企画に当たって

働き方改革で競争力強化を

ライフステージやライフスタイルは千差万別

金丸恭文

NIRA総合研究開発機構代表理事/フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長グループCEO

KEYWORDS

働き方改革、稼ぎ方改革、プロジェクト型組織、イノベーティブな仕組み

 ―少子高齢化、人工知能(AI)の急速な発展など、激変する情勢に対応することは企業にとって喫緊の課題となっている。今後の5〜10年を見据えたとき、企業の組織は、そして人びとの働き方はどうあるべきなのか―

多様な働き方が選択できる社会

 人びとの働き方改革が注目されるようになってきた。労働時間を短縮し、残業の上限規制を導入することで多くの課題を解決する。そのためにはフランスなどの欧州の働き方を参考にしよう……。そうした意見も散見されるが、労働時間の量の話に終始せず、単位時間当たりの生産性向上や稼ぎ方改革についても議論すべきではないか。

 これからの日本はGDP600兆円の経済成長をめざし、米国、中国やアジアの企業とさらに熾烈(しれつ)な競争をしなければならない。多様性のなかからこそ新しいアイデアが生まれ、小さな成功やイノベーションが湧き起こる。一人ひとりの個性と変化のあるライフステージに応じた多様な働き方が共存し、選択できる社会を実現することが大切である。

時間や空間に縛られない働き方へ

 かつてインターネットやモバイルがなかった時代には、多くの人が同じ部屋に同時に集まり、一緒に仕事をしなければ、ほとんどの作業が進まなかった。しかし、いまや情報技術が大きく進展し、異なる空間にいてもネットを通じてコミュニケーションすることができるし、共同作業をすることが可能である。また必ずしも同時刻に作業をしなくても、ネットワーク上に作業の記録を残しておくなど工夫をすることで、共同作業もできるようになった。技術革新により、各個人が自分の意思で働く場所と時間を選べる時代、自分のライフスタイルが自分で選べる時代に変化しているのだ。物理的に同じ空間で同時刻に共同作業することが不可欠だった時代は、そこに実際にいる「時間」が働く評価指標の中心であったが、いまや時間や空間に縛られない働き方へ変化しており、働いた「時間」だけで報酬を決めるのではなく、成果による評価が一段と重要になっている。

 識者の1人である松尾氏は、もっとも頭の柔らかい若手が下働きをしている現状を嘆いている。一人ひとりの成果の評価が正当であれば、そうしたことにはならないはずだ。

プロジェクト型組織への移行

 イノベーションを含む、本質的な成果を追求すると、必然的に組織体制も変わらざるをえない。あらゆる仕事は、プロジェクト型になっていくだろう。

 何かのプロジェクトが立ち上がったら、ミッションをリードするのが得意な人がプロジェクトマネジャーとなる。そして、デザインが得意な人、発信が得意な人、ネゴシエーションが得意な人など、さまざまなスペシャリストがフラットにつながり、情報を共有しながらプロジェクトを進めていくことになる。

 チャットやSNSなどの情報ツールが発達したことで、今後、部下から報告された情報をたんに集計するだけでは、ミドルマネジメント層の出番は限られていく。情報共有によってメンバーは自動的に状況が把握でき、課題もスピーディーに解決できる。従来の上意下達の仕組みとは、生み出す成果も時間も根本的に変わっていくのである。峰岸氏のいうミドルマネジメントの仕事改革は、プロジェクト型組織への移行の試金石となる。

企業の枠を超えたネットワークが不可欠

 本質的な意味での成果が求められるようになると、その結果として、会社組織の枠に縛られない人びとがいっそう増えていくことになるだろう。イノベーティブな仕組みをつくるためには、社外の人間と積極的に交流するだけでなく、一見仕事には関係のなさそうな体験も積み重ね、未来への自己投資を行なう人材が欠かせない。これを、入山氏は「知の探索」と言い表し、イノベーションを生むには、自分の知らない分野の知との出会いが重要だと指摘する。出雲氏は、ベンチャーの育成発展のためにも、こうしたネットワークづくりが不可欠だと主張している。

 1つの会社が一生面倒を見てくれる時代は完全に終わっており、社内で与えられた仕事をこなしているだけの時間はリスクとして積み上がっていくことになる。過去と同じようなことを繰り返す仕事は、すべてAIに取って代わられるのだ。

 こうした日本が向かうべき方向、仕事の変化を認識したうえで、政府は多様な働き方を支援すべきだろう。御手洗氏の指摘にあるように、ライフステージやライフスタイルは千差万別であり、介護や育児を行なわなければならない人もいる。今後は、一人ひとりがライフステージやライフスタイルに応じた雇用契約を結べるようになることが望ましい。

