関島梢恵
NIRA総合研究開発機構主任研究員

概要

 家計にどれほどの税や社会保険料の負担がかかり、手当などの給付を受けられるのか、ということは、人々の大きな関心事であり、その制度設計は政策的に非常に重要である。しかし、税制・給付制度は複雑で全体像を把握しづらく、また、他国の情報を参考にすることも容易ではない。本稿では、OECDが各国の政策・制度の内容を収集して構築したOECD tax-benefit modelTaxBEN)を用いて、勤労者世帯における収入と純負担の関係を分析し、国際比較を踏まえながら日本の特徴を整理した。モデル世帯アプローチ(hypothetical family approach)に基づき2022年のデータでシミュレーションしたところ、以前から指摘されるように、日本は低中所得層において収入に占める社会保険料の負担割合が高いことが確認された。また、諸外国と比べると、日本は負担率全体の累進度が低く、高所得層ほど相対的に負担率が低くなることがわかった。この傾向は子どもの有無にかかわらず観察された。さらに、収入が児童手当の所得制限や所得上限を超えるところで負担率が上がる段差があることや、配偶者の働き方によって世帯の負担率が異なることも検証した。不公正な仕組みを是正し、税と社会保険を一体的に改革する必要性が示唆される。

INDEX

図表

図1 共働き世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の内訳(日本、2022年)
図2 片働き世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の内訳(日本、2022年)
図3 4人世帯(夫婦と子ども2人)の総年収と負担率の比較(日本、2022年)
図4 大人1人世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の内訳(日本、2022年)
図5 共働き世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の関係(日本とOECD、2022年)
図6 片働き世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の関係(日本とOECD、2022年)
図7 大人1人世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の関係(日本とOECD、2022年)
表8 共働き世帯の負担率(日本と主要9カ国、2022年)
図9 共働き世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の内訳(OECD平均と主要9カ国、2022年)

1.問題意識と背景

 人口の減少と高齢化の進展によって、日本の社会保障費は増加の一途をたどり、社会保障制度の持続性の確保が大きな課題となっている。必要な財源を確保するための税や社会保険料の改革が求められる一方、特に若年層にのしかかる負担は経済的不安を助長し、少子化問題をますます深刻化させる恐れがある。少子化対策のために2026年度から徴収予定の「子ども・子育て支援金」に関しても、負担の不透明さや不公平性などを懸念し、政府に対して丁寧な説明を求める声は多い。このような改革を推し進めるうえで重要なのは、制度を適切に設計することはもとより、国民が自分たちにかかる負担と受益を理解し、納得できることである。

 負担という点において、個人の能力に応じた負担をする「応能負担」を望む人は多い。2022年にNIRA総研が全国の市民を対象に実施したアンケート調査で、税負担における争点への考えをたずねたところ、『個人所得税を引き上げるときには、所得の多い少ないにかかわらず、一律に税率を引き上げるべきだ』という考えより、『個人所得税を引き上げるときには、高所得者の税率を引き上げるべきだ』という考えを支持する人が多かった(注1)。また、同機構が2021年に実施した調査では、後期高齢者を対象とした医療費の窓口負担割合の引き上げに対する考えを探ったところ、『医療費を負担できる能力の区切りに「年齢」を用いるべきではない。「応能負担」に切り替えるべき』という論点が関心を集めた(注2)

 このように応能負担の考え方が支持される一方、いざ応能負担原則に基づいて政策を立案しようとしても、必ずしも人々が賛成に回るわけではないことも観察されている。前述の2021年調査では、当時国会で審議されていた、年収が200万円以上の後期高齢者の医療費の窓口負担を1割から2割に引き上げる法改正について、反対と回答した人の方が応能負担に関心を示していた。この一見矛盾する考えの背後にある理由の1つとして、川本(2022)は負担の引き上げとなる所得水準に対して疑問を持つ人が多いことを指摘している。「年収200万円で医療負担が増えるのは厳しい」といった意見が見られたという。負担能力を考える際、政策当局が想定する負担者の状況と、人々がイメージする負担者の状況には、乖離があるのかもしれない。

