水島治郎
NIRA総合研究開発機構上席研究員/千葉大学教授
翁百合
NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長
関島梢恵
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

※本調査の個票データはこちら

概要

 雇用政策を議論するにあたり、働き方や雇用をめぐる人びとの意識や考え方を理解することは不可欠である。労働者が企業・産業の枠を超えて成長産業に移動し、能力や志向を活かして就労できる仕組みが求められる現在、従来の日本の雇用慣行とは異なる労働市場モデルや雇用政策の考え方に対し、人びとはどのような意見を持っているのか。本調査では、雇用に関わるさまざまな論点を「熟慮」するプロセスを通し、就業者個人の思考を探った。
 主な結果として、雇用の安定性を望む声が多い一方、転職に対して前向きな姿勢を持つ人も多いことがわかった。新しい知識・技能の習得を必要とするような転職に対しても、考える余地があるという人が一定程度見られる。ただし、地域を跨ぐ転職には抵抗感もありそうだ。また、能力給を望む声もかなり見られ、アメリカのような市場原理主義の労働市場モデルへの支持につながっている。他方、スウェーデン(北欧)のように、失業時の手厚い公的給付・支援がある労働市場モデルを評価する人も少なくない。
 日本、アメリカ、スウェーデンそれぞれの労働市場モデルを特徴づけるさまざまな論点を熟慮した上で、就業者が重視する点が個人個人で異なるという事実は重要だ。それぞれの特徴を生かし、企業や職業によって多様なモデルを提供して、労働者個人が安心して自分の働き方を選択できる社会を作っていく必要がある。

INDEX

ポイント

3つの労働市場・雇用政策モデルを比較
 回答者に対し、日本、アメリカ、スウェーデンの3タイプの労働市場・雇用政策モデルを提示し、各モデルの特徴や論点をよく読んでどれがいいと思うかを答えてもらう熟慮型調査を実施した。最も支持されたのは日本タイプであったが、自由市場的なアメリカタイプや、公的なセーフティーネットが手厚いスウェーデンタイプを支持する人も少なくなかった。

●能力給やエイジレス雇用への支持
 賃金は年功型ではなく能力給を望む人が約6割に上り、エイジレス雇用を支持する人も6割近くいるなど、従来の日本の雇用慣行とは異なる雇用のあり方を望む人は比較的多かった。特に、アメリカタイプの労働市場・雇用政策モデルを支持する人は、賃金や仕事内容が技能や能力に応じて決まる点を評価していることがうかがえた。

●地域・分野を超えた転職への意欲
 若年層を中心に、転職によって賃金等の条件を改善する意欲や、スキルアップを伴う転職への前向きな姿勢が見られた。ただし、転職への意欲は現在の居住地域に限定される傾向があり、都市部であれ地方であれ、現在の通勤圏を跨いで移動する転職には消極的な人が多い。

図表

図1-1 働き方や雇用に対する希望
図1-2 現行制度に対する不公平感
図1-3 リスクに対して望む保障
表1-4 はじめ(熟慮前)に提示した労働市場・雇用政策モデルの説明
図1-5 望ましい労働市場・雇用政策モデル
表1-6 熟慮のステップで提示した労働市場・雇用政策モデルの説明
図1-7 労働市場・雇用政策モデルで参考になった論点
表1-8 熟慮後の意見別・参考になった論点
表1-9 熟慮を経た意見の変化(%)
表1-10 意見の変化別・最も重要だと思う論点
図2-1 地域・分野を超えた転職への意欲
図2-2 地域・分野を超えた転職への意欲(年齢別)
図2-3 仕事の能力アップに対する考え
図2-4 教育訓練の受講内容、役に立ったもの
図2-5 身につけたい知識・技能
図2-6 プログラミング、AI・データ分析を身につけたい人の割合(性・年齢別)
表2-7 1番身につけたい知識・技能を学ぶ費用の負担主体(負担割合の平均、%)
図2-8 教育訓練に求める制度・政策
図3-1 受益と負担のあり方
表3-2 受益と負担のあり方(クロス集計、%)
図3-3 受け入れられる国民負担率
図3-4 負担を増やしてもよいと思う項目
図3-5 受け入れられる下位10%の所得水準(税引き前)
図3-6 受け入れられる上位10%の所得水準(税引き前)
図3-7 受け入れられる下位10%の所得水準(税引き後)
図3-8 受け入れられる上位10%の所得水準(税引き後)
付録表 性・年齢・居住地別回収数(省力回答者除外)

