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わたしの構想No.49 | 2020/08発行 | |
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識者:アレクサンダー・ファーフニック 株式会社天喜ジャパン 代表、上田祐司 株式会社ガイアックス 代表執行役社長/一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事、原 聖吾 株式会社MICIN 代表取締役CEO、青野慶久 サイボウズ株式会社 代表取締役社長、鳥居大祐 株式会社みらい翻訳 COO兼CTO *原稿掲載順
企画:東 和浩 NIRA 総研 理事/株式会社りそなホールディングス 取締役会長 |
変容する暮らしと働き方
新型コロナウイルス感染症の発生で、人との接触や移動に対する自粛要請が出され、テレワークやオンライン診療などが急速に広まった。
この経験を経て、私たちの暮らしや働き方は今後どう変わるのか。
■ わたしの構想No.49「変容する暮らしと働き方」PDF ■ 英文版PDF
■ 企画に当たって
東 和浩 NIRA 総研 理事/株式会社りそなホールディングス 取締役会長
「新型コロナウイルス感染症で変容する暮らしや働き方―今後求められる企業のあり方とは」
Keywords……………IT活用の浸透、オンラインサービスならではの価値、選択の幅広さ、アクセスの容易さ、情報の精緻さ、便利さ、生活の質の向上、生活変容、オンラインとオフラインの最適な組み合わせ、企業の活路
■ 識者に問う
「変容する暮らしと働き方」
新型コロナウイルス感染症の発生により、どのような変化が起きているか。
今後、暮らしや働き方はどう変わるのか。
1 アレクサンダー・ファーフニック 株式会社天喜ジャパン 代表
「消費者の楽しさが膨らむE コマースへ」
Keywords……感染症による消費の落ち込み、EC の選択肢の多さ・価格の安さ、人工知能によるマーケティング、テクノロジーによる買い物体験
2 上田祐司 株式会社ガイアックス 代表執行役社長/一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事
「変化に強いシェアリング経済」
Keywords……オンラインによるシェアリング経済、便利さ、楽しさ、スピーディーなビジネス転換
3 原 聖吾 株式会社MICIN 代表取締役CEO
「コロナ禍で拡大したオンライン診療が、次世代医療の基礎となる」
Keywords……オンライン診療の本質的な価値、患者の意識変化、新しい安心、日常的につながる医療
4 青野慶久 サイボウズ株式会社 代表取締役社長
「働く場所と時間の多様化」
Keywords……テレワークの体験、働く場所の選択肢、柔軟な働き方、制度・ツール・風土、地方への逆流、自治体業務のIT 化
5 鳥居大祐 株式会社みらい翻訳 COO兼CTO
「分散型のオープンな組織で、信頼の醸成を」
Keywords……リモートワーク、会社に集まる意味、組織内のコミュニケーション、同期型・非同期型、情報共有、メンバー間の信頼醸成
インタビュー実施:2020 年6月
インタビュー:渡邊翔太(NIRA 総研研究コーディネーター・研究員)、北島あゆみ(同)
■ 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)
アレクサンダー・ファーフニック氏
ティモシー・フェリス〔2011〕『「週4 時間」だけ働く。』田中じゅん訳、青志社
Timothy Ferriss〔2009〕The 4-Hour Workweek, Harmony; Expanded, Updated 版
上田祐司氏
南章行〔2019〕『好きなことしか本気になれない。―人生100 年時代のサバイバル仕事術』ディスカヴァー・トゥエンティワン
原 聖吾氏
加藤浩晃〔2018〕『医療4.0―第4 次産業革命時代の医療』日経BP
青野慶久氏
サイボウズチームワーク総研〔2020〕『「わがまま」がチームを強くする』青野慶久監修、朝日新聞出版
鳥居大祐氏
尾﨑俊哉〔2017〕『ダイバーシティ・マネジメント入門―経営戦略としての多様性』ナカニシヤ出版
■ 企画に当たって
東 和浩 NIRA 総研 理事/株式会社りそなホールディングス 取締役会長
