総合研究開発機構

概要

 本研究報告書では、今次金融危機の要因を改めて確認するとともに、現下の欧米政策当局主導による対症療法的対策の問題点を指摘の上、“危機の再来を防ぐ”もしくは“危機を円滑に乗り切る”ための金融システム構築という視点から提言を行っている。
 提言の主な柱は、①金融機関のガバナンスを巡る環境・制度の改善策、②危機を事前に回避するマクロ・プルーデンス体制の構築、③危機に迅速・機動的に対処するための官民役割分担の事前明確化、④個別金融機関のリスク管理の改善策、等である。

INDEX

エグゼクティブサマリー

 2007年初頭までは、一国の特殊な問題だと考えられてきた米国のサブプライム問題が、瞬く間にグローバル金融危機に発展してから、はや2年が過ぎた。2007年夏のパリバ・ショックや英国ノーザン・ロック銀行の破綻に始まり、2008年における米大手投資銀行の破綻、さらに欧米の主要銀行や米国最大手保険会社の経営悪化にまで及んだこの危機は、主要国中央銀行による必死の流動性供給や、政府当局による大手金融機関等への公的資本注入による救済等により、漸くここにきて小康状態を保つようになってきた。

 本研究会では、①欧米金融機関のビジネス・モデルには、一体どのような欠陥があったのか、②こうした問題が顕現化した後に、これが瞬く間に世界に広がりグローバルな金融危機と化してしまった背景に、政策対応上の問題がなかったのか、③今次金融危機を引き起こしたと考えられる問題に対しては、すでに国際機関や各国当局から様々な対策や提言が出されているが、こうした対応策は本当に適切なのか、等の論点に関し意見を出し合い、今後再び同じような金融危機を繰り返さないためにという視点から、最終的に幾つかの提言を取りまとめた。

金融危機の問題の根幹にあるもの

 今次金融危機において、欧米金融機関に生じた大きな損失額の背景に関する本研究会の結論は、個別金融機関の判断や経営に寄因するイディオシンクラティックな要因(個別金融機関独自の要因)よりも、業界全体に共通するシステマティックな要因(個別金融機関経営が置かれた外部環境<制度・慣行・バブル等>からの影響)が、より大きな影響を与えたというものである。このような見方は、これまで公表されてきた、国際機関・当局の報告書内で示された考えとは、やや趣を異にする。すなわち、これら報告書では、個別金融機関におけるリスク管理やガバナンス上の問題が議論の出発点だからだ。研究会の考えは、今次金融危機における、個別金融機関の経営責任やリスク管理上の問題点の存在を決して否定するものではないが、仮に個別金融機関が、与えられた環境下でいかにリスク管理の高度化に励んだとしても、それだけでは今次金融危機を防ぐことはできなかっただろうというものである。

 そのうち、研究会が最も重要だと考えたのは、金融機関のガバナンスを巡る環境・制度に係る問題である。また、当局の視点から金融システムの安定を維持する体制面でも、大きな問題があった。1つは金融危機を当局の介入により事前に回避する体制であり、もう1つは仮に金融危機が生じた場合に、迅速・機動的に対処する体制である。最後に、個別金融機関においても、特に今次金融危機のような強いストレスを意識したリスク管理面では大きな課題があり、その是正は急務だと考える。

 なお、研究会の認識としては、今次金融危機に限ってみれば、その邦銀への影響は、欧米における金融危機の余波、換言すれば外生的側面が強いというものである。また金融機関のガバナンスを巡る外部環境や、金融システムの安定を維持する上での体制面でも、バブル崩壊後の銀行システム危機の経験を踏まえて、欧米に比べて日本の問題は大きくないとの認識が強い。しかし、邦銀の問題は、むしろ低収益、オーバーバンキング状況、活発さに欠く金融イノベーションといったビジネス・モデルにあるとの意見は多かった。また、リスク管理面では、邦銀も欧米諸国の金融機関と同様の多くの課題を抱えている。特に、政策株に係るリスク管理上の課題は、今次金融危機で改めて注視される格好となった。

