大久保敏弘
慶應義塾大学経済学部教授

概要

 デジタル経済が広く浸透するなか、その経済活動をどう把握するか。「デジタル経済の計測」が国内外で議論されている。特に既存の代表的な経済指標であるGDP(国内で生産されたモノやサービスの付加価値の合計額)では計測困難な無料のデジタルサービスをどう捉えるかが焦点の1つだ。
 本稿では、無料のデジタルサービスの価値を消費者の支払い意思額から検討する。就業者実態調査の結果に基づき、企業がデジタルサービスを有料化した場合の市場規模を試算すると、独占価格の仮定では、各種デジタルサービスは年間840〜950億円規模になり、例えば10種類のデジタルサービスを合わせるとおよそ9,000億円程度となった。
 正確な統計がなければ国の現状はわからず、統計の衰退は国の衰退につながる。既存統計を維持しつつ、デジタル経済を多元的に計測する新たな統計の構築が喫緊の課題だ。データは世の中に散在しており、民間データの活用や、データ市場を構築してデータ売買の動きを捕捉するなど、官民挙げての様々な試行錯誤が求められる*

INDEX

1.多岐にわたる分野でデジタル経済が浸透

 これまでも経済のデジタル化は着実に進行していたが、2020年以降のコロナ禍でその進行スピードは加速している。働き方について言えば、テレワークが浸透して、Zoomなどのオンライン会議ツールによる打ち合わせが日常的になった。企業で使われる資料も紙媒体から電子データへの移行が進んでいる。行政関連の手続きや各種生活サービスについてもオンラインから登録・予約申込ができるものが増えており、金融機関によるインターネットバンキングや、スーパーをはじめとした店舗でのレジ自動化や電子決済はもはや常識になりつつある。外食の注文・配達、レストランや美容院の予約、日々の買い物、書籍・音楽・動画の視聴など、さまざまなサービスをオンラインで利用している方も多いだろう。

 こうしたデジタル化の流れをさらに加速させるのが、AI(人工知能)だ。自動化家電は急速に高度化しており、近い将来には完全自動運転も実現すると言われている。2022年には、AIを用いたチャットサービスのChatGPTが登場し、世界中の注目を集めることになった。

 経済のデジタル化は、社会のあらゆる面について広く浸透し、生活の利便性は飛躍的に向上している。デジタル経済の実態を把握するため、大久保敏弘研究室とNIRA総研は共同で「テレワークに関する就業者実態調査」を9回にわたって行ってきた(注1)。図1は日常生活でのデジタル化の進展の同調査結果を時系列に並べたもので、コロナ禍前の2019年12月から2022年12月まで、1年ごとの推移が分かる。急激な変化はないものの、全体としては着実に経済のデジタル化が進んできていることが見て取れる。

図1  デジタル経済の浸透(クリックすると拡大します。)

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(注)2022年12月、2021年12月の結果は、「テレワークに関する就業者実態調査」の第8回調査結果(2022年12月から2023年1月に実施、n=9,804)、2020年12月、2019年12月の結果は第3回調査結果(2020年12月に実施、n=10,523)。

 決済についてみると、クレジットカード決済はコロナ禍前から既に70%を超える人が利用していた(「よく利用している」と「ときどき利用している」の合計、以下同)。一方でデビットカードの利用は15%弱でコロナ禍でも利用に伸びが見られない。伸び率が大きいのがフィンテック(PayPayなどのキャッシュレス決済)で、コロナ禍前の38%から2022年末には50%にまで上昇している。このようにデジタル決済の利用は伸びているのに対して、現金の利用は81%から70%にまで減少している。コロナ禍で現金決済からデジタル決済、特にフィンテックに移行したことが分かる。

 生活サービスについていえば、デジタルプラットフォームを利用した買い物やデリバリーサービスは着実に浸透しているようだが、シェアリング・エコノミー(宿泊、自転車や車など)は全体で見るとまだまだ少ない。

 調査結果をさらに精査すると、「よく利用している」と答えた人の比率が時系列的に高くなっていることがわかる。図1から分かるようにクレジットカード決済、フィンテック、オンラインショッピング、インターネットバンキング、オンライン娯楽サービスでは「よく利用している」の増加傾向が顕著である。デジタルサービスは、一度使いだすと便利なため頻繁に使うようになり、ロックインされていく。

