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わたしの構想

デザイン思考で人間中心の政策を

わたしの構想No.46 2020/2発行
識者:クリスチャン・ベイソン デンマーク・デザイン・センター CEO、奥村裕一 一般社団法人オープン・ガバナンス・ネットワーク 代表理事、長谷川敦士 株式会社コンセント 代表取締役, 武蔵野美術大学大学院造形構想学科 教授、佐宗邦威 株式会社BIOTOPE CEO/チーフ・ストラテジック・デザイナー、澤田有希子 Policy Lab. Shiga(滋賀県)
*原稿掲載順
企画:宇野重規 NIRA総研 理事, 東京大学社会科学研究所 教授

デザイン思考で人間中心の政策を
 使う人の視点に立つ「デザイン思考」を適用し、ビジネスの分野ではさまざまなイノベーションがもたらされてきた。
 近年、公共セクターにおいても、デザイン思考を政策形成に取り入れるアプローチが注目されている。
 その意義と、実践の課題について、議論する。

 わたしの構想No.46「デザイン思考で人間中心の政策を」PDF

 企画に当たって
宇野重規 NIRA総研 理事, 東京大学社会科学研究所 教授
「デザイン思考で人間中心の政策を―現場でのモデル探しが政策イノベーションを生む」
Keywords……………参照すべきモデル、ユーザーが使いたくなるデザイン、新たな発想の源泉、行政の覚悟、柔軟性と行動力が試金石



 識者に問う
「デザイン思考で人間中心の政策を」

デザイン思考を政策形成に導入する意義は何か。
実践の課題は何か。
1 クリスチャン・ベイソン デンマーク・デザイン・センター CEO
デザイン思考は異なる専門性を統合するプロセス
Keywords……デザイン思考、人間中心、政策対象者への共感、エスノグラフィックリサーチ、共創、プラットフォーム、実験的・反復的、複雑性を受け入れる

2 奥村裕一 一般社団法人オープン・ガバナンス・ネットワーク 代表理事
市民の目線に立ち、市民に届く政策をつくる
Keywords……政策ラボ、効果的な政策形成、政策対象者の立場になる、本音に気づく、政府のオープンデータ化、市民参加

3 長谷川敦士 株式会社コンセント 代表取締役, 武蔵野美術大学大学院造形構想学科 教授
試行することこそが、考えること
Keywords……VUCA の時代、リスクを取る、不確定な未来への布石、アブダクション、政策の当事者に試す、行政に対する市民の信頼

4 佐宗邦威 株式会社BIOTOPE CEO/チーフ・ストラテジック・デザイナー
市民の価値観や想いを引き出す仕組みが必要
Keywords……多様な個人が感じる幸福を政策で実現、市民の想いの可視化、中立的組織としての政策ラボ

5 澤田有希子 Policy Lab. Shiga(滋賀県)
県民への共感に基づいた政策をどう作るか
Keywords……県民の本音、県民への共感に基づく政策、ペルソナ、ボトムアップの政策形成、単年度主義の予算執行

インタビュー実施:2019 年11月~12月
インタビュー:北島あゆみ(NIRA 総研研究コーディネーター・研究員)

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 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)

クリスチャン・ベイソン氏
Christian Bason〔2018〕Leading public sector innovation:Co-creating for a better society, Policy Press (second edition)(English Edition) Kindle

奥村裕一氏
Christian Bason〔2017〕Leading public design:Discovering human-centred governance, Policy Press (English Edition) Kindle

長谷川敦士氏
マーク・スティックドーン、アダム・ローレンス、マーカス・ホーメス、ヤコブ・シュナイダー〔2020〕『This is Service Design Doing-サービスデザインの実践』長谷川敦士監修、安藤貴子・白川部君江訳、株式会社ビー・エヌ・エヌ新社

佐宗邦威氏
佐宗邦威〔2019〕『ひとりの妄想で未来は変わる』日経BP

澤田有希子氏
Policy Lab. Shiga〔2018〕『「県民の本音」」を起点にしたこれからの政策形成-デザイン思考の活用について滋賀県職員若手有志からの提言』
http://policylab.shiga.jp/advocacy

