NIRAオピニオンNo.77 2024.12.27 高齢者世帯の所得・資産の実態と今後の政策課題世代内・世代間格差を踏まえて この記事は分で読めます シェア Tweet 翁百合 日本総合研究所理事長/NIRA総合研究開発機構理事 概要 いよいよ日本が超高齢社会に突入する中、基礎年金の水準低下への対処などが重要な課題として注目されている。現状、単身世帯の高齢者は大幅に増加しているが、未婚化が顕著に進み今後も一層の増加が見込まれる。女性の単身世帯では、現時点でも基礎年金のみを受給する低所得者も少なからず存在しており、今後は、非正規雇用・単身者の多い就職氷河期世代の高齢期の生活維持リスクが増大する懸念があることに注意が必要だ。 高齢者全体では平均所得は近年横這いで、世代内格差もそれほど拡大していないが、資産格差はきわめて大きく、世帯類型、可処分所得、資産の視点から高齢者世帯の多様性に着目する必要がある。さらに、世代間格差も重要な視点であり、本稿の分析により①高齢者と若年層は、同一年収であっても、資産と可処分所得の差異から生活の余裕が異なること、②特に、後期高齢者への医療給付に対する現役世代の負担は、所得・資産の両面からみて再検討する余地があることが明らかになった。 これらの点を踏まえると、次のような課題が浮かび上がる。第1に、高齢者世帯の生活維持リスクを顕在化させないため、基礎年金の給付水準のさらなる低下を防ぐための早急な検討が求められる。第2に、女性や高齢者が就労を継続できる環境の整備や高齢期に向けた財産形成など、若年期からの対策の推進が重要である。第3に、世代内・世代間の資産格差が大きいことから、高齢者にも応能負担を求めることについて議論を深める必要がある*。 PDFで読む 付表・資料を読む INDEX 1.高齢者がいる世帯の実態:単身世帯が顕著に増加 (1)単身世帯の高齢者が大幅増加 (2)女性単身世帯が男性単身世帯の約2倍、男性未婚単身世帯も近年増加 2.高齢者世帯の所得・消費の動向:単身女性世帯が低所得、所得水準は20年横這い (1)女性単身世帯の所得の低さが顕著 (2)女性の基礎年金のみ受給者の年金給付額が低い (3)高齢者世帯の所得は2000年以降横這い、公的年金が微減、企業・個人年金が増加 (4)60歳代の稼働所得は、ここ10年で増加 (5)交際費などの節約を主因に消費額は減少 3.高齢者世代内の所得・資産格差:資産格差はきわめて大きい (1)世代内の所得格差はそれほど拡大せず (2)高齢者世帯の資産格差は大きく、偏っている (3)世代内の金融資産格差は拡大せず 4.世代間比較の視点:若年層の生活は厳しく、高齢者への応能負担の視点が必要 (1)同一年収でも若年層と高齢層は生活の余裕が異なる (2)健康保険の世代間収支、高齢層の大半は受け取り超 5.政策面での示唆 2025年は団塊の世代が全て後期高齢者となり、日本がいよいよ超高齢社会となる年である。そうした中、24年夏には年金財政検証が行われ、将来高齢者になる就職氷河期世代も含めて、今後の基礎年金の水準低下が懸念材料とされた。そして、基礎年金の充実により高齢期の生活を持続可能にすることが重要な課題と指摘されている。 ここ30年、高齢者を取り巻く環境、生活実態、所得・資産の状況などはどのように変化してきているのか。また、今後の超高齢社会において、高齢者はどのような状況に置かれると予想されるのだろうか。本稿では、現在入手可能な最新データに基づき、高齢者世帯の生活実態、世代内格差、世代間格差の実態に迫る。その上で、政策課題を探ってみたい。 1.高齢者がいる世帯の実態:単身世帯が顕著に増加 (1)単身世帯の高齢者が大幅増加 2020年時点の「国勢調査」において、65歳以上の世帯員がいる世帯(世帯主が現役の3世代世帯なども含む)は、約2,270万世帯と、一般世帯全体の約4割を占めるに至っている。そのうち30%は単身世帯(独居高齢者)、30%が夫婦のみの世帯である(図1)。また25%は配偶者のない子どもとの同居であり、いわゆる「パラサイト・シングル」に近い状態の子どもとの同居も多いとみられる(ただし、ここでの「子ども」は、未婚だけでなく離別・死別による無配偶も含んでいる)。ちなみに3世代同居は9%にすぎない。 図1 高齢者がいる世帯の世帯類型 (注)65歳以上世帯員のいる世帯、あるいは75歳以上世帯員のいる世帯の総数と世帯類型別の内訳割合(数字)を示している。「親世代と子どものみ」には「夫婦と子ども」、「男親と子ども」、「女親と子ども」が含まれる。