宮尾龍蔵
東京大学大学院経済学研究科教授

概要

 日本銀行が掲げる2%物価安定目標の達成には、まだ相応の時間がかかるとみられており、金融緩和の長期化は、財政規律を低下させて最終的には財政従属による高インフレ(財政インフレ)をもたらす、将来の出口の際の国民負担を増大させる、といった懸念が表明されてきた。財政と金融が協調するもとで、積極緩和がもたらすリスクと意義はどのように評価すべきなのだろうか。
 本稿では、まず財政インフレの懸念について、「マネタリストの不快な算術モデル」に基づき理論的に検討する。いくつかのシナリオを想定して、積極緩和によるメリット(通貨発行益の増大、金利の抑制、経済成長の改善)とデメリット(財政赤字の増加)の両方について比較考量を行い、前者のメリットには政府債務・GDP比率の伸びを抑制して財政インフレ・レジームへの移行を遅らせる効果があることを定量的に示す。出口の際の財政負担についても、再投資の期間や金利正常化後のバランスシート規模によっては、当初の損失をその後の利益が上回る可能性がある。財政政策と金融政策の協調は、大規模緩和の前提である政府と日銀の「共同声明」で包括的に記されており、今後も堅持していかなくてはならない。

INDEX

 日本銀行が掲げる2%物価安定目標の達成には、まだ相応の時間がかかるとみられており、2020年度以降というのが現在の日本銀行自身のメインシナリオである。その間、現在の金融緩和の枠組みは基本的に維持される可能性が高い。粘り強く緩和的な金融環境を続け、景気と物価の改善を後押しすることは引き続き重要である。一方で、金融緩和の長期化は、低金利環境や国債の大規模な買い入れを通じて政府財政を手助けするものであり、財政規律を低下させる、その結果高インフレを招く、国債買い入れを長く続ければ将来の出口の際の国民負担を増大させる、といった懸念が表明されてきた。緩和長期化がもたらす財政面への影響というリスクはどの程度高まってきているのか。現状の財政と金融の協調のあり方はどう評価すべきか。財政と金融の協調を分析する際の基礎となるモデル(「マネタリストの不快な算術モデル」)にも依拠しながら、緩和長期化が予想されるもとでの財政と金融の協調について考察する。

現在の金融緩和は長期化する可能性が高い

 「異次元」と称される大規模な金融緩和の枠組み──量的・質的金融緩和──が始まって6年近くが経過した。改めておさらいすると、現在の政策枠組みは「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」と呼ばれ、2016年9月、短期金利と長期金利を操作目標とする方式に修正された。「量」すなわちマネタリーベースについては、2%の物価安定目標を安定的に達成するまで拡大方針を継続することを表明している。一連の緩和措置の起点は、2013年1月、政府との共同声明という形で導入された2%物価安定目標にさかのぼる(「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携(共同声明)」、2013年1月22日)。政府と共有された政策目標のもとで、さまざまな緩和手段が講じられ、デフレからの脱却を強力にサポートしてきた。

 現在の金融緩和の枠組みは、2%目標を安定的に持続するために必要な時点まで継続することが明確に示されている。将来の政策行動の継続をあらかじめ公表するという運営方式は、一般に「フォワードガイダンス(先行きの指針)」と呼ばれる。伝統的な政策手段(短期の政策金利)がゼロ%近くまで引き下げられた後もさらなる緩和効果を追求する方策として、日本を先駆けとして先進各国で採用されてきたものである。将来の緩和継続という方針に事前にコミットすることで政策効果を発揮しているのが現在の枠組みの大きな特徴である。その枠組みに対して(軽微な修正ではなく)基本的な変更を加えることは、将来にわたる政策スタンスの基本的な変化と解釈される。たとえば、2%の物価安定目標を1%に変更することは、将来の緩和継続期間に関する人々の予想を大幅に短縮することになる。その金融引き締め効果は甚大となろう。

 日本銀行の見通しによれば、2%の物価上昇率の達成時期は2020年度以降になると予想されている。少なくともあと数年は、現在の枠組みは基本的に維持される可能性が高い。政府との連携のもと、日本銀行は粘り強く金融緩和を継続し、景気と物価の改善を後押しすることは引き続き重要である。一方で、緩和長期化による副作用への目配りも忘れてはならない。

