川本茉莉
NIRA総合研究開発機構主任研究員

概要

 政策に関心を持つ人々の意見を集約し、それを踏まえた政策ビジョンを構築するため、NIRA総研では、経済・社会に関する4つのテーマについての調査を実施した。本稿では、そのうちの1つである「財政赤字と国債発行」に関して報告する。今回の調査では、財政赤字について心配ないと考えているのか、それとも危機的水準だと考えているのか、その理由と共にたずねた。またこの議題に関する専門家の論考を読み、その論考のうちどの論点を参考に、人々の考えがどのように変化するかを検証した。
 調査の結果、政府債務に対し危機意識を持っている人は少なくないが、それは反対の立場の意見を読むことにより揺らぎやすいものであることが分かった。また財政赤字に対する考え方により、専門家の論考のうち参考とする論点が異なっており、財政赤字を心配していない人は財政赤字を楽観視する論点を、危機的と感じている人は財政規律を重視する論点を選んでいる。自由記述回答の内容からは、専門家の論考が人々の考えに影響を与えており、専門家の論考を読み考える熟慮に一定の効果があることが分かった。

INDEX

図表

1 専門家の論考(Step2-Bで提示した実際の画面)

2 財政赤字に対する考えの推移

3 年齢と世帯年収別の財政赤字に対する考え

4 財政赤字に対する考え方別のPB黒字化目標への考え方

5 それぞれの論点を参考になったとする人の割合

6 財政赤字に対する考え方別の参考になった論点

7 クラス別の各論点を選択する確率

8 クラス別の財政赤字に対する考え

9 年齢と世帯年収別のクラス分布

10 財政赤字に対する考えについての理由

11 国の政治への信頼と財政赤字に対する考え方

12 自由記述回答のテキストマイニング結果

13 財政赤字に対する考え方が変わった人の自由記述回答の内容

1.はじめに

 政策に関心を持つ人々の意見を集約し、それを踏まえた政策ビジョンを構築するため、NIRA総合研究開発機構(以下、NIRA総研)では、社会・経済に関する以下の4つのテーマについて、一般の人々の意見を集約するための調査を実施した。

・後期高齢者の医療費窓口負担引き上げ
・政府規模と国民負担
・財政赤字と国債発行
・自由と平等

 このうち、後期高齢者の医療費窓口負担引き上げについては川本(2022a)にて、また政府規模と国民負担については川本(2022b)にて報告した。本稿では、財政赤字と国債発行に関する調査結果について報告する。なお、前述の4つのテーマのうち、財政赤字と国債発行、政府規模と国民負担、自由と平等の3テーマは同一のアンケート調査にて実施した。

2.調査の概要

 政策上の争点に対し、人々が合意形成するためのプロセスとして、熟議と熟慮の2つの方法が、どのように有効に機能するかを検証することが、本調査の主な目的となる。その検証のため、調査は3ステップに分けて実施した。詳細については、川本(2022b)を参照されたい。以下では、本稿のテーマである財政赤字と国債発行に関する部分を説明する。

 Step1のアンケート調査においては、テーマに関する設問として、財政赤字やその黒字化目標に対する考え、財政破綻に直面する可能性などをたずねた。

 Step2-Aのオンライン座談会では、参加者には事前に、財政赤字に関して立場の異なる3名の専門家の論考(図1)を読んでもらった。座談会では、それを踏まえて、財政赤字に対する考えを1人ずつ述べてもらった後、他の人の発言を受けてどう考えたかを、挙手して発言してもらった。座談会の内容については、本稿のコラムを参照されたい。

 Step2-Bのアンケート調査では、Step1の回答者全員を対象に、Step2-Aの参加者に読んでもらったものと同じ専門家の論考(図1)を提示した後、専門家の論考の中で参考となった論点や、財政赤字に対する考え、自身の意見の変化について、選択回答式と自由記述式を交えて質問した。

