石田光男
同志社大学社会学部教授
太田肇
同志社大学政策学部教授
金井壽宏
神戸大学大学院経営学研究科教授
諏訪康雄
法政大学大学院政策創造研究科教授
仁田道夫
国士舘大学経営学部教授(執筆時:東京大学社会科学研究所教授)
守島基博
一橋大学大学院商学研究科教授
伊藤元重
総合研究開発機構理事長
神田玲子
総合研究開発機構研究調査部長
斉藤徹史
総合研究開発機構主任研究員
辻明子
総合研究開発機構主任研究員

概要

 景気低迷など閉塞感が強まるなか、これからの働き方はどうあるべきか。
 本報告書では、自分の判断で選択するという「自律」の視点から働き方を捉え直し、過去の「自律」から脱却し、社会変化の下で新たな「自律」を体現した働き方が重要になっていることを論じる。また、そのような働き方を可能にするための政策課題を、独自に実施したアンケート調査結果などを踏まえて提示する。
 働く人の自律を巡っては様々な意見がある。そこで、経済学や経営学、法学などの学識者から示された「自律」に対する見解を紹介する。

INDEX

エグゼクティブサマリー

巻頭言 なぜ、今、働く人の自律なのか

守島基博 一橋大学大学院商学研究科教授

 これまで機能してきた日本の雇用の仕組みが、新たな競争環境の変化を受けて限界に近づいている。それは、①極めて大きい情勢の変動に、ワーカー個人のコミットメントと柔軟性だけでは対処できなくなったこと、②漸進的なイノベーションではなく、非連続的なイノベーションが求められていること、③組織が機能するには、少数のリーダーと多くの自律的専門家が必要となっていること、④働く人の意識が変化していることによる。

 これら4つの変化を受けて、過去とは異なる自律性が求められている。それは「組織からの自律」と「組織への自律」といえるものだ。

○「組織からの自律」とは、企業が長期の人材投資を行う誘因が少なくなるなかで、働く人が自らのキャリアの開発を、自らの責任と判断で進めるものである。
○「組織への自律」とは、リーダーが提示する組織の大まかな理念やビジョンのもとで、プロフェッショナルとして組織に貢献する人材となることである。外部労働市場で活用可能な専門性と、仕事への強いコミットメントを備えていることがプロフェッショナルの要件となる。

 上記2つの自律のうち、「組織からの自律」は組織から離れる動きである。しかし、それだけでは、その先の働き方について何も示されていない。その先が、「組織への自律」となる。両者が備わって初めて、働く人は組織と対等の立場となることができる。

I部 働く人の自律を考える

第1章 働く人の自律

 働く人の自律のあり様は、社会環境によって影響を受ける。ここでは、A.ハーシュマンのいう「声(Voice)」と「退出(Exit)」という2つの言葉を使って働く人の自律の変化を示すこととする。「声」とは、組織内で自分の職場環境の改善を求めて意思表明することであり、「退出」とは、よりよい職場環境を求めて転職することである。

高度経済成長期・安定成長期までの自律は、戦後の日本の雇用システムの下で、働く人にとって「声」や「退出」という手段を使う必要がなかった。
低成長期の自律では、新たに求められる資質やスキル・ノウハウを身につけるために、「声」や「退出」という手段を使うことが働く人にとって重要となる。
近年の自律には、さらに、自分なりの楽しさを仕事に求める規範や、企業の考え方や理念を共有し多様な人々と協働する規範といった新たな要素が加わる。

第2章 働く人の自律を高めるための方法とは

 働く人の自律を高めるための国や企業の支援のあり方とはどのようなものか。自律するためには、働く人自身が自律しようという意欲をもつことが前提となる。自律しようという意欲をもつ人には、意欲を行動につなげるための仕組づくりが必要となる。他方、自律するための意欲を育てる必要がある人には、意識改革のための機会づくりが求められる。