 ただ、デジタルサービスの普及は一様ではない。一部の人が積極的にデジタルサービスを活用して恩恵に与っている一方で、ほとんど利用していない人もまだ多い。デジタル機器の利用のみならず、機器を使ったサービス利用についても、「デジタル格差」が顕著になっているようである。

2.GDPの限界と代替指標

 このように多岐にわたるデジタル経済をどう経済統計(国民経済計算SNA)で把握するのかが国内外で議論の対象となっている。

 国の経済を示す指標としては、GDP(国内総生産)が代表的だ。GDPは国内で生産されたモノやサービスの付加価値の合計額である。もちろん、今までにもGDP至上主義への批判は多々あった。例えば、GDPは幸福度や満足度を表していない、外部不経済の効果、特に環境問題が反映されていないといった指摘である。また、GDPで把握できないような活動(家事や中古品取引など)も少なくない。GDPが捉えていない指標はあるものの、経済全体から見ればそれほど大きな比重を占めていなかったため、従来の経済政策はGDPをはじめとする経済統計に基づいていた。

 しかし、ここ20年以上の間、GDPに代替する指標を国際的に作ろうという動きが進んでいる。例えば、2008年に発足した「経済成果と社会進歩の計測に関する委員会」(スティグリッツ委員会)の報告書は、複数の指標をダッシュボード(指標群)にして複眼的に社会経済を捉える必要性を説いている。特に、主観的な幸福度の測定、ケイパビリティ・アプローチ(人間の潜在力や可能性を指標として、人間らしい生活ができているかをチェックしようという考え方)、公正な分配システムの重要性を提案した。その後、国連の幸福度指数やOECDのBetter Life Indexなどが作成されるようになった。日本では、内閣府において幸福度や生活満足度の統計が作られてきている。例えば、「国民生活選好度調査」が1978年度から2008年度まで3年度ごとに行われた。近年では「満足度・生活の質に関する調査」が実施され、満足度や生活の質のダッシュボードの議論が盛んに行われている。

 現在、国民経済計算(SNA)において、2025年改訂に向けた議論が行われている。議論の1つの柱はデジタル経済の進展をどう把握するかである。特に無料のデジタルサービスをどう捉えるかが焦点の1つだ。無料サービスは市場での価格評価がないため市場換算はできないが、企業のコストには広告費などで含まれているとされる。この考え方にはSNAを抜本的に変えずに済むという利点があるが、デジタル経済の部分を切り出すことができないなど不十分な面が多々あり、SNAで無料サービスの多いデジタル経済をどう計測していくかは、避けられない大きな問題となっている。

3.デジタル経済の実態を十分捉えられない既存の統計

 デジタル化に関する代表的な指標としては、デジタル技術やICT環境などの要因を指標化したデジタル競争力ランキングや、国連による世界電子政府ランキングなどがある。これらは様々なデータを基に国レベルの指標を作成し、ランキング化したものだ。したがって、デジタル経済を直接、統計として計測したものではない。

 諸外国ではデジタル経済の実態そのものを調査した統計の動きも出てきている。例えば、英国では2016年の「デジタル経済における国民経済計算に関する報告書」において、デジタル経済を統計的にどう把握するか議論している。日本でも「令和元年版情報通信白書」でこの点について大きく議論されている。2020年からのコロナ禍を経て、昨今のデジタル経済の規模は比類ないほど加速度的に大きくなっており、GDPや既存の経済統計でどう把握するのかが、喫緊の課題になっている。

 なぜデジタル経済の実態を把握することが難しいのか。理由は大きく3つある。1つ目は、無料サービスが多いこと。例えば、Google、Twitter、Facebookなど、ユーザーの多いこれらのサービスはすべて無料である。デジタル化以前は、辞書や地図、時刻表、情報誌といったコンテンツはすべてモノとして販売されていた。書店で販売されていたコンテンツの売上は、すべてGDPに換算されていたわけだが、今はこうしたコンテンツはすべてウェブ上から無料で入手できる。紙媒体の発行部数は年々減少して廃刊するものも増え、町の書店は激減した。一方で、無料のデジタルコンテンツやツールはいくら消費しても価格ゼロ。統計上はカウントゼロであるため、GDPは見かけ上、減ることになり、現実を反映していない。