図1 専門家の論考(Step2-Bで提示した実際の画面)
a 意見A―井上智洋氏の論考

b 意見B―門間一夫氏の論考

c 意見C―岩本康志氏の論考

3.財政赤字に対する考え

 Step1Step2-Bにおいて、財政赤字と国債発行について、それぞれ以下のABのどちらに考えが近いかを質問した。

A:国の借金である国債は市場で安定的に取引されており、財政赤字を心配する必要はない。
B:財政赤字は危機的水準であるので、国の借金である国債の発行は抑制すべきだ。

 Step1Step2-Bともに、財政赤字を危機的水準と考える人の方が、財政赤字を心配する必要がないと考える人よりも、多い結果となった(図2)。ただし、熟慮の前後、すなわちStep1からStep2-Bへの変化を見ると、多数派の「財政赤字を危機的」と考える人が減り、その分だけ「心配ない」「どちらともいえない」という回答が増えている。政府債務に対する危機意識を持っている人はある程度存在するが、その考えは確固たるものではなく、反対の立場の意見を読むことにより、揺らぎやすいものであるといえるだろう。

 財政赤字に対する考えを、年齢と世帯年収別に見たものが図3である。財政赤字を危機的と考える人は、年齢が高くなるほど多くなる。一方、財政赤字を心配ないと考える人は、現役世代、特に若い世代の高所得者層で多い。

 またStep1では、財政赤字に関する質問として、政府が掲げる2025年度までのプライマリーバランス(PB)黒字化目標に対する考えも聞いた。本質問への回答を、財政赤字に対する考え方別に示したものが図4である。財政赤字を心配していない人は、PB黒字化目標は早すぎる/必要ないと回答し、財政赤字を危機的だと考えている人は、PB黒字化目標は遅すぎると回答する割合が高く、この2つの設問への回答は整合的であるといえる。ただし、財政赤字を心配していない人でもPB黒字化目標は遅すぎると回答していたり、財政赤字を危機的としながらもPB黒字化目標は早すぎると考える人も一定数存在していることが分かった。一見矛盾した回答に思えるが、経済の低迷を回避しつつ、財政健全化を図る考えだと捉えることもできる。

図2 財政赤字に対する考えの推移

図3 年齢と世帯年収別の財政赤字に対する考え

図4 財政赤字に対する考え方別のPB黒字化目標への考え方

4.専門家の論考で参考になった論点

4-1.財政赤字に対する考えと参考になった論点

 Step2-Bでは、回答者に読んでもらった3名の専門家の論考を10の論点に分解し、その中から参考になった論点を全て選んでもらった(注1)。それぞれの論点を参考になったとした人の割合を表5に示す。

 最も多くの人が選んだのが、「国債残高を無限に増やせるわけではなく、財政の持続性は確保しなくてはいけない。」と「現在の国の財政状況は、税収と公共サービスへの支出が、全然つり合っていない状態だ。これ以上は将来へのつけ回しに頼れない。」の2つであり、ともに財政規律を重視する論点である。逆に参考になったとした人が最も少なかったのが、「日本の通貨である円は日本銀行が作っているので、政府の資金が不足したら、日銀がお金を刷ればよい。」と「日本の国債残高はほかの国よりも大きいが、それを今すぐ減らすべきだとは言い切れない。」の2つで、ともに財政赤字を楽観視する意見である。このことは、財政赤字を危機的水準と考える人の方が、財政赤字を心配する必要がないと考える人よりも、多いという結果(図2)と整合的である。ただし、各論点を選んだ人の割合はどれも1530%の間に入っており、大きく偏りがあるわけではない。

 財政赤字に対する考え方別に、それぞれの論点を参考になったとする人の割合を示したものが表6である。財政赤字を心配していない人には、主に表の上側にある、財政赤字を楽観視している論点が比較的多く選ばれている。一方で、財政赤字を危機的と感じている人には、主に表の下側にある、財政規律を重視する論点が多く選ばれており、財政赤字に対する考え方によって、参考となった論点が異なることが分かる。川本(2022a)において、後期高齢者医療に関する調査においては、「応能負担」が窓口負担割合の引き上げへの賛否に関わらず多く支持された結果を示したが、今回の財政赤字に関しては、現状認識の違いを超えて、共通して支持される論点はほとんど見られず、このテーマだけで人々の合意形成を図るのは難しいことが見て取れる。