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 企画に当たって

宇野重規 NIRA総研 理事, 東京大学社会科学研究所 教授
「デザイン思考で人間中心の政策を―現場でのモデル探しが政策イノベーションを生む」
 
 かつて政策を構想するにあたって、参照すべき「モデル」が常に存在した。欧米諸国をモデルに近代化を推進した明治期の日本政府はもちろん、近年に至るまで、「先進事例」こそが政策の推進にあたっての最大の参照軸であった。
 しかしながら現在、そのような「モデル」は見いだしにくくなっている。単線的な近代化のイメージは過去のものとなり、むしろさまざまな現場において課題が発見され、解決策が模索されている。とはいえ、明確な「モデル」があった時代と比べ、課題も解決も多様化し、問題は難しくなるばかりである。このような時代にふさわしい新たな考え方は存在しないのだろうか。本構想で提示するのがデザイン思考である。

政策の当事者である市民の目線に立つ
 デンマーク・デザイン・センターCEOのクリスチャン・ベイソン氏は、デザイン思考を「『人間中心』の製品・サービス・ソリューション・体験を作り出すための方法、過程、そして手段」と定義する。これまでの政策形成がデータ収集、分析、合理的な解の発見にあったとすれば、デザイン思考はむしろ政策のエンドユーザーである市民や企業の目線に立つ。その上でアイデアを共に創出し、それを繰り返し実験しながら政策を作り上げる。このようなデザイン思考が英国や北欧諸国などで試みられているという。
 オープン・ガバナンス・ネットワーク代表理事の奥村裕一氏も同様に、「行政の供給者目線」ではなく、「市民に届く政策とは何であるかを、市民とともに、『共感』を軸に据えて考えていく」ことを強調する。例えばホームレスの当事者の話に耳を傾け、生活の現場を観察する。虐待を受けている子どもの目に、児童養護施設や児童相談所がどう見えるかを考える。対話や観察を通じて、本人さえ気付いていない本音を探り出すことが目的だ。政府がデータを公開し、デザイン思考の下で市民とともに実験を行うことが求められる。

日本でも取り組みが始まった
 このようなデザイン思考が求められている時代背景は何か。株式会社コンセント代表取締役で武蔵野美術大学大学院造形構想学科教授の長谷川敦士氏は、現代が「変化が大きく、先行き不明瞭、課題は複雑化しており、確実な正解が何かわからない」時代だからだという。このような予測不可能な時代であるからこそ、不確定な未来のために布石を打つことが必要であるが、日本の行政は「リスクを取る」のが苦手である。小さな実践の結果から仮説を導き出し、それを再適用する「アブダクション(仮説形成)」は、まさにこのような現代に適した思考法だろう。
 すでに実践例もある。株式会社BIOTOPEのCEOである佐宗邦威氏は、多摩川流域の未来ビジョンをつくるための市民参加型プロジェクトを実施している。多摩川流域という特性を生かしてどのように働いたり、遊んだりできるか。ライフスタイルを起点とするデザイン思考の下、流域の住民と企業、そして行政をつなぐ試みは貴重だろう。行政の中立の原則から、特定市民の声を取り上げるわけにはいかないため、政策ラボのような中立的な組織を作る必要があるという指摘も参考となる。
 デザイン思考の盛り上がりに対し、行政の側から取り組んだ事例もある。滋賀県庁のPolicy Lab. Shiga はその一例である。この試みは、二〇一七年より滋賀県庁の職員有志による業務外の活動として行ったものである。この活動のメンバーである澤田有希子氏によれば、滋賀県で暮らす市民「○○さん」という人物像を四つのペルソナとして描き出したという。具体的な人物像を起点とするデザイン思考は、職員にとっても、県民に向けた課題解決という行政本来の目的に立ち戻るきっかけとなったという指摘が注目される。