自律する意欲のある人には、職場に自分のキャリア実現に向けた意思表明(「声」)の機会をつくることや、「声」が聞き届けられないときには「退出」(退職)しても不利にならない仕組みをつくることが必要である。具体的には、転職に不利となる退職金制度や年金制度の見直しなどが想定される。
自律する意欲を育てる必要がある人には、2つのタイプが存在する。高度経済成長下の自律から脱却できず、新たな自律に向けた十分な規範が形成されていない人には、公共職業訓練の見直し・活用や公的なキャリアプラン教育を実施すべきである。就職前の学生のように働いた経験がない人のためには、就職活動の段階から働く上での自律に関心をもつよう、就業前教育(キャリア教育)を充実すべきである。

第3章 職業生活における自己決定に関する意識-ホワイトカラー正社員のアンケート調査結果から

 働く人の自律の実態を把握するため、ホワイトカラーの正社員を対象にアンケートを行った。ここでは、働く人の自律を、「職業生活を自分で決めているという自己決定意識」と解釈して調査した。各人の自己決定意識の強さは、その人のもつ共同性(組織に共感したり貢献したい意識)の強さと相反するものではないことを明らかにした―3―上で、自己決定意識と共同性の強弱により4つのグループに分け、「声」や「退出」との関係について分析した。

自己決定意識と共同性がともに強い人は、組織内での改善を求める「声」を発し、自分の能力は他社でも通用すると自分の「退出する力」を評価しているが、転職したいという意欲は必ずしも高くはない。
自己決定意識は弱いが、共同性が強い人は、組織に貢献したいと思っているが、組織のためになると思っても実際の「声」に出すことが少なく、「退出する力」に対する自己評価も低い。典型的な「会社人間」といえる。

II部 自律に関する見解

伊藤元重 NIRA理事長

 個々の労働者はいかにすれば働く場で自律性を発揮できるのかを、A.ハーシュマンの「声と退出」の考え方を参照して、見解を述べている。
○労働者は、組織に対して組織内の問題の改善を働きかける「声」と、よりよい就労環境を求めて転職する「退出」という手段により、働く場で自律性を発揮できる。
○現在の日本の問題は労働者が「退出」の手段を十全に選択できないことにある。貧弱な外部労働市場は日本経済が変化にスピーディに対応できない一因になっている。

太田肇 同志社大学政策学部教授

 日本企業の特質と自律性のあり方を、人材マネジメントの観点から述べている。
○日本企業では、QCサークルに代表されるように集団単位の自律性は高い。しかし、「集団の自律性」が高いことが、逆に「個人の自律性」を狭めるという「トレードオフの関係」を生んでいる。
○成果主義がねらいどおりの効果をあげられていない原因の一つは、日本企業における個人の職務の不明確さ(仕事の分担や責任の範囲のあいまいさ)にある。

金井壽宏 神戸大学大学院経営学研究科教授

 組織で働くことと、働く個々人の自律性との関係のあり方について、述べている。
○従業員の自律的な行動が組織にとって有意義となるか、「単なるわがまま」となるかは、従業員が企業の理念や価値観に共感して組織とつながることができるか、にかかっている。
○ひとが有意義な働き方を実現するためには、自分の専門性を極めようとする意欲と、集団に貢献したいという意欲の両方が必要である。

諏訪康雄 法政大学大学院政策創造研究科教授

 自律して働くという労働者像について、法学の観点で論考を展開している。
○市場経済は、意思決定主体として自律した個人を前提としてきた。契約行為では、契約者は自己の利害状況を判断し、意思決定できる自律性がなければならない。
○他方、労働法では、労働者は使用者より交渉力に劣位性があるとして、「保護すべき―4―存在」と位置づけてきた。しかし、労働者の知的営為が経済社会の基盤をなす時代には、そのような労働者像に一定の修正が必要である。

仁田道夫 東京大学社会科学研究所教授(当時)国士舘大学経営学部教授(現在)