第1章 働き方や雇用をめぐる就業者の意識・考え

要旨

 本章では、調査結果のうち、労働市場モデルや雇用政策のあり方に関わる人びとの考えについて集計結果を示す。明らかになったのは、安定的な雇用を望む声が全体として多い一方、転職に前向きな姿勢を持つ人も多いことや、能力給を望む人が比較的多いことだ。こうした点は望ましい労働市場・雇用政策のモデルに対する考えとも整合的であり、個人が何を重視するかによって支持するモデルが異なる。日本型の雇用慣行は雇用の安定性の観点から支持を集めたが、他方で、能力給を重視してアメリカ型の市場原理主義の労働市場モデルを支持する人や、スウェーデン(北欧)のように失業時の手厚い公的給付・支援がある労働市場モデルを評価する人も少なくなかった

1.調査の趣旨

 急速な技術革新とともに加熱する国際競争に曝されながら、日本は労働人口の減少や財政の持続性への不安という深刻な課題を抱える。加えてコロナ禍で経済社会が停滞し、労働市場にも不安が広がっている。そうした中で、労働者が企業・産業の枠を超えて成長産業に移動し、能力や志向を活かして就労できる仕組みが必要だと指摘されている。果たして、これからの日本の雇用政策をどうするべきか。例えば諸外国には、しばしば注目される「北欧型」の雇用政策、すなわち「産業の新陳代謝を通じた経済成長を促しつつ人々の生活を保障する」といった考え方もあり、日本でもその方向で議論が行われているが、日本社会への応用に当たっては何に留意すればよいのだろうか。

 こうした問題意識のもと、NIRA総合研究開発機構では、就業者に対するアンケート調査を実施し、働き方や雇用に関わる個人の意識、労働市場をめぐる社会・制度のあり方に対する考えなどを調べた。本調査の特徴は、実際に雇用政策を策定していく上で不可欠な、世論の合意形成のプロセスに注目している点である。異なる複数の労働市場モデル・雇用政策を提示され、その背後にある考え方を十分に吟味する「熟慮」を経たとき、人びとはどのような意見を持つのか。働き方や雇用をめぐるさまざまな論点の中で何が共感を集めるか、就業者の思考を探っていく。

2.働き方や雇用に対する希望

 働き方や雇用に関連した2つの対照的な考え方を提示し、どちらの方が望ましいと思うかを聞いた(図1-1)。まず雇用の安定性に関する項目から見ていくと、「企業は非正社員の雇用を極力さけ、正社員を積極的に雇用する」、「景気や業績が悪化しても、企業はできる限り雇用を維持する」といった安定的な雇用を希望する人が全体として多い。それぞれ回答者に占める割合は59%と54%である(「望ましい」、「どちらかといえば望ましい」の合計、以下同。)

 ただし、安定性以外の面では、日本の伝統的な雇用慣行の要素が必ずしも支持されているわけではない。賃金は年功序列型より能力給を望む人が59%(「賃金が能力や技能に応じて決まる」)、定年雇用よりエイジレス雇用を望む人も57%(「年齢を理由に、企業は従業員を退職させない」)と、過半数いる。また、「チャンスがあれば、転職する」ことを望む人の割合が40%となっており、「同じ企業に長く勤める」ことを望む人の割合より高い。「労働者が自由に労働時間や時間帯を決めて働く」といった個人の柔軟な働き方も、半数近い人が支持している。

図1-1 働き方や雇用に対する希望

(注)サンプル数は2,114。

3.現行制度に対する不公平感

 雇用に関わる現行の制度についてどう感じているかを、次の3つの質問から探った(図1-2)。1つ目は雇用保険の適用範囲に関して、自営業主やフリーランスは、企業に雇われている労働者と異なり、雇用保険の対象外であることを不公平だと感じるかどうかという質問だ。2つ目の質問は、正社員と非正社員の待遇差について、日常の業務は同じでも、残業や転勤を強いられるといった理由から、正社員の方が給料や雇用の安定性の面で優遇されることを不公平だと感じるかという点である。3つ目は年金制度について、自営業主やフリーランスなど基礎年金のみの加入者より、厚生年金の加入者の方が高い年金を受け取るような、就業形態で年金の仕組みが異なることを不公平だと感じるかという質問だ。

 まず、雇用保険について、自営業主やフリーランスが対象に含まれないことを不公平だと感じる人は50%であった(「不公平だと思う」、「どちらかといえば不公平だと思う」の計、以下同)。不公平とは思わない人の割合より多い。

 次に、正社員と非正社員の待遇について、正社員の方が給料や雇用の安定性の面で優遇されることを不公平だと感じる人の割合は37%で、不公平だと思わない人の割合と等しい。

 さらに、年金の仕組みに対する不公平感も意見は拮抗した。民間企業に勤める人が、基礎年金(国民年金)に加えて厚生年金に加入し、自営業主やフリーランスより高い年金を受け取ることを、不公平だと思う人と思わない人の割合がともに35%である。