 2つ目は、デジタルプラットフォーム上でのやり取りが不明であること。近年は、デジタルプラットフォーム上で雇用契約なく単発で仕事を受発注する、いわゆる「ギグワーク」が増えている。例えば、単発で近所の家事手伝いをして収入を得る。あるいは隙間時間を使ってデータ入力作業やウェブ作成、配達・配送などを行うといった具合だ。労働者は手軽に稼ぐことができ、消費者も今までになかった多様なサービスを手ごろな値段で受けることができる。このようなギグエコノミーも現在の経済統計では把握が難しい。諸外国(例えば、スイスなど欧州の小国)ではプラットフォーム会社を政府が把握する動きもある。しかし日本は市場規模が大きく、様々なプラットフォームや事業者が存在している上、ギグワークの仕事内容も広範であるため、実態を把握しにくい。

 3つ目は、シェアリング・エコノミーをどう評価するか。シェアリング・エコノミーの代表例としては、月々低廉な価格でいくらでも利用できるサブスクが挙げられる。図2は「第8回就業者実態調査」の結果である。全体の40%程度の人が何らかのサブスクを利用しており、中でも音楽や動画、電子書籍が多い(動画28%、音楽配信12%、電子書籍7%など)。今や動画、音楽やゲームなどのコンテンツは見放題、聞き放題となっており、シリーズ物のマンガも全巻購入しなくてもよくなった。

図2  サブスクの利用状況

 サブスクはコンテンツ配信に限らない。時計や車、家具、子どもの玩具などを利用できるサービスもある。月々1,000円程度のサブスクで、毎月ブランドものを身に着けることができるのだ。また従来は子どもの成長に合わせて玩具・絵本などを1つ1つ買い替えていたが、サブスクなら成長や好みに応じて交換できるため無駄がない。消費行動がモノの購入・所有から、モノの一時所有・共有(シェア)へ大きく変わってきている。

 今日、サブスクの市場規模は無視できないほど大きくなっているが、GDPからは、こうしたシェアリング・エコノミーの経済規模を把握することはできない。音楽を例に取れば、CDショップでCDを購入することがなくなって店も消え、CDを再生するオーディオ機器も珍しくなった。経済統計上は経済活動が縮小しているように見えるが、実際には以前と変わりはないどころか、コンテンツの消費量自体は激増している。

4.デジタル経済をどうとらえるのか

 デジタル経済を計測する上で3つの課題があることを説明したが、本稿では1点目の無料サービスをどう評価するかに着目して議論を進める。無料サービスはあらゆる分野で拡大しており、統計上大きな誤差をもたらすと考えられるからだ。

 経済学的に無料サービスをどう解釈するかは色々な議論がある。デジタルデータは複製コストがゼロに近いから無料で提供できるという考え方もできるし、一時的に無料にしてユーザーを囲い込んで後から有料化するという戦略を採る事業者もいると考えられる。SNSなどではネットワーク効果を利用して無料でユーザーを集め、広告収入を得るというビジネスモデルもよく見られる。しかし、本稿ではこのような経済学的な解釈や理論ではなく、データを基に実態を探り、今後の経済統計の在り方や指針を提示したい。

 まず、価格ゼロの商品・サービスをどう考えればよいか。1つの解決策は、支払い意思額による価値の評価だ。もしも無料ツールが有料になった場合、いくらまで支払ってもいいのかを個人に答えてもらうのである。本来は価格ゼロなのだから、この支払い意思額はすべて消費者余剰となる。このような質問を「第9回テレワーク就業者実態調査」で行った。具体的には、各種無料サービスごとに、図3は利用率を、また、図4は、各サービスが有料になった場合、月々いくらまでなら払うのか選択してもらった(サブスクのように月額課金で使い放題という設定にしている。そもそも使っていない場合は「元々利用していない」を選択してもらい、図4の集計には含まれていない)。

