要

 第2部では、政策転換に成功して先駆的な成果を上げている、川崎市、富山市、文京区、木津川市、伊達市、川南町の6市町村長のアンケート結果、インタビューをまとめた。
 平均的な市町村長と比較すると、先駆的な市町村長は、殊更政治判断を強調するわけではないが、他の首長と比較してリスクを厭わないタイプが多い。この差は、リーダーシップを発揮するスタイルの違いに表れている。すなわち、目標達成のために、取引材料を相手に提示して合意を得るのではなく、あくまでも、自身の考えを言葉で伝えて、相手を説得させる―つまり、鼓舞的な要素―が強いことが分かった。
 低成長期のゼロサムゲームにおいては、取引できる余地が低くなる。とすれば、自らリスクを取って、周囲の人々を説得しながら支持を取り付ける鼓舞的な要素が、新しいリーダーシップ像に求められているといえる。

INDEX

図表

図表9-1 伊達市の年齢別人口当たりの転入者(2019年)
図表9-2 伊達市の概要
図表9-3 伊達市長が重視してきた政策
図表9-4 組織運営をする上での考え方
図表10-1 富山市の都心地区・公共交通沿線居住推進地区マップ
図表10-2 人口集中地区の人口増加率トップ5(2005年~2015年の増加率)
図表10-3 富山市の概要
図表10-4 富山市長が重視してきた政策
図表10-5 「(A)行政のルール」と「(B)政治的な判断」についての考え方
図表11-1 川南町の概要
図表11-2 豚の産出額の伸び率と、食料品製造業の労働生産性の伸び率
図表11-3 川南町長が重視してきた政策
図表11-4 リーダーのタイプ(変革or漸進、鼓舞or取引)
図表12-1 木津川市の概要
図表12-2 人口510万人の市における人口増加率(2000年~2020年、上位5市)
図表12-3 木津川市長が重視してきた政策
図表12-4 リーダーのタイプ(変革or漸進、鼓舞or取引)
図表13-1 年少人口の増加率(2010年~2020年)
図表13-2 持ち家住宅1戸当たりの床面積の変化幅(2008年~2018年、上位5区)
図表13-3 文京区の概要
図表13-4 文京区長が重視してきた政策
図表13-5 リーダーのタイプ(変革or漸進、鼓舞or取引)
図表14-1 製造業における製造品出荷額等の大都市比較
図表14-2 人口全体に占める生産年齢人口割合の減少幅(2010年~2020年、減少幅が少ないトップ5市)
図表14-3 川崎市の概要  
図表14-4 川崎市長が重視してきた政策
図表14-5 改革を進める上での障害
図表15-1 先駆的市町村長の政治判断の必要性
図表15-2 先駆的首長のリーダーシップの類型
付表1-1 クラスター分析に用いる変数
付表1-2 デンドログラム
付表1-3 各クラスターの特性
付表1-4 各クラスターを構成する自治体リスト
付表2-1 文書単語行列の頻出上位50
付表2-2 各トピックの解釈
付表2-3 人口規模別の各トピックの平均比率(%)
付表2-4 クラスター別の各トピックの平均比率(%)
付表2-5 財政力指数別の各トピックの平均比率(%)

調査概要

・調査方法:インターネット調査、郵送による調査
・調査対象者:全国の市町村長、東京23区長の計1,741自治体首長
・回収数:824件(回収率47.3%)
・調査期間:20201012日(月)から1130日(月)

研究体制

大久保敏弘  慶應義塾大学経済学部教授/NIRA総研上席研究員
辻琢也    一橋大学大学院法学研究科教授/NIRA総研上席研究員
中川雅之   日本大学経済学部教授/NIRA総研上席研究員
神田玲子   NIRA総研理事・研究調査部長
井上敦    NIRA総研研究コーディネーター・研究員
渡邊翔太   NIRA総研研究コーディネーター・研究員
(当時、現在は、りそな銀行カスタマーサクセス部)       
鈴木壮介   NIRA総研研究コーディネーター・研究員

第8章 インタビュー調査と事例選定

 第1部においては、全市町村長を対象としたアンケート調査から、現職市町村長の実像を明らかにした。ここで確認できた政策意識とリーダーシップのあり方は、超高齢・人口減少社会に対応した政策転換を考察する上で、多くの示唆に富んでいた。しかし、第1部で論定できた政策意識やリーダーシップは、あくまでも市町村長の自己認識である。その自己認識は、具体的なまちづくりの成功や第三者の証言によって、その正しさを担保されたわけではない。

 そこで、第2部においては、すでに先駆的に成果を上げていると認定できる市町村を最初に抽出し、その市町村長(以下、「先駆首長」と略す。)に個別にインタビュー調査を行った。政策転換に成功して顕著な成果を先駆的に挙げるまでの経緯を中心に、アンケート調査の質問項目について補足説明を求めた。先駆的な成果を挙げるまでのブレークスルーがどこにあったのか。また、そのブレークスルーに、市町村長の認識や活動がどのように関わっていたのか。改革が成功するまでの市町村長の意識と活動を、事例に即して確認した。そして、最後に、全国平均的な市町村長と先駆首長の認識と活動の違いを明らかにして、改革を展開できる政策意識とリーダーシップのあり方を提言している。

 さて、こうした問題設定から本研究がインタビュー調査の対象としたのは、川崎市・富山市・文京区・木津川市・伊達市・川南町である。今回、選定した6つの団体は、次の2つの要素を満たしている。1つは、「超高齢・人口減少社会に対応した政策転換」を先駆的に進めて、すでにまちづくりに成果を上げていることである。もう1つは、政策転換を企図してから成果を上げている今日まで、1人のリーダーが担っており、特定の個人に着目したリーダーシップの評価が可能なことである。

 第1部で論じたとおり、一般に、超高齢・人口減少社会に対応した政策転換には、(a)「人口動態を前提条件に、人口減少に応じて事業規模を適正に縮小していく政策」と、(b)「人口動態を政策目標に、人口減少の程度や超高齢化のスピードを緩和する政策」という相異なる2つの要素がある。

 このうち、政治的に掲げやすく、住民合意を得やすいのは、後者の(b)である。今回のアンケート調査において、市町村長が最も重視していたのも、子育て支援策の充実であった。現在、国による財政支援スキームもあり、子育て支援策を単に充実させるだけならば、強力なリーダーシップを要する事業ではなかった。それを出生率の回復や子育て世帯の増加、ひいては人口減少の抑制や人口増加に結び付けることができるかどうかに、その真価が求められた。この観点から、本研究が事例研究の対象としたのが、川崎市・文京区・木津川市である。

 首都圏においても人口増加率が伸び悩む大都市が多い中、人口150万人を超える川崎市は、2010年から2020年までの人口増加率は6.2%と、政令指定都市(20市)の中で2番目に大きい伸び率である。特に、他の指定都市と比較すると、生産年齢人口と年少人口の増加率が大きい。

 新型コロナウイルス感染症対策以前、首都圏においては23区への都心回帰傾向が強かった。このなかでも、川崎市は、23区に対して社会増加を記録した。加えて、出生率が低い首都圏にあって、合計特殊出生率の伸びが大きい。2008年~2012年は1.3、2013年~2017年は1.38であり、その増加幅は0.08ポイントである(指定都市で2位タイ)。働き盛りの世帯を引き付け、その世帯の出生率向上に成功しているのである。

 23区からは文京区を選定した。高度成長期・安定成長期を通じて、文京区の人口は、1960年にピークとなった約26万人から、1998年の約16.6万人まで減少を続けた。その後、増加に転じて、2020年までに22.6万人と、2005年からの15年間で3.6万人(19%)増加した。さらに、この間、年少人口(15歳未満)は、1.8万人から2.8万人へと、1万人近い増加を記録している(増加率53%)。この高い増加率は、子どもを持つ若い世帯の転入増加(社会増)と、出生率の改善によってもたらされたものである。

 文京区と川崎市が首都圏大都市であるのに対して、最後の1つは関西圏郊外部に位置する木津川市である。木津川市の人口は2000年に5.9万人だったが、2020年には7.8万人と、20年間で1.9万人(33%)増加している。この増加率は、同程度の人口規模を有する全国250市の中で4番目に高い。木津川市の年少人口割合17%(2020年)は、2010年時点のそれとほとんど変わらず、同一人口規模250市の中で7番目に高い。さらに、2013年から2017年の5年平均でみると、木津川市の合計特殊出生率1.50は、京都府近隣市町村、京都府平均(1.30)、全国平均(1.43)と比較しても高い水準にある。

 以上、3つの団体とも、「頑張れば人口増加できる」発展性の高い地理的条件に恵まれている。ただし、いずれも人口減少や人口の伸び悩みに苦しんでいた時期も経験している。恵まれた立地に胡坐をかかず、潜在的な魅力を顕在化する政策を進められたからこそ、今日のまちづくりの成果が確保できているのであり、そうした政策改革がリーダーシップによってどのように実現できたかを、インタビューしている。

 これに対して政治的により困難が伴い、実施により強力なリーダーシップを要するのは、前者の(a)「人口動態を前提条件に、人口減少に応じて事業規模を適正に縮小していく改革」である。この観点から、本研究が事例研究の対象としたのが、伊達市・富山市・宮崎県川南町である。

 行財政改革を大胆に断行しながら、全国に先駆けて地方創生事業を実現し、人口減少の抑制に成功したのが、伊達市である。伊達市は、北海道南西部に位置する人口3.4万人の地方都市である。2005年時点で398人だった伊達市の職員数は、2020年には291人と、7強に減少している。同時に全国に先駆けて退職者移住を進めて、50~60代人口の転入超過(転入―転出、2017年+50人、2018年+40人)を記録するなど、2015年の社会増減(転入者数-転出者数)を総人口で割った転入超過率はマイナスではあるが、0.07減と微減に収まっている。地価上昇率日本一となったこともある。2002年から2019年にかけて、固定資産税と都市計画税による税収合計の増加率は、地価の上昇を反映して18%と大きく増加しており、データが得られた同一人口規模の市(163市)で21番目に高い水準となっている。

 これに対して広域合併を進めながら、市街地のコンパクト化を先駆的に進めてきたのが富山市である。元来、富山市が、コンパクト化を進めやすい環境にあったわけではない。一部周辺自治体と県境の山間部まで広域合併した結果、富山市は中核市のなかで最大の面積を誇る。現在、約41万人の総人口は、2005年から2020年までの15年間において、-1.3%という微減にとどまっている。他方、人口集中地区に住む人口は、2005年から2015年の10年間で7.9%の増加率となっている。富山市の人口集中地区における人口増加率は、データが存在する36の中核市のなかで2番目に高い。また、コンパクトなまちづくりの効果として、富山市の地価公示価格は2015年以降、6年連続で上昇している。それに伴って、固定資産税・都市計画税の税収も増加している。2015年から2019年にかけての税収の増加率は中核市で4番目に高い。

 最後に、競争力ある農業に磨きをかけ、持続的な地域経営を実現しているのが、宮崎県川南町である。川南町は開拓地を抱えた宮崎県中部の農村である。人口は1.6万人で、今回の事例研究の中では、最も少ない。しかし、畜産業を中核に関連する食品産業の立地にも成功し、転入と転出の差である人口の社会減は最小限度にとどまっている。人口の減少は若干ながら続いてはいるものの、戦後初期の総人口水準程度で安定することが期待できる状況となっている。川南町の農業産出額をみると、2018年は237億円であり、その約7割に当たる168億円が畜産業である。養豚業に関しては、全国で養豚業を営む74の町の中で最も高く、人口1人当たりの豚産出額は、同程度の人口規模の市町村の中で2番目に高い。実際、川南町の養豚業の経営体数36で、全国町村の中で最も多い。一方、全国的にも出生率が高水準にある宮崎県内市町村の中でも川南町は、相対的に出生率が高い。

 以上、「行革の断行」「コンパクト化」「農業の競争力強化」で人口減少を抑制し、持続的な地域経営を達成できている仕組みづくりを、この3事例から明らかにする。そして最後に、(a)(b)を含めた計6団体の先駆首長を全国平均と比較することによって、今後の望ましい政策意識とリーダーシップのあり方を導出した。

第9章 北海道伊達市

概要

 人口減少・超高齢化が着実に進んできたこの20年間、地方自治に係る国の政策方針は大きく変わってきた。地方分権改革一括法が施行された2000年に、自治体は改めて自己決定・自己責任を意識して、大きな期待と不安を併せ持ちながら、まちづくりを再スタートさせた。まさに、市町村長の政治判断やそのリーダーシップが正面から問われる時代となったのである。

 しかし、それから10年後の2010年度の地方財政対策においては、18兆円を超える過去最大の地方財源不足額(通常収支分)が見込まれるほど、財政状況が逼迫した。公共事業の削減、職員削減、給与水準の見直しなど、国の対策や大綱に基づき、全国の自治体は「自主的に」行財政改革に取り組まなければならない時代となっていたのである。地方分権に始まり、財政逼迫に終わったこの10年間は、2004年度と2005年度の2年間を中心に、市町村数が3,232(1999年3月31日)から、1,727(2009年3月31日)までほぼ半減した10年間でもあった。

 その後、財政状況が安定し、市町村合併も落ち着き、地方創生の取り組みが始まったのが2014年であり、第1期の計画期間が終了した2020年以降は、思いもよらない新型コロナウイルス感染症対策の激震に襲われている。地方分権の大義名分の下、市町村合併、地財ショック、地方行革そして地方創生、そして新型コロナウイルス感染症対策等、まさに激動が続き、自らの政治的リーダーシップを発揮するどころか、次から次へと打ち出される国の政策方針に、事後的に対処せざるを得なかった市町村長は少なくなかった。

 これに対して、いち早く行財政改革を進め、その後、国に先駆けて地方創生の取り組みを進めて、成果を上げた団体もある。その1つが、北海道伊達市である。

 伊達市は北海道南西部に位置する人口3.4万人の地方都市である。現市長である菊谷秀吉が初めて市長に就任した1999年に、伊達市は深刻な財政逼迫状況にあった。初当選して間もない当時は議会運営に苦戦し、思ったとおりに事業進捗を図ることができなかった不幸も幸いし、財政再建は順調に進んだ。財政再建を果たしながら、後年度交付税措置のある起債等を計画的に活用し、一般会計規模を安定的に維持することに成功している。

 職員数に関しては、退職不補充を中心に計画的な削減に努め、2005年時点で398人だった伊達市の職員数は、2020年には291人と減少し、変化率では27%減となっている(注1)。一方、高齢者のニーズに応える新たな生活産業や、それに関わる雇用の場の創出に積極的に取り組んだ。国による移住支援策やサービス付き高齢者住宅が制度化される前の2002年に、「伊達ウェルシーランド構想」を掲げ、50~60歳代をターゲットにした市への移住定住事業を積極的に進めた。また、国のふるさと納税に先駆けて市外から特産品の申込みなどを通じ、伊達市を応援する「心の伊達市民」制度を展開した。