図1-2 現行制度に対する不公平感

(注)サンプル数は2,114。

4.リスクに対して望む保障

 失業や長期休職・休業など、働くうえで起こりうるリスクに対し、誰が保障するのが望ましいと思うか、公的な保険、国費、企業、個人の責任の4つを提示してたずねた(図1-3)。最も支持を集めたのは公的な保険で、望ましいと考える人が80%を超えた(「大変望ましい」、「望ましい」の計、以下同)。企業の雇用維持を通じた保障や国の財源による保障も支持が高く、70%前後となっている。「個人が責任を負う」ことについては、望ましくないと考える人が過半数である(「あまり望ましくない」、「全く望ましくない」の計)。

図1-3 リスクに対して望む保障

(注)サンプル数は2,114。

5.労働市場・雇用政策モデルに対する考え

(1)望ましい労働市場・雇用政策モデル

 就業者は、労働市場全体のあり方をどうあるべきだと考えるかを探るため、異なる3つのタイプの労働市場・雇用政策モデルを提示して、どれが望ましいかをたずねた。調査では、各モデルのメリットやデメリットについてもよく考えてもらう熟慮のプロセスを経て、人々の考えに変化が見られるかどうかについても検証した。

 提示したモデルは、次の通りである(表1-4)。

 1つ目は、Aタイプとして日本型を想定した。長期雇用と年功序列の賃金体系を特徴とする伝統的な雇用慣行であり、企業の雇用安定を通じて生活が保障され、教育訓練も企業が主体となって従業員に対して行うタイプである。2つ目は、Bタイプとしてアメリカ型を想定した。自由市場経済の思想が強く反映され、労働者は自由に転職し、賃金は個人の能力や技能によって決まる。リスクも個人の責任で管理し、教育訓練も個人が自ら受けるというタイプだ。3つ目は、Cタイプとしてスウェーデン(北欧)型を想定した。いわゆる「フレキシキュリティ」の考え方のもと、労働者は生産性の高い部門に移動するように雇用の柔軟性が図られ、賃金は全国一律で職業と職種で決まる。一方で、労働者の手厚い保護も図られ、国による生活保障や、地域と企業が連携した教育訓練が実施されている。

 回答者にはまず、表1-4の通り各タイプの簡単な説明を読んでもらい、望ましいと思うタイプを1つ選んでもらった。結果は図1-5の上段で、Aタイプ(日本)が47%で最も多く、Bタイプ(アメリカ)が32%、Cタイプ(スウェーデン)は21%であった。

 つづいて、次節で説明する熟慮のステップを経て、再度同じ質問をした。結果は図1-5の下段の通り、Aタイプ(日本)が45%でわずかな減少、Bタイプ(アメリカ)は32%、Cタイプ(スウェーデン)は24%で微増であった。

図1-5 望ましい労働市場・雇用政策モデル

(注)サンプル数は2,114。

(2)労働市場・雇用政策モデルの論点(熟慮のステップ)

 熟慮のステップとして、ACのモデルを構成する基本思想やモデルを特徴づける論点をまとめた文章を読んでもらった(表1-6)。

 その後、文章を1文ずつ、20の論点に分解し、参考になったすべての論点と、最も重要だと思う論点1つを選んでもらった。それぞれを選択した割合を図1-7で示している。

   表1-6 熟慮のステップで提示した労働市場・雇用政策モデルの説明
     (クリックすると拡大します。)

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 最も多かったのは、Aタイプ(日本)の「労働者は雇用が安定してこそ、安心した暮らしができる。」という論点の55%(複数回答)で、最も重要だと思うと答えた人の割合も23%と最多である。これは、Aタイプのモデルを望ましいと答えた人が最も多いこととも整合的だ。Aタイプへの支持の背景には、雇用の安定性への共感がうかがえる。Aタイプの論点では他に、「シニアになると再就職は難しくなり、仮に再就職できたとしても賃金は下がる。」や「企業は従業員の雇用を守り、経営が苦しくても、できるかぎり解雇を避けるべきである。」も、30%近い人が参考になったと答えている。一方、Aタイプの論点でも、「景気にかかわらず雇用が確保されるのであれば、労働者は、企業から転勤や残業などを強いられても仕方がない。」や「政府は衰退産業を支援することで、企業の経営を立て直すことが望ましい。」を参考になったと答えた人は15%に満たない。

