翁百合
NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長

概要

 少子化対策や女性活躍を後押しするためには、若者の所得を増やして将来不安を軽減することや、社会保険制度を働き方に中立的になるように設計することが重要である。こうした課題への政府の対応はまだ不十分であり、特に世帯単位でみた場合に税や社会保険料の負担や手当などの給付が公正なのかについては、本格的な検討や議論も行われていない。本稿は、税と社会保険制度の負担、児童手当などの給付の望ましい在り方を検討するため、OECDのモデルを用いて、被雇用者世帯の税や社会保険料の負担および給付を、国際比較を含むさまざまな角度から分析した。
 分析の結果、日本は所得水準に応じた世帯の負担率に段差が存在し家計の行動に中立的になっていないこと、諸外国と比較して子どものいない世帯に比べて子どもがいる世帯への支援が薄いこと、そして、低所得層における負担率が他の所得層と比較して相対的に高いことが明らかになった。安心して子育てのできる環境を実現するには、負担と給付の公正性を確保する必要がある。そのためには、まずは低所得の子どもがいる世帯への支援を強化することが急務である。また、応能負担を強化するとともに、税や社会保険料の負担や手当などの給付を所得の一定水準で増減、廃止する手法も見直す必要がある*

INDEX

1.はじめに

 日本の少子化に歯止めがかからない。原因のひとつに、若者層の所得が低く、子育ての負担が大きいことがあると指摘されている。経済の低成長が続く中、将来に明るい展望が持てず、若年層の不安が広がっている。他方で、女性の労働参加が進んでいるが、社会保険、そして政府・自治体や個別企業が支給する手当といった制度が、働き方に中立な仕組みになっておらず、女性の働き方に制約を及ぼしている可能性がある。例えば、社会保険料の「年収の壁」などの問題である。すなわち、妻の所得がある水準を超えると、妻自身が社会保険料を支払うためにかえって手取り額が減少してしまい、共働き世帯の女性が、あえて労働時間を抑制し、所得増加の機会を逃しているとされる。

 従前から政府は、少子化対策や女性活躍を旗印として掲げてはいるものの、働き方に中立的な制度への改革は実行に移されていない。現政権が取り組んでいる「人への投資」を、希望する就労や生き方へとつなげるためにも、若者の所得を増やして将来不安を軽減し、公正な税と社会保険制度、手当の仕組みを設計することが重要である。

 本稿では、税と社会保険料の負担、手当などの給付の望ましい在り方を検討するために、日本の家計の実態をさまざまな角度から分析し、国際的な視点から浮かび上がる日本の特徴を指摘したうえで、今後の課題を提起する。具体的には、国際比較が可能な被雇用者の子育て世帯や共働き世帯への税と社会保険料の負担、手当などの給付がどうなっているのか、また、政策的な配慮がどの程度なされているのかを分析し、それによって女性の労働参加をはじめ人々の行動にどのような影響を与えているかについて考えていくこととする。

 もっとも、公正性を取り上げるのであれば、以前から指摘されている国民年金第3号被保険者で、仕事をしていない専業主婦が、夫が保険料を支払うことにより基礎年金の支給を受けられるといった問題や、夫婦で遺族年金に差があるといった問題を、議論すべきであることはいうまでもない。しかしながら、それらの問題を完全に解決するには年金制度全体の抜本的な議論を要する。そのため、ここでは早急に検討すべき課題として、世帯の収入と税・社会保険料・給付の関係における不公正の是正に絞って話を進めることとする。

 また、2014年に実施された社会保障と税の一体改革は、社会保障制度を維持するために消費税率を引き上げるという国全体でみた財源の確保を目的とした改革であった。だが、世帯単位でみたときに、税と社会保険料が適正な負担となっているかどうかについては、本格的な検討や議論が行われずに今日に至っている。そのため、本稿では、特に世帯別にみた税と社会保障の負担および給付の公正性に着目する。