デザイン思考は、政策の現場からのイノベーション
 デザインというと、表層的な装飾しか思い浮かべない人もいるかもしれない。しかし、多様な商品が溢れる現代において、どれだけ機能的に優れていても、ユーザーが使いたくなるようなデザインのものしか手に取ってもらえない。使う側が、それを使っている自分を想像できて初めて、人は関心を持つのである。政策もまた同じである。
 政策をいかにすれば、住民にとって「使いやすい」ものにできるか。住民が声をあげ、行政や企業とともに実験を行い、政策を練り上げていくデザイン思考の手法は、住民の参加を促すとともに、行政にとっての新たな発想の源となるであろう。これまで「モデル」を外に探し、いわば「正解」を求めてきた行政にとっては、あるいは覚悟が必要になるかもしれない。しかしながら、このような手法を通じて政策の現場からのイノベーションを巧みに取り入れる柔軟性と行動力こそが、これからの行政にとっての試金石となるのではなかろうか。
 日本におけるデザイン思考の普及と、多様な政策ラボの実験に期待したい。

宇野重規(うの・しげき)
NIRA総合研究開発機構理事。東京大学社会科学研究所教授。東京大学博士(法学)。専門は政治思想史、政治哲学。

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 識者に問う
デザイン思考を政策形成に導入する意義は何か。
実践の課題は何か。

クリスチャン・ベイソン デンマーク・デザイン・センター CEO
「デザイン思考は異なる専門性を統合するプロセス」


 「デザイン」とは、モノやシンボル、行動、環境などを新しい形で統合し、それにより人びとの具体的なニーズに応え、価値を生成していくプロセスを指す。この概念は、ものづくりだけでなく、サービスや経営のイノベーション戦略に広く取り入れられてきた。また、一般に「人間中心」の製品・サービス・ソリューション・体験を作り出すための方法、過程、そして手段を「デザイン思考」という。
 「人間中心」の政策形成とは、政策の対象となる人に対する共感に価値を置くものであり、従来のような、政策課題のデータを集め、分析し、その解を合理的に導くというやり方とは異なる。政策の当事者となる人びとの状況や生活を、目で見て観察し、話を聞きながら、当事者と共に、モノやサービス、システムとの関わり方を視覚化する。場合によっては匂いも嗅ぐ。論理からではなく、感情から寄り添うために、五感を通して問題の根本的原因は何かを理解する。これは、「エスノグラフィックリサーチ」といわれる定性的な調査手法だ。また、デザイン思考は「共創」のプロセスをたどる。行政の部局の枠を超え、関係団体や外部の専門家、そして、政策のエンドユーザーである市民や企業をも巻き込み、アイデアを創出する。そのためのラボなどプラットフォームが重要なインフラとなる。さらに、「実験的」そして「反復的」な手段を使う。出されたアイデアを、少しずつ何度も繰り返し試しながら、政策を作り上げていく。政策の実施にあたって、誰もが政策を理解できるように、グラフィックや試作(プロトタイピング)の手法なども大いに活用する。
 これら「人間中心」、「共創」、「実験的・反復的」の三つを特徴とするデザイン思考を公共セクターに取り入れて、政策や公共サービスの革新をはかる動きが増えている。特に、イギリスや英連邦、北欧諸国で顕著だが、いまや世界に広まっているトレンドといってよい。背景には、技術の急速な進歩、そしてグローバル化により、ビジネスや金融、自然環境、情報伝達、ライフスタイルなどが変化し、それらが絡みあって、社会課題が複雑化していることがある。複雑性に対抗するのではなく、複雑性を受け入れ、包有していく。公共政策において、人びとの多様な立場や異なる専門性を取り込み、統合していくことが求められている。だからこそ、デザイン思考は二一世紀の政策形成に確実に重要な貢献をもたらす位置にいる。

クリスチャン・ベイソン(Christian Bason)
デザイン思考を用いて組織の成長や経営課題解決を支援する、デザイン企業DDCの代表。DDCは、国の資金で設立された独立的組織。二○○七年から二〇一四年まで、デンマーク中央政府イノベーションチーム「MindLab」の代表を務め、現職。コペンハーゲンビジネススクールでPh.Dを取得。デンマーク王立美術院、EU、世界経済フォーラムなど、国内外で数々の外部団体に所属し、世界各地で大学講師や政府機関のアドバイザー、講演者としても活躍。『Leading public design: Discovering human-centred governance』(Policy Press, 2017)など、著書多数。

