総合研究開発機構

概要

 本報告書は、都道府県等において国際観光戦略を策定する際の手引き書(マニュアル)を目的とした、都道府県との共同研究「外国人観光客の行動特性と地域における国際観光戦略」の成果である。
 本報告書の冒頭の「フローチャート」において、国際観光戦略を構築し、実施していく一連の業務を整理した。このフローチャートは、既存のフローチャートよりも全体の手順が把握できるものとなっている。次の「チェックリスト」では、フローチャートのステップごとに、具体的にどのような検討を行うのか、チェックすべき項目と、そのポイント・重要事項をまとめている。このリストに従って作業を進めれば、地域の国際観光戦略が作成できるほか、既存の国際観光戦略のチェックも可能である。また、韓国・台湾・中国・香港における訪日旅行商品の造成・流通構造も、初めて詳細に明らかにしている。

INDEX

要約

第1章 マーケティングの視点に立った国際観光戦略の展開に向けて

 現在、わが国においては、2010年に訪日外国人旅行者を1,000万人とすることを目標に、官民を挙げた外国人観光客誘致の取組が進められており、全国の自治体においても、経済成長の著しい中国や韓国をはじめとする東アジア諸国・地域からの誘客を促進し、地域の観光産業の振興を図ろうとする動きが顕著となってきている。

 外客誘致を効果的に進めていくためには、対象市場の動向や旅行者のニーズを把握し、それに対応した自地域のポジショニングや観光商品づくり、広報・プロモーション活動を展開するマーケティングのノウハウが不可欠である。

 マーケティングとは端的に言えば、顧客ニーズの発見に基づいて、「売りたい商品」ではなく、「売れる商品」をつくるための総合的な組織活動であり、地域や自治体が中心となって行う誘客活動においては、個々の施設ではなく、地域(旅行目的地)全体を「商品」として捉える「デスティネーション・マーケティング」が必要である。

 しかし、そこには様々な主体が関与しているため、共通の目標の下に多様な主体を連携させる体制づくりが大きな課題である。また、効果的なマーケティングを進めるためには、対象市場や顧客の重点化(セグメンテーション)が必要であると同時に、売るべき手持ち資源(商品)の重点化が必要であり、自地域内部において、いかに「公平性」の原理から脱却できるかが課題である。

 さらに、インバウン観光に取り組む目標として、訪日外国人旅行者数の増大とそれによる経済効果の拡大は重要であるが、それは自地域を訪れる外国人旅行者の満足度を最大化することによって得られる結果であることを忘れてはならない。

第2章 想定市場の分析(外部環境)

 マーケティング的な視点に立った外国人観光客誘致戦略を立案するためには、最初に現状分析を行う必要がある。この現状分析は、想定する誘客対象市場の状況の分析(外部環境分析)と自らの地域の状況の分析(内部環境分析)から構成される。第2章では、外部環境分析について取り上げ、はじめに全世界における国際観光の状況を概観し、次に日本への国際観光客の状況を把握した。さらに、韓国・台湾・中国・香港の4つの国・地域を主要な誘客対象と位置づけ、個別に市場分析を行った。

 まず、全世界における国際観光の状況であるが、2006年における世界の国際観光客到着数は、対前年比4.2%増の8億4,250万人(暫定値)で、これまで政治・経済情勢、安全・衛生、災害等の影響を受けながらも、ほぼ一貫して増加してきた。地域別に見ると、日本を含むアジア・大洋州は、ヨーロッパに次いで2位となっており、1億6,710万人(全世界シェア19.8%)である。またアジア・大洋州は、今後の伸び率が最も高い地域と見込まれ、2020年時点では4億1,600万人(シェア26.6%)と、2006年の2.49倍の水準が予想されている。なお、出国率とドル建て一人当たりGDPには正の相関があり、概ね5千ドル程度を越えた時期から海外旅行が本格化すると一般的に言われている。