(出所)国勢調査 25年前となる1995年の世帯構成と比べると、2020年の段階で3世代同居は25%ポイントも減少している。他方、単身世帯が13%ポイント増加した。また、親世代と子どものみ世帯が8%ポイント、夫婦のみの世帯は6%ポイント増加している。75歳以上の後期高齢者がいる世帯に限ってみても、同様の傾向がある。高齢化に伴い、独居高齢者が大幅に増加している。 (2)女性単身世帯が男性単身世帯の約2倍、男性未婚単身世帯も近年増加 次に、最も多く、かつ増加している単身世帯(65歳以上)をみると、2020年時点で、女性の単身世帯は440万世帯であり、男性のそれの2倍弱となっている。男女あわせた単身世帯の構成員のうち16%が未婚であり、男女それぞれの構成をみたのが図2である。女性は死別が多く、遺族の単身が63%と圧倒的だ。男性は死別と未婚がそれぞれ29%、28%と多い。男女で未婚率が大きく異なるのは、「再婚男性と初婚女性」のカップルが多く、結婚歴のない男女の差が積み重なってきたためと考えられる。 図2 性別・高齢単身世帯の配偶関係 (注)65歳以上の単身世帯で、男性は約230万世帯、女性は約440万世帯。(出所)国勢調査(2020年) なお、65歳以上の高齢者の未婚率は、女性が1980年代半ば頃から、男性は2000年代から上昇している(図3)。また、40代前半男性の未婚率が1985年頃から急上昇しており、2020年には32%にも達している。ちなみに、就職氷河期世代(90年代半ばから2000年代前半のバブル崩壊後の経済低迷期に就職期を迎えた世代)は2010年代前半以降40代になっており、2030年代前半以降60代になる。未婚率の大幅な上昇傾向は、当面は未婚の子どもと暮らす高齢者、30年代以降は独居高齢者がさらに増大する可能性を示唆しており、これらの人たちの老後生活の持続のため、早めの対応が必要となっている。 図3 65歳以上の高齢者および40代前半の未婚率の推移 (注)シャドーは就職氷河期世代を表す。(出所)国勢調査 2.高齢者世帯の所得・消費の動向:単身女性世帯が低所得、所得水準は20年横這い 次に、高齢者がいる世帯の所得・消費の動向をみてみよう。なお、以下2.の所得や消費の時点間比較分析はすべて物価で実質化したベースで行っている。 (1)女性単身世帯の所得の低さが顕著 65歳以上の者がいる世帯の所得を世帯類型別に比較すると、女性の単身世帯が170万円程度となっており、その低さが顕著である(図4)。これは、女性単身世帯の公的年金の水準が男性の単身世帯と比較して低いこと、また稼働所得など年金以外の所得が少ないことなどを反映している(注1)。 図4 65歳以上の者のいる世帯の1世帯当たり平均所得金額(2022年) (注)消費者物価指数(2020年基準)で実質化。数値は構成比を表す。「公的年金・恩給以外の社会保障給付金」には、生活保護などが含まれる。(出所)厚生労働省「国民生活基礎調査」(2022年) なお、単身世帯と夫婦のみの世帯の所得は、今から約20年前の2005年と比較してほぼ変わらない。一方、その他の世帯(3世代や子どもとの同居)の所得は低下している。 (2)女性の基礎年金のみ受給者の年金給付額が低い 上記の図4の通り、女性単身世帯の公的年金の給付額は、男性単身世帯と比較して低い。「年金制度基礎調査」から公的年金の給付額の分布を男女別に比較すると図5の通りである。まず女性の公的年金給付額が全体として低く、100万円を下回っている受給者数が半数となっている。注目すべきは、厚生年金や共済年金も受給している受給者と比較して、基礎年金のみの受給者は100万円以下に集中していることである。自営業者として高齢期も稼働所得がある人も存在するとみられるが、基礎年金のみで暮らす単身の高齢女性は総じて厳しい所得環境となっている可能性が高い。女性自身の就業継続、厚生年金・共済年金への加入期間の拡大が重要であることが図5から浮かび上がる。 図5 性別・配偶の有無別の公的年金金額の分布 (注)本人の公的年金金額階級別の受給者数。無配偶には未婚、離別、死別が含まれる。(出所)厚生労働省「年金制度基礎調査」(2022年) (3)高齢者世帯の所得は2000年以降横這い、公的年金が微減、企業・個人年金が増加 高齢者の所得状況を時系列でみてみよう。「国民生活基礎調査」から65歳以上の「高齢者世帯」の平均所得金額を実質ベースでみると(注2)、1980年代半ばから1997年までは公的年金の支給増により増加したが(図6、グレーの矢印)、2000年代以降は、横這いで推移している(同、青の矢印)。