 なお、議論の基礎となる分析はOECDのTax-Benefit Model(2021年版)から入手できるデータを利用した(注1)。OECDモデルのプログラム上、企業で雇用されて働く人(被雇用者)が主たる稼ぎ手の世帯の収入に対して課せられる税や社会保険料、そして手当などの給付がその手取り額に与える影響を分析する(注2)。したがって、パート・アルバイト勤務、自営業者などの国民年金第1号被保険者が主たる稼ぎ手の世帯を分析の対象外としていることや、家計が負担する消費税を考慮できないことに留意して分析結果を評価する必要がある。また、この分析では、税・社会保険料を負担として分析しているが、社会保険料は、税とは異なり、それに見合った給付(年金給付や失業手当など)がある。その大きな違いがあることを念頭に分析結果を評価することは重要である。

2.段階的にジャンプする日本の歪(いびつ)な負担率のカーブ

 まず、収入の増加に伴い、税と社会保険料負担の合計から手当を差し引いた負担率(世帯レベルの負担と給付の差を世帯の総収入で除したもの。総収入とは税・社会保険料が控除される前で、かつ、政府などからの手当が支給される前の収入を意味する。以下同)がどのように変化しているかを、片働き世帯と共働き世帯にわけて考える。

 分析の結果、日本では、片働き世帯については児童手当の減額・停止に伴い負担率が階段状にジャンプして上昇、また、共働きの世帯については、児童手当の減額・停止に加えて2番目の稼ぎ手の社会保険料の支払いが始まる年収の水準で負担率にジャンプがみられる。いずれの場合も、年収が増えることで、世帯の手取り額が一時的に減少してしまう閾値(いきち)が存在することが明らかとなった。他方、オランダやスウェーデンなどでは、収入の増加に伴って負担率はカーブを描きながらなだらかに上昇するため、手取り額の減少は生じない。つまり、日本では、負担や給付の制度によって、年収が増加しても手取り収入が減少してしまう閾値が存在することから、公的な制度が家計の行動に影響を及ぼしている可能性があることがわかる。

 以下詳しくみてみよう。ここでは、2人の子どもがいる世帯を想定する。

片働き世帯

 片働き世帯をみると、稼ぎ手の年収が増えるにつれて、負担率が階段状にジャンプして(図1)手取り額が減少する閾値が2回存在する。一定水準の年収に満たない世帯は、生活保護給付の対象となり、負担率は低い水準に抑えられている。生活保護を外れ、ある水準にまで収入が増えると児童手当が減額され、さらに高い水準に収入が達すると、現行の制度では手当が停止されるため、負担率は2回ジャンプする(注3)(注4)

図1 片働き・子どもあり世帯の負担率(2022年)

(注)年齢は夫婦ともに40歳、子どもは2歳と6歳の2人と仮定。生活保護は年収310万円未満の世帯に支給。ただし、住宅扶助は含まれない(以下同じ)。また、この年に実施された子育て世帯への臨時特別給付、低所得の子育て世帯に対する子育て世帯生活支援特別給付金、住民税非課税世帯等に対する臨時特別給付金は含まれない(図2、図3も同じ)。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

 この負担率の内訳についてみておこう(図2)。まず、社会保険料については、片働き世帯の場合、生活保護の対象世帯であっても、社会保険の加入要件を満たせば、収入に一定率を乗じた社会保険料(雇用保険料、年金保険料)を支払うことになるが、支払った分は生活保護費が上乗せされることから実質的な負担は生じない。他方、生活保護の対象とならない低所得世帯にとって社会保険料は大きな負担といえる(注5)。なお、図2では、収入が増えるにつれ社会保険料の負担率が減少していくが、これは保険料支払いの基礎となる標準報酬月額に上限を設けているためである(注6)

 次に、税についてみると、一定の収入を超えると、段階的に地方住民税や所得税が課され、負担率が高くなる。さらに、世帯年収の増加に伴い負担率が小刻みに上昇しているのは、配偶者控除が段階的に減額されることから所得税が増額されるためである。加えて、年収の増加に伴い、税金の負担率が上昇しているのは、税の累進性が反映されているためである。このように、年収の増加に伴い各種の税が課されることになるが、それによって手取り額の減少は生じない。

 さらに、手当については、生活保護世帯に対しても児童手当は支払われる。手当によって所得が増加した場合も、その分、生活保護費が減額されるわけではないため、手取り額は増加する。また、児童手当は前述の通り、ある所得水準になると減額され、現行制度ではさらに所得が増えた一定水準で停止となる。

図2 片働き・子どもあり世帯の負担率の構成(2022年)

