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わたしの構想No.50 | 2020/10発行 | |
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識者:トーマス・リー カリフォルニア大学バークレー校 ハース・スクール・オブ・ビジネス 准教授、谷本有香 フォーブスジャパン・Web編集部 編集長、
楠木 建 一橋大学大学院経営管理研究科 教授、五神 真 東京大学 総長、川邊健太郎 Zホールディングス株式会社 代表取締役社長CEO *原稿掲載順
企画:金丸恭文 NIRA総研 会長/フューチャー株式会社 代表取締役会長兼社長 グループCEO |
組織と個人をリ・アジャストする
新型コロナウイルスの感染拡大を機に、テレワークなどICT を活用した新しい働き方が始まった。その変化は、働き方の見直しにとどまらず、組織のコミュニケーションのあり方
も大きく変えようとしている。
ICT によるコミュニケーションの変化は、組織と個人にどんな変革をもたらすのか。また、未来の組織像はどうなるのか。
ポストコロナを見据えた組織と個人の変革のあり方を問う。
■ わたしの構想No.50「組織と個人をリ・アジャストする」PDF ■ 英文版PDF
■ 企画に当たって
金丸恭文 NIRA総研 会長/フューチャー株式会社 代表取締役会長兼社長 グループCEO
「組織と個人をリ・アジャストする―顧客に最適解をスピーディーに提供せよ」
Keywords……………リ・アジャスト、問題の本質、既存のシステムの再調整、組織の役割、最適解のスピーディーな提供、タスクベース、速いコミュニケーション、意思決定の規模、スペシャリティー
■ 識者に問う
「組織と個人をリ・アジャストする」
ICTによるコミュニケーションの変化は、組織と個人にどんな変革をもたらすのか。
未来の組織像はどうなるのか。
1 トーマス・リー カリフォルニア大学バークレー校 ハース・スクール・オブ・ビジネス 准教授
「市場取引か、階層組織化か」
Keywords……企業内の意思決定・行動の透明性、CIO の役割変化、市場取引の透明性、「情報の非対称性」の解消、企業文化の構築、企業内外での信頼構築
2 谷本有香 フォーブスジャパン・Web編集部 編集長
「インティマシーをいかに創出するか」
Keywords……イノベーションを起こしやすいコミュニケーション、インティマシー(親密さ)、安心・安全圏、世界への切符、プロデューサー型リーダー
3 楠木 建 一橋大学大学院経営管理研究科 教授
「効率か効果か―センスで見極めよ」
Keywords……人間の本性と因習、「効率」対「効果」、センスとスキル
4 五神 真 東京大学 総長
「大学は社会変革を駆動する「経営体」へと生まれ変わる」
Keywords……知識集約型、無形の知の「価値化」、大型の「産学協創」、トップ同士による大型契約
5 川邊健太郎 Zホールディングス株式会社 代表取締役社長CEO
「やりたい個人を後押しするのが組織の役割になる」
Keywords……個人のエンパワーメント、個人革命、プラットフォーム、ミッションドリブンに離合集散、やりたい個人、対等な関係
インタビュー実施:2020 年8 月~ 9 月
インタビュー:井上 敦(NIRA 総研研究コーディネーター・研究員)、北島あゆみ(同)
■ 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)
トーマス・リー氏
Paul Milgrom, John Roberts〔1992〕Economics, Organization and Management, Prentice Hall
谷本有香氏
谷本有香〔2017〕『何もしなくても人がついてくるリーダーの習慣』SB クリエイティブ
楠木 建氏
楠木建・杉原泰〔2020〕『逆・タイムマシン経営論』日経BP
五神 真氏
五神真〔2019〕『大学の未来地図―「知識集約型社会」を創る』ちくま新書
川邊健太郎氏
フランス・ヨハンソン〔2005〕『メディチ・インパクト世界を変える―「発明・創造性・イノベーション」は、ここから生まれる!』幾島幸子訳、ランダムハウス講談社
■ 企画に当たって
金丸恭文 NIRA総研 会長/フューチャー株式会社 代表取締役会長兼社長 グループCEO
「組織と個人をリ・アジャストする―顧客に最適解をスピーディーに提供せよ」
新型コロナウイルスのまん延によって、日本企業はかつてない変革を迫られている。どうやってテレワークを進めるかという話題が盛り上がっているが、それは問題の本質ではない。新しい状況に合わせて、既存のシステムを再調整する「リ・アジャストメント」こそが重要なのだ。例えば、今の状況で企業を立ち上げるとしたら、どんな組織を作るべきだろうか? いや、そもそも組織は必要なのだろうか? これまではいったい何のために組織を作っていたのか?
