企画に当たって

東和浩

スマートシティをファイナンスする

都市の革新に挑戦する金融

東和浩

NIRA総合研究開発機構理事/株式会社りそなホールディングス取締役会長

KEYWORDS

リスクと課題、市民の幸福、金融機関の役割、都市の革新

 デジタルやICT等の新技術を用いて、より効率的で持続可能な都市を実現しようとするスマートシティ。気候変動への対応など、都市が抱える多様な課題への解決策の1つとなることが期待され、世界各地で取り組みが進む。しかし、成功への道筋はまだ確かではない。先進事例とされたUAEのマスダール・シティはプロジェクトが大幅に延期され、カナダのサイドウォーク・トロントも中止となった。いずれもプロジェクトに市民の共感が得られないことが指摘され、OECDなども新たな経済機会の創出以上に重視すべきは市民の幸福度への寄与としている。スマートシティで何を目指すのか、行政や事業者だけでなく、市民を含めた全ての関係者が認識を一致することが求められる。

 本号では、スマートシティのリスクや課題をどう考えるか、特に、ファイナンス面から事業の継続性や経済性をどう担保していくのか。また、日本においても、官民が一体となって進めようしているスマートシティのプロジェクトで、金融機関に求められる役割は何か、6名の識者に話を伺った。

ファイナンスに向けた仕組みづくりが必要

 都市は、市民にとって共有地を意味する「コモンズ」である。都市のスマート化によって市民サービスが向上しても、公共性が高いために、建設や整備・管理の費用を市民が直接支払うわけではない。スマートシティの開発は現在、政府の補助金によって主に賄われているが、これから数十年という長い期間で事業を展開していくには、継続的な資金調達が必要となる。ここにスマートシティのリスクや課題があり、その難しさを乗り越える工夫が求められている。

 金融機関に25年以上勤務し、世界各地のスマートシティに関わった経験を持つランス・カワグチ氏(脳腫瘍治療財団)は、スマートシティに適した枠組みとして、官民連携である「PPP」を挙げている。当初の資金は政府が出して開発リスクをとり、それを民間金融機関で借り換える形式とする。そこに各種企業が参入し、ビジネスを展開して収益を出すエコシステムを構築することが、望ましいビジネスモデルだという。民間金融機関がより参入しやすくなるための具体的な工夫についても提案しており、参考になる。

 スマートシティへの投資手法についての執筆もある浅川博人氏(株式会社三井住友トラスト基礎研究所)は、オーストラリアの資産運用会社が組成・運用する投資ファンドを紹介している。せっかく新技術に投資をしても技術進歩により陳腐化してしまう「技術リスク」に対して、ファンドが特定の技術に秀でた事業会社と業務提携を結ぶことで、連携して対処できるという。また、このスキームは、「提供するサービスを標準化する」ことにもポイントがありそうだ。標準化したサービスを複数の都市に展開することで規模の経済が働き、収益性が向上する可能性がある。

 しかし、スキームだけでは限界もある。デジタル技術によって収集されたデータを使って、ファイナンスの可能性をどう高められるか。国際連合特別顧問のダニエル・スタンダー氏は、都市の災害データを基に行うリスク評価を活用して融資条件が変動するファイナンス方法を提唱する。信頼できるデータを、都市の回復力の価値を測るモデルと組み合わせて使うことで、投融資の促進につなげる。

 スマートシティでは、「誰と(何と)」「どのように」連携するかが、ファイナンスの鍵を握りそうだ。

金融機関こそ、スマートシティの中軸を担え

 データ活用が、住民、企業、行政、投資家をつなぐ。その連携の基礎となるのが、デジタルによる地域の進化といえる。そのような連携が価値向上の要となるスマートシティで、金融機関に求められる役割は何か。

 政府系金融機関にも所属する菊池武晴氏(一般財団法人日本経済研究所)によると、金融機関は「スマートシティのビジネスを形にしていくための、異業種の企業や自治体を含めたコンソーシアムの調整役」を果たすべきだという。ビジネスマインドを持って異業種同士をつなぐのは、金融機関こそ出番があるとする。

 会津若松市のスマート化を主導してきた中村彰二朗氏(アクセンチュア株式会社)も、市民の同意を得てデータを収集・運用するための地域プラットフォームの運営に、金融機関も関与してほしいと考えている。市民・地域が主体という理念に加えて、事業の経済性を高める上でも、地域のマネジメントに金融機関が参加することを望んでいる。