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デザイン思考を政策形成に導入する意義は何か。
実践の課題は何か。

奥村裕一 一般社団法人オープン・ガバナンス・ネットワーク 代表理事
「市民の目線に立ち、市民に届く政策をつくる」


 政策形成におけるデザイン思考とは、市民に届く政策とは何であるかを、市民とともに、「共感」を軸に据えて考えていくことだ。イギリスのキャメロン政権(当時)は、デザイン思考を実施する政策チームである「ポリシーラボ」を政府部内に設置した。政府の財政難を背景に、どうすれば限られた予算でも、国民・市民に届く効果的な政策をつくれるのかという問題意識から設けられた。その背景には、従前の政策が、過去の前例やルールを前提に課題を考察して、いわば、行政の供給者目線でつくられてきたことへの反省がある。
 「共感」を重視するデザイン思考では、実際に政策の対象となる人の立場になることで、データだけでは把握できない問題を発見する「エスノグラフィックリサーチ」と呼ばれる手法が使われている。例えばホームレスなど当事者の話に耳を傾け、生活の現場を実際に観察し、当事者と一緒に時を過ごす。共同生活までは難しくても、政策の対象となる人物像を入念に描く-ペルソナづくり-を行って、政策立案者が想いを馳せる。児童虐待を例にとると、虐待を受けている子どもの目から見たときに、親、友達、学校、そして児童養護施設や児童相談所がどう見えるのか。そこから、子どもたちにとって一番幸せになれる方法を考えることが、デザイン思考の重要なアプローチだ。相手に一〇〇%なり切ってみる。そして求められるのは、人びととの対話や観察を通じて、本人さえ気付いてない根底に潜む本音を引き出し、あるいは本音に気付くことだ。
 私自身、これまで、政府のデータを公開して国民や市民に参加を促し、民間の知恵を政策に反映させる政府のオープンデータ化に取り組んできた。この取り組みを掛け声だけに終わらせないようにするために、デザイン思考を導入して、市民に届く政策を考えるべきだと思っている。そもそも、政府のオープン化とデザイン思考は、市民参加が鍵となる点で共通している。そこで、まずは、イギリスで実践されているような「ラボ」をつくって実験を行い、その結果を国民や市民が共有することが必要だと考えている。

奥村裕一(おくむら・ひろかず)
オープンガバナンスの日本での普及を目指し、研究や助言を通じて積極的に活動。欧米の電子政府に対する深い知見を持つ。一九七一年に東京大学教養学部教養学科を卒業し、通産省(当時)入省。退官後、経済産業研究所、京都大学教授、東京大学特任教授、ハーバード大学ケネディスクール客員研究員、東京大学公共政策大学院客員教授などを経て、二〇一九年より現職。論考に「オープン(ガバメント)データ」(『ジュリスト』一四六四号、二〇一四年)ほか、訳書、寄稿多数。

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デザイン思考を政策形成に導入する意義は何か。
実践の課題は何か。