企業の未来のあり方について、5人の識者はどう考えているか
(※文字の大きさは、インタビューで識者が使用した頻度を示している。)

 また、過疎地域など雇用が難しい地域に対しても、単純に公共事業で対策すればよいというものではない。たとえば、高校がない地域であれば、ネットによる遠隔授業によって高等教育を受けられる仕組みをつくるといったことも考えられる。政府が行なうべきは、一人ひとりが住む場所や働く場所を自由に選ぶことができ、ビジネスを起こしやすい環境の整備を支援することなのである。

 自分たちの働き方をまず改革する必要のある政治家と行政が、現状日本社会で比較的恵まれている大企業に対して一律に働き方改革を迫るのは、ターゲットを外しているといえよう。

識者に問う

激変する事業環境における日本企業の課題は何か。組織や働き方はどう変わるのか、変わっていくべきか。

「20歳代、年俸1億円」でAI人材を企業戦力に

松尾豊

東京大学大学院工学系研究科特任准教授

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AIの急速な進化、旧弊な社内文化、若者、ITの重要性

 AIの最先端技術である「ディープラーニング(深層学習)」は、ここ2年で急速に進化し、自動運転をはじめ、多くの作業を自動化できるようになっている。農業、警備、肉体労働で人手不足の建設現場や、飲食店の調理、商業施設の掃除など、さまざまな応用が考えられ、いまはいかに産業に結び付けるかという段階だ。機械に強い日本企業にとって絶好のチャンスだが、企業の取り組みは遅々として進んでいない。

 問題の根幹の1つは、旧弊な社内文化である。自分の隣の若者が自分の給料の10倍もらうのは耐えられないといった横並びのカルチャーを変えねばならない。頭の回転がもっとも速く、パワーが出せる20歳代はAIの分野では最強であるにもかかわらず、日本では若者に下働きさせている。フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグが30歳代で経営者になっているように、シリコンバレーでは20歳代の「最強の期間」に大きなプロジェクトを次々手掛け、経済的にも潤う。AIで勝つためには、AIに強い、若いプログラマーに「年俸1億円」を支払って、プロジェクトの中核に据えることだ。新たなイノベーションをつくり出す人材にこそ、投資しなければならない。それが結果的に日本のものづくり全体に大きな利益を生む。

 もう1つが、ものづくりにおける、情報通信(IT)系技術の重要性に対する認識の低さだ。たとえば自動車メーカーでは、組織の本流はあくまでエンジン部門で、IT系に人材を割(さ)かない。雇用形態を変えて外から人を呼んだり、海外でプロジェクトを作ったりはするが、それは傭兵部隊のようなもので、本流は既存のものづくりの体制のままだ。大企業のITに対する認識が低いので、IT系ベンチャーにも優秀な人が行かない。こうしたいわば昭和の感覚が、この20年、日本がIT系のビジネスで負け続け、日本経済が停滞する理由につながっている。

 問題は根深い。過去の成功体験は捨て、覚悟をもって既存の枠組みを打破していかなければ、日本企業は衰退するだけだ。生物進化の理論「赤の女王仮説」によると「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない。」生き残りたければ進化するしかない。

識者が読者に推薦する1冊

松尾豊〔2015〕『人工知能は人間を超えるか―ディープラーニングの先にあるもの』角川EPUB選書

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激変する事業環境における日本企業の課題は何か。組織や働き方はどう変わるのか、変わっていくべきか。

ミドルマネジメントの仕事改革を突破口とせよ

峰岸真澄

株式会社リクルートホールディングス代表取締役社長兼CEO

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イノベーション創出と生産性向上、ミドルマネジメント層、日本的労働慣行、リモートワーク

 IT化とグローバル化、そして人口動態の変化と産業構造の変化という波が一気に押し寄せるなか、日本企業が勝ち残っていくためにはイノベーションの創出と生産性の向上を行なうことが必須である。

 そしてその前提に「働き方変革」がある。「働き方変革」の目的は、イノベーションの創出と生産性の向上であり、ワークライフバランスはその結果、実現されるべきものだ。

 鍵となるのは、ミドルマネジメント層の仕事変革である。日本のホワイトカラーのマネジメント層は世界のなかでも生産性が低いとされる。それは、「成果」に対して意識が集約される働き方になっていないからだ。マネジャーが会社に与えるべき付加価値とは何か、そのために部下一人ひとりが生み出しうる価値とは何かを突き詰め、指示するようにならねばならない。

