柳川範之
NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院経済学研究科教授
フランツ・ヴァルデンベルガー
ドイツ日本研究所所長
シュジー・ヤオ(姚树洁)
重慶大学社会科学部副学部長兼経済経営学部教授/重慶市政府首席専門官
グレン・S・フクシマ
米国先端政策研究所上級研究員
フベルトゥス・バート
ドイツ経済研究所所長・研究部長
トーマス・コーベリエル
スウェーデン・チャルマース工科大学教授/自然エネルギー財団理事長
アンドレ・サピール
ソルベイブリュッセル経済経営学院教授

概要

 NIRA総合研究開発機構とドイツ日本研究所(DIJ)は、海外の主要地域の専門家と、収束が不透明なCOVID-19の世界的流行に対する各国の政策について議論を行った*
 この国際会議は4月23日にオンライン上で開催され、米国、中国、EU、ドイツ、スウェー デン、日本の専門家が参加した。会議の主な目的は、既に一般公開されている情報の分析ではなく、参加者の評価に基づいた、パンデミックの経済的影響や対策についての意見交換だ。
 会議では、国際的な協調と協力の必要性、新型コロナウイルス危機の経済的影響と国内経済対策、世界のエネルギー市場への影響、社会的・地域的格差、専門家の役割など、さまざまな問題が議論された。現在のパンデミックは人類に難題を投げかけている。その世界的規模での影響に対応するためには、調整と協力だけでなく、相互の理解と学習を目指し、集中的かつ継続的な国際対話が必要である。

INDEX

COVID-19によるパンデミックの経済的影響への対応
国際的な協調と、継続的かつ集中的な対話が必要〈仮訳〉

フランツ・ヴァルデンベルガー
ドイツ日本研究所所長

柳川範之
NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院経済学研究科教授

はじめに

 COVID-19パンデミックは、一部の国では食い止められたようだが、他の多くの国では依然猛威を振るっている。死者数は、統計の不正確さが深刻であることに加えて、準備のレベル、政府などの緊急措置のタイミングと有効性、医療・保健分野のキャパシティー、社会的・地理的条件の違いを反映して、地域によって大きく異なっている。第2波や第3波が起きる懸念を含めて、パンデミックがいつ世界的に収束するのか、また、いつ医薬品やワクチンが利用可能になるのかについては、依然として不確実だ。

 しかし、すでに明らかになったと思われるのは、今回の危機の経済的影響、特に渡航の禁止、都市の封鎖、サプライチェーンの停滞が経済に大きなショックを与え、2008/2009年の世界金融危機を上回る景気後退を引き起こす可能性があるということである。死者数の大きな違いにもかかわらず、経済の相互依存度が高いため、経済的影響は各国でかなり似通っている。そのため、パンデミックが各国に、いつ、どのようなタイミングで、どの程度の深刻さで打撃を与えたとしても、その後の経済危機の克服は各国が協力することでしか達成できない。

 4月23日に開催された、米国、中国、EU、ドイツ、スウェーデン、日本の専門家によるオンライン国際会議では、新型コロナウイルス危機の経済的影響と各国の経済対策に焦点を当て、国際協調・協力の必要性が強く主張された。以下、各国の識者を紹介し、それぞれの見解や主張を紹介している。

 この中で、各国政府が雇用と所得を安定させ、流動性を確保するために、経済的救済と歴史的な規模の支援制度を始めていることが示されている。膨大な資金が投入されているが、それだけで十分なのか、どのように経過を観察できるのか、必要としている人々に間に合うように届くのかについては、まだ多くの疑問が残っている。しかし、これらの不確実性に対応し、将来起こり得る世界的な需要の減少に対処するために、国際的な協調と協力が必要不可欠で、国内政策だけでは成功しないことも強調された。この国際協調には、財政状況の悪化により対応力が低下した国に対する特別な支援措置が含まれる。

 さらに、石油価格の暴落など世界のエネルギー市場への影響もテーマとして取り上げられた。また、パンデミックによって、既存の所得格差や社会的・地域的格差が拡大するのではないかという懸念も出された。もう1つの視点は、危機に対して国家的なアプローチを行う場合、科学的専門知識、政党政治、経済的利益がどう関係するか。包括的な情報と信頼できるリスクコミュニケーションを提供することが、国民に対する制限的な規制にどの程度取って代わるかという問題であった。