実を言えば、ある程度以上の規模になった企業には、企業全体の共通目的はあまりない。成長が共通目的になるにすぎず、目的や目標は事業部ごとにばらばらだ。カリフォルニア大学バークレー校准教授のトーマス・リー氏は、産業組織が存在する理由を、外部との取引コストを削減するためだとみなす。ICTの進展で、情報共有やアイデアの交換がスピーディーかつ低コストで行えるようになり、また、市場の透明性も高まっている。こうした変化は、企業内外の連携の形を変えつつあると指摘する。結局のところ、企業は顧客ニーズに対して最適解をできるだけ速く提供することに傾注し、組織もそれに即したものに変わっていく。
企業の役割とは、顧客に最適解をスピーディーに提供すること
このような考え方を端的に象徴するのが、Slack やTeams などのビジネスチャットツールだ。チャットツールでは、すべてがタスクベースで進行する。顧客からの案件が舞い込むと、関連したトピックが立ち上がり、まずは数人程度のメンバーが意見交換を始める。やがて、興味を持った他のメンバーも参加するようになり、活発な議論が行われるようになっていく。チャットにおいて重要なのは、人の意見を取り入れて考え、有意義な意見をどんどん出していくことであり、役職など何の関係もない。役職がなくても「有能だ」と皆から思われている人間は、あちこちのトピックに顔を出して「人気者」として認知される。逆に、役職があっても大した意見の出せない者は、無能が可視化されてしまう。フォーブスジャパン・Web編集長の谷本有香氏は、ICTは日本人が世界で自らをアピールするツールとなりうるというが、顧客ニーズに対して最適解をスピーディーに出すという観点からすれば、チャットツールほど人の実力が反映されるものはない。
ここで私が言いたいのは、チャットツールを導入しろということではない。「使えるものはすべて使え」ということだ。社員のほとんどが文字を読めないというのなら、フェイス・トゥ・フェイスで意見交換をするしかない。だが、日本社会では皆が文字を読めて、パソコンやスマートフォン、プレゼンツールもチャットツールも使える。TPOに合わせてツールを選ぶだけの話で、オンラインとオフラインの二者択一である必要はない。
日本企業の問題点は、とにかくコミュニケーションに時間が掛かり、意思決定の規模も小さいことにある。だが日本の隣には一〇倍の人口を抱え、一人ひとりの欲望も日本人よりはるかに大きい、中国が存在している。そんな国と渡り合っていくには、コミュニケーションを速く、意思決定の規模を大きくするしかないのだ。
経営者も社員も、スペシャリティーが問われる
経営者や社員のマインドにも変革が求められる。これまでなら、エグゼクティブは広い役員室で自分のアイデンティティーを確認できたし、社員も毎日通勤していれば、自分の居場所を確保して給料を得ることができた。しかし、今後は企業の競争環境は激化し、雇用形態も激変する。終身雇用的な仕組みから、副業や兼業など外部のリソースを有効活用する方向へ向かうことは間違いない。そうなると、経営陣も社員もスペシャリティー、つまり「自分はいったい何者で、何を得意とするのか」が厳しく問われることになる。自分の存在意義を確認するために必要なのは、役員室や通勤ではなく、スペシャリティーをもってタスクフォースの中でいかに貢献していくかだ。
それでは、スペシャリティーの本質とは何だろうか。一橋大学大学院教授の楠木建氏は、「センス」と「スキル」の重要性を説く。各分野の業務を行うためにスキルは不可欠だが、物事や状況を総合的に判断するためにはセンスが求められる。スキルとセンスをバランス良く備えることが、スペシャリティーと言えるだろう。
経営組織のあり方を変革する
日本においても、組織のあり方を根本から見直そうという動きが、ようやく起こり始めた。東京大学は、総長の五神真氏の下、大学自らが戦略を立て、行動するという方針を打ち出した。そのために無形の「知」を価値化し、投資を呼び込んで成長する「経営体」に生まれ変わるという。新たな「産学協創」において、トップ同士の話し合いで大型契約を実現できるようにするのは、まさに規模の大きな意思決定をスピーディーに行える組織への脱皮といえよう。