 また、財政赤字に対して「どちらともいえない」と回答した人は、約半数が「どれも参考にならなかった」としている点も特徴的である。異なる立場の論考を読んで、どれも一理あると考えたのではなく、どれも納得がいかないと思い、「どちらともいえない」という回答に至ったことがうかがえる。

表5 それぞれの論点を参考になったとする人の割合

表6 財政赤字に対する考え方別の参考になった論点

4-2.参考になった論点の潜在クラス分析

 また、本質問の回答に対し、潜在クラス分析を行った(注2)。潜在クラス分析とは、複数の変数への応答パターンから、潜在変数である「潜在クラス」を求め、回答者をいくつかのクラスに分類(縮約)するものである。

 分析の結果、5つのクラスが析出された。回答者の各クラスへの所属割合は、Class136%Class22%Class311%Class43%Class548%となっている。図7にクラス別に各論点を選択する確率を示した。点とエラーバーは各項目における選択確率の点推定値と95%信頼区間を示す。5つのクラス別に、財政赤字に対する考え方を示したものが図8である。

 Class1に分類された人は、参考になった論点をほとんど選んでおらず、財政赤字に対しては、どちらともいえないと回答している割合が多い。前述したように、どの論考にも納得がいかず、「どちらともいえない」という回答に至った人々といえるだろう。

 Class2に分類された人は、MMTを唱える井上氏の論考にある3つの論点を参考とする確率がほぼ100%であり、財政規律を重視する論点をほとんど選んでいない。財政赤字に対しては、ほとんどの人が心配をしなくてよいと考えている。このクラスに分類された人は少数ではあるが、明確に傾向が出ており、MMT派といってよいだろう。

 逆にClass3は、財政規律を重視する論点を選ぶ確率が高く、財政赤字を楽観視する論点はほとんど選んでいない人々である。財政赤字に対しては危機的と考えている人がかなり多い。財政赤字を危機的水準と考えていると回答した人は全体の4割ほどであったが(図2)、負担増やサービスの縮小などを覚悟して財政規律を支持する財政規律派は、実はそれほど多いわけではないといえる。

 Class4に分類された人は、多くの論点を選びがちである。また財政赤字への考えについては、心配ないと考える人も、危機的だと考えている人も同じくらい存在している。

 Class14がそれぞれに特徴的であったことに対し、Class5には目立った特徴が見られない。どの論点にも、このクラスの2040%の人が参考になったと答えており、財政赤字に対しても、「心配ない」「危機的水準」と考える人が同じくらい存在する。本稿で詳細な分析は省略するが、財政赤字への考えと参考になった論点の関係性を見てみると、赤字を危機的と回答しつつもMMTの考え方を選んでいたり、逆に赤字を心配していなくても規律派の意見を選んでいたりする人が、ある程度存在している。「自分とは異なる立場の意見もよく聞くが、かといって自分の意見を簡単には変えない人々」といってもよいだろう。

図7 クラス別の各論点を選択する確率

図8 クラス別の財政赤字に対する考え

 各クラスに分類された人々の属性には特徴があるのだろうか。年齢と世帯年収別のクラス分布を図9に示す。

 前述したように、Class1は、参考になった論点をほとんど選んでおらず、財政赤字に対して「どちらともいえない」という回答に至った人々である。Class1に分類される割合は、若い人で高くなっている。高齢になるほどその割合は低くなっている。

 逆に高齢になるほど割合が高くなるのが、財政規律派のClass3と、あまり特徴のないClass5である。Class3については、高齢者に財政赤字を危機的と考える人が多いこと(図3)と整合的であるといえる。