 現在のパンデミックは人類に難題を投げ掛けている。その世界的規模の影響に対応するためには、調整と協力だけでなく、相互の理解と学習を目指し、集中的かつ継続的な国際対話が必要である。本稿が、この目的を達成するのに大いに有効であることを期待している。

(追記)6月現在、各国は経済活動を再開させつつあるが、依然として感染拡大のリスクを世界的には抱えている。また米中関係をはじめとした地政学的な不安定性も高まっており、世界経済全体の変動リスクも依然として大きい。オンライン国際会議で議論された国際的な協調と協力の重要性はより増しているといえるだろう。

※フランツ・ヴァルデンベルガー氏と柳川範之氏はモデレーターを務めた。

Franz Waldenberger(フランツ・ヴァルデンベルガー)

ドイツ日本研究所所長。2014年にミュンヘン大学を休職し、現職。1989年にケルン大学で経済学博士号を取得。専門は日本経済とコーポレート・ガバナンスの研究で、日独の経済・金融システムとコーポレート・ガバナンスの比較研究を行う。

柳川範之(やながわ のりゆき)

NIRA総合研究開発機構理事。東京大学大学院経済学研究科教授。1993年に経済学博士号を取得。契約理論と金融契約を専門としている。経済財政諮問会議委員を務めるなど、公職多数。

中国の回復と第2波の回避には世界の感染と死亡率を引き下げることが必須

シュジー・ヤオ(姚树洁)
重慶大学社会科学部副学部長兼経済経営学部教授/重慶市政府首席専門官

 中国は現在、COVID-19パンデミックへの対応において、「第2波」を国内で阻止しつつ、経済を正常化するという二重の課題に直面している。そのためには、グローバルな協力が不可欠である。

 中国では、2019年12月末、COVID-19の症例が湖北省の都市、武漢で初めて確認された。感染者数は2020年1月後半に急増し、人から人への感染が確認された後、1月23日から4月8日まで76日間、武漢は封鎖された。1月24日から28日にかけて、全国各地で第1級の疫病対策が実施され、14億人が隔離されて検疫下におかれ、生活を維持する上で必要な産業の労働者を除くすべての労働者が50-60日間、自宅にとどまった。2月の終わりまでには、状況は大体収まった。現在、中国で新型コロナウイルスのために入院している患者は1,000人に満たず、香港、マカオ、台湾を含めると、患者数はピーク時で約84,000人、死亡者数は約4,600人を記録している。厳重かつ迅速な検疫が実施されなければ、この数字はもっと大きくなっていただろう。

 これらの措置は非常に効果的だったが、中国経済は全国的な閉鎖のために大きな打撃を受けた。中国は1978年以前から長い間、マイナス成長を経験したことがなかった。経済は、2月中旬以降徐々に回復している。しかし、新型コロナウイルスがヨーロッパや米国など世界各地で急速に広がっているため、国際貿易や航空便が途絶え、経済に深刻な影響を及ぼしている。2020年第1四半期、中国のGDP(国内総生産)は6.8%減少し、湖北省のGDPは39.2%減少した。これだけでは経済崩壊にはならず、そこまで悪い結果ではない。しかし、いくつかの活動は急激に収縮し、自動車販売は42%、国際貿易は8.4%減少した。政府予算はほぼ10%減少した。国の努力にもかかわらず、まだ多くの産業が影響を受けており、完全に回復したとは言えない。
 
 中国政府は、国内経済と世界経済の重要な関連性を認識し、国内外の経済回復を確実なものとするために努力している。政府は、特に国際的に需要の高い医療品やサービスの国際的なサプライチェーンの維持に重点を置いている。2020年3月と4月に、中国は712億元相当の医療品を輸出し、輸出額は4月初めの10億元から4月末までに30億元に増加した。また、外国貿易や国境を越えた直接投資への被害を最小限にするため、さまざまな措置が講じられている。国内経済活動の活性化のためには、中小企業に対し、金利の引き下げやクレジット(リクレジット)の供与等のさまざまな財政政策が実施されている。