 その他に参考になった論点では、「賃金や仕事内容は、労働者の技能や能力に応じて決まるべきだ。」(Bタイプ)と「失業などで困ったときのために、公的な給付や支援は手厚い方がよい。」(Cタイプ)がともに34%、「企業は競い合うことで新しい製品・サービスを生み出し、成長する。」(Bタイプ)も30%と、比較的多い。また、「年齢や全国一律で賃金を決めるという考え方は、個人の仕事ぶりが反映されず不公平だ。」(Bタイプ)という論点が30%近く共感を集めていることや、「失業中に受ける公的機関の教育訓練で、新しい知識や技能を身につけることができるので、より賃金の高いところへ再就職するチャンスになる。」(Cタイプ)という論点を25%以上の人が参考になったと答えていることも、注目に値する。

   図1-7 労働市場・雇用政策モデルで参考になった論点
     (クリックすると拡大します。)

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    (注)サンプル数は2,114。

 調査ではこの熟慮のステップの後に、もう1度、ACタイプのうちどれが望ましいと思うかを答えてもらった。熟慮後の結果は図1-5で示した通りだが、表1-8は、熟慮後に選んだタイプによって回答者をグループに分け、各グループにおいて参考になったと答えた人が多い論点はどれか、割合で示したものだ。

表1-8 熟慮後の意見別・参考になった論点

(注)サンプル数は2,114。複数回答の結果を示している。

 Aタイプの支持者では、「労働者は雇用が安定してこそ、安心した暮らしができる。」が参考になった人が70%近くいる。また、「企業は従業員の雇用を守り、経営が苦しくても、できるかぎり解雇を避けるべきである。」を参考になったと答えた人の割合が40%近く、他の2つのタイプの支持者における割合と比較して明らかに多い。

 Bタイプの支持者では、「賃金や仕事内容は、労働者の技能や能力に応じて決まるべきだ。」を参考になったと答えた割合が51%で最も多い。さらに、「企業は競い合うことで新しい製品・サービスを生み出し、成長する。」、「年齢や全国一律で賃金を決めるという考え方は、個人の仕事ぶりが反映されず不公平だ。」といった論点なども参考になったと挙げており、他の2つのタイプの支持者との違いが表れている。

 Cタイプの支持者では、「失業などで困ったときのために、公的な給付や支援は手厚い方がよい。」を参考になったと答えた割合が最も多く、53%にのぼる。他にも、「政府は企業の存続ではなく人々の生活・雇用を守ることに徹するべきだ。」、「失業中に受ける公的機関の教育訓練で、新しい知識や技能を身につけることができるので、より賃金の高いところへ再就職するチャンスになる。」といった論点を参考にしている人が多い。どのタイプを選んだ人も、それぞれを特徴づける論点に共感して支持していると推察される。

 なお、Aタイプの支持者であっても、「失業などで困ったときのために、公的な給付や支援は手厚い方がよい。」(Cタイプ)や「賃金や仕事内容は、労働者の技能や能力に応じて決まるべきだ。」(Bタイプ)の論点を参考になったと答えた人が、それぞれ32%、25%と少なからずいる。Bタイプの支持者では、「労働者は雇用が安定してこそ、安心した暮らしができる。」(Aタイプ)、「失業中に受ける公的機関の教育訓練で、新しい知識や技能を身につけることができるので、より賃金の高いところへ再就職するチャンスになる。」(Cタイプ)、「シニアになると再就職は難しくなり、仮に再就職できたとしても賃金は下がる。」(Aタイプ)の論点を参考にした人が比較的多い。Cタイプの支持者も同様に、「労働者は雇用が安定してこそ、安心した暮らしができる。」(Aタイプ)が参考になった人が多いほか、「シニアになると再就職は難しくなり、仮に再就職できたとしても賃金は下がる。」(Aタイプ)や「賃金や仕事内容は、労働者の技能や能力に応じて決まるべきだ。」(Bタイプ)の論点を参考にした人も一定数いる。

 こうした論点が共感を集めていることは、今後の日本の労働市場や雇用政策を改革していく上で、一考に値するものと考えられる。さらなる分析を進め、人びとの意見とその背景・意識を明らかにして、政策決定に生かしていく必要がある。

(3)熟慮を経た意見の変化

 図1-5で示したように、熟慮の前後で各モデルへの支持の割合は大きく変わっていない。しかし、個人の遷移を確認すると、30%弱の人は意見を変えている(表1-9)。意見の変化は各タイプ間でそれぞれ36%見られ、その動き方には明らかな特徴は観察されない。

表1-9 熟慮を経た意見の変化(%)

(注)サンプル数は2,114。表全体で100%となるように遷移の割合を示している。

 表1-10は、遷移のパターンでグループ化し、それぞれのグループの人が熟慮のステップにおいてどの論点を最も重要だと考えていたか、グループごとに割合で示している。BタイプやCタイプからAタイプに変えた人は、共に「労働者は雇用が安定してこそ、安心した暮らしができる。」を選んだ人がかなり多く、この論点に共感して意見を変えたものと推察される。