 危機に対するわが国当局の対応については、過去の危機の経験を踏まえ、金融危機に対するバック・ストップ(=危機の深刻化に対する歯止め措置)の概念がある程度確立しており、金融危機を比較的スムーズに乗り切る体制がすでに出来ていたといえる。

政策当局の危機への対策・提言の問題点

 今次金融危機に対し、各国監督当局が集まる国際機関や欧米当局等が出してきた様々な提言・対応に関しては、以下のような問題があるのではないかと考えた。

①提言の多くは、危機の主因として、イディオシンクラティック要因と、システマティック要因を明確に区別していないか、あるいは、暗黙のうちに前者が主因であることを仮定して議論を展開している。これは、誤った問題認識に基づく議論であり、結果的に以下のような弊害を生み出している。

②従来個別金融機関のリスク管理上の弱点を是正しようという動きがなぜ金融機関の側から起きてこなかったのかというインセンティブ体系の問題(システマティックな問題)を分析し、これを是正しようという動きがみられない。

③当局は、リスク管理の弱点の矯正の実効的手段として、もっぱら「規制の強化」に頼ろうとしているが、これは結果的に新たな規制逃れや、当局の目を逃れたリスク・テイクの拡大を促す可能性が大きい。

④中にはロジックを欠く規制強化もあり、規制と実際に活用されるリスク管理の収斂に向けた動きが阻害されるほか、当局に対する信頼の喪失にも繋がる。

⑤危機の予防策と(起きた後の)対処策の区別が十分なされていないものも多く、平時のマクロ経済運営に過度な負担をかける可能性が大きい。

⑥原因をよく究明することなく、「懲罰的要素」も織り込みながら、金融機関に対し一律に所要自己資本の大幅増加を求めることは、今次金融危機の震源地に属さない多くの国の金融・経済活動に悪影響を及ぼす。

研究会提言の目的・構成

 研究会では、上記で示したような当局からの提言に潜む問題点を踏まえ、「長期的視野に立った上で、今次金融危機の再来を防ぐと同時に、仮にこうした危機が生じた場合でも、これに対し適切に対処できるような新しい金融システムを構築する」ことを目的に、以下のような「今後構築すべき対策」を示す。なお、ここで示す対策の多くは、グローバルに適用されることを念頭に考えたものである。

 ① 金融危機を予防する体制の不備とその対策に関する提言──(i)金融機関のガバナンスやインセンティブ体系を規定する枠組みに関する提言、(ii)金融危機予防に焦点を当てた機動的マクロ・プルーデンス体制に関する提言、(iii)個別金融機関のリスク管理の問題とその対策に関する提言、(iv)金融システムの安定という視点からみた会計上の枠組みに関する提言。

 ② 金融危機を乗り切る体制の欠如とその対策に関する提言──(i)金融危機時の官民の役割分担に関する提言①─ソルベンシー問題への対応、(ii)金融危機時の官民の役割分担に関する提言②─流動性問題への対応。

① 金融危機を予防する体制の不備とその対策に関する提言

(i)金融機関のガバナンスやインセンティブ体系を規定する枠組みに関する提言

 今次金融危機の要因に関し、研究会が考える最も重要なものが、金融機関の経営を巡るガバナンスを規定する環境である。こうした中研究会では、国際的に活動する大手金融機関の中で、邦銀のみが突出して、今次金融危機下における損失額が小さいことに注目した。これは、主に、投資銀行ビジネスやリテールの比重が高い欧米銀に対し、邦銀は依然ホールセールの比重が圧倒的に高いためである。一方、邦銀がなぜ、より高収益なビジネス・モデルへの転換を図らなかったのかについては、90年代の銀行危機の結果として、新規事業を展開するまでの資本力の準備がまだ整っていなかったことや、欧米のように当局からの後押しがなかったことに加え、新しいビジネスに係る「見えないリスク」に対する慎重な姿勢が、結果としてこうしたビジネスを大々的に展開することに対し二の足を踏ませたと考えた。