その内訳をみると、最もシェアの高い公的年金は、2000年にかけて増加傾向にあったが、それ以降は横這いで推移した。また、稼働所得は2000年代に若干減少した後、10年代以降はやや増加した。財産所得は80年代半ば以降、ほぼ横這いで推移し、企業年金・個人年金等は2010年以降増加し、近年は所得増に寄与している。 図6 高齢者世帯の平均所得の推移 (出所)厚生労働省「国民生活基礎調査」(2022年) このうち、公的年金給付が2000年代以降横這いで推移したのは、年金給付額の改定の基礎となっている実質賃金が上昇しなかったことに加え、保険料負担が過大とならないよう保険料率水準を固定するため、年金給付増を抑制してきたからである。年金額改定のルールについては、2004年より新規裁定年金は賃金変動率に基づき、年金受給開始後(既裁定者)の年金は物価変動率に基づき改訂を行うようにしたうえで、人口減少や平均余命の延長を反映して年金給付水準を調整するマクロ経済スライドが導入された(注3)。しかし、物価が十分上昇しなかったこともあって、マクロ経済スライドは何度も先送りされた。初めて発動されたのは2015年で、その後19、20、23、24年の5回のみ実施されている。 すなわち、現行の公的年金の推移は、給付が抑制されていることを示すものであるが、同時に、マクロ経済スライドが長く実施されなかったことで、特に基礎年金の所得代替率が高いまま推移してきていることも盛り込まれているといえる。当初2023年度までに終了すると見込んでいた年金水準の調整が進んでいないことから、基礎年金のマクロスライド調整は将来長期にわたって実施される見込みだ。これにより、今後の高齢世代が生活の礎として受給する基礎年金の水準は低下する可能性が高い。特に就職氷河期以降の世代は、前述の通り単身者が増えていることに加えて、非正規雇用比率が高まっており(注4)、基礎年金に依存する世代が増えることが予想されるため、注意が必要である。 (4)60歳代の稼働所得は、ここ10年で増加 次に、ここ10年間に着目し、所得内訳の時系列変化を、60歳代、70歳代以上の世帯主の年齢階層別に分析してみる。世代別にみると、図7の通り、次のような特徴が浮かび上がる。すなわち、60歳代については、2016年以降平均所得が若干増加してきている。この要因は、60歳代の就労増を反映して稼働所得が大きく伸びたためである(図の囲み)。その結果、所得に占める稼働所得の割合は7割程度となり、年金への依存度が低下した。これに対して70歳代以上は、平均所得は年金所得減を背景に微減となった。このことは、就業が可能な60歳代と就労機会が少なくなる70歳代以降を分けて検討する必要性を示唆している 図7 世帯主年齢階層別・1世帯当たり平均所得金額の推移 (注)消費者物価指数(2020年基準)で実質化。数字は構成比。(出所)厚生労働省「国民生活基礎調査」(2022年) (5)交際費などの節約を主因に消費額は減少 それでは、高齢者世帯の消費動向はどうであろうか。年収階層別の消費動向分析にあたり、入手可能データである夫の年齢が60歳以上の夫婦のみの世帯について30年前と比較してみたのが図8である。 図8 世帯年収別にみた、夫婦のみ世帯(夫が60歳以上)の1か月あたり消費支出 (注)消費者物価指数(2020年基準)で実質化。数字は構成比。1989年の年間収入階級別の高齢単身世帯のデータが入手できないため、夫婦のみ世帯のデータを示している。(出所)総務省統計局「全国家計構造調査(旧全国消費実態調査)」(1989年、2019年) ここ30年間(1989年から2018年)でみると高齢者の平均所得は約10%増加したが、ほぼ同じ期間である1989年時点と2019年時点(コロナ禍の影響を受ける前の最新データ)の消費支出を比較すると減少している。消費の内訳をみると、どの所得階層においても、食料や交通通信費が増える一方、交際費などその他の消費支出、被服類・家具などの消費が減っている。他方、光熱水道費などの必需品の消費額や医療費は大きくは変わらない。このように、通信費などの必要経費が増えている一方で、交際費や被服類などを節約している様子が推測される。 3.高齢者世代内の所得・資産格差:資産格差はきわめて大きい (1)世代内の所得格差はそれほど拡大せず このように、ここ30年間で総所得が横這いで推移する中で、消費支出はやや減少している。その背景の1つに、所得税と保険料の負担率の上昇により、可処分所得が増えなかったことがあると考えられる。 