「新型コロナウイルス感染症で変容する暮らしや働き方―今後求められる企業のあり方とは」
新型コロナウイルスの感染拡大は世界を一変させた。世界の感染者数は一四〇〇万人を超え、日本国内の感染者数は約二万五〇〇〇人となった(WHO・厚生労働省、七月二一日現在)。日本では二〇二〇年四月七日、まず七都府県に緊急事態宣言が発令され、その後全国に拡大して、人と人との接触を伴うサービスや働き方への対応が求められた。経済、医療、教育などのあらゆる活動を今まで通りに行うことが困難となる中で、これまで長らく活用の効果がうたわれながらも、導入が進まなかったテレワークやオンライン教育・診療などのIT活用が、一気に浸透した。
今回の危機発生により、私たちの暮らしや働き方には、実際にどのような変化が起きたのか。そして、今後、暮らしや働き方、人びとの価値観、企業のあり方などはどのように変わろうとしているのか。現場でサービスを提供している五名の経営者の方々から話を伺った。
オンラインサービスは単なる代替手段ではない
今回、感染予防のために従来の対面でのサービスが制限される中で、一気に、オンラインサービスの導入が進んだ。識者は一様に、オンラインサービスは対面サービス(オフライン)の代替手段にとどまらないことを、強調する。オンラインサービスには、選択の幅広さ、アクセスの容易さ、情報の精緻さの点で、オフラインをしのぐ付加価値があるという。
株式会社天喜ジャパン代表のアレクサンダー・ファーフニック氏は、Eコマース(EC)の良さは、選択肢が圧倒的に多いことと価格面の魅力、と述べている。日本ではこれまで、ECはリアルな店舗の代替手段にすぎなかったが、今後、「買い物に行くときに経験するさまざまな楽しさ」にまで踏み込むことが、ECの新たなテーマであるとする。
また、イベントやレジャーの消費にも変化が生まれている。オンラインによる体験教室や記者会見等のサービスを始めた株式会社ガイアックス代表執行役社長の上田祐司氏は、「今まではリアルで行ってきた体験をオンラインでやってみて初めて、オンラインだからこそ享受できる便利さ、楽しさがあることに皆が気づいた」と主張する。これまでは、実際に会ったり、同じ場所で体験したりすることに価値があると思われていたが、実はオンラインでも体験は共有でき、また、距離や時間などの制約も取り除かれる便利さに気づいたのだという。自宅から気軽に他者との体験を共有できるようになれば、人びとの生活はより豊かなものとなるだろう。
医療のあり方も、大きく変わりそうだ。今回、オンライン診療を活用できたからこそ、安心して医師の診療を受けることができた人が少なからずいたようだ。株式会社MICIN代表取締役CEOの原聖吾氏は、「対面での診察が何よりも安全や安心のよりどころになる、という患者の意識が変わった」と指摘している。さらに、オンライン診療には、これまでの「医療」の概念を変える可能性もあるという。病院には身体の調子が悪くなってから行く人が多いが、オンライン診療を活用すると、日々のモニタリングを通じて、適切なタイミングでの治療が可能となると述べている。患者と医師が双方に医療データをやり取りすることができれば、オンライン診療の意義は極めて大きい。
このように、オンラインでの購買や体験、診察に、人びとは新しい価値を見つけている。従来の「対面によるサービス」に固執するのではなく、遠距離をオンラインでつなぐ「非対面型サービス」を活用することで、むしろ、生活の質が高まることに人びとは気づき始めたようだ。
テレワークが企業のあり方を変える
働き方に対する意識も、多くの人がテレワークを初めて経験したことで大きく変わった。識者は、テレワークが予想以上に機能し、想定していたよりも便利であることに、皆が気づいた点は大きいと指摘している。サイボウズ株式会社代表取締役社長の青野慶久氏は、今起きているのは働く場所の多様化であり、「次に取り組むべきは、働く時間も柔軟に変えていく、時間の多様化だ」と指摘する。今後、場所や時間の多様化が進み、柔軟な働き方が実現すれば、これまで場所や時間に制約があった人も働きやすくなり、東京の会社に属しつつ地方で働くといったことも可能になると主張する。