 すなわち、金融機関がテイクするリスクに関しては、可視、あるいは確率的な計測が可能なリスクのほかに、確率的な計測が不可能なリスク(「ナイトの不確実性」と言われるもので、ここでは「見えないリスク」)が存在する。研究会では、欧米銀の場合、可視可能なリスクの管理は強く、この点での管理水準は邦銀を上回るものの、一方で可視不可能なリスクは一般に軽視される傾向にあったのではないかとの意見が出た。これに対し邦銀は、90年代の銀行危機の経験、さらには後述する監督当局の影響もあって、「見えないリスク」に対する潜在的警戒感が強く、リスク計測モデルの前提条件への違和感、或いはリスクの本源的所在が不明確な中では敢えてそうした商品・取引には手を出さないという風潮が強かった。

 また、欧米の監督当局と比べ、日本の監督当局の金融機関の管理態勢整備に関する考え方にも特徴があった。その1つは、PDCA(Plan, Do, Check, Act)サイクル(フィードバック・プロセス)の重視である。欧米当局の場合、外部者(株主)による経営者に対する牽制の構図の確認を重視すると同時に、内部者による自己統制のプロセスを予め明確化し、あるべき姿を定めた上でこれへの適合をチェックする(comply or explain)のが一般的だ。但し、前者は株主のリスク・アピタイトが監督当局のそれと大きく乖離している場合には意味をなさないし、後者も、予め明示された自己統制プロセスのチェックに止まっている限り、実際に同プロセス自体に問題が生じた際の対応の確認には限界がある。一方、日本の場合は、重点はどちらかというと、内部者による自己統制“メカニズム”の確認にある。まずは内部統制の機能を説明してもらい、この機能が本当に問題の自律的解決を導くのか否かを確認する(explain and demonstrate)のが日本的手法であり、システムそのものに誤りが生じ得ることを前提に、誤りが発生すれば適宜システムを修正する考えだといえる。

 研究会では、上記を踏まえ、今次金融危機の背後にある(特に欧米の)金融機関のガバナンスを巡る環境の問題を解決するには、以下のような対策が必要だと考えた。

提言1.(後述する提言13で明確化される)監督当局のリスク許容度への期待が、金融機関の意思決定に反映されるようなガバナンス体制を構築すべき

 提言1.1. 金融機関におけるリスク管理に係るPDCAの実践評価に重点を置いた監督を強化すべき

 株主による経営者への監督を重視するのみではなく、例えば金融機関に対するPDCAの実践評価を通じて、監督当局が直接的に経営者のリスク・テイク行動に影響を及ぼすことが重要だと考える。提言1.2.監督当局は、CRO、CEOのパフォーマンス評価に影響を与えるべき金融機関のCRO、CEOのパフォーマンス評価に際し、監督当局の評価を一定程度反映させると同時に、CEOの評価にCROの組織内の位置づけや処遇を含むことで、組織内におけるCROの位置づけも改善されることが期待される。

提言2. 金融機関のガバナンス体制を適格に評価できる当局検査員の質と数の充実を図るべきであり、さらに監督当局の監督技法が絶えず改善されるよう、外部からの牽制を可能とする仕組みを導入すべき

 
一部の国では、金融機関がテイクしているリスクが、必ずしも当局検査スタッフによって十分理解されていない、さらには金融機関側から十分な説明を受けていないにも係わらず、こうしたリスク・テイクを問題視してこなかった事象が多かったとみられる。こうした問題を解決するには、銀行業務経験が長い、あるいは検査業務を一定期間従事した検査スタッフを一定数揃えることが不可欠である。また、国際機関を介して、定期的に主要国の監督当局同士が相互に評価し合う体制を作ることも一案である。

提言3. 金融機関による過度のリスク・テイクを抑制するような報酬規制を導入するとともに、同要素を自己資本比率規制の中にも明示的に取り込むべき

 経営陣に対する報酬に関しては、長いタイム・ホライズンに基づくリスク・テイクを促すという視点が必要である。また報酬水準に関しても、報酬のオプション性を仮定する限り、金融機関の過度のリスク・テイクを制限するためには一定の歯止めをかける必要がある。報酬水準制限のメルクマールとしては、収益が長期的に安定している産業における報酬水準を参考にするという方法があり得る。なお、こうした報酬水準は、自己資本比率規制の所要自己資本を決める要素として取り込むことが望ましい。