 政策当局と人々の認識に乖離があるならば、その原因は何だろうか。個人が直面している状況が多様であり、政策当局がその個別事情まで細やかに配慮することが難しいという問題はあるだろう。しかし、そもそも一般に、人々が負担の現状について理解することが難しいという問題もあるのではないか。例えば企業に勤める人が自分の給与明細を見て「社会保険料で大きく引かれている」と感じたり、パートタイムで働く主婦が年末調整の時期に「扶養を外れて損をしないように気をつけよう」と考えたり、皆が日常的に漠然とした負担感を抱くことはあっても、複雑な税や社会保険制度の全体像をわかっているという人は少ないだろう。ましてや、自分と異なる所得階層の人にどれくらいの負担や給付があるのかといったことは、断片的な情報から想像するしかない。そのせいで、打ち出される政策にズレを感じたり、現状の政策や制度に不公平感を覚えたり、税や保険料が財源に使われる公共サービスの効率性に不信感を持つのではないだろうか。この問題を解決するためには、政策当局のみならず、国民が負担や給付の現状について理解を深めながら、より望ましい在り方を議論することが重要だと考える。

 本研究はこうした問題意識に立ち、税と社会保険料の負担と給付の全体像をわかりやすい形で把握するとともに、国際比較を踏まえながらさまざまな角度から現状を分析し、その特徴を捉えることを目的とする。分析の方法は、経済協力開発機構(OECD)が提供しているOECD tax-benefit modelTaxBEN)を用いたシミュレーションである。このツールはモデル世帯アプローチ(hypothetical family approach)をとっており、プログラムされた家計に関連する税制・給付制度の情報に基づき、仮想的なモデル世帯にかかる負担や給付が試算できる。各国の政策・制度の内容に焦点をあて、それがモデル世帯に及ぼす影響をわかりやすく示すとともに、人口特性の異なる各国の比較を簡易的に行えるという利点がある。

 他方で、このモデルでは各国における人口分布などを考慮しないため、人口全体における政策変更の影響の大きさなどは分析できない点に留意されたい。この点を克服したモデルはマイクロ・シミュレーション・モデルと呼ばれ、行政データや調査によるマイクロデータを活用して、データに含まれる個人や世帯の負担や給付を計算する。OECD2022)は、モデル世帯アプローチとマイクロ・シミュレーションを有用な補完関係にあると位置付けている。すなわち、前者を用いれば、国際比較可能な形で、モデル世帯に対する主要な政策メカニズムと相互作用が理解できるし、後者を用いるならば、国横断的な分析は難しくなるものの、全人口を代表する結果を手に入れることができる。大野(2023)は日本や海外におけるマイクロ・シミュレーション研究の展開をサーベイし、新しい税制改革案が出された際の試算や、過去や現在の税制がもたらす効果の分析などの活用例をまとめている。例えば、日本の税制は所得控除によって課税ベースが侵食されていることから、所得控除から税額控除への移行による所得格差の是正効果(土居 2016, 2017)や、所得控除から給付付き税額控除への移行による所得再分配の効果(田近・八塩 2006, 2008)について検討した研究が蓄積されている。

 国際比較という観点からは、日本の個票データに特定の国の制度やそれを参考にした改革案を当てはめて負担等をシミュレーションする研究があり、オランダ(田近・八塩 2008)やスウェーデン(田近・八塩 2008、八塩 2015)、アメリカ(高山・白石 2010)などの先行研究が挙げられる。また、太田(2006)はOECD2005年と2006年のデータを用いて、日本が欧米諸国と比べて再分配が小さいことの背後に、労働年齢層への社会保障給付が小さいことや税による再分配が小さいこと、中間層と低所得者の税率の差が小さいことを示すとともに、日本は家族政策支出等が小さいために子どものいる世帯の相対的貧困率が高い可能性を示唆している。府川(2008)は、OECD2000年期にデータ収集して国際比較したFörster and Mira d'Ercole2005)と日本の2002年のデータに基づき、日本と先進5カ国の所得分配を比較した結果、日本は低所得者の負担シェアが高い一方、高所得者の負担シェアは低いことや、高齢者の税・社会保険料負担は低所得層で負担が重く(逆進的)、中所得層と高所得層の負担率の差が小さい(累進性が弱い)ことを指摘している。国際的な比較によって日本の状況を整理することは、日本の制度設計を見直すうえで非常に有用である。