 また、政府は地方や低所得層の雇用確保を支援する意向を強く示している。しかし、第1四半期には200万人強の雇用が創出されたが、2019年同期に比べて100万人近く減少した。一方、中国政府は年末までに、購買力平価で1人1日当たり約1.9米ドルと定義されている、いわゆる「絶望的な貧困」を根絶することに取り組んでいる。パンデミック下にあっても、人々を貧困から救い出すことは、政府が達成しようとしている社会的、経済的、政治的目標である。支援には、物的支援、基礎的な学校教育、医療、住居の提供が含まれる。これは、最も立場の弱い人々をパンデミックから守り、第2波を防ぐのに役立つはずである。

 世界では、中国が経済的に完全に回復できるかどうかに大きな関心が寄せられているようだが、その疑問に対し私の答えはノーだ。中国が第2四半期に1-2%の成長を達成できれば、それはかなり良い方だ。今年の第3四半期と第4四半期に景気が回復することが期待されているが、これは中国以外の環境に大きく依存している。欧米が今四半期中に新型コロナウイルスを封じ込めることができれば、中国経済は下半期に本格的に回復し、年間2-3%のGDP成長率を達成することができるだろう。

 私が心配しているのは、パンデミックの解決には長い時間がかかるかもしれないということだ。国によって状況が違うためである。これは中国にとって懸念すべきことである。なぜなら、スウェーデンのような国では、国民の大部分が感染し、何らかの免疫が獲得された可能性があるのに対し、中国では多くの人々が感染しなかったからである。第2波がきた場合、中国はより深刻な打撃を受ける可能性がある。こうした事態を防ぐため、中国は経済が徐々に正常化する中で、さまざまな厳しい予防措置を講じている。中国の回復は、最終的には世界の他の国々、特に今日の議論に参加していないインド、ロシア、ブラジル、アフリカの一部の国々の感染率と死亡率を下げることにかかっている。もしこれらの国々がアメリカとヨーロッパと同じような状況になれば、第3の波にも備えなければならず、その結果がどうなるかは誰にも分からない。

シュジー・ヤオ(姚树洁)

発展経済を専門とし、中国の重慶大学社会科学部副学部長を務めている。また、中国寧波にあるノッティンガム大学の客員教授でもある。マンチェスター大学で1989年に経済学博士号を取得し、定量的手法、応用計量経済学、所得分配、貧困、中国経済発展などの研究に幅広く従事している。

COVID-19戦後最悪の危機に直面する米国

グレン・S・フクシマ
米国先端政策研究所上級研究員

 米国はCOVID-19パンデミックに見舞われており、本稿の公表時点で100万人以上が感染、6万人以上が死亡し(ベトナム戦争よりも多い)、毎日数万人が新たに感染している。大半の州では、強制的な都市封鎖が実施されており、社会・経済活動の大部分が抑制され、経済に予想どおりの壊滅的な影響が出ている。

 経済的混乱の範囲は広大で、わずか6週間で3,000万件以上の失業申請がなされた。また、本稿の公表時点で、米国議会はウイルスの悪影響に対処するための4つの法案を可決し、救済のための総額約3兆ドルの支出を認めた。前代未聞の大規模な連邦政府の景気刺激策にもかかわらず、状況は依然として不安定であり、多くの州政府がCOVID-19によって引き起こされた経済的損害に対応しようとして破産の危険を冒している。全体的な見通しは厳しいが、これは一部の公衆衛生の専門家が表明したように、秋のインフルエンザ・シーズンの始まりがCOVID-19の再流行と重なった場合は、最初の回復が覆されるのではないかという不安によってさらに悪化している。ゲイツ財団のような民間部門の一部が援助を申し出ているが、問題の規模があまりにも大きいため、連邦政府のさらなる支援が必要となる。

 景気刺激策は大規模なものであるため、その妥当性、対象範囲、受益者、適格要件について継続的な精査が行われる。例えば、資金が最も困窮している教育機関に充てられているかどうか疑問が提起された後、ハーバード大学は、教育支援プログラムとして割り当てられた870万ドルの辞退を発表した。また、支出のタイミングや資金の使途について、信頼性を確保するための適切な監視にも懸念があり、ホワイトハウスと民主党議員の間で対立が続いている。