 この結果、全国に先駆けて退職移住のまちとなり、転入人口が上回る社会増を確保することに成功している。50~60代人口の転入超過(転入―転出、2017年+50人、2018年+40人)を記録している。2015年の社会増減(転入者数-転出者数)を総人口で割った転入超過率はマイナスではあるが、0.07減と微減に収まっている(注2)。地価上昇率日本一となったこともある。2002年から2019年にかけて、固定資産税と都市計画税による税収合計の増加率は、地価の上昇を反映して18%と大きく増加しており、データが得られた同一人口規模の市(163市)で21番目に高い水準となっている。

 また、都道府県としては出生率が低い北海道にあって、出生率も回復している。1998年~2002年に1.25であったものが、2008年~2012年平均では1.40まで回復した。この結果、地方都市としては、一定程度の人口減少の抑制に成功している。菊谷市長の一貫したリーダーシップの下、伊達市は「行財政改革の断行と地方創生施策の先行実施」に成功してきたといえる。

 以下のインタビューによれば、菊谷市長が、民間企業の経営者としての経験と発想を粘り強く持ち続け、一貫して行政運営してきたこと、特に無駄を省く行財政改革を進めてきたこと、しかし、当選回数を重ねる中で、その状況に応じてリーダーシップのあり方を変えてきた点に、秘訣があったとしている(注3)

図表9-1 伊達市の年齢別人口当たりの転入者(2019年)

(注1)縦軸は年齢別人口当たりの転入者数。年齢別転入者数を年齢別人口で除したもの。
(注2)灰色の線の「平均」は、伊達市と同一人口規模(1~5万人)の市(270市)の値を人口で加重平均したもの
(出所)総務省「住民基本台帳人口移動報告」(2019年)

菊谷 伊達市長インタビュー

自治体を「経営」する観点から、思い切ってダウンサイジングを図りながら、地方創生を先取りしてまちのブランド価値を高め、人口減少を抑制する。

 ―――伊達市が重視する政策課題は、他の自治体と大きく異なり、非常に個性的です。最も重視するのが人員数・人件費の削減、2番目が広域化の推進、3番目に農林水産業、4番目が観光となっています。特に、伊達市では、財政逼迫状況から財政規模を維持しながら財政再建を果たし、また、人員削減や広域合併、校舎等の利活用を含めた行政改革を実施してきました。

 少子高齢化の時代へと進む中で、市として本格的に取り組む必要があるのは、様々な領域でのサイズダウンであると考えています。これから市の人口は減少していきますので、それに見合うようにサイズを変えていく必要があります。たとえば伊達市は現在人口3万3,000人のまちですが、それが今後2万人のまちになるとしたら、そのサイズに応じた職員規模を考えなければいけません。そうした考えもあって、私が市長になってからの22年間のうちに正職員の数を4割削減しました。

 私は民間企業の経営者でした。その経験に基づき、市長として行政の中身を見てみると、多くの無駄があることが分かります。

図表9-2 伊達市の概要

 たとえば市役所で物品を購入するとします。民間の発想だと大量に買えば単価は下がるはずですが、市役所に付随する様々な仕組みの結果、安くならずに高いものを買ってしまう。あるいは、行政には普通財産と行政財産の2つの財産がありますが、行政財産の名に隠れた無駄な資産があります。行政財産は所管課が管理しているのですが、2、3年で担当が代わってしまうと、それが引き継がれないことで、いつの間にかどこに行ったか分からなくなってしまうといったことが起こるのです。現在この両者の管理窓口を集約することに取り組んでいます。また、ある学校がすでに廃校になっているにも関わらず電気料金を払い続けていたという事例もありました。なぜそんなことになったかを担当職員に尋ねると、「避難所として使うかもしれないから契約を解除しなかった」という。避難所にするのであれば、必要に応じて発電機を持っていけばいいと思うのですが、担当者はそう考えていなかったのです。こうした問題はまだまだ多くあると思います。これは自治体の経営の問題ですから、市町村長としてその無駄の整理や効率化は必須だと考えます。

 経営的な視点からは、予算案ばかりが注目されて、決算があまり問題にならないというのも疑問に感じています。これは国の予算案についても同様ですが、マスコミは年度予算案には注目して報道しますが、決算はあまり報道しませんし、問題にもされません。しかも、地方自治体では決算の認定は否決されても構わないということになっています。乱暴な言い方をすれば、予算を使ってしまえばおしまいなのです。選挙のときの公約にしても、政治家の言いっぱなしで結果が問われないというのは残念なことです。予算で決めたお金をどのように使い、どんな結果を出したのかということが本来は問われるべきだと思うのですが。

図表9-3 伊達市長が重視してきた政策

(出所)NIRA総研「『全国市町村長の政策意識』に関するアンケート調査」

人生100年時代を楽しく生きる移住促進

 ―――人口減少については、どう対策すべきとお考えですか。伊達市の状況や、市長がリーダーシップを発揮した点も踏まえ、お話を聞かせてください。

 人口については、最近になって少し減少傾向が止まりつつはあるのですが、それでもなかなか止めきれていません。たとえば学校を統合して減らしたら、そこで働いていた先生の数は減りますし、家族もいっしょにまちから出ていくことになります。さらに、大手企業が営業所を廃止したり、銀行の支店が閉じたりといったこともまだまだ多いのが現状です。

 全国の他の自治体と同様、伊達市もこの課題に対する取り組みとして、移住促進を行っています。人生100年時代と言われるようになった現在、誰もが長い人生をどう生きていくかを考えざるを得ません。若い人たちからすれば、「自分たちは本当に十分な年金を貰えるのか」という不安もあるのではないでしょうか。ならば、「人生100年を楽しく働いて暮らそう」というテーマで、移住促進をアピールしてはどうかと自分なりに考えました。伊達市は1年中農業ができる場所なので、ここで楽しく農産物をつくり、それを売ったり食したりすることで年金の不足分を補うことができるのではないかと思っています。

 どこの市町村でも少子化や子育てを重点施策として上げていますが、そもそも子育て支援というのはユニバーサルサービスであるべきで、全国どこへ行っても同じサービスを受けられることが望ましいでしょう。そういう意味では、もちろん市町村長も頑張らなければいけませんけれども、国としてどうするかがはっきり示されていないことのほうが問題ではないでしょうか。

地域の改革に必要なのは、リスクを取れる人材

 ―――重視している政策について、どのような観点で意思決定を行ってきましたか。また、改革を進めるにあたってどんな障害がありましたか?

 実際に様々な改革を進めて感じたのは、改革をやり抜くためには、政策を決める過程において取り組みにふさわしい人材が不可欠だということ。どういう人材かと言えば、リスクが取れるかどうかということになります。役所でも民間でも同じですが、この20年間で感じるのは、リスクを取れる人材があらゆる面で少なくなってきているのではないかということ。リスクを取らないで逃げる人が多くなっているように感じます。そうした積極的な人材がいないのに、無理をして政策を推し進めようとすると、やはりなかなか上手くいきません。

 障害があるとしたら、私の考えが理解されない、されにくいということがいろいろな場面であるかもしれません。改革をやる上で、「将来はこうなるから、今こうするんだ」といっても、分かってもらえないことはしばしばあります。

 各論までは皆さんに理解していただける。でもその先の、実際にどうやるのかという実行段階になるとなかなか進まない。改革を行うということは、これまでやったことがないことをやるので、先の見えない部分があるのは当然です。それをいかに精度よく、理解してもらえるように説明するのか、それは今でも課題として残っています。

 たとえば、先ほど人生100年時代の話をしましたが、65歳で伊達市に移住してきた方が「トマトをつくります」といっても、いきなり上手くつくれたりはしません。農業未経験者を指導する人やそのための場所も必要になります。何が必要かを考えながら進めていくと、必ず課題がたくさん出てきます。そうなると、「市長、ここはこういう理由があって無理です」と職員が言い出すことが多い。職員に理解されず、各論の先へ進まないというのはそういうことです。

 実際に行政改革を進めてみると分かるのですが、結論が出ているようで、実は出ていないような案件が現実にはたくさんあります。結論はもちろん出すべきなのですが、それは途中経過の結論であって、時間の経過とともにもう1回議論し直さなければいけないこともしばしばあります。対外的にはとりあえずの結論を出すにしても、内部では粘り強く議論を続けるということも重要でしょう。

図表9-4 組織運営をする上での考え方

(注)四角で囲んでいるのは菊谷市長の回答。
(出所)NIRA総研「『全国市町村長の政策意識』に関するアンケート調査」

自治体が利用しやすい形での規制緩和が進めば、地域経済は盛り上がる

 ―――改革の障害としては、国が地方自治体の現状や課題を理解していない面もあるかと思います。国が行っている特区などの規制緩和についても、まだまだ縛りが厳しい現状があります。今後は、市町村長がリーダーシップを発揮しやすい形での規制緩和が重要になってくるのではないでしょうか。

 都道府県や国との関係についても、課題はたくさんありますね。

 たとえば、移住促進のための施策において、市が農地を購入して施設を建て、移住してきた65歳以上の人に使ってもらうということが、現時点では法律上できません。農地再編についても、田舎では農業ビジネスに取り組める企業は多くありません。そうなると行政がやらざるを得ないわけですが、自治体は農地を持ないため、再編を効率的に行うことができません。農地が余ってしまうわけです。市町村に農地を持つ権限を与えてビジネスも行るようにする規制緩和が行われれば、改革を進められる自治体は多いでしょう。

 市街地の再開発についても同様です。市街地空洞化が問題だと言われてからすでに40年ほど経ちますが、ほとんど状況は変わっていません。大都市ならば民間の投資によって開発が進むところもありますが、地方都市ではそういったことはほとんどありません。きれいなまちなみに変わった県庁所在地もありますが、そういったところは市や県など行政がお金を出しているのです。財政が厳しい小さい自治体ではそれもできず、古いまちの道路はガタガタのままです。なぜかといえば、道路の補修には国交省の補助金がつかず、単独事業しかできないので直せないんですね。市街地再開発についての国交省の規定を、小さな自治体でも利用しやすい、現実に即したルールに変えてもらいたいと思います。

 その一方で、良いことも起こってきています。住民たちがこれまでのやり方ではだめだということを理解してくれるようになってきたんですね。農地が余ってしまうことはみんな分かっているし、従来型の発想に基づいた中心市街地のあり方ではもうだめだということも分かっています。バブル期の地価上昇を経て現在は商業地ほど値下がりが激しいのですが、私はこれも逆にチャンスだと捉えています。国には、こうした地方の状況を理解した上で、自治体ごとの改革を行う政策や財政支援の仕組みをつくってもらいたい。そうすれば、地方自治体も住民といっしょに面白い事業ができるようになる。いい時代になっていくのではないでしょうか。

 ―――性格についての質問です。一般の方よりも市町村長の方は、外向的な性格の傾向があるようですが、菊谷さんは市町村長としてはあまり外向的ではないと答えられています。それによるメリット・デメリットについてはどうお考えですか?

 私は、もともとは人見知りをする性格です。民間にいた頃は、役所に出向いてもあまり自分から喋らないし、さほど外交的でもありませんでした。しかし市長になり、職員と同行して様々な場所を回るようになると、顔つきから言葉づかいまで変わりました。市長という立場になり、背負うものが大きくなると人は変わる。立場が人をつくるんだということが分かりましたね。成果も随分上げました。随行している職員は、市長頑張っているなと思ってくれていると思います。

 ―――最後にリーダーシップ像についてお伺いします。市長としてのご自身のタイプについてどう思われますか?

 市長になって22年になりますが、自分自身も、周囲も随分変わりました。私は忖度もされたくないし、群れるのも嫌なタイプです。現役の市長にぶつかって一敗してから市長になったので、自分の目指すものを持っていました。はじめは、漸進型で調整をしながら進めていたと思いますが、少しずつ変わってきたのだと思います。自分の後をどうするのか、と聞かれるのです。政策を引き継いでもらうには禅譲型の移行がよいのかもしれませんが、自分の思いを持っていない人が市長になってよいのか、という思いもありますね。

第10章 富山県富山市

概要

 現在、立地適正化計画に向けて具体的な取り組みをしているのは559都市であり、このうち、計画を作成・公表しているのは347都市にとどまっている(2020年12月31日時点)。さらに、公表した計画に基づいて、取り組みを実行し、順調に成果を上げている都市は少ないと推測される。しかし、合計特殊出生率等が現行水準で推移する限り、大半の都市で人口減少することは必至である。

 こうしたなか、強いリーダーシップを持って住民合意形成を進めて、他の自治体や国に先駆けて、コンパクトシティ戦略を進めてきたのが、森雅志市長(注4)率いる富山市である。2002年に市長に就任した森雅志は、2007年から持続可能なコンパクトシティ形成という目標を掲げて、一貫してその施策を推し進めてきた。中でも日本で初めてLRT(次世代型路面電車システム)を導入したことは有名である。既存公共交通に更新投資し、公共交通利用料金に割引制度を入れたのをはじめ、多目的広場の「グランドプラザ」や複合型施設の「総曲輪レガートスクエア」を整備した。さらに、都心地区・公共交通沿線居住推進地区を設定し、良質な住宅を建設する事業者や市民に対して助成を行うことにより、居住推進地区への居住を誘導してきた。

 この結果、2005年から2020年までの15年間において、富山市の総人口は-1.3%という微減にとどまっている。他方、人口集中地区に住む人口は、2005年から2015年の10年間で7.9%の増加率となっている。富山市の人口集中地区における人口増加率は、データが存在する36の中核市のなかで2番目に高い(注5)。社会増減(転入者数-転出者数)に関しても、都心地区では2008年~2017年において、公共交通沿線居住推進地区では2014年~2017年において、プラスとなっている。特に、20~39歳の年齢層の転入者が多い(2019年の転入者のうち、20~29歳は38%、30~39歳は22%)。また、コンパクトなまちづくりの効果として、富山市の地価公示価格は2015年以降、6年連続で上昇している。それに伴い、固定資産税・都市計画税の税収も増加しており、2015年から2019年にかけての税収の増加率は中核市で4番目に高い。

 元来、富山市が、コンパクト化を進めやすい環境にあったわけではない。現在、人口約41万人を有する富山市は、中核市のなかで最大の行政面積を誇る。一部周辺自治体と県境の山間部まで広域合併した結果であり、新たに合併した地区に対する政策配慮もあって、ゾーニングによって強制的に立地規制することはできなかった。これに対して、合併を選択しなかった近隣市町村は、富山市の企業・住民をターゲットにした誘致策を行っている。さらに、北陸新幹線開通に伴う地価高騰が、安い宅地を求める住民を郊外に拡散させてしまう危険性もあった。

 以下のインタビューには、これら環境を克服して富山市がコンパクト化を先駆的に進めることができたのは、丁寧に「説得」責任を果たしてきた森市長の強いリーダーシップと適切な誘導策があったことが記されている。

図表10-1 富山市の都心地区・公共交通沿線居住推進地区マップ

図表10-2 人口集中地区の人口増加率トップ5(2005年~2015年の増加率)

(注1)平均は、中核市のうち、データが得られた40市の数値を平均したもの。
(注2)計数は2015年の人口を2005年の人口で除したもの。
(出所)e-Stat「都道府県・市区町村のすがた(社会・人口統計体系)」

森 富山市長インタビュー

公共交通機関の使い勝手をよくし、都市としての魅力を高める

 ―――かつて、日本の地方自治体における「コンパクト化戦略」の実現は、不可能だと考えられていました。しかし富山市では、18年にわたってコンパクト化戦略を政策の中心に置き、まちづくりを推進しています。そもそも、コンパクト化戦略の出発点は何だったのでしょうか?