 本研究の強みは、モデル世帯アプローチをとることで、多数の国を扱い、国際比較の中で相対的な日本の制度・政策の特徴を明らかにできる点にある。モデル世帯という仮定は置くものの、日本の給付と負担の構造の全体像を描くことで、複雑な税や社会保険制度に対する人々の理解も促進できるだろう。先述のように、今後の政策議論を進めるうえで、こうした情報提供には意義があると考える。なお、TaxBEN modelが想定する世帯の稼ぎ手は企業で雇用されて働く者となっており、自営業主などは分析の対象外となっていることに留意されたい。また、社会保険料に関しては、世帯の負担として扱っているものの、それに見合った給付(年金給付や失業手当など)がある。しかしながら本分析では、後述するように、計上される給付の内容が限られており、失業給付や年金給付、健康保険給付などは含まれない。

 2022年時点のデータを分析した主な結果をまとめると、まず、日本は基本的に社会保険料の負担が多い構造となっている。特に低中所得層の負担の多くは社会保険料による。また、負担率は累進的であるものの、日本は諸外国と比べると累進度は低い。相対的に見て、低中所得層の負担率が高く、高所得層の負担率は低くなっている。このことは、子どもの有無にかかわらず観察される。子どものいる低所得世帯においては、児童手当(ひとり親世帯は児童扶養手当も含む)の支給等によって負担が軽減されているが、所得制限や所得上限があるため、収入の増加に対して負担率が跳ね上がる現象が起こる。さらに、しばしば議論されるように、配偶者控除や配偶者特別控除、国民年金の第3号被保険者といった制度により、世帯の総年収が同じであっても夫婦の働き方によって負担率が異なる。

 本稿の構成は以下の通りである。第2節ではモデルとデータについて簡単に説明し、詳細はAppendixにまとめている。分析の結果を第3節に整理し、第4節はまとめである。

2.モデルとデータ

 OECDTaxBEN modelは、OECD加盟国35カ国と非加盟国6カ国について、現役世代とその家族に対する税・給付制度の詳細な仕組みを探ることができるツールである。モデル世帯アプローチにより、雇用されている世帯員の収入水準と労働時間、子どもの年齢と人数、失業者の失業期間と過去の所得などの仮定をおくと、関係する政策から納付義務や給付金の受給資格が計算される。負担面では、個人所得税、(義務的な)社会保険料、非課税の強制的支払い、雇用主が負担する給与税が組み込まれている。給付面では、勤労手当、失業手当、最低所得保障、住宅手当などの社会保険や社会扶助、家族手当、普遍的給付が組み込まれている。一方で、資産に対する直接税、消費税などの間接税、現物給付、退職手当等は含まれない。また、次に説明する本分析の仮定のもと、失業給付や年金給付、健康保険給付なども含まれない。

 本研究ではTaxBEN Model version 2.6.02022年のデータを用いた。モデル世帯として、40歳の成人世帯員からなる共働きの夫婦世帯、片働きの夫婦世帯、大人1人世帯の3類型を想定した。どの世帯にも少なくとも1人は雇用されて働く稼ぎ手が存在し、その稼ぎ手(1人目の稼ぎ手とする)の労働時間はフルタイムだと仮定する。基本分析では、共働き世帯における2人目の稼ぎ手は、週30時間(フルタイムの75%)労働で賃金率は平均比35%に固定する。日本は2022年のフルタイムの平均年収が約517万円であり、2人目の稼ぎ手の年収は517万円×0.75×0.35=136万円となる。共働き世帯では、この2人目の稼ぎ手の年収に加えて、1人目の稼ぎ手の年収がいくらであるかによって、夫婦合算の世帯総年収が決まる。また、共働き、片働き、大人1人の各類型について、子どもがいる場合といない場合を想定し、3類型×2(子どもの有無)=6モデル世帯で試算する。なお、子どもがいる場合は、2歳と6歳の2人と仮定する。ここで仮定した成人世帯員の年齢や稼ぎ手の労働時間、賃金率、子どもの年齢と人数によって試算結果が変動することに留意されたい。

