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わたしの構想No.51 | 2020/12発行 | |
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識者:三日月大造 滋賀県知事、仁坂吉伸 和歌山県知事、稲村和美 兵庫県尼崎市長、石山志保 福井県大野市長、平井伸治 鳥取県知事 *原稿掲載順
企画:宇野重規 NIRA総研 理事/東京大学社会科学研究所 教授 |
未知の感染症に挑む自治体トップの覚悟
2020 年、新型コロナウイルスの感染拡大で、自治体は未知の感染症への対応を迫られてきた。
県知事と市長の5 名は、どのような覚悟で第一波に挑んだのか。
自治体における対応を振り返る。
■ わたしの構想No.51「未知の感染症に挑む自治体トップの覚悟」PDF ■ 英文版PDF
■ 企画に当たって
宇野重規 NIRA総研 理事/東京大学社会科学研究所 教授
「自治体トップの模索と工夫が生む変化―中央と地方の関係をバージョンアップする」
Keywords……………新型コロナウイルス感染症対策の国の役割・地方自治体の役割、自治体の抱えた困難と対策、国と自治体・自治体間のあるべき関係、国によるサポート、地域ごとの模索や工夫を最大限化、得られた知見を相互に共有、日本の中央-地方関係・自治体間の関係をバージョンアップ
■ 識者に問う
「未知の感染症に挑む自治体トップの覚悟」
新型コロナへの対応で、それぞれの自治体はどのような問題を抱え、どう乗り越えたのか。
今後、必要な備えは何か。
1 三日月大造 滋賀県知事
「応答性のある対話で、より良い自治を追求する」
Keywords……感染症への恐怖・不安、利他のこころ、県民との応答性のある対話、自治体間の機能分担と連携、地方から国への提案型仕組み作り
2 仁坂吉伸 和歌山県知事
「感染症法の基本に忠実に、論理的に決断」
Keywords……国内初の院内感染、早期発見と早期隔離、関係者全員のPCR 検査、感染者の行動履歴の徹底調査、保健所の統合ネットワーク化、国と地方の役割分担
3 稲村和美 兵庫県尼崎市長
「近隣自治体や住民といかに情報共有していくか」
Keywords……大阪の経済圏・生活圏、市民への情報提供と感染者のプライバシー、首長同士の迅速な情報共有、保健所の横の連携、HER-SYS の活用
4 石山志保 福井県大野市長
「朝令暮改は必ずあると理解を求め、事に当たった」
Keywords……都心から離れた小さな自治体、実態が見えず情報がない、手探りの対応、対策を打つ腹を決める、国や県の対策や予算を生かす
5 平井伸治 鳥取県知事
「いち早く合理的な戦略を実行し、国と連携する」
Keywords……高齢者が多い、限られた医療資源、過去の新型インフルエンザの教訓、切迫感をもった対応、医師会の協力、現場主導でのアプローチ、地方と国との信頼関係
インタビュー実施:2020 年10 月
インタビュー:渡邊翔太(NIRA 総研研究コーディネーター・研究員)
■ 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)
三日月大造氏
ピエール・ロザンヴァロン〔2020〕『良き統治―大統領制化する民主主義』古城毅ほか訳、宇野重規解説、みすず書房
仁坂吉伸氏
冨山和彦〔2020〕『コロナショック・サバイバル―日本経済復興計画』文藝春秋
稲村和美氏
アーネ・リンドクウィスト、ヤン・ウェステル〔1997〕『あなた自身の社会―スウェーデンの中学教科書』川上邦夫訳、新評論
石山志保氏
畠中恵〔2019〕『わが殿』文藝春秋
平井伸治氏
神野直彦〔2010〕『分かち合いの経済学』岩波新書
■ 企画に当たって
宇野重規 NIRA総研 理事/東京大学社会科学研究所 教授
「自治体トップの模索と工夫が生む変化―中央と地方の関係をバージョンアップする」
