企画に当たって

加藤淳子

軽減税率が招く不公平

欧州の失敗経験を踏まえて冷静な選択を

加藤淳子

NIRA総合研究開発機構客員研究員/東京大学大学院法学政治学研究科教授

KEYWORDS

消費税、軽減税率、EU型付加価値税、逆進性緩和というイメージ

 ―軽減税率は定額給付より不公平である。しかもその運用に関わるコストは経済や社会保障を圧迫する。日本の政策決定は国際社会から隔絶している―

 前車の轍(てつ)を踏まずという。やり直しの利かない政策では他国の経験は貴重な教訓である。消費税との関わりは導入以来30年弱、いま、日本の議論は海外から最も隔絶している。学ばぬ姿勢は失敗を呼ぶ。その危惧から特集を組んだ。

日本と異なる欧州の導入事情

 ファンティーニ氏のインタビューは、「ヨーロッパで逆進性の緩和のため導入された軽減税率」というイメージを覆す。軽減税率はEU型付加価値税(消費税は付加価値税の一種)の特徴とされるが、フランスが1950年代に確立した原型には、軽減税率はなかった。ところが各国が付加価値税を導入するにあたり、反対論に妥協して、一部の品目について従来の低い税率を残すことになってしまった。これが軽減税率である。

 ファンティーニ氏によれば、軽減税率の適用で生じる事務コストは、当初の予想をはるかに超え、それを税金で賄(まかな)うため、標準税率(軽減税率ではない通常の税率)は高騰した。そうなると、自分の業界にも軽減税率を求める政治圧力はさらに増し、欧州連合(EU)の規制も及ばず、各国の対象品目は拡大した。

 日本での議論とは異なり、ヨーロッパは、逆進性緩和のために軽減税率を導入したのではない。さらに、標準税率が高いため軽減税率を用いたのではなく、軽減税率を用いたことで標準税率が引き上げられたのである。

欧州の失敗に学んだニュージーランド

 ニュージーランドは、こうしたEU諸国の経験に学び、軽減税率は設けず、税額票(インボイス)を用い、付加価値税本来の安定した税収を確保し、現在までEUの水準より低い税率の維持に成功している。税収を予測して長期的な成長戦略を立て、財政健全化を進めるというパロット氏の見解は、日本にとっても重要な教訓である。さらに、高所得層をも優遇する軽減税率を退け、付加価値税の安定した税収を支出に回し、社会保障などへの給付を行なうほうが、低所得層を保護すると主張する。

 政治的理由で軽減税率を廃止できないヨーロッパでも、付加価値税により税収を上げ支出面で公平性に配慮する考え方は共有されている。ロススタイン氏は、高所得層への課税から税収を上げて福祉政策支出に充て、効率的な再分配を図るスウェーデンのやり方を紹介する。

 累進的所得課税か、消費税かのトレードオフで考える日本に対し、スウェーデンでは所得、消費の両面から税収を上げ支出も含めて再分配を考える。所得の効果的な捕捉の政策努力と、富裕層の課税回避はいたちごっこに陥る危険がある。スウェーデンでは、所得課税に加え、高額の支出にも付加価値税を課し、富裕層にも確実に課税、実質的な再分配を図る現実的な選択肢を取る。

民意に課税を納得させることができるか

 問題の多い軽減税率であるが、多くの国で増税を納得させる政治的解決策となってきたことも事実である。それなら日本でも増税を受け入れるためには、というのもたしかにうなずける。だが、大竹氏は行動経済学の立場からそれに疑義を呈(てい)する。

 軽減税率の導入を決めたにもかかわらず、増税を再び延期した。直前になると先延ばしするという「現在バイアス」はかえって強化された。必要な政治的解決は、軽減税率ではなく、ニュージーランドやスウェーデンのように課税が経済成長や社会保障の維持に役立つことを、民意に納得させることにある。先延ばしで国民が後悔しないよう、大竹氏の言う「増税が損失でないとするフレーミング」を行なうのが政治の役割である。海外の例もそれを支持する。

