企画に当たって

翁百合

ESG先進国に向けて

投資家・企業・市場の課題とは

翁百合

NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所副理事長

KEYWORDS

投資家の人材育成・体制整備、企業の意識改革、非財務情報の開示、市場インフラの整備、EとSの議論の深化

取り組みが広がるESG投資

 ESGとは、環境(E)、社会(S)、企業統治(G)を表す言葉である。日本の株式市場でも、機関投資家が、環境や社会的課題に積極的に取り組む企業に投資をする「ESG投資」の動きが広がりつつある。こうした動きの背景には、投資活動を通じて投資先の企業価値の持続的向上をサポートし、その活動の結果として世界が抱える社会的課題の解決につなげようとする意図がある。より一層の広がりが期待されるが、日本がESG先進国になるためには、まだ多くの課題がある。そこで、今回は、アセットオーナー、投資家、金融機関、企業、国際機関の立場でESG投資をリードしてきた方に、それぞれの立場から今までの取り組みと今後の課題について伺った。

変わり始めた日本

 近年、ESG投資が世界で意識されるようになったひとつの契機は、国連が2006年に「責任投資原則(PRI)を打ち出したことであろう。この責任投資原則は、投資家に対して、企業分析や評価を行うにあたり、ESG要素を組み入れた上で、長期的な視点に立ち、企業に対して適切な開示を求めることなどを要請している。海外の年金投資家など、他国に先駆けてESG投資への取り組みを本格化しているところも多い。世界の2016年のESG投資残高は、23兆ドルと世界の運用資産の3割に迫る勢いで、これは2年前より25%の拡大となっているが、その過半は欧州の投資家によるものとのデータもある。日本でも、世界最大のアセットオーナーである年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が前述の責任投資原則に2015年に署名したことや、2017年のスチュワードシップ・コード改訂で、投資家や企業のESGに対する姿勢が変わってきた。ただ、ESGの質的な要素をみると、2015年に打ち出されたコーポレートガバナンス・コードへの対応がようやく一通り終わったところで、企業はGの要素をまず重視しており、EやSへの戦略的取り組みはまだこれからという企業も少なくない。

投資戦略として位置づけよ

 日本がESG先進国になるための課題の第1は、投資家が、ESG投資への取り組みを今後の投資戦略における重要課題と位置づけ、そのための人材育成や体制を整備していくことであろう。GPIFの水野氏が指摘するように、環境や社会に配慮しない企業は投資対象としてはリスクが高く、ESG投資に取り組むことは極めて合理的なことである。受託者責任を負う機関投資家にとって、ESGを投資戦略として位置づけることの重要性をまず認識することが必要であろう。

 その上で、短期志向の強かった日本の機関投資家は、大場氏(日本投資顧問業協会)が指摘するように、数字に表れない企業価値を、企業との対話を通じて見極め、投資選別の力をつけた人材を育成していく必要がある。また、企業の持続的成長を粘り強く働きかけていく体制を構築することが欠かせない。そうしたことが実現していけば、投資の魅力を高め、最終的に日本の貯蓄から投資への流れを形成することにもつながるであろう。

非財務情報の開示の充実と市場インフラの整備

 課題の第2は、企業側のESGに対する意識改革と非財務情報の開示を契機としたビジネスモデルの再考である。井垣氏(オムロン)が指摘しているが、経営と社会的課題は切り離せないものになっているという認識をすべての企業や企業人が理解すること、そして、経営の透明性を高め、非財務情報の見える化を積極的に行っていくことであろう。非財務情報を見える化することは、企業が将来の持続可能なビジネスモデルを深く考えることにつながる重要な取り組みと位置づけるべきである。

 この点、竹ケ原氏(日本政策投資銀行)も、財務業績を水面下で支えている非財務情報、つまりイノベーションを生み出す力、経営者の資質、社会的責任への取り組みなどの情報が重要であり、企業は自社の事業が成長することでどのような社会的問題が解決するのかを筋道を立てて投資家や間接金融の担い手である金融機関にも説明することが重要と指摘している。

 課題の第3として、市場インフラの整備があげられる。特に指数会社の役割は重要である。評価方法の開示で企業を先導するとともに、指数に選ばれた企業のパフォーマンスが長期的に向上するという実績を出し、企業価値を向上させ社会的責任を果たす企業が評価される好循環を側面支援する必要がある。