 モデルに組み込まれている各国の制度詳細は、OECDCountry policy descriptionsにて解説されている。本分析では負担として個人所得税と社会保険料、給付として社会扶助と家族手当、勤労手当を計算する。Appendixにおいて、該当する日本の制度について確認しながら、モデルの中身を説明している。なお、TaxBEN Model2022年の日本データには、コロナ禍で実施された子育て世帯への臨時特別給付、低所得の子育て世帯に対する子育て世帯生活支援特別給付金、住民税非課税世帯等に対する臨時特別給付金などの、臨時的な措置も含まれているが、平常時における特徴を整理するため、本分析には含めないこととする。

3.結果

3-1.日本の勤労世帯の給付と負担の構造

 図1は共働き世帯の総年収と負担率の関係を示している(注3)。全体として年収が上がるほど負担率が上がる累進的な構造である。内訳を見ると、負担のうち税金(所得税と住民税)は累進課税のため、年収が上がるほど負担割合が大きくなる。一方、社会保険は保険料率が一定であり、図では世帯総年収が平均比177%までは負担割合が一定だ。それ以降は1人目の稼ぎ手の年収が厚生年金保険の上限に達して定額となり、負担割合が下がっていく。そのため、低中所得層の方が社会保険料の負担割合が高い。

   図1 共働き世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の内訳(日本、2022年)

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     (注)横軸は、国の1人当たり平均年収を100とした場合の、世帯年収の相対的な位置を表している。日本の場合、
      民間給与実態統計(2021年)の正社員(正職員)の平均給与が使われている。以下、すべて同じ。
     (出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.6.0 を基に筆者試算。

 子どものいる世帯(図左)と子どものいない世帯(図右)を比べると、子どものいる世帯は児童手当によって負担が軽減されている。児童手当は子どもの年齢や人数に応じて定額が支給されるため、年収が上がるほどその割合は小さくなる。また、2022年時点の児童手当制度では、扶養親族等の人数に応じた所得制限と所得上限が設けられており、当該年収額で児童手当が減額あるいは停止する。そのため、子どものいる世帯の図では純負担率がジャンプする箇所が2つある(注4)

 税金に関して、子どものいる世帯において総年収平均比70%(約360万円)のところで負担割合がわずかに跳ね上がる。これは、収入や扶養親族等の人数に応じて住民税の一部あるいは全額が免除されるという非課税措置によるものだ。図1の仮定の下では、子どものいる世帯は総年収平均比70%で住民税の免除要件から外れ、負担率がジャンプする。子どものいない世帯でも住民税が免除となる所得層はあるものの、免除要件から外れる年収の閾値で、負担率の上がり方が比較的緩やかなため、図にはほぼ表れていない(注5)

 図2は片働き世帯の結果である。子どもがいる場合もいない場合も、それぞれ共働き世帯の結果と似ている。ただし、共働き世帯と比べると、片働き世帯の方が税金の負担割合が高い。これは、世帯の総年収が同じでも、その年収が夫婦2人の合算である場合、稼ぎ手それぞれが給与所得控除や基礎控除を受けて課税ベースが狭まることで、税額が小さくなるためだ。加えて、図1における2人目の稼ぎ手の年収(約136万円)は配偶者特別控除の要件を満たしており、その配偶者である1人目の稼ぎ手に対して配偶者特別控除が適用される。その控除額は夫婦の年収によって異なるが、図1の仮定では片働き世帯が受ける配偶者控除と同額になっている(注6)。したがって、この配偶者にかかわる控除では共働きと片働きで差が生じず、同じ世帯総年収でも片働き世帯の方が、税負担が大きくなっている。