65歳以上の高齢世帯の可処分所得推移について、大野(2022)は、「全国家計構造調査」を用いた分析を行っている。この分析では、1989年から2019年にかけて、所得税・保険料の負担率が全体として5.7%程度増加していることが指摘されている。その状況を所得階層別に確認すると、介護保険制度が2000年にスタートしたこともあり、保険料負担率は同期間において所得階層にかかわらず上昇しているが、所得税は高所得層の負担率の上昇度合いが小さく、中所得層で負担率が上昇した(注5)。また、同分析における世帯主年齢65歳以上の高齢世帯の可処分所得のジニ係数を推計した結果では、1989年から2019年にかけてジニ係数はわずかに低下したことが明らかにされている。なお、65歳未満の世帯ではジニ係数がやや上昇したことも記しておきたい。 (2)高齢者世帯の資産格差は大きく、偏っている 次に高齢者世帯の資産保有状況をみてみる。まず、可処分所得階級が上がるにつれて住宅・宅地、金融資産保有額が上昇し、可処分所得200万円では純資産総額が250万円であるのに対し、可処分所得1,000万円以上では1億1,000万円を超えており、格差がきわめて大きいことが確認できる(図9)。可処分所得500万未満の世帯が全体の8割である中で、全体のわずか3%に当たる1,000万円以上の可処分所得の世帯がきわめて多額の資産を持っている。ちなみに後期高齢者になると、資産保有額は減少し、低所得階級のほうに分布もシフトする。 図9 年間可処分所得階級別の資産・負債内訳(世帯主65歳以上、2019年) (注)世帯主65~74歳の世帯と75歳以上の世帯の加重平均。棒グラフ下の数字は世帯数分布を示している。(出所)総務省統計局「全国家計構造調査」(2019年) なお、65歳以上の単身世帯の持ち家比率(2020年)は男性58.2%、女性76.8%、夫婦ふたり世帯の持ち家比率は88.5%となっている。男性単身世帯の4割に持ち家がないことには留意すべきである。 (3)世代内の金融資産格差は拡大せず 金融資産の保有に関して世帯所得階層別の割合をみると、単身世帯、夫婦のみの世帯ともに、金融資産450万円未満の世帯が最も多い(図10)。しかもその世帯数は、最近増加しており、単身世帯では450万円未満の金融資産の世帯が6割になっている。金融資産が2,000万円以上ある世帯は1割強にすぎない。一方で、夫婦のみの世帯では、資産3,000万円以上の世帯は2割を超え比較的余裕がある。しかし、その割合は低下しており、年金給付額が増えない一方で、預金金利や投資収益率の低さもあり、貯蓄の取り崩しが進んでいることを示唆している。このように、高齢層といっても、単身と夫婦世帯では資産の面でも差があることに留意が必要である。 図10 65歳以上の高齢者世帯の金融資産の分布 (注)貯蓄現在高の分布を示している。ここでの高齢者世帯は、65歳以上の無職の世帯員がいる世帯。ただし、高齢者夫婦のみの世帯は、65歳以上の男性と60歳以上の女性による夫婦を指す。(出所)総務省統計局「全国家計構造調査」(2019年) なお、高齢者内での金融資産格差が一定で推移していることは、金融資産(普通預金なども含む)のジニ係数からも確認できる。藤原(2021)、Kitao&Yamada(2019)によれば、1984年の段階では世帯主年齢70代以上でジニ係数は相対的に高かったが、いったん2004年にかけて低下、その後若干上昇しており、全体としてみると横這いである。これに対し、若・中年層のジニ係数は1984年以降着実に上昇し、格差が大きくなっている。その背景として、若年層は金融資産ゼロ世帯が多いこと、中年層は就職氷河期等により生じた格差がストックの格差として蓄積されたことや、相続等が世代内格差を大きくしていることがあると考察している。 4.世代間比較の視点:若年層の生活は厳しく、高齢者への応能負担の視点が必要 ここまでは、高齢者世帯の実態と高齢者の世代内格差をみてきたが、保険料負担が増えているのは、高齢者だけではない。特に高齢化の進展によって、現役世代、中でも若・中年層の保険料は所得に比して増加している。高齢者の今後の政策課題を考える際には、その負担のあり方をどのように考えるかが重要であり、世代間比較の視点が欠かせない。そこで、まず①若年層と高齢者の平均200万円所得世帯の可処分所得と消費の実態の比較、および②医療費の世代間の収支差に着目して分析する。 (1)同一年収でも若年層と高齢層は生活の余裕が異なる 年齢階層別の平均収入を「国民生活基礎調査」で確認すると、25~29歳(若年層)と70~74歳(高齢層)の平均年収200万円強でほぼ同じ水準である。