提言4. ユーザーのニーズへの金融機関の対応状況を分析する機能を担う組織を明確化すべき

 金融業の過剰なダイナミズムをある程度制約する場合でも、企業や個人のニーズに金融機関が十分応えられるように、例えば、ユーザーのニーズや満足度等を数値化して常に示すような機能を、既存の何れかの機関が担うことが考えられる。

(ii)金融危機予防に焦点を当てた機動的マクロ・プルーデンス体制に関する提言

 今次金融危機の背景にある要因として、研究会が、ガバナンスを巡る環境の次に重要だと考えたのが、金融バブルの発生を許したマクロ経済政策運営である。研究会では、金融バブルの発生を防ぐために、信用サイクルの平準化を目的とするマクロ・プルーデンス政策において、「誰が何を担うのか」を明確化することが重要だと考えた。

提言5. 規制当局と中央銀行は、実効性のあるマクロ・プルーデンス政策を実行するために、両者間の協調・対話を今後一層強化すべき

 提言5.1. 10~20年に一度程度の頻度で発生する大規模金融危機を念頭に置きつつ、これを事前に回避することを明示的にマクロ・プルーデンス政策の目的とすべき

 提言5.2.政策手段としては、金融機関が想定すべきマクロ・ストレス・シナリオを、それぞれの信用サイクルの局面ごとに定め、これに基づく所要自己資本を金融機関に対し求めるべき

 政策手段に関し研究会では、信用サイクルの局面に係る予測やその調整に係る情報等が十分蓄積されていない現時点では、以下のような幅を持った緩やかな政策対応を行うべきではないかと考えた。具体的には、①現状のバーゼルII上の最低所要自己資本を下限とした上で、信用サイクルの局面に応じて追加的バッファーを金融機関に対し求める、②同バッファーの規模は、当局が示す(信用サイクル局面毎に異なる)マクロ・ストレス・シナリオ(後述参照)に対応するものとする、③金融危機が深刻化した際の政策緩和措置としては、所要自己資本の下限に伴う制約を考慮した上で、全ての金融機関の資本調達に対し一定の政府保証を無条件で付す、というものである。

 また研究会では、規制当局と中央銀行によるマクロ・プルーデンス政策の判断は、利益相反を防ぐ目的から、金融機関の破綻処理、金融政策運営、さらに政治的影響からは独立に行われるべきであり、これらを強く意識した運営が行われるべきだと考える。

(iii)個別金融機関のリスク管理の問題とその対策に関する提言

 今次金融危機で明らかになった、個別金融機関におけるリスク管理上の問題点を今後改善していくことは、新たな金融危機を防ぐためのガバナンス環境やマクロ・プルーデンスを巡る当局の強いイニシアティブを強力に支えるものとなる。研究会では、特にストレス・テストと政策株のリスク管理のあり方に関し、集中的に議論を行った。

提言6. 個別金融機関におけるストレス・テストに関しては、シナリオ作成プロセスにおける経営の深い関与や、経営目線に近い自己資本の充実度の検証を重視すべき。また、リスク・シナリオの本源的要因に基づくアプローチやフォワード・ルッキング性を重視すると同時に、その伝播構造に関し多角的視点から明示的に捉えることが望ましい。マクロ・シナリオについては当局との理解の共有を進め、蓋然性の高い大きなストレス・シナリオに対しては、これに耐え得る資本を確保すべき

提言7. 金融機関の政策株保有に対しては、金融システムの健全性の観点から、その制限について当局が主導すべき

提言8. 同時に金融機関に対し政策株リスクのヘッジを容易化するような制度的手当ても行うべき。また政策株を買い取る取得機構においては、金融機関に代わる新たなリスク・キャピタルの担い手育成を念頭においたETFの設計を考えるべき

(iv)金融システムの安定という視点からみた会計上の枠組みに関する提言

 研究会では、公正価値会計等の問題に対して、以下のような対策が必要だと考えた。

提言9. 会計基準設定主体は、理論価格が使用出来ると判断する状況に関する定義に関し、事態の変化に応じて機敏に考えを示すべきであり、この点、日本の会計基準設定主体にも主体的な動きが期待される