 AタイプやCタイプからBタイプに変えた人は、「賃金や仕事内容は、労働者の技能や能力に応じて決まるべきだ。」という、全体集計でもBタイプの論点で最も支持を集めたものに比較的共感したようだ。これを選んだ人の割合が1315%となっている。一方、熟慮前後ともBタイプを支持する人のうち11%が最も重要だと挙げた「社会での成功は、自分の力でつかむ。」という論点については、AタイプやCタイプからBタイプへ移った人でこれを選ぶ人はやや少なかった。また、熟慮前にAタイプだった人は、「労働者は雇用が安定してこそ、安心した暮らしができる。」というAタイプの論点をやはり最も重要だと考える人も少なくない。

 AタイプからCタイプに変えた人は、「失業などで困ったときのために、公的な給付や支援は手厚い方がよい。」というCタイプで支持される論点に共感したとみられ、その割合は20%近い。ただし、「労働者は雇用が安定してこそ、安心した暮らしができる。」というAタイプの論点を最も重要だと考える人も17%と支持を集める。また、熟慮前後ともにCタイプを支持する人で比較的多くの人が重視する「政府は企業の存続ではなく人々の生活・雇用を守ることに徹するべきだ。」という論点を選ぶ人はそれほど多くない。「参考になったものはない。」という人も17%いる。他方、BタイプからCタイプに変えた人では、「失業などで困ったときのために、公的な給付や支援は手厚い方がよい。」を選ぶ人が11%にとどまる。そして、「参考になったものはない。」という人は30%近くいる。こうした人たちは、さまざまな論点を読んでCタイプ寄りになったものの、まだ意見を決めかねるといった状態にあるのかもしれない。

 多様な論点を熟慮することによって意見が集約されるのではなく、人それぞれで重きを置く論点が異なり、それに応じたタイプを支持するという結果は、当然ながら理にかなったものだ。そしてこのことは、各モデルに利点や特徴があり、人々の合意をどれか1つにとりつけることの難しさも示唆している。

   表1-10 意見の変化別・最も重要だと思う論点(クリックすると拡大します。)

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第2章 転職と教育訓練をめぐる就業者の意識・考え

要旨

本章では、転職に関わる意識や考えについての集計結果を示す。前章で明らかになったように、転職に対して前向きな人は多く、若年層ほど転職意欲が高い。ただし、転職先の職場が、現在の通勤圏から移動する必要のある場合、都市部であれ地方であれ、転職意欲が下がることがわかった。一方、転職に際して新しい知識・技能を学ぶことを求められる場合、そのことで転職意欲が下がるといった傾向はあまり見られなかった。30代を中心に、「プログラミング」や「AI・データ分析」といった情報処理の技能を身につけたいと考える人も多かった。

1.地域・分野を超えた転職

 転職に関する意欲を探るべく、いくつかの仮想質問をした。まず、現在の知識・技能を生かせる職場として、①今の通勤圏内(引っ越し不要)にある職場、②通勤圏外だが、今住んでいる都道府県内にある職場、③今の通勤圏外で、都市部にある職場、④今の通勤圏外で、地方にある職場、の4つの職場を提示する。それぞれについて、今の賃金と比べて、少なくともどれくらい賃金が変わるのであれば、転職したいと思うかをたずねた。さらに、新たに知識・技能を学ぶ必要がある職場として上記①~④を提示し、同じくどれくらい賃金が変わるのであれば転職したいと思うかを聞いた。それぞれの結果を図2-1にまとめている。

図2-1 地域・分野を超えた転職への意欲

(注)サンプル数は2,114。提示された条件において、少なくともどれくらい賃金が変わるのであれば転職したいと思うかという質問に対する回答の割合。

 現在の知識・技能を生かせる職場について、①今の通勤圏内にある職場は「賃金に関わらず転職したい」と考える人が全体で10%いた。また、賃金が「今より20%上がる」ならば転職したい人は27%にのぼる。「賃金に関わらず転職したくない」人の割合は26%である。現在の通勤圏外の地域については、②今住んでいる都道府県内にある職場、③都市部にある職場、④地方にある職場、となるにつれて「賃金に関わらず転職したくない」人の割合が増え、④地方にある職場では60%の人が転職したくないと答えている。一方で、これらの職場でも、「賃金に関わらず就職したい」人と「今より20%上がる」ならば就職したい人を合わせると10%となり、転職に前向きな人は一定数見られる。