そこで、若年層と高齢者の世帯の消費と家計の実態を「全国家計構造調査」を手掛かりにして比較分析してみると、以下のようなことがわかる(表11)(注6)。 表11 年収200万円家計の消費と資産の年齢階層別比較分析(単身世帯、2019年) (注) 1.筆者が2020年の全世代型社会保障検討会議で試算、提出したものを、所得区分、世帯類型を変更して追加的な試算分析を実施。2. 年間収入階級150~200万円と200~250万円の加重平均。小数点以下は四捨五入しているため、表示の数値から差分を計算しても合わないことがある。3.世帯数分布について、各世帯主年齢層の単身世帯に占める割合は、30歳未満が16%(なお、収入なしを含む250万円未満だと21%)、70歳以上は46%(同71%)。4.世帯主70歳以上の可処分所得は、年金収入のみで年収200万円の後期高齢者を想定して試算。世帯主30歳未満の可処分所得は、給与所得者を想定して試算。(出所)総務省統計局「全国家計構造調査」(2019年)をもとに作成。 第1に、30歳未満世帯(以下若年層)の消費支出は月額12.3万円であり、年間149万円程度である。70歳以上世帯(以下高齢層)の約160万円と比較すると、全般的に節約している様子がうかがわれる。しかし、若年層は持ち家比率が低く賃貸が圧倒的と考えられ、表からわかるように住居費が高齢層の3倍弱と多い。また、現役ゆえに交通・通信費も多い。 第2に、持ち家の有無などを反映する資産全体額の違いだけでなく、貯蓄額など金融資産も若年層と高齢層では大きく異なり、高齢層の保有額のほうがかなり大きい。 第3に、表の消費支出には含まれていない保険料や税負担は、年間収入の手取り、すなわち可処分所得を減らす要因であり、同じ200万円の年収でも若年層と高齢層では可処分所得が異なっている(注7)。 高齢層は年金保険料負担がなく、健康保険料も若年層比でみて少額である。介護保険料、住民税・所得税を勘案すると、可処分所得が後期高齢者で182万円程度(前期高齢者で176万円程度)と試算される。これに対して、若年層の年金保険料と健康保険料は、合計で約30~34万円と考えられる。上記の保険料負担に加えて住民税・所得税などの負担も勘案すると、可処分所得は160万円程度と試算される。 以上の分析から、最近の物価高を勘案すると、平均的な年収の若年層でも将来のための貯蓄がなかなかできない実態が浮かびあがる。200万円よりさらに低所得の若年層では、可処分所得を消費額が上回りかねない状況の世帯も少なくないと思われる。さらに今後は年金の所得代替率も下がることが推計されており、若年層は将来不安も大きい状況である。 このように、所得だけでは若年層と高齢層の家計の実態を把握することができず、①資産および、②可処分所得の両方を踏まえた議論が必要であることがわかる。 (2)健康保険の世代間収支、高齢層の大半は受け取り超 次に、後期高齢者医療制度を通じた世帯当たり純受取額について、所得階層別に独自に分析してみた(注8)。後期高齢者医療制度は、75歳以上の人が加入する公的保険であり、その財源は50%が公費負担であり、残りは加入者の保険料、現役世代の保険制度からの支援金、加入者自身の窓口負担となる。つまり、現役世代からの後期高齢者への移転は、国費と保険制度からの支援金を通じて行われている。そこで、各種統計をもとに、家計の負担額を「75歳以上」と「75歳未満」に分け、さらに所得階層別に分解し、世代間や世代内での所得移転の状況を試算した(注9)。 結果は表12-1の通りである。75歳未満の現役世代については、表の左側の通り、いずれの所得階層においても負担が給付を上回り、支払い超過(純受取がマイナス)となっている。これは現役世代から75歳以上の高齢世代への所得移転が行われていることを意味する。他方、高齢層については、表12-1の右側の通り、現役並みの所得があり、窓口で3割負担をしている層(「現役並みの所得層Ⅱ」「現役並みの所得層Ⅲ」)では支払い超となっているが、「一般」、および「低所得Ⅰ、Ⅱ」の階層のみならず「現役並みの所得層Ⅰ」(単身世帯の場合、年収約370万円~約770万円)でもすべて受取超である。 表12-1 世帯主年齢・区分別の純受取(万円):後期高齢者医療制度を通じた再分配の試算 (注)世帯所得に応じた2019年時点の後期高齢者医療制度の区分。