 私が市長になった2002年頃の富山市は、極端な車社会でした。買い物にも便利だということで、当時の住民には負担感も問題意識もありませんでした。しかし客観的に見ると、すでに富山市はDID地区がなくなるほど拡散が進んでいたのです。この状況を放置していると、道路や下水道などのインフラを延長し続けることになり、これらの維持管理コストが30年後の市民の上に大きく乗っかってきてしまう。一定程度拡散を止めることが至上命題だと考えました。

 これは、私が1年かけて考え、コンセプトをまとめたものです。職員の中にも、この政策に反対という人も当然いましたが、ぶれずに説得してやってきました。そのうちにデータがでてきて成果が分かるようになると、職員もわくわくして、組織が1つに向かっていくようになります。その意味で、出発点のビジョンを示すこと、これがリーダーシップとして非常に必要だと思っています。

図表10-3 富山市の概要

 ―――拡散を止めるために、どのような施策を行ったのでしょうか?

 まずは公共交通機関の質を上げて、使いやすいものにすることを目指しました。乗ってみたくなる、すごく便利だと評判になる、そういう水準にまで公共交通機関をブラッシュアップするため、民業の取り組みを待たずに公費を投入したのです。

 たとえば、JR西日本の高山本線に市の費用で新駅をつくりました。この駅は最終的にJR西日本に帰属することになりましたが、大きな利益を出している民間企業に対して公費投入することは妥当かについて議会や市民と議論を重ねました。市民が要望したところで、民間企業が赤字路線に新駅を整備することは難しい。市民生活の水準を上げるために公費投入することは極めて妥当だという信念に基づいて、議会の理解を得て整備を進めました。ほかにも、65歳以上は100円で公共交通機関に乗れる、鉄道駅やバス停の近くに住む人には補助金を出すといった施策を行いました。

 不動産デベロッパーによる郊外での住宅地開発に関しては、都市計画法に則っている限り規制はしていません。それでも公共交通機関の水準を上げるという誘導策を20年近く続けてきたことで、最近は市内の不動産デベロッパーも駅の近くに住宅を造成するようになってきました。

 その結果、居住推奨エリアへの転入は増え続け、そうしたエリアに限れば人口増となっています。また、県外との関係で見ると富山市は9年連続転入超過となり、県外からも住民を呼び込めています。

 ———大規模な自治体ほど、子育て支援や福祉の充実を重視する傾向があります。しかし、富山市は公共交通機関の整備やコンパクト化などのまちづくりを1番に挙げ、2番目には雇用対策を挙げています。そして、環境政策を重点政策として4番目に掲げている点は特徴的です。

 「福祉のまち日本一を目指す」といった公約を挙げられる市町村長も多いのですが、それは違うと私は思っています。大切なことは、雇用を生み出すこと、そのための経済政策をきちんとやることです。

 就業して、家族で富山市に引っ越してきていただくためには、自動車だけでなく公共交通機関も使えるようにする必要があります。その上で雇用を生む産業政策をしっかりと実行する。そして、子育ても大丈夫、安心して高等教育機関に進学させることができると思ってもらえるようにする。そうすることによって、企業の社員と家族がいっしょに来てくれるわけです。

 包括的に都市力を高めるためには、福祉や高齢者介護も含めて全部やらなければなりませんが、まずはDID地区がなくなるような状況から、都市の形を変える必要があります。仕事をするために居住する、さらに経営者が投資したくなる魅力的な都市像を作る。そのきっかけとして、公共交通機関から始めたということになります。

図表10-4 富山市長が重視してきた政策

説明責任だけでは不十分、リーダーは説得責任を果たせ

 ———政策を実行する際、行政のルールとか慣例を踏まえて判断をする場合と、政治的な判断が必要な場合があると考えています。コンパクト化を推進する過程で様々な課題に直面したと思いますが、どちらの判断で突破されてきたのでしょうか?

 どんな課題についても言えることですが、市民には多様な意見があり、いずれも正しいと私は受け止めています。しかし、今の市民が魅力を感じなかったり、逆に不利益や迷惑だと感じるものであっても、将来の市民には絶対に必要なものがあります。それを20年後、30年後の市民のために実現していくことが、今のリーダーの使命でしょう。取るべき道が1つしかないのであれば、リーダーシップを発揮して結論を出していかなければならない。その際に、慣行にこだわっていては新しい取り組みはなかなかできません。

 説明責任を果たしたかどうかがよく問題になりますが、リーダーはそこで止まっていてはいけない。リーダーが果たすべきは、「説得責任」です。責任は自分が取るからと職員や関係各所を鼓舞して、徹底的に説得をして新しい制度をつくっていく。

 説得の例としては、病気になった児童の保育があります。母親が子どもを保育所に預けて職場へ出勤する。11時頃に保育所から「お子さんが熱を出したので、迎えに来てください」と電話がかかってくる。やむなく母親は子どもを迎えに行って病院で診てもらうことになるわけですが、これは働く女性にとって大変な負担です。

 そこで富山市では4年ほど前から、この課題に対応するための制度をつくって運用しています。市のベテラン保育士と看護師を常に待機させておき、母親からの依頼があると、彼らが母親の代わりに子どもを迎えに行ってかかりつけ医のところまで連れて行く。医者が問題ないと診断を下せば、市の中心部にあるセンターで夜7時まで預かります。母親は保育所ではなく、センターまで子どもを迎えに行けばよいようになっています。

 この制度を始める際、厚生労働省の保育担当セクションは大反対でした。保育要綱にお迎え型病児保育というものはないからというのが理由でしたが、同じ厚生労働省でも労働行政セクションは、女性が働きやすくなると歓迎してくれ、4年かかって保育要綱を変えてもらうことになりました。「慣行だからダメ」と考えている限り、このような制度は実現できません。リーダーには、壁を乗り越えていく粘り強さや説得力が必要です。

 制度が変われば、他の自治体もメリットを受けられるようになります。こういう取り組みを実行するリーダーがあちこちに出てくれば、地方行政をもっと進めやすくなっていくでしょう。

 幸いなことに、市議会にも私の方針を理解していただいており、関係は良好です。市長側が提案した施策について、修正動議が出されたり、否決されたことは私の在任中は一度もありませんでした。

 また、いろいろと先進的な取り組みも行ってきましたが、組織だった反対運動は一度も起きませんでした。大事なのは、とにかく時間をかけて丁寧に説得することです。1回2時間の説明会を1日に4回開催したり、年間で120回開催した年もありました。

 今の時代、エゴイズムで施策に反対する人はほとんどいません。たとえば、老朽化した橋を2つ壊すことを決めましたが、その際も橋を残しておくと将来負担が大変なこと、代替の橋があるということを丁寧に説明して住民に理解していただきました。

  図表10-5 「(A)行政のルール」と「(B)政治的な判断」についての考え方(クリックすると拡大します)

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(注)青い丸は森市長の回答。

 ———産業政策をしっかりと行っていくことを強調されていましたが、経済界との関係についてはいかがでしょうか?

 経済界との関係が良好なことも富山市の特徴です。1つの例として、平成24年度から行っている生活保護家庭の高校進学支援が挙げられます。中高生の勉強を見るほか、高校卒業後に教員や保育士、社会福祉士、調理師などの資格を取る学校へ進学する際には、返済不要の給付金を支給しています。準備金30万円、1年間の学費50万円、月の小遣い4万円、免許証を取る際に20万円を毎年何人にも出していますが、財源は民間企業からの寄付なんですね。これが実現できたのは、経済界と富山市との間で、施策の方向性を共有できているからでしょう。

自治体のインセンティブを高める税制改革を

 ———今後、改革を進めていく上でどのような点が課題だと考えていますか?

 財源に関しては、この10年間で改善されてきました。まち・ひと・しごと創生本部の交付金は使い勝手がよく、地方からアイデアを出せばきちんと応援してもらえます。環境省や総務省の所管の交付金に関しても、そうした傾向になってきました。

 その一方、税制改革に関しては注文をつけたくなるところもあります。富山市では、基礎自治体の固有税である固定資産税と都市計画税が市税全体の50%を占めています。不動産や償却資産の価値を上げるため、富山市は集中投資を行って、企業誘致や不動産投資を呼び込んできました。工場の増設・増築に補助金を出すだけでなく、新しいラインの増設にも補助金を出すなどの施策を行ってきたのです。企業活動が活発になったことで、直近2カ年の富山市税収は過去最高で、固定資産税と都市計画税の総額は6年前と比較して13%増えています。こうした財源を使って中山間地域における市固有の施策を行ってきました。集中投資は一部地域が対象ですが、そこから上がってきた税は全市に対して使っていることになります。

 ところが菅政権では、全国の自治体に対し、一律に固定資産税、都市計画税を抑制することを求めています。これは、不動産や償却資産の価値を上げるために行ってきた我々の政策を全否定することになります。このことに対しては総務省にも抗議しましたが、引き続き強く訴えて行く必要があるでしょう。

 また、富山県と富山市の連携はしっかり行えていますが、まだ課題はあります。たとえば、富山市はコンパクトシティ化を推進しているため、隣の市が郊外に大きな商業施設を誘致しようとすれば、政策がバッティングしてしまいます。都市計画法上、広域調整は県が行うことになっていますが、全国的に見ても県はこうした調整に消極的です。周辺自治体との広域調整も、今後の課題だと考えています。

 ———組織運営についての考え方を教えてください。組織のあり方については、自律型の運営を目指し、プロジェクトチーム単位で、また、個人ではなく、チームでの業務遂行を重視するという点では、他の市町村長とも同様でした。この点について、ご自身で振り返ってどうお感じになられますか?

 縦割りを打破するために、各部局の職員をピックアップしてプロジェクトチームを10個ぐらいつくり、テーマを与えて、積極的に施策を立案してもらっています。たとえば、1年かけて、シングルマザーの働きやすいまちをどうしたらつくれるのか、考えなさい、といいます。すると、積極的に施策を立案してきますので、職員が提案したものには基本的に予算をつけるということをやってきました。「思い切ってやりなさい。責任はすべて私がとります。手柄は君たちがとる。」という考えを職員に徹底させています。

 私は、リーダーの責務は、預かった組織の力を最大化することだと思っています。市町村長は予算編成権や人事権、そして懲戒権を持っていますが、私は就任以来、人事についてほとんど口を出したことはありません。時々、内心では驚くことがありますが、口には出しません。それは、長く続く組織には、次世代の幹部を育てていく文化がどの組織にもあるはずで、それを尊重すべきだと思っています。

第11章 宮崎県川南町

概要

 戦後日本で「政治的リーダーシップ」が最も強く期待された地域は、地方の農村である。減少を続ける人口、とりわけ、めっきり少なくなった若年人口、そして、近年は、増え続ける空家・空地に、耕作放棄農地。こうした「過疎」の農村において、政治的リーダーシップには、地域の活性化の実現が強く期待された。政治にかける思いは、都市よりも地方にあつい。高度成長期の「日本列島改造」、安定成長期の「ふるさと創生」、今日の「地方創生」は、自治体や地域・集落が取り組む「地域開発」「地域づくり」「地域起こし」を、国が「政治的」に応援しようというものだった。

 ところが、人口は減り続け、超高齢化は進行する。こうした現実を目の当たりにして、「政治的な期待は裏切られ続けてきた」と感じる住民は多い。農業振興策の成果が上がらないことが常態化する一方で、農業に精通する政治リーダーも少なくなってきた。しかし、いち早く人口減少が進み、超高齢化が最終局面を迎える現在の農村でこそ、こうした悪循環を断って、持続的な地域振興を可能にする政治的リーダーシップが改めて待望されている。

 こうした中で、恵まれた農業基盤を生かして、競争力ある農業に磨きをかけ、さらにその六次産業化も図って、持続的な地域経営を実現しているのが、宮崎県川南町である。川南町は開拓地を抱えた宮崎県中部の農村である。人口は1.6万人で、今回の事例研究の中では、最も少ない。しかし、畜産業を中核に、関連する食品産業の立地にも成功し、転入と転出の差である人口の社会減は最小限度にとどまっている。

 川南町の農業産出額(2018年)は237億円であり、その約7割に当たる168億円が畜産業である。そのうち、養豚業が74億円、養鶏業が70億円である。養豚業に関しては、全国で養豚業を営む74の町の中で最も高く、人口1人当たりの豚産出額は、同程度の人口規模の市町村の中で2番目の高い水準となっている。実際、川南町の養豚業の経営体数36で、全国町村の中で最も多い農家数となっている。

 そして、養豚業を核とした食料品製造業の労働生産性も高い。川南町の産業別付加価値額構成比(2012年)を見ると、およそ50%が製造業であり、そのうち70%超を食料品製造業が占める。さらに、食料品製造業の労働生産性は、2013年から2018年にかけて71%増という全国で最も高い伸びとなった。

 一方、全国的にも出生率が高水準にある宮崎県内市町村の中でも川南町は、相対的に出生率が高い。この結果、人口の減少は若干ながら続いてはいるものの、戦後初期の総人口水準程度で安定することが期待できる状況となっている。

図表11-1 川南町の概要

 こうした農業に磨きをかけたまちづくりで成功した川南町を、2011年から町長として率いてきたのが、日髙昭彦である。以下のインタビューによれば、ボトムアップ型の意思決定を好み、職員を褒めて育てることを信条とする日髙町長の政治的リーダーシップの源泉は、県職員として農業技術を極めてきた専門性と、自ら農家として農業に従事してきた経験等によるところが大きいという。また、全国から人が集まってきた開拓地域の特性から、他の伝統的な農村に比べると地域の結びつきが弱く、将来を見据えて丁寧にコミュニティ再編に取り組んだことに、今日のまちづくりの成功の秘訣の1つがあるという。

 こうした日髙町長のリーダーシップのあり方は、小回りの利く小規模自治体において、説得力のある専門性を生かし、ビジョンを示すなかで、丁寧かつ迅速に地域の合意形成を積み重ねる王道の手法が、これからのまちづくりにも効果的に機能することを示唆している。

図表11-2 豚の産出額の伸び率と、食料品製造業の労働生産性の伸び率

(注1)豚の産出額の伸び率は2014年から2018年、労働生産性の伸び率は2013年から2018年について算出した。
(注2)図表は2018年の豚の産出額が50億円以上かつ、その金額が2014年から2018年にかけて増加している市町村を対象として、食料品製造業の労働生産性の伸び率が大きい5自治体を記載した。
(注3)カッコ内はそれぞれ、2018年の実額。豚の産出額の単位は(億円)、労働生産性の単位は(万円/人)。
(出所)農林水産省「市町村別農業産出額(推計)、RESAS「労働生産性(製造業の事業所単位)」

日髙 川南町長インタビュー

競争力ある農業を中核としたまちづくりで、定住人口を確保して持続的な地域経営を実現する

 ―――日髙町長は町長として3期目を迎えてらっしゃいますが、まず川南町はどんな特色のある自治体なのかを教えてください。

 川南町は町全体がほぼ大きな台地になっていまして、日本3大開拓地の1つということで、戦後全国各地から農業を志す人々が集まり拓かれたことから「川南合衆国」とも呼ばれています。そうした経緯もあって、もともと外からいろいろなものを受け入れる態勢ができていました。地形的に台地ということで水があまり豊富ではなかったこともあり、畜産中心に発展してきました。