 新たに知識・技能を学ぶ必要がある職場について、①今の通勤圏内にある職場は「賃金に関わらず転職したい」と考える人が全体で7%、賃金が「今より20%上がる」ならば転職したい人は23%いる。現在の知識・技能を生かせる職場と比べると若干少なくなるものの、分野を超えた転職への意欲は少なからず見られる。現在の通勤圏外の地域も同様に、転職の意欲は現在の知識・技能を生かせる職場と比べてやや下がりながらも、全体の傾向は変わらない。

 これらを年齢層別に見ると、若年層の方がおおむね転職への意欲が高いことがわかる(図2-2)。35歳未満において、現在の通勤圏内で「賃金に関わらず転職したい」人と賃金が「今より20%上がる」ならば転職したい人を合わせた割合は、現在の知識・技能を生かせる職場で45%以上、新たな知識・技能を学ぶ必要がある職場でも40%近い。これらの割合は、年齢が上がるにつれて小さくなる。また、通勤圏外で地方にある職場については、現在の知識・技能を生かせるにしろ、新たな知識・技能を学ぶ必要があるにしろ、どの年齢でも過半数の人が「賃金に関わらず転職したくない」と答えている。ただし、転職への意欲が高い人(「賃金に関わらず転職したい」と「今より20%上がる」の計)も、全年齢層で10%弱見られる。

2.教育訓練

(1)仕事の能力アップに対する考え

 第11節と同じ形式の質問で、仕事の能力アップに関して2つの対照的な考え方を提示し、どちらの方が望ましいと思うかを聞いた(図2-3)。知識・技能の獲得において、個人よりも企業が主体となることを望む人が47%と、比較的多い。また、訓練コースを提供する主体としては、地域や公的機関より、企業や専門学校を望む人がやや多い。

(2)教育訓練の経験

 これまでに何らかの教育訓練を受けたことがある人の割合は66%である。受講経験者(n=1,400)のうち、最も多かった受講内容は「勤め先の指示による研修」で71%にのぼる(図2-4)。他に、「民間企業が提供する訓練コース、講習会、セミナーへの参加」、「その他の勉強会、研究会への参加」、「通信教育、eラーニング」が2328%と比較的多い。

 また、受講経験者が実際に仕事やキャリアで役に立ったと思うものとして、「勤め先の指示による研修」を挙げる人は47%である。その他の受講内容についても、効果を感じている人は少なくない。ただし、教育訓練を受講したものの役に立たなかったと考える人も16%いる。

図2-4 教育訓練の受講内容、役に立ったもの

(注)教育訓練を受講したことのある人を100%とした時の割合を示している。サンプル数は1,400。

(3)身につけたい知識・技能

 これから身につけたい知識・技能についてたずねると、全体の30%以上の人が「コミュニケーション能力」を挙げた(図2-5、複数回答可)。他に、「外国語」、「経営・ビジネス」、「情報・通信・コンピュータ」、「経済・会計」を挙げた人が2124%いる。1番身につけたいものでも、「コミュニケーション能力」や「外国語」を挙げる人がそれぞれ10%ほどと、コミュニケーション系の技能を必要と感じる人が多い。一方、「身につけたい知識や技能はない」と答える人は22%と、少なからずいる。

図2-5 身につけたい知識・技能

(注)サンプル数は2,114。

 なお、「プログラミング」や「AI・データ分析」といった情報処理の技能について、身につけたいと考える人の割合を性・年齢別に見ると、男女ともに30代が最も多い(図2-6)。「プログラミング」は、男女ともに40歳未満の年齢層で20%以上の人が身につけたいと考えている。

(4)教育訓練に求める制度・政策

 前節で答えてもらった1番身につけたい知識・技能を学ぶための費用について、個人、企業、政府、地方自治体、地域のうち、誰がどの程度、負担するべきだと思うか、合計100%となるように割合でたずねた(表2-7)。多くを占めたのは「個人」と「企業」である。全体平均としては、「個人」が41%、「企業」が33%、「国」が16%、「地方自治体」が7%、「地域(地方自治体や地元企業、NPOなどの協働)」が3%となっている。

表2-7 1番身につけたい知識・技能を学ぶ費用の負担主体(負担割合の平均、%)

(注)サンプル数は2,114。合計が100%となるように、負担の割合を答えてもらった。

 続いて、どのような企業の制度や国の政策があれば、教育訓練を受けるかたずねると、「訓練費用の給付」を挙げる人が最も多く、53%であった(図2-8)。また、「訓練中の生活費の給付」も40%近くと、金銭面の支援を求める人が多い。その他、「短期の有給休暇(数日)」、「長期の有給休暇(半年~1年)」、「労働時間の短縮」といった訓練時間の確保に関わる制度を求める人も28~32%いる。