 MMT派のClass2と、多くの論点を選びがちなClass4は、回答者全体に占める割合がかなり低いため、属性別の分布で断定的なことはいえないだろう。

図9 年齢と世帯年収別のクラス分布

5.自由記述回答の分析

5-1.財政赤字に対する考えごとの整理

 Step2-Bにおいて、財政赤字に対する考えについて、そのように考える理由を自由記述式で回答してもらった。その回答を財政赤字に対する考え方別に整理した(注3)(表10)。

 財政赤字は心配ないと考える人は専門家の論考のうち財政赤字を楽観視する考え方に、逆に財政赤字は危機的水準と考える人は財政規律を重視する部分に、強く影響を受けていることが、自由記述回答の内容から読み取れる。そしてお互いに異なる立場の見解については批判的に、受け入れられないと考えていることが分かった。

 また、政治・政府への不信が強いことが両者に共通している点は興味深い。財政赤字は心配ないと考える人は、政府が国民に負担を求めていることに疑問を感じている一方で、財政赤字は危機的水準と考える人は政府が無駄遣いをしていると考えており、不信の要因はそれぞれに異なってはいるが、ともに政府の言動を信じていない。日本において政府への信頼が国際的に見ても低いことは知られているが(注4)、本調査でも、国の政治への信頼はかなり低いという結果が出ている(注5)(図11)。財政赤字への考え方別に政治への信頼の度合いを見てみると、財政赤字を危機的だと考える人の方が、心配ないと考える人よりも、信頼度が低くなっている。

表10 財政赤字に対する考えについての理由

(注)本表はNIRA総研研究員の井上敦が作成した。

図11 国の政治への信頼と財政赤字に対する考え方

 また、自由記述回答の内容について、財政赤字に対する考え方別にテキストマイニングをした(注6)。名詞と名詞―動詞の係り受けの出現頻度を表12に示す。「借金」や「国債」などテーマに関連する単語は、考え方に関わらず、高い頻度で使われているものも多いが、各立場で特徴的なものもいくつかある。

 財政赤字を心配していない人は、「安定」「インフレ」「国内」という単語、「金融資産―上回る」「経済―回る」という係り受けが特徴的である。経済が安定していることや国債が国内で消費されていることを指摘したり、門間氏の論考から民間の金融資産が政府債務を上回っていることを引用したりして、自身の考えの根拠としていることがうかがえる。財政赤字を危機的と考える人は、「将来」「世代」「破綻」という単語、「借金―減らす」「国債―頼る」という係り受けが特徴的である。財政破綻することや将来世代の負担が増えることを懸念して、借金を減らすべきと考える人が多いことが分かる。また、どちらともいえないと回答した人は、両論のバランスが大切であり、偏るべきではないと考えていることが読み取れる。

表12 自由記述回答のテキストマイニング結果

5-2.財政赤字に対する考え方が変わった理由

 専門家の論考が、人々の考え方にどのように影響を与えているかを調べるため、Step1Step2-Bで財政赤字に対する考え方が変わった人々について、その考えの理由を見てみる(注7)。意見の変化を以下の4パターンに分類し、それぞれのパターンでの主要な回答を表13に示す。

 パターン①:財政赤字は危機的水準→財政赤字は心配ない(96人)
 パターン②:どちらともいえない→財政赤字は心配ない (82人)
 パターン③:財政赤字は心配ない→財政赤字は危機的水準(38人)
 パターン④:どちらともいえない→財政赤字は危機的水準(96人)

 いずれのパターンにおいても、専門家の論考に影響を受けていることが、Step2-Bの回答からうかがえる。特にパターン①、②の人々は、専門家の論考により新しい情報・考え方を得て、意見を変えている。専門家の論考を1人で読み、考える熟慮は、人々の意見に影響を与える一定の効果があったといえるだろう。

表13 財政赤字に対する考え方が変わった人の自由記述回答の内容

6.おわりに

 財政赤字と国債発行については、専門家や政治家の間でも意見が分かれるテーマである。政権与党内においても、財政規律をすべきか、積極的な財政出動をすべきか、意見が2分しており、かじ取りの難しい政策課題となっている。