 潜在的な副作用の1つとして繰り返し議論されてきたのが、政府財政への影響である。中央銀行が大規模な国債買い入れを実施することで、政府の財政規律は緩むのではないか。持続不可能な財政赤字が最終的にはインフレによって穴埋めされるのではないか(「財政インフレ」)。また、将来金融緩和を正常化する際(いわゆる「出口」の際)、日銀に損失が発生し、それが巨額の国民負担になるのではないか、そうした懸念が指摘されてきた。

 政府と協調して金融緩和を続けることが、逆に国民経済に悪影響を及ぼすようなことがあっては本末転倒である。以下では、政府財政への影響について、問題を発生させるメカニズムは何か、そうした懸念はどの程度深刻であるかについて検討する。

緩和長期化による財政への影響:財政規律低下による高インフレと将来の国民負担への懸念

 金融緩和の長期化による財政の影響を、主に2つの側面から整理する。1つは財政規律の低下である。日銀は、現状の長短金利操作の下、長期金利(10年物国債利回り)がゼロ%程度になるようにコントロールしている。またそのために、足元でも多額(年間40兆円ペース)の国債買い入れを継続している。政府にしてみれば、資金調達への不安を感じることなく、ほぼゼロ%のコストで国債を発行できる。新規発行された国債は金融機関が購入するが、その大部分を日本銀行が買い入れている。こうした状況は事実上財政ファイナンスではないか、財政規律を緩めて安易な支出を誘発し、財政再建の取組みを後退させるのではないか、といった批判や懸念は燻りつづけている。

 2つ目は、将来金融緩和を正常化する「出口」の際、日銀に損失が発生し、それが新たな財政負担となる可能性である。将来2%物価安定目標を達成し、景気も拡大することになれば、いずれ利上げ(付利金利の引き上げ)を行うことになる。景気や物価が力強く拡大あるいは上昇して速やかな利上げが必要になれば、日本銀行の財務において、当初、コスト(=付利金利)がリターン(=長期国債の運用利回り)を上回る。この「逆ザヤ」の結果、日本銀行に損失が発生する可能性があり、日本銀行は政府に対して利益剰余金を納めることができず、財政を圧迫する。緩和が長期化すれば、出口の際に国民負担はさらに膨らむという懸念である。

 第1の財政規律低下の懸念については、先ごろ気になる動きがあった。政府は2018年6月、財政健全化目標を修正し、基礎的財政収支の黒字化の時期を、これまで維持してきた2020年度から5年先送りして2025年度とした。同時に債務残高・GDP比率の安定的な引下げを目指すことを堅持すると公表した。この修正を契機に、健全化計画がさらに遅れていく可能性についても意識せざるを得なくなった。

 第2の懸念である将来の出口における財政コストについて、これまでにもいくつかの試算が発表されてきた(注1)。試算を行う際にはさまざまな前提条件を置く必要があり、それぞれに議論の余地がある。最新の試算では、利上げに伴って逆ザヤの状態が数年続くことから、利上げ開始後の6年間の累計で約19兆円の損失が発生するとされる(岩田一政・左三川郁子・日本経済研究センター(2018)によるベースライン・シナリオ、脚注1参照)。言うまでもなく、こうした試算値には議論を喚起するという面も含まれており、後述するように、さまざまな代替シナリオを比較考量しつつ、慎重に受け止めなければならない。しかし、いくら試算値とは言え、そこで示されている額は巨大であり、人々の不安や懸念は増幅されかねない。

 以上の2つの懸念は、いずれも財政赤字が持続もしくは拡大し、財政が支払い不能となるのではないかという人々の不安につながっている。そのシナリオを生み出しているのは、財政健全化を実際には目指さない政府と、その政府に「協調」する(あるいは「従属」する)中央銀行という組み合わせであり、最終的にインフレの発生により財政赤字が解消されるという最悪のシナリオが待ち受けている、との批判につながる。財政赤字を埋め合わせるために貨幣を大量発行しインフレが起こる状況は「財政インフレ」と呼ばれる。日銀は一日も早く出口戦略を公表して金融政策を正常化すべきだ、2%物価安定目標についてもより現実的な低い目標水準に修正すべきである、との主張がしばしば展開されるが、その理由として財政への影響、とりわけ財政インフレのリスクを指摘する議論は少なくない(注2)