 次に、日本への国際観光客の状況であるが、2006年の訪日外国人旅行者は約733万人であった。訪日ビザ制度の緩和、VJCの貢献等により、対前年比9.0%、実数では60万人の増加となり、年計で過去最高を記録した。日本への入国者数の上位5位のうち4つ(韓国、台湾、中国、香港)は東アジア地域に位置しており、これら4カ国・地域だけで、入国者全体の約6割を占めていた。日本からの距離が近くプロモーション等が比較的しやすいこと、多くの都道府県が「外国人旅行客の受け入れを促進している・促進したい国・地域」として挙げていることから、本報告書においては韓国・台湾・中国・香港の4つの国・地域を主要な誘客対象と位置づけ、これらの国・地域の国民の外国旅行に影響する諸条件、競合市場の状況、旅行者のニーズ等について個別に分析を行った。

第3章 自地域の分析(内部環境)

 現在、わが国の国内観光市場全体は、少子化社会の進展に伴い、縮小傾向にあることなどから、新たな市場としての国際観光が注目されている。しかし、地域における観光の現状と課題は一様ではないため、以下の諸要素について分析を行い、自地域の現状と課題を明らかにし、それを踏まえてインバウンド観光に取り組む意義や効果を見極め、戦略を構築していくことが必要である。

 ①月別の入込・宿泊客数:地域の入込・宿泊のピークと想定市場の観光シーズンの重なりとずれを把握し、地域にとってメリットの大きい誘致時期を検討する。

 ②自地域を訪れている外国人観光客の動向:どこの国から、どのようなお客様が、何人訪れていて、どのような観光をしているのか、また、どの程度の満足を感じているのかなど、地域ごとにその実態を具体的に把握する。

 ③立地環境:第一次的な立地環境は、国際航空路・航路の定期便の状況で規定される。第二次的には、空港から自地域までの二次交通の状況である。これらの交通アクセスの状況は、対象市場を絞る上で、また誘致を行う上でも重要な要素である。

 ④受入環境:外国人観光客の受入可能な(意欲ある)施設がどれだけあるか、また、外国人の言語等に起因する「不安感」を解消し、かつ「満足感」を得られるようなホスピタリティに溢れた環境になっているかが重要である。

 ⑤観光資源の評価・潜在資源の発掘:観光資源は観光の中心的要素であり、観光商品戦略を展開する上で不可欠の要素である。そのためには、「外国人観光客の目」で評価し、潜在資源を発掘することが必要である。

第4章 ターゲットと誘客目標の決定

 第4章では、外部環境と内部環境の分析に基づいて、自地域が重点的に対象とする国・地域を絞り込む方法を考察した。

第1節 対象市場の決定
 対象市場を決定する際には、限りある予算と人的資源の中で、自地域にとって最もチャンスがあり、自らの「強み」を最大限に活かせる可能性のある市場を重点化し、集中投下する必要がある。

 そのためには、SWOT分析(強み・弱み、機会・脅威の分析)を使って内外の環境分析を行い、対象国・地域を絞り込むとともに、地域としてのインバウンド観光戦略の課題や方針を検討する。

 特に中国は、都市・地域によって経済水準や旅行市場の成熟度などが大きく異なるため、重点都市・エリアを絞り込んで誘致活動を展開することが必要である。

第2節 地域のポジショニングと対象マーケットの絞込み
 誘客対象市場を選定したら、次はターゲットとして設定した市場において、競争相手との違い(自地域の「売り」)を明確にする「ポジショニング」の検討を行う。対象市場の顧客に明確なポジショニングを提示できれば、自地域が旅行先として選択される可能性が高くなる。

 自地域のポジショニングを決定するためには、2つの軸による座標を描き、①誘客対象市場における競争相手のポジション分析、②自地域のポジション検討、③競争相手との差異の明確化、を行う。

 競争相手との差異を明確化できるポジションとは、①競合地域と比較して、量、質、もしくはイメージで優位な位置、②競合地域にない、もしくは気づいていない空白位置、のいずれかである。

 さらにポジショニングとともに、「どういう顧客層を中心に売っていくか」という「マーケットの絞込み」も重要である。例えば、団体かFITか、所得層(富裕層か一般層か)、年代(シニアか若年層か)といった観点から、重点とする顧客層を絞込む作業(セグメンテーション)が必要である。

 セグメント化の可否や程度は市場の成熟度によって異なる。本報告書の重点国・地域では、①韓国、②台湾・香港、③中国の順となり、特に韓国においては、詳細なセグメントを意識した市場へのアプローチが求められる。韓国・台湾・香港においては、旅行会社自体が得意(または中心)としているセグメントを持つケースが多いため、プロモーション時には事前に把握しておくことが重要である。