 さらに、米国ではビジネスを再開する適切な時期について激しい議論がある。ジョージア州やサウスカロライナ州などの共和党知事は、厳重なロックダウン措置に最も抵抗している。ミシガン州などの民主党知事は、ロックダウンの措置に対しトランプ大統領の後押しを受けた人々から抗議を受けている。3月24日、大統領は、米国がイースター(4月12日)までにこうした厳しい措置から「解放された」状態になることを望むと述べたが、感染者と死者が増え続ける中、「非現実的である」として断念せざるを得なかった。

 新型コロナウイルスの世界的流行は、地域、人種、教育、所得、富に関する国の分断を悪化させ、感染率と死亡率は恵まれない人々に不均衡に打撃を与えている。伝染病が国を荒廃させているにもかかわらず、経済活動に対する政府の適切な役割については、民主党と共和党の間で議論が続いており、前者はより大きな役割(フランクリン・ルーズベルト大統領時代のニューディールのように)を提唱し、後者は政府の役割に深く懐疑的である。

 民主、共和の両党は、2020年11月3日に予定されている大統領選挙を強く意識している。トランプ政権の対応に対する有権者の評価は、誰が大統領に当選したかだけでなく、誰が上院、下院、州議会、地方議会を牛耳るかにも影響を及ぼすだろう。民主党はトランプの対応に批判的だが、共和党は支持的だ。

 この危機は、米国の世界的な役割について疑問を投げかけている。それには(1)将来のパンデミックを予防し、管理する上での役割(2)トランプ大統領が批判し、米国の資金援助を打ち切ると脅したWHO(世界保健機関)への支援(3)中国との関係(4)G7およびG20がパンデミックの経済的影響に対処するための適切な場となっているか、などが含まれる。米国が自国の優先事項に照らして国際的なコミットメントを評価するのは当然であるが、「America First(アメリカ第一)」はあらゆる制限を伴って「America alone(アメリカ単独)」となっている。COVID-19への対応には、他のグローバルな課題と同様に、米国が他の国やWHOを含む国際機関と効果的に協力することが求められており、科学的な事実、真実、透明性などを政治よりも優先させる必要がある。もし11月3日の大統領選挙で民主党政権が誕生すれば、現在のパンデミックと将来のパンデミックへの対応において、米国のアプローチは大きく異なるものになるだろう。

 現時点では、新型コロナウイルスの世界的流行に対し米国における最終的な結果を予測することはできない。6月か7月にピークに達し、7月末か8月にはほぼ正常に戻るとすれば、11月3日の大統領選挙までには事態は安定するだろう。しかし、一部の人々が予測していたように、インフルエンザの流行に伴って、COVID-19の世界的流行が悪化したり、秋に再び流行したりすると、これまでに見てきた状況よりもはるかに困難な状況が生じる可能性がある。結論として、米国の見通しは不透明だ。短期的には、どのようにパンデミックが発生し、トランプ政権がどう対応するかにかかっている。長期的には、2021年1月20日に新政権が発足するかどうかにかかっており、その場合には、これまで以上に科学とグローバルな協力に基づいた、より積極的な米国の対応が期待できる。

Glen S. Fukushima(グレン・S・フクシマ)

ワシントンD.C.にある米国先端政策研究所(Center for American Progress)の上級研究員。米国・東アジア関係に焦点を当て研究を実施。1980年には米国通商代表部(USTR)、1990年には在日米国商工会議所会頭を務める。22年間、アジア地区のビジネス上級管理者として活躍し、外交問題評議会、アジア社会グローバル評議会のメンバー、経済同友会の幹事も務める。スタンフォード大学、ハーバード大学、慶應義塾大学、東京大学で教育を受けた。

欧州全域での連携がドイツ経済再生の鍵

フベルトゥス・バート
ドイツ経済研究所所長・研究部長

 ドイツでは3月中旬以降、COVID-19への対応として、医療体制の拡充等と併せて、集中治療室やベッドの大幅増等の措置が講じられている。これらの施策の効果、4月上旬時点での活動症例数(active cases)が3分の1減少していることや、収容力が増加した集中治療室に未利用の余裕があることが確認されている。

