川本茉莉
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

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概要

 日本が直面する課題について解決策を探るためには、政策に関心を持つさまざまな人々の意見を集約し、それを踏まえた政策ビジョンを構築することが必要だ。本稿では、その第1段階である、後期高齢者医療制度に関する調査について報告する。今回の調査では、後期高齢者を対象とした医療費の窓口負担割合の引き上げに対する賛否に注目し、どのような人がどのような理由で賛成、もしくは反対するのかを探った。また、この議題に関する専門家の論考を読み、熟議や熟慮によって人々の考えがどのように変化するかを検証した。調査の結果、引き上げ賛成・反対派ともに、個人の負担能力に応じた負担をする「応能負担」が多く支持されていることが判明した。それに加えて、賛成派が現制度の問題点や現役世代の負担を懸念している一方で、反対派は低所得者の負担を心配していることが分かった。また熟慮による意見の変化では、もともと自分なりの意見を持っている人は、専門家の論考を読んでも、考えが変わりづらいが、そうでない人は、専門家の論考を読むことで、自分の考えを持つようになることが検証された。

INDEX

図表

図表1 専門家の論考
図表2 調査の概要
図表3 回答者の属性
図表4 窓口負担割合の引き上げへの賛否の推移
図表5 年代と世帯年収別の窓口負担割合の引き上げへの賛否
図表6 それぞれの論点を参考になったとする人の割合
図表7 『応能負担』が参考になったとする人の割合
図表8 『格差是正』が参考になったとする人の割合
図表9 窓口負担割合の引き上げへの賛否別の参考になった論点
図表10 クラス別の各論点を選択する確率
図表11 クラス別の引き上げへの賛否
図表12 Step1からStep2-Bへの意見の変化
図表13 意見の変化の自己認識と実際の変化

1.はじめに

 雇用不安や所得格差、デジタルデバイド、公的債務残高など、日本は大きな問題に直面している。これらの課題について解決策を探るため、NIRA総合研究開発機構(以下、NIRA総研)では、政策に関心を持つさまざまな人々の意見を集約し、それを踏まえた政策ビジョンを産官学連携の下で構築するための、研究プロジェクトを立ち上げた。

 本プロジェクトの第1段階として、社会・経済に関する以下の4つのテーマに関して、一般の人々の意見を集約するための調査を実施した。
 ・後期高齢者の医療費窓口負担引き上げ
 ・財政赤字と国債発行
 ・政府規模と国民負担
 ・自由と平等

 本稿では、後期高齢者医療制度に関する調査について報告する。この調査では、特に政策に対するスタンスとして、後期高齢者を対象とした医療費の窓口負担割合の引き上げに対する賛否に注目した(注1)。本調査を開始した際、一定以上の所得のある後期高齢者の医療費窓口負担を1割から2割に引き上げる法改正が国会で審議されていた。国民生活に直結し、世代間で意見が対立しかねないこの議題について、どのような人がどのような理由で賛成、もしくは反対するのかを探った。

2.調査の概要

 以上の目的のため、一般市民を対象にした調査を実施した。調査は株式会社日経リサーチに委託し、同社の持つアンケートモニターを対象とした。

 政策上の争点に対し、人々が合意につながるためのプロセスとして、熟議と熟慮の2つの方法が、どのように有効に機能するかを検証することが、本調査の主な目的となる。その検証のため、調査は以下の3ステップに分けて実施した。

 Step1は、属性などの基本的情報や、熟議や熟慮のプロセスを踏む前の状況を得るためのアンケート調査である。日経リサーチのアンケートモニターのうち、国内在住の2079歳の男女を対象とし、社会・経済的属性やパーソナリティー、政治・政策への考えを選択回答式で聞いたほか、後期高齢者医療制度に関連して、制度への関心や医療費の負担感、後期高齢者を対象とした医療費の窓口負担割合の引き上げに対する賛否などを、選択回答式と自由記述回答を交えて質問した。回収数は4,238名であり、回収に当たって、性別比は男女比が1:1、年代比は2039:4059:6079歳が1:2:2となるように割り付けをした。Step1の調査結果については、NIRA総合研究開発機構(2021)にて、すでに公表済みである。