第3節 中・長期目標の設定とマネジメント
 外国人観光客の誘致においても、PD型(Plan→Do:計画→実施)の仕事の進め方から、評価を加え、その結果を反映させるPDS型(Plan→Do→See:計画→実施→考査)、もしくはPDCA型(Plan→Do→Check→Action:計画→実施→評価→改善)の事業実施への転換が求められる。
 具体的には、5~10年の誘客目標の設定、3年程度を目標期間とした観光戦略の実施、単年度事業の実施という枠組みで施策を展開していくこととなるが、それぞれ評価と改善を行い、次期計画にフィードバックしていくことが求められる。
 なお、目標の設定に当たっては、来訪外国人旅行者数という量的側面だけでなく、旅行の質的側面を含めて総合的に検討する必要があり、検証可能な目標値の設定がキーとなる。

第5章 具体的な戦略の決定

 第5章では、前章までの考察を踏まえて、目標達成に向けた具体的な戦略を策定するプロセスについて考察した。

第1節 訴求テーマ・コンセプト
 具体的な誘客戦略を策定するには、まず対象として定めた市場に対して、どういうコンセプトやテーマで訴求していくかを決める。そして、それをブレークダウンする形でマーケティングの4P、つまり、商品(Product)、価格(Price)、流通(販売チャネル(Place))、広報・プロモーション(Promotion)に関する具体的な戦略を策定していく。

 訴求テーマやコンセプト、さらには、それらを具現化するキャッチフレーズやキーワードを設定するためのポイントとしては、①対象市場の外国人を交えて議論する、②プロの力を借りる、③地域の関係者によるコンセンサスをつくる、ことが挙げられる。

 この際には、①対象市場の人々が理解できるか、②自地域の魅力に関する喚起力があるか、に留意して策定することが重要である。

第2節 観光商品戦略
 ここでは、マーケティングの4Pのうち、まず旅行商品(Product)について考察した。

 訪日旅行商品造成プロセスにおける行政等の公的セクターの基本的な役割は、素材や情報の提供を行うことであるが、行政等の担当者も、以下の点などに留意しておく必要がある。

 ①「売りたい商品ではなく、売れる商品を作ること」を絶えず頭に置く。
 ②行政的な「公平性の確保」という視点を捨てる。
 ③都道府県という枠を取り払って考える。
 ④対象市場の外国人の評価を事前に取り込む仕組を作る。

 商品造成上のポイントはいくつもあるが、まず対象セグメントに対して訴求力のある資源の選択と見極めが重要である。対象市場の旅行者の目で見たときの魅力の有無、その資源が持つ誘客パワーの程度、その資源を含む周辺の観光資源の多様性と集積性の程度を判断する。

 パッケージ旅行商品においては、ほとんどが広域の観光資源を組み合わせてコース設計がなされる。「アシ」(交通機関)、「アゴ」(食事)、「マクラ」(宿泊施設)が基本素材と言われ、特に交通機関、そのうちの航空機やバスについては最初に押さえておくことが重要である。また、コース設計やインとアウトの空港選定を行う際には、対象国・地域との空路を持つ国際空港が自地域内(もしくは近接地域)にあるかどうかや、メインの訪問地との距離・位置関係等を考慮することが求められる。

 また、特殊な訪日旅行商品として、SIT、訪日教育旅行、MICEが挙げられる。

 SITに関しては、対象国・地域の中では韓国が最も盛んで、台湾、香港、中国の順の成熟度である。SITの対象となりうるかは、対象市場の人々の特化したニーズに応えることができる資源・サービスであるかどうかで評価する。また、それらの資源やサービスの存在を、対象市場において関心を持っている人々に知らせることができるかどうかがポイントとなる。

 訪日教育旅行は、際立った観光資源を持たない地域でも、しっかりした交流プログラムや地元の受入態勢を整備できれば、全国どこでも取組むことができるというメリットがあり、今後有望な市場である。学校や地域に対する意識啓発、受入態勢等の整備、受入の多様化(地域での受入)等が促進のためのキーである。

 MICEは、観光を主目的とする旅行よりも、受入地での経済的な利益が大きいと言われており、各地域においても受入態勢の確立や人材の育成等に取組んでいく必要がある。

第3節 価格戦略
 次に、価格(Price)戦略について考察した。
 
 韓国・台湾・香港・中国からの団体パッケージツアーは、基本的には低価格化が進行し、価格勝負となっている。しかし、その一方で、特に台湾・香港では品質面への要求も出てきており、高額商品も流通してきている。
 