   図2 片働き世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の内訳(日本、2022年)

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     (出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.6.0 を基に筆者試算。

 なお、図1の共働き世帯の仮定では、1人目の稼ぎ手のみならず、2人目の稼ぎ手にも社会保険料の支払いが発生しており、世帯総年収に占める社会保険料の負担割合は共働き世帯と片働き世帯で変わらない。しかし、共働き世帯において、2人目の稼ぎ手がパートタイムなどで社会保険料を負担しない、いわゆる「年収の壁」を超えない働き方をしている場合、社会保険料の負担も変わってくる(注7)。このことを確認したのが図3だ。子どもが2人いる4人世帯で、働き方が異なる3つの世帯の負担率を比較した。青色の点線は、共働きで2人目の稼ぎ手が社会保険に加入しない世帯(「扶養内共働き世帯」と呼ぶ)の負担率を表している。具体的には、2人目の稼ぎ手を週18時間労働、賃金率平均比45%(年収約105万円)と仮定した。図1と同じ、夫婦とも社会保険に加入する共働き世帯(「扶養外共働き世帯」)の負担率(青色の実線)をみると、上述の通り、片働き世帯の負担率(灰色の実線)よりも低いことが確認できる。一方で、扶養内共働き世帯の負担率(青色の点線)と比べるとおおむね高く推移している(注8)3つの世帯の負担率を比べると、例えば負担率が10%に達する世帯総年収は、片働き世帯では平均比65%(約340万円)、夫婦とも社会保険に加入する共働き世帯では同78%(約400万円。うち1人目の稼ぎ手の年収は約270万円)、扶養内共働き世帯では同99%(約510万円。うち1人目の稼ぎ手の年収は約410万円)となっている。つまり、世帯総年収が同じであっても、負担率が異なることによって可処分所得が異なることとなる。こうした構造は、昨今関心が高まっているように、夫婦、特に妻の働き方を変えるインセンティブを与える可能性が高い(注9)

図3 4人世帯(夫婦と子ども2人)の総年収と負担率の比較(日本、2022年)

(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.6.0 を基に筆者試算。

 図4は大人1人世帯の結果である。子どもがいる場合もいない場合も、大まかな構造は図1の共働き世帯や図2の片働き世帯の結果と似ている。子どもがいる世帯(図左)において、年収平均比132%(約680万円)のところで税金の負担割合がやや跳ね上がるのは、ひとり親控除の要件を外れるためだ。また、年収平均比80%(約410万円)未満の所得層では児童手当に加えて児童扶養手当が支給されている。

   図4 大人1人世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の内訳(日本、2022年)

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     (出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.6.0 を基に筆者試算。

3-2.勤労世帯の負担率の国際比較

 図5は共働き世帯の総年収と負担率の関係について、OECD諸国の平均と日本を比較している。ここで用いているのは、基本分析の仮定(2人目の稼ぎ手が週30時間労働、賃金率は平均比35%)である。まず、子どものいる世帯(図左)について、世帯総年収が低い層から平均を少し超える所得層までは、日本の方がOECD平均より負担率が高い。この傾向は、総年収平均比6080%(約300400万円)に満たない低所得層で、かつ、生活保護の受給要件の上限を超えている層において顕著だ。この層の負担率はOECD平均と比べて、およそ918%ポイント高くなっている。一方で、総年収平均比およそ120%(約620万円)を超えると、日本の負担率はOECD平均より若干低い程度で推移していく。

   図5 共働き世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の関係(日本とOECD、2022年)

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     (出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.6.0 を基に筆者試算。

 子どもがいない世帯(図右)では、低所得層の一部を除いて日本の方がOECD平均より負担率が低い。特に、総年収平均比145%(約750万円)付近を超えると、日本の負担率はOECD平均より5%ポイント以上低くなる。

 図6は片働き世帯の結果である。子どもがいる場合もいない場合も、それぞれ共働き世帯の結果と同様の傾向が見られる。子どもがいない世帯では、年収平均比5060%(約260300万円)未満の低所得を除いて、日本はOECD平均と比べて明らかに負担率が低い。