財政インフレの理論的基礎:「マネタリストの不快な算術モデル」

 ここで改めて、財政当局と中央銀行の協調のもとで財政規律の喪失とインフレの発生を説明する理論を振り返ってみよう。それは、Sargent-Wallace両教授による「マネタリストの不快な算術モデル(以下SWモデル)」としてよく知られている理論である(注3)

 SWモデルでは、貨幣供給量をコントロールする中央銀行と、一定の財政赤字を続ける政府が想定される。議論の単純化のために、物価は貨幣量で決定されるという純粋なマネタリストの経済を想定する。通常のレジームでは、中央銀行は貨幣供給の伸び率を決定してインフレ率をコントロールし、通貨発行益を政府に提供する。政府はその貨幣発行益を所与として財政政策を運営する。すなわち金融政策が財政政策を「支配(dominate)」する協調スキームである。中央銀行が政府とは独立して金融政策運営を行うという通常の先進国における政策レジームに相当する。さらに簡単化のために基礎的財政赤字のGDP比率を一定とし、また通常ケースとして金利(国債利回り)が経済成長率を上回る状況を仮定する。毎期一定の財政赤字が毎期国債発行と通貨発行益でファイナンスされる。貨幣成長率が高ければ通貨発行益が増えるため、政府は新規の国債発行を抑制することができる。以上のメカニズムを総合して、債務・GDP比率の経路が決定される。

 SWモデルにおける重要な設定は、政府債務・GDP比率のどこかに上限があり、それを越えて債務が増大すると誰も国債を保有しなくなる、そのような境界点の存在を仮定する点である。境界点を越えれば、いわば非常事態であり、中央銀行が国債を購入し保有せざるを得ない。つまり金融と財政の支配関係が逆転し、金融政策が財政政策に支配されるという「財政従属(財政ドミナンス)」と呼ばれる協調スキームに転換することになる。そこでは、中央銀行は政府財政に追随して国債を受動的に購入し、増大した貨幣供給がインフレを引き起こす。貨幣量と物価がリンクするマネタリスト経済を想定しているにも関わらず、財政政策がインフレ率を決定することになる。「財政インフレ」と呼ばれるゆえんである。

 以上が、SWモデルにおける財政インフレ発生の理論メカニズムの概略である。現実には、財政ドミナンスに転換する債務・GDP比率の値は事前には明らかではない。そうした境界点があるとすれば、おそらくその値は国ごとにまちまちであろう。たとえば、海外から借り入れを行わざるを得ない経常収支赤字・対外債務国であればその境界点は相対的に低く、日本のように経常収支黒字・対外債権国であれば相対的に高いと考えられる。いずれにしても重要なのは、永久に債務・GDP比率の上昇を続けることはできず、どこかで境界点が訪れる・・・・・・・・・・・ということである。周知のとおり、わが国の長期債務残高のGDP比率は200%に迫り、世界的に突出した水準にある。

「マネタリストの不快な算術モデル」に基づくシミュレーション

 ここでSWモデルに基づくシミュレーションを行ってみよう(注4)。まずSWモデルから導かれる政府債務・GDP比率とインフレ率の動学式を記述する。議論の出発点となるベースシナリオとしては、経済成長率2%、金利5%、基礎的財政赤字・GDP比率10%、貨幣成長率3%という経済を想定する。また、境界点となる政府債務・GDP比率としては150%と設定する。これらの仮定のもと、動学式によって記述される政府債務・GDP比率とインフレ率の経路を求めた結果が図1の太実線である。この図に示されているように、金利が成長率をやや大きく上回る想定のため、政府債務・GDP比率は比較的速いペースで上昇する。その結果、上限の150%には約17年で到達する。インフレ率は当初1%程度であったものが、境界点を越えて財政ドミナンスのレジームへ移行する結果、15%程度へとジャンプする。