新型コロナウイルスの感染拡大に対するさまざまな試みは、あるいは、日本における中央-地方関係、さらに自治体間の関係を大きく変えるきっかけになるかもしれない。
言うまでもなく、未知のウイルスの正体を突き止め、その感染拡大を防止するためには、関係する専門家の知識をすべて動員し、国を挙げて対策を講じるべきであろう。また、対策の実施に当たっては、法律の整備や財政上の施策が必要になるが、これも第一義的には国の役割である。病気の感染者はもちろん、経済的にダメージを受けた人々や企業に必要なサポートを提供するのも、国が主導して行うべき事柄に違いない。
その一方で、広い国土の日本において常に一律の対策が必要なわけではない。地域ごとの状況に合わせて、具体的な対策を実現するのは地方自治体の役割である。場合によって、国とは異なる判断をせざるをえない場合もあるだろう。さらに住民の多様な声に応え、必要な対策を講じることも、住民により身近な自治体の役割である。
これらの課題は、新型コロナウイルスの感染拡大以前から明らかであったが、具体的な課題の出現とそれへの対応を通じて、より切迫したものとして感じられたはずである。この機会に、自治体ごとの独自の対応策をめぐる情報を集約し、得られた知見を相互に共有することは極めて有意義であろう。この企画では五つの自治体の首長にインタビューを行い、感染症への対応の中で、自治体の抱えた困難と、国と自治体、あるいは自治体間のあるべき関係について話をうかがった。
住民の声に応え、時には国とは異なる判断を迫られた
滋賀県の三日月大造知事が何より心掛けたのが、「応答性のある対話」であったというのは象徴的である。日本各地で、未知のウイルスに対する恐怖にあおられ、患者の特定や隔離を求める声が高まった事例が見られた。とはいえ、それがエスカレートすれば人権侵害はもちろん、「社会が壊れてしまう」危険性さえある。殺到した「知事への手紙」を一つひとつ分析し、政策に反映させたことは、地方自治体ならではの貢献であったろう。外国人住民を含め「すべての人の自由と平等、そして多様性と持続可能性」を大切にしたという指摘が重要である。
県内病院で国内最初の院内感染が確認された際、PCR検査の対象を限定する国のスタンスに倣わず、むしろ独自のモデルを示した和歌山県の事例も重要である。仁坂吉伸知事によれば、感染を疑われる関係者全員の検査に踏み切り、入院隔離を徹底し、さらに感染者の行動履歴を徹底的に追跡したことが、いち早い感染拡大の抑止につながったという。その際に「統合ネットワーク化」された県内の保健所体制が有効であったことも、今後のパンデミック対策に当たり有益な情報であろう。「論理的に物事を判断し……責任を持って」対応するという言葉が重い。
地域の模索や工夫、そして知見
市町村の場合はどうだろうか。兵庫県の東端にあり、経済圏・生活圏としては大阪との結びつきが強い尼崎市の場合、阪神エリアの近隣自治体の首長との情報交換が重要だった、と稲村和美市長は指摘する。一部の自治体だけで行っても効果が薄い対策は広域でそろえる一方、独自性をもって取り組むべき対策は各自治体で判断したというメリハリが注目される。生活の場所と勤務先が県を越える場合、管轄する保健所間で情報共有が難しく、全国規模での統合的なデータベース構築が求められるという指摘も示唆的である。
面積は福井県で最も広いが、人口は三万二〇〇〇人と少ない大野市の事例も貴重である。福井駅からローカル線で一時間ほどかかる大野市において、新型コロナウイルスの「実態が見えない」状況が、独自の難しさをもたらしたと石山志保市長は語る。同市の場合むしろ、小中高校の全国一斉休校の要請が、意識が切り替わる契機となったという。「国や県の対策や予算を最大限生かした」という指摘にあるように、国や広域自治体の支援を有効に活用しつつ地域独自の対応を模索することが、大野市のような自治体にとっては重要であった。