さらに、在宅だけでなく、地方、海外など、離れたところで共に働くことが増えると、オープンなコミュニケーションの仕組みが必要となると指摘するのは、株式会社みらい翻訳COO兼CTOの鳥居大祐氏だ。オンラインビデオなどの「同期型」ばかりではなく、Eメールやチャットなどの「非同期型」ツールを活用し、意思決定の過程を文字情報で記録して、メンバー間で共有することが重要だ。共に働くメンバーが世界中に分散していたとしても、一人ひとりが、共有された情報を踏まえて、何が正しいかを自ら判断し、責任を持って仕事を進めていくことができるとしている。実際、テレワークを標準的な働き方として取り入れる企業も出てきている。
こうした生活変容は、感染症が終息した後も、確実に生活の一部に取り入れられることになろう。これまで、日本企業は、顧客対応や組織経営において、どちらかというとオフラインでの対応を重視してきた。しかし、感染症に対応する中で、デジタル化に後ろ向きだったとされる経営層を含め、多くの人びとがECやテレワークといったオンラインサービスを活用した生活を実践し、その意義を感じてきたはずだ。この共通体験を企業内で共有知に昇華させ、企業活動のあらゆる場面で具体化させることが求められる。オンラインとオフラインの最適な組み合わせをいち早く見つけ、両利きでの対応を実践していくこと、それが企業の活路を開くことになろう。
東 和浩(ひがし・かずひろ)
NIRA総合研究開発機構理事。株式会社りそなホールディングス取締役会長。株式会社りそな銀行取締役会長を兼務。
新型コロナウイルス感染症の発生により、どのような変化が起きているか。
今後、暮らしや働き方はどう変わるのか。
上田祐司 株式会社ガイアックス 代表執行役社長/一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事
「変化に強いシェアリング経済」
他人とモノや空間を共有するシェアリング経済は危機に瀕したと思う人もいる。しかし、現実には、オンラインを利用した体験型のシェアリング経済の人気は、かえって上昇している。例えば、オンラインによるイベントや体験教室、記者会見の開催、そして、「オンライン就活」などだ。なかでも、オンライン就活は、当初八〇〇人だった学生ユーザーが二〇〇〇人超に増えており、高い関心を集めている。
こうしたオンラインサービスは、コロナ禍が終息したら終わりではなく、今後も継続していくと思う。というのも、今まではリアルで行ってきた体験をオンラインでやってみて初めて、オンラインだからこそ享受できる便利さ、楽しさがあることに皆が気づいたからだ。例えば、外国人が教える家庭料理教室(Tadaku)は、オンラインによって、生徒は自宅にいながら、自分に合った先生を容易に探し、習うことができるようになった。家で作れば、その料理を家族に振る舞うこともできる。また、北海道の町や村に住む人が「占いの会」を開催しても集客は難しいが、オンラインを利用すれば、移動時間や交通費に左右されず、顧客となるターゲット層を格段に広げられる。
シェアリング経済の企業が好調であるのは、当社がオンライン化に取り組んだように、需要やニーズの変化に対応し、スピーディーにビジネスを転換しているからだ。シェアリング経済の本質は、マッチングサービスのプラットフォームである。つまり、「こういうニーズがある人と、こういうサービスを提供する人をマッチングする」とネット上の「掲示板」に掲げる。もしビジネスを転換したければ、その新しいビジネス用に手直ししたプラットフォームをネット上に用意するだけでよい。それが可能であるのも、サービスを提供する人を企業が雇用するのではなく、サービスの提供者にプラットフォームを利用してもらうにすぎないからだ。特に、今回の感染症の発生のように、社会が大きく変化すると、従来のような社員を抱えた組織では変化に対応できない。プラットフォーマーは、サービスの内容ではなく、どこに需要があるかをみて、事業を展開しているということだ。
上田祐司(うえだ・ゆうじ)
株式会社ガイアックスは、ソーシャルメディアやシェアリングエコノミーを活用し、社会課題の解決を目指す企業。人と人をつなげ、新しい「つながり」を生み出すことをミッションとする。ライドシェアサービス、ワークスペース・シェアリングサービス等をはじめ、多様なBtoB事業、CtoC事業を展開。社員の起業を積極的に支援し、新卒入社卒業生の六割は起業する。同志社大学経済学部卒業後、ベンチャー支援を事業内容とする企業を経て、一九九九年に同社を設立。一般社団法人シェアリングエコノミー協会代表理事。