求められるEとSへの意識の高まり

 こうした課題を、わが国は早急に解決していく必要があるだろう。海外では、各国首脳やイングランド銀行のマーク・カーニー総裁などの中央銀行関係者も、気候変動に対して積極的な発言を繰り返している。またノルウェー政府年金基金は、最近、石炭火力比率の高い日本企業への投資を打ち切るなどの動きもみせている。海外投資家比率の高い日本のグローバル企業は、こうした動きと無関係ではいられないことは明白である。経済協力開発機構(OECD)事務次長を務めた玉木氏が指摘するように、日本における格差、ジェンダー、気候変動に対する議論の不足は顕著であり、こうした海外と日本のESGに対する議論の厚みの違いを認識することが重要である。そして一企業のみならず、社会全体で、経済的観点から議論を積み重ねていくことが求められる。

「わが国が ESG 先進国になるために何をすべきか」5 人の識者は考える

 前述のとおり、日本においてはEとSを進める上での土台となる、Gへの意識は徐々に高まっている。今後はしっかりとした企業統治をもとに、EとSについての議論を深め、取り組みを加速していくことを期待したい。

識者に問う

日本がESG先進国になるための課題は何か。投資家・企業はいかに取り組んでいくべきか。

水野弘道

日本企業はESGに向き合う情報開示、戦略を

水野弘道

年金積立金管理運用独立行政法人理事兼CIO

KEYWORDS

責任投資原則、ユニバーサルオーナー、三方良し、ESG指数

 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、国連が機関投資家に向けて提唱した「責任投資原則(PRI)」に2015年に署名し、ESGに配慮した投資を行うことに同意した。世界最大の年金基金であるGPIFがESGへの取り組みを本格化させたことで、日本のESG投資の機運は一気に高まったといえるだろう。そもそもわれわれがその動きに注目したきっかけは、3年ほど前、海外のCIOが集まった会議で、当たり前のように「ESG」を議論していたことに危機意識を持ったことだ。当時、日本では企業統治である「G」しか議論していない状況であった。このままでは、海外投資家にとって日本の株式市場が魅力的であり続けられるはずはないと認識した。

 強調したい点は、GPIFがESGに取り組んだのは、倫理観からではなく、投資戦略として重要だと合理的に判断した結果である。われわれは世界の株や債券を保有する「ユニバーサルオーナー」であり、日本の株式市場では10%程度の株式を保有している(浮動株調整後)。そのため、個別企業の勝ち負けは意味がない。また、想定運用期間が25年と長期なので、環境や社会に配慮しない企業は投資対象としてリスクが大きい。したがって、GPIFの投資パフォーマンスを上げるためには、経済社会システム全体を最適化し、長期的なリスク要因を少なくする方向に働きかけし、全体の底上げをすることが重要と考えた、ということだ。

 日本では古くから「三方良し」といわれるように、日本の価値観はESGと親和性があるのだが、残念なことに企業は情報の開示ノウハウを持っていない。そこで、GPIFは「ESG指数」を選定し、指数会社にメソドロジー(評価手法)を開示させている。何をディスクローズすれば評価が上がるのか、企業にはぜひ参考にしてもらいたい。これまでは投資家とのコミュニケーションの責任は専門の部署の仕事でしかなかったが、スコアリングは企業の活動全体に及んでいるため、人任せにできなくなっている。

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日本がESG先進国になるための課題は何か。投資家・企業はいかに取り組んでいくべきか。

大場昭義

ESGを流行で終わらせず企業の持続的な成長を実現しよう

大場昭義

一般社団法人日本投資顧問業協会会長

KEYWORDS

スチュワードシップ・コード、建設的な対話、企業の持続的成長、社会に必要とされる企業

 ESG投資の大きな流れができたのは、2014年に、機関投資家の行動原則としてのスチュワードシップ・コードが策定されたことが大きい。私もその策定に関わったが、コードにはESG投資の考えが含まれており、責任ある投資家の役割は持続的な成長に貢献することとされている。さらに、2017年5月にコードが改訂され、機関投資家は投資先企業のESGを含めた状況を的確に把握すべきであることがより明確に謳(うた)われた。

 ESGを流行語で終わらせてはならない。そのためには、ESG投資を、より大きな枠組みで捉える必要がある。そもそも、日本では、なぜ、貯蓄から投資へという流れが形成されていないのか。それは、持続的な企業価値向上が図られていないために、投資の魅力が高まっていないからではないか。この状況を変えるためには、機関投資家が「建設的な対話を通じて企業の持続的成長を促す行動をとる」というコードの本質に立ち返ることが必要であり、ESG投資を実践することは、そのための1つである。こうした認識を持って投資家は成長に貢献しなければならない。