 金融機関のデジタル化の観点から提言を寄せるのは、山本英生氏(株式会社NTTデータ)だ。まずは「キャッシュレス決済の普及」こそが、金融機関がスマートシティで果たすべき役割だと述べる。スマートシティは地域のデータを一括して把握できる、またとない機会であり、データ活用による新ビジネスもまずはここからだという指摘だ。

 3氏の提言はいずれも、預金・融資・為替という従来の銀行の3大業務を越えて、金融業の射程を広げている。

5人の識者の意見 スマートシティのファイナンスには、何が必要か

 金融機関は、これまでも地域とともにあった。地域が衰退しているのに、金融機関が単独で利益をあげることはできない。地域とともにある金融機関だからこそ得られる信頼があり、その厚い信頼の上に、地域の住民や企業の情報をお預かりするからこそできる、エリアマネジメントがある。1つの企業や1つのプロジェクトといった単位で投融資を捉えるのではなく、スマートシティへの参入を機に地域を「市民×エリア×データ」で捉え、3者の価値を向上させることで市民の幸福度を最大化する、という発想に切り替えてみる。

 現在、銀行業は金融サービス業へと変化を遂げようとしている。これまで金融機関の常識とされてきた行動や枠組みに捉われず、都市の革新に挑戦することが求められている。

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スマートシティのファイナンスにおける課題にどう対応すべきか。金融機関に求められる役割は何か。

ランス・カワグチ

金融機関の参画で、官民連携を機能させよ

ランス・カワグチ

脳腫瘍治療財団CEO

KEYWORDS

官民連携PPP、関係者の認識、時間軸、リスクの引き受け手

カワグチ氏は、母親が癌で亡くなる直前に交わした約束を契機に脳腫瘍治療財団CEOに転身した。本稿では、長年関わっていた金融業界で、世界各地のスマートシティを支援してきた経験をもとに語ってもらった。
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 私は25年を超える金融機関での勤務で、ヨーロッパやアジア、中東など各地のスマートシティの事業に関わってきた。その経験から、スマートシティには、官民が連携する「PPP(Public Private Partnership)」が最適だと考えている。政府が最初の資金を拠出し、その後、民間金融機関で借り換えができるようにする。そこに各種企業が参入し、ビジネスを展開して収益を出す―このようなエコシステムを構築するのが、スマートシティの望ましい経済モデルだ。

 PPPを機能させるために重要な点は、たとえ政府が潤沢に補助金を出しても、資金だけでは成功しないということだ。関係者が達成内容についてバラバラの理解をしていたら事業は失敗する。それを防ぐには、関係者の認識を一致させておくことが必要だ。

 それには、2つのポイントがある。第1に、時間軸の認識である。公共部門は30年~50年を必要とするプロジェクトと考えがちなのに対し、金融機関は2~3年単位の利益に関心がある。金融機関が事業、ビジネスの改善策を提案することによって、短い時間軸で収益を得る仕組みが生まれれば、関係者は歩み寄れる。第2に、リスクの引き受け手についての認識の共有である。銀行やプライベートエクイティに積極的に参画してもらう必要がある。政府が開発リスクをとり、民間が収益事業のリスクを取る。資金を1つの銀行のみで引き受けるのではなく、シンジケート団を組んでリスク分散を図るなど、現実的な対応が賢明だ。その際に、契約のあり方も考慮すべきだ。プロジェクトが長期にわたるため、その間にテクノロジーも進化する。情勢の変化があっても対応できるように、契約途中でも契約内容の見直しや、場合によっては再交渉や契約解除の機会を持てるようにしておくことが重要だ。

 私が住むオーストラリアは理想的な投資先だ。人口は沿岸部に集中し、サービスを効率的に提供できるのに加え、IoT接続を強化するインフラが整っている。海外の直接投資を歓迎し、他国にはない安定的な投資環境を提供している。同国がスマートシティの世界的なリーダーになる可能性は高く、投資の促進は、国民や海外投資家にとってプラスだ。

 究極的には、金融機関は、収益性を追い求めるだけではなく、金融機関としてのマインドシフト、つまり、都市のサステナビリティや市民生活の向上に対して、政治的に中立の立場で社会的使命を果たすことが求められている。
*原文は英語版に掲載

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Vanessa Ratten〔2019〕“Entrepreneurship, Innovation and Smart Cities”Routledge Frontiers of Business Management

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スマートシティのファイナンスにおける課題にどう対応すべきか。金融機関に求められる役割は何か。