 Step2-Aでは、専門家の論考を読んだ上での熟議によって、人々の考えがどのように変化し合意をするのかを調査した。その方法として、Step1の回答者のうち12名で、Zoomを用いたオンラインでの座談会を実施した。参加者は、Step1の自由記述回答の内容をもとに、NIRA総研で選定した。選定において、座談会のテーマである後期高齢者を対象とした医療費の窓口負担割合の引き上げに対する賛否の割合が、Step1での結果に近くなるように考慮し、また、参加者の年代、性別がバランスよくなるよう調整をした。参加者には事前に、後期高齢者を対象とした医療費の窓口負担割合の引き上げに関して、立場の異なる3名の専門家の論考(図表1)を読んでもらった。座談会では、それを踏まえて、医療費の窓口負担割合の引き上げに対する考えを、事前に決めた順番で1人ずつ述べてもらった。全員が意見を述べた後、他の人の発言を受けてどう考えたかを、挙手順に発言してもらった。座談会の内容については、本稿のコラムで紹介する。

 Step2-Bでは、専門家の論考を1人で読み、考える熟慮により、人々の態度がどう変化するかを検証した。その方法として、Step1の回答者の一部を対象に、再度アンケート調査を実施した。Step2-Bの対象者としたのは、Step1での回答において、以下の3つの条件全てに当てはまる回答者1,367名である。
 ・政治に最も優先的に取り組んでほしい課題を問う質問で、「いずれでもない/わからない/関心がない」の選択肢以外を選んだ
 ・日本の後期高齢者医療制度についての関心を問う質問で、「大変関心がある」「やや関心がある」「どちらともいえない」を選んだ
 ・NIRA総研が定義する中核層に当てはまる(注2)

 Step2-Bでは、Step2-Aで参加者に読んでもらったものと同じ専門家の論考(図表1)を提示し、その後、専門家の論考の中で参考となった論点や、窓口負担割合の引き上げへの賛否、自身の意見の変化について、選択回答式と自由記述回答を交えて質問した。回収数は239名であり、回収に当たっての性別・年代の割り付けはしていない。本稿の以下の章では、主にStep2-Bのアンケート調査結果について取り上げる。

 各調査の概要は図表2にまとめた。

図表1 専門家の論考
a 意見A―近藤克則氏の論考

b 意見B―小塩隆士氏の論考

c 意見C―西沢和彦氏の論考

3.Step2-Bの回答者の属性

 Step2-Bの回答者の属性を図表3に示す。年代の分布では、60-70歳代が過半数を占めており、偏りが見られる。これは、Step2-Bの対象者の条件に、後期高齢者医療制度への関心と中核層を含めたためと考えられる(注3)

4.後期高齢者を対象とした医療費の窓口負担割合引き上げに対する考え

 後期高齢者を対象とした医療費の窓口負担割合の引き上げに対しては、賛成が全体の60%、反対が28%、残りの12%がどちらでもないという結果となった。Step2-Bの回答者がStep1で回答した結果からの変化を見ると、賛成が6%ポイント減ったのに対し、反対は9%ポイント増えている(図表4)。

 窓口負担割合の引き上げへの賛否を、年代と世帯年収別に見たものが図表5である。年代、世帯年収を問わず、賛成が多数を占めていることが分かる。また、どの年代も年収が高くなるほど賛成が多くなっている。一方、反対は特に高齢者に多く、中でも世帯年収の低い高齢者に反対が多い。

5.専門家の論考で参考になった論点

5-1.引き上げへの賛否と参考になった論点

 調査の冒頭で提示した3名の専門家の論考を13の論点に分解し、参考になった論点を全て選んでもらった(注4)。それぞれの論点を参考になったとする人の割合を図表6に示す。最も多くの人が選んだのが、『医療費を負担できる能力の区切りに「年齢」を用いるべきではない。「応能負担」に切り替えるべき』(以下、『応能負担』)という論点である。それに次いで、『支払い余力のある人が、その分だけ多く負担すれば、健康および社会格差の是正につながる。』(以下、『格差是正』)が多くの人に選ばれた。どちらの論点も窓口負担割合の引き上げを肯定する論点のように考えられるが、実際の回答はどうであったか見てみたい。

 この2つの論点が参考になったか、ならなかったかを、窓口負担割合の引き上げに対する考え別に示したものが図表7,8である。これより、2つの論点とも、窓口負担割合の引き上げへの賛否にかかわらず、論点が参考になった人は半数以上いることが分かる。さらに、引き上げ反対の人の方が、参考になったとする人の割合が高くなっている。