 財政規律は国民に負担を強いるため、しばしば国民の支持を得られない政策として考えられがちであるが、今回の調査結果から、財政赤字に対する危機意識を持っている人も少なからず存在していることが分かった。とはいえ、その考えは確固たるものではなく、心配は不要だという意見を読むことにより、揺らぎやすいものであるといえるだろう。また、政府・政治に対する不信感は強く、政府の無駄な支出や、国民の負担増を求めていることに疑問を持っている人も多い。谷口(2022)が指摘するように、負担増を求める前に、まずは行政の無駄をなくす努力を見せることが、国民の理解を深めるためには効果的といえる。

 さらに、専門家の論考を読む前と後での自由記述回答の内容から、専門家の論考が人々の考えに影響を与えていることも分かった。熟慮に一定の効果が見られたことは、本調査での大きな成果である。しかし、それによる意見の変化は、財政赤字への心配不要派と危機派のどちらか一方に傾くのではなく、むしろ分散する結果となっている。賛否の分かれる政策課題であっても、熟慮を経ることで人々から一定の理解を得ることは可能であるが、特に、財政赤字というテーマにおいては、1つの方向への合意に達するのは、そう容易ではない。川本(2022a2022b)で示したように、「応能負担」や「ターゲティングでのサービス提供」などは、多くの人々から支持を得ている。特に、「応能負担」は、窓口負担割合の引き上げへの賛否に関わらず支持されている。このような負担と給付のあり方が、政策議論のとっかかりとなるはずだ。

コラム:国民負担につながる財政規律論への支持と政治への不信

古田 大輔
NIRA総合研究開発機構上席研究員
(注8)

 国が財政規律を重視することに賛成か反対か。オンラインのグループインタビューで10人の意見を聞いた。事前の調査では消極的な賛否も含め、5人が賛成、3人が反対、2人がどちらともいえないというグループだったが、インタビューでは、中間的な意見が3人で、消極的な支持も含めて7人が規律派に賛意を示す結果になった。

 参加者は男性6人、女性4人、304人、403人、501人、702人。最初に10人に順番に意見を述べてもらい、その後、追加意見を聞く形をとった。一番最初の発言者(30代女性)は、冒頭で「正直インフレとか、仕組みがよく分かっておりません」と前置きした。他の多くの参加者も「普段あまり考えたことがない」などと同様のことを口にした。

 すでにグループインタビューを実施した「医療費の窓口負担」のような自分や家族などに引き寄せて考えられる具体的なテーマではないため、意見の中で個人的なエピソードは誰からも出てこなかった。

 最初の女性が3人の有識者コメントに自分の感想を付け加える形で意見を述べると、後の9人もほぼ同様に、財政規律の賛否に対する自分の意見を述べるというよりも、有識者コメントに意見するという形をとった。これは1人目の話ぶりに引きずられたというだけでなく、財政規律という考えたことがないテーマを語る上で、有識者コメントを議論のスタートにせざるを得なかったようだ。

 個別の意見を見ていく。

1.収支バランスを重視

 財政規律重視に賛成する意見で目立ったのは、有識者の意見として紹介された岩本康志・東京大教授の「現在の国の財政状況は、税収と公共サービスへの支出がつり合っていない状態だ。これ以上は将来へのつけ回しに頼れない」という主張への賛同だ。主なものを列挙するだけでも、以下のような意見が出た。

 「公共サービスと経費、税収のバランスというのは正しい意見だと思います」(70代男性)

 「国民が増税を望まないなら、そのサービスに必要以上に経費をかける必要もない」(30代男性)

 「すごい借金がある状態で借金を補うためにまた借金するのは、どんどん沼にはまっていく生き方」(30代女性)

 「『政府は税制に見合うところまで公共サービスの経費を切り詰めねばならない』という、ごく自然に当たり前な考え方」(40代男性)