 北海道や四国、沖縄など全国から畜産を生業とした方々が入ってきましたので、現在では養豚は産出額が全国で12位、鶏(ブロイラー、鶏卵)が21位となっています。食品製造業としては鶏肉の食肉加工の大きい会社が2つ、そしてジュース加工の大きな工場もあります。

 ほかに川南町で有名なものとしては、月に一度行っている軽トラ市があります。今年で13年目になりますが、日本一の軽トラ市ということで、全国にも知られています。

 開拓精神やチャレンジ精神のある、このような川南町の特徴を一言で表す言葉が、「川南気質」です。

 ―――川南町と同規模の人口1万人〜5万人くらいの市町村に対して政策の優先順位を尋ねると、子育て支援を優先するところが多いという結果になっています。これに対して、川南町では定住人口の増加が一番、その次に地域づくり・商業振興と来て、その次に地域団体・住民協働、そして子育て支援等という優先順位になっています。かなりこだわりのある回答になっていると感じるのですが、背景や施策について教えていただけますか。

 政策として定住人口の増加を重視してこれまでやってきて、4年前の平成29年に役場に人口対策係をつくりました。それから4年連続で、宮崎県の町村の部では県外からの移住者が1位になっています。先ほど申し上げたように、もともと全国からの移住者でできた町という町民性もあったので、町民も納得してこの政策に協力してくれていると思います。

 具体的な施策としては、農業の町であることを活かし、就農を考えている人のためにハウス栽培のトレーニングハウスという施設をつくりました。2年間ここでハウスでの農業の研修をしてもらい、3年目に独立してもらう。独立するハウスも国の補助を受け町と農協でつくり、それを就農者に貸しています。アパートのようにハウスの家賃を払いながら独立するという仕組みで、現在までに10名が参加、そのうち4人が独立しています。もうすぐ新しい4期生が5名来ます。こうした仕掛けが定住人口の増加のための政策であり、実績だと思っています。

 また、都市部からのワーケーション先として来ていただけるよう、様々な対策を進めています。たとえば、宮崎県が主催する「企業誘致ドラフト会議」では、食をきっかけにしたまちづくりを行っていることをアピールし、会議参加企業からも高評価をいただきました。

図表11-3 川南町長が重視してきた政策

町民それぞれが自分たちで立ち、自分たちで歩くことを目指す「自立自走」

 ―――先ほど、移住者を増やすための取り組みについてお話しいただきましたが、こうした成果を挙げることは大変なことであったと思います。こうしたまちづくりを進める中で、町が目指していること、大事にしていることとしてはどんなことがありますか?

 この町が目指すことは「自立自走」。町民それぞれが、自分たちで立ち、自分たちで歩こうということを表しています。役場の職員にこれを当てはめると、自分たちで考えて、自分たちで動く職員になるということになりますね。町長は、「選手」である職員が自発的に動くのを見守る「監督」という役割になるのだと思います。

 町の仕組みでいうと、住民協働についてもそうした考えが反映されています。町内の地域単位を、それまで50年間続いていた24地区の自治会を、町内の小学校を単位にした6つの自治公民館に再編しました。6つの地域それぞれが独立国家のようなイメージで、自治・防災、地域づくりなどの4部会を設置、それぞれの自治公民館で地域振興計画を策定していこうという転換をしたのです。それぞれの自治公民館長が小さな町長のような存在として、動き始めているところです。

 同じ規模の町村と比べると、川南町のまちづくりでは強制的な参加の割合が低く、逆に言えば緩い、自主的な活動が生まれやすいという特徴があります。もともと歴史的に入植でできたまちという経緯があるので、集落が昔から存在していたわけではなく、出身県ごとの集まりのような形で始まっている。つまり人のつながりでスタートしているので、いい部分も悪い部分も混在しているのですが、とにかく自分たちでやろう、何とかしようという気質を持った町です。

 川南町ぐらいの町村で政策運営をするにあたり、一番大事なことは継続性だと思っています。町長が変わったらいろいろなことが変わってしまうというのは、住民にとっては不幸なのです。小さな自治体が生き延びていく、持続可能な地域にするためには、基本路線をつくって、時間をかけてでもその路線を確実に進むのがいいと思います。誰がトップになっても、この町の基本的な動きはこうだというスタイルをまず決める必要がある。その上で町政運営は一歩ずつ進むべきだと考えます。

 ―――地域団体などに自主的にまちづくりを進めてもらうということは、見方によれば、市町村長のリーダーシップを発揮するというよりは他力本願のように見えるところもあります。町民の自主性をサポートすることと、市町村長としてのリーダーシップとはどのような関係がありますか?

 基本的には、政策に関しては政治家が判断して進めていくべきことだということは強く思っています。何かをする時、職員ではなく私が責任をとる。やはり覚悟がない人がトップになったらだめです。腹の中では私が決めると思っていますが、決めたあとは職員に「頼むよ」と渡して、彼らの自主性に任せています。

 私自身は、20年近く農業をやってきました。地域づくりを自分達でやっていた経験からの認識ですが、やはり人に言われて動くのではなく、自ら動かないといけないと思うのです。人はやれと言われたら一時的には動きますが、それでは続きません。最終的には自分で、自発的に動かないといけない。だから基本的には、それぞれが自ら動いていくような人づくりをします。

 やはり人は褒められて育つ。「おまえら頑張れよ」というのを、どうやって伝えるか。どうやってその気にさせるかですね。技術や知識は、職員たちのほうが明らかに上なわけですから。

 課題があるとしたら、自分が思っていることが職員に伝わり、行動に移されて、結果が出る、その一連のプロセスに時間がかかるということです。早く結果を出したい課題や、もう待つ時間がないという問題ならばすぐにやるしかないですが、1、2年待っても何とか耐えられるものは、敢えて待ちます。そこは、問題の重要度と、逼迫度合いのバランスですね。

図表11-4 リーダーのタイプ(変革or漸進、鼓舞or取引)

(注)第7章図表7-2の再掲。青い丸は日髙町長の回答。

町民を安心させるために、正確な情報発信を行う

 ―――今後のまちづくりの中で、日髙町長がリーダーシップを持って進めていきたいテーマはなんでしょうか? またそれを進めていくに当たってどんなことが具体的な課題と考えておられるのでしょうか?

 表面的にはやはり人口問題が大きいと思うのですが、人口が少ないことが悪いわけではなく、人口構成の問題なのかなと考えています。川南町はもともと1万人の町で、開拓によって1.8万人になりました。けれど人口構成割合の中にしっかりと若い人がいないと続かないということは問題意識として持っています。

 課題として考えているのはやはり組織の問題です。どうやって自発的な流れをつくることができるか。厳しいけれども風通しのいい組織で、堂々と反対意見も言えて、きちんとした判断ができる。そうした組織を作っていきたいですね。

 あとはお金の問題も当然あります。実際、お金はないんです。私は3期目なのですが、1期目は簡単に言うと、とにかく節約をし、ケチな町長として有名になりました。財政の将来を見通して、2期目で計画をつくり、3期目で動き出した、ということになるかと思います。

 それでも足りない分は、県や国に説明して支援を求めます。今はふるさと納税制度もありますので、基金を創設して貴重な寄付金を有効的に活用させていただいています。

 ―――今回のコロナについても、各自治体によって課題や対応が分かれていると思いますが、緊急時の自治体の対応で何が重要だと考えますか?

 川南町は町全体が台地なので、水害などの災害には強い町です。そして実は11年前に口蹄疫のパンデミックを経験しています。当時を知っている職員たちは、今回の新型コロナウイルス感染症対応についてもその経験を活かしてくれました。

 緊急時の自治体運営で一番重要なことは、対策本部を立ち上げて情報を統一するということかと思います。その上で、住民への情報発信・公開を正確に行っていく。

 コロナも口蹄疫と同様、ウイルスという目に見えないものが原因です。町民も職員も、精神的にストレスがかなりかかりましたし、デマもありました。その一方で、個人情報保護ということで県も基本的には感染に関わる情報を出してくれません。そうしたところでの住民の不安、職員の不安を解消するためにどうすればよいか。つまり情報というものが非常に大事なんだということが再確認できました。

 正確な情報に基づいて、災害が起こる前からいろいろな対策を用意しておく。実際に災害が起こったら、事前に決めたとおりに動く。それが一番大事なことだと私は思っています。

参考文献

農林水産省(2014-2018)「市町村別農業産出額(推計)」.
RESAS2014-2018)「労働生産性(製造業の事業所単位)」.

第12章 京都府木津川市

概要

 十数年前となった「平成の大合併」に関しては、「国に騙されて市町村合併をさせられた」とか、「市町村合併のせいで地域が廃れた」「市町村合併をしないほうがよかった」などと、酷評されることが、いまだにある。これに対して、単独で町を維持したい住民を説得して、広域合併を成し遂げて市政を施行し、新市一体的な都市基盤整備やICT整備、子育て支援策を実施し、安定的に人口増加を続けてきたのが、木津川市である。

 木津川市は京都府南部に位置し、奈良県奈良市にも接する人口7.8万人の市である。2007年に木津町、加茂町、山城町が合併して木津川市が誕生した。その初代市長が河井規子であり、現在、4期目である。最後の木津町長となった河井は、市町村合併を成し遂げた立役者でもある。以下のインタビューによれば、自立性の高い伝統ある地域なだけに市民はどちらを望んでいるか、町長として合併を決断するまで悩み続けたという。しかし、一旦、決断した後は、それぞれの地域の個性を生かしながらも、デジタルマーケティングをはじめとしたICT等の活用など、新市一体となってこそ可能な効率的都市サービスの提供に努めてきた。困難を乗り越えて市町村合併した経験を市民と広く共有できたことは、1人の一般市民として仕事と子育てを両立させてきた経験と並んで、河井市長の政策アイデアと政治的リーダーシップの源泉となっている。

 この結果、木津川市の人口は2000年に5.9万人だったが、2020年には7.8万人と、20年間で1.9万人(33%)増加している。今回、インタビューした自治体の中でも、最も元気な都市だ。この増加率は、同程度の人口規模を有する全国250市の中で4番目に高い。木津川市の年少人口割合17%(2020年)は、2010年時点のそれとほとんど変わらず、同一人口規模250市の中で7番目に高い。さらに、2013年から2017年の5年平均でみると、木津川市の合計特殊出生率1.50は、京都府近隣市町村、京都府平均(1.30)、全国平均(1.43)と比較しても高い水準にある。こうした人口増加を反映して空家率も、2008年の10.1%(京都府全体は13.1%)から、2013年の6.6%(京都府全体は13.3%)へと、3.5%の改善がみられる。

図表12-1 木津川市の概要

 平成の合併を経験した数多くの自治体の中でも、最も市町村合併が難しい地域にあって、苦労しながら市町村合併に成功し、結果として、最も順調に人口増加を記録し、まちづくりに成功してきた。国に「騙され」「そそのかされ」て実行に移せるほど、市町村合併は容易ではない。また、大都市近郊だからといって、カネをかけて子育て支援するだけで、若年世帯が簡単に集まる時代でもない。河井市長のリーダーシップと政策の工夫があって、超高齢・人口減少時代の今日においても人口増加を記録してきたといえる。

図表12-2 人口5~10万人の市における人口増加率(2000年~2020年、上位5市)

(注)平均は、人口5~10万人の市のうち、データが得られた250市の数値を平均したもの。
(出所)総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」 e-Stat「都道府県・市区町村別統計表(国勢調査)」

河井 木津川市長インタビュー

「3人の子育てと仕事の両立」と、「市町村合併」という2つの厳しい経験に基づき、「あったらよかった」子育て支援を実現して、持続的な人口増加を記録

 ―――木津川市は2007年に木津町、加茂町、山城町の3町が合併してできた市です。河井市長は木津町長時代から、町長として合併に深く関わってこられました。各町がそれぞれ異なる考えを持っているなど、合併は簡単ではなかったと思いますが、当時のことではどんな想いやご苦労がありましたか?

 京都府の最南端に位置する木津川市は、合併による市制施行から今年で15年目になります。もともと相楽郡の7町村合併の話が進んでいたのですがまとまらず、そのうちの木津町、加茂町、山城町の3町が合併することになりました。木津町域は3町の中で人口が一番多く、関西文化学術研究都市の中核を担うまちで、多くの商業施設をはじめ、警察署や裁判所といった主要な施設もありました。そのため、町民の皆さんの中には、「合併はせずに木津町単独で市に」という気持ちがあったと思います。

 私は木津町の町議会議員をしておりましたが、少子高齢化、人口減少といった地域の将来を考えると、一定規模の基礎自治体が必要だということ、合併をして10万人ぐらいのまちをつくっていかなければ、まちが生き残っていけないと考えていました。相楽郡7町村の合併がまとまらなかったので、まずは周辺の加茂町、山城町との合併が望ましいとの考えに至りました。そんな折、当時の木津町長が任期途中で辞職されたこともあり、50日以内に町長選挙が行われることになりました。急なこともあり私に町長が務まるか不安ではありましたが、名乗りを上げさせていただくことにしました。公約は、第1段階として3つの町で合併をし、1つの基礎自治体をつくるというものでした。町長にならせていただき、合併の協議会をすぐに設立し、約1年かけて仕上げていったという経緯になります。

 私は合併を掲げて木津町長に当選し、その後、初代市長として新しい市をつくった張本人ですので、「産みの親」として、住民の皆さんに、20年、30年、そしてさらにその先にも「合併してよかった」と思っていただけるように、今後も様々な施策に取り組み、最大限の努力を続けていきたいと思っています。

 ―――木津川市はどんな特徴がある自治体なのでしょうか? またその中でどんな政策に取り組んでこられましたか?

 木津川市は、歴史的には奈良時代の平城京や恭仁京に由来する多くの文化財に恵まれますとともに、関西文化学術研究都市の一翼を担い、世界的にも最先端の研究機関を有する都市です。

 市内を地域別に見ますと、木津地域は、関西文化学術研究都市の中核を担う研究所や企業等が多く立地する地域であり、ニュータウンでの人口増加が進んでいます。加茂地域は、約1,300年前に聖武天皇が恭仁宮を置いた地域であり、国宝や重要文化財など大変貴重な文化財が、府内では京都市に次いで多くあるところです。山城地域は茶問屋街などの歴史的な街並みや、美しい田園風景の広がる自然豊かな地域です。

 そして大阪・京都・奈良などの通勤圏にあり、利便性も高いので、そういった都市に勤める方々のベッドタウンとして、人気が集まるようになってきたかと思います。

 こうした恵まれた条件のもとで、子育てのしやすいまちにしていくことを大事な施策の1つにしてきました。

 その原点は、自分が子育てをしてきた経験の中で、「こんな施策があったら助かったのに」という想いがあります。

 私は3人の子どもの母親であり、主婦でもあり、OLや議員をさせていただきながら、長い間、大家族で暮らしてきました。多い時は赤ちゃんから、娘・息子、息子夫婦、それから両親と90代の祖母の5世代10人が一緒に暮らしていましたので、家の中で全ての世代の課題を体験することができました。

 高齢者に対してどんな施策があればいいのか、子育て世代はどんなサポートが必要なのか、そうした1市民としての経験を原点として、想いを1つずつ政策に乗せて来ました。中でも、子育て支援には特に力を入れています。日本の未来を担う子どもたちが、元気に健やかに育って欲しいという思いから、市の総合計画には「子どもの笑顔が未来に続く 幸せ実感都市 木津川」というまちの将来像を柱に掲げて、まちづくりに取り組んでいます。

 市になり、すぐに保育園の待機児童を出さないことを目標に、新しく5つの民間保育園を誘致しました。中学校までの医療費を無料にし、お母さんが一息ついてリフレッシュできるように、一時保育もはじめました。また大型商業施設の中に「つどいのひろば」を設置し、子育て世代が交流したり、保育士さんに子育ての相談をしたりもできる場所を作りました。自分自身の経験から、こういうことがあればいいなという施策を、現場の皆さんの協力も得てどんどん取り組むことができました。

将来のために公共料金の値上げも断行

 ―――防災も重要な施策として取り組んでおられますね。対策において、どのような工夫をしておられるのですか?

