柳川範之
東京大学大学院経済学研究科・経済学部准教授/総合研究開発機構理事
神田玲子
総合研究開発機構研究調査部長
森直子
総合研究開発機構研究調査部リサーチフェロー
畑佐伸英
総合研究開発機構研究調査部リサーチフェロー

概要

 アジア経済の長期的繁栄を実現し、日本とアジアの相互の成長を果たすにはどうすべきか。まず求められるのは、日本が内需・外需の二分法から脱却し、アジアを「内需」と呼べるほどの強い結びつきと連携関係を持つことだ。 日本はアジア諸国とともに、アジア経済の潜在的市場規模を活用した国際的な規格・制度の標準化(制度のハーモナイゼーション)を進めるべきだ。また、国内のみならずアジアでも、規格・制度の標準化に関する専門人材の育成が急務だ。

INDEX

エグゼクティブサマリー

 金融危機以降、わが国の将来の活路をアジア市場に見いだそうとする気運が高まっている。確かに、ここ数年の動きをみると、アジア諸国の成長率は他の地域と比べて高水準で推移しており、今回の危機からの回復も比較的堅調である。また、アジアの中間所得者層(世帯可処分所得5,000ドル以上35,000ドル未満)の人口は、今後10年位で約5億人強増え、およそ14億人になると予想され(図を参照)、アジア市場を重視した戦略そのものは、理にかなったものといえる。

 しかし、欧米諸国も、日本と同様、あるいは日本以上に、アジア市場の成長性に注目している。直接投資の推移をみても、対ASEANで最も多く投資しているのは欧州であり、また、対中国では米国が高水準を維持している。さらに人的交流をみると、日本とASEANの関係はかなり弱い。地理的な距離が近いからといって、日本がアジアとの連携を安易に考えるならば、大きな落とし穴にはまりかねない。

 日本のアジア諸国に対する経済政策は、援助か利益追求かの二分法にしばしば陥りがちである。しかし、日本がアジアとの連携を深め、そこでの活力をわが国の発展に生かそうとするならば、短期的な日本の利益のみを追求するのではなく、長期的な相互発展に結びつく連携を考えていくことが重要だ。

 そのために、まず求められるのは、内需・外需の二分法からの脱却である。経済がこれだけグローバル化した社会において、国境の内と外を分け、どちらが大事か議論する意味はない。必要なのは、この二分法をやめ、アジアに対して「内需」と呼べるほどの強い結びつきと連携関係をいかに構築していくか考えることである。

 そして、アジア諸国と、長期的関係を維持できるような信頼関係を構築していくことが重要である。信頼関係の構築のためには、人材の交流をもっと積極的に進めると同時に、「制度のハーモナイゼーション」を進め、国の垣根を低くし連携の実質的メリットを高めていく必要がある。技術標準、環境基準やコーポレートガバナンス基準など、多様な分野における制度やルールの標準化やハーモナイゼーションを行っていくことは、アジア全体の連携を高めると同時に、経済活動をより活性化する上で役立つ。

 さらに、近年の世界経済は、制度選択競争の時代に直面しており、アジア諸国もわが国もこの点を考慮した対策が必要になっている点も見逃せない。国際的な制度選択競争の特徴は、政治的なプロセスによって「上から」制度が決まる、いわゆるデジュール型の制度選択になっている点だ。デファクト型が消費者による選択実績が将来の制度選択に大きな影響を与えるのに対して、デジュール型では、それぞれの国や地域の市場規模が、標準選択交渉に大きな影響を与える。この点は、単なる技術標準だけではなく、会計制度など様々な規格や制度の国際的選択についても当てはまる。

 この傾向は、人口減少によって国内市場規模が縮小していかざるを得ない日本にとっては深刻な課題である。わが国が適度な制度選択の交渉力を国際的にもつためにも、アジア諸国と連携をとって規格・制度の標準化を行っていくべきである。そして、アジア経済の潜在的市場規模を活用し、経済活動を促進する標準選択が行われるよう国際的に働きかけていく必要がある。

 そのためには、規格・制度の標準化に関する専門人材の育成が、日本でもアジアでも急務である。EUは既にASEANに対して地域共通標準を作成するための支援(資金的および人的)を積極的に行っている。日本でも、この問題を専門に扱えるような人材を、早急に育成するとともに、アジアに対しても、積極的支援を行いアジア経済の長期的繁栄に貢献することが望まれる。

図 中間所得人口(世帯可処分所得 5,000 ドル以上 35,000 ドル未満)の推移

注)2008年までは実績値。2010年以降はNIRA推計。使用したデータおよび推計に関する詳しい注は、報告書(全文)p.5、図表3-1を見られたい。

目次

はじめに
1. アジア市場は重要だが
2. 欧米にとっても重要な市場
3. 相互の発展を目指すべき
4. アジアを「内需」に!
5. アジアで制度の標準化を
6. なぜ今重要なのか
補論:食品産業における安全安心基盤の確立

図表

図表1 アジア諸国(左)およびOECD諸国(右)のGDP成長率
図表2 日本からの地域別輸出額
図表3-1 中間所得人口(世帯可処分所得5,000ドル以上35,000ドル未満)の推移
図表3-2 世帯可処分所得5,000ドル以上の人口の推移
図表4 対ASEAN直接投資額の推移
図表5 対中国直接投資額の推移
図表6 中国国内の外資系企業数(主要10カ国)
図表7 アジア域内の留学生の移動(2006年)
図表8 アジア域内の移民(2005年)
図表9 会計基準の変遷
図表10 政策介入の変化
図表11 ASEAN地域標準作成に関するEUの支援予算額

研究体制

柳川範之 東京大学大学院経済学研究科・経済学部准教授/NIRA 理事
神田玲子 研究調査部長
森直子  研究調査部リサーチフェロー
畑佐伸英 研究調査部リサーチフェロー

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)柳川範之・神田玲子・森直子・畑佐伸英(2009)「アジアを「内需」に-規格・制度の標準化で」総合研究開発機構

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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