 次に、積極緩和シナリオとして、貨幣成長率の値をより高い10%と想定して同様のシミュレーションを行う(図1、細実線)。通貨発行益が増えて国債残高の伸びが抑えられるため、政府債務・GDP比率の上昇ペースは緩やかとなる。その結果、150%の境界点に到達するのは61年後になる。ベースシナリオと比べると、当初のインフレ率は8%程度となって比較的高い水準となるが、高めのインフレ率という代償を払う代わりに、非常事態の到来をかなり遅らせることができる。

図1 ‌‌「マネタリストの不快な算術モデル」に基づく‌シミュレーション‌:ベースシナリオvs積極緩和シナリオ

(注)‌成長率2%、金利5%、基礎的財政赤字・GDP比率10%、政府債務・GDP比率の境界点150%、貨幣成長率(3%、積極緩和シナリオ10%)に基づくシミュレーション。Doepke‌et.‌al‌(1999)参照。

 次に、積極的な金融緩和の経済への影響を考慮した追加シナリオをいくつか検討しよう。まず、貨幣供給量の伸びを高めた結果、金利がベースシナリオよりも抑制されるというケースを検討する(貨幣供給量10%、金利を3%と想定、「積極緩和+金利抑制シナリオ」)。図2の点線に示されているように、金利が抑制される結果、政府債務の伸びが抑えられ、境界点に達する時期がさらに後ずれすることが見て取れる(61年⇒75年)。境界点以降のインフレ率の上昇も若干ながら縮小する(14.5%⇒12.6%)。

図2 ‌‌「マネタリストの不快な算術モデル」に基づく‌シミュレーション‌:積極緩和+金利抑制シナリオ

(注)‌成長率2%、金利(5%、金利抑制シナリオ3%)、基礎的財政赤字・GDP比率10%、政府債務・GDP比率の境界点150%、貨幣成長率(3%、積極緩和シナリオ10%)‌に基づくシミュレーション。Doepke‌et.‌al‌(1999)を参照。

 積極的な緩和政策の結果、経済成長が改善するといった追加シナリオも考えられるだろう(「積極緩和+成長改善シナリオ」)。これは、金融緩和によって設備投資や研究開発投資が誘発される、あるいは長期失業が解消するなどして生産性が高まり経済成長が高まるという「履歴効果(hys-teresis)」の可能性を反映したものである。このシナリオでは成長率を3%と想定した。その結果、債務・GDP比率の伸びが抑えられ、境界点に達する時期がやはり後ずれする(図3の点線、61年⇒75年)。境界点以降のインフレ率の上昇幅も縮小する(14.5%⇒11.5%)。

図3 ‌‌「マネタリストの不快な算術モデル」に基づく‌シミュレーション‌積極緩和+成長改善シナリオ

(注)‌成長率(2%、成長改善シナリオ3%)、金利5%、基礎的財政赤字・GDP比率10%、政府債務・GDP比率の境界点150%、貨幣成長率(3%、積極緩和シナリオ10%)‌に基づくシミュレーション。Doepke‌et.‌al‌(1999)を参照。

 さらに、本稿の主題に関わる追加シナリオとして、積極緩和の影響として財政赤字がより悪化するケースを検討する。これは積極緩和が長期化することで財政規律が緩む、あるいは後述するような財政負担が発生する可能性を念頭に置いたシミュレーションである。ここでは基礎的財政収支・GDP比率が期間を通して12%に悪化するものと想定する(「積極緩和+財政悪化シナリオ」)。図4の点線で示されているとおり、財政赤字が拡大する結果、境界点に到達する時期は早まり(61年⇒32年)、インフレ率の上昇幅も若干大きくなる(14.5%⇒17.3%)。

図4 ‌‌「マネタリストの不快な算術モデル」に基づく‌シミュレーション‌:積極緩和+財政悪化シナリオ

(注)‌成長率2%、金利5%、基礎的財政赤字・GDP比率(10%、財政悪化シナリオ12%)、政府債務・GDP比率の境界点150%、貨幣成長率(3%、積極緩和シナリオ10%)に基づくシミュレーション。Doepke‌et.‌al‌(1999)参照。