(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

共働き世帯

 共働き世帯のうち主たるの稼ぎ手(多くの場合は夫)が日本の1人当たり年収の平均比70%と仮定し(注7)、もう1人の稼ぎ手(以下、2番目の稼ぎ手(多くの場合は妻))の収入が低い水準から徐々に増加した場合の世帯合計の負担率を確認する。すると、収入増に応じて負担率がジャンプする閾値が低所得の段階で1回あり、その閾値で手取り額が減少する(図3)。

 共稼ぎ世帯の負担率のジャンプは、以下の通り、社会保険料に加えて、児童手当でも生じており、段階的に負担率が上昇する閾値が計3回存在している。


①社会保険料:2番目の稼ぎ手(多くの場合、妻)の年収が約106万円を超えると社会保険に加入する

②手当:さらに年収が一定水準を超えると(モデル世帯の場合、子どもを扶養する主たる稼ぎ手の年収が約960万円以上)児童手当が減額され、さらに増加すると(同約1,200万円以上)支給が停止される(注8)


 初めのジャンプは、当初保険料を支払っていなかった妻に社会保険料負担が発生することで生じる。妻の年間の所定内賃金が106万円以上など一定条件を満たすと、夫の扶養を外れ、妻自身が社会保険(厚生年金、被用者健康保険)の加入者となる(注9)。このため妻の年収の約14%分の社会保険料を支払う必要が生じ、世帯全体の手取り収入は、約12万円分減少する(注10)。また、妻が社会保険の加入基準に満たない段階では、収入が低いほど負担率が高い逆進的な構造になっている点には注目すべきだろう。

 さらに、児童手当については、2022年時点では子どもが2人の場合、稼ぎ手のどちらかの年収が約960万円を超えると減額となり、さらに約1,200万円を超えると支給が停止される。図3の試算では、稼ぎ手2人の収入がその水準にまで達してないので段差は現れないが、どちらかの年収が960万円および1,200万円を超える閾値で手取り額は減少する。このように、共稼ぎ世帯についても収入増に応じた公正な負担率が実現していないことがわかる。

図3 共働き・子どもあり世帯の妻の年収と世帯の総年収・負担率の関係(2022年)

(注)年齢は夫婦ともに40歳、子どもは2歳と6歳の2人と仮定。夫の年収を日本の1人当たりの平均年収の70%(約360万円)に固定し、妻の労働時間を週20時間と仮定。なお、試算結果は、仮定の置き方に依存することに留意する必要がある。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

 以上をまとめると、片働き、共働き世帯ともに、日本では、社会保険料や児童手当の設計により負担率が上がり、年収が増加しても手取り額が減少してしまう閾値が存在し、これが家計の行動に影響を及ぼしている可能性がある。

3.日本は子どもがいる低所得世帯の負担率が高い

 次に、子どもがいる世帯に対する税や社会保険料負担と手当について、国際的な観点から分析した。その結果、日本では、子どもがいない世帯に比べて子どものいる世帯への支援が薄いことがわかった。その理由は、税と社会保険料および手当の体系が他の先進国とは大きく異なることにある。ここではOECD諸国平均との比較を試みる。

片働き世帯

 まず、片働き世帯について、子どもなしの世帯と子どもありの世帯を比較する(図4)(注11)。片働き世帯について、子どもがいる世帯(青色の線)の方が、子どもがいない世帯(灰色の線)よりも負担率が低いのはOECD平均(点線)と日本(実線)では同じである。しかし、ここで、特に注目すべき点は、子どもの有無による負担率の差が、OECD平均の方(青と灰色の点線の幅)が日本(青と灰色の実線の幅)よりも、はるかに大きいことである。世帯年収の水準が、平均値の60~90%のあたりをみると、子どもの有無による負担率の差は日本では7~11%であるのに対して、OECD平均では14~25%と、両者の違いは大きい。

 こうした差は、日本の子どもがいる世帯の負担率が、後に述べる低所得層を除いてOECD平均と同程度になっているのに対して、日本の子どものいない世帯の負担率は、OECD平均と比較すると低いために生じている。言い換えると、国際的にみると、日本は子どもなし世帯と比べて子どもがいる世帯への支援が薄い。特に問題なのは、子どものいる世帯の中でも、年収が平均比60~90%のやや低所得の層では国際的にみて負担率が高いことである。