 まちの中心には一級河川の木津川が流れていますが、市の中央に大きな川が流れているということについて大きな危機感を持っています。

 昭和28年には南山城水害という大きな災害が起こり、木津川市だけでなく広範囲で甚大な被害が出ました。山城地域ではたくさんの方がお亡くなりになり、家の倒壊などを含めて本当に大きな被害が出ました。最近では平成25年と29年にも、市内で大雨による床上・床下浸水の被害がありました。大雨により木津川本川の水位が上昇すると、水の逆流を防ぐため支流の樋門が閉まります。しかし、樋門が閉まると、まちの中に降った雨水が木津川に流れません。その水を本流に排出しないと、堤防より低いところにある旧市街地の家や新興住宅地をはじめ、市役所庁舎、裁判所、病院までもが浸水してしまうのです。この不安は市民の皆様もずっと感じているところですので、排水設備を強化したり、1台5,000万円ほどする排水車を2台購入したりと、大切にしてきた基金を活用し内水対策をすることで、水害に備えています。

図表12-3 木津川市長が重視してきた政策

 ―――市政を改革していく中で、議会や各種団体との関係づくりや、人間のネットワークの問題、国や県との調整など、苦労したところはありますか?

 大きな改革というものは、一般的にあまり好まれないことが多いと思うのですが、木津川市は3町合併という、職員の誰もが経験したことのない大きな改革を実行したという経験があります。合併にあたって、最初はもちろん抵抗もありました。加茂町と山城町の役場は支所になるわけですから、これまでのまちに対するいろんな方たちの思いも酌みながら市政をやっていかなければなりませんでした。当初はそれぞれの町の出身の職員が、「自分のところでやっていたやり方が一番いい」、「そのやり方はよくない」と対立していました。そんな状況でしたので、職員全員を対象にした最初の説明会では、「よくないところばかりを批判するのではなく、3町のやり方のいいとこ取りをしていきましょう」ということを伝えました。合併が目的ではなく、合併を最大限に活かし、厳しい行革も進める中で持続可能なまちを将来に繋げていくことが本来の目的なので、市になってからやらなくてはいけないことが山ほどありました。はじめの2期8年間はすごく難しかったなと思います。

 たとえば水道料金は、木津町と加茂町と山城町ですべて違っていました。同じ料金に揃えると、木津町は値上げになり、加茂町と山城町はそのままのところと値下げのところといった具合です。難しい議論もいろいろとあったのですが、絶対に先送りはせず、料金は一律にしました。他にも国民健康保険税や介護保険料もしかりです。自分が市長の間は、出来る事ならば値上げをしたくないものですが、木津町では、水道料金はずっと値上げをせずに基金を取り崩してきたために、その基金が枯渇するという状況だったので、私が市長になって以来3回も値上げをする結果となりました。

 なぜかというと、嫌なことを先送りにすると、結局、将来の市民の皆さんにツケが回るからです。問題を先送りにすれば、無難に市政を進められるかもしれませんが、いずれ大きく値上げをしないと運営できないという結果は避けられず、将来の市民の皆さんが負担することになります。だから選挙前に値上げを宣言し、市民の皆さんに信を問いました。

 サービスを充実する時とは違って、改革は議会からも市民からも反対の声はありますが、一定の理解をいただいて、最終的には議会にも市民の皆さんにもご理解いただいいて、行革を実行することができました。

職員には、小さなことから成功体験を積んでもらう

 ―――そうした大きな改革に取り組むとき、河井市長はどんなことを大事にされていますか?

 まず自分に問うのは、この事業をやることは本当に市民の皆さんにとっていいことなのか、喜んでもらえるのかということです。自分の主観は入れないように心がけ、無難なほうを選ぶのは絶対にやめようと。市の将来にとって、市民の皆さんにとって絶対にいいと信じて決定をしたことは、最後までブレずにやり切る。どんなことでも判断するときの基準はそれです。そういった私の判断が支持してもらえるのかは、次の選挙で市民の皆さんに信を問うという思いで、改革を先延ばしにせずにやってきました。

 何かに取り組んでいる途中にいろいろと異論が出たときに、方針を変えたり「やっぱりやめましょう。」とブレたりしてしまうと、職員の皆さんはついてきてくれません。どんな反対があっても、出した方向は絶対に変えない。といっても私1人でできることは何もありません。方向だけは決めますが、その後の実務は全て職員の皆さんです。職員の皆さんには、「ありがとう、よく頑張ってくれはったなぁ。」といつもお礼を言っています。

図表12-4 リーダーのタイプ(変革or漸進、鼓舞or取引)

(注)青い丸は河井市長の回答。

 ―――市庁という組織ではどんなことを大事にしていますか?

 管理職とだけではなく、いろいろな職員と、直接話すことを大事にしています。その中で彼らによく尋ねるのは、取り組んでいる事業における課題やリスクについてです。なにか新しいことをやろうとすると、「前例がないです」「難しいです」と返ってくるのが常套です。私はそこで「どんなリスクがあるのか。どんな問題があるのかを挙げてください」と聞きます。そうすると彼らはきちんとリスクや課題を挙げてくれます。「さすが、すごいですね」と感心しながら、「それじゃそれを1つずつ解決していきましょう」と言うと最終的には1つずつクリアしていってくれるのです。

 新しいことに取りかかろうとすると、はじめのうちは仕事も増えますし抵抗もありました。けれど、実際にそれが実現すると、やはり職員も喜んでくれます。新しい試みだからということで、周辺の自治体からも視察に来られたりすると、それが成功体験となって職員は自信がついてきますし、やる気も出てきます。

 これからの時代、決まった仕事をしているだけでは、新しい時代の変化についていけません。職員には、問題をどう解決するか、将来に向けて今何するべきか、若手、職階に関係なく、どんどん提案してくださいと言っています。提案したことをどんな小さいことでもやり切ることで成功事例になるし、そうするとさらにやる気を出してくれる。そうなれば失敗を恐れずに挑戦するようになってくれるのだと思います。

 私は、合併して新しく出来たこの木津川市のことを、わが子のように思っています。20年後、30年後に、あの時苦労したけれど、ここまで立派なまちになったなと思ってもらえるように、私たちは仕事をしているんだ。そう思いながら職員の皆さんと一緒に、今も改革を続けているところです。

第13章 東京都文京区

概要

 文京区は、日本の中心である東京23区のなかでも、その中枢である千代田区・中央区と接する文教地区である。多くの大学が立地し、住宅街が区域の多くを占めている。東京一極集中が批判される今日、都心に隣接する文京区は、久しく人口増加してきたと思われることがある。しかし、事実は真逆である。高度成長期以来、文京区は半世紀近くの間、人口減少に泣かされてきた。

 文京区の人口は、高度成長前期の1960年にピークとなる約26万人を記録した。その後、1998年の約16.6万人まで減少を続けた。地価高騰や住環境の悪化など、人口減少の要因は様々だが、過疎町村と同様に都心の文京区においても、人口減少の抑制や人口回復は待望の政策課題だったのである。そして、この政策課題にリーダーシップを持って取り組み、人口回復に弾みをつけて、その動きを不動のものにしたのが、成澤廣修現区長である。

 成澤区長が就任した2007年には、すでに人口減少は底入れしていた。区長就任前の2005年に、文京区の人口は増加に転じて約19万人規模にまで回復している。その後、2020年までに22.6万人と、2005年からの15年間で3.6万人(19%)増加した。さらに、この間、年少人口(15歳未満)は、1.8万人から2.8万人へと、1万人近い増加を記録している(増加率53%)。この高い増加率は、子どもを持つ若い世帯の転入増加(社会増)と、出生率の改善によってもたらされたものである。

 2010年~2019年の10年間の転入者数の年齢を見ると、20~39歳の年齢層が転入者全体の7割を占めている(注6)。また、2019年の人口当たりの社会増減率は1.6%であり、東京23区のうち、千代田区、中央区、台東区に次いで4番目に高い水準である。さらに、2003年~2007年の合計特殊出生率は、平均で0.80であったのに対して、2013年~2017年の5年平均は1.12であり、0.32ポイント増加している。その増加幅は東京23区のうち港区、中央区、千代田区に次いで、4番目に高い。「若年世帯の社会増」と「出生率の劇的向上」があいまって、「私立認可保育所の開設」「子どもの発達・成長等に関する相談室の設置」「子どもの貧困対策」など、少子化対策が子ども数の増加に効果的に結びつく結果となったのである。

 この際、リーダーシップ発揮の端緒となった事象として、文京区長が強調していたのは、ワンルームマンションに係る独自規制である。魅力に満ちた地域の良さを顕在化させるためには、根拠ある思い切った政治判断が必要とされるのである。たとえ小さな政策判断でも的を射たものであれば、時として大きな社会・経済構造に変化を与える。

図表13-1 年少人口の増加率(2010年~2020年)

 実際、文京区の1住居(持ち家)当たりの畳数は、2008年度30.23畳から2018年度33.6畳に増加している。その増加幅は、渋谷区、中野区、目黒区、大田区に次いで5番目である。ただし、文京区と同様に若年層の転入が増えている中央区、港区、千代田区の住居面積は文京区よりやや狭く、その増加幅も小さい。文京区においては、建築規制などを反映して家族向けの広めの住宅供給が増加していることが分かる。

図表13-2 持ち家住宅1戸当たりの床面積の変化幅(2008年~2018年、上位5区)

(注)平均は、東京23区における持ち家住宅1戸当たりの床面積の変化幅を住宅数で加重平均したもの。
(出所)都道府県・市区町村のすがた(社会・人口統計体系)

成澤 文京区長インタビュー

子育て世代や中堅ファミリー世帯が住みたくなるブランディング

 ―――成澤さんが区長に就任した2013年から取り組まれてきた文京区のまちづくりですが、減少していた人口を増加に転じたこと、さらに子育て政策などが評価されています。

 文京区は平成10年に人口が16万5,000人まで落ちていました。そこで超高齢社会にブレーキをかけるため、「人口20万人回復大作戦」をスタートしました。子育て世代や中堅ファミリー世帯を積極的に区内に招き入れることによって税収を増やし、その後の高齢者層に対するサービスの財源を確保しようと考えたからです。おかげさまで現在は人口22万人を超えています。

 ―――合計特殊出生率が平成19年から平成30年まで0.35ポイント上昇し、子どもの数も増加、同じ期間に人口も20%弱増えてきていますね。

 文京区は東京大学やお茶の水女子大学をはじめとして、公私立の大学、小中高など教育施設が集中しています。また国立以外にも私立の順天堂大、日本医科大など、大学病院が4つもあり医療資源も集中しています。そして23区の中で犯罪の発生件数が少ない自治体でもあります。マスコミ等を通して、こうした文京区の特徴を宣伝していただいたこともあって、文京区に住んでみたいと考える子育て世代や中堅ファミリー世帯が潜在的に増えていきました。

図表13-3 文京区の概要

 「選ばれる自治体」という言葉を私はよく使っていますが、時代的な人口の都心回帰の波があるところに、文京区らしい様々な施策を組み合わせたことによってブランディングに成功したということは言えるのだろうと思います。

 ―――人口が文京区と同規模(20万人以上50万人未満)の自治体では、子育て支援、防災、商工業振興といった政策の優先順位が高いという結果が出ましたが、文京区ではいかがでしょう?

 区の予算のうち産業振興費の割合は、23区内で最も低くなっています。かつて文京区では印刷・製本・出版が地場産業と言われていました。しかし産業構造の変化や大手印刷会社の郊外移転により、関連する周辺中小企業もまだ体力があるところは同様に移転していきました。昔との比較で言うと、霞が関や大手町に通っている人たちが職住近接の場所として住むケースが多くなり、文京区は仕事をする街ではなくなってきています。それが他の自治体と比べて、商工業に対する重点が比較的低いということにつながっています。

図表13-4 文京区長が重視してきた政策

(出所)NIRA総研「『全国市町村長の政策意識』に関するアンケート調査」

 ―――子育て支援について、ポイントになった政策はなんでしょうか?

 11年前に全国で初めて私は区長として育休を宣言しましたが、政策的に大きかったのは、ワンルームマンションの建築に関する規制を区長就任後、すぐに行ったことでしょう。

 それまで23区内では、利回り5%~7%程度で回る金融商品としてのワンルームマンションの需要が高く、その需要に対応した不動産開発が続いていました。しかしワンルーム物件の近隣ではゴミ出しのトラブルや夜間の騒音の苦情なども多くありました。こうしたワンルームマンションの開発を規制するということは、ファミリー向けの物件ならば建てていいということです。この政策に不動産デベロッパーによる都心回帰需要向け開発のタイミングが重なり、ファミリータイプのマンションの供給が進みました。

 文京区でデベロッパーが供給するマンションは、70平米7,000万円、80平米8,000万円、100平米1億円くらいの価格帯でした。現在はそれより15%以上も上昇していますが、こうした価格帯でローンを形成できる高所得のご家庭が転入してくるようになりました。この価格帯のローンは、男性だけが稼ぎに出ていて女性は専業主婦というモデルのご家庭ではとても払い切れません。ローンが組めるような人たちというのは、公務員、弁護士、医者、公認会計士といった職業の方たちであり、ご夫婦とも働いている世帯収入が高い人たちです。こうした人たちが多く入ってくるようになった結果として税収も増えました。ある程度家計に余裕がある方も多いので、区内で2人目、3人目を産むという選択をしていただいた。それによって、合計特殊出生率の上昇につながったのだろうと思います。

 また文京区の年少人口は、6~10歳のところで増えているのですが、これは小学校入学時に転入してくる人たちがいるということを示しています。出産から保育の段階では、たとえば港区では第2子から保育園の保育料は無料ですので、港区で出産をして子育てをしたいという方がいらっしゃると想像できます。ですがもう1人子どもが増えて、下のお子さんが小学校に上がるタイミングで部屋が手狭になると、港区内でもうー部屋広いマンションに引っ越しをする、そのローンを組むことは比較的難しくなるであろうと。そうなると、港区と比べたら手頃感があり、公立小学校の初等教育に一定の定評がある文京区を選択して、そのタイミングで転入してくる人たちが多いのではないかなと思います。

 これは評価が分かれるところではありますけれども、文京区では約半数の生徒が区立中学校ではなく中学受験で私立や国立の中学校に進みます。区立中に進学した人も中学校卒業以降、自分が高齢期に入って介護等のサービスを受けるまでは、基本的には区から受けるサービスよりも、納税額が上回るという状態が長く続きます。その期間に当たる子育て期に、予算をつけてサービスをしっかり提供する。それが人口増につながるだろうと考え、保育サービスの多様化などを組み合わせ、子育て支援を充実させました。そのブランディングに成功して、合計特殊出生率の増加等につながっていったわけです。

 ―――政治的な判断は、エビデンスベースで行われているのでしょうか?