 マネジャーは自分の課の成果とは何かをつねに問い直す。部下に的確に仕事を与えるためには、指示すべき業務の「棚卸し」が不可欠だ。達成すべき成果を正しく見定め、ブレークダウンし、個人個人に適切にジョブアサインすることが、マネジャーの重要な仕事である。

 そのためには、一緒に長くいることでパフォーマンスが評価されるような、日本的労働慣行で培われた意識の変革が求められる。

 この突破口として、「リモートワーク」によるワークスタイルの変革を提唱したい。実際、リクルートホールディングスの本社でリモートワークを実施したところ、社員の意識に大きな変化があった。リモートワークで、出社する日や会議の数が限定されると、会議はアジェンダ設定がより重要になり、各課の成果の生産効率を上げるという目的がより明確化される。

 ミドルマネジメント層の仕事改革は、働く人の「プロ化」に行き着く。その働き方はスタートアップや海外の企業文化に通じ、彼らを理解し、互いに高め合う土壌となる。

 AIの進展で雇用が奪われるという考えがあるが、現在あるタスクのいくつかはなくなっても、雇用はなくならない。必要なのは、働く人が意識をもって「プロ化」していくことだ。

識者が読者に推薦する1冊

Erik Brynjolfsson, Andrew McAfee〔2014〕"The Second Machine Age:Work, Progress, and Prosperity in a Time of Brilliant Technologies" W.W. Norton & Co., Inc. (エリック・ブリニョルフソン,アンドリュー・マカフィー〔2015〕『ザ・セカンド・マシン・エイジ』村井章子(翻訳)、日経BP社)

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激変する事業環境における日本企業の課題は何か。組織や働き方はどう変わるのか、変わっていくべきか。

社外のつながり、「知の探索」でイノベーションを

入山章栄

早稲田大学ビジネススクール准教授

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企業外のネットワーク、知の創出、ダイバーシティ経営、副業・兼業、知の探索

 日本は従来、企業内・グループ内のつながりが豊かで、ビジネスはその恩恵を大きく受けてきた。しかし、イノベーションの創出に迫られるなか、企業は今後、企業グループの外にネットワークを築くことが求められる。

 終身雇用の日本の企業では、同じメンバーが、同じ会社、事業部に長くいることが多く、新しい着想が限られイノベーションが起きにくい。イノベーションの第一歩は新しい「知」を生み出すことだ。そして新しい「知」は、既存の知と別の既存の知が組み合わさることで生まれる。その「知」は人間がもっているのだから、イノベーションを生むには、人と人との新しい出会いが大きな意味をもつのだ。

 昨今、ダイバーシティ経営が重要視されるのも、多様な知識、能力、背景をもった人を企業に集めることで、知と知の新しい組み合わせを生み、イノベーションを起こすためだ。

 この動きは、顧客の半分が女性であり、その潜在的なニーズへの対応が求められるB2Cの企業では、すでに顕著である。B2Bの企業は必ずしもそこまで進んでいないが、イノベーションを起こすために、多様な知識を幅広く手に入れるという動きは今後の基本的な流れとなるだろう。

 そのためにはどうすればよいか。企業の外にネットワークを築くためには、外から人を招き入れてもよいだろう。

 また、働く人自身が企業の外に出て、自分の知見を、自分の仕事や専門領域以外の人びとと組み合わせる機会を積極的にもつのもよい。具体的な方法は、副業・兼業を認める、休暇を増やして別のことをしてもらう、異業種交流を進めるなど、業種・業態や、各社の戦略によって変わってくるはずだ。さまざまな機会を捉えて、自由に「知の探索」をすることが必要になる。

 ただし、自社の変革の目的や戦略について、トップが組織全体を見て明確に示し、会社がワンセットで変わっていかなければ、求める果実は得られない。その点では、強いリーダーがトップダウンで変革できる企業が強みをもつだろう。

識者が読者に推薦する1冊

入山章栄〔2015〕『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』日経BP社

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激変する事業環境における日本企業の課題は何か。組織や働き方はどう変わるのか、変わっていくべきか。

ベンチャー・エコシステム、大企業と地銀が担い手に

出雲充

株式会社ユーグレナ代表取締役社長

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リスクテイク、スピード感、オープンイノベーション、大学発ベンチャー、エコシステム、地銀の目利き力

 九州大学発の有機EL発光材料ベンチャーにはグループ会社のリアルテックファンドが出資したあと、韓国の大手エレクトロニクスの2社がいち早く出資した。地域金融機関や大企業が様子見をしているあいだに、日本は後れを取った形だ。