 ホテル、イベントスペース、レストランなどの事業がすでに閉鎖されており、今後も数週間から数カ月間閉鎖される予定だが、これらの多くが破産に追い込まれるだろう。製造業のうち、COVID-19は自動車産業に最も深刻な影響を与えている。需要が減少し、国際的なバリューチェーンを再開しなければならなくなる。これは、自動車業界が電気自動車への移行を模索する大きな構造変化の真っただ中で起こっている。新しい技術に投資し、この構造変化を加速するために利用可能なあらゆる資源が必要されている。現在の危機は長期的な影響をもたらす可能性のある大きな打撃である。他の産業も自動車メーカーの需要減少の影響を受けている。さらに、多くの製品を輸出している新興国が長期的な成長鈍化に直面した場合、機械産業は需要面でマイナスの影響を受ける可能性がある。これは、北イタリアとスペインの重要な供給業者が操業を停止することにつながり、複雑な欧州間、および国際間のバリューチェーンに新たに打撃を加える。

 とはいえ、医学的な観点から言えば、状況はそれほど悪いわけではない。ただし、その状態を維持するための経済活動の迅速な再開について、われわれはまだ議論できていない。われわれは、経済的被害を制限する努力をすべきだ。これまでのところ、ドイツの短時間労働制度によって、失業者数は短期的にはあまり変化していない。企業は従業員の労働時間を短縮することができ、労働担当省は所得損失の大部分をカバーする。これにより、労働者たちは新型コロナウイルス危機が収束して安全な状況になれば、仕事に戻ることができるだろう。これまでに約75万社がこの制度に応募している。何百万人もの人が現在、短時間労働を行っているということだ。この方法は10年前の金融危機の際に大成功を収めている。また、政府は企業に対し、融資や税金納付の猶予などの流動性を確保しており、返済不要の助成金も検討している。

 楽観的なシナリオでは、COVID-19危機により、少なくともGDPの5%の落ち込みが見られる。しかし、それはいつ、どのように経済を再開し、ロックダウンを緩和あるいは解除できるかにかかっている。GDPが5%以上減少した場合、2021年までに2019年レベルの経済活動を達成することは困難と考えられ、経済が危機以前のレベルに戻るには2022年の初めまでかかると考えられる。過去の財政政策により、ドイツは債務の対GDP比が60%と非常に良好な財政状況にある。たとえ10-15%ほど支出を増加したとしても、ドイツが思慮深く、段階的に封鎖の状況から抜け出すことができれば、大きな問題にはならないだろう。短期的な消費はかなり急速に回復する可能性が高いものの、不安や失業のために将来の所得見通しに自信が持てず、消費を先送りすると、耐久財は需要不足に陥る可能性がある。ドイツの消費者信頼感は非常に低い水準にあると報じられており、回復するかどうか、また回復する時期は不明だ。このため、成長政策や供給サイドの改革などの追加的な景気刺激策や、ロックダウンが終われば必要となる減税などについて議論が始まっている。

 ドイツ経済の回復にとって本当の問題は、国際需要の伸びがこれまでよりもずっと鈍化する可能性が高いことだ。ドイツは輸出中心の経済であり、世界的な需要に依存しているため、ドイツだけでは経済を刺激できない。加えて、ドイツの産業、特に北イタリアからの供給者のサプライチェーンは、ドイツが軌道に戻った時に再建される必要がある。ドイツやEU内で物議を醸しているとしても、ヨーロッパの重要な地域を軌道に乗せるためには、何らかの協調的な財政支援が必要だと思う。COVID-19によって引き起こされた不確実性に直面して、多くのEU加盟国は、欧州全体のためのより良く、より広範な解決策を見いだすための持続的な協力への配慮が不十分なまま、このウイルスに対抗する政策決定を独自に行っている。今回のパンデミックにより、われわれは新しいルールと習慣を身につけ、新しいリスクを抱えて生きることを学んでいる。しかし、欧州が依存しているバリューネットワークとバリューチェーンを再構築するためには、各国間での調整を再び活性化しなければならない。

Hubertus Bardt(フベルトゥス・バート)

ドイツ経済研究所の所長・研究部長を務める。ケルン工科大学、デュッセルドルフ大学でも教鞭を執る。マルブルグ大学、ハーゲン大学で経済学を学び、マルブルグ大学で博士号(経済学)を取得。2000年にドイツ経済研究所に所属。