 なお、「教育訓練は受けたくない」という人は、全体で11%いる。

図2-8 教育訓練に求める制度・政策

(注)サンプル数は2,114。複数回答可。

第3章 社会のあり方をめぐる就業者の意識・考え

要旨

 本章では、雇用政策に対する就業者の意見をより理解するため、そもそも社会全体のあり方について、人びとがどのような意識や考えを持っているかを探った。その結果、今よりも国民負担を減らすべきだと考えている人が多く、負担を上げなければならない場合は法人税を上げるべきという意見が最も多かった。また、所得格差に関する意識について調べると、所得階層の下位10%にあたる世帯の所得水準の引き上げを望む声が多かった。所得階層の下位層と上位層との間の格差については、税引き前の所得水準で考えてもらうと上位層の所得減による格差縮小を望む人が比較的多かったが、税引き後の所得水準で考えてもらうとその傾向が弱くなり、社会全体として所得の底上げが重視されていることがわかった。

1.受益と負担のあり方

(1)受益と負担の増減

 社会における受益と負担のあり方への意識を探るべく、2つの異なる考えのどちらに近いかをたずねる質問をした(図3-1)。まず受益面について、「今よりも国や自治体の支出を増やし、行政サービスを手厚くすべきだ」と思うか、「今よりも国や自治体の支出を減らし、行政サービスを簡素化すべきだ」と思うか、どちらの考えに近いかを聞いた。結果は、支出を増やしてサービスを手厚くすべきと考える人の割合が34%(「どちらかといえば近い」を含む、以下同)、支出を減らしてサービスを簡素化すべきと考える人の割合は32%で、拮抗した。他方、負担面について、「今よりも税金や保険料などの国民負担を減らすべきだ」と思うか、「今よりも税金や保険料などの国民負担が増えるのはやむを得ない」と思うかたずねたところ、国民負担を減らすべきと考える人の割合が60%近くを占めた。受益と負担ともに減らすべきだと考える人は全体の22%となっている。(表3-2)

図3-1 受益と負担のあり方

(注)サンプル数は2,114。

表3-2 受益と負担のあり方(クロス集計、%)

(注)サンプル数は2,114。全てのセルの合計が100%となるように割合を示している。

(2)受け入れられる国民負担率

 全体として負担の軽減を望む人が多いが、どの程度までの負担であれば受け入れられるかも探った(図3-3)。現在の国民負担率(個人や企業の所得に占める、税と社会保険料の負担割合)がおよそ45%であることを示した上で、受け入れられる負担率をたずねている。全体の80%以上の人が、現在の水準より低い割合を答えており、半数程度の人は2045%未満と答えている。

図3-3 受け入れられる国民負担率

(注)サンプル数は2,114。

(3)負担を増やしてもよいと思う項目

 続いて、現在の国民負担率の内訳(社会保険料19%、消費税9%、個人所得税8%、法人税5%、資産税4%)を示した上で、今後、負担を上げなければならない場合、どの項目を増やすのが望ましいと思うかをたずねた(図3-4)。最も多かったのは「法人税」で43%、次いで「資産税」が26%となっている。「消費税」は12%、「社会保険料」は11%で、「個人所得税」は8%と最も少ない。

図3-4 負担を増やしてもよいと思う項目

(注)サンプル数は2,114。

2.所得格差への意識

 日本の所得格差に対する意識を探るべく、世帯の所得階層と具体的な年収金額について考えてもらう質問をした。

 まず税引き前の粗所得について、現在の中央値が550万円(2人以上世帯)であり、所得の1番低い10%の区切りが250万円、1番高い10%の区切りが1200万円であることを示した上で、下位10%と上位10%にあたる世帯が、それぞれいくら程度ならば受け入れられるかをたずねた。結果として、下位10%の世帯については、半数以上が現在の水準(250万円)より高い金額を答えた(図3-5)。一方、上位10%の世帯については、60%近くの人が現在の水準(1200万円)より低い金額を答えた(図3-6)。税引き前の粗所得は、下位層の所得増加および上位層の所得減少による格差縮小を望む人が多いといえる。

図3-5 受け入れられる下位10%の所得水準(税引き前)

(注)サンプル数は2,114。2人以上世帯を想定し、下位10%にあたる世帯の所得を回答してもらった。

図3-6 受け入れられる上位10%の所得水準(税引き前)