図3  デジタルサービスの利用率

図4  デジタルサービスへの支払い意思額

 まず各種サービスの利用状況だが、どの項目も概ね高い水準にある(図3)。GoogleやYahooなどの検索サイトは84%と非常に高く、次いでGmailやYahooメールなどのフリーメール(80%)、Amazonなどの買い物プラットフォーム(80%)と続く。これらのサービスは10人に8人以上が利用していることになる。FacebookやTwitterなどのSNSは選択肢の中で最も低く70%ではあるが、それでも10人に7人ほど利用しており、高い割合である。

 図4は利用者に対して支払い意思額を聞いた結果である。有料化になった場合でも、課金して利用する意思のある人は20〜30%ほどにすぎない。残りの70〜80%は有料になるのであれば、利用しないを選択した。つまり、支払い意思額はゼロである。日頃から使い放題の無料サービスに慣れていると、お金を払うことをためらう人が非常に多いことを示している。あるいは、無料で無限に使えていたものが使えなくなるとどのような不都合が生じるかを想像しにくいのかもしれない。

 支払う意思のある人についても、項目ごとに違いがある。支払い意思の比率が大きいのはYouTubeなどの動画配信、ソフトウェア、Zoomなどのコミュニケーションツール、Googleなどの検索サイトで、28〜31%となっている。一方、SNSは支払い意思がある人は24%、予約サイト、インターネット事典、フリーメール、ニュース情報サイトでは20〜22%と低い。

 次に支払い意思額を見ると、全般に低い額(月額100円〜1,000円以下)に集中している。1,000円より上の額は選択肢にあるにもかかわらず、ほとんど選択されていない。支払い意思額の平均は、ゼロを含めて計算すると概ね300〜400円程度、ゼロを含めないと1,400円~1,900円ほどである。例えば、GoogleやYahooなどの検索ツールでは0円(無料でないと利用しない人)も込みでの平均の支払い意思額は月額397円である。0円を含めなければ平均1,423円である。

5.無料デジタルサービスの市場規模の試算:有料化すると各デジタルサービス月額2,000円~1万円、市場規模は840~950億円規模

 支払い意思額の考え方では、企業がつけた価格より高い支払い意思額を示した人のみが消費し、その価格より低い支払い意思額を示した人は購入しないことになる。価格が変わることで、消費する人数も変わる。例えば、価格が下がると消費する人数は増えるが、単価が安いため企業の収益は少ない。一方、価格が上がると、支払う意思のある人が少なくなる。

 ここでは、それぞれのデジタルサービスを企業が独占している場合を考える。この場合、企業は収益を最大化できる価格を自由に付けられる。例えば動画配信プラットフォームサイトでは、月額100円以上の支払い意思がある人は本調査結果から就業者の24.1%であることが分かった。また、総務省「労働力調査(2023年2月)」によると、日本の就業者数は6,667万人であったことから、動画配信プラットフォームサイトに月額100円の価格が付けられると、年間収入は193億円(年間1,200円×6,667万人×24.1%)となる。もし独占企業が月額2,000円の価格を付けると、月額2,000円以上の支払い意思がある人の割合は5.64%であったことから、年間収益は902億円(年間24,000円×6,667万人×5.64%)となる。

 表5は支払い意思額の回答結果、および、就業者数6,667万人に基づき、独占企業がデジタルサービスにある価格を付けた場合の年間収益(12か月分)を試算したものである。単位は百万円である。独占企業は年間収益が最大化するように価格を選ぶ。例えば、動画配信プラットフォームサイトに関しては、月額2,000円のときに年間収入を最大化できるため、独占企業は価格を2,000円に設定するだろう。ZoomやAmazonではそれぞれ月額10,000円で、Googleなどの検索サイトでは5,000円で最高の収益になるため、独占企業はそれぞれそのような価格付けをする。

表5  市場規模試算(クリックすると拡大します。)

op66_data05.PNG(注)各セルの数値は、支払い意思額に基づく仮想価格下におけるデジタルサービスの年間売上額。「元々利用していない」および「無料でないと使わない」を選択した人の支払い意思額は0円としている。総務省『労働力調査』の2023年2月の結果に基づき、就業者数を6,667万人と想定して算出。単位は百万円。色付のセルが独占価格下のもとでの最大収益額を示す。