(出所)国勢調査(2020年)、総務省統計局「全国家計構造調査」(2019年)、全国家計構造調査(2019年)、厚生労働省「国民生活基礎調査」(2019年)、後期高齢者医療制度(2019年度)をもとにNIRA試算。 表12-2 世帯主年齢・区分別の貯蓄現在高(万円) (注)世帯所得に応じた2019年時点の後期高齢者医療制度の区分。(出所)総務省統計局「全国家計構造調査」(2019年) 応能負担の観点から分析すると、表12-2の通り、高齢者層の53%に該当する「一般」や6%に該当する「現役並み所得層」(現役並み所得層Ⅰ~Ⅲの合計)は、現役世代の大半よりも多くの貯蓄残高を保有している。一方で、これらの層を含めた高齢世代に、現役世代から所得移転が行われている。所得や貯蓄水準に応じた負担となっているのか、再検討の余地がある。 また、応益負担の観点から、医療機関の窓口負担を比較すると、現役世代は3割負担である一方、高齢者層の「一般」の層は、1~2割負担である。特に、75歳以上の「一般」の高齢層は、貯蓄残高が一定程度あると考えられるが、負担率が低くなっている。この状況は、応益負担の観点からも課題を残している。24年9月にまとめられた高齢社会対策大綱でも、後期高齢者医療制度の窓口負担割合の見直しが検討課題に上っており、さらなる検討を期待する。 なお、75歳以上の給付額をみると、窓口負担が3割の所得層と比べて、1~2割負担の所得層の給付額は高い水準にある。この点は、低い窓口負担が頻繁な受診につながっていないか、窓口負担の受診行動への影響を含めた検証も必要である。 5.政策面での示唆 以上、現在の高齢者のいる世帯の実態、所得や消費、資産の実態および世代内・世代間格差の実態をみてきたが、分析結果から政策的インプリケーションとその論点を探ると以下の通りである。 高齢者世帯の多様性、世帯類型、可処分所得、資産に着目する必要 ①高齢者のいる世帯と一口にいっても、単身世帯か夫婦世帯か、単身でも男性か女性か、前期高齢者か後期高齢者か、就業機会のまだ多い年齢層か少なくなる年齢層か、などによって生活実態、可処分所得、資産に大きな違いがある。世帯類型、可処分所得、資産などの視点から高齢者世帯の多様性に着目する必要があり、画一的な捉え方をして高齢者の政策を考えることは適切でない。 基礎年金水準低下への対応が急がれる ②女性単身世帯のみならず、今後男性の未婚者も急激に上昇するうえ、男性単身世帯は持ち家率が4割と低く住居費を負担する必要がある。加えて、非正規社員が増加した就職氷河期世代以降では基礎年金への依存度が高い受給者も増えると予想され、低所得の単身世帯が生活を維持できなくなるリスクが増大すると懸念される。―40歳代の未婚率が顕著に増加していることを踏まえれば、就職氷河期世代が高齢化するにつれ、親と同居する「パラサイト化」が続くだけでなく、将来的には家族のいない単身高齢者が増える可能性が高い。そのため、単身高齢者の貧困を予防する視点が大事である。―基礎年金のみの給付額水準は現時点でも低いが、今後さらなる低下が予想され、懸念される。基礎年金水準の引き上げは重要であり、現段階から議論を深める必要がある。具体的には、名目下限措置の撤廃を含め、物価状況にかかわらずマクロ経済スライドを確実に実施できる仕組みを整えること、厚生年金のさらなる適用拡大、基礎年金の拠出期間の延長など、多角的に検討すべきである(注10)。―持ち家がない単身者が増えるため、高齢者の住居政策についても十分に検討する必要がある。 若年期から推進すべき課題の重要性 ③性別を問わず豊かな老後を過ごすには、若い頃から就労を継続することが期待される。男性60歳代の稼働所得が近年増加して所得水準が維持されている一方、単身女性は年金給付額も稼働所得も低い。これらを勘案すると、高齢者の生活を持続させるには就労による稼働所得増加と年金給付の増加が欠かせない。人びとの生き方・働き方の選択の自由は尊重しつつ、制度による働き控えなどが起きないようにすべきことが改めて確認できる。女性や高齢者が就労を継続できる環境の整備、厚生年金加入をはじめ生涯収入を増加させる制度の周知がきわめて重要である。④企業・個人年金は、公的年金を補完するものとして拡充を図る必要がある。NISAなども含めて、財産形成への支援は若年期から必要な政策であり、今後もその周知が重要である。 高齢者の応能負担の在り方について議論を深めるべき ⑤高齢世帯の3%が1億円を超える資産を持つ状況であるなど高齢者の資産格差は大きい。世代内のみならず、世代間の資産格差がきわめて大きいことも考えると、医療などの高齢者に必要な社会保障給付は、富裕層の高齢者に応能負担を求めることについて議論を深めるべきである。