浅川博人

スマートシティの特性を踏まえた資金調達手法を探れ

浅川博人

三井住友トラスト基礎研究所上席主任研究員

KEYWORDS

持続性のあるファイナンス、マネタイズ、技術リスク、インパクト投資

 スマートシティは永続的なまちづくりの一環である。したがって、それを支える資金調達には、政府の補助金や民間の寄付金のような一過性の資金だけではなく、長期的な投資に対応できる「持続性のある」手法を組み合わせることが望ましい。

 一方で、スマートシティの根幹をなすデジタル技術やそれを活用した事業モデルは日進月歩の分野なので、せっかく投資した新技術であっても数年後には陳腐化しているかもしれない。さらには、スマートシティのように公共性が高く、地域間の違いが大きい事業は、一般的に「マネタイズ(収益化)」やそれに基づく長期的な投融資が難しい。しかし、そうであるからこそ、スマートシティのこうした特性を踏まえた資金調達手法を模索することが欠かせない。

 この難題を克服する試みは、すでに始まっている。例えばオーストラリアの資産運用会社は、スマートシティのインフラ整備事業に投資するファンドを組成・運用している。特定の技術に秀でた事業会社とファンドが業務提携し、提供するサービスを標準化して、それを複数の都市に展開するものだ。こうした仕組みなら、技術上のトラブルや陳腐化(いわゆる「技術リスク」)に、事業会社とファンドが連携して対処しやすいだろう。ファンドはアメリカの光ファイバー網設置事業などに投資しており、10年以上の長い期間をかけて回収する。技術リスクなどの課題を克服する手法として参考になると思われる。

 また、公共性が高いもののマネタイズが難しい事業に対しては、「インパクト投資」という金融手法の活用を検討できる。インパクト投資は、投資の成果として、経済的なリターンと合わせて、社会・環境面の効果に着目するもので、国内外で急速に定着しつつある。スマートシティは持続可能なまちづくりの一環であるから、インパクト投資の対象となり得る事業が多いだろう。特に、地域社会と密接な関わりがあり、その課題を熟知する地元の金融機関が、この手法の活用を通じて果たせる役割は大きいと思われる。

 スマートシティの多くは、これから具体的な社会実装の段階に入る。金融機関はできるだけ早い段階から地域の協議会などに参加し、その地域特有の社会課題を理解することが望ましい。その上で、その課題解決に欠かせない長期的な融資や投資が可能となる「バンカブル(bankable)」なスマートシティの形成に貢献することが期待されている。

識者が読者に推薦する1冊

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三井住友トラスト基礎研究所〔2021〕『スマートシティ開発を支える投資ファンド手法の研究』(公益財団法人トラスト未来フォーラム委託研究)

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スマートシティのファイナンスにおける課題にどう対応すべきか。金融機関に求められる役割は何か。

ダニエル・スタンダー

データと資金が生む好循環

ダニエル・スタンダー

国際連合特別顧問

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レジリエンス・ファイナンス、都市リスク、リスクリターンの明確化、ハザードデータ

 都市は、経済と人間の発展の成果であり、推進力でもある。まさに人類にとっての「資産」だ。スマートシティは、データを活用して市民サービスを向上させる。一方で、世界中の多くの都市は、財政面での課題を抱えている。資金の不足は都市の効率を低下させ、発展を妨げる悪循環につながる。さらに、近年は気候変動や災害も加担し、都市の持続可能な発展が危うくなっている。

 しかしながら、解決する方法はある。スマートシティの「共通通貨」であるデータは、ファイナンス上の「共通通貨」にもなる。データを活用することで、都市の運営が改善する見込みが立つ。同様に、データを根拠に客観的な収益を算出することで、資本を呼び込むことができる。データの共有は、悪循環を逆転するチャンスを生む。利害関係者の都市リスクに対する理解が深まることで、「レジリエンス・ファイナンス」が可能になるからだ。

 標準的なものに、ニューヨーク市が気候変動に強靭な交通機関のために発行するパラメトリック型の大災害ボンド(注1)がある。より革新的な趣向を凝らしたものが、2017年のハリケーン後に登場した。積極的に減災対策に投資する行政により高い報酬を与える点で、革新的だ。英国政府が設計した4つの金融商品はこれに類し、ロンドンのロイズ報告書(注2)が取り上げている。UNDPは20年迄の進捗を振返り、3つのケーススタディを行った。

