岡崎哲二
東京大学大学院経済学研究科教授
大久保敏弘
慶應義塾大学経済学部教授
齊藤有希子
独立行政法人経済産業研究所上席研究員
中島賢太郎
東北大学大学院経済学研究科准教授
原田信行
筑波大学システム情報系准教授

概要

 90年代を境に、日本経済のけん引役が大都市圏から大都市圏以外の地域に移りつつある。地域経済の成長が日本の成長に不可欠となる中、近年、地域産業政策も見直されてきてはいる。しかしながら、地域経済が目を見張るような力強い成長軌道に乗っているとは言い難い。かつての補助金による企業誘致は、生産性の低い企業を集積させ、逆選択とよばれる問題を招いた。また、90年代末以降にはプロジェクト単位の支援にシフトしたものの、飛躍的な成長には至っていない。
 そこで、本稿では、少数でも生産性の高い企業による「コンパクト」な集積を目指し、それをネットワークで支えることで柔軟性を付加する政策を実施することを提案する。各地域が比較優位を持つ産業を特定し、独自性を生かした生産性の高い企業による集積を、プロジェクトベースでの支援を行うことで形成していく。その際、既存の交通網を活用することで多様なface-to-faceのコミュニケーションを構築するとともに、地域金融機関などが率先してネットワークを築いていく。これからの地域産業政策は企業の「数」ではなく、「質」であることを認識すべきだ。

INDEX

地域がけん引する時代

 日本経済のけん引役は、90年代を境に、東京圏をはじめとする大都市圏から、大都市圏以外の地域に移りつつある。GDP成長率をみると、90年代以前は、東京圏のGDP成長率は他の地域よりも高かったが、90年代以降は九州圏や中部圏の方が高くなっており(図1)、状況が逆転している。地域経済の成長が、今後の日本経済の成長を実現するうえで不可欠となっている。

 地域の力強い成長は、地域に立地する企業がその地域の産業集積やネットワークのメリットを活用することができるかどうかにかかっている。その背景には、グローバル化の影響を受けて、この四半世紀の間に、企業の戦略が大きく変わってきていることがある。企業は、単独ではなく、関連する企業や、時には競争関係にある企業とも連携しながら、グローバルな市場での競争に勝ち抜こうとする戦略をとっている。近年は、企業が必要とする技術の幅が広がり、また、革新のスピードも速まってきており、誰と、どのタイミングで、どういうネットワークを構築するかが、企業の存続を左右するようになっているともいえる。地域の企業が、産業集積やネットワークから享受できるプラス効果は大きい。

 こうした状況を受け、日本の地域産業政策も近年、見直されてきてはいる。しかし、現時点で地域経済が目を見張るような力強い成長軌道に乗っていないのも事実である。

 そこで、本稿では、地域産業政策の変化を踏まえ、今後の新たな地域産業政策の方策について検討する。

図1 県内総生産成長率の県別・期間別比較

(出所)R-JIPデータベース2015をもとに作成

生産性の低い企業を誘引した補助金政策

 戦後、日本で本格的な地域産業政策が実施されたのは1960年代以降である。当時の政策では、国土の均衡ある発展の実現を目標とし、都市から地方への所得移転(再分配)を実施するために、企業誘致や大都市から地方への工場移転が促進された(図2右)。産炭法(1961年)や工配法(1972年)といった当時を代表する政策は、全国画一的なもので、政府が地域や業種を指定し、補助金や税制優遇によって地域への誘致を行う地域振興策であった。

 80年代になると、地域間での再分配的な色合いは弱まり、成長や競争力強化が目的となっていった。全国一律で基準を設定する従来の手法ではなく、いくつかの市町村を限定し、税制上の優遇措置や補助金を提示する手法が採用された。テクノポリス法や頭脳立地法は、特定地域での先端技術に特化した産業集積を目指すものであった。