 子育て世代への支援強化によって人口増を図り、それによって高齢期の人たちへの財源を確保できるのではないかというのはあくまで仮説でした。そうした仮説に基づいた施策が想像以上の人口増、特に年少人口増を生んだわけです。子育て支援などの施策に関しては、エビデンスが出るのを待っていては手遅れになってしまうため、大方針を先に提示するケースが多くなります。自治体の現場では、施策を実行してみて分析を行い、微修正をかけていくことになりますね。

 ―――人口増はまだ継続していますか?

 人口増が振り切ったような状況になっており、現在、区内の小学校では教室不足が起き始めています。人口増が全体に対してよい影響を与えるという前提で、人口増を促す政策をいくつか考えましたけれども、その勢いに自治体のサービス供給が若干ついていけなくなっているというのが現状かなというふうに思います。

 またコロナの影響で、東京では人口を減らしている自治体が多く、文京区も昨年は減少しました。ただ文京区の場合、減少している約8割は区内の大学などに在籍している留学生の帰国によるものです。2020年の12月から2021年1月、2月の3カ月間は、再び転入増に転じています。

方向性は明確に示しつつ、具体策は職員に任せる

 ―――リーダータイプについて取引型か鼓舞型かを示す問いに答えていただき、成澤さんは中間に位置するという結果となりました。リーダーシップについてどうお考えでしょうか?

 たとえば子育ての分野については、保育園の定数を一昨年の4月と昨年の4月とも1,000ずつ増やしましたが、これは私が方針を出しました。また、学童保育を夜9時、10時に延長してほしいという区民の声があるのですが、私としては、働く本人にとっても家族にとっても長時間労働は良いことではないと考えています。そのため、この要望については「ノー」と言い続けてきました。ワンルームマンション規制や、比較的所得層の高い人たちを政策誘導しようという大方針についても同様です。こうした点については市町村長の政治判断というリーダーシップを発揮したということになると思います。一方で保育園を区内のどの場所に作るかといった具体的に検討については、職員に任せていて、私のイニシアチブというものはほとんどありません。

図表13-5 リーダーのタイプ(変革or漸進、鼓舞or取引)

(注)青い丸は成澤区長の回答。
(出所)NIRA総研「『全国市町村長の政策意識』に関するアンケート調査」

 ―――人事評価については、どのように行われていますか?

 文京区の場合、職員の評価者に私がなることは基本的にありません。部長級、課長級については副区長がA、B、Cの評価を付けて、私も最終確認はしますが、よほどのことがない限り、副区長の評価に異議を唱えたりはしませんね。異議を唱える場合も、「この人はAにしてあげた方がいいのでは?」というケースの方が多いかもしれません。

 ―――改革の進め方では、変革型、漸進型のうち後者であるという結果になりました。

 僕は、変えなければダメだという問題意識があったとしても、プロセスを考えずにリーダーシップで強引に変えるタイプではありません。方向性について持論は述べますが、時間がかかるのは仕方がないと思う方です。

 ―――感染症対策については区としてどんな対応をされましたか?

 まずマスコミ報道において、コロナ対策がリーダーシップ論とリンクされ、自治体間競争のように語られていることには違和感を覚えました。

 以前から文京区では、子ども宅食という貧困世帯向けの支援事業をやっていますが、その仕組みを使って現金給付の代わりになるクオカード1万円分を配布するといった対応をかなり早い段階で行っています。また東京都が営業時間短縮に関する感染拡大防止協力金をつくりましたので、それはそれで区内の業者に使ってもらいつつ、こぼれてしまった業種についての家賃助成の制度を区でつくりました。先ほど、23区で最も産業振興の予算が少ないという話をしましたが、令和2年度の最終補正と新年度の当初予算では、前年比で倍くらいまで伸びています。そこはメリハリをつけてやっているつもりです。自治体ごとに優先すべき項目は違うので、それぞれの自治体で実施する制度設計が今回は大事だと考えています。

参考文献

政府統計の総合窓口(e-Stat)『都道府県・市区町村のすがた(社会・人口統計体系)』.

第14章 神奈川県川崎市

概要

 羽田空港近くで東京23区と横浜市に接する川崎市は、全国屈指の好立地にある。川崎市において少子化対策が功を奏し、順調に人口増加してきていることは、政治的リーダーシップとは無縁の「あたりまえ」のことのように受け取る向きもあろう。しかし、実際は、それほど、容易ではない。

 東京23区と横浜市に挟まれる好立地は、同時に、圧倒的なブランド力を持つTOKYOやYOKOHAMAと都市間競争をしていかなければならないことを、川崎市に宿命づけてきた。しかも、川崎市の地形は東京23区と横浜市に挟まれて南北に細長く、東西に狭い。首都圏の主要軌道系交通や幹線道路等は、狭い東西間を貫くものが多く、川崎市全体としての地域一体性は醸成されてこなかった。

 企業と労働者から構成される臨海工業地帯を含む川崎区から、東京に通うサラリーマンである川崎都民が多い内陸部の麻生区まで、川崎市は7つの区ごとに相当程度に多様な個性を有している。吸引力の強いライバル都市に囲まれて、多様な地域を抱える川崎市は、決して政治的リーダーシップを発揮しやすい環境にはない。150万人を超える大都市であることも、市長個人が対面で発揮できるリーダーシップの範囲を限定的なものとしている。

 しかも、近年、第2次産業の空洞化が進む日本にあって、川崎市もその例外ではない。日本鋼管や東芝など、日本代表する大企業は工場を縮小し、最盛期で日本全体の約2%分もあった固定資産税償却分は、いまや約半分の1%程度にすぎない。産業競争力を維持するためにも、一定の投資が必要となっている。

 それにもかかわらず、川崎市は、順調に発展を続けている。人口は150万人を超えて、旧五大都市の京都市・神戸市を上回って、福岡市に次ぐ全国6番目に人口の多い都市となっている。2010年から2020年までの人口増加率は6.2%と、政令指定都市(20市)の中で2番目に大きい伸び率である。特に、他の指定都市と比較すると、生産年齢人口と年少人口の増加率が大きい(注7)

 新型コロナウイルス感染症対策以前、首都圏においては23区への都心回帰傾向が強かったなか、川崎市は、23区に対して社会増加を記録した。加えて、出生率が低い首都圏にあって、合計特殊出生率の伸びが大きい。2008年~2012年は1.3、2013年~2017年は1.38であり、その増加幅は0.08ポイントである(指定都市で2位タイ)。働き盛りの世帯を引き付け、その世帯の出生率向上に成功しているのである。

 ちなみに、2019年の財政力指数(基準財政収入額を基準財政需要額で除した数値)は1.02である(注8)。かつてほどの財政力はないが、政令指定都市で最も高い。他の日本の都市と同様に、市税収入の伸び悩みに直面しながらも、バランスよく財政運営を行い、都市間競争に打ち勝ち、少子化対策にも成果を挙げてきているのである。

 とりわけ、2013年に市長に就任した福田紀彦は、これまでの「力強い産業都市づくり」については継承してきた。引き続き鉄道・道路のネットワーク形成による交通網整備を図りながら、川崎駅・小杉駅等に力点を置いた広域拠点形成や市街地開発を行ってきた。その上で、新たに強調してきたのは、地域包括ケアやコミュニティづくりに力点を置いた「安心のふるさとづくり」である。「力強い産業都市づくり」の伝統の上に、リーダーシップを持って「安心のふるさとづくり」を進めることで、「最幸のまち」となることを目指してきたという。

 近年、首都圏の大規模自治体においては、アナウンサーや俳優など、テレビで顔なじみのマスコミ・芸能関係者の市町村長が少なくない。芸能人でも役人でもなかった川崎市長のインタビューには、単独世帯化・高齢化の進む現代の大都市地域において、リーダーシップを持って合意形成を図って、結果を出していく秘訣が記されている。

図表14-1 製造業における製造品出荷額等の大都市比較

図表14-1 製造業における製造品出荷額等の大都市比較

(出所)川崎市「川崎市総合計画 第2期実施計画」

図表14-2 人口全体に占める生産年齢人口割合の減少幅(2010年~2020年、減少幅が少ないトップ5市)

(注1)生産年齢人口は15歳以上65歳未満の人口。
(注2)平均は、政令指定都市20市の生産年齢人口割合を人口で加重平均したもの。
(出所)総務省「住民基本台帳年齢階級別人口(市区町村別)」

福田 川崎市長インタビュー

高齢化に向けた地域包括ケアシステムの構築

 ―――「ともにつくる 最幸のまち かわさき」をキャッチフレーズにした川崎市のまちづくりは、政令指定都市の人口増加率のランキングで上位が続き、合計特殊出生率も高水準で維持するなど少子化対策も成功していますね。また、財政においても、財政力指数が政令指定都市の中で最も高く、歳入に占める市税収入、特に固定資産税、市民税の割合が高くなっています。
 全国の市町村に尋ねたアンケート調査では、50万人以上の自治体の場合、政策の優先順位は子育て支援、防災、地域づくりの順になっています。これに対し、川崎市では1番目が子育て支援、その次が高齢者福祉、防災、住民協働と続きます。高齢者福祉の優先順位が高くなっていますが、その理由について教えていただけますか?

 川崎市はおかげさまで人口流入はまだ続いておりますし、また産業面でも比較的元気があります。よって人口減少や産業空洞化が喫緊の課題になっている他の多くの自治体とは、政策の優先順位も当然変わってきます。その中でこの5年間ぐらい私が言い続けてきた最重要施策は、地域包括ケアシステムの構築です。

 政策の優先順位はお答えしたとおりですが、実を言えばこれらの政策はワンパッケージだと捉えています。

図表14-3 川崎市の概要

(注)人口、自治体職員数は2020年4月1日時点、面積及び市長のデータは2021年1月1日時点。

 これから都市部においては急速に高齢化が進みます。川崎市は、高齢化率は21%を超えておらず、全国的に見てもかなり低いのですが、数で言えば20%でも30万人です。人口の多い自治体が一挙に高齢化するとなれば、今から対策を進めておかないと本当に追いつかなくなると危機感を感じます。また気候変動の影響で自然災害も今後増えるでしょう。

 そうなると防災対策も、高齢者福祉も、それぞれを分けて考えるのではなく一律の地域づくりとしてやっていく必要があるのではないか。都市化が進んだことによる最大の課題は、地域力が本当に弱まってしまっていることだと思います。コミュニティの力が弱まると、地域にとって最も大切な価値である安全と安心が小さくなっていきます。その場所に住み続けられる安心感が縮小していくと、住民はそこから離れて引っ越しをしてしまうでしょう。地域力が小さいと、選ばれない都市になってしまうという危機感があるのです。

 そういったことも考えて、川崎市では現在新しいコミュニティの形成に力を入れて取り組んでいます。コミュニティがあるからこそ、安全・安心なまちにつながるのだろうなと。これから日本全国の自治体が取り組まなくてはならない地域包括ケアシステムという仕組みも、これは福祉だけの話ではなく、まちづくりそのものではないか。成熟した都市になるかどうかの分岐点はここにかかっているということで、挑戦を続けていきたいと思っています。

図表14-4 川崎市長が重視してきた政策

(出所)NIRA総研「『全国市町村長の政策意識』に関するアンケート調査」

子育てと防災でリーダーシップを発揮

 ―――アンケートでは、政策課題について判断するときに、「行政ルールや行政組織の慣例を踏まえた判断が必要」なのか、「市町村長による政治的判断が必要」なのか、質問しました。市長は子育てや防災・災害対策について強い政治的判断が必要であると回答されましたが、具体的にどのように政策を進められたのでしょうか?

 私が市長に就任したのは約7年前ですが、当時は、待機児童数が神奈川県内でワーストという状況でした。出産や育児がきっかけで仕事を辞めるために、30代で女性の就業率が下がるという、いわゆる「M字カーブ」と呼ばれる現象が、川崎市でもかなりはっきり現れている状態だったのです。また、子ども世帯がいる家庭の共働き率が非常に高い一方で、その子どもたちの受け皿が足りないことも明らかに分かっていました。ここは、とにかく解決までやらなくてはという私の判断で、いわゆる隠れ待機児童まで含めて取り組みを強化しまして、7年間かけて保育所数は倍になりました。

 取り組み始めた頃は、「待機児童なんてあって当たり前だし、潜在的な待機児童まで掘り起こしてどうするんだ」という感覚を持った職員も多かったのは事実です。しかし、潜在的なものも含めて待機児童が無くなるまでやるという最初のゴールセッティングは、しっかりできたと思っています。

 それから防災についてですが、大きな災害を経験した都市であれば、防災対策にお金を使うことに対して、市民合意が比較的容易にできます。しかし川崎市はこれまで激甚災害を経験したことがなかった自治体です。一昨年にはじめて、台風災害で甚大な被害があった。防災対策というのは、いつ、何が起こるか分からないものに対して多額の予算を投入するものなので、その是非について常になんらかの指摘はつきまといます。ここは市町村長の政治的な判断や感覚が顕著に表れると思いますね。

行政と民間の協働に、伝統的な強み

 ―――まちづくりを進めるにあたって様々なレベルで協働が必要になってくると思いますが、住民や地元の企業、民間団体との繋がりについてはどんなふうに見ていらっしゃいますか?市長の思いや工夫どころについて、お聞きしたいと思います。

 改革の障害として、私は「ネットワークの構築が進まない」に○を付けました。市民の活動については、住民間の協力関係が非常に深い人たちや、NPOなどの地域活動が盛んな人たちが多いエリアと、そうではないところの差が大きくあるという印象です。非常に協力的で前に進みやすいところと、無関心層が相当程度いらっしゃる場所の両方があると思います。大都市だけに、住民自治が形成しづらい面はありますね。

 企業や団体との連携については、川崎市が伝統的に得意としているところです。職員もそうした経験を積んだ人間が多いので、連携についてはハードルが低いと感じているはずです。たとえば何かの実証実験を企業と共同でやる、そこから実際に施策として回していくなど、民間との協働連携は、川崎市のDNAとして存在しています。

 現在も継続して行っているコロナ対策についても、行政の持っている情報と、地域の金融機関や商工会、相談機関などが持っている情報を、みんなで重ね合わせて見て、それを施策につなげていこうと取り組んできました。個々の団体やプレイヤーが自分たちの持っているリソースを紹介したり提供したりするのではなく、ある1つの窓口へ行けば、そこで連携している団体や機関が持っているサービスを全部紹介できるといった連携が非常に重要です。

 川崎市の150万人という人口には適度なサイズ感があるといつも思っています。南北という細長い地理的な不便性はありますけれども、150万人という規模は、住民、市民団体や企業、そして行政と、それぞれの団体が適正に動けて、顔の見える関係を築くことができるぎりぎりのサイズではないかなと。そういう意味では、お話ししたような繋がり、連携は非常に重要視していますし、これからもきちんとやっていきたいですね。

  図表14-5 改革を進める上での障害

rp112201_data14_5.png(注)青い丸は福田市長の回答。(出所)NIRA総研「『市町村長の政策意識』に関するアンケート調査」

 ―――様々な新しい取り組みや改革を行ってきた市長ですが、それらを達成する過程でご自身の特性、リーダーシップが発揮された点はありますか?