 この手法は、センサーなどが収集する高解像度で正確、客観的に検証可能な「ハザードデータ」を利用することが前提となる。一貫したデータ収集、責任ある開示によって、都市は新たな金融手法や投資家へのアプローチが可能となる。リスク情報に基づいた計画が策定でき、信用格付け機関からの支持を得ることもできる。もちろんデータを収集するだけでなく、リスクを効果的に評価し、都市の回復力の価値を分析するモデルと組み合わせることが重要だ。技術力を高め、不適切な規制の枠組みを改革することも必要である。

 すべては現実のデータから始まる。データ収集と環境整備に投資することで、市民サービスを向上し得ると同時に、資本力のある投資家に、リスクとリターンを明確にできる。データ主導型の都市は、気候変動への強靭性を高め、資金調達をも可能にする。

 言い換えると、「スマートシティ」と「レジリエンス・ファイナンス」は、相互に補強し合い、成長を創出し、繁栄の好循環を生む。都市を強くする手段だ。

(注1) リスクとリンクした証券の一種。自然災害が発生し、所定基準が満たされると資金調達ができる。パラメトリック型は、災害の実損合計額ではなく、台風の風速や特定地域における洪水の浸水度合いなど自然現象の数値を基準とする。
(注2)LLOYD’S (2018) innovative finance for resilient infrastructure

*原文は英語版に掲載

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Alice C. Hill・Leonardo Martinez-diaz〔2019〕“Building a Resilient Tomorrow : How to Prepare for the Coming Climate Disruption”Oxford University Press

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スマートシティのファイナンスにおける課題にどう対応すべきか。金融機関に求められる役割は何か。

菊池武晴

異業種連携の調整役となれ

菊池武晴

一般財団法人日本経済研究所イノベーション創造センターセンター長

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ブラウンフィールド型、コンソーシアムの調整役、ソーシャル・インパクト・ボンド、成果連動型官民連携

 スマートシティとは、データを活用して市民のくらし満足度を向上させる取り組みだ。地域交通、医療・福祉、エネルギー、廃棄物、防災等、分野は多岐にわたり、ハード設備を伴うもの、そうでないものがある。新しい街を作ってインフラを一から整備する「グリーンフィールド型」は、当初から多額の資金が必要になる。だが、日本では、既に人々が住む街でITやデータを活用して生活を豊かにしようとする「ブラウンフィールド型」が多い。当初の実証段階では、補助金や中核企業の自己資金で賄うことが通常で、日本ではまだこの段階のものが多い。事業化・実装化となりハード設備を伴う段階になれば、金融機関から資金調達ということになろう。

 それでは、当面、金融機関の出番は無いかというと、それは違う。むしろ、別の重要な役割がある。金融機関が果たすべきは、スマートシティのビジネスを形にしていくための、異業種の複数企業や自治体を含めたコンソーシアムの調整役である。自治体は住民への説明など大事な役割を担っているが、ビジネスモデルの構築は不得意だ。アイデアを組み合わせて、どうビジネスにしていくかを考えるのは、金融機関が得意とする分野であろう。金融機関の持つ地域のコネクションや情報がここで生きてくる。初期段階では混沌としていて多少時間はかかるであろうが、形ができれば、長期的なファイナンスの出番にもつながる。

 スマートシティと相性のよいファイナンス手法として、「ソーシャル・インパクト・ボンド」が注目される。これは、社会課題が複雑化し官の財政上の制約が強まる中で、事業者の「成果に応じて」、資金提供者に配当が支払われるという成果連動型の官民連携手法だ。成果を測定するKPI(注1)には、「糖尿病患者を減らすための保健指導プログラム修了率」といった、データの入手が可能な項目を設定する。現在、まだ案件自体は多くないが、このスキーム適用の可否や自治体・政府との連携、投資などあらゆる局面での金融機関の参画が求められる。社会的要請に応えていく1つの手段として、金融機関が積極的に参画してノウハウを積み、真に持続可能な仕組みづくりを後押しすることが、スマートシティの事業化段階では不可欠だ。

(注1)Key Performance Indicator の略。重要業績評価指標の意。

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紺野登〔2020〕『イノベーション全書』東洋経済新報社

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スマートシティのファイナンスにおける課題にどう対応すべきか。金融機関に求められる役割は何か。