提言10. 公正価値会計がもたらすプロシクリカリティに対しては、会計制度とは異なる手段でその影響を中和すべきである。なお、収益をアップフロント(=一括先取り)で認識する一部商品については規制上の扱いとして資本控除も検討すべき

提言11. 金融危機発生時には、当局が、公正価値会計の適用の停止、あるいはレベル1・2の適用停止を発動できる体制を整備しておくべき

提言12. オフバランス基準に関しては、会計主体によるオフバランス基準の改定を単に待つのではなく、金融機関監督当局として、全ての金融機関に対し厳格なルックスルーを求めるべき

② 金融危機を乗り切る体制の欠如とその対策に関する提言

(i)金融危機時の官民の役割分担に関する提言①─ソルベンシー問題への対応

 今次金融危機における欧米の危機対応策には、以下のような問題が存在すると考えた。1つは、今次危機が、主に個別金融機関の失敗(イディオシンクラティック要因)というよりは、当局による政策の失敗(システマティック要因)からもたらされているにも係わらず、両要因を明確に区別しない中で、全ての対応を個別金融機関に求めている点である。これは結果的に個別金融機関に対する過剰負担につながり、マクロ経済に過度の負担を掛けると同時に、責任の所在(当局)と責任を実際に取る主体(金融機関)にギャップが生じるという意味で、誘因整合的なシステムでもないといえる。

 2つ目の問題は、金融機関の救済の基準において、引き続きコンストラクティブ・アンビギュイティの方針を維持している点である。研究会では、TBTF(=Too Big To Fail)をゼロにすることは現実的ではないとの意見が多数であった。したがって、基本的には、TBTFの存在を認めつつ、これに対しどのように臨むのかが問題の本質となる。危機時においてTBTFに対し徒に破綻の可能性を匂わすことは、モラル・ハザードの抑制というプラスの側面よりも、市場における不確実性の一層の拡大というマイナスの側面の方が遥かに大きい。したがって、当局がTBTFに対し、それに相応する高い所要自己資本を求めた上で、実際の経営困難時には、これの法的破綻を回避しつつスムーズに乗り切る現実的な体制を構築しておくことが重要だと考える。

 3つ目の問題は、システミックなリスクを抱えるTBTF先に対し、どの程度の水準の所要自己資本を求めるかだ。研究会における議論では、自己資本比率8%程度以上を求めることに対して、①仮にある地域の当局の監督の失敗が、今次金融危機の大きな要因であるならば、少なくとも金融危機の震源地以外の国ではこうした追加的所要自己資本を求める理由が乏しい、②自己資本の量の重要性のみに焦点を当てるのではなく、危機の兆候が見えた際に素早く金融機関が修正行動を取ることが出来る、あるいはこれを“監督当局が評価できる”ことの方が重要、等の理由から異論が出された。

 以下は、こうした問題意識に基づく研究会の提言である。

提言13. 当局は金融機関に対し、一体どの程度の大きさのストレスを想定した上で、自己資本を準備すべきなのかを明確化すると同時に、金融機関のストレス・テストの適切性を評価する能力を高めるべき

 こうした当局の「期待」が明確化されない限り、金融危機に対する対応の責任は結局曖昧なまま、全てが金融機関に押し付けられてしまうことが懸念される。システマティックな要因に係るリスクに関し過度に個別金融機関に対し責任を求めることは、却ってマクロ経済に対し過大な負荷を掛ける事態を招いてしまう。実効性のある対応の主役が当局である以上、その責任は当局が負うべきであり、その意味でのストレス吸収に係る当局と民間金融機関間での一定の役割分担が必要だと考えた。

 提言13.1. 可変型マクロ・プルーデンス政策を担う当局が設定するストレス・シナリオをベースに、金融機関のストレスに対する準備状況を評価すべき

 提言13.2. 当局の提案に基づき金融危機が認定され、認定後は金融システムを救済する様々な非常時対策の実行が可能となるような仕組みを構築すべき(バック・ストップ概念の明確化)