 ヨーロッパの経験に学び、軽減税率の適用範囲を広げないようにすれば問題はないという意見も強い。しかし、ヨーロッパでも、現在の日本とまったく同様に、当初は、軽減税率の広がりをコントロールできると考え、必要であれば将来の廃止まで射程に入れていたことを忘れてはならない。

 またIT(情報技術)などを活用し、納税や徴税に関わる事務コストを削減することも期待されている。しかしながらEU諸国ではITの活用によるコスト削減も限られた効果にとどまり、根本的な問題解決に至らなかった。問題となるコストの多くは、イートインと持ち帰りが可能な店の場合、どこまで外食かという例にみられるような「線引き」に関わり、こうした判断を要する問題にITは無力である。

 さらに、軽減税率の対象品目、適用範囲が変われば、納税や徴税の会計方式も不断の対応を強いられる。加えて、日本でもすでに明らかなように中小企業者のIT活用には限界がある。EUの経験は、皮肉にも軽減税率のない簡素な制度の下で初めてITの恩恵が得られることを証明している。

軽減税率より定額給付のほうが逆進性を緩和する

 しかも、軽減税率よりもずっと効率的に逆進性を緩和する方法が存在する。給付である。星氏はなかでも最も単純な定額給付を例に挙げる。高・低所得者を区別せず同額を給付するといえば、多くの人は「不公平なばらまき」と反発するかもしれない。しかし、単純な数値例が明らかにするのは、定額給付のほうが軽減税率より逆進性を緩和する「事実」である。じつは、軽減税率は、富裕層にも貧困層にも同額を給付する場合より不公平なのだ。

 有権者はこの「事実」を伝えられたうえで軽減税率を支持しているのだろうか。民意にいたずらに追随し歓心を買うことなく、こうした「事実」を伝えたうえで、民意の判断を仰ぐのが政治の役割である。給付は増税前に配布してショックを和らげることも可能である。たとえば、富裕層へ給付しなければ、軽減税率より少ない財源でより公平化が図れる。

軽減税率を巡る各国の状況と識者の見解

 低成長時代の現在、増税を先延ばししてきた結果、日本政府の負債の総額(累積債務残高)は国内総生産(GDP)の2倍を超えるという、先進国でも突出して高いレベルにあり、財政は危機的状況にある。消費税率引き上げは社会保障の維持のためであった。しかし、軽減税率のため毎年度必要となる減税分の財源さえ、いまだ確保できていない。消費税率を引き上げても、軽減税率に財源を投入するのであれば、現在のレベルの社会保障の維持は不可能である。

 不公平な軽減税率による標準税率の一段の引き上げと社会保障の削減を受け入れるのか、軽減税率ではなく、給付で負担増に対応し税収を確保して社会保障の維持を図るのか。いま一度、冷静に選択を考えたい。

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西ヨーロッパの失敗の教訓から何を学ぶべきか。軽減税率は低所得層への保護となるのか。

マルコ・ファンティーニ

欧州で軽減税率が引き起こす問題

マルコ・ファンティーニ

欧州委員会税制・関税同盟総局VAT部門長

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欧州の歴史的事情、税収減、標準税率引き上げ、徴税・納税コスト

 EUのほとんどの国は、付加価値税に軽減税率を設け、食料品、医薬品などに適用しているが、歴史的な事情がある。欧州は消費課税の伝統が長く、旧型の消費課税でも一部の商品の税率を抑えていた。1950年代のフランスを先駆けに、各国が新たに付加価値税を導入した時、それを軽減税率の形で引き継いだのだ。