図4 片働き世帯の年収と負担率の関係(OECD平均と日本、2021年)

(注)年齢は夫婦ともに40歳、子どもがいる世帯は2歳と6歳の2人と仮定。横軸は国の1人当たり平均年収(日本の場合は約510万円)を100とした場合の、世帯年収の相対的な位置を表している。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

共働き世帯

 共働き世帯についても同様の傾向がみられる(図5)。まず、日本の共稼ぎ世帯も、国際的にみると、子どもなし世帯と比べて子どもがいる世帯への支援が薄い。また、日本の共働きの子どもあり世帯に対する負担率は国際的にみてほぼ同水準であるが、平均年収以下の世帯で、諸外国よりも負担率が高くなっている点が大きな課題だといえる。

図5 共働き世帯の総年収と負担率の関係(OECD平均と日本、2021年)

(注)夫婦ともに年齢は40歳、子どもは2歳と6歳の2人と仮定。2番目の稼ぎ手の労働時間をフルタイムに対し75%(週30時間)、賃金率を1人当たり平均に対し35%で固定する(日本の場合は年収約133万円となる)。主たる稼ぎ手はフルタイム労働と仮定し、年収が変化したときの世帯総年収を算出した。横軸は、国の1人当たり平均年収を100とした場合の、世帯総年収の相対的な位置を表している。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

 次に、負担率を税、社会保険料、各種手当に分解してみてみる。まず、税と社会保険料をみると、OECD平均では、税の負担割合が高いのに対して、日本では社会保険料の負担が高いのが特徴的である。特に、収入の低い世帯で社会保険料負担率が高い一方、税負担は低いことがわかる。この傾向は子どもの有無にかかわらない。

 また、共働き・子どもあり世帯の場合、OECDで低所得層の子育てに伴う費用負担を軽減しているのが、手当の支給である。日本の児童手当に当たる家族手当(family benefits)が、日本よりOECD平均の方がかなり手厚い点は注目すべきだ(図6、図7)。所得の低い世帯の方が手当の支給は多いものの、年収が平均の3倍の水準であっても手当が幅広く支給されていることがわかる。共働き・子どもなし世帯と比較すると、OECD諸国では、子どもがいる世帯への手当の支給が高く、子育てに伴う費用負担が軽減されている。

図6 共働き・子どもなし世帯の総年収と負担率の構成(OECD平均と日本、2021年)(クリックすると拡大します。)

op65_data06.png


(注)上図は、図5の灰色の点線(OECD)と実線(日本)の負担率を、税と社会保険料に分解したものである。横軸は、国の1人当たり平均年収を100とした場合の、世帯総年収の相対的な位置を表している。日本の生活保護の対象は、世帯年収の43%水準までとなるため、グラフには表れない。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

図7 共働き・子どもあり世帯の総年収と負担率の内訳(OECD平均と日本、2021年)(クリックすると拡大します。)

op65_data07.png


(注)上図は、図5の青色の点線(OECD)と実線(日本)の負担率を、税と社会保険料、各種手当に分解したものである。横軸は、国の1人当たり平均年収を100とした場合の、世帯総年収の相対的な位置を表している。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

大人1人世帯(単身世帯またはシングルマザー・シングルファザー世帯)

 大人1人世帯について、子どもなしの世帯と子どもありの世帯を比較する(図8)。

 大人1人世帯について、OECD平均では子どものいる世帯(青の点線)の方が、子どものいない世帯(灰色の点線)よりも負担率が大幅に低い。これに対して、日本では、年収が平均に対しておよそ190%までは子どものいる世帯(青の実線)の方が、子どものいない世帯(灰色の実線)よりも若干負担率が低いが、それを超えた年収水準ではほぼ同率となる。すなわち、子どもの有無による負担率の差が、50%程度の低所得層を除き、OECD平均の方(点線の幅)が日本(実線の幅)よりもはるかに大きく、日本よりも子どものいる世帯を優遇していることがわかる。世帯年収の水準が、平均比80~190%をみると、負担率の差は日本では3~7%であるのに対して、OECD平均では6~17%と違いは明らかである。なお、日本の子どもがいる世帯において年収が平均比82%のところで負担率がジャンプするのは、ひとり親世帯の場合に支払われる児童扶養手当が、支給制限となる所得上限を超えるためだ。その年収の閾値で手取り額は減少する。