 金融危機が深刻化する際には、当局の提案に基づき、政府が「金融危機」宣言を出すことで、金融システムの一律救済に関する特例を発動できるような仕組みを用意しておくことも重要だと考える。これにより、当局が事前に想定したストレス水準を大きく上回る場合には、金融システムの安定性を守るための一時的な措置が行使され、官民の役割分担が成立し、金融システムの安定を守るために最低限必要なバック・ストップの概念やスコープも明確化する。なお、緊急事態宣言下では、破綻法制に抵触しない形で、いかにTBTFの経営形態を政府管理下の新体制に移行させ、その過程では、一定の責任を経営陣や株主等に負ってもらうことが重要となる。

 提言13.3. ストレス・シナリオに基づく各金融機関のストレスへの対応能力の評価を重視することで、自己資本充実度検証におけるVaRへの過剰依存や、リスク特性を無視した規制の一律適用を回避すべきであり、またそのためには、監督当局の監督・検査官の質の一層の向上を図るべき

 金融機関、さらに当局にとって、個別金融機関のストレス耐性を評価する際に重要な要素は、①各行が直面しているストレス事象に対する考え方であり、②これに対し各金融機関がどのように臨もうと考えているかであり、最後に、③これをしっかりと見抜き、評価することの出来る監督当局である。研究会は、単に高い所要自己資本を求めるだけではこれらは達成できないばかりか、却って弊害を招いてしまうと考えた。

 提言13.4. 非常時の救済対象に、中小地域金融機関や、システミックに重要な証券・保険会社等を含めるか否かを検討すると同時に、救済対象機関に対しては、より一層厳しいリスク管理や所要自己資本を求めるべき

 中小金融機関、証券・保険会社については、①救済の対象とする一方で、これに応じて所要自己資本の積み増し、より一層のリスク管理強化も求めるのか、あるいは、②救済の対象としないのか(したがって、所要自己資本の積み増しやより一層のリスク管理強化も求めない)、を明確化する必要がある。

(ii)金融危機時の官民の役割分担に関する提言②─流動性問題への対応

 今次金融危機によって注目を浴びたリスク管理上の最大の問題として、流動性リスク管理を挙げる声は多い。これは、単に個別金融機関のリスク管理という視点のみではなく、当局による監督という視点からみても然りである。

 通常金融機関の流動性管理に一次的に対峙するのは、短期金融市場で資金需給の調整に当たる中央銀行である。この中央銀行が、個別金融機関の流動性リスク管理に関与する実際の手法は、実は主要国間で大きく異なっている。具体的には、個別金融機関に対する中央銀行調節担当者のヒアリングの頻度や情報量、毎日のコミュニケーションを通じた信頼関係の醸成、さらには資金供給手段のメニューやその使い勝手等が挙げられる。これらに関し、少なくとも流動性危機に対応するという視点に立てば、他の中銀に対する日本銀行の優位性が目立っており(例えば、中銀調節担当者と金融機関との密接な関係、適格担保の種類の広さ、オペレーションとスタンディング・ファシリティの担保の共通化、スティグマ問題が発生しにくい仕組み、個別金融機関のソルベンシー情報の保有等)、この点をよく分析することが、グローバルな視点から今後確立すべきシステムを考える上でも参考となる。

提言14. 流動性リスクに関しては、仮にグローバルに共通なルールを導入するのであれば、各国毎の中央銀行による個別金融機関の流動性ストレス状況の把握や対処能力の違いをこれに反映させるべき

 金融機関に対し一定の流動性資産を確保させる流動性規制は、保守的な流動性管理に関する目線が金融機関間で揃っていない中ではそれなりに有効な手段となり得るが、より重要なのは、中央銀行が、個別行の十分な流動性状況を機動的に把握すると同時に、これに迅速に対処する体制の構築である。こうした点で、研究会としては、仮に異なる国に一律に適用されるグローバルな規制が流動性管理の分野に導入されるのであれば、例えば、中央銀行による①個別行の流動性ポジション情報の収集能力、②流動性モニタリングのスコープ、③個別行に対する流動性ポジションに係る指導の実効性、④個別行の流動性不足に対応する手段の有効性、⑤個別行のソルベンシー情報へのアクセス程度、等の違いを明示的に反映するような規制にすべきだと考えた。これらのポイントをスコア化した上で、同水準が低いと評価される流動性レジームほど、より厳しい流動性規制の導入を促すような仕組みをグローバルに設けるべきである。