 引き上げに反対でありつつも、『応能負担』を支持する背景には、年収200万円以上という線引きへの疑問がある。自由記述回答でも、「200万円で医療負担が増えるのは厳しい」「300/400/500万が区切り」など金額設定を引き上げるべきだという声が目立った。

 窓口負担割合の引き上げへの賛否別に、それぞれの論点を参考になったとする人の割合を示したものが図表9である。引き上げ賛成の人には、『国民皆保険の制度を維持する上で、現役層が高齢者の医療費を負担する仕組みには限界がある。』(以下、『仕組みの限界』)や『75歳以上の高齢者の医療費の大部分を、現役層が負担しており、それが大きな重荷になっている。』(以下、『現役層の重荷』)といった、現在の制度への問題点を指摘する論点が多く選ばれている。また『応能負担』も半数以上の人が選んでいる。

 一方、引き上げ反対の人には、全体でも多く選ばれた『応能負担』と『格差是正』のほか、『年金の支給額の減額が見込まれることから、高齢者の負担感があまり大きくならないようにする必要がある。』(以下、『高齢者の負担感』)や『窓口負担を引き上げることは、受診の抑制につながる。病気がちの人や受診が多い低所得者が受診を控えてしまい、いのちの格差を助長する。』(以下、『受診抑制』)という、低所得者の負担増を心配する論点が多く選ばれた。

5-2.参考になった論点の潜在クラス分析

 また、本質問の回答に対し、潜在クラス分析(注5)を行った(注6)。潜在クラス分析とは、複数の変数への応答パターンから、潜在変数である「潜在クラス」を求め、回答者をいくつかのクラスに分類(縮約)するものである。

 分析の結果、3つのクラスが析出された。回答者の各クラスへの所属割合は、Class1が23%、Class2が33%、Class3が43%である。図表10にクラス別に各論点を選択する確率を示した。点とエラーバーは各項目における選択確率の点推定値と95%信頼区間を示す。

 Class1では、『仕組みの限界』と『現役層の重荷』の2つの論点が多く選ばれている。これは前述した、引き上げ賛成の人に多く選ばれている論点と一致する。クラス別の窓口負担割合の引き上げへの賛否(図表11)を見ても、Class1は引き上げ賛成の人が8割以上となっており、整合的である。

 Class2
に分類された人は、多くの論点を選択する傾向にあり、選ぶ論点にはあまり偏りが見られない。窓口負担割合の引き上げへの賛否でも、全体の分布とほぼ同じ割合となっている。

 Class3では、全体的に多く選ばれている『格差是正』と『応能負担』の2つの論点を選択した人の割合が多い。一方で、Class1で多く選ばれた『仕組みの限界』と『現役層の重荷』はほとんど選択されていない。Class3の人の窓口負担割合の引き上げへの賛否を見ると、賛成の人が約半数を占めてはいるが、反対の人の割合が、他のクラスよりも多いことが分かる。

 以上の通り、Class1に多く見られる窓口負担引き上げ賛成派は『仕組みの限界』と『現役層の重荷』をよりどころとしやすい一方,Class3に比較的分類されやすい窓口負担引き上げ反対派が反応しやすい論点は『格差是正』と『応能負担』であること、そして代表性のないインターネット調査であることの留保は必要ながら、各クラスの割合からして後者(Class3)が多くの人々を引き付けやすいことが、あらためて明らかになった。

6.Step1からStep2-Bへの意見の変化

 窓口負担割合の引き上げに対するStep1Step2-Bでの意見を比較することにより、専門家の論考を読み、熟慮するプロセスを通じて意見がどのように変化したのかを見てみたい。Step1Step2-Bで意見がどのように変化したのかを示したものが図表12である。Step1では選択肢が「賛成」「反対」「わからない」の3つであったが、Step2-Bでは「大いに賛成」「どちらかというと賛成」「どちらでもない」「どちらかというと反対」「大いに反対」「わからない」の6つと異なっているため、比較には注意が必要であるが、Step1で賛成であった人は、Step2-Bでも賛成寄り(大いに賛成/どちらかというと賛成)である人が圧倒的に多い。反対についても過半数の人が同様である。自分なりの意見を持っている人は、専門家の論考を読んでも、考えが変わりづらいといえるだろう。