 軽減税率は、現実に問題を引き起こしている。1つは、軽減税率の対象品目を除く、すべての物品・サービスにかかる標準税率が上がってしまう問題だ。EUでは軽減税率の採用が広がったために、非課税措置も含めると付加価値税収の3分の1程度が失われている。その税収減を補うべく、各国の政府は、標準税率の引き上げに頼ってきた。つまり一部の品目の税率を下げるために、他のすべての品目の税率が引き上げられる結果となったのだ。

 もう1つは、税制が複雑になり、徴税・納税コストが想像以上に膨張することだ。軽減税率の対象となる品目を区別し、課税することがいかに大変であるかは、実際に行なってみないとわからない。税務当局は適正に納税されているかを確認するために、税金を使って調査することになる。また、企業や事業主は、軽減税率の対象品目が変更、拡大されると、税制の専門家を雇用するなど経理事務の負担が増し、納税コストが重くなる。インボイスを用いても、徴税・納税コストの削減は難しい。

 EUは、こうした問題を抱える軽減税率を加盟国が採用することを推奨していない。加盟国の法律の基準となる「指令」では、軽減税率は2つまで、税率の下限は5%と規定し、対象品目も限定するよう促している。にもかかわらず、一部の加盟国は、4、5種類に上る軽減税率を設けたり、5%を下回る税率も用いており、EUはそれらの例外を認めざるを得ないのが実態だ。

 いったん軽減税率を適用すると、やめるのは難しい。加盟国では、軽減税率の対象品目が拡大していく傾向がある。軽減税率を適用する理由を見つけるのはたやすく、税率引き下げを求める政治的圧力は、しばしば激しいものとなるからだ。
*原文は英語版に掲載

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CASE〔2015〕"Study to quantify and analyse the VAT Gap in the EU Member States: 2015 Report" TAXUD/2013/DE/321, FWC No. TAXUD/2010/CC/104 for European Commission, TAXUD

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西ヨーロッパの失敗の教訓から何を学ぶべきか。軽減税率は低所得層への保護となるのか。

マリー・パロット

欧州の失敗に学び経済財政の安定を図る

マリー・パロット

ニュージーランド内国歳入庁政策戦略部門シニア・ポリシー・アドバイザー

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ニュージーランド、単一税率、低所得者向け税額控除、社会保障給付

 ニュージーランドは30年前に付加価値税を導入した際、西欧諸国と異なり、それまで存在した消費課税の複雑な仕組みを引き継ぐことなく、税率は1つだけとした。非課税品目も、きわめて少ない。各国固有の政治的な事情で軽減税率を採用し、対象が広がる一方でやめられなくなった西欧諸国の先例を見れば、最初から採用しないのが賢明である。ニュージーランドには、できるかぎり広く薄く課税することによって、効率的に税収を確保するという明快な方針があった。

 ニュージーランドでも、食料品など、特定の品目について軽減税率を設けよとの意見が出されることがある。しかし、軽減税率は逆進性の緩和には役立たない。その品目を多く消費するのは、本当に低所得者なのか。新聞を買うのは、どちらかといえば高所得者ではないのか。軽減税率は、豊かな人々に恩恵を与えることになる。

 それよりも、低所得者に対象を絞った税額控除や、低所得者の生活を支える社会保障給付で対応するというのが、ニュージーランドのやり方だ。ニュージーランド型の付加価値税を導入したシンガポールでも、低所得者向けのバウチャー制度を設け、給付を行っている。

 ニュージーランドでは、ほぼすべての物品・サービスに同じ税率で付加価値税を課しているので、制度本来の強みを生かし余計な行政コストを掛けずに、効率的に税収を得られる。付加価値税の税率は1989年から21年間12.5%を維持し、いまも西欧諸国よりもはるかに低い水準に抑えているが、財政の健全性は保たれている。

 加えて、軽減税率をもたないニュージーランドの制度は、長期的な税収を予測しやすい。品目ごとの税率が異なる場合には、今後どの産業分野が成長し、どの分野が衰退するかに応じて、税収が変動してしまう。軽減税率を排することによって税収は安定し、それを基盤として、将来を見据えた政策立案が可能になるのだ。
*原文は英語版に掲載