 OECD諸国との差が生じているのは、日本の子どもがいる世帯は、OECD平均とおおむね同程度の負担率であるのに対して、子どもがいない世帯の負担率が低いためである。この点は、片働き世帯や共働き世帯と同様である。子どもありの大人1人世帯を国際的に比較すると、生活保護を受けていない80~100%という平均年収以下の世帯の負担率は4~5%ポイントほど高い。大人1人・子どもありシングルマザー世帯の多くは平均年収以下であることを考えると、この所得層における負担率の高さに課題があることがわかる。

図8 大人1人世帯の年収と負担率の関係(OECD平均と日本、2021年)

(注)横軸は、国の1人当たり平均年収を100とした場合の、世帯年収の相対的な位置を表している。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

 ここで子どもの有無による負担率の違いについてまとめる。片働き、共働き、大人1人世帯のいずれにおいても、OECD諸国と比べると、日本では子どもがいる世帯が子どものいない世帯に比べて支援が薄いことが明らかとなった。特に、平均的な水準よりも年収が低い世帯の場合、日本では税の負担率が低いものの、社会保険料の負担率が高い。また、OECD平均では子育て世帯には、年収比でみて手厚い家族手当が支給されているのに対して、日本では手当の支給が手薄である。つまり、日本は、子どものいる家計への支援が諸外国と比較して薄く、この結果、特に問題が低所得の子どもがいる世帯の負担率の高さに表れている。こうした構造を変えていくことが、日本の子育て支援策には必要ではないかと考えられる。

コラム:オランダは子ども世帯にどう配慮しているのか

 昨今、日本でもしばしば税と社会保険の一体化に関するモデル例として言及されるオランダを具体例として、負担率を比較しよう(図9)。それぞれの国の平均年収である世帯の負担率をみる。すると、日本の負担率は、オランダと比べれば全体的に低くなっているものの、世帯類型間での差は小さく、他方、オランダでは、世帯類型によって負担率は大きく異なることがわかる。片働き世帯の負担率は子どもの有無にかかわらず日本より高く、また、子どものいない大人1人世帯の負担率も同様に高い。これに対して、子どものいない共働き世帯や、子どもがいる大人1人世帯の負担率は日本とほぼ同じ水準である。さらに子どもがいる共働き世帯については、日本よりも負担率は低い。すなわち、オランダでは、特に、共働き世帯や、子育て世帯に対する年収比でみた負担率軽減の度合いが大きいことがわかる。

図9 日本とオランダにおける世帯類型間の負担率の違い(平均年収の世帯、2021年)

op65_data09.png

(注)世帯主、配偶者とも年齢は40歳、子どもがいる場合は2歳と6歳の2人と仮定。世帯総年収が国の1人当たり平均年収と等しい世帯における負担率を比較。共働き世帯では、夫婦ともにフルタイム労働、それぞれの賃金率は平均年収比の50%で、2人の年収を合わせて国の平均年収と一致すると仮定。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

4.日本は低所得世帯の高い負担率、高所得世帯の低い負担率が特徴

 最後に、低所得世帯や高所得世帯の負担率について国際的な比較を行った。その結果、日本の負担率は、OECD諸国よりも低所得層では高いが、高所得層では低いことが明らかになった。つまり、日本の負担率の累進度は小さく、相対的に低所得層の負担が重くなっている。特に、低所得層の負担率が高いのは、子どものいる世帯であり、また、高所得層での負担率の低さは子どものいない世帯で顕著となっている。以下、世帯別にみてみる。

大人1人世帯(単身世帯またはシングルマザー・シングルファザー世帯)

 大人1人世帯について、まず、子どものいない大人1人世帯について負担率の変化をみると、収入が増加するにつれて、日本、OECD諸国平均ともに負担率は増加する。OECD諸国平均の負担率は30%台に上昇するが、日本ではおおむね20%台にとどまり、日本の負担率の累進度は小さい(図10)(注12)。他方、子どものいる大人1人世帯の負担率は、OECD諸国平均と比較して、高所得層では水準はほぼ同じで累進度も並行的にみえるが、平均年収の80~100%の低所得層で負担率が高くなっている(図11)。