 独占企業による価格付けは、多くのサービスで月々5,000円前後を付けることになる。モノによっては10,000円であり、消費者からするとかなり高い印象だ。前述の平均支払い意思額(ゼロを除く)の月額1,400〜1,900円よりもかなり高い。独占企業は消費者の足元を見た高い値付けをするため、支払い意思額の高い一部の人のみしか消費できなくなる。今日のデジタル経済ではプラットフォーマーと呼ばれる企業による独占や寡占が多いため、有料化した場合にはこのような独占価格になることも十分にありえる。

 こうした独占価格で考えると、各サービス項目は年間840〜950億円規模の市場になる。単純化して限界費用ゼロでいくらでもコストなしで複製ができると考えた場合、売上がすべて利益、付加価値額となる(注2)。この値はそのままGDPに算入されることになるから、デジタル経済の有料化で10項目すべてあわせるとGDPは年間9,000億円程度増加することになる(注3)

 今度は一律の独占価格ではなく、個々人に対して異なる価格を付けられると仮定しよう(「完全価格差別」)。この場合、今までの利用者全てが支払い意思額で購入でき、コストゼロと仮定しているため、その合計が企業利益になる。すると、各サービス項目の売上は2,200〜2,800億円、10項目を合わせると年間2兆4,234億円となる。独占価格の下では一部の支払い意思の高い人のみが購入できたが、完全価格差別の下では支払い意思のある人すべてが購入できるのでより多くの人が購入できることになる。一般に市場ではある程度の価格差別は可能だが、完全価格差別となると実際、容易ではない。しかし、デジタルの世界では容易に実現できるだろう。例えば、デジタル技術やビッグデータを駆使することで個々人の支払い意思額を割り出し、それに応じて細分化されたサービスと価格をオファーすることができるだろう。

 上記で行ったのは、仮定の下に行った試算である。別の仮定を行えば、試算も変わってくる。例えば調査で「無料でないと使わない」(ゼロ)と答えた人も、実際有料化されて使えないとなると生活で様々な支障がでてくるので、有料化に従って料金を払う人も多く出てくる可能性がある。今回は就業者数で試算したが、未就業者もこれらのデジタルサービスを使用している。未就業者は年金生活者や専業主婦、学生が含まれるが、選好はそれぞれ大きく異なり、就業者とも異なる。したがって、支払い意思額も上記の就業者とは異なるだろう。また、質問数の制約から10項目に集約しているが、上記の10項目以外にも無料サービスはある。各項目の中身についても、FacebookやTwitterなど異なるサービスが複数含まれており、市場は細分化されている。そう考えると、無料サービスによる経済活動は、上記の試算よりもさらに数倍~数十倍のずっと大きな額になる可能性が高い。いずれにせよ、既存のGDPの考え方では、規模を把握することが困難な無料サービスであるが、色々な状況を想定して仮想的に計算してみると、かなりの規模の経済活動になっていることがわかる。

6.新しいデジタル経済の実態に合わせた統計作りと既存統計の維持の重要性

 デジタル経済を測るのは容易でなく、従来にはない工夫が必要である。一見するとデジタル化により情報が集約されているので集計はたやすいようにも見える。しかし、デジタル経済は多岐の分野にわたっていて、その計測は一筋縄ではいかない。

 今までの経済統計は、「モノ」を前提にしていた。生産者は工場でモノを作り、付加価値込みの値段で販売する。消費者は、店でお金を払ってモノを購入し、消費あるいは所有する。これに対してデジタル経済では、デジタルデータなどの「コト」が中心となる。モノと異なり、デジタルデータの複製コストは低廉でいくらでも生産できるし、在庫も不要だ。消費の観点からすれば、時間の許すかぎりいくらでもオンライン上で消費活動を行える。