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New Zealand Government〔1985〕"White Paper on Goods and Services Tax:Proposals for the administration of the Goods and Services Tax" Parliamentary Paper B 27

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西ヨーロッパの失敗の教訓から何を学ぶべきか。軽減税率は低所得層への保護となるのか。

ボー・ロススタイン

付加価値税は福祉国家の安定財源―スウェーデン

ボー・ロススタイン

オックスフォード大学ブラバトニック公共政策大学院教授

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スウェーデン、税負担に見合う福祉政策、効果的な所得再配分、安定財源

 充実した社会保障で知られるスウェーデンは、所得税だけでなく、付加価値税によって多くの税収を得ている。なぜスウェーデン国民が税率25%にも達する付加価値税の負担を受け入れているかといえば、税と財政支出が直結していて、税負担に見合う福祉政策の恩恵を受けていると感じているからだ。

 私は子供を大学に通わせるのに、1クローナも貯金する必要がなかった。仮に大学の授業料を有料化し、年金を削り、個人が民間の医療保険に加入する制度に変更したとする。「その代わり減税します」といわれても、国民は少しも喜ばず、それを受け入れないだろう。

 付加価値税は高所得者も低所得者も同じ税率で課税される。このため、「所得再分配に逆行し、公平でない」という主張もあるが、スウェーデンでの受け止め方はまったく異なる。裕福な人ほど支出が多いため、付加価値税の負担は大きい。その結果、安定して得られる付加価値税の税収がユニバーサルな福祉政策などの財政支出に充てられることで、効果的な所得再分配が行なわれていると国民は納得している。裕福でない人も十分な医療や教育を受けられるべきだという公平観も、国民に浸透している。

 軽減税率が食料品などに適用されているが、低所得者への配慮ではなく、業界が政治的に働き掛けた結果である。この飽食の時代に食料品の消費を促し、キャビアやフォアグラなどにかかる税まで軽減することは、妥当ではない。

 累進課税が必ずしも公平とは言い切れない。かつてスウェーデンの所得税はきわめて累進性が強かった。高い税率に直面した高所得者が租税回避を図り、累進的な所得税への信頼感が損なわれた面がある。

 福祉国家を築いた社会民主労働党は、財政健全化を重視し、福祉制度の安定財源として付加価値税を活用してきた。福祉国家に対する国民の支持は、グローバル化の下でも揺るがず、むしろ強化されている。
*原文は英語版に掲載

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Bo Rothstein〔2005〕"Social Traps and the Problem of Trust" Cambridge University Press

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西ヨーロッパの失敗の教訓から何を学ぶべきか。軽減税率は低所得層への保護となるのか。

大竹文雄

消費税増税は損失か―行動経済学からアプローチ

大竹文雄

大阪大学社会経済研究所教授

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消費税増税、現在バイアス、先延ばし行動、コミットメント手段、損失回避、フレーミング

 「きょう1万円受け取るか、1週間後に1万100円か」と問われると前者を選ぶ人が多い。一方、「1年後に1万円受け取るか、1年と1週間後に1万100円か」なら、後者を選ぶ人が多い。1年後の話には忍耐強い人が多いが、1年経(た)つと、1年前の自分の選択を変更したくなる。行動経済学で「現在バイアス」と呼ぶ特性だ。

 当初、2015年10月に予定していた消費税の増税が、実施まで1年を切った2014年11月に18カ月間延期することが決まった。2016年6月には、再分配効果も弱く、消費行動にゆがみを与える軽減税率の導入とともに、さらに30カ月延期された。「遠い将来」と感じられていたときには消費税増税を支持したのに、増税の時期が近づくと2度も先延ばしした。

 財政破綻を防ぐため、将来、増税が必要だという認識は国民のあいだに共有されているので、国民は消費税引き上げの公約に賛成する。しかし、その時期が近づくと、「現在の利得」を重視し、公約の破棄を国民は支持する。国民に現在バイアスがあるからだ。しかし、「先延ばし行動」で後悔することになるのは国民自身だ。