ただし、こうした対応により、高所得層の資産が海外へ流出する可能性があることには留意が必要である。―医療費については応益負担(受けたサービスに応じた負担)の観点からの検討も期待される。⑥低所得の若年層は、高齢者の同じ年収層と比較すると、資産、可処分所得の両面で余裕がない状況にある(注11)。これらの層の保険料負担の拡大を抑制することが重要であり、現状の負担率を軽減するため、英国のユニバーサルクレジットにみられるような低所得の就労者に対する就労手当といった対応も検討されるべきである。 参考資料阿部彩(2024)「相対的貧困率の動向(2022調査update)」JSPS22H05098,(最終検索日:2024年12月18日)翁百合(2023)「子育て世帯の負担と給付の公正性は確保されているか」NIRAオピニオンペーパーNo.65Kitao S. and Yamada T. (2019). Dimensions of Inequality in Japan: Distributions of Earnings, Income and Wealth between 1984 and 2014. RIETI Discussion Paper Series (2019-034).大野太郎(2022)「家計の税・社会保険料負担と再分配効果:平成30年間の動向」『ファイナンス』2022年10月号、pp.60-67、財務省近藤絢子(2024)『就職氷河期世代―データで読み解く所得・家族形成・格差』中央公論新社高橋俊之(2024)『年金制度の理念と構造―より良い社会に向けた課題と将来像』社会保険研究所西沢和彦(2021)「マクロ経済スライド時期統一および基礎年金45年加入案の評価と課題」ビューポイントNo.2021-001、日本総合研究所濱本知寿香(2019)「配偶者との離死別と高齢者の生活状況」社会保障研究Vol.4(1)、p.20-32藤原翼(2021)「「日本型」金融資産格差を読み解く―日本で心配されるのは金融資産ゼロ世帯の増加―」2021.11.30.大和総研ウェブサイト(最終検索日:2024年12月18日) 翁百合(おきな ゆり)NIRA総合研究開発機構理事、日本総合研究所理事長。京都大学博士(経済学)。著書に『金融危機とプルーデンス政策』(日本経済新聞出版社、2010年)など。政府税制調査会会長。財務省財政制度等審議会会長代理、金融審議会委員等を務める。 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。(出典)翁百合(2024)「高齢者世帯の所得・資産の実態と今後の政策課題―世代内・世代間格差を踏まえて―」NIRAオピニオンペーパーNo.77 脚注 * 本稿におけるデータ分析は、NIRA総研主任研究員の関島梢恵が担当した。 * 本稿におけるデータ分析は、NIRA総研主任研究員の関島梢恵が担当した。 1 阿部(2024)の分析によれば、男女とも未婚や離別で単身の高齢者は相対的貧困率が比較的高いことが指摘されており、既婚者の貧困率は、男女とも長期的に減少しているが、未婚・死別・離婚した女性単身世帯は近年貧困率が増加傾向にある。また、濱本(2019)も、女性は単身の場合、有配偶女性と比べて貧困率が3倍以上高いことを指摘している。特に、離別の女性は持ち家率が比較的低く、低年金の割合が高く、貯蓄がない・少ない人も多い。このため、貧困線未満の所得しかなくても、その所得内に支出を抑えなければいけない状況となっていること、未婚の女性も低年金の割合は高い一方、十分な年金額の人も少なくないこと、貯金はあって持ち家がないという人が比較的多いこと、公的年金は死別女性の主要な収入源だが受給額の格差もみられることなどが指摘されている。 1 阿部(2024)の分析によれば、男女とも未婚や離別で単身の高齢者は相対的貧困率が比較的高いことが指摘されており、既婚者の貧困率は、男女とも長期的に減少しているが、未婚・死別・離婚した女性単身世帯は近年貧困率が増加傾向にある。また、濱本(2019)も、女性は単身の場合、有配偶女性と比べて貧困率が3倍以上高いことを指摘している。特に、離別の女性は持ち家率が比較的低く、低年金の割合が高く、貯蓄がない・少ない人も多い。このため、貧困線未満の所得しかなくても、その所得内に支出を抑えなければいけない状況となっていること、未婚の女性も低年金の割合は高い一方、十分な年金額の人も少なくないこと、貯金はあって持ち家がないという人が比較的多いこと、公的年金は死別女性の主要な収入源だが受給額の格差もみられることなどが指摘されている。 