疫病学と個人の自由の均衡を保つスウェーデンだが、COVID-19の不確実性が経済的影響を悪化させる

トーマス・コーベリエル
スウェーデン・チャルマース工科大学教授/自然エネルギー財団理事長

 スウェーデンでは、症例数は数週間安定しており、主に首都ストックホルムに集中している。これまでスウェーデンで使用されたデータは、確認された感染者数に基づいている。COVID-19と診断されたのは、主に保健セクターで働いている人々、関連する症状で病院に来た人々、関連する症状があり死後に診断され、死因がCOVID-19だったと分かった人々である。今後数週間から数カ月のうちに、深刻な症状により診断を受けた人より、ウイルス感染者がどの程度多いかについて、より理解が深まるだろう。

 COVID-19と戦うために、政府は多くの情報と勧告を提供し、ロックダウンやshelter-in-place(家庭での避難)のようなタイプの措置と比べると、ほとんど制限を課していない。私たちはまだ好きなだけ移動することができている。社会的距離を維持する最適例に従うが、レストランはまだ開いている。これまでのところ、国民は政府の勧告を尊重している。おそらく、これらの勧告が政治化されていないようにみられていることが大きいだろう。スウェーデンでは、COVID-19に関する記者会見が毎日開催され、政治家ではなく、州の主要な疫学者によって運営されている。また、毎日決まった時間にプレスセミナーが疫学者によって行われている。政治家は、病気のコントロールについて疫学者の主張を繰り返し、経済的な帰結にどう対処すべきかの提案するにとどまっている。

 旅行会社、航空会社、観光客向けホテルなどの観光部門は、当然、深刻な影響を受けているが、規制によって多数の部門が完全閉鎖を余儀なくされている他の多くの国と比べて、スウェーデン経済への影響はかなり小さいだろう。また、COVID-19の影響を大きく受けているのは中小企業であり、金融セクターでは新たな投資判断を行うことをためらう傾向が強まっていることから、起業時に投資家からの継続的な資金調達に依存している中小企業は困難に直面している。

 ドイツの場合と同様に、課題に直面している部門の損失を補てんすることによって、その部門を支援する政策手段がある。例えば、一時的に従業員を解雇する必要がある企業は、その従業員の賃金の一部を引き続き支払うために政府の支援を受けることができる。また、多くの特別融資や融資オプションも利用可能だ。しかし、多くの企業にとって、将来返済が困難になるため、お金を借りることに消極的であり、実際にはあまり支援にはならないだろう。

 一方で、私が活動しているエネルギー部門において、特にスウェーデンでは電力消費への影響はほとんど見られない。冬の温暖化で電力消費量が減ったにもかかわらず、スウェーデンの電力消費量は微増している。電力価格は、水力発電や風力発電による発電量が多いため、低水準で推移している。世界的にみて、運輸部門の劇的な減少が世界の需要を減少させたことで、深刻な影響を受ける部門の1つは石油産業だと思う。例えば北米やノルウェーの石油輸出企業は、原油価格の暴落により、この時期に利益を出すのに苦戦するだろう。米国では、シェールオイル産業に多額の投資を行っている金融機関の不安定化にもつながる可能性がある。

 興味深いのは、米国のメディアでスウェーデンの報道のされ方が変わったことだ。現在のスウェーデンの措置は、個人の自由を尊重する原則に基づいている。その結果、スウェーデンに批判的だった米国のテレビ局が突然、スウェーデンのアプローチを好意的に捉えるようになり、逆にスウェーデンを米国の良い手本としてきたテレビ局は懐疑的になっている。

 結局のところ、不確実性こそが、世界で問題となっている。感染者、回復した人の正確な数や、感染によってウイルスに対する免疫が得られるかどうかは不明だ。第2、第3の波が、ロックダウンによってウイルスの拡散を緩和することに最も成功した国々に押し寄せた場合、これらの国々は再び封鎖を余儀なくされるだろう。そうなれば、封鎖が非常に効果的だった国には高くつき、ウイルスをより広範囲に拡散させた国の経済的被害は少ないことになる。さまざまなアプローチの長期的な結果は、今後数カ月、数年のうちに、間違いなく激しい議論の対象となることは明らかであり、継続的な議論を期待している。

Tomas Kåberger(トーマス・コーベリエル)

チャルマース工科大学の教授。2011年から自然エネルギー財団の理事長を務める。チャルマース工科大学で工学物理学のMScと物理資源理論のPh.D.を取得。2008年から2011年まで国立スウェーデンエネルギー機関の長官を務めた。