 モノやサービスの付加価値の合計であるGDPだけで国全体の経済活動を測ることは、もはや困難である。無料サービス、デジタルプラットフォーム、サブスク、シェアリング・エコノミー、ギグエコノミーなど、デジタル経済についての副次的な統計が不可欠だ。今後、官民挙げての様々な試行錯誤が行われるようになってくるはずだが、我々の行った就業者実態調査もそうした試みの一環と言える。

 ただし、注意したいのは、統計には一貫性が必要だということである。デジタル経済を把握するために、既存の企業調査の調査項目を変更・廃止して、GDPなどの統計を改変するのは望ましくない。近年では、経済学などの実証研究の結果(「エビデンス」)に基づいて政策を作っていく「エビデンスベースの政策立案」が進んでいる。そのために必要なのは、正確なデータだ。中でも、パネル化されたデータは特に有用である。パネル化とは、個々の人や企業の細かい行動の変化を時系列で捉えることを指す。統計の調査自体や個々の調査項目が簡略化されたり、改変されたりしてしまうと、時系列での精査ができなくなる。これでは、政策効果の精緻な実証研究が不可能になり、エビデンスベースの政策立案は困難になる。デジタル経済を計測するにも、既存統計を維持しつつ、別途新たな統計を作らなければならない。

 昨今のニュースを見ていても日本では統計がないがしろにされる傾向があるようだが、統計はその国の水準を表す。正確な統計がなければ、国の現状はわからず、有効な政策も作れない。統計の衰退は国の衰退にもつながるのだ。予算や人員の制約があるからと言って、既存の統計を簡略化してデジタル関係の調査を入れ込むなどということは決して行ってはならない。

 それでは、デジタル経済に関する新たな統計は、どうやって作っていけばよいのか。ここまで述べてきたように、デジタル経済は多岐に渡っているため、従来のような消費者や企業へのアンケート調査だけで実態を把握するのは難しい。既成概念や常識にとらわれず、試行錯誤して新しい手法を試していくことが求められる。本稿で述べた、支払い意思額を尋ねるといった調査手法も有効だろう。先述した「経済成果と社会進歩の計測に関する委員会」(スティグリッツ委員会)は、幸福度と生活満足度の指標でダッシュボックス(指標統計群)を作ることを提案しているが、デジタル経済に関しても多元的に捉えるためのデータ群を作る必要がありそうだ。

 デジタル化が進んだことで、さまざまな情報がデータとして取得できるようになっている。デジタルプラットフォームはユーザーの利用状況を把握しているし、民間企業、銀行・保険業、リサーチ会社なども様々なデータを保有している。各種シンクタンクも、政府統計で捕捉できない独創的な調査を行っている。こうした民間データを用いてデジタル経済の統計を作るのも一案である。また、世の中に散在しているデータを売買できる、データ市場の構築も有効な手段になりえるだろう。

大久保敏弘(おおくぼ としひろ)

慶應義塾大学経済学部教授。NIRA総合研究開発機構上席研究員。ミシガン大学修士課程修了、ジュネーブ大学及びジュネーブ国際開発高等研究所博士課程修了(Ph.D.国際関係学・経済学)。専門は国際経済学、空間経済学。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)大久保敏弘(2023)「大きく前進するデジタル経済をどう計測するか―GDPの限界と新たな統計の試み―」NIRAオピニオンペーパーNo.66

脚注
* 調査の実施およびデータ分析は、筆者のほかにフューチャー株式会社シニアアーキテクトの加藤究氏、NIRA総研研究コーディネーター・研究員の井上敦、関島梢恵、鈴木壮介が担当した。
1 同調査はこれまで、2020年4月、6月、12月、2021年4月、9月、2022年2月、6月、12月、2023年3月の計9回実施し、20,000人以上の日本全国の就業者を対象に、さまざまな業種、職種、地域で働く就業者の視点から、就業状況や生活状況、意識について調査を行った。詳細は調査報告書参照のこと。第9回調査結果:大久保敏弘・NIRA総合研究開発機構(2023)「第9回テレワークに関する就業者実態調査報告(速報)」
2 本来は、市場規模からコストを差し引く必要があるが、コストについては、他の財・サービスの価格や投入に反映されていると考え、ここではゼロと仮定している。
3 ここでは単純に国内企業がデジタルサービスを供給していると仮定している。

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