Zホールディングス株式会社代表取締役社長CEOの川邊健太郎氏は、ICTによって組織と個人のパワーバランスが変化し、対等な関係になっていくと予測する。ICTでエンパワーされた個人はミッションごとに離合集散するが、個人単位の連携では不可能なミッションもたくさんある。そうした個人を支えるプラットフォームとして、組織が必要だという考え方だ。それは、YouTube とYouTuber、あるいはクラウドファンディングサービスとプロジェクト起案者の関係に似ている。
ICTの進展を背景とする意思決定のあり方の変化は、個人の意識変革をもたらし、組織は個人の集合体ではなく、個人をエンパワーする機能を担う。「リ・アジャストメントの時代」には、企業も働く側も、その役割や機能が市場から厳しく問われることになる。
金丸恭文(かねまる・やすふみ)
NIRA総合研究開発機構会長。フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長 グループCEO。内閣官房未来投資会議議員なども務める。
ICTによるコミュニケーションの変化は、組織と個人にどんな変革をもたらすのか。
未来の組織像はどうなるのか。
谷本有香 フォーブスジャパン・Web編集部 編集長
「インティマシーをいかに創出するか」
世界の経営者にインタビューしてきて実感するのは、日本企業には「イノベーションを起こすコミュニケーション」がないということだ。それが、イノベーションを起こせなかった要因だ。現代なら、LINE やFacebook、Slack といったICTツールを使って、イノベーションを起こすためのコミュニケーションの土壌をつくり出すことができる。その成否が、イノベーションを生みうる企業になるかどうかの分岐点だ。
そういった土壌をつくる鍵を、私は「インティマシー(親密さ)」だと考えている。会議に上座・下座があり、上司の前で自由な意見が言いづらい環境では、多様なアイデアは生まれない。こうした企業文化や風潮を鮮やかに覆すことができるのが、ICTツールだ。気軽に上司の意見に「いいね!」ボタンを押し、部下のアイデアにスタンプで返す、その空気感がインティマシーだ。真にクリエイティブで、アイデアを創発している企業は、「何を言ってもよい安心・安全圏」を意図的につくり、組織にインティマシーをもたらす空間や機会をたくさん創出している。組織の空気感をそうした方向に変えるのが、トップの役割だ。
ICTツールは、世界への切符でもある。最近は、日本企業のCEOを、国際的なカンファレンスでほとんど見掛けない。海外でのプレゼンスが低い一因が、言語やコミュニケーションに対する気後れにあるなら、VRやアバターで解決できるかもしれない。日本は文化的にアバターなどへの親和性が高く、自然に、自分を投影、分人化して、コミュニケーションができる。今後、例えば企業トップが互いにアバター化し、海辺でカクテルを傾けながら商談できるようなサービスができれば、日本人はそこで良いコミュニケーションが取れるはずだ。アバターなどのICTツールは、ビジネスで使い得る、強力なツールになる。
そして、リーダーのあり方も変わる。今、求められるのは、旧来のカリスマ的な経営者によるトップダウン型ではなく、個人個人の力や持ち味を発揮させるプロデューサー型だ。あえて「決めない部分」をつくり、そこで組織の人材に暴れてもらえば、今までとは違うスケールのことができる。こうしたプロとプロのシナジーをチームワークで機能させるリーダーがいる会社が、いま元気がある。企業の理念や社会へのメッセージを枠組みとして持ちつつ、その中では自由な方向性で多様なプロジェクトが進む、それが未来の組織像ではないか。
谷本有香(たにもと・ゆか)
トニー・ブレア元英首相、スティーブ・ウォズニアック アップル共同創業者をはじめ、三〇〇〇人を超える世界のVIPにインタビューしたインタビューのプロフェッショナル。『世界のトップリーダーに学ぶ―一流の「偏愛」力』(二〇一八年、ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、その知見にもとづくリーダー論多数。ブルームバーグTVで金融経済アンカーを務めた後、米国でMBAを取得。その後、日経CNBCキャスター、また同社初の女性コメンテーターを務め、二〇一六年より『フォーブスジャパン』に参画。二〇二〇年六月より現職。