長谷川敦士 株式会社コンセント 代表取締役, 武蔵野美術大学大学院造形構想学科 教授
「試行することこそが、考えること」


 現代は、VUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)の時代と言われる。変化が大きく、先行き不明瞭、課題は複雑化しており、確実な正解が何か分からない―こういった予測不可能な時代にこそ、リスクを取り、不確定な未来に対する布石を打っていく必要がある。しかし、日本の行政は「リスクを取る」ことができない。
 何が正解か分からないときには、「まずは何かをやってみる」というのが、実は有効な手法である。それは成功するためではなく、何が有効かを見定める仮説を導出するためである。試しに何かをやってみて、それがうまくいってもいかなくても、その経過から仮説を導出する。これが「アブダクション(仮説形成)」である。デザイン思考の本質的な考え方であり、試行する過程自体が、考えることであるとすらいえる。
 デザイン思考においては、どういう立場で解決策を考えていくかが、本質的な観点だ。例えば、新しい工業製品を作るとき、どのようにすれば効率的な量産が可能かという論点は、供給サイドに立っている。他方、デザイン思考で求められるのは、どのようにすれば消費者にとって使い勝手がよい製品になるかという、消費者サイドの視点である。そのため、製品企画の段階では、持っている技術や製造上の制約からいったん離れて、利用者が価値を感じるような、あるべき姿を形にするために何度も試行する。政策形成の過程も同様だ。新しい制度を施行する前に、まずは、政策のユーザーである市民や企業にとって、意味のある制度にするための試案をつくり、試してみる。これは、意見を聞くのとは異なる。意見を聞いても、現状から想定される延長の反応しか出てこない。試案に対しての人々の反応をみながら手直しをして、仮説を立てる。その仮説をさらに試し、ようやく政策の立案・施行に進めていく。これが政策のデザインである。
 このようにデザイン思考を踏まえた政策形成とは、市民や企業など、多様なアクターと共に政策を創り上げていくことである。その取り組みが成功するためには、試行を重ねることを許容するだけの、行政に対する市民の信頼が不可欠である。試行を重ねながら両者が共創していくことは、不確実な時代に未来を開拓するためのプロセスであるという認識が、行政と市民との間に共有されなければならない。

長谷川敦士(はせがわ・あつし)
「わかりやすさのデザイン」である情報アーキテクチャ分野の第一人者。二〇〇二年に株式会社コンセントを設立し、企業サイトやウェブサービスなどのUXデザインを手がける。デザインの社会活用、デザインを通じた社会システムの構築を研究し、最近では日本企業や行政でのデザイン教育についても研究と実践を行う。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。Service Design Network 日本支部共同代表。人間中心設計推進機構副理事長、『デザイン組織のつくりかた』(メルホルツ&スキナー著、ビー・エヌ・エヌ新社、二〇一七年)をはじめ、著書や監訳書多数あり。

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デザイン思考を政策形成に導入する意義は何か。
実践の課題は何か。

佐宗邦威 株式会社BIOTOPE CEO/チーフ・ストラテジック・デザイナー
「市民の価値観や想いを引き出す仕組みが必要」


 経済成長の時代には、「経済的な満足=幸せ」であり、マクロな視点による数字目標を定量的に積み上げ、そこに向かっていけば十分な成果を出せた。しかし現在の日本のように成熟した社会では、多様な個人が感じる幸福をどう提供していくかが問われる。「幸福」のような数字では現れにくい価値を政策で実現していくには、一人ひとりの生き方やライフスタイルを起点に、何をすべきかを考えるデザイン思考のアプローチが有効だ。しかし、そのためには市民の主観的な価値やライフスタイルなどの定性的な情報を目に見える形にして、そこから政策形成していくというやり方が機能する必要があるが、現在の日本の行政では、そうした仕組みが整っていない。アクティブで未来視点の「こういう風にしたい」という市民が抱いている想いを、どうすれば可視化し、具現化させることができるかが、行政の課題だ。
 私は、多摩川流域の未来ビジョンをつくるための市民参加型プロジェクトを実施している。プロジェクトの推進者は東京急行電鉄で、流域の住民や企業、自治体と共に、次世代の街づくりを構想している。多摩川流域という特性を生かしてどのように働いたり遊んだりできるか、自然の豊かさを生かしてどのようなライフスタイルを提案できるかなどがテーマだ。このプロジェクトの経験を通じ、市民の「やりたい」という声を行政が得て、それを形にしていくのは、実は非常に難しいということが分かった。行政が直接、市民の誰かの声を取り上げると、その選択が恣意的に見えたり、また「なぜ、その人の声が取り上げられるのか?」という、中立性・平等性の問題になってしまう。それを避けようとすると、現状では、ニーズの塊としての定量データくらいしか、アプローチする方法がない。
 市民の価値観や想いを、行政が意思決定に生かすための仕組みづくりが必要だ。市民が声を上げる方法も、もっと可視化されるほうが良い。北欧やイギリスは、政策ラボのような中立的な組織を作っている。そうした組織がワークショップを開催し、市民、企業、自治体などをつなぐ場を形成して、デザイン思考を実践している。そこで政策課題を抽出し、アイデアを出し合いながら政策提言につなげていく、というやり方は、日本でも参考になるはずだ。