図10 大人1人・子どもなし世帯の年収と負担率の幅(OECD諸国と日本、2021年)

(注)年齢は40歳と仮定。横軸は、国の1人当たり平均年収を100とした場合の、世帯年収の相対的な位置を表している。グレーの部分は、OECDのうち上限と下限の値をとってその範囲を示している。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

図11 大人1人・子どもあり世帯の年収と負担率の幅(OECD諸国と日本、2021年)

(注)年齢は40歳、子どもは2歳と6歳の2人と仮定。横軸は、国の1人当たり平均年収を100とした場合の、世帯年収の相対的な位置を表している。グレーの部分は、OECDのうち上限と下限の値をとってその範囲を示している。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

片働き世帯

 片働き世帯についても、子どものいない世帯の負担率は、年収が増加するにつれて、日本、OECD諸国平均ともに上昇するが、累進度を比較すると日本の方が小さい(図12)。他方子どものいる片働き世帯の負担率はOECD諸国平均と比較して、平均年収の60~100%の低所得層で高く、このため累進度が小さくなっている(図13)。

図12 片働き・子どもなし世帯の年収と負担率の幅(OECD諸国と日本、2021年)

(注)年齢は夫婦ともに40歳と仮定。横軸は、国の1人当たり平均年収を100とした場合の、世帯年収の相対的な位置を表している。グレーの部分は、OECDのうち上限と下限の値をとってその範囲を示している。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

図13 片働き・子どもあり世帯の年収と負担率の幅(OECD諸国と日本、2021年)

(注)年齢は夫婦ともに40歳、子どもは2歳と6歳の2人と仮定。横軸は、国の1人当たり平均年収を100とした場合の、世帯年収の相対的な位置を表している。グレーの部分は、OECDのうち上限と下限の値をとってその範囲を示している。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

共働き世帯

 共働き・子どもなし世帯も、総年収の増加に伴う負担率の日本における累進度は、OECD諸国平均よりも小さく、大人1人・子どもなし世帯や片働き・子どもなし世帯と同様の傾向がある(注13)

 共働き・子どもあり世帯についても、負担率の累進度の小ささには、子どもなし世帯と同様の傾向がある。特に、指摘すべき点は、世帯の総年収が平均比60~80%(日本の場合は約300~400万円)に満たない低所得層で、かつ、生活保護の受給要件の上限を超えている層では、OECD諸国と比べると負担率がかなり高くなっていることである(図14)。子どものいる共働き世帯の所得累進度は、OECD平均と比較してかなり緩やかであり、かつ、低所得の世帯への負担率が高い。

図14 共働き・子どもあり世帯の年収と負担率の幅(OECD諸国と日本、2021年)

(注)夫婦ともに年齢は40歳、子どもは2歳と6歳の2人と仮定。2番目の稼ぎ手の労働時間をフルタイムに対し75%(週30時間)、賃金率を1人当たり平均に対し35%で固定する(日本の場合は年収約133万円となる)。主たる稼ぎ手はフルタイム労働と仮定し、年収が変化したときの世帯総年収を算出した。横軸は、国の1人当たり平均年収を100とした場合の、世帯総年収の相対的な位置を表している。グレーの部分は、OECDのうち上限と下限の値をとってその範囲を示している。
(出所)the OECD tax-benefit model. Model version 2.5.2を基にNIRA総研試算。

 ここで、低所得層の負担の国際比較についてまとめる。どの世帯においても、日本の負担率の累進度は、OECD平均と比較すると小さく、相対的に低所得層の負担が重くなっている。特に、低所得層の負担率が高いのは、子どものいる世帯である。

5.低所得の子育て世帯への支援が急務―応能負担を基本とした税と社会保険料負担および児童手当の設計の見直しを

 以上、税や社会保険料から手当を差し引いた負担率について、OECD諸国との比較から日本の被雇用者世帯の特徴を浮き彫りにした。本稿での結論は、第1に、所得水準に応じた負担率の上昇は滑らかでなく段差があり、家計の行動に中立的になっていないこと、第2に、子どもを持つ家庭への支援が不十分で特に手当が手薄であること、第3に、低所得層における負担率が他の所得層と比較して相対的に高いことである。