2 定義により、65歳以上の者のみの世帯、およびこれに18歳未満の未婚の者が加わった世帯も含む。 2 定義により、65歳以上の者のみの世帯、およびこれに18歳未満の未婚の者が加わった世帯も含む。 3 マクロ経済スライドとは、被保険者の減少率と、平均余命の伸び分による調整率を、年金額の賃金と物価による改定率から差し引くことで、前年度の名目額を下回らないように(名目下限措置)、長い年数をかけて少しずつ給付水準を調整していくもの。物価上昇時にしか発動できない仕組みとなっている。また、賃金・物価下落時において、年金給付額を低下させず、給付額を据え置く特例も設けられていた。年金額改定やスライドの仕組みの変遷については、高橋(2024)を参照されたい。 3 マクロ経済スライドとは、被保険者の減少率と、平均余命の伸び分による調整率を、年金額の賃金と物価による改定率から差し引くことで、前年度の名目額を下回らないように(名目下限措置)、長い年数をかけて少しずつ給付水準を調整していくもの。物価上昇時にしか発動できない仕組みとなっている。また、賃金・物価下落時において、年金給付額を低下させず、給付額を据え置く特例も設けられていた。年金額改定やスライドの仕組みの変遷については、高橋(2024)を参照されたい。 4 近藤絢子(2024)第1章を参照されたい。 4 近藤絢子(2024)第1章を参照されたい。 5 10段階の所得階層のうち、中所得の第4階層から第7階層にかけて負担率が大きく上昇。所得の高い第8階層以降では負担率上昇度合いが小さいが、それはこの期間の所得税負担率軽減(86年の最高税率88%→19年50%)が寄与している。なお、最高税率は2020年に55%に引き上げられている。 5 10段階の所得階層のうち、中所得の第4階層から第7階層にかけて負担率が大きく上昇。所得の高い第8階層以降では負担率上昇度合いが小さいが、それはこの期間の所得税負担率軽減(86年の最高税率88%→19年50%)が寄与している。なお、最高税率は2020年に55%に引き上げられている。 6 ここでは平均200万円世帯となる年収150~250万円未満家計、生活保護受給世帯でない世帯をみるため150万円以上としている。 6 ここでは平均200万円世帯となる年収150~250万円未満家計、生活保護受給世帯でない世帯をみるため150万円以上としている。 7 若年層と高齢層の可処分所得が異なる背景には、年金保険料の有無、健康保険料の多寡のほか、若年層と比べて高齢者の所得控除額(公的年金等控除)が大きいこともある。 7 若年層と高齢層の可処分所得が異なる背景には、年金保険料の有無、健康保険料の多寡のほか、若年層と比べて高齢者の所得控除額(公的年金等控除)が大きいこともある。 8 試算の詳細については、Appendixを参照のこと。 8 試算の詳細については、Appendixを参照のこと。 9 後期高齢者医療制度(2019年時点)における区分について、単身世帯の場合の年収目安は以下の通り。現役並み所得層Ⅲ:年収約1,160万円以上、同Ⅱ:770万円以上、同Ⅰ:370万円以上、一般:370万円未満、低所得層Ⅱ:住民税非課税、低所得層Ⅰ:住民税非課税、所得が一定(年金収入約80万円)以下。なお、2人以上世帯の区分については、Appendixを参照のこと。 9 後期高齢者医療制度(2019年時点)における区分について、単身世帯の場合の年収目安は以下の通り。現役並み所得層Ⅲ:年収約1,160万円以上、同Ⅱ:770万円以上、同Ⅰ:370万円以上、一般:370万円未満、低所得層Ⅱ:住民税非課税、低所得層Ⅰ:住民税非課税、所得が一定(年金収入約80万円)以下。なお、2人以上世帯の区分については、Appendixを参照のこと。 10 この点については、西沢(2021)を参照されたい。 10 この点については、西沢(2021)を参照されたい。 11 若年層の負担率の国際比較については、翁(2023)を参照されたい。 11 若年層の負担率の国際比較については、翁(2023)を参照されたい。 シェア Tweet 関連公表物 高齢者の医療費負担増を人びとはどう受け止めているか 翁百合 子育て世帯の負担と給付の公正性は確保されているか 翁百合 ©公益財団法人NIRA総合研究開発機構※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