 一方、Step1で「わからない」と回答した人のうちStep2-Bで「どちらでもない」「わからない」にとどまった人は少数で、専門家の論考を読むことで、自分の考えを持つようになったといえる。ただし、Step2-Bで示された意見は窓口負担割合の引き上げ賛成と反対が拮抗(きっこう)しており、意見形成の方向性は一様ではない。

 Step2-Bでは、専門家の論考を読んで考えに変化があったかどうか、主観的な認識も聞いた。この設問への回答と、Step1からStep2-Bの実際の回答の変化をクロスで集計したものが図表13である。意見が変わらなかった人はもちろんだが、意見が変わった人(賛成から反対、もしくは反対から賛成)でも、自分の考えに変化がない、もしくは自分の考えに確信を持ったと回答しがちであり、自分が考えを変えたことを認識している回答はわずかである。窓口負担割合の引き上げという具体的なテーマであっても、意見の方向性や強度には少なくとも一定程度の可変性があることが分かった。

7.おわりに

 後期高齢者を対象にした医療費の窓口負担割合の引き上げについては、ちょうど本調査Step2-Bの実施直前の202164日に国会で可決された。本調査のサンプルは高齢者偏重であったにもかかわらず引き上げに対しては全体の6割が賛成しており、高齢者層だけを抜き出しても賛成が多数派だ。その意味では、国民からも一定の理解を得られているといえるだろう。一方で、反対する人々の意見を少数派だからといって無視してよいものではない。

 今回の調査で明らかになったように、引き上げに反対しているの人も、負担割合を一律に年齢で区切る現在の制度のままでよいと考えているわけではない。日本の医療制度を将来にわたって維持していくためにも、年収などの負担能力に応じて負担を増やすことには納得している人が多い。ただし、反対派は世帯年収の低い人が多く、その人たちが『応能負担』を支持していることから、自分の負担を増やすのではなく、もっと所得の高い人々が負担を増やすことで、現在の医療制度を維持していってほしいと考えているのだろう。

 立場や意見の異なる人々が受け入れられる政策ビジョンを描くのは容易ではないが、どうすれば合意に至ることが可能なのか、そのビジョンに至る道筋も合わせて探っていきたい。

コラム:負担増への賛成の背景 高い問題意識と「応能負担」

古田 大輔
NIRA総合研究開発機構上席研究員
(注7)

 所得200万円以上の後期高齢者に対し、窓口負担の割合を1割から2割に上げる制度改革に関するオンラインインタビューを実施した。12人中、反対を表明したのは1人だったが、賛成者の中でも制度改革を完全に支持する者はおらず、根本的な改革や政府からの丁寧な説明を求める意見が目立った。多くの参加者に共通したのは「応能負担」的な思考だ。

 参加者は男女同数、303人、402人、504人、602人、701人。事前のアンケートでは賛成6人、反対3人、わからない3人となっていたが、グループインタビューで最初に全員に順番に意見を述べてもらったところ、「反対」は1人、「中間/ニュートラル」と答えた人が2人、9人は濃度の差はあるが「賛成」だった。1人目の発言者が、事前には「反対」だったが「中間」という答え方をしたため、他の参加者も影響を受けた可能性がある。以下、賛成者の論点から見ていく。

1.「財政問題」「現役世代の負担」「コンビニ受診」

 賛成者の多くが口にしたのが、財政問題によって国民皆保険制度の維持が難しくなるのではないかという懸念だ。現状では現役世代の負担が重過ぎ、そのことが少子化などにも影響しているのではないかという指摘も相次いだ。また、高齢者の医療費負担が軽すぎることが、気軽に病院に通ってしまうことにつながり、医療費増につながっているという批判も相次いだ。

 例えば、最も強く賛成の意を示した発言順2番の男性(32歳)はこう指摘した。
 「高齢世代だけ医療費に関しては優遇されていて、それが現役世代の負担になっているのが問題かなと思っています。例えば教育費だとか防衛費だとか、そういった国の運営に絶対に必要な金額に比べても社会保障費が高額に上がっていて、それが国の財政の大きな負担になっていて、現役世代の負担になっている。それが原因で少子化というような、いろんな問題を引き起こしている」