提言15. 特定金融商品の市場での取引が活発化し、金融システムの安定に大きな影響を及ぼす事態に至った場合は、中央銀行が、同取引に係る取引約定書の標準化や中央清算機関設立等の面でイニシアティブを取るべき

提言16. 流動性リスクの状況を自己資本比率規制のリスク要素として明示的に取り込むべき

 市場において、自己資本の質が強く意識された結果、短期調達に依存した金融機関が破綻し、預金を主体とした調達を行なっている金融機関で流動性危機に伴う破綻が生じなかったこと等を踏まえれば、自己資本の質を流動性規制に反映させると同時に、流動性リスクの状況を(自己資本のバッファーに係る)自己資本比率規制のリスク要素として明示的に取り込むべきだと考えた。

提言17. 個別金融機関においては、流動性リスク要素を細かく把握した上で、フォワード・ルッキングに様々なストレスを想定する中で、備えるべき流動性バッファーの水準を決めるべき

 なお、先日(9月24~25日)開催されたG20ピッツバーグ・サミットの首脳声明に、金融機関の自己資本規制の強化や高額報酬慣行への制限についての方向性が盛り込まれた。今後、これらの実施、及び実現化に向けた検討が行われることとなるが、本報告書で示した提言が議論を更に深めることを期待する。

目次

1. はじめに
2. 金融危機の問題の根幹にあるもの
3. 政策当局の危機への対策・提言の概要とその問題点
4. 提言の枠組み
5. 金融危機を予防する体制の不備とその対策に関する提言
 5.1 金融機関のガバナンスやインセンティブ体系を規定する枠組みに関する提言
 5.2 金融危機予防に焦点を当てたマクロ・プルーデンス体制に関する提言
 5.3 個別金融機関のリスク管理の問題とその対策に関する提言
 5.4 金融システムの安定という視点からみた会計上の枠組みに関する提言
6. 金融危機を乗り切る体制の欠如とその対策に関する提言
 6.1 金融危機時の官民の役割分担に関する提言①-ソルベンシー問題への対応
 6.2 金融危機時の官民の役割分担に関する提言②-流動性問題への対応
研究会委員への事前アンケート結果

図表

図表1 今次金融危機に関わる主な出来事
図表2 金融機関のガバナンスを巡る環境の違い
図表3 日米欧主要金融機関のROE
図表4 各国・各地域における金融機関のROE比較
図表5 ウォーカー・レビューにおける主な内容
図表6 金融安定化フォーラム(FSF)による「健全な報酬慣行に関する原則」
図表7 各国の金融機関における部門毎の収益割合
図表8 リスク管理・内部統制に関する研究会による報告書概要
図表9 リスク・マネジメントと一体になって機能する内部統制の全体図
図表10 BCBSによるオペレーショナル・リスクに関する損失データ収集結果
図表11 邦銀における各種リスク量とTier1資本について
図表12 邦銀における株式保有残高について
図表13 「健全なストレス・テスト実務及びその監督のための諸原則」
図表14 FCAGによる最終報告書の概要
図表15 わが国当局による主な大手金融機関の実質破綻への対処
図表16 主要国中央銀行の適格担保一覧比較(2008年7月時点)

研究体制

大山剛  あらた監査法人リスク・コントロール・ソリューション部ディレクター
     /NIRA客員研究員(座長)
大槻奈那 UBS証券会社株式調査部・クレジット部シニアアナリスト
大橋英敏 モルガンスタンレー証券株式会社債券調査本部長
久米晋輔 住友信託銀行株式会社業務監査部副部長
栗原俊典 金融庁検査局総務課バーゼルⅡ検査指導室調整官/広島大学客員教授
菅井洋生 株式会社三井住友銀行リスク統括部副部長

※本報告書の内容は、研究会委員の個々の意見を反映したものであり、各々が属する組織の意見を反映したものではない。

NIRA
神田玲子 研究調査部長
中込公也 研究調査部リサーチフェロー
稲見裕介 研究調査部ジュニアリサーチフェロー

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)総合研究開発機構(2009)「次の危機に備えた金融システムの構築-現下の対症療法的対策の問題点を踏まえた提案

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

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