 消費税増税の延期について、もう1つの行動経済学的説明は「損失回避」と呼ぶものだ。損失を確定するよりも、現状維持の可能性があれば、大きな損失がある「ギャンブル」を選んでしまう、という特性だ。消費税増税の文脈に当てはめると、「増税を受け入れて現時点で損失を確定すること」と、「財政破綻・高インフレによる損失が生じるかもしれないが、経済成長による財政再建の可能性を探るギャンブル」という2つのあいだの選択で、後者を選ぶというものだ。

 現在バイアスによる先延ばしを防ぐには、行動を縛るコミットメント手段が必要だが、2度にわたる公約の破棄で信頼性をなくした。また、損失回避によるギャンブル政策の選択を防ぐには、増税は損失だ、と認識されにくい「フレーミング」が必要である。ニュージーランドやスウェーデンのように増税に成功してきた諸国では、そのような行動経済学的な工夫がなされてきたはずだ。(寄稿)

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大竹文雄〔2015〕『経済学のセンスを磨く』日経プレミアシリーズ

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西ヨーロッパの失敗の教訓から何を学ぶべきか。軽減税率は低所得層への保護となるのか。

星岳雄

逆進性緩和は複雑な軽減税率より単純な給付で

星岳雄

東京財団理事長/スタンフォード大学教授

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高所得者への配布、減税の絶対額、財源の視点、平等配布

 軽減税率導入の主目的は消費税の逆進性緩和だが、軽減税率の適用は、高所得者により大きい金額を配る政策と同じで、所得の不公平感はむしろ増すだろう。逆進性緩和には簡単でより効果的な方法がある。

 数値例を使って説明する。毎月の所得が20万円の低所得者と毎月の所得が100万円の高所得者を考えよう。低所得者の消費額は15万円で、そのうち5万円が食料への支出であるとする。高所得者の消費額は44万円で、そのうち10万円が食料への支出であるとする。

 税率10%がすべての消費に適用されると、低所得者と高所得者はそれぞれ1.5万円、4.4万円の消費税を払う。所得との比率で言えば、低所得者は所得の7.5%を、高所得者は所得の4.4%を支払う。消費税が逆進的だと言われる所以(ゆえん)である。

 ここで食料にかかる消費税に8%の軽減税率が適用されるとする。低所得者は1.4万円(10万円×10%+5万円×8%)、高所得者は4.2万円(34万円×10%+10万円×8%)の税負担になり、所得に対する比率はそれぞれ7.0%、4.2%。軽減税率でたしかに逆進性は少し緩やかになる。

 しかし、減税の絶対額を比べると、軽減税率によって低所得者の税負担は1,000円減るのに対し、高所得者は2,000円減る。軽減税率のための3,000円の「財源」は、低所得者に3分の1、高所得者に3分の2が配分される。消費税の逆進性が緩和されるといわれても、格差が少なくなると思う人はいないだろう。

 同じ3,000円を使って、逆進性をもっと緩和することができる。3,000円を1,500円ずつ平等に配ればよい。この「0.15万円の還付」をすると、税負担は低所得者が1.35万円、高所得者が4.25万円、所得に対する比率はそれぞれ6.75%、4.25%になる。

 複雑で事務コストも高く、経済行動にも大きなゆがみをもたらす軽減税率を導入するより、軽減税率で減少する税収と同じ金額を国民に平等に分配するほうが、簡単でしかも逆進性緩和の効果が高いのである。(寄稿)

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James Mirrlees・他9 名〔2011〕"Tax By Design: The Mirrlees Review" Oxford University Press

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2016)「今なぜ軽減税率なのか?」わたしの構想No.26

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構
編集:神田玲子、榊麻衣子、川本茉莉、新井公夫
※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

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