 川崎を日本で「最幸のまち」にするためには議会と市長が両輪となって市政を進めていくことが必要です。それを実践するために「対話」と「現場主義」を基本姿勢としています。

 議場のみならず、様々な機会にご意見やアドバイスをいただき、私も率直に誠意を持って「対話」させていただくことで、皆様と信頼関係の構築ができるものだと思っています。

 また、市長室にこもっているのではなく、町の食堂や商店街、工場など「現場」の皆様と直接意見交換をしています。

 これらの姿勢を市民・議員の皆様にリーダーシップと捉えていただき、ついてきてくれたからこそ、これまでの実績の積み上げができたのだと思います。

 ―――市長は議会との関係構築を上手く行っていると聞きます。議会や県との関係はどのように考えていらっしゃいますか?

 議会の存在というのは非常に大きいです。私は県議の経験がありますが、知事と議会が対立をしていたことがあり、「この対立は住民のためになるのだろうか」と疑問に感じていました。無用な対立は市政県政のスピード感を鈍らせるだけなので、議会の理解や協力を得ることは非常に重要だと思っています。

 市と県との関係でいうと、コロナ対策については県知事に強力な権限が与えられているのですが、やはり地域に寄り添った対応をするためには、県の視点ではなかなか難しいと感じます。実態に合わせた権限を市のほうで持つことが望ましいですし、そのために権限と財源をセットにして持たせていただかないと、本当の住民のための施策はやりづらい。実態と権限が見合っておらず、財源がセットになっていないとリーダーシップを発揮しようにもできないので、そこは課題として認識しています。

職員に安心感を与えつつ、成果を出させる

 ―――政令指定都市ならではのまちづくりの課題というものもあるように思います。

 規模が大きい都道府県になるとまた違う部分もあると思いますが、住民に一番近い基礎自治体としては、基本的に住民からの納得感を得ることができるようまちづくりの形を提示できることが大事だと思います。

 そして政令指定都市の課題というのは、多少の違いはあれ共通しているところが多くあります。政令市の市長同士では知恵を出し合ったりする機会は公的にも個人的にもあり、他自治体のいい事例は真似をして自分たちのまちに合うようにアレンジしていく、ということはもっと進めていけたらと思っています。政令市は、地域における中核の都市として周りの自治体に与える影響が極めて大きいと思っています。そういう意味で川崎市としても、いい事例をこれからも作っていければいいなと考えています。

 ―――自治体で新しい事業や改革に取り組むとき、その成果と評価というものも必要になってくると思います。そこに関わる職員の人事評価も含めて、評価についてはどんなお考えをお持ですか?

 これまで自治体の仕事をしてきた中でよく見てきたのは、最初ははっきりとした目的があってはじめた事業が、しばらくするとその目的を忘れてしまって事業そのものが目的化する、という光景です。

 目的に対する成果をしっかり出すことをやらないと、目的意識が無い無駄な事業が続いてしまう可能性がある。それはあってはならないし、しっかり評価しなくてはいけない。そのためには成果重視という評価軸が重要です。

 一方で、いわゆる年功序列という、成果重視とは矛盾するような日本の雇用の仕組みも大事だと思っているのですね。これは感覚的なものなのですが、一定程度は年功序列という仕組みが無いと日本は上手く回らないのではないか。ある程度の安心感というものがあって、そこで初めて働くモチベーションが上がるのではないかなと。

 人事評価が成果主義なら給与もそれに伴って成果主義ということに普通はなると思うのですが、私はそこで第三の道ではありませんが、公務員に安心感を与えるような雇用の仕組みがあってもいいのではないか、と考えています。

参考文献

川崎市(2020)『川崎市総合計画 第2期実施計画』.
総務省『住民基本台帳年齢階級別人口(市区町村別)』.

総括 求められるリーダーシップ

 最後に第1部と第2部を通じて、確認してきたことを整理しよう。次の図表15-1、及び15-2は、第2部で事例研究した先駆首長のアンケート回答結果を、全国平均の回答結果と対比して整理したものである。

図表15-1 先駆首長の政治判断の必要性

 第1に、自治体での先駆的な業績の領域は、市町村長がアンケート調査で重要課題に掲げている領域と、基本的に一致している。すなわち、農業力を生かした定住人口の確保に成功していた川南町が「定住人口確保策」を最重要課題と回答し、徹底した行財政改革から地方創生を先取りした伊達市が「人員数や人件費の見直し」、市町村合併を踏まえて人口増加や高い出生率に成功した木津川市が「子育て支援策の充実」、大都市中心地にあって人口回復に成功した文京区が「子育て支援策の充実」、コンパクトシティ政策を先駆的に実施した富山市は「その他」、そして、大都市のなかで人口増加や高い出生率を記録できていた川崎市が「子育て支援策の充実」となっている。自治体の強みや課題を的確に理解して、それを着実にのばしていくことが、リーダーシップを発揮するための基本戦略といえる。

 第2に、重要課題に対応するにあたって、特段、先駆首長が、全国市町村長の平均と比べて、政治判断をより重視しているとはいえない。重要課題上位4位に対する政治判断の程度の平均をみると、図表15-1から明らかなように、全国市町村長の平均値より、先駆首長が一概に高いわけではない。それぞれの市町村長が重視する政策による違いが現れている。

 すなわち、(b)「人口減少の程度や超高齢化のスピードを緩和する政策」に関しては、先駆首長も全国平均と同様に政治判断を重視する傾向にあった。たとえば、「子育て支援の充実」に係る先駆首長3名のうち2名が、政治判断をより強調しているが、全国平均でも、子育て支援の充実には、政治判断をより強めにする市町村長が一番多かった。また、定住人口確保策に積極的に取り組んでいる先駆首長は、政治判断の必要性をやや強めに主張しているが、全国平均でも定住人口確保策を最重視する市町村長は、政治判断をより強く強調している。

 これに対して先駆首長と全国平均で、若干、差異がみられるのは、(a)「人口減少に応じて事業規模を適正に縮小していく政策」分野である。全国平均においては、行財政改革を最重視してきた市町村長は、「政治判断がより強く重要だ」としているものと、「政治判断と行政判断が同程度だ」が拮抗している。一方、先駆首長は「政治判断と行政判断が同程度だ」としている。先駆首長だからといって、政治判断を強調して、最重要課題に対処しているわけではないのである。

 第3に、改革の障害要因や組織運営のあり方に関しても、先駆首長と全国平均はほぼ同様の傾向を示している(注9)。全国平均で76%が障害だとしている「財源不足」については、先駆首長6人全員も主張している。全国平均で57%が障害だとしている「職員の質量不足」についても、半分の先駆首長3人も同様の主張をしている。また、全国平均で54%が指摘した「議会の同意が得られないこと」については、4人の先駆首長が同様の指摘をしている。さらに、全国平均で53%が障害だとしている「住民の協力が得られないこと」についても、先駆首長3人が同様の指摘をしている。

 組織運営方針に関しても、全国平均と同様にすべての先駆首長が、「市町村長自身による指示・命令を重視する統制型組織」ではなく、「現場の職員の意思決定や判断を重視する自立型組織」のほうが望ましいとしている。市町村長による指示・命令が先駆的業績を生んでいるわけではないのである。「個人単位ではなく、組織単位の活動が重要」であり、「既存組織の再編よりも、プロジェクトチームを編成して活動」したほうがよいとしている点についても差異がない。人事評価や給与支給に関しても、ほぼ同様の傾向がみられる。現在の日本においては、先駆首長のリーダーシップも、成果主義によって担保されているわけではないのである。

 第4に、全国の平均と先駆首長の違いを、敢えて際立たせるとすれば、それは意思決定の内容に関する考え方である。全国平均においては、「公平な分配が犠牲になっても、全体の利益を拡大することが望ましい」というのが多数の74%を占め、残り26%の市町村長で「全体の利益が犠牲になっても、公平な分配を実現するのが望ましい」と主張している。これに対して先駆首長は、無回答を除くと、すべての先駆首長が、「公平な分配が犠牲になっても、全体の利益を拡大することが望ましい」としている。一部の人の満足を減ずることなしには、いかなる人の満足も増すことができない状態をパレート最適と呼び、それは、人々の合意を得やすい状況である。が、先駆首長の回答は、パレート最適を超えた政策決定が必要なことを強く物語っている。

 ただし、行財政改革を進めてきた伊達市は、「双方が合意するまで期間を延長し、議論を続けるほうがよい」とも主張している。行革が、全員合意の原則に基づいて進められ、成果を挙げてきた現実も無視することはできない。

 第5に、図表15-2でみるように、リーダーシップの類型でみると、全国平均で39%は、取引・漸進型に位置付けられたのに対して、先駆首長は、取引・漸進型も1名いる一方で、中間(取引鼓舞)・漸進型3名、鼓舞・漸進型1名、中間型(取引鼓舞・変革漸進)1名と、より多様性に富んでいる。つまり、相手が受け入れる案を提示して取引するというスタイルばかりではなく丁寧に説得しながら改革を一歩ずつ実現できるかが、問われていることが分かる。

 もともと、一般人に比べて全国の市町村長はより外交的であり、リスク選好度が高かった。特に、先駆首長6人は、リスク選好度に関して全国市町村長の平均よりも高い。ギャンブル性に富んでいたり、調子よかったりすることが、成功するリーダーシップの源泉なのではなく、責任を持って政策課題に臨み、一歩一歩、着実に変えていくことに自信を持って取り組んでいるところに、先駆首長共通の特徴を求めることができる。

図表15-2 先駆的首長のリーダーシップの類型

(注)第7章図表7-2の再掲。

 以上、本研究を通じて浮かび上がった市町村長の平均的な姿は、「国や役所のいうことばかりを代弁する役人の操り人形」でもなければ、「政治的パフォーマンス先行で、目立ちたがり屋」でもない。さらに、「強いもの(既得権益層)の味方ばかりをする」者でもなかった。また、「特異な性格・才能に恵まれた変わった人間」というよりは、「一般人よりはやや社交的で、リスクを厭わない普通の人間」であった。比較的勤勉で、組織としての意思形成に努め、合意のための意見調整に従事しているという意味では、地味で実直な姿である。

 そして、こうした実直で地味なイメージは、先駆首長に関しても同様であった。第2部で取り上げた先駆首長も、目標を高く掲げるのではなく、一歩ずつ変えていく漸進型が多い。他の市区町村長と比較して、目標設定に違いがあるわけではない。しかし、政策を実行するスタイルにおいては、全国平均と比べれば、取引的な要素よりも鼓舞的な要素が高いという特徴がみられる。意見の異なる人に対して、議論を重ねることで説得しようという意識が高い人々である。そして、何よりリスクを取ることを厭わない人格であることが、他の市町村長との大きな違いであった。

 今後は、低成長期のゼロサムゲームにおいては、取引できる余地が低い。となれば、取引・漸進型という最も多いやり方では、リーダーシップが発揮しにくくなる。取引するにも、そのための資源が不足している。今回の先駆的な市町村長は、そうした状況下で、より鼓舞的な要素を取り入れながら自治体運営を行っている少数派の市町村長である。それは、これからの自治体運営のあるヒントを与えているに違いない。以前よりは、人々を鼓舞しながら改革を進めることが求められることを付言して、本研究を終えることとする。

参考資料1 クラスター分析を用いた 全国の自治体の類型化

 全国の自治体の分類については、クラスター分析という手法を用いる(注10)(注11)。クラスター分析とは、分析対象の個体から類似しているもの同士を群(クラスター)に類型化するための統計学的手法の1つである。分析方法は大きく階層的クラスター分析と非階層的クラスター分析に分けられるが、本稿では、クラスターの形状を確認できる階層的クラスター分析を用いる。クラスターの作成には、一般的によく用いられているユークリッド距離を用いたウォード法を採用する(注12)。投入変数については、自治体の多様性を考慮するため、人口構成(総人口、年齢別人口比率、性別人口比率、外国人比率、大学卒人口比率など)、地理(総面積、可住地面積割合など)、経済(産業別従事者比率など、民間事務所数など)、行政(歳入決算総額、地方交付税交付金比率、目的別歳出額比率)、労働(雇用形態別比率、他市区町村からの通勤者比率など)、生活環境(対人口比の小売店舗数、対人口比の病院病床数など)に関する様々な指標を用いる。具体的に使用する変数は付表1-1のとおりである。これらの変数が入手可能な全国1,719市区町村を対象として、投入変数を標準化(平均0、標準偏差1)した上でクラスター分析を行った。

 付表1-2はクラスター分析によって得られたデンドログラムである。結果をみると、G1~4とG5~7で大きく二分されていることが分かる。後でみるように、前者は都市部の特性を有した自治体、後者は地方の特性を有した自治体が多く含まれている。さらに、都市部のクラスターは4つに分類され、G1とG2~4で二分される。また、地方のクラスターは3つに分類され、G5~6とG7で二分されることが分かる。

 以下では、クラスターごとの特性を確認していく。付表1-3はクラスター分析に用いた変数の平均値をクラスターごとにまとめた結果である。また付表4は各クラスターを構成している自治体のリストである。

 まずG1についてみると、総人口が極めて多く、可住地人口密度も非常に高い。人口増減率が高く、人が集積している。また、未婚率、単独世帯割合などが高く、若い人が1人で生活する場にもなっている。経済に関する指標からは、民間事務所数が多く、特に大企業が多い。サービス産業が中心で、商品販売額が大きく、経済活動が活発である。人や企業が集積していることもあり、地価も高い。行政に関する指標からは、課税対象所得が大きく、借金の元利払いの負担の重さを示す実質公債費比率や、財政の硬直度を示す経常収支比率が低く、財政が比較的健全である。独自の政策に自由に使えるリソースも潤沢と推察される。労働に関する指標では、会社役員比率が高い。他の自治体からの通勤者が多いことから、勤務先として人が集積する場となっている。同クラスターを構成している自治体をみると、東京都心部の自治体や政令指定都市が中心となっている。