   図6 片働き世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の関係(日本とOECD、2022年)

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     (出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.6.0 を基に筆者試算。

 図7は大人1人世帯の結果である。子どもがいる場合は基本的にOECD平均と同程度の負担率である。他方で、子どもがいない場合は、共働きや片働き世帯と同様、日本の負担率はおおむねOECD平均より低い水準で推移する。

   図7 大人1人世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の関係(日本とOECD、2022年)

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     (出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.6.0 を基に筆者試算。

 これらの結果は、2021年のデータを用いた翁(2023)の試算結果とほとんど同じであることがわかる(注10)。すなわち、日本の負担率はOECD平均と比較すると累進度が小さく、相対的に低所得層の負担が重い。特に、子どものいる低所得の世帯で負担率が高い。

3-3.主要国における給付と負担の構造

 負担率の構造についてより理解を深めるため、日本と主要9カ国における特定タイプの世帯の負担率を示したのが表8だ。基本分析で仮定した子どものいる共働き世帯(表上段)について、平均比でみた世帯総年収が70%(日本では約360万円)、100%(同約520万円)、200%(同約1,030万円)の世帯における負担率を比較している。どの年収層でも負担率が相対的に低い国が、オーストラリアとフランスだ。カナダやイギリスも比較的低めである。反対に、どの年収層でも負担率が相対的に高い国はドイツである。スウェーデンも比較的高く、デンマークやオランダは平均年収以上の層で負担率が高くなっている。デンマークでは低所得層の負担率はかなり低い。アメリカは平均年収層までは中程度の負担率で、高所得層の負担率が相対的に低い。日本の負担率は、低所得層で相対的に高く、高所得層になると相対的に低くなることが確認できる。

 子どものいない共働き世帯(表下段)を見ると、どの年収層でも負担率が相対的に低い国はオーストラリアである。イギリスやフランスも比較的低いが、平均年収を超えると中程度になる。反対に、負担率が相対的に高い国はドイツとオランダだ。デンマークも平均年収以上の層では負担率が高い。カナダやスウェーデンは中程度である。アメリカは平均年収層までは中程度の負担率で、高所得層の負担率が相対的に低い。ここでも日本の負担率は、低所得層では相対的に高く、高所得層になると相対的に低くなる。

 表8で取り上げた日本以外の各国とOECD平均の給付と負担の内訳については、図9を参照されたい。構造は国によってさまざまであるが、OECD平均をみると、低中所得層において税負担が占める割合が日本よりも大きく、特に低所得層に対しては家族手当や勤労手当、社会扶助によって負担が軽減されることで、累進的な負担率のカーブが描かれている。

表8 共働き世帯の負担率(日本と主要9カ国、2022年)

(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.6.0 を基に筆者試算。

 表8において、世帯総年収が平均以下(70%、100%)の世帯で、日本の負担率に近いのはスウェーデンであった。ここで、スウェーデンの負担率の構造についてもう少し詳しく確認する。図9②の通り、スウェーデンの負担率は滑らかな応能負担のカーブを描いている。負担部分のうち社会保険料については、被雇用者が負担するのは老齢年金保険料のみで、保険料率は7%となっている(注11)。税金は主に地方所得税として課され、2022年の平均税率は32.24%と高い。これは低所得層にも一律に課されるものの、収入に応じた勤労税額控除(薄いグレー)があることと、所得税と年金保険料負担(濃い青)が等しくなるところまで、年金保険料と同額が税金から控除される(薄い青は税額控除後)ことによって、低所得層の負担が軽減されている。また、TaxBEN Modelでは、子どものいる世帯に家族手当として児童手当(barnbidrag)も計上されている。こうした構造により、世帯総年収が平均以下の世帯の負担率は日本と同程度ながら、年収が上がるにつれて負担率が日本よりも高くなる。八塩(2015)は、スウェーデンの制度が、「課税ベースを極めて広く取る一方で、低所得層の負担軽減には税額控除を用いるという日本と対照的な税制」であり、広い課税ベースによって高所得層から多くの税収を得られるとともに、「その税収の一部は税額控除(ただし、給付は行わない)に充てられて低所得層の負担を抑制し、残る税収は社会保障歳出に回され、その「高福祉」を財源面で支えている」と評価している。