 訪日団体パッケージ旅行商品の原価構成は、概ね航空運賃30%、日本国内のランドフィー60%(宿泊費36%、移動費12%、食費・観光費各6%)、添乗員経費10%となっており、これに旅行会社の利益を15%程度上乗せして販売される。
 
 インバウンド料金は、日本人向け価格に対し、概ね欧米人向け80%、アジア人向け60%程度であるが、中国人向けだけはさらに低く、50%程度となっている。

 訪日旅行商品の価格に関する最大の問題は、特に中国からの団体パッケージ旅行を中心として「安かろう、悪かろう」の状態になっていることである。現在は、観光客は満足できず、旅行会社も儲からず、ひいては日本の印象まで悪くなるという状況にあり、早急に事態を打開する必要がある。

 今後の方向性としては、高価格でも高品質・高付加価値の商品開発と、それらへのシフトが考えられる。現地(特に中国)旅行会社の意識改革、高品質・高価格ツアーの造成・販売支援、富裕層に情報が確実に届く適切なプロモーション等が具体的な方策として挙げられる。

第4節 流通戦略
 第4節においては、流通(販売チャネル:Place)戦略について、現状を分析・考察した。

 対象市場において、訪日旅行商品がどのように造成され、販売されているのか、そこで影響力を持っているキー・アクターが誰なのかを把握しておくことが、流通戦略やプロモーション戦略を構築する上で重要である。

 まず、国際観光旅行商品のうち、最も大きなウエイトを占めるのは、「市場生産型」(メーカー兼ホールセラーである旅行業者が、不特定多数向けに生産・販売する旅行商品のパッケージツアー商品)であり、旅行市場の成熟度が増すにつれて「自己生産型」(消費者が自ら旅行素材(航空・船、鉄道、宿泊等)を組み立てて手配・消費する旅行)の個人旅行が増加する。

 パッケージツアー商品は、基本的には対象市場における旅行社が造成・販売に関する決定権を持っているが、その実質的な担い手については国・地域で特色がある。

 ①韓国では、大手旅行社に加えて、民族系の旅行社(ランドオペレーター:韓国では一般的に「ランド社」と呼ばれている)が旅行商品の企画・造成に影響力を持っている。
 ②台湾や香港では、大手旅行社の力が強く、ランドオペレーターを介さない直接手配が増えている。また、航空会社の影響力が強いことも特徴である。
 ③中国については、中国側の指定旅行社の企画力が弱いため、日本側の民族系旅行社からの持ち込み企画に依存している。

 これらのキー・アクターの中から、さらに有力な旅行社等を絞り込んでプロモーションを行い、相互に深い信頼関係を築いていくことが重要である。

第5節 広報・プロモーション戦略
 マーケティングの4Pの最後に、広報・プロモーション(Promotion)に関する戦略を考察した。

 広報・プロモーション活動は通常、広告、販売員活動、パブリシティ、販売促進の4つに大別され、広告を重視するプル戦略と販売員活動を重視するプッシュ戦略に分けられる。

 訪日旅行商品に関する現地市場での広報・プロモーション戦略を考える際には、まず自地域の認知度・イメージの分析・評価、次に海外旅行をする消費者の観光情報入手媒体等の把握・分析を行う。これらを踏まえて、一般消費者向けの認知度向上と旅行会社向けのセールスのどちらに重点を置くのか(プル戦略かプッシュ戦略か)を決定する。
 一般消費者向けの広報・プロモーションを考えるに当たっては、広告の目標・目的、コンセプト・テーマ・メッセージ、訴求対象者のセグメント、広報媒体の選択と表現計画、メディアとのリレーションの構築方法、パブリシティへの対応方法等について検討し、明確化する必要がある。また、インターネットの普及・一般化に伴い、ネットを利用した広報・プロモーション対策も大切である。