佐宗邦威(さそう・くにたけ)
大企業から老舗企業まで、さまざまな企業を顧客に、サービスデザインプロジェクト、イノベーション文化の創造を提案。P&Gにて数々のヒット商品のマーケティングを手掛け、ソニーにて新規事業創出プログラムの立ち上げに携わった後、「共創型戦略デザインファーム」BIOTOPEを設立。東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科修士課程修了。著書に『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング、二〇一五年)ほか。

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デザイン思考を政策形成に導入する意義は何か。
実践の課題は何か。

澤田有希子 Policy Lab. Shiga(滋賀県)
「県民への共感に基づいた政策をどう作るか」


 滋賀県では、二○一七年より県庁職員の有志によるデザイン思考を取り入れた政策研究プロジェクトを実施した。この事業はPolicy Lab. Shiga と呼ばれ、業務外の活動として行った試みだ。「県民の本音」を起点にし、「県民の深い理解や共感」に基づいた政策をどう作っていくか、県民と共にワークショップや議論を重ねてきた。具体的には、「若者の居場所探し」や「県外からの移住」といったテーマに沿って、半年以上にわたり、県民へのインタビューや観察などの定性調査を行い、問題を発見した。そこから、滋賀で暮らす県民の人物像を、四人の「〇〇さん」というペルソナで描いた。
 浮き彫りになったのは、滋賀で暮らす若者のしんどさや、地域との距離感に対する戸惑いだ。そこで、ペルソナが抱える問題を解決するための「未来アイデアソン」を開催。年齢・職業など多様な立場の人びとと一緒に解決策を考えながら、アイデアを出し合う。その過程の中で、「誰をどう幸せにしたいのか」を見いだしていく取り組みだ。この活動から得た学びは政策提言としてまとめ、二○一八年八月に滋賀県知事に提出、知事との意見交換も行った。
 デザイン思考では、県民を一括りでとらえるのではなく、一人ひとりの価値観に合った課題解決という目的に立ち戻る。多くの業務が職員にとって「やらされる」仕事になっている中で、具体的な「〇〇さん」を起点にするデザイン思考の視点は、ボトムアップから政策を作る有益なアプローチだ。
 デザイン思考を本格的に導入する自治体へ助言するとすれば、いくつかの課題を指摘しておきたい。単年度主義の予算執行では、「実験を繰り返して政策を作っていく」というデザイン思考の重要なプロセスを踏む余裕がない。また、行政部門でよく指摘される体質―前例踏襲や予算消化など―があるとすれば、改善が必要となろう。デザイン思考に対する職員の理解や、組織全体のマネジメント能力も必要だ。最終的に目指すのは「『県民の本音』を起点にした政策を、組織の垣根を越えて生み出し合える、フラットな行政」だ。一歩一歩積み重ねて、滋賀県庁の仕事の取り組み方や職員の意識を変えていき、県民から愛される滋賀県になることを目指したい。

澤田有希子(さわだ・ゆきこ)
滋賀県職員。現在、道路課に所属。Policy Lab. Shiga (PLS)は、滋賀県が人口減少局面を迎え、県政に変革が求められるなか、デザイン思考の有効性について言及した滋賀県三日月大造知事の発言に呼応する形で、二〇一七年に設立。澤田氏は、知事への提言に関わったPLSメンバーの一一名の一人。提言後、PLSは解散したが、デザイン思考を活用する「人生一〇〇年ワクワク検討タスクフォース」など、県庁組織としての取り組みが始まっている。澤田氏も、デザイン思考の政策研修の講師を務めるなど、精力的に活動を継続している。


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©公益財団法人NIRA総合研究開発機構
編集:神田玲子、榊麻衣子(エディター)、渡邊翔太、澁谷壮紀、山路達也

※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。
E-mail:info@nira.or.jp

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