 他方、日本の企業自身のESG的な取り組みの歴史は古く、それを企業理念に置く日本企業は昔から数多くあった。しかし、日本独特の説明下手のせいか、日本は遅れていると海外では思われている。企業をESGの観点から評価する指数も開発されているが、本来、ESGは数値化しにくい情報であり、指数がどこまで有効かは未知数だ。形式要件を重視し過ぎると、持続可能な成長を目標とするという本質を見失うのではないか。

 まずは、企業トップが、企業のESG理念や文化、ミッションを社内に根付かせることが重要だ。社会に必要とされる企業であり続けるために自分たちは何をすべきなのか、組織に日々問いかけてほしい。そして投資家はこうした数字に表れない企業価値を、対話を通じて見極めていくことが重要だ。いずれも難易度は高いが、企業の持続的成長のために必要不可欠な挑戦である。

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スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会〔2017〕『《日本版スチュワードシップ・コード》「責任ある機関投資家」の諸原則―投資と対話を通じて企業の持続的成長促すために』金融庁

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日本がESG先進国になるための課題は何か。投資家・企業はいかに取り組んでいくべきか。

井垣勉

事業目標と統合してサステナビリティ目標の達成を目指す

井垣勉

オムロン株式会社執行役員グローバルIR・コーポレートコミュニケーション本部長

KEYWORDS

市場との対話、SDGs、サステナビリティ、財務バリュエーション

 なぜ、ESG投資が重要になり、注目されているのかを、全ての企業や企業人が理解することが重要だ。1つには、将来起こりうるリスクを最小化したい、という投資家の要請が強まっていることがある。国内外で近年頻発している不祥事も、投資家からすれば、突然降って湧いた事象だ。こうしたリスクを回避するため、短期の業績だけで企業を評価するショートターミズムへの反省を込め、非財務情報を含めた企業の本源的価値の見える化が求められている。

 また、企業活動が社会に与えるインパクトがますます大きくなっているという要因もある。企業がグローバルに活動するいま、環境や人権などの社会問題に与える影響と責任はより大きくなっており、経営と社会的課題とは切り離せないものになっている。それを前提に、経営の透明性を高め、市場との対話をしっかりと進めることによって、事業を通じた中長期にわたる持続的な価値を社会に還元することが企業に求められている。オムロンの株主も、いまでは約5割が海外機関投資家だ。世界基準でみて秀でた価値を生み出す企業であり、選ばれる銘柄であり続けなければならないと考えている。

 当社では、創業者が1959年に「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」という「社憲」を定めて以来、事業を通じて社会に貢献するという理念を掲げてきた。その後、2015年には、社憲を土台に企業理念に改定し、同時に国連SDGsと高い結合性のあるサステナビリティ方針を制定した。理念を全社員に実践してもらうための工夫をこらし、こうした取り組みをさまざまなメディアを通じ開示することで、ステークホルダーとの対話を進化させることに力を入れている。

 われわれは、社会貢献を隠れみのにして財務を疎かにしてはならないと考えている。社会によいことをしていれば財務バリュエーションが欧米企業に見劣りしても仕方がない、ということでは決してない。事業を通じて社会の発展に貢献することで、欧米企業と比べても遜色のない収益をたたき出すことがこれからのチャレンジになってくるだろう。

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渋沢栄一〔2010〕『論語と算盤』ちくま新書

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日本がESG先進国になるための課題は何か。投資家・企業はいかに取り組んでいくべきか。

竹ケ原啓介

金融機関は「企業を見る目」、融資の基本の再確認を

竹ケ原啓介

株式会社日本政策投資銀行執行役員産業調査本部副本部長

KEYWORDS

リーマンショック、価値創造のメッセージ、事業性の評価、間接・直接の連携

 2008年のリーマンショックで、それまでの投資が極端に短期志向に偏っていたことへの反省が投資家の間に生まれた。その反省から、短期収益も重要だが、長期的な収益もバランスよく考えるべきだという機運が高まった。長期の投資を行うには、財務パフォーマンスを水面下で支えている非財務情報、つまり、イノベーションを生み出す力、経営者の資質、社会的責任への取り組みなどの情報も引き出し、評価する必要がある。