「四七の自治体があれば、四七の戦略がある」と指摘するのは、鳥取県の平井伸治知事である。基礎自治体を入れれば、数はさらに増えるだろう。鳥取県の場合、人口が最も少なく、高齢者が多い。医療資源が十分でない中、感染が拡大すれば壊滅的な事態になる。このような危機感から鳥取県は、国に先駆けて新型コロナウイルス対策に取り組んだ。県の病床数が少ないことから地域の医師会に協力を求め、逆に自治体の備蓄するマスクを医師会に提供した。国の法令が現場主導のアプローチの制約となったが、やがて地方と国の間に信頼関係が生まれたという指摘が興味深い。
国によるサポートを確保した上で、いかに地域ごとの模索や工夫を最大限化できるか。そしてその成果となる知見を共有し、全国的なデータベースを構築するか。新型コロナウイルス対策を契機に、日本の中央-地方関係、さらに自治体間の関係をバージョンアップさせたい。
宇野重規(うの・しげき)
NIRA総合研究開発機構理事。東京大学社会科学研究所教授。東京大学博士(法学)。専門は政治思想史、政治哲学。
新型コロナへの対応で、それぞれの自治体はどのような問題を抱え、どう乗り越えたのか。
今後、必要な備えは何か。
仁坂吉伸 和歌山県知事
「感染症法の基本に忠実に、論理的に決断」
日本の感染症法と保健所の体制は、新型コロナウイルス対策において非常に有効な手段だ。今年二月中旬、和歌山県の済生会有田病院で、国内初の院内感染が確認された際も、対応にあたって何より重視したのは、感染症法の基本である「早期発見」と「早期隔離」だ。また、感染者の行動履歴を徹底的に調査し、感染者と関係の深い人から検査を優先するトリアージを行う一方、外来患者の受け入れを中止した。合理的に考え、基本に忠実に実行することが大事だからだ。ただし、済生会有田病院の場合はエクストラを行った。当時はどんな病気かも分からず、県民も怖がっているので、PCR検査の対象を限定するという国のスタンスに倣わず、関係者四七四人全員の検査実施に踏み切り、三週間で病院の完全クリーン化に成功、三月四日には全ての通常業務を再開した。
感染者の行動履歴の徹底調査は、今も重要だ。これは、日本の保健所体制が存在したからこそ十分に行うことができた。行動履歴の調査で特に必要なのは、県内の保健所の「統合ネットワーク化」だ。次第に分かったことだが、保健所がばらばらにやっていては、絶対にうまくいかない。中核市である和歌山市の保健所は市長管轄だったが、ご理解をいただいて県が保健所を統合的に管理することで、早期発見と隔離をスムーズに実行できた。
この一連の対応は、「和歌山モデル」と称賛されたが、感染症法で県に与えられている権限を行使したまでだ。県は、新型コロナ対策特別措置法の対策でも主体として実行する立場にある。法律の権限の中で、われわれは、さまざまな施策を試し、改善し、他県のいい事例は取り入れるようにしてきた。時には国の指示と見解が異なったが、論理的に物事を判断した上で、県民に対して説明がつくのであれば、知事権限の範囲内で責任を持ってやればいいと思う。例えば、「感染が疑われる症状が出ても四日間は病院に行くな」という国の指示に和歌山県は従わなかった。今では国も、この指示を取りやめている。国も、最終的には、正しい方向へと対応を修正していく覚悟はできている。国と地方は対立するのではなく、分野ごとに、うまく対応できる役割を担当すればよい。それぞれが独立して責任を持つことが大事だ。
日本人は欧米がいつも範となると考えがちだが、欧米には感染症法と保健所の機能(感染症法に基づく早期発見、早期隔離、行動履歴の徹底的な調査)がない。日本はこの資産を最大限に生かすべきだ。
仁坂吉伸(にさか・よしのぶ)
和歌山県知事。東京大学卒業後、通商産業省(当時)入省。経済産業省製造産業局次長、ブルネイ国大使、社団法人日本貿易会専務理事等を経て、二〇〇六年より現職。現在四期目。県民とのコミュニケーションを大切にしており、就任以来、HPやメールマガジンの「知事メッセージ」で数多くの情報提供や政策説明を行ってきた。全国の自治体に先駆けて「ワーケーション」の普及を推進。コロナ禍で働き方が見直される中で、ワーケーションの活用を踏まえた企業誘致を目指す。二〇一九年に、ワーケーション自治体協議会(WAJ)を設立し、会長に就任。