 以上のシミュレーションは、さまざまな仮定に基づいた試算値であり、直接現在の日本経済に当てはめることは適切ではない。しかしながら、ここでのシナリオ分析は、金融緩和の長期化が見込まれるもとで、その潜在的なメリット(金利抑制と成長改善)とデメリット(財政悪化)を比較考量し、財政従属による高インフレの発生という「大惨事」を招来するメカニズムを定量的なイメージをもって議論することができる。その意味で、今後の日本経済を論ずるうえでの1つの有益な視座を提供するものと考えられる。

 その基本メカニズムを改めて整理すると、金融緩和は通貨発行益を通じて財政余地を生み出し、国債発行ペースを遅らせる。金融緩和は追加的に金利を抑制し、さらには経済成長にプラスに寄与する可能性もある。その場合には債務・GDP比率の伸びは抑えられる。そして金融緩和が財政コストを持続的に押し上げる場合には、債務・GDP比率は増加ペースを速める。金融緩和の長期化が及ぼすプラス面、マイナス面の影響、各要因の相互の関係を図示したのが図5である。金融緩和の評価にあたっては、決して一面的にならず、相互に影響及ぼしあう諸要因とその結果生じるメリット・デメリットを総合的に勘案する必要性が浮かび上がる。

図5 ‌‌緩和長期化と経済・財政との相互依存関係

財政規律の現状:歳入と歳出のバランスは改善し、金利と成長率の関係も逆転

 以上の理論的な検討を踏まえたうえで、では実際の財政規律の状況は、データからはどう見てとれるだろうか。図6には、基礎的財政収支の動向が表されている。財政収支の赤字は縮小してきており、改善基調にあることが見て取れる。財政収支の動向を、歳入と歳出(国債費を除く)に分けてみたのが図7である。歳入面では、税収合計(税収・印紙税)が着実に上向いてきている。これは景気回復による税収増(所得税、法人税)に加えて、2014年からの消費税率引き上げが大きく寄与している(図8)。一方、歳出合計は80兆円レベルを上限に伸びが抑制されてきている。少なくとも足元数年の動向を見る限り、歳入と歳出のバランスは維持されているように見える。

図6 基礎的財政収支の赤字は縮小傾向

(注)2017年度までは補正後予算、2018年度は当初予算
(出所)財務省「財政統計」

図7 ‌‌歳入と歳出のバランスも改善基調にある

(注)一般会計決算ベース
(出所)財務省「財政統計」

図8 ‌‌税収の内訳:所得税と法人税、そして消費税が回復に寄与してきた

(注)一般会計決算ベース
(出所)財務省「財政統計」

 わが国の金利と成長率の関係はどうだろうか。金利が成長率を上回る程度は、債務GDP比率の上昇スピードに影響する。先のシミュレーションでも明らかなように、金利が抑制され、成長率が高まれば、金利と成長率のギャップが縮小し、債務・GDP比率の上昇速度も落ちる。金利と成長率の関係が逆転して「金利<成長率」になれば、その間債務GDP比率は発散しなくなり、境界点への到達をさらに遅らせることができる。図9には、日本の長期国債利回りと名目GDP成長率が示されている(1990年から現在まで)。基本的には通常の「金利>成長率」の関係が見てとれるが、近年は大規模な金融緩和が実施されて金利が低下する一方、成長率は緩やかに回復してきたため、通常の関係が逆転し「金利<成長率」となっている。他の先進国でも同様の傾向が示されており、たとえば米国においても世界金融危機前までは金利が成長率を上回っていたが、金融危機後にはその関係が逆転する傾向が続いている(図10)。米国では金融政策の正常化が始まり、政策金利は上昇してきたが、長期金利はまだ3%前後の低い水準で推移している。世界経済見通しへの下振れリスクとあいまって、先進国の長期国債利回りには今後も低下圧力が加わり続けると予想される。