 では、どうやって収支バランスを取るのか。共通した意見は、支出の削減だ。

2.無駄を省くが優先事項 増税に消極的賛成も

 収支バランスを取るために、支出を減らすか、収入を増やすか。意見の大半は、支出減を優先し、中でも「無駄のカット」を強く主張する意見が相次いだ。

 70代男性は「公共事業の無駄、垂れ流しがある。効率的に必要なものに使われていないというニュースをよく聞く」。30代女性も「気になるのが無駄遣いです。マスクを配ったり、何をやっているんだと。お金の使い方がすごい下手な政府」。別の30代女性からも「今の政府は無駄なやり方も多いし、無駄な出費も多い。工夫すれば出費を抑えて借金も減らすことはできるなと感じる。出費を抑えることを優先に考えてほしい」。無駄な支出への批判は、政府批判に直結していた。

 ただ、無駄のカットによる支出削減効果について数字的な根拠を掲げる人はおらず、公共事業の無駄や、新型コロナウイルスでのいわゆるアベノマスク問題など、ニュースで話題になった例を挙げた議論にとどまった。

 「無駄を削った上で」という前提の下、少数かつ消極的ながら増税に賛成する意見も出た。30代女性は「今すぐの増税には反対」と言いつつ、財政規律重視の姿勢を見せ、「必要な増税であればいい」。40代男性も同様に「サービスの切り詰めをまずはやって、本当に足りない部分を借金にしたり、増税にした方がいいんじゃないか」と主張した。

 積極的な増税を望む人はいない。消極的ながら増税を受け入れる際に、公平性の担保を求める声もあった。40代男性は次のように主張した。

 「全世帯で公平な増税をしてもらうには、消費税とかになると思うんです。ライフラインに関わるようなサービス(の質)は絶対に落としてほしくない」

3.MMTに対する強い不信感

 財政規律を重視する岩本教授の意見に賛同する意見が目立つ一方で、主な批判対象となったのが井上智洋・駒澤大准教授が示した「インフレにならない限り、財政赤字がどれだけ膨れ上がっても問題ない」という現代貨幣理論(MMT)だ。

 多くの参加者が財政規律についてよく知らないというグループだったため、理論的な批判は出てこなかった。しかし、「赤字が膨れ上がっても問題ない」という主張に違和感を持つ人が続出した。

 「お金を刷ればいいというのは、できればうれしいが、こんなに簡単には行かないのが世の中」(30代男性)という心理的な拒否感を訴える声のほか、「財政の規律を乱してしまう」(50代男性)と放漫財政への懸念、また、「コロナでダメージを受けている。これまでインフレがなかったにしても今後はどうだろう」と新型コロナウイルスによる国の状況悪化を指摘する声もあった。

 また、みずほリサーチ&テクノロジーズの門間一夫氏の「個人や企業が持っている資産の額は、政府の借金の額を上回る」というコメントに対しても、「個人や企業の資産は国のものではない」などと指摘する批判的な意見が複数出た。

4.失われた30年への不安と政治不信

 ほぼ全員に共通した「無駄をカットする」というのは財政規律の問題というより、政治の前提だ。無駄を残すかカットするか、では論争にはならない。財政規律を守るべきである、と考えるのであれば、現状を鑑みて、大幅な支出カットや増税の議論は不可欠なはずだが、その論点を司会(古田)から提示をしても、そこに踏み込む議論はほとんどなかった。それでも、岩本教授の財政規律論に支持が集まったのはなぜか。3人の意見を引用する。

 自民党を支持してきたという40代男性はこう述べた。「本当を言うと、ちょっといいときには増税する、悪いときにはちょっと減税するぐらいのバランスを取ってやってくれたらなと今までは思っていたんです。そうしたら、ずっと失敗をしてきたじゃないですか。アベノミクスにすごい期待をして、結果、賃金だけが上がらない。ですから、やっぱり最後の意見は消極的にC(財政規律)なんです」

 また、30代女性はMMTや個人や企業の資産は国債残高を超えているなどの専門家コメントに対して、「赤字があっても大丈夫という考え方と思う」と感想を述べた上で、こう指摘した。

 「理解ができていなくて、えたいの知れない不安がある。だから多少のサービスの制限とかがあっても、やっぱりC(岩本教授の財政規律論)に寄せられてしまう。多分、分かりやすいからなのかなと思うんです」。その上でこう付け加えている。「増税や自分が使っているサービスがなくなることになると、社会一般的には反対運動が起こると思うので、そう簡単には実現は難しいと思いました」