   図9 共働き世帯(左:子どもあり、右:子どもなし)の総年収と負担率の内訳(OECD平均と主要9カ国、2022年)

①OECD平均

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②スウェーデン

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③オランダ

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④オーストラリア

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⑤カナダ

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⑥フランス

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⑦ドイツ

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⑧デンマーク

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⑨イギリス

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⑩アメリカwp09_data08_10.png

     (出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.6.0 を基に筆者試算。

4.まとめ

 本稿では、税と社会保険料の負担と給付の全体像について理解を深めるという観点から、TaxBEN Modelを用いたモデル世帯アプローチによって、日本とOECD諸国における給付と負担の構造を分析した。国際比較の結果、日本は負担に占める社会保険料の割合が高いことや、負担率の累進性が比較的低く、低中所得層の負担率が相対的に高いことを示した。また、この結果が子どもの有無にかかわらず見られることと、子どもがいる世帯では児童手当等(ひとり親世帯では児童扶養手当も含む)によって負担が軽減されるものの、負担率にジャンプが生じる歪な構造となっていることを明らかにした。さらに、共働き世帯では夫婦の働き方によって、世帯の総年収が同じであっても負担率が異なることを確認した。

 翁(2023)が指摘するように、日本の負担と給付の構造では、低所得層の子育て世帯にとって相対的に負担が重い。また、負担率のカーブを歪にする制度設計は、特に既婚女性の働き方に影響を与えている可能性がある。少子化や労働力不足が深刻化する中で、こうした状況は早急に改善する必要がある。加えて、本分析のように、税と社会保険料の負担や給付を一体的に見ることで全体像を把握する重要性も強調したい。本分析では対象に入っていなかったが、フリーランスやアルバイトなどは、より厳しい状況にあることも推察される。日本の現在の構造から、いかにして低所得層の負担の軽減等を実現していくか。他国で導入されている税額控除の有効性なども含め、さらなる議論の進展が望まれる。

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――(2022)「2010年代における所得税改革の所得再分配効果:各税制改正が与えた影響のマイクロシミュレーション分析」PRI Discussion Paper Series, No.22A-05
府川哲夫(2006)「国際的にみた日本の所得分配」『日本の所得分配』小塩隆士・田近栄治・府川哲夫編, 東京大学出版会, 2.
八塩裕之(2015)「日本の勤労所得課税の実態―スウェーデンとの比較をもとに―」会計検査研究, 52, pp.27-44.
東京都福祉局『社会福祉の手引2022年版』
NIRA総合研究開発機構(2023「第1回政治・経済・社会に関する意識調査(NIRA基本調査)(速報)」
OECD2022TaxBEN: The OECD tax-benefit simulation model Merhodology, user guide and policy applications.

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)関島梢恵(2024)「勤労者世帯の負担と給付の国際比較:OECD tax-benefit model(TaxBEN)を用いたアプローチ」NIRAワーキングペーパーNo.9