 企業に求められるのは、自社の事業が成長することで、どのような社会問題が解決するのかを筋道を立てて投資家に説明することである。企業が自社のロジックを構築し、それを価値創造のメッセージとして示すことで、投資家と企業との質の高い対話が可能になる。対話が企業にとっての成長機会にもつながる。以前は、こうした考えは費用ばかりかかるといわれていたが、アカデミズムの世界も含め、最近では、それが投資活動として少なくともマイナスに働かず合理的な判断だと認識されるようになってきている。

 間接金融の場合は、ひとたび融資すれば長期的な取引が前提となるから、本来、融資先の企業の非財務価値を見極めることは当然とされていたはずだ。この点で、ESG投資は間接金融にとっても親和性がある。当行の評価認証型融資では、財務情報ではわからない企業のポテンシャルを見定めるために、守秘義務契約のもと担当者が企業情報に深くアクセスし、120余りの項目をチェックする。手間はかかるが、こうした事業性の評価によって非財務的な価値に強みを持つ企業にフラグを立てることができる。直接金融における投資家の網羅的な評価カバレッジに対し、相対取引の間接金融は対象企業数も限られインパクトは小さいかもしれない。しかし、直接投資が公表情報を使って数多くの企業を評価する一方で、間接金融は非公表の情報も含めた深い判断ができる。間接金融による「虫の目」の評価を、投資家が「鳥の目」でみて投資判断に活用するといった間接・直接の連携・信頼関係を築くことも重要だ。

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水口剛〔2013〕『責任ある投資―資金の流れで未来を変える』岩波書店

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日本がESG先進国になるための課題は何か。投資家・企業はいかに取り組んでいくべきか。

玉木林太郎

ESG投資の本質を議論し、経営を見つめ直そう

玉木林太郎

公益財団法人国際金融情報センター理事長(前OECD事務次長)

KEYWORDS

多国籍企業行動指針、フィデューシャリー・デューティー、CSR、ビジネス戦略

 経済協力開発機構(OECD)は今から41年前、1976年に「多国籍企業行動指針」を策定した。これは企業が現代社会で活動するための指針であり、雇用、人権、環境配慮などのテーマが盛り込まれ、いわば「ESG的アプローチ」の始まりといえる。それ以降、委員会や各種フォーラムなどでさまざまな関係者を交えて個別の問題を掘り下げて議論を続けている。

 近年ESG投資に注目が集まっているが、ESG投資の本質についてまだまだ理解が統一されるところまでは至っていない。例えば当面の利益以外のESG要素への配慮がフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)と両立できるかは長年の論点となっている。短期的な収益を求める投資家は、投資先である企業の行動には関心がなく、投資家の信託に応えるには財務上の利益の追求に専心する義務があるのではないか、という考え方が伝統的だった。この考え方が世界的には大きく転換しており、ESGを投資戦略の中に統合していくことは受託者責任に違反しているわけではない、という共通認識が形成されつつある。とはいっても利益の追求とのバランスをどうとるかは難しく、依然として議論は続いている。

 企業にとってESGは、財務諸表に載らない活動という点で、CSR(企業の社会的責任)に近いとも言える。CSRというと、日本では企業のPR活動の一部のように捉えられがちだが、本来は非財務情報に基づくビジネス戦略の一環であるはずだ。例えば、児童労働で不買運動が起きればそれはリスクであり、ソーシャルインパクトに配慮したビジネスモデルへの転換が、将来の儲(もう)けにつながるオポチュニティになるかもしれない。企業は自らのビジネスモデルを見つめ直し、取り組むべき課題を十分に議論する必要がある。日本に帰国して驚いたのは、欧州に比べ「格差(特に子供の貧困)」「ジェンダー」「気候変動」などについての議論が敬遠されていることだ。企業のみならず社会全体でこのようなESGを巡る課題について議論を重ねていくことが重要であり、それなしでは現下のESG投資への関心も大きな意味を持ちえないだろう。

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Naomi Klein〔2014〕"This Changes Everything: Capitalism vs. The Climate" Simon & Schuster (ナオミ・クライン〔2017〕『これがすべてを変える―資本主義VS. 気候変動』上・下巻 幾島幸子・荒井雅子(翻訳)、岩波書店)

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2018)「ESG先進国に向けて」わたしの構想No.34

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構
編集:神田玲子、榊麻衣子、川本茉莉、新井公夫
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