星岳雄
NIRA客員研究員/カリフォルニア大学サンディエゴ校国際関係・環太平洋研究大学院教授
アニル・K・カシャップ
NIRA客員研究員/シカゴ大学ブースビジネススクール教授

概要

 東日本大震災後、復旧・復興に議論が集中し、成長に向けた政策論議は後回しにされた。しかし、長期的な成長戦略が欠如すれば、経済は再び停滞してしまう。停滞から脱出するためには生産性上昇が不可欠であるという事実は、震災によって変わるものではない。むしろ震災を日本経済再出発の好機と捉えて、抜本的な成長戦略を打ち出すのが望ましい。最近はようやく復興をめぐる議論が一段落し、財政再建の議論が盛んである。もちろん財政再建は成長戦略の一部であるべきだが、それだけでは十分ではない。日本経済の再生に向けた総合的な政策が必要である。
 本稿は、NIRA研究報告書「何が日本の経済成長を止めたのか」(2011年7月)の続編として、成長を回復するための総合的な政策を提示するものである。政策は大きく分けて3つの分野にわたる。

全文(日本語)は『何が日本の成長を止めたのか― 再生への処方箋』(日本経済新聞出版社刊)に収録。

INDEX

エグゼクティブサマリー

1.規制改革

1-1. 事業活動コストの削減

 日本における事業規制には多くの改善余地がある。日本における事業活動コストは、他の先進国に比べて高いことが知られている。特に事業開始手続き、税率・税制、土地移転・土地利用政策に問題があることが指摘されている。全ての事業開始申請が1か所で完了できる仕組みの創設、納税者番号制度の導入、土地移転に係る許可プロセスの短縮化、農地登録制度の改善、住所表示の簡素化などが望まれる。

1-2. ゾンビ企業保護の撤廃

 日本経済停滞の要因の一つはゾンビ企業の存在である。退出すべき企業を温存したことによって、健全な企業の成長を妨げた。ゾンビ企業の保護をやめることが成長の復活に不可欠である。しかし、世界金融危機後の政策は全く逆の方向に向かっている。金融円滑化法に代表されるように、政府は中小企業向けの事実上の救済融資を銀行に迫り、その代わりに銀行はそれらの問題債権を不良債権として認識する必要がなくなった。実質的にゾンビ企業を支援する結果となるこのような政策を直ちに廃止すべきである。

1-3. 非製造業部門の規制緩和

 規制緩和は橋本内閣時代はある程度進んだが、その後動きが停滞している。政府による規制改革委員会の制度は名前を変えながら続いてはいるがその成果は激減している。規制緩和の停滞は特に非製造業において著しい。非製造業の全要素生産性が1990年代初から上昇していないのは、規制緩和の欠如と関係していると思われる。規制緩和を特に非製造業部門で加速させることが必要である。

1-4. 成長特区

 小泉内閣時代の構造改革特区の試みの多くは、他の地域から需要をシフトしただけで、持続的な成長には結びつかなかった。観光特区や農業特区の多くが良い例である。これらの特区は採用する地域が限られていた頃はその地域の振興に役立ったが、同様の試みが全国に広まると次第に廃れていった。しかし、神戸の先進医療クラスター特区や北九州の国際交流特区のように、重要な規制緩和措置を中心にしてある程度の成功を収めた特区もある。規制緩和に焦点を当てた特区を導入することによって日本の再生を図ることが可能である。現在、震災からの復興を目指した特区が被災地で作られているが、その多くは旧態依然とした産業政策や被災企業の単なる救済策であり、成長を促すようなものではない。

図1 全要素生産性の各国比較(1992年=1.0)

(出所)EUKLEMS
(注)本文の図(Figure3a、3b)を基に作成。

2.開国政策

2-1. 貿易自由化

 TPPを含めた貿易自由化は、通常の経路を通じて消費者の厚生を高めるのみならず、日本企業を国際競争にさらすことによって生産性の伸びや経済成長を高める。貿易自由化によって不利益を受ける人々に補償を行うことにより、貿易自由化についての政治的合意を形成する努力が重要である。

2-2. 農業保護の削減

 日本の農業部門の生産性は他の先進国と比べても極端に低い。その要因の一つが非効率的な小規模農家を温存する制度である。生産者支援額と農業部門の付加価値額はほぼ同額(すなわち農業部門の国民所得への寄与度はゼロ)である。また、農地を所有するが耕作しないゾンビ農家の増加が、日本における農業生産性を沈滞化させる大きな要因となっている。小泉政権時には、政府は農業補助金を統合し、大規模かつ生産力のある商業農家への支援に充てようとした。その後、改革が逆戻りし、民主党政権は農家戸別所得補償制度を進め、低生産性の農家ほど報酬を受ける結果になっている。農業部門の生産性低下を止めるためには、農業保護を削減していく必要がある。

2-3. 移民政策

 日本でも移民の数は最近微増しているが、他の先進国と比べて非常に少ない。移民の流入促進により、高齢化に起因する労働力低下の成長への影響を和らげることができる。最近の研究は、移民増加が技術革新と生産性上昇に寄与することも示している。高技能の移民流入を促進することによって、経済成長の復活を目指すことができる。

3.マクロ経済政策の改善

3-1. 持続可能な財政政策

 日本の政府債務残高はGDP比で見て先進国中最大である。財政政策を大きく転換しない限り日本の財政が維持不可能なのは明らかである。手遅れになる前に、政府収入を増やし支出を減らすような財政改革が必要である。政府の消費税増税案は十分ではないが財政緊縮に向けた第一歩として評価できる。消費税増税は全世代に公平な負担を強いるものであり、顕著になった世代間不公平の緩和することにもなる。ただし、増税だけで財政の維持可能性を取り戻すには極端な増税が必要となるので、支出削減、特に年金改革も同時に必要となる。重要なのは財政改革の姿勢をできるだけ早く明らかに示すことである。数年の遅れが取り返しのつかない結果をもたらす可能性もある。

3-2. デフレ脱却のための金融政策

 過去15年以上にわたって日銀はデフレ脱却に成功することができなかった。短期金利がほぼゼロになり伝統的な金融政策の手段を失ったというのは事実であるが、日銀は、多くの識者がデフレ脱却に有効であるとした非伝統的手段の採用やインフレ目標の設定などに消極的だった。グローバルな金融危機の後、思い切った緩和政策をとった他国の中央銀行と、相変わらず消極的だった日銀の差は顕著だった。その結果、各国はデフレを回避することができたが、日本のインフレ率はいまだにゼロに近い状態である。2012年2月14日、日銀は物価安定の「目途」を設定したが、その効果は長続きしなかったようである。日銀が消極的だった理由の一つは、不良債権処理が進まず、ゾンビ企業が生きながらえている中で、ゼロ金利や一層の金融緩和が問題を更に深刻にすることへの懸念だったかもしれない。そうであれば、金融監督における日銀の権限を広げることも一考に値する。
 日本経済はもう20年ほど停滞を続けている。しかし、この停滞から脱出することは可能である。本稿は停滞脱出のための処方箋をいくつか指摘している。有効な政策を全て網羅したわけではないが、日本再生への第一歩にはなるだろう。

図2 中央銀行の総資産

(出所)各国中央銀行統計
(注)本文の図(Figure12)を参照のこと。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)星岳雄・アニル K カシャップ(2012)「日本再生のための処方箋」総合研究開発機構

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