 これらのことは、国際的にみると、低所得層の子育て世帯の負担率が大きくなっていることに加えて、社会保険料や手当が、所得の一定水準によって賦課されたり減額・廃止されたりする制度が、「壁」となって女性の働き方に影響を与えている可能性を示唆している。これらのことが、若い世代の低所得層の生活不安をもたらしている可能性は高い。

 別の言葉で言い換えると、応能負担の原則からみて現状の制度には問題があるということである。応能負担とは、所得が高く、資産を保有している人ほど、そして家計の余裕のある人ほど、多くを負担することを指す。安心して子育てのできる環境を実現するには、こうした不公正な仕組みを是正するべきである。

 以上のような視点に立ち、税と社会保険料、そして手当について、国際的な比較も踏まえて一体改革に今こそ取り組む必要がある。具体的な提言は以下のとおりである。


①負担と給付の公正性を確保するには応能負担をより強化する必要がある。まず、保険料率は、所得や資産保有状況などをより反映させる方向で検討する。社会保険料算定の基礎となる標準報酬の上限緩和も検討すべきである。そのためにもデータの整備と府省間の連携が欠かせない。高所得世帯への累進度の見直しによって、負担率を所得に比例してより滑らかに増加させる必要がある。一方、所得の低い層には、保険料負担も加味した給付付き税額控除の仕組みを導入し、税と社会保険料から給付を差し引いた負担率をなだらかにする必要がある。特に問題なのは、生活保護の要件を満たさないものの、所得の低い世帯であり、その対応を急ぐ必要がある。

②税や社会保険料の負担や給付を所得の一定水準で増減、廃止などを規定する手法を見直す。所得の一定水準が「壁」になり、労働抑制的に働いていることは問題である。就労促進的で働き方に対して中立、そして滑らかな累進度を持った社会保険制度や給付制度に移行すべきである。労働を抑制する仕組みである配偶者控除制度の廃止も含めて検討が求められる。

③子どものいる世帯への支援を強化する必要がある。若年の所得の低い人たちが、子どもを育てやすく、就労促進的になるよう、税や社会保険料率、手当の体系を変えることが喫緊の課題である。共働きが多数となる中で、働きながら安心して子どもを育てられる共働き共育ての社会システム構築が急務である。そのためにも、まずは、大人1人世帯も含めて低所得の子育て世帯の収入等の実態をマイナンバーなどを活用して把握し、その手当を手厚くすることが急がれる。子育て世帯全体を所得減に応じてなだらかに支援を強化して負担軽減を進める一方、子どものいない世帯との負担率のバランスのあり方も再考していかなければならない。現在、児童手当の拡大などの支援策が議論されているが、その財源の在り方についても、以上のような世帯ごとの負担率の実態を踏まえて検討する必要がある。

翁百合(おきな ゆり)

NIRA総合研究開発機構理事、日本総合研究所理事長。京都大学博士(経済学)。著書に『金融危機とプルーデンス政策』(日本経済新聞出版社、2010年)など。金融審議会委員、財政制度等審議会委員等を務める。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)翁百合(2023)「子育て世帯の負担と給付の公正性は確保されているか―被雇用者世帯の所得と負担率の国際比較分析―」NIRAオピニオンペーパーNo.65