中村彰二朗

デジタル時代の地域経営の中核に

中村彰二朗

アクセンチュア・イノベーションセンター福島センター共同統括マネジング・ディレクター

KEYWORDS

オプトイン方式、都市OS、地域経済のCFO、デジタル地域通貨

 スマートシティの取り組みは、その地域で価値あるデータを生み出せるかがポイントになる。人流のような匿名データは、いくら巨大でも金銭的価値は生まない。価値を創出するデータとは、地域住民の行動履歴や購買履歴、健康情報、家庭エネルギー利用の情報を、住民ごとに区分したデータだ。個々人の生活に関する複数の分野のデータを横断的につなげることで、有益なサービスを提供できる。

 価値あるデータの構築は、スマートシティの理念に市民が共感し、データ活用の明確な同意を得ること(オプトイン)が前提となる。福島県会津若松市のスマートシティプロジェクトでは、市民の意思で、データを地域や産業の発展のために活用する「オプトイン方式」を徹底している。市民に明確な同意をいただいた上で得たデータを「都市OS」という地域プラットフォームで運用することで、ヘルスケアやキャッシュレス決済等、多くの領域で市民にサービスを提供する。市民・地域が主体という理念に加え、事業の経済性を高める上でも、金融機関や地元の経営者に、その運営に関与してもらいたいと考えている。会津若松市の「都市OS」は、地域のローカルマネジメント法人が運営しており、行政のDX化を代行しているサービスは負担金を活用している。20~30年の長期インフラファンドがあれば、安定継続的な運営にもつながるだろう。

 また、金融機関には、地域経済のCFO(最高財務責任者)としての役割を期待したい。スタートアップを含めて、中小企業にはCFOが不足している。特に地方銀行には、IT企業とも協力しながら、デジタルを活用して中小企業へ多方面からの財務的なアドバイスをしてもらいたい。

 さらに、キャッシュレス決済にも取り組んでもらいたい。キャッシュレスは100%を達成しなければ地域をデジタル化したことにはならない。現在は、決済代行業者がサービスを提供しているので、手数料が高くなる上、現金化へのタイムラグがあることから、キャッシュレスが進まない。それらを解決するには、デジタル地域通貨を導入する必要があり、銀行の参画が不可欠だ。

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海老原城一・中村彰二朗〔2019〕『SmartCity 5.0―地方創生を加速する都市OS』インプレス

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スマートシティのファイナンスにおける課題にどう対応すべきか。金融機関に求められる役割は何か。

山本英生

広範にデータを活用し、金融ビジネスの可能性を広げる

山本英生

株式会社NTTデータ金融事業推進部デジタル戦略推進部長

KEYWORDS

キャッシュレス決済、センシングファイナンス、データの信用性

 スマートシティの推進に向けて、金融機関に求められる役割は、まずはキャッシュレス決済の普及だ。金融機関にとっても、スマートシティは、地域内の決済情報をデジタルデータで一括して収集することを可能にする、またとないチャンスである。この機を逃す手はない。銀行は、決済代行業者の台頭に伴い、以前は把握できていた各家庭の支出―電気代、ガス代、水道代など、何にいくら使ったかという情報が、見えづらくなってきた。これらの情報を今一度把握することが、顧客をより理解することにつながる。これは対個人のみならず、対法人においても同様である。地域の決済情報を獲得した上で、それをマーケティングに活用したり、新たなビジネスに活用したりするのが、ビジネス展開の基本的なストーリーとなる。

 金融機関がより広範なデータを活用して事業を展開することに対しては、「センシングファイナンス」を提案している。これは、新たなデータを利活用することで、従来の金融商品・サービスをより高度なものにすることをいう。対象となる企業が製造業なら、例えばスマートメーターによって電気使用量のデータを取得し、工場の稼働状況を推測する。そのデータを基にその企業の業績を予測して貸出金利を変えたり、融資の返済方法を調整したりすることが可能になる。あるいは、小規模な事業者に対しては、水道や電気の使用データを取得できれば、日々の稼働状況を低いコストでモニタリングできるようになり、それにより、低利での融資ができる。

 グローバルモビリティサービスというスタートアップ企業は、東南アジアを中心にデータを活用した融資を展開、日本でもサービスを始めている。これは、顧客がローンを組んで自動車を購入する際、自動車に特殊な装置を付けるというもの。その装置により顧客の行動データを取得しつつ、ローンの返済が滞った際には自動車を動かないようにして差し押さえができる。主に貧困層を対象にしたビジネスモデルだ。これまで融資対象にはならなかった人や企業にも融資が行えるようになる。ただし、顧客によってはデータを操作して不正を働くこともありえるため、取得データの信用性を維持するための対策が必要だ。