 旅行会社向けの広報・プロモーションは、訪日旅行商品の造成を主目的とするのか、造成された商品を売ってもらうことを主目的とするのかにより、アプローチ先が異なる。ターゲットとする国・地域の流通構造(商品造成・販売プロセス)を把握して、キー・アクターが誰なのかを確実に押さえ、的確にアプローチすることが非常に重要である。また、各国・地域の訪日旅行商品造成・販売時期に合わせたセールス活動が求められるが、旅行博時期等は多くの自治体等からの訪問団が集中し、現地旅行会社等の不興を買っている。担当者を決めて、先方と密接なリレーションを構築していく方式が望ましい。

第6章 受入態勢・受入環境整備の戦略

 受入態勢・受入環境整備における最重要課題は、「言葉」に起因する双方の不安やミスコミュニケーションを解消することである。加えて、外国人旅行者の満足度を高めるためのホスピタリティの向上とサービスの充実が必要である。

 外国人観光客受入に対する地域住民や宿泊施設等観光関係者の理解を深めることが、地域としてのホスピタリティを高める基礎である。

 また、「言葉」の障壁を解消するためには、様々な媒体を相互補完的に組み合わせて、外国人旅行者をサポートする情報提供の体制整備が必要である。

 そのためには、シームレスな(つなぎ目のない)情報提供体制の整備を目標に据え、具体的には、点から線へ、線から面(エリア)へ順次広げていくとともに、外国語による観光案内板や標識・サイン等の充実を優先的に進めることが必要である。案内標識等の整備では、各設置主体間の連携とコンセンサスづくりが基本となる。

 また、観光案内所は、現地情報の総合的窓口であるため、外国語に対応できるスタッフや、外国語による地図、資料等の充実を図る必要がある。

 人を介在して行う情報提供は、外国人観光客とのフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを生むことによって、旅行者の満足度を高めることができるため、通訳案内士や外国語観光ボランティアガイド等の養成を進めていく必要がある。新たに導入された地域限定通訳案内士制度を活用し、潜在する外国語対応可能な人材の発掘につなげていくような取組を進めることが重要である。

 さらに、外国人旅行者の利便性等を高めるため、地方における両替機能、クレジットカード対応などの充実を図ることが重要である。

第7章 地域におけるインバウンド観光推進体制の構築

 本章では、インバウンド観光の推進に関連する主体間でどのような役割分担をするか、また地域における推進体制をいかに構築するかなどの点について考察した。

 まず、インバウンド観光関係機関等の役割についてである。

 訪日外国人観光客の誘致には、行政をはじめ、政府観光局(JNTO)・観光協会、観光関連企業・観光関連団体、NPO・地域住民・教育機関等の多様な主体が関わっている。しかし、現在は、小さな政府・行政を目指して規制緩和や行政改革が進められていることから、行政セクターがどこまでを担うのかが問題となる。「民間に任せられるところは民間で実施する」というスタンスが基本であるが、①基盤整備(内容は、政府間の調整、法律・条例等の整備、観光統計の実施・整備、外国人観光客誘致基本戦略等の政策の企画・立案、CIQ・通訳や標識の整備など、受入体制の整備・改善・充実等。)、②観光資源の保護・保全・管理・育成、③観光協会・観光関連業者等への支援・規制が行政の守備範囲となるであろう。

 次に、地域におけるインバウンド観光推進体制である。

 インバウンド観光については、その意義や必要性が高まっており、市町村や都道府県の枠を越えた連携がなされている。広域連携の枠組みは、組織起点でなく、顧客サイドの視点により商品設計やルート設計がしやすいまとまりで考えること、連携先も柔軟に変えていくことが大切である。この際、広域連携組織と自治体などの構成団体が同じことをしていたのでは意味がない。特に商品造成やプロモーションについて役割分担を明確化して、インバウンド観光の推進に当たることが求められる。

 個別の地域においては、多様な主体の参画による(仮称)「地域インバウンド観光推進協議会」を設け、目的の共有から商品・プロモーション戦略に至るまで一貫した考え方の下に連携して取り組むことが重要である。(仮称)「地域インバウンド観光推進協議会」には利害や役割が異なる主体を調整・統合し、効果的に事業を推進していくため、マーケティングの専門的なノウハウや対象市場の動向に精通した人材(総合プロデューサー的人材)を獲得できると非常に好ましい。