 6番の女性(39歳)は「コンビニ受診」という言葉を用いてこう述べた。
 「近所の話ですが、朝からお年寄りが整形外科に並んでマッサージを受けるのをお見かけする。負担が低いが故に、安易に受診している点もあるんじゃないかな」

 その他、4番の男性(35歳)からは「高齢者がどんどん増えていく中で、一律1割、一部3割というのは柔軟性がない。中間の200万円で2割負担を導入するのはやむなし」という意見も出た。

 次に反対者や中間と答えた参加者が、なぜ、賛成にくみしないのか、その意見を見てみる。

2.「高齢者は思ったよりも弱者だ」「受診控えが起こる」

 唯一、明快に反対を表明した11番の男性(62歳)は200万円で2割負担は厳しい、と現状でも貯金を切り崩して生活する義理の両親を例に挙げて説明した。さらに、医療費控除の確定申告なども、高齢者が自分で手続きできない状況を指摘し、「高齢者は思っているよりも弱者だ」と述べた。

 また、「中間」と答えた1番の女性(58歳)は85歳の母と自身が病院に通っていると述べ、「負担増になると、受診を控えることになりそう」。「ニュートラル」と答えた5番の男性(57歳)も「低収入で医療費が負担になって病院にかかれない方も割と多いと思う。そういう方のことを鑑みると現状のままでいい。年齢で区切るのではなく応能負担。収入のある方は3割。ない方は命の選別に関わっては申し訳ないので1割負担のままでいい」と述べた。

 「賛成」と述べた人たちの中にも「受診控え」を懸念する声は多かった。例えば、3番の女性(45歳)は事前アンケートでは「わからない」だったが、インタビューでは「どちらかといえば賛成。利用する方が負担する方がいい」と述べた上でこう話した。

 「高校1年になった子どもがいるんですけれど、中学生までは医療費がただだったので、ちょっとしたことでも病院へ連れて行こうかなと思っていたけれど、今年から医療費がかかるようになったので、これぐらいだったら行くのをやめようかなという通院控えは実際起きる」

3.「丁寧な説明」求める声

 最初に12人全員に意見を述べてもらったのち、他の参加者の発言を受けての追加発言を求めたところ、全員が最低2回、多い人で3回の発言があった。複数回の発言は意見の対立や分断ではなく、集約につながる傾向があった。特に前述の受診控えへの懸念とコンビニ受診への批判は広く共有された。

 また、負担を引き上げることに同意しつつ、政府の丁寧な説明を求める声も上がった。
 「2割負担導入はやむなしと考えているんですが、やむなしという考えがまだ、小さい子どもから高齢者の方までに共有されていない。もっと政府から丁寧な説明が必要なんだと思います。『このままの制度が続くと何歳の方は将来こういう生活になってしまいます。このままだと現役世代の負担が重過ぎて少子化が進んでこういう社会になってしまいます。なので、今回は200万円以上で2割負担を導入します』。そういうより丁寧な説明があればそういう意識が、もっと幅広く共有されるのかなと思います」(女性・45歳)

4.賛成→反対に変わった意見「根本的に仕組みを考え直すのが大事」

 他者の意見を聞いて賛否が変わったかを聞いたところ、3番の女性(45歳)のみが賛成から反対に変わった。その際の発言は以下の通り。
 「私は最初は賛成寄りだったんですけれど、皆さんの話を聞いて、ちょっと反対寄りになりました。理由は、皆さん、やっぱり日本人的というか、みんなでちょっとずつ負担をしていこうという気持ちが強いというのを感じまして。そもそも、この負担を上げることによって、問題は解決するのかという疑問が、すごい上がってきて。何年か前とか、ちょっとずつちょっとずつ負担は上がっていっているような気がして。今回上げました。で、また数年後にまた大変になったので上げますというふうに、なっていく気がして。根本的にコンビニ受診をやめるとか、そもそもやっぱり、根本的に、仕組みを1度考え直す方が大事だなというふうに、考えが変わりました。そこを変えないと、こういう議論って、毎回起こると思うので。そこを考えるのが、第1だと思いました」

5.高い問題意識と「応能負担」

 全体を通して、現状のままでは医療制度が持たないのではないか、現役世代への負担の偏りが少子化などにつながっているのではないかという問題意識とともに、この女性も指摘するように「みんなでちょっとずつ負担をしていこうという気持ち」が感じられた。参加者の意見を最大公約数的に要約すれば、以下のようになる。