 G2についてみると、総人口がG1に次いで多い。一方で、総面積が広いため、可住地人口密度はそれほど高くない。ある程度の空間的なゆとりがある自治体のグループであることが分かる。G1~4の中では、65歳以上人口割合が高いが、人口増減率は低く、高齢化や人口流出が進行していることもうかがえる。経済に関する指標では、G1に次いで民間事務所数が多く、大企業も多い。サービス産業が中心で、商品販売額も高い。面積が広く、高齢化や人口流出も進んでいるためか、地価は高くない。行政に関する指標では、経常収支比率、実質公債費比率も比較的高い。財政が硬直化し、財政が圧迫している様子がうかがえる。独自政策に自由に使えるリソースは限られていると推察される。労働に関する指標では、G1~4の中では、他の自治体からの通勤者が少なく、地元の人の雇用の場になっている。生活環境では、人口当たりの病床数が多く、医療機能が充実している。同クラスターを構成している自治体をみると、県庁所在地や中核市が中心となっている。

 G3についてみると、可住地人口密度、人口増減率がG1に次いで高く、人が集積している。核家族割合が比較的高く、若年層、壮年層やその家族の生活の場になっていることがうかがえる。経済に関する指標では、地価がG1に次いで高い。行政に関する指標では、地方交付税比率、実質公債費比率は低い一方で、経常収支比率は高い。税収は比較的潤っており、公債費負担の重さも限定的だが、義務的経費以外に使える財源に余裕はない様子がうかがえる。歳出に占める民生費比率が高く、社会保障関係の費用が膨らんでいることがその一因かもしれない。生活環境では、小売店数、飲食店数、老人福祉施設数など、人口当たりのサービス供給量がG1~4の中では比較的低い。人口の伸びに対して、サービスが追いついていないのかもしれない。同クラスターを構成している自治体をみると、東京圏、京阪神の都心近郊の市が中心となっている。

 G4についてみると、総人口がG1~4の中では最も少ない。15歳未満人口割合、核家族割合が最も高く、若年層、壮年層やその家族の生活の場になっていることがうかがえる。経済に関する指標をみると、G1~4の中では民間事業所数が最も少なく、第二次産業が盛んである。行政に関する指標では、実質公債費比率が比較的低く、公債費負担の重さは限定的である。経常収支比率はG1~4の中では比較的低く、独自政策に自由に使えるリソースが一定程度あると推察される。同クラスターを構成している自治体をみると、G2やG3を構成している自治体の近郊に位置する自治体が中心となっている。

 G5についてみると、G5~7の中では総人口が最も多く、総面積も最も広い。G7に次いで、65歳以上人口割合が高く、人口増減率が低く、高齢化と人口流出の進行がうかがえる。経済に関する指標をみると、G5~7の中では民間事業所数が最も多く、サービス産業が中心である。行政に関する指標では、課税対象所得が低く、地方交付税比率はG7に次いで高い。経常収支比率も高く、独自政策に自由に使えるリソースが非常に限られていることがうかがえる。生活環境では、人口当たりの小売店数、飲食店数が比較的高い。人口当たりの病床数は最も高く、医療体制が充実していることが推察される。

 G6についてみると、最も多くの自治体が該当し、全体平均からの乖離が比較的小さいグループである。経済に関する指標をみると、製造業が中心となっている。行政に関する指標では、実質公債費比率がG5に次いで高く、公債費負担が大きくなっている。しかし、経常収支比率は比較的低く、独自政策に自由に使えるリソースが一定程度確保できていることがうかがえる。労働に関する指標については、G5~7の中では製造業が中心であるためか、派遣社員率が高い。

 G7についてみると、総人口が最も少なく、65歳以上人口割合が最も高い。また、人口増減率が低く、人口流出が深刻であることがうかがえる。経済に関する指標をみると、課税対象所得が低く、第一次産業が中心である。行政に関する指標では、製造業やサービス業がないためか、課税対象所得が低い。実質公債費比率は比較的低く、公債費負担は限定的である。また、経常収支比率も低い。歳出総合に占める農林水産業費、災害復旧費の割合が他のグループと比較して最も高く、第一次産業の振興、防災が重要な政策領域となっていることがうかがえる。生活環境では、人口当たりの小売店数、飲食店数が多いが、人口当たりの病床数は少なく、医療体制が不十分である可能性がある。高齢者割合が高いこともあってか、人口当たりの老人福祉施設数は多い。

 以上の各クラスターの特性を踏まえ、以下では、G1を「大都市クラスター」、G2を「地方中核クラスター」、G3を「衛星クラスター」、G4を「準衛星クラスター」、G5を「高齢クラスター」、G6を「標準クラスター」、G7を「農林水産クラスター」と呼ぶ。

参考文献


山本雄三・高見具広・高橋陽子(2018)「統計指標に基づく市町村分類の試み」JILPT Discussion Paper, pp.1805.
Romesburg, C(2004) “Cluster analysis for researchers,” Lulu.com.

  付表1-1 クラスター分析に用いる変数(クリックすると拡大します)

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付表1-2 デンドログラム

  付表1-3 各クラスターの特性(クリックすると拡大します)

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付表1-4 各クラスターを構成する自治体リスト(クリックすると拡大します。)

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参考資料2 問2の自由回答データの 分析に関するテクニカル・ノート

金子智樹(注13)

1. データと分析の準備

 本調査の問2「緊急時(コロナ禍や水害・地震などの災害時)の自治体運営について、どんな問題や課題がありますか。以下にご自由にご記入ください。」への自由回答のテキストデータを用いて、計量テキスト分析を行った。

 分析に際しては、統計分析ソフトのRと、計量テキスト分析用の統合パッケージであるquantedaを使用した(注14)。各自由回答テキストは、quantedaを用いてコーパスという形式に整理される。その際、①全角・半角のアラビア数字は漢数字に変換する、②記号や空白スペースなどは削除する、③4文字以下の回答は欠損値とする、などの前処理を行った。

 実際の分析で用いることになるのは、コーパス内の各テキストの文書単語行列(各テキストにおいて各単語が何回出現したかの情報)である。日本語は単語と単語が分かち書きされていないため、文書単語行列の作成の際には外部辞書を参照することが必要になる。今回の分析では、形態素解析用のRパッケージであるRMeCabと、単語分かち書き辞書であるmecab-ipadic-Neologd(2020年9月10日版)(注15)を用いることにした。mecab-ipadic-Neologdは更新頻度が高く、新語や固有表現に強いという特徴があるため、新型コロナウイルス感染拡大の影響を一定程度受けていると予想される今回の回答データの分析においてはメリットが大きい。なお文書単語行列の作成においては、分析において不要だと考えられるひらがなのみ・数字のみの単語や、1つのテキストでしか用いられていない単語を削除した(注16)

 以上の作業により、646本のテキスト×1967単語の文書単語行列が得られた。すなわち、全自治体中の37.1%にあたる646の市町村長の自由回答データが今回の分析で実際に用いられることになる。

付表2-1 文書単語行列の頻出上位50語

 付表2-1は、文書単語行列中の頻出上位50語をリストアップしたものである。「コロナ禍」「感染症」のような、今般の新型コロナウイルス感染拡大と関連した単語が一定程度言及されている一方で、全体としては緊急時の災害対応全般に関する単語が上位に現れていることが分かる。すなわち、今回の調査の自由回答には、コロナ禍に限らない緊急時の政策課題が十分に表出されていると考えて良いだろう。

2. トピックモデルによる各回答のトピック比率の推定

 次なる課題は、各自治体の市町村長が緊急時の自治体運営のどの側面に対する問題意識を持っているのかを析出することである。ただし、人間の主観的な判断によって各自由回答を全てコーディングすることには限界があるため、可能な限り機械的な手法で各テキストのトピックを判定できることが望ましい。

 ここでは、教師なしの機械学習の一種である潜在トピックモデルを用いる。潜在トピックモデルには、①各文書は複数のトピックが混ざり合って構成されたものであると仮定する、②どの文書でどの単語が何回出現したかの情報(文書単語行列)の情報のみを用い、事前の教師データなどを必要としない、③各トピックに特徴的な単語から、それぞれのトピックの意味を人間が解釈する、といった特徴がある。

 トピックモデルには複数の種類のモデルが提案されているが、今回の分析ではRのstmパッケージを用いて、構造的トピックモデル(Roberts, Stewart, and Airoldi, 2016)と呼ばれる手法で推定を行った。トピックモデルの推定においては事前にトピック数を決定しておく必要があるが、トピック数を変えた複数のモデルを試した上で、サブスタンス面の解釈のしやすさも勘案して10トピックを採用することにした(注17)

付表2-2 各トピックの解釈

 構造的トピックモデルの推定結果の概要を付表2-2にまとめた。「平均比率」の列は、各回答テキストにおける当該トピックの構成比率(事後分布の確率)のコーパス全体での平均値を、%で示したものである(注18)。また「頻出かつ排他的な単語」の列は、各トピックの意味を解釈する上で有用な基準であるFREXスコアの上位10語を抽出したものである。この単語を基に各トピックの意味を筆者らが事後的に解釈し、「ラベル」の列に示した。なお各トピックは、平均比率の降順に並べている。

 付表2-2からは、問2の自由回答において様々なトピックが言及されていることが分かる。最も言及率が高い「(1)職員と専門スタッフの不足」は、各自治体の職員やスタッフの不足の認識に関するトピックである。「(2)避難所の確保と運営」は、コロナ対応も含め、避難所のキャパシティなどに関わるトピックと解釈できる。「(3)情報の発信と管理」は緊急時における市民との正確なコミュニケーション、「(4)住民による共助」は市民の側の防災体制や協力意識などについてのトピックである。「(5)国・県との連携」への言及度も比較的高く、予算の確保も含め、各市町村の国や県との連携に関する不安が見受けられる。「(6)地域の孤立」「(7)避難の態勢」など、自治体内の各地域への支援が行き届かないことへの不安も存在している。その他、全体的な比率は高くないものの、「(8)平常時の準備」「(9)地域固有の災害」「(10)復旧・復興活動」の各トピックが析出された。

3. 自治体の特徴別の各トピックの言及率

 ただし、緊急時の際に問題や課題だと考えているトピックは自治体ごとに異なっていることが予想される。本節では、自治体の特徴に関するいくつかの変数に即して各トピックの平均的な言及率を算出し、その多様性を確認することにしたい(注19)

付表2-3 人口規模別の各トピックの平均比率(%)

 付表2-3は、6段階の人口規模別(50万人以上、20万人以上50万人未満、10万人以上20万人未満、5万人以上10万人未満、1万人以上5万人未満、1万人未満)に各自治体を分け、グループごとにそれぞれのトピックの平均比率を%で示したものである。

 付表3-3から読み取れるのは、自治体の人口規模によって自由回答のトピックが大きく異なることである。たとえば「(1)職員と専門スタッフの不足」「(2)避難所の確保と運営」は人口規模の小さい自治体の方が多く言及する傾向にあるのに対し、「(3)情報の発信と管理」「(5)国・県との連携」は人口の多い自治体の方が課題だと考えていることが分かる。また「(6)地域の孤立」「(7)避難の態勢」などは、人口の少ない自治体の方が不安視しているトピックである。

付表2-4 クラスター別の各トピックの平均比率(%)

 付表2-4は、本文中でも分析された自治体クラスター(7段階)別に、同様にトピック比率の平均値を集計したものである。基本的には表3と整合的な結果となっているが、特に大都市型(G1)では「(5)国・県との連携」に対する言及が多いのに対し、「(1)職員と専門スタッフの不足」への言及率が低いことが分かる。一方、農林水産業型(G7)の自治体では逆の傾向が顕著である。各クラスターの自治体において、職員や専門スタッフの不足と国や県との連携は(少なくとも緊急時の運営という面においては)対照的に課題認識されていると言える。また、「(8)平常時の準備」は人口規模別には特段の特徴が見られなかったが、クラスター別では、大都市型(G1)や衛星型(G3)を中心に強く不安視されていることが読み取れる。

付表2-5 財政力指数別の各トピックの平均比率(%)

 付表2-5は、財政力指数別にトピックの平均比率を算出したものである。具体的には、財政力指数のサンプル中の四分位数を基準として各自治体を4グループに区切った。ここでは、「(5)国・県との連携」への言及は財政力指数が高い自治体の方が多い傾向にある点が指摘できる。非常時の際の(予算確保なども含めた)国や県との協力体制は、恒常的に財源不足に苦しむ自治体に特徴的な課題とは言いがたい。各自治体の状況に即して政府や県との協力体制が確保されることが、緊急時における地方行政を考える上で必要になっていると言える。

参考文献


Roberts, Margaret E., Brandon M. Stewart, and Edoardo M. Airoldi(2016) “A Model of Text for Experimentation in the Social Sciences.Journal of the American Statistical Association 111(515), pp.988–1003.

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
NIRA総合研究開発機構・大久保敏弘・辻琢也・中川雅之(2022)「人口減少社会に挑む市町村長の実像と求められるリーダーシップ ー全国市町村長アンケート調査結果を中心にー」


脚注
1 伊達市と同程度の人口を有する市(ただし、データが得られたのは226市)の平均値14%減
2 同程度の人口規模を有する全国市の中では30番目と健闘している。
3 菊谷市長の他、5名の市町村長へのインタビュー原稿の編集は山路達也が行った。
4 現在は退任。20021月から20214月まで、旧富山市で1期、7市町村新設合併後の現在の富山市で4期市長を務めた。
5 人口増加率が最も高かったのは千葉県船橋市であるが、同市では市全体の人口も大きく増加していることから、コンパクト化の動きとは異なるものである。
6 20~29歳は同期間の転入者の43%、また、3039歳は26%である。
7 同期間中、生産年齢人口の増加率は6.4%と政令指定都市で最も大きく、また、年少人口の増加率は4.4%と政令指定都市の中で2番目に大きい。年齢層別に人口割合を見ると、2020年の人口全体に占める生産年齢人口(15歳以上65歳未満)割合が67%となり、政令指定都市の中で1番高い水準を維持している。
8 2017年の歳入決算総額に占める地方税は44%であり、同じく政令指定都市で最も高い結果(他の政令指定都市の平均は36%)となっている。
9 なお、新型コロナウイルス感染症対策に関しても、全国市町村長と先駆首長の間に大きな統計的な差異はみられなかった。ただし、本調査は昨年末の調査結果であり、ワクチン接種をはじめとしたその後の対応を反映したものではないことにご留意いただきたい。
10 井上敦、大久保敏弘が担当。
11 全国の自治体を多様な地域特性を踏まえて類型化した研究として、山本・高見・高橋(2018)がある。
12 ウォード法はクラスター内の分散の合計を最小にする手法である。クラスター分析については、Romesburg (2004)などを参照されたい。
13 日本学術振興会特別研究員(PD)(当時、現在は東北大学大学院法学研究科准教授)
14 分析で用いたソフトやパッケージのバージョンは下記の通り。R(ver. 3.6.1)、quanteda(ver. 1.5.1)、RMeCab(ver. 1.4)、stm(ver. 1.3.4)。
15 https://github.com/neologd/mecab-ipadic-neologd/からダウンロードすることができる。貴重な辞書を公開している佐藤敏紀氏に感謝申し上げる。
16 以上の処理の結果、全ての単語の出現頻度が0になったテキストは文書単語行列から除外した。
17 なお、トピックの排他性指標や意味一貫性指標をトピック数を変化させて確認する作業も事前に行っている。
18 各テキストにおいて、全10トピックの構成比率の合計値はそれぞれ100%となる。
19 分析に用いた各変数には欠損値が含まれている場合があるため、自治体数の合計が表によって異なっている。

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