脚注
* 本稿におけるデータ分析は、NIRA総研研究コーディネーター・研究員の関島梢恵が担当した。
1 本稿公開時点の日本の最新データは2022年版であるが、国際比較ではより多くの国のデータが入手できる2021年版を用いた。日本のみを扱った分析は2022年版を利用している。なお、日本のデータで抜けていた要件をいくつか修正している。
2 社会保険料については、稼ぎ手が1人の世帯(片働き世帯、大人1人世帯)、および稼ぎ手が2人の共稼ぎ世帯において、1人目の稼ぎ手(多くの場合、夫)の①雇用保険、②厚生年金、③健康保険(被用者保険)の社会保険料が計算に入っている(②と③は1人目の稼ぎ手は国民年金第2号被保険者)。2人目の稼ぎ手(多くの場合、妻)は、労働時間や収入に応じて被用者保険の対象かどうかが決まり、後述の図3では、1人目の稼ぎ手がサラリーマンで、2人目の稼ぎ手自身が被用者保険に加入していない非正規雇用者である世帯(パート主婦などの国民年金第3号被保険者)が分析対象となっている。つまり、国民年金第3号被保険者の「106万円の壁」などの「年収の壁」問題も関係してくる(なお、年収の壁には、130万円の壁もある。これは、妻の年収が130万円を超えると夫の被扶養認定を外れ、妻が保険料を支払うことになるために生じるものである。ただし、2016年および22年の制度改正により、厚生年金保険の適用拡大が実施されたため、本稿では、適用拡大の対象となった働き手を想定しており、130万円の壁は現れない。詳しくは注9を参照されたい。)。なお、税については所得税・住民税が、給付については、家族(児童)手当や社会扶助(生活保護)などが含まれており、健康保険給付、失業給付、年金給付などは含まれない。
3 配偶者控除や配偶者特別控除(後述の共働き世帯の場合)については、夫の所得水準が増えると控除額が段階的に減額されるため、手取り額の増分は段階的に減少する。ただし、手取り額が減少することはない。
4 図1は、2022年度の改定後の児童手当制度を前提とした試算であり、モデル世帯の場合には、年収が約960万円の段階で、月2万5千円(本則給付)から1万円(特例給付)に減額され、約1,200万円を超えると支給が停止される。改定前は、960万円以上の全世帯が特例給付の対象であった。
5 ここでの分析対象ではないが、国民年金第1号被保険者には低所得者に対して免除制度がある。
6 シミュレーションの社会保険料に含まれるのは前述の通り厚生年金、被用者健康保険、雇用保険。年金と健康保険については料率算定の基礎となる標準報酬月額には上限があり、上限は厚生年金が65万円(年収換算780万円)、健康保険は139万円(同1,668万円)。
7 国税庁の民間給与実態統計調査(2021年分)によると、給与所得者の平均給与は、20代後半で約370万円、30代前半で約410万円、30代後半で約450万円(いずれも全国の男女計)である。以下のシミュレーションでは同時点の20代後半の平均給与に近い値、すなわち、全被雇用者の平均年収(約510万円)比でみて70%(約360万円)で推計した。なお、試算結果は、稼ぎ手それぞれの収入や労働時間などの仮定に依存することに留意する必要がある。
8 図3の年収範囲ではまだ現れていない。
9 2022年10月以降は、101人以上の企業規模の従業員は、月額報酬8.8万円(所定内賃金)、週労働時間20時間以上などの複数の適用基準を満たせば、厚生年金保険の適用対象となった。8.8万円に12倍したものが約106万円であり、106万円の壁ともいわれる。なお、本稿では、130万円の壁が生じるケースについては分析していない。その点については注2を参照されたい。
10 2021年時点の保険料率に基づく。内訳は、年金保険料が9.15%(厚生年金)、健康保険料が5%(協会けんぽ全国平均)、雇用保険料が0.3%。ただし、手取り減の幅は、保険料支払いによって税負担が軽減されることから、保険料の支払い額より
11 図4の灰色の点線は、子どもがいない片働き世帯について、各国の平均年収比ごとの負担率をデータが入手できる国で単純平均したものである。同様に、青色の点線は、子どもがいる片働き世帯について、同様の加工を行ったものである。
12 例として、年収が平均比50%、100%、200%のときの負担率を、日本とOECD平均で比較したのが次の表である。平均比50%の低所得世帯の負担率を平均比100%の標準世帯と比較すると、日本では2.4%ポイントの差であり、低所得となってもさほど大きく軽減されない一方、OECD平均は8.9%ポイントの差となっている。また、平均比200%の高所得世帯になると、標準世帯比で日本は負担率が5.3%ポイントの差であるが、OECD平均の7%ポイントの差と比べると小さい。このことは日本の累進度の低さを表している。
op65_image01.png




13 例えば、世帯の総年収が平均比100%の世帯(日本の場合は約510万円)の場合には負担率が18.6%、また、平均比200%の世帯の場合には負担率が24.1%と、その上がり幅は5.5%ポイント程度である。これはOECD平均の同上がり幅が9.0%ポイント程度(20.8%→29.8%)とであることと比較してもかなり累進度が小さい。

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

研究の成果一覧へ