脚注
1 NIRA総合研究開発機構(2023「第1回政治・経済・社会に関する意識調査(NIRA基本調査)(速報)」参照。
2 翁百合(2022「高齢者の医療費負担増を人びとはどう受け止めているか-熟慮・熟議型調査から考える(2)-」NIRAオピニオンペーパーNo.61、川本茉莉(2022「後期高齢者医療をめぐる熟慮・熟議型調査」NIRAワーキングペーパーNo.2参照。
3 図124の結果は翁(2023)でも示されており、モデルのバージョンが更新されているものの、結果の含意は大きく変わらない。次節以降で国際比較を示すため、本稿でも説明する。
4 本分析の仮定のように扶養親族が子ども2人の場合、養育者の所得が698万円を超えると所得制限、934万円を超えると所得上限にかかる。所得の基準についてはAppendix参照のこと。
5 住民税のうち所得に関して課せられるのは所得割と均等割の2つで、それぞれに非課税となる総所得金額等の要件がある。本分析の子どものいる世帯では、主たる稼ぎ手に対して、世帯総年収66%のところから均等割が、70%から所得割が発生している。均等割は定額で、1人につき5,000円と大きくないため、負担率の変化にはほぼ表れない。所得割は所得に対して一定の税率で課され、収入に応じて徐々に増加していく。子どものいる世帯では免除要件の総所得金額等が大きいため、要件を外れて所得割が発生する年収になって課せられる税額も大きくなっている。そのため、子どものいる世帯でのみ負担率のジャンプが目立つ。ただし、所得割の調整措置額控除によって、住民税を引いた後の所得金額が非課税基準の所得金額を下回ることはない。
6 配偶者の年間の合計所得金額(年収から給与所得控除を引いた額)が48万円以下の場合は配偶者控除、48万円超133万円以下の場合は配偶者特別控除が受けられる。控除額は配偶者控除が38万円、配偶者特別控除の金額は配偶者の合計所得金額によって338万円となる。また、配偶者控除と配偶者特別控除のどちらも、控除を受ける納税者本人の合計所得金額が900万円を超えると控除額が減り、1,000万円以上は控除を受けられない。詳細はAppendixを参照のこと。
7 扶養から外れる分岐を指す「年収の壁」には、税制上の扶養と社会保険上の扶養がある。税制上の扶養については「103万円の壁」と呼ばれ、夫婦の一方(本分析の2人目の稼ぎ手)の年収が103万円以下である場合、本人には所得税がかからず、また、もう一方(1人目の稼ぎ手)は配偶者控除を受けられる。他方、社会保険上の扶養については、「130万円の壁」と「106万円の壁」と呼ばれるものがある。前者は、社会保険の扶養から外れて社会保険へ加入する年収を指す。後者は、厚生年金保険の適用拡大により生じるようになった。2016年から従業員501人以上、2022年10月から101人以上の勤め先で働く人は、月額報酬8.8万円(所定内賃金)、週労働時間20時間以上などの要件を満たせば、厚生年金保険の加入対象となっている(8.8万円に12倍したものが約106万円)。TaxBEN Modelでは、この適用拡大の対象となった働き手を想定しており、週労働時間20時間以上、年収約106万円以上の仮定をおくと厚生年金保険の加入者として計算される。
8 扶養内共働き世帯と扶養外共働き世帯の負担率がわずかに逆転する箇所が2つある。これは児童手当の所得制限と所得上限にかかるところであり、支給条件の基準に使われる所得が主たる養育者の年収のみであることに起因する。2人目の稼ぎ手の仮定の違いから、世帯総年収が同じである場合、扶養内共働き世帯の方が1人目の稼ぎ手の年収を30万円ほど高く想定する。そのため、世帯総年収を上げていくと扶養内共働き世帯の方が先に児童手当の所得制限・上限を超える。
9 「年収の壁」による就労調整の問題については複数の先行研究が蓄積されており、例えば近藤・深井(2023)は、2018年から2022年までの個人住民税課税記録データから既婚女性の就労調整を分析し、「103万円の壁」と「130万円の壁」の存在を確認するとともに、現行の配偶者特別控除制度では103万円における税制上の負担増はほとんどないにもかかわらず、依然として103万円に調整する人が多いことを示している。本研究は実際の世帯分布については扱っていないが、制度設計がもたらす負担率のジャンプやそのイメージが家計の行動に影響し、社会全体にとって大きな影響となって現れてしまう点は重要である。
10 翁(2023)の国際比較で使われているTaxBEN Model2021年版データには、2020年分の所得税・住民税から新しく適用されることになった「ひとり親控除」が含まれていなかったため、子どものいる大人1人世帯の低中所得層における負担率のカーブがやや高めに計算されている。
11 使用者が負担する社会保険料としては、老齢年金保険料、遺族年金保険料、両親保険料、傷病保険料、労働市場保険料、労働災害保険料、一般賃金税があり、保険料率は合わせて31.42%である(2022年データ)。

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