 個人と労働組合の関係を考える視点から、労働者の自律性を検討している。
○労働組合運動は本来労働者の集団性を重視し、個人の自律性という思考とは相いれない。しかし、日本では戦後「生産主義的労働組合」の体質が形成され、労働者は生産性向上という経営的規範を共有し、組合も個人の差を一定程度認めている。
○ノン・ユニオンを前提にホワイトカラーの人事管理に適した手法として発達したHRM(人材資源管理論)は、個人の自律性を積極的に生かそうとするものである。

守島基博 一橋大学大学院商学研究科教授

 
昨今の経済社会状況の変化を背景に、働く人にとって今後何が必要となるかを、自律というキーワードで説いている。
○今後日本企業では、解雇規制の厳しい現在の慣行下でも円滑に人員調整を行いたいという経営側の思惑を、人材マネジメントに明確に反映していく可能性が高い。
○働く人ができる雇用の喪失リスクへの対策は、自分の専門性を自分で形成し、スキルやノウハウをマーケットに合った形で作るという自律的なキャリア形成である。

石田光男 同志社大学社会学部教授

 労使協議を従業員の自律性をいかすための場として再検討する必要性を述べている。
○日本の従業員は転職を背景とする交渉力をもっていないため、経営側からの達成目標の要請や自分の雇用環境について、異議申し立てを行うことが難しい。
○そのような現行の状況下でも日本の従業員が自律的に労働に取り組むことができるためには、雇用のルールを労使でもっと積極的に話し合うことが求められる。日本が長く培ってきた「労使協議」の意義を再検討する必要がある。

※II部は、「NIRA政策レビュー」第49号と本研究で実施したインタビュー記録で構成される。

目次

巻頭言なぜ、今、働く人の自律なのか
守島基博

I部 働く人の自律を考える
 第1章 働く人の自律
 神田玲子
 第2章 働く人の自律を高めるための方法とは
 斉藤徹史
 第3章 職業生活における自己決定に関する意識-ホワイトカラー正社員のアンケート調査結果から
 辻明子

II部 自律に関する見解
 「個」の自律を考える
 伊藤元重 
 「個人の自律」とマネジメント
 太田肇 
 ひとの自律とキャリア
 金井壽 
 自律して働く個-法はどう捉えるか-
 諏訪康雄 
 個人の自立性・主体性と労働組合
 仁田道夫 
 (以上は、NIRA政策レビューNo.49(2010年12月)より掲載)
 専門性を自分で考え築くことが、働く人の重要課題となる
 守島基博 
 自律性を生かした雇用ルールを労使で話し合う必要性が高まる
 石田光男 
 (以上は、インタビューに基づく抄録)

資料NIRA働き方に関するアンケート:調査票と単純集計結果

図表

図表3-1 職業生活の自己決定意識:得点の度数分布
図表3-2 基本属性別にみた自己決定意識の平均点
図表3-3 自己決定意識と共同性の相関係数
図表3-4 自己決定意識と共同性による4つのグループ分け
図表3-5 4つのグループ別基本属性
図表3-6 組織にとって必要だと思うことは上司と意見が合わなくても言う
図表3-7 人事異動の自己申告制度
図表3-8 労使のコミュニケーションが取れている
図表3-9 自分の職業能力は他社でも通用する
図表3-10 仕事に必要な能力やスキルを伸ばしている
図表3-11 今後の転職意欲
参考表 回答者基本属性

研究体制

神田玲子  総合研究開発機構研究調査部長
斉藤徹史  総合研究開発機構主任研究員
辻明子   総合研究開発機構主任研究員
榊麻衣子  総合研究開発機構リサーチアシスタント
飯塚俊太郎 総合研究開発機構前研究調査部研究補助員

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)石田光男太田肇金井壽宏諏訪康雄仁田道夫守島基博伊藤元重神田玲子斉藤徹史・辻明子(2012)「働く人の自律を考えるー会社人間という殻を打ち破れるか」総合研究開発機構​

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