 より率直に、諦めに近い境地を語ったのは「現状維持」と述べた40代男性だ。「諦めたらあかんのじゃけれども、もうわれわれの世代ではきっと変わらない」とグループインタビューの終盤に吐露した。

 行政サービスカットや増税に結びつく財政規律論に支持が集まったのは、この3人が口にした政治への失望や不安が背景にあるのではないだろうか。

5.考察:自分に引きつけられないテーマを議論する難しさ

 増税や行政のサービスカットは、国民にウケの悪い政策だ。だからこそ、選挙では減税や行政サービスの拡充を訴える政策が並びがちになる。ところが今回の熟議では、財政規律を重視する意見が大半を占めた。これは率直な驚きだ。

 すでに述べたように、その背景には、国債残高は積み上がる一方なのに、日本の経済や国力が上向きになる将来が全く見通せないことへの不安やいら立ちが見える。そのことに政治家はどこまで敏感になっているだろうか。

 今回は司会として、グループインタビューの方法論にも課題を感じた。財政規律を論じる上では、日本の財政赤字の現状を認識した上で、それがどれだけ差し迫った深刻さのある問題なのかを評価する必要がある。その前提がなければ、財政規律を厳しく守るか、それとも、規律重視のマイナス面を考慮し、積極財政を支持するかの議論も十分な根拠を欠くことになる。

 冒頭で指摘したが、これらは医療費の窓口負担増などのように個人の生活レベルで実感できる問題ではない。ある程度の前提知識がなければ、熟議が難しい議題だ。議論のとっかかりとして、3人の有識者のコメントを参加者に共有したが、それよりも前に、そもそも財政規律とは何かという解説が必要だろう。

参考文献


エデルマン(2022)「2022エデルマン・トラストバロメーター」.
川本茉莉(2022a)「後期高齢者医療をめぐる熟慮・熟議型調査」NIRAワーキングペーパーNo.2.
川本茉莉(2022b)「政府規模と国民負担をめぐる熟慮・熟議型調査」NIRAワーキングペーパーNo.3.
谷口将紀(2022)「人びとが受け入れ可能な政策ビジョンとは-熟慮・熟議型調査から考える(1)-」NIRAオピニオンペーパーNo.60.
藤原翔・伊藤理史・谷岡謙(2012)「潜在クラス分析を用いた計量社会学的アプローチ:地位の非一貫性、格差意識、権威主義的伝統主義を例に」『年報人間科学』33, pp.43-68.

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。。
(出典)川本茉莉(2022)「政府規模と国民負担をめぐる熟慮・熟議型調査」NIRAワーキングペーパーNo.4

脚注
1 本設問では、「どれも参考にならなかった」という選択肢も設けている。
2 潜在クラス分析について、詳しくは藤原・伊藤・谷岡(2012)を参照されたい。本稿での分析はNIRA総研研究員の大森翔子が担当した。
3 自由記述回答の分析については、NIRA総研研究員の井上敦の協力を得て実施した。
4 エデルマン(2022)によると、政府のリーダーに対する信頼度は、参加した28か国平均で42%であるのに対し、日本では28%である。
5 Step1の調査結果による。
6 本稿のテキストマイニングは、株式会社ユーザーローカルが提供する「AIテキストマイニング」を使用して行った。
7 Step1Step2-Bで自由記述回答を求める質問が異なることに留意されたい。Step1では、「日本政府の財政状況について、財政破綻や増税、社会保障給付の削減など、あなたは何を不安に感じますか。気になることについて自由にお書きください。」という質問文であったが、Step2-Bでは財政赤字に対する考えを聞いた後に「あなたが、そのように考える理由を教えてください。」と聞いている。
8 本コラムは、NIRA総研上席研究員であり、座談会のモデレーターを務めた古田大輔(株式会社メディアコラボ代表取締役)が執筆した。

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