第8章 まとめと今後の課題

 外国人観光客の誘致は、国内観光と異なり、地域の努力だけでは対応できない課題が大きく、それらについては、国レベルで対応していくことが求められる。

 第一には、効率的な国際観光プロモーション推進体制の充実強化である。2003年初頭から始まったビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)は、外国市場に対して、観光デスティネーションとしての「日本」をアピールすることを目的とした、国・地方、官・民を挙げた取組であるが、VJCの推進体制等については、観光マーケティングの視点からまだまだ十分でないという指摘もなされている。

 観光地「日本」のイメージを外国市場に売り込むことは、第一義的には国レベルで取り組むべき課題であり、そのための体制の強化をさらに進めていくことが望まれる。
 
 第二には、中国からの訪日観光旅行に関する渡航制限等の緩和である。

 中国からの訪日旅行については、現在、査証発給に関わる制限の他に様々な制約が存在し、①査証取得に関わる中国側旅行社の負担が大きいこと、②高額なデポジット(保証金)を必要とするため、旅行者にとって負担が大きいこと、③訪日旅行では自由行動が認められないため、旅行者の不満が大きいこと、④日中双方の添乗員義務付けによるツアーコストの増加などの問題点が指摘されている。

 2010年に訪日外国人旅行者1,000万人の目標を達成する「鍵」が中国市場にあるとすれば、これらの問題点の改善に向けた本格的な検討が必要である。

 第三には、インバウンド観光に関わる人材の育成である。

 国際観光については、直接的な接遇面において外国人旅行者の応接が適切にできる熟練スタッフが不足していることに加え、都道府県や観光協会などにおいて、インバウンド観光に関するマーケティングの知識・ノウハウを持った人材が不足しており、わが国全体として本格的な国際観光を推進していくためには、国や地方自治体における人材育成のための取組やバックアップ体制を充実させていくことが必要である。

 中でも、観光に関する専門的知識や理論を身につけた人材を養成するための中核的な機関として期待される大学の観光学部・学科等の増設の促進や教育研修プログラムの充実などが必要となっている。

 また、質の高い通訳ガイドの育成・確保は重要な課題であるため、地域限定通訳案内士制度については、活動範囲の限定を国際観光テーマ地区や広域的な地方ブロックに拡大するとともに、試験実施主体に広域組織を含めるなど、旅行実務面でより実効性のある制度への改正を行うことが強く望まれる。

目次

国際観光戦略策定・実施のためのフロー(図1)
国際観光戦略検討のためのチェックリスト(図2)
要約
第1章 マーケティングの視点に立った国際観光戦略の展開に向けて
第2章 想定市場の分析(外部環境)
第3章 自地域の分析(内部環境)
第4章 ターゲットと誘客目標の決定
第5章 具体的な戦略の決定
第6章 受入態勢・受入環境整備の戦略
第7章 地域におけるインバウンド観光推進体制の構築
第8章 まとめと今後の課題
資料編
参考文献
研究体制
研究会出席者