図9 日本の金利と成長率:通常の関係が逆転

(注)名目金利=10年物国債利回り、名目成長率=名目GDP成長率(前年比)
(出所)Bloomberg、内閣府

図10 ‌‌米国の金利と成長率:米国でも関係が逆転

(注)名目金利=10年物国債利回り、名目成長率=名目GDP成長率(前年比)
(出所)‌Bloomberg

第2の懸念:金融緩和の出口の際に国民負担は発生するか

 緩和の長期化が見込まれるもとで、2つ目の懸念である出口の際の財政コストについてどのように評価すべきだろうか。

 財政コスト発生のメカニズムは次の通りである。まず中央銀行の利子収入について述べる。日本銀行が資産として大量に保有している長期国債は、基本的に購入時の非常に低い利回りのものである。今後出口が近づき長期金利が上向いてきた場合でも、より高い利回りの国債に入れ替わるのには相応の時間がかかる。したがって国債保有から得られる利子収入は、緩やかにしか増加しない。

 次に利払いコストについてみると、日本銀行は負債サイドに同じく大量の準備預金(日銀当座預金)を抱えている。そこには利子が付与されており(付利金利)、現在の長短金利操作の誘導水準ではマイナス0.1%に設定されている(なおマイナス金利は、現状380兆円程度の日銀当座預金のごく一部、10兆円程度に課される)。今後2%物価安定目標の実現が近づき、緩和政策の出口ということになれば、付利金利の引き上げも始まるものとみられるが、この利上げのペースは、出口の際の景気・物価の改善スピードに依存する。景気拡大や物価上昇の勢いが強ければ、短期金利の利上げも急速に実施され、利払いコストもそれに応じて急速に増大するだろう。他方、もし緩やかな景気・物価の改善であれば、利上げのペース、そして利払いコストの増加ペースも緩やかなものとなる。

 長期金利と短期金利の上昇ペースに加えて、追加的に2点、重要なポイントがある。その1つは、出口戦略において、短期金利の利上げ開始前の時期にあたる「国債残高維持(再投資)」のステップがどれだけの期間になるかという点である。再投資のステップにより長く時間を割くことができれば(つまり、それが可能なほど緩やかな景気・物価の改善であれば)、再投資によってより高い利回りの長期国債への入れ替えが進み、それだけ利子収入も増える。その後に発生する利払いコスト増に対するバッファー(緩衝材)として機能するだろう。

 ここで出口戦略について確認しておこう。一般に想定される出口戦略の考え方では、第1段階として、長期国債の買い入れペースが徐々に縮小する(米国の「テーパリング」に相当するステップ)。日本の長短金利操作の枠組みでは、長期金利の誘導目標水準に関する修正がこの時期に実施されるとみられる。第2段階で、長期国債残高の増加がストップし、残高を維持する段階(長期国債の再投資)に入る。第3段階では短期金利の利上げが始まり、第4段階で国債保有残高の減少(償還にともなう減少もしくは市場売却)へと進んでいく。米国の正常化プロセスにおいては、テーパリングの終了・再投資の開始(2014年10月)から、最初の利上げ(2015年12月)まで、1年以上の期間を要しており、時間をかけて利上げのステップへと移行したことが見て取れる(注5)

 財政コストに影響を及ぼすもう1つのポイントは、中央銀行が金利正常化後も保有し続ける国債残高の水準である。巨額のバランスシートをどこまで減少させるかという問題であるが、緩和開始前の水準にまで戻すことは一般に想定されていない。相応の残高を保持することが通常想定されており、より高い水準の国債残高を保有すれば、毎期得られる利子収入も増大する。

 この点は、財政コストに関する最新の試算でも例示されている(注6)。そこでのシミュレーション分析では、金融正常化後の長期国債保有残高として、「GDP比20%」(ベースライン・シナリオ)と「GDP比50%」(大規模バランスシート・シナリオ)の2つが想定されている。具体的には、両シナリオとも毎年同じ額(20兆円)だけ残高を縮小していくが、ベースライン・シナリオでは17年間バランスシート縮小を継続するのに対し、大規模バランスシート・シナリオでは縮小は6年間のみで終了する。その結果は、表1のように要約される。当初発生する損失の累計額は、それぞれのシナリオで約19兆円と約23.2兆円と試算される。その後、利子収入が利払い費用を上回るようになり、利益が発生する。2050年度までの利益の累計額は、それぞれ約12.5兆円と約35.7兆円となり、後者の大規模バランスシート・シナリオでは、当初の損失(約23兆円)を十分上回る巨額の利益(約36兆円)が後から発生することになる。このように十分長い期間をとってその後の利益まで勘案すれば、国民負担が発生しないシナリオも考えらえる(注7)