欧州におけるCOVID-19の流行の格差への対処には、さらなる調整が必要

アンドレ・サピール
ソルベイブリュッセル経済経営学院教授

 COVID-19が各国の国民の健康状態や医療体制にどのような影響を及ぼしたかは大きく異なるが、欧州間に経済連関性があることにより、すべての国が経済的に深刻な影響を受けた。欧州委員会による第1四半期の最新の予測によると、EU27カ国すべてのGDP成長率が5-10%のマイナス成長になる。例えば、ドイツの健康状態は比較的穏やかかもしれないが、イタリアの工場がドイツの自動車産業に必要な部品を供給できず、フランスの顧客がその店に車を買いに行くことができなければ、ドイツ経済に深刻な影響を与える。このような動きは、ヨーロッパ各地で見られる。

 純粋に数値的に見た場合の経済的な影響は欧州間で似ているかもしれないが、それに対応する各国の能力は異なる。ドイツをはじめとする多くの国は、財政的に有利な立場でこの危機に突入したため、他の欧州諸国に比べてはるかに回復力がある。これに対し、イタリア、ギリシャ、スペインは既に困難に直面しており、フランスと同様に、各国の経済において大きな役割を果たす観光産業が最も大きな影響を受けている。2020年以降も続く健康と経済への影響と、衝撃に対処する各国の能力の違いは、非常に現実的な課題である。

 ECB(欧州中央銀行)は3月中旬に「パンデミック緊急購入計画」を発表し、政府債務と企業債務の双方を大量に買い入れた。ECBはまた、担保政策をさらに緩和すると発表した。このためECBは、この危機に対処するため、債務を負うことをためらうべきではないと、各国政府に示唆したといえる。

 ただ、イタリアなどでは、今回の危機以前から高い水準にあった債務が大幅に膨らむと、危機が去った後にどうなるのか懸念もある。ECBが政府や企業に大規模な債務買い入れを保証している限り問題はない。しかし、どのように債務を相互化する可能性があるかについては議論があるものの、それは現在の欧州の政治構造とは一致せず、将来のソブリン債務危機の可能性は確かに存在する。

 将来を展望すると、欧州と世界にとって重要な問題は、いつ、どの程度のスピードで「脱封鎖」が行われるべきかだ。この問題と相互に関連しているのは、危機以前のレベルでの海外旅行、貿易、移民の受け入れの再開の時期とペースである。国や地域によってCOVID-19の状況には大きな違いがあることを考えると、当然ながら状況は異なるはずだ。しかし、重要なのは、すべての経済が信じられないほどに密接に絡み合っていることを認識することだ。EUや世界の大小を問わずあらゆる国がより密接に結び付いているEUには、これらの問題についてより大きな政策協調を推進する責任がある。特に、ドイツのようにより強い立場でパンデミックから立ち上がり、輸出競争力のある国々に対しては、国際協力を再度構築するために、責任と思いやりのあるリーダーシップを発揮することが期待される。

André Sapir(アンドレ・サピール)

ベルギーのエコノミストであり、ソルベイブリュッセル経済経営学院教授。また、ブリュッセルに拠点を置くシンクタンクBruegelの上席研究員、経済政策研究センターの特別研究員、World Trade Reviewの創設編集委員。欧州委員会委員長の経済顧問を務め、サピール報告として知られる欧州の成長政策に関する画期的な報告書の調整役を務めた。キング・ボードゥアン財団理事会、ウィーン比較経済研究所国際科学諮問委員会のメンバー。

COVID-19との対決姿勢を強める日本

柳川範之
NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院経済学研究科教授

 日本は米国やEUとは状況が異なるが、感染対策のアプローチではスウェーデンと似ている点が多い。欧米との最も明白な違いはCOVID-19での死者数である。米国やヨーロッパの国々と比べて非常に少なく、1億2700万人弱の人口でおよそ550人が死亡しており、これは人口100万人に対し約4人に相当する。現在の低い死亡率の理由はまだ不明であり、日本における確認症例数と死者数は最近加速し始めている。このため、政府は4月7日に東京都など首都圏を含む7都府県で緊急事態宣言を発令し、4月16日には全国に緊急事態宣言を拡大した。緊急事態宣言の期間は延長され、暫定的に5月31日まで実施される予定である。