図表

図1 国際観光戦略策定・実施のためのフロー
図2 国際観光戦略検討のためのチェックリスト
図表1-1 マーケティングにおける「商品」の捉え方
図表1-2 デスティネーション・マーケティングにおける「4つのP」
図表1-3 デスティネーション・マーケティングにおける「3つのC」
図表2-1 国際観光客到着数の推移
図表2-2 地域別の国際観光客到着数の予測
図表2-3 アジア・大洋州地域の国際観光客到着シェア
図表2-4 出国率とドル建て一人当たりGDPの関係
図表2-5 VJC対象国・地域から日本への入国者数
図表2-6 VJC対象国・地域を中心とした日本への入国者数の構成(2006年)
図表2-7 VJC対象国・地域から日本への出国者数の順位とシェア(2005年)
図表2-8 外国人旅行客の受け入れを促進している・促進したい国・地域
図表2-9 韓国・台湾・中国・香港からの主要出国先(2005年)
図表2-10 主要競合国・地域のインバウンド観光政策
図表3-1 国内宿泊観光旅行者数の変遷
図表3-2 国内宿泊観光・レクリエーション旅行の量及び消費額
図表3-3 観光の経済効果を拡大させるための取組要素
図表3-4 国別の観光シーズン
図表3-5 都道府県別訪問率(全体)
図表3-6 平成17年度都道府県別訪問率(国別)
図表3-7 都道府県の観光統計等における外国人観光客の把握状況
図表3-8 北海道及び沖縄県における外国人旅行者実態調査の概要
図表3-9 第一次的な立地環境の分析に必要な基本的情報
図表3-10 第二次的な立地環境の分析に必要な基本的情報
図表3-11 国際観光における交通体系概念図
図表3-12 旅行の各段階における旅行者の一般的なニーズ
図表3-13 受入環境の分析に必要な基本的情報
図表3-14 観光商品化資源の分類とその捉え方
図表3-15 想定市場から見た観光資源の分類・評価表(韓国の例)
図表3-16 観光資源のランクと評価基準
図表3-17 ファムトリップ等に基づく評価情報データベース化とその活用
図表4-1 対象市場の重点化のステップとマーケティング戦略
図表4-2 SWOT分析マトリックス表
図表4-3 数値化による評価に基づく重点市場の絞込みの例
図表4-4 SWOT分析による戦略課題検討のためのマトリックス表
図表4-5 SWOT分析の定期的見直しと戦略の修正
図表4-6 外部環境要因の分析フレームワーク(韓国:静岡県の例)
図表4-7 内部環境要因の分析フレームワーク(韓国:静岡県の例)
図表4-8 戦略課題の検討例(韓国:静岡県の例)
図表4-9 1人当たりGDP:日本の推移と韓国・台湾・中国・香港(2005年)
図表4-10 1人当たりGDP:日本の推移と中国主要都市の水準(2005年)
図表4-11 中国各地域で販売されている訪日旅行商品の実態
図表4-12 中国マーケットにおけるツアー商品造成・販売の状況(2006年1月現在)
図表4-13 ポジショニングの選択
図表4-14 韓国市場におけるポジショニング・マップ(例)
図表4-15 4カ国・地域の市場成熟度
図表4-16 マネジメントサイクル
図表4-17 計画とマネジメントサイクル
図表5-1 訴求コンセプト・テーマとマーケティングの4P
図表5-2 日本国内におけるアウトバウンド商品の企画からツアー終了までの流れ
図表5-3 日本国内におけるパッケージ型アウトバウンド商品の造成プロセス
図表5-4 各国の訪日旅行ニーズ1(全般)
図表5-5 各国の訪日旅行ニーズ2(セグメント別)
図表5-6 発地と目的地間の距離と周遊範囲
図表5-7 チャーター便の有効活用事例
図表5-8 単純往復型
図表5-9 オプショナルツアー型1
図表5-10 オプショナルツアー型2
図表5-11 立寄り型
図表5-12 周遊型
図表5-13 対象国・地域で販売されているSITの商品
図表5-14 韓国等におけるゴルフの状況
図表5-15 訪日教育旅行の受入実績(平成16年度
図表5-16 訪日教育旅行相手国別受入実績(平成16年度)
図表5-17 訪日教育旅行都道府県別受入実績(平成16年度)
図表5-18 訪日教育旅行の月別受入実績(平成16年度)
図表5-19 韓国・中国・台湾からの訪日教育旅行の状況
図表5-20 訪日教育旅行の実施プロセス
図表5-21 国際会議の開催状況(国際比較)
図表5-22 各国・地域における団体パッケージツアーの価格の状況と背景
図表5-23 「ゴールデンルート6日間」の商品価格の推移
図表5-24 訪日パッケージ旅行商品の原価構成-1
図表5-25 訪日パッケージ旅行商品の原価構成-2
図表5-26 インバウンドレート
図表5-27 観光目的の来日客の居住地と観光での再訪日希望
図表5-28 訪日旅行商品のポジショニング
図表5-29 国際観光旅行商品の分類
図表5-30 海外旅行商品の造成・流通の基本的な構造
図表5-31 韓国における訪日旅行商品の造成・流通構造
図表5-32 台湾における訪日旅行商品の造成・流通構造
図表5-33 中国における訪日旅行商品の造成・流通構造
図表5-34 香港における訪日旅行商品の造成・流通構造
図表5-35 4カ国・地域における訪日旅行商品造成・流通構造の特徴点
図表5-36 プル戦略
図表5-37 プッシュ戦略
図表5-38 一般消費者向けと旅行会社向けプロモーションの基本的な考え方
図表5-39 AIDMAモデル
図表5-40 AISCEASモデル
図表5-41 インターネットの普及状況
図表5-42 海外旅行する時に参考にしたメディア
図表5-43 ホームページのコンテンツ例
図表5-44 プロモーション対象となる各国・地域別のキーアクター
図表5-45 各国・地域の旅行シーズンと商品造成のためのプロモーション時期
図表5-46 各国・地域におけるプロモーション時の留意事項
図表6-1 訪日前・後における日本の印象(否定的イメージ)の変化
図表6-2 韓国人来訪者が困ること
図表6-3 日本に海外からの観光客が増えることに対する国民の意
図表6-4 海外からの観光客受入意向について
図表6-5 海外からの観光客の受入条件について
図表6-6 受入態勢・受入環境整備における課題
図表6-7 国際観光に対する理解促進のためのポイント
図表6-8 外国語への対応方法
図表6-9 独自イラストとピクトグラムの比較
図表6-10 案内標識等における表記基準例
図6-11 観光客の誘導形態に応じた配置例
図表6-12 公共交通機関における情報提供促進措置の基準
図表6-13 「まちめぐりナビプロジェクト」の概要
図表6-14 ビジット・ジャパン案内所の表示
図表6-15 北海道さっぽろ「食と観光」情報館の概要
図表6-16 都道府県別の通訳案内士数(平成19年4月1日現在)(人)
図表6-17 通訳案内士と地域限定通訳案内士の比較
図表6-18 東アジア各国、地域のクレジットカード
図表6-19 主な外国語対応救急医療施設の情報提供状況
図表7-1 インバウンド観光に関わる主体
図表7-2 インバウンド観光政策主導主体
図表7-3 国際観光戦略における役割分担イメージ
図表7-4 静岡県における広域連携(国際観光テーマ地区)
図表7-5 静岡県における国際観光テーマ地区の比較
図表7-6 広域組織と構成団体の役割分担の考え方
図表7-7 自地域における推進組織(イメージ)