 なお、以上のシナリオ評価は、あくまでも財政コストへの影響に限定した議論である。大規模なバランスシートを保有し続ける政策は、将来の緩和余地(長期国債買い入れ)を縮小させる可能性や国債市場の機能低下、あるいは当初の自己資本減少による金融政策運営への影響といった別の検討事項があり留意が必要である。

表1 出口の際の財政コスト:最新の試算

(注)‌金融正常化後の長期国債保有残高について、「GDP比20%」(ベースライン・シナリオ)、「GDP比50%」(大規模バランスシート・シナリオ)をそれぞれ想定。シミュレーション期間は2050年度まで。
(出所)‌ ‌岩田一政・左三川郁子・日本経済研究センター(2018)『金融正常化へのジレンマ』日本経済新聞出版社,第6章.

現状の財政と金融の協調をどう評価すべきか

 金融緩和の長期化が見込まれるなか、政府と中央銀行の協調にはどのようなあり方が望ましいのか、わが国の協調のあり方は現状どう評価すべきかについて検討したい。ここで「協調」のあり方について、政策行動・・・・の協調と政策枠組み・・・・・の協調の2つに分けて検討する。

 まず政策行動の協調とは、一般に、短期的な財政・金融政策のポリシーミックスを意味する。言い換えると、政府・中央銀行の制度枠組みや与えられたマンデートのもとで、両者が連絡を密にして十分な意思疎通を図り、それぞれの政策行動の連携を図ることである。

 一方、政策枠組みの協調とは、財政当局と中央銀行それぞれの政策運営、つまり一時的・短期的な政策行動ではなく、将来にわたる中長期の政策行動を規定する枠組みや理念に関する協調である。これには「マネタリストの不快な算術モデル」で想定されたとおり、2つの組み合わせパターンが考えられる。1つは、「財政規律を順守する政府」と「政府とは独立して物価安定を目指す中央銀行」との組み合わせ、もうつは「財政規律を順守しない政府」と「政府に従属する中央銀行」の組み合わせである。

 現在日本における政策協調のあり方は、行動と枠組みの両面とも、2013年1月に公表された政府と日銀の共同声明(「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携」)に明記されている。以下、改めてそのポイントを要約すると、

  • 政府は、(i)機動的なマクロ経済政策運営に努める、(ⅱ)研究開発やイノベーション、制度・規制改革などを通じて日本経済の競争力と成長力を強化する、(ⅲ)持続可能な財政構造を確立する取組を着実に推進する、
  • 日本銀行は、(i)金融緩和を推進して2%物価安定目標をできるだけ早期に実現する、(ⅱ)金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検する、(ⅲ)物価の安定を通じて国民経済の健全な発展に資するとともに金融システムの安定確保を図る、

と謳われている。

 これをみると、実際、行動と枠組みの協調が包括的に明記されていることが見て取れる。まず(i)は、機動的な財政政策と積極的な金融緩和を推進するという、いわゆるポリシーミックスに相当する。この指針のもとに、実際、経済財政諮問会議やその他のレベルでの意見交換を密にし、デフレ脱却と持続的な経済成長という共通の目標に向かって必要な政策連携が図られてきた。(ⅱ)は、(i)に関連した同じく政策行動に関する記述と解釈できる。政府の実行する制度・規制改革ならびに成長戦略は、供給サイドの財政政策であるが、(i)の機動的な財政政策に含まれうる内容でもある。

 そして(ⅲ)では、政策枠組みの協調が規定されている。政府自身のマンデートである財政再建に向けた取組、そして日本銀行の理念である物価安定が盛り込まれている。政府は財政規律を順守し、中央銀行は独自の目標として物価安定の実現を目指すという枠組みの協調体制が、改めて共同声明で明記されているのである。