 日本の大企業は、他社に先んじて最初に取引し、リスクを取ることを非常に嫌う傾向がある。日本にも無限にシードがあるわけではなく、大企業にはスピード感のある経営判断が求められる。

 日本経済の活性化には、大企業が率先してベンチャーを活用するオープンイノベーションが不可欠だ。それが、ベンチャーの育成発展にもつながる。商社や大企業に採用されることで、ベンチャーの技術は広がる。山形大学の有機EL研究は、日本の大手に採用され成長サイクルに入った稀有(けう)な例だ。この動きを加速する必要がある。

 日本の「大学発ベンチャー」は現在、1773社といわれる。各地に世界最高峰の技術、研究があるが、起業のハードルは高い。そのなかで、東京大学発には順調に成長する企業が多いとされる。背景には「エコシステム(生態系)」が生まれていることがある。東大では「産学協創推進本部」を設置し、大企業に働き掛けてエコシステムの活性化に努めるだけでなく、出身のベンチャー経営者と学生の交流を進め、起業の経験を共有させるなどの試みが実を結んできている。

 新たな起業家や人材、リスクマネーを呼び込むには、起業家、大学、研究機関、金融機関、大企業が結び付き、エコシステムを展開することが鍵となる。東大のネットワーク構築の成功例をモデルに、各地の大学発ベンチャーもエコシステムを形成することが望まれる。

 とくに、地方でエコシステムが機能するには、地域金融機関の役割が不可欠だ。ベンチャーの立ち上げでは、パテント・特許を取り、技術や研究を実証するサンプル、試作品を作らねばならない。その出資をその地域で活動する地銀に頼っても、「技術、研究を評価できない」と応援が得られないことがある。シードマネーがなければベンチャー創出は困難だ。地銀はぜひ目利き力を養い、ベンチャーにチャンスをつくってほしい。

識者が読者に推薦する1冊

秋本治〔1977-2016〕『こちら葛飾区亀有公園前派出所』1~200巻 集英社

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激変する事業環境における日本企業の課題は何か。組織や働き方はどう変わるのか、変わっていくべきか。

仕事と趣味の区分は曖昧に―働き手の選択

御手洗瑞子

株式会社気仙沼ニッティング代表取締役社長

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大企業の枠組み外にいる人、働く意味、働き方の設計

 かつて日本人は「エコノミック・アニマル」と揶揄(やゆ)された。これからの働き方は、これまでの延長線上にあるのではなく、次のステージのものになるだろうと考える。

 AI等の技術革新はますます進み、生産性は向上していくだろう。それにともない基本的な生活コストは低下する。そこまで働かずとも普通の暮らしはできるようになり、「食べるために働く」という感覚は弱まるのではないか。人は毎日、何かしらの活動はするだろうが、それは、趣味や仕事といった境界が曖昧になったものだろう。

 この傾向は、地方や女性、高齢者や若者といった、これまでの大企業的な枠組みの外にいる人たちのあいだでは、すでに起こっていることのように見受けられる。私が創業した気仙沼(けせんぬま)ニッティングは、手編みニットの会社だ。自宅で作業をする編み手にとって、夕食後にコーヒーを飲みながら商品のセーターを編む時間は「楽しい時間」だ。一方、地域の清掃活動の当番などは「仕事」や「労働」として認識する。「労働とは対価を得るための苦役である」というこれまでの発想は、必ずしも当てはまらない。「働く」とは何か、広く捉える必要がある。

 地方では、人口減少と少子高齢化により、企業の働き手の確保が課題だといわれる。

 しかし、働き方の設計を工夫することにより、可能性は大きく開ける。気仙沼ニッティングには60人以上の編み手がいるが、その約半数は「これまで働ける職場がなかった」という。介護や育児、家事などで長時間外出するのが難しいのだ。編み手の仕事は自宅で自分のペースでできるため、働きたい地域の女性が集まった。高価格帯商品であるため品質基準は厳しいが、やりがいをもって取り組める。

 これからの企業は、法人としての「人格」をより問われるようになると感じる。製品のコモディティ化は早く、また、人は収入の多寡だけで職場を選ばない。「スペック」だけが価値ではなくなる。「いい人だから友達になりたい」というのと同じように、「この会社が好きだから」という理由で、買い手や働き手が企業を選んでいく傾向が強まるのではないか。

識者が読者に推薦する1冊

宮本常一〔1984〕『忘れられた日本人』岩波文庫

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2017)「企業の未来をデザインする」わたしの構想No.27

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構
編集:神田玲子、榊麻衣子、川本茉莉、新井公夫
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