公文俊平
多摩大学教授/情報社会学研究所長

概要

 
われわれは人工知能にどのように向き合っていくべきか。この問題について考えるには、現在進行している近代社会の動きが人類文明にもたらす意味についての考察が欠かせない。現在、私たちが対峙している近代社会の状況は、旧いものから新しいものへの交代というよりも、旧いものの成熟と新しいものの出現が、同時に生起している状況と考えるべきだろう。本研究報告書の著者の公文俊平教授は、これを重なりという意味の「重畳」と呼んでいる 。
 本書では、「重畳」をキーワードに、大きな転換期を迎えている21世紀の現状を解釈し、そこから人工知能が引き起こしている問題にどう対応すべきか提言する。

INDEX

エグゼクティブサマリー

●「産業の民主化」の進展と、「第二機械時代」の始まりの重畳
 近代における産業化は、石炭と蒸気機関による第1次産業革命に始まり、19世紀後半以降の石油と電力による第2次産業革命を経て、20世紀後半、とりわけ1980年代以降は、産業のデジタル化やネットワーク化が進んだ。現在は、3Dプリンターのような個人用もの作りの機械を使い、モノをデザインし製造する「MAKERS(メイカーズ)の台頭」する時代とも特徴づけられるような、コンピューターとデータによる「第3次産業革命」の時代に入っている。換言すれば、これまで寡占的な大資本によって発展してきた産業社会が、個人や中小企業を主体に民主化されようとしている。

 しかし、こうした一連の流れを大きく超える方向の変化もあると考えざるを得ない。それは端的にいって、機械の知能化が人間の労働を不要にしてしまうようなエリック・ブリニョルフソン&アンドリュー・マカフィーがいう「第二機械時代」の到来である。これまで人間の肉体的能力を拡張してきた「機械」が、これからは人間の知的能力を拡張するようになるのだ。

 つまり、「第3次産業革命」に重畳する形で、これまでの産業化とは異質な、産業化の新しい流れもまた始まっている。この流れの中核をなしているのが、特定分野において知的にふるまう能力をもつ「特化人工知能」である。これは幅広い分野で人間のようにふるまう汎はんよう用人工知能にそのまま進化していくものではないが、特化人工知能でさえも、人々の生活や、政治経済をも含めた社会制度の全体に及ぼす影響は甚大である。

●近代文明の成熟と、新文明の出現の大重畳
 重畳はそれだけではない。もう一つは16世紀の西欧に始まった近代化の流れと、それを大きく超えるポスト近代化の流れの重なりである。近代化は人間主義(ヒューマニズム)に基づく発展の営みであった。それがいま、人工知能の出現によって、人間の自由意思がプログラムで制御される世界に進むのか、もしくは、人間と人工知能がペアを組んで共生する世界に進むのかの岐路に立っている。つまり、ポスト近代文明のあり方自体が、人工知能の進化の方向によって大きく左右されることが予見される。ポスト近代文明は果たして、人間否定の新文明となるか、人工知能と人間とが共働する新文明となるのか。

 さらにそれに加えて、汎用人工知能まで実現が可能になるとすれば、未来の文明のあり方はますます不確実になる。人類文明の完全な崩壊につながる危険性さえ無視できないのである。

●特化人工知能を人類の福音とせよ 
 特化人工知能の開発は今後も加速的に進み、数々の便益を私たちにもたらしてくれるだろう。他方、人間の労働が人工知能に代替され、ほとんどが失業者になってしまった一般の人々は「余暇」をどのように過ごせばいいのか、また、「生きる意味」を何に求めていけばいいのか。対応のいかんによっては社会の混乱を招きかねない。

 私たちは人間が雇用されなくても人間らしい生活を送れるための制度的な仕組みを整えるとともに、新たな生活倫理を生み出さねばならない。少なくとも特化人工知能に関するかぎり、それをどのように利用し、どのように私たちの環境を整備するかは、「ベーシックインカム」の全面的導入も含めて、「人間主義者」としての私たちの意思決定と行動次第である。

 その途を見失うことなく共生に成功すれば、近代文明は真の成熟を迎えつつポスト近代文明と重畳して有終の美をなすことに成功するだろう。人間と人間能力拡張型人工知能がペアを組み、人間の自由意思や自律性を維持しつつ、平和的に共働・共生する社会では、人工知能は人類にとって福音となるだろう。

●シンギュラリティ:汎用人工知能の開発は禁止せよ
 汎用人工知能は、特化人工知能とは異なり、言語の意味を理解し、意識をもち、自ら設定した目標を実現しようとする。レイ・カーツワイルに代表されるシンギュラリティ到来論は、そのような汎用人工知能の開発に成功した暁には、知能爆発によって、人類文明は地球史・宇宙史的な進化の新段階に突入すると主張する。

 しかし、こうした見方には私はくみしえない。そのような開発が成功すれば、結果的に人類とその文明は、絶滅に直面する可能性が極めて高くなる。ボストロムは人類が人工知能の最終目標実現のための物質資源(コンピュトロニウム)になりかねないと警告し、ユドカウスキーは「敵対的人工知能」が生まれる可能性を危惧する。もし、これら論者の見方の可能性を否定することができないとすれば、ほとんど唯一の選択肢として残るのが、汎用人工知能の開発を全面的に中止・禁止するためのグローバルな合意の、早急な確立である。それは、人類がシンギュラリティのもたらすとされる「超(トランス)-近代文明」「超知能文明」への到達を諦めることを意味するが、それにより人類は持続可能な「後(ポスト)-近代文明」を築いていくことができるし、そうすべきだというのが私の結論である。

 人類はいま大きな岐路に立たされている。特化人工知能を巧みに発展させつつ人類文明の未曽有の高みに登ることを目指すのか、それともあえて汎用人工知能の開発を目指す危険をおかすのか。人類とその文明の存続を望むなら、汎用人工知能の開発は諦めるしかない。

目次

第1章 私の近代化ビジョン
1 人工知能ブーム
2 近代化のビジョン
    -「S字波」としての発展ビジョン-
第2章 人類は人工知能にどう向き合うべきか
1 産業化の新たな流れ
2 高まる人工知能への関心
3 「産業化Ⅱ」を代表する「特化人工知能」
4 汎用人工知能
5 AI時代の未来と私たちの選択肢
補 論 超知能と超近代文明

図表

図表1-1  近代化の基本イメージ
図表1-2 複合的発展型近代化のイメージ
図表 補論-1 レイ・カーツワイルの宇宙進化6段階ビジョン
図表 補論-2 超知能文明への爆発的移行ビジョン
図表 補論-3 超知能文明の側からする近代文明の回顧

研究体制(50音順)

(研究会委員)
公文俊平 多摩大学教授・情報社会学研究所長(座長)
足羽教史 インクリメントP 株式会社管理部渉外担当部長
鈴木謙介 関西学院大学社会学部准教授
山内康英 多摩大学情報社会学研究所教授
(NIRA総研)
神田玲子 理事・研究調査部長
榊麻衣子 研究調査部研究コーディネーター・研究員

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)公文俊平(2017)「人類文明と人工知能Ⅰ-近代の成熟と新文明の出現-」NIRA総合研究開発機構

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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