研究体制 

「外国人観光客の行動特性と地域における国際観光戦略」研究会

座長
 溝尾良隆 城西国際大学観光学部教授

委員
 角野幸博 関西学院大学総合政策学部教授
 鈴木克明 (独)国際観光振興機構海外市場開拓部アジアグループマネージャー
 佐藤政雄 茨城県商工労働部観光物産課長
 浅川幸治 山梨県観光部観光振興課長(~2007年3月)
 窪田克一 同観光部国際観光振興室長(2007年4月~)
 白井滿  静岡県産業部振興局観光コンベンション室長
 白井千尋 長野県商工部産業政策チームリーダー(~2007年3月)
 関昇一郎 同観光部観光振興課長(2007年4月~)
 笹野千尋 岐阜県産業労働部観光交流課長(~2007年3月)
 岡田芳和 同産業労働部観光交流課長(2007年4月~)
 荻野真治 福井県産業労働部観光振興課長
 青柳良明 京都府観光・コンベンション室長
 中山悟  奈良県企画部観光交流局文化国際課長
 木村敬  鳥取県文化観光局観光課長(~2007年3月)
 山﨑嘉彦 同文化観光局観光課長(2007年4月~)
 高徳敏弘 香川県政策部交通政策課長(~2007年3月)
 宮武卓朗 同政策部交通政策課長(2007年4月~)
 山田伸裕 長崎県観光振興推進本部副本部長

オブザーバー
 篠原康弘 国土交通省総合政策局国際観光課長
 金子正夫 全国知事会研究室長

NIRA
 伊藤元重  総合研究開発機構理事長
 澤井安勇  同理事
 江崎芳雄  同理事
 後藤元之  同研究開発部長
 小野稔   同研究開発部総括主任研究員
 小林肇   同研究開発部主任研究員
 大島礼   同研究開発部研究員
 坂東真弓  同国際研究交流部研究員
 和仁屋浩次 同研究開発部研究員

SRI
 西野勝明(財)静岡総合研究機構研究部長
 影山武司 同研究グループマネージャー
 山本知成 同研究グループ主席研究員
 米田徳広 同研究グループ主任研究員
 鶴見健一 同総務・学術グループ主任研究員

KIIS
 太田智子 (財)関西情報・産業活性化センター調査グループ部長
 山岸隆男 同調査グループ主席研究員
 橋本恵子 同調査グループ主席研究員

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)総合研究開発機構(2007)「地域におけるインバウンド観光マーケティング戦略」

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

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