(注)サンプル数は2,114。2人以上世帯を想定し、上位10%にあたる世帯の所得を回答してもらった。

 次に税引き後の手取り所得について、現在の中央値が450万円(2人以上世帯)であり、所得の1番低い10%の区切りが200万円、1番高い10%の区切りが900万円であることを示した上で、下位10%と上位10%にあたる世帯が、それぞれいくら程度ならば受け入れられるかをたずねた。結果は、下位10%、上位10%の世帯ともに、現在の水準(下位:200万円、上位:900万円)より高い金額を答える人が半数以上にのぼった(図3-7、3-8)。上位層の所得減少を望む人が多かった税引き前の結果とは異なり、税引き後は、上位層の手取り所得の減少による格差縮小を望む人がそれほど多くないといえる。一見、矛盾しているようにも思えるが、税制度の累進性が回答者の想定よりも高い、あるいは、課税によって引かれる額が回答者の想定よりも多いといったことが理由として考えられる。

 これらの結果から見えてくるのは、所得格差の問題について、人々は、下位層の所得水準が低い現状を問題視しているということだ。所得の底上げに力点を置いた対応が重要となる。

図3-7 受け入れられる下位10%の所得水準(税引き後)

(注)サンプル数は2,114。2人以上世帯を想定し、下位10%にあたる世帯の所得を回答してもらった。

図3-8 受け入れられる上位10%の所得水準(税引き後)

(注)サンプル数は2,114。2人以上世帯を想定し、上位10%にあたる世帯の所得を回答してもらった。

第4章 まとめ

 就業者を対象に行った本調査から、労働市場のあり方に対する人びとの意識や考えが見えてきた。働き方に関しては、安定した雇用を望む声が多い一方、転職に対して前向きな姿勢を持つ人も多いことがわかった。特に、新しい知識・技能の習得を必要とするような転職に対して、それほど抵抗感がない人が一定程度いることは注目に値する。情報処理の技能を学ぶ意欲も、とりわけ40歳未満の層で多く見られ、訓練費用や訓練中の生活費といった金銭面の支援などを行いながら、成長産業への労働移動を促す可能性が期待できる。ただし、今の住居から移動しなければならないというような、地域を跨ぐ転職は負担感が大きいようだ。東京一極集中の是正や地方創生を視野に入れた労働移動を考える上で、留意していく必要がある。

 また、能力給を望む人がかなりの程度いるという点も注目すべきだ。従前からの日本の雇用慣行の特徴である年功序列の賃金体系を必ずしも望んでいないという側面は、アメリカタイプの労働市場モデルへの支持が3割を占める結果にも表れている。さらに、働く上で起こりうるリスクを個人が負担するのではなく、公的な保険などで保障すべきといった、生活に安心感を求める意識は、公的な給付や支援が手厚いスウェーデン(北欧)タイプの労働市場モデルを支持する人が2割以上いることにつながっているだろう。雇用の安定性から日本タイプの労働市場モデルが高く支持されるとはいえ、労働市場モデルを特徴づける様々な論点を熟慮した上で、やはりアメリカタイプやスウェーデン(北欧)タイプを支持する声も少なくないという事実は重要である。

 これら3つのタイプの労働市場モデルは、それぞれにメリットもあればデメリットもある。そこから何を重視するかは個人で異なるため、今後、日本の労働市場がどれか1つのモデルへ収斂するように人びとの合意を形成しようとしても難しいだろう。むしろ、労働市場のあり方に多様性を認め、各タイプの特徴を生かした働き方を個々人が選択できるような社会こそが望ましい。重要なのは、個人が望む働き方を安心して選べることだ。政府には、その環境を提供していくことが期待される。

付録1 調査概要

調査名

 これからの働き方に関するアンケート調査

調査方法

 インターネット調査

調査機関

 株式会社インテージリサーチ

調査実施期間

 2022年12月7日~2022年12月9日

調査対象

 インテージリサーチの登録モニターのうち、全国に住む15~79歳の就業者2,114名の有効回答を回収した。

 回収にあたっては、令和2年(2020年)国勢調査に基づき、性別(男女)、年齢(15~29歳、30~39歳、40~49歳、50~59歳、60~69歳、70歳以上の6区分)、居住地(東日本、京浜、中日本、阪神、西日本の5地域)別の回答者数の構成比を算出し、この構成比を2,000サンプルに割り付けた。また、調査票には省力回答者(サティスファイサー)を検出する質問を入れた。最終的に、省力回答者を除外したサンプル数が2,000を超えたため、集計ではウェイト付けによる補正を行っている。

研究体制

水島治郎 NIRA総研上席研究員/千葉大学大学院社会科学研究院教授
翁百合  NIRA総研理事/日本総合研究所理事長
神田玲子 NIRA総研理事・研究調査部長
関島梢恵 NIRA総研研究コーディネーター・研究員

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)水島治郎・翁百合・関島梢恵・NIRA総合研究開発機構(2023)「これからの働き方に関する就業者の意識―熟慮型アンケート調査から考える―」

© 公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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