 とはいえ、日本の緊急事態宣言は、武漢やヨーロッパの一部で見られるような厳重な取り締まりでも、米国の一部で実施されている「shelter-in-place(屋内シェルター)」とも似ておらず、しばしば「ソフト・ロックダウン」と呼ばれている。緊急事態宣言は、都道府県知事に対し人の移動の自由を強制的に制限する権限も、パンデミックの最中に活動を続けている企業を制裁する権限も与えていない。同法は、彼らに家にいて事業を自粛するよう強く促す「要請」を出すことができると規定しているだけだ。この法律の下では、多くのレストランやほとんどのスーパーマーケットが営業しており、日本国内の旅行は一般的に自由だ。

 にもかかわらず、政府の要求は実質的な重みを持っており、政府の要求に従うことをめぐる社会的慣習や社会的圧力などによって、大きな影響を及ぼしている。多くの日本人が国内にとどまっており、この政策の経済的影響は世界中で見られるように、レストラン、ホテル、観光業を中心に大きくなっている。具体的には、この政策が2-3カ月あるいはそれ以上継続された場合には、国民のコンプライアンスの程度によっては、政府からの多額の補助金等による救済措置がない限り、多くの飲食店、ホテル、劇場等のサービス業が破綻することになる。最新の経済予測によると、GDPの年間成長率は、マイナス2%か3%程度まで、急激に低下している。

 しかし、ここ数カ月、自動車や一部の電子機器の輸出が急減しているにもかかわらず、製造業をはじめとする供給面への影響は、まだ深刻なものとはなっていない。トヨタ、ホンダなどの自動車メーカーの国内生産は3月にそれぞれ13.2%、11.4%減少し、日本経済新聞によると、4月の国内総生産は40%以上減少したと推計されているが、中国経済の回復に伴い自動車の輸出が19.2%増加するなど、回復の兆しが見えている。これまでのところ、製造業の景気減速は緩やかである。

 それにもかかわらず、失業保険申請件数の増加や倒産件数の増加などの指標が懸念材料となっている。これらは、日本経済全体の総需要の大幅な減少をもたらし、日本企業にさらなる財務的打撃を与え、あるいは需給バランスに悪影響を及ぼす可能性がある。直近では、COVID-19関連の倒産件数が接客業、飲食業、バー業等の業種で100件を超えており、今後も影響が拡大することが予想される。この「負の相互作用」が世界的な総需要の減少を引き起こし、世界的な経済不況を引き起こすのではないかと懸念している。

 日本は、4月に「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」を発表した。その事業規模の総額は、日本のGDPの20%以上に相当する117兆円を超えており、最も重要な措置は、全ての在留邦人に対する現金給付、企業による納税・社会保障負担の期限延長、官民金融機関による譲許的な融資(実質無利子・無担保の融資)等である。この措置は寛大に聞こえるかもしれないが、ほとんどの専門家はCOVID-19が与えた経済ショックからの回復を促すには小さすぎると考えている。日銀は追加支援策として、国債の買い切りオペや金融機関への融資など、金融政策を一段と積極化させることを決めている。

 この時期、いくつかの国が暫定的な回復期間に入る中、状況を十分に監視し、各国における総需要の減少に対処する政策を追求することが重要である。世界的な需要の変化は、世界経済にマクロ的なショックを与え、金融市場を弱体化させ、第2次世界大恐慌を引き起こす可能性がある。われわれは、特に需要面で、予測される経済状況に関する情報を共有すべきである。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。​
(出典)柳川範之・フランツ ヴァルデンベルガー・シュジー ヤオ(姚树洁)・グレン S フクシマ・フベルトゥス バート・トーマス コーベリエル・アンドレ サピール(2020)「COVID-19によるパンデミックの経済的影響への対応-国際的な協調と継続的かつ集中的な対話が必要-」NIRAオピニオンペーパーNo.46


脚注
*本号は、英文公表物を機械翻訳を使い、NIRA総研が修正を行ったものである。原文タイトルはNIRA Opinion Paper No.46 “Coping with the Economic Consequences of the COVID-19 Pandemic-The need for international coordination and cooperation”(2020年5月8日)。なお、各論考は、識者が自身の発言内容を会議終了後にま とめたものである。

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発行人:牛尾治朗
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