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若林 恵(責任編集)〔2019〕『NEXT GENERATION GOVERNMENT―次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』日本経済新聞出版

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2021)「スマートシティをファイナンスする」わたしの構想No.55

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  • 世界のスマートシティのサービス提供分野

    注) 延世大学が開発したグローバル・スマートシティ開発指標をもとに、20都市における933のアプリやウェブを調べ、スマートシティのサービス提供分野を分析した結果。
    出所) Junghoon Lee et al.(2019)“2019 Smart Cities Index Report”. Yonsei Information Systems Intelligence Lab 2019 Smart Cities Index Report

    付表

  • 世界のスマートシティのサービス提供分野

    注) 延世大学が開発したグローバル・スマートシティ開発指標をもとに、20都市における933のアプリやウェブを調べ、スマートシティのサービス提供分野を分析した結果。
    出所) Junghoon Lee et al.(2019)“2019 Smart Cities Index Report”. Yonsei Information Systems Intelligence Lab 2019 Smart Cities Index Report

    付表

  • 日本のスマートシティ:自治体が考える推進課題

    注) n=82。スマートシティ・インスティテュート賛助会員である地方自治体へのアンケート調査の回答。スマートシティを推進する上で必要な項目に対し、「全くできていない」「あまりできていない」の回答が多かったものを上から7つ抜粋。
    出所) 一般社団法人スマートシティ・インスティテュート(2021)「第1回スマートシティ推進に関するアンケート調査〈調査結果概要〉」より作成。

    付表

  • 日本のスマートシティ:自治体が考える推進課題

    注) n=82。スマートシティ・インスティテュート賛助会員である地方自治体へのアンケート調査の回答。スマートシティを推進する上で必要な項目に対し、「全くできていない」「あまりできていない」の回答が多かったものを上から7つ抜粋。
    出所) 一般社団法人スマートシティ・インスティテュート(2021)「第1回スマートシティ推進に関するアンケート調査〈調査結果概要〉」より作成。

    付表

  • インパクト投資とは

    出所)GIIN(2020)『インパクト投資家に関する年次調査 2020年版』、GSG国内諮問委員会(2020)『インパクト投資拡大に向けた提言書2019』、同(2021)『日本におけるインパクト投資の現状と課題ー2020年度調査ー』、ブルー・マーブル・ジャパン『インパクト投資を加速させる 社会的インパクト評価・マネジメントの手法』、社会変革推進財団(2020)『インパクト投資の動向と課題』、ニッセイアセットマネジメント(2020)『上場株式投資におけるインパクト投資活動に関する調査』より作成。

  • インパクト投資とは

    出所)GIIN(2020)『インパクト投資家に関する年次調査 2020年版』、GSG国内諮問委員会(2020)『インパクト投資拡大に向けた提言書2019』、同(2021)『日本におけるインパクト投資の現状と課題ー2020年度調査ー』、ブルー・マーブル・ジャパン『インパクト投資を加速させる 社会的インパクト評価・マネジメントの手法』、社会変革推進財団(2020)『インパクト投資の動向と課題』、ニッセイアセットマネジメント(2020)『上場株式投資におけるインパクト投資活動に関する調査』より作成。

  • 世界各都市の個人情報開示についての市民の反応

    注) 世界109カ国の都市を対象に、各都市120人の市民に行われた、自分が暮らす街への評価に関する調査。スマートシティの指標となる「健康と安全」「モビリティ」「アクティビティ」「雇用や教育の機会」「ガバナンス」の主要分野のうち、プライバシー情報に関する質問への回答割合を比較。
    出所) Institute for Management Development、Singapore University for Technology and Design(2020)“Smart City Index 2020” より作成。

    付表

  • 世界各都市の個人情報開示についての市民の反応

    注) 世界109カ国の都市を対象に、各都市120人の市民に行われた、自分が暮らす街への評価に関する調査。スマートシティの指標となる「健康と安全」「モビリティ」「アクティビティ」「雇用や教育の機会」「ガバナンス」の主要分野のうち、プライバシー情報に関する質問への回答割合を比較。
    出所) Institute for Management Development、Singapore University for Technology and Design(2020)“Smart City Index 2020” より作成。

    付表

©公益財団法人NIRA総合研究開発機構
編集:神田玲子、榊麻衣子、北島あゆみ、山路達也
※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

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