 現状のままでは制度が持たない。現役世代の負担はすでに重たい。であれば、利用者である後期高齢者で所得が200万円を超えている人たちに2割負担を求めるのは「しょうがない」。ただし、本当に生活が苦しい人の負担は増やすべきではないし、制度を維持するには根本的な改革と政府の丁寧な説明が必要だ。

 その中で複数の意見で取り上げられたのが「応能負担」だ。事前に読んでもらった資料で小塩隆士・一橋大学経済研究所教授が提唱しており、その影響もあったと見られる。今回の制度改革に反対を表明していた11番の男性(62歳)は累進的な制度の導入を主張した。

 「保険料を所得税みたいに累進課税のような感じでやるのがいいんじゃないのかなと。高額な収入がある方は、保険料をもっと余計に納めると。もう1つは、昨日、バイデンさんがこれからやるらしいといったように、キャピタルゲイン課税が、その、働かないでお金をもうけている人たちに対して、やっぱりもう少し税金でも保険料でもいいんですけれども、払っていただくというようなことを考えてもらって。格差をこれ以上広げないというようなことで、やっていただけないかという具合に思っております」

 ただし、これに対して2番の男性(32歳)からは「高額所得者はすでに多額の税金を払っていて、稼げば稼ぐほど負担が大きくなってしまっては稼ぐ意欲がそがれてしまう」という反対意見も出た。

6.考察:モデレートの手法は議論に影響したか

 今回のグループインタビューでは「個人の否定や攻撃につながるような意見表明は禁止」というルールを設定した。意見が対立ではなくおおむね集約に向かったのは、これが影響した可能性がある。

 賛成が圧倒的に多かったのにも関わらず、唯一の意見の変化が賛成から反対への移動だったのは、賛成派の意見の中にも受診控えへの懸念や、今回の制度改革だけでは根本的な問題解決が難しいという声があったからだ。参加者は意見の違う相手を論破しようとする姿勢ではなく、多角的に問題を考え、他者の意見も取り入れながら自分の意見を言っていた。

 これも前述のルールや、事前に3人の専門家のそれぞれ異なる意見を読んでもらっていたことが影響したのかもしれない。

参考文献


NIRA
総合研究開発機構(2021)『第3回中核層調査』.
藤原翔・伊藤理史・谷岡謙(2012)「潜在クラス分析を用いた計量社会学的アプローチ:地位の非一貫性、格差意識、権威主義的伝統主義を例に」『年報人間科学』33, pp.43-68.

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。​
(出典)川本茉莉(2022)「後期高齢者医療をめぐる熟慮・熟議型調査」NIRAワーキングペーパーNo.2

脚注
1 調査においては、簡易的に、引き上げの対象者を年収200万円以上の後期高齢者とした。 1 調査においては、簡易的に、引き上げの対象者を年収200万円以上の後期高齢者とした。
2 中核層の定義およびアンケートにおける要件は、NIRA総合研究開発機構(2021)を参照されたい。 2 中核層の定義およびアンケートにおける要件は、NIRA総合研究開発機構(2021)を参照されたい。
3 中核層は中核層以外に比べて、60-70歳代が多いことが、NIRA総合研究開発機構(2021)にて示されている。 3 中核層は中核層以外に比べて、60-70歳代が多いことが、NIRA総合研究開発機構(2021)にて示されている。
4 本設問では、「どれも参考にならなかった」という選択肢も設けている。 4 本設問では、「どれも参考にならなかった」という選択肢も設けている。
5 詳しくは、藤原・伊藤・谷岡(2012)を参照されたい。 5 詳しくは、藤原・伊藤・谷岡(2012)を参照されたい。
6 潜在クラス分析は、NIRA総研研究員の大森翔子が担当した。 6 潜在クラス分析は、NIRA総研研究員の大森翔子が担当した。
7 本コラムは、NIRA総研上席研究員であり、座談会のモデレーターを務めた古田大輔(株式会社メディアコラボ代表取締役)が執筆した。 7 本コラムは、NIRA総研上席研究員であり、座談会のモデレーターを務めた古田大輔(株式会社メディアコラボ代表取締役)が執筆した。

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