 共同声明から読み取る限り、政府と日本銀行の協調のあり方は、政策行動の面でも、政策枠組みの面でも適切な関係が維持されている。大規模な国債買い入れも、それは決して財政に従属する協調の結果ではなく、あくまでも政府と連携した政策行動の一貫と理解できる。

 しかし、逆に言えば、そうした中長期の政策枠組みを規定する法制度や仕組みが変更されれば、状況は一変する可能性があることも忘れてはならない。かつてプリンストン大学のクリストファー・シムズ教授は、「物価水準の財政理論」に基づいて、一時的に均衡財政にこだわらない、柔軟な財政政策運営の採用を提唱した。具体的には、2%のインフレ目標の達成まで消費税増税を先送りにしてはどうかという提案である。このシムズ提案については、別のペーパーで詳しく議論したとおり、一時的とはいえ通常の政策枠組みの組み合わせから逸脱するものであり、意図せざる形で現在の法制度の変更(日本銀行法や財政法の改正など)につながりかねないというテイルリスクをはらんでいる(注8)。シムズ教授の提案が世の中の注目を浴びたことは示唆的であり、今後わが国の協調体制を担保する法制度が変更されないという保証はない。 

 現在の財政と金融の政策協調は、共同声明とそこに明記されているマンデートや制度枠組みを基礎として成立しており、適切と評価できる。金融緩和の継続が見込まれるなか、2019年には10月に消費税率引き上げを控え、また世界経済の下振れリスクも懸念される。今後、機動的な財政政策への期待が高まる場合でも、共同声明の内容から逸脱することなく、また緩和長期化の副作用に十分目配りしながら、財政と金融の適切な協調を堅持していかなくてはならない。

宮尾龍蔵(みやお りゅうぞう)

東京大学大学院経済学研究科教授。Ph.D.(経済学)(ハーバード大学)。元日本銀行政策委員会審議委員(2010年3月〜2015年3月)。専門は金融、マクロ実証分析。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)宮尾龍蔵(2019)「財政と金融の協調ー緩和長期化のもとでのリスクと意義を考察するー」NIRAオピニオンペーパーNo.41

脚注
1 たとえば、藤木裕・戸村肇(2015)「『量的・質的金融緩和』からの出口における財政負担」『TCER Working Paper』J-13、深尾光洋(2016)「量的緩和、マイナス金利政策の財政コストと処理方法」『RIETI Discussion Paper』J-32、岩田一政・左三川郁子・日本経済研究センター(2018)『金融正常化へのジレンマ』日本経済新聞出版社などを参照。
2 (マイナス金利政策も含む)緩和長期化がもたらす他の副作用としては、金融不均衡のリスクや金融機能低下のリスクなども指摘される。たとえば宮尾龍蔵(2016)『非伝統的金融政策』有斐閣,5章、6章.)などを参照。
3 Sargent , T. J . and N. Wallace.(1981)“Some unpleasant monetarist arithmetic, ”Federal Reserve Bank of Minneapolis Quarterly Review, pp5、Doepke, M. , A. Lehnert , and A. W. Sellgren.(1999) “Macroeconomics“ Chapter18 . などを参照。
4 以下の分析は、脚注3に示したDoepke et .al(1999)に依拠し、それを拡張したものである。
5 その後の米国の利上げも、当初年1回(0.25%の引き上げ)という非常に緩やかなペースで実施され、バランスシートの縮小(2017年10月)についても最初は月100億ドル(その後は徐々に引き上げられて1年後には月500億ドル)という緩やかなペースで進められることとなった。
6 岩田一政・左三川郁子・日本経済研究センター前掲,6章.
7 なお、このシミュレーションの想定では、上記の第1のポイントが考慮されておらず、再投資と短期金利の引き上げが同時に実施されている。米国の正常化でそうであったように、利上げの時期を後ずれさせれば、それだけ長期国債の入れ替わりが進み、利子収入そして利益は増えることになる。
8 宮尾龍蔵(2017)「財政・金融政策運営をセットで分析する意義」『NIRAオピニオンペーパー』No.32を参照。

©公益財団法人NIRA総合研究開発機構
発行人:牛尾治朗
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