 では、これらの補助金政策の効果はどう評価されるべきなのか。筆者らの工業統計調査を使った実証分析によると、補助金を受けた地域では、企業数が増え雇用は増加したが、地域全体の平均生産性の上昇は見られなかった。優遇措置を受けた地域に生産性の低い企業が集積した。補助金により強く魅力を感じるのは、どちらかというと生産性の低い企業で、そうした企業が集積する結果、地域全体の生産性の低下を招いてしまう、いわゆる逆選択と呼ばれる問題が生じている。成長や競争力強化の目的に照らすと、こうした政策に高い評価をつけることは難しい。

プロジェクト単位の支援政策への移行

 90年代に入ると、従来の政策が見直され、画一的な産業政策からプロジェクト単位、企業別の間接的な支援へとシフトした。特に90年代末以降は共同研究の推進、プラットホームづくりなど、ポテンシャルのある企業やプロジェクトを支援する間接的な政策に重点が置かれるようになった。例えば、2001年以降の産業クラスター計画では国が中心となって20程度のプロジェクトを立ち上げ、産学官連携、人的ネットワークの形成が進められた(図2左)。

 近年は、ネットワークの形成が政策の基礎に位置付けられたのを反映し、企業間ネットワークの効果に関する研究も進んでいる。今回、筆者らの研究では、産業クラスター計画によって指定された企業は、都市部との取引先数を増加させるとともに、地方銀行の支援を受けることで、特に、従来、都市部と取引機会のなかった企業が取引先数を伸ばすことに成功したことが明らかとなった。その際に重要な媒介機能を果たした1つに、地方銀行がある。地方銀行などの多様な地域機関の活動が、産業集積の効果を最大限に引き出す可能性は高い。

図2 日本の産業政策の変遷

(出所)NIRA研究報告書(2016)より

コンパクトな産業集積への転換

 上記でみたように補助金政策の評価は概ね厳しい。費用対効果の観点では、補助金政策は失敗続きともいえる。

 そこで本稿では、従来の多額の補助金による大規模な集積の形成ではなく、少ない企業でも生産性の高い企業を集めた「コンパクト」な産業集積の形成に産業政策をシフトすることを提案する。集積する企業の「数」ではなく、地域全体を豊かにする「質」を意識した産業集積こそが、地域発イノベーションの創出による経済成長への近道であると考える。生産性の高い企業の育成には、地域指定・画一的な補助金ではなく、90年代以降のプロジェクトベースでの政策を同時、あるいは複数実施していくべきである。

 もちろん人口減少が進む中で、地方の過疎化対策などの分配的な側面も考慮する必要がある。そのため、産業集積の形成ではモノの製造や地元住民の雇用の維持といった生産拠点という視点だけではなく、生活全般にプラスとなるような生活者の視点を持つことが求められる。すなわち、立地する産業やサービスが、地域に住む人々のニーズや就労に結びついているかどうかが重要となる。個々の地域のよいところを十分に生かしつつ、良好な生活環境を提供することで地域の発展、財政的な好循環が可能となる。

 生活者の視点に立った産業政策は、中央政府ベースの政策から、地域主体の政策にウエートを移さなければ実現できないであろう。しかし、他方で自治体の首長が変わるたびに方針変更があってはならない。当選した首長の思いつきや個人的な趣向で政策をスタートするのではない。ある程度、長期的な継続性にコミットすべきである。

ネットワークによる柔軟性

 さらに、コンパクトな産業集積の中、あるいは産業集積間に、企業間や人との間の柔軟なネットワークが形成されていることが重要である。イノベーションを生み出す地域を作るには、ニュートンの「巨人の肩の上に立つ」という言葉にあるように、先人の知恵、他者の知識の蓄積から学ばなければならない。とりわけ革新的なイノベーションの創出にはface-to-faceのコミュニケーションによる暗黙知の交換や共有が必要であることが指摘されている。

 筆者らが分析した共同研究のケースでも、比較的近接している事業所同士で共同研究を実施している場合が多く、研究者間の近接性が重視されている。共同研究の相手先は、地理的距離が遠くなるにつれて急速に少なくなる。しかし、筆者らの近年の研究では、空間的距離を既存の交通インフラの活用で短縮することは可能であり、交通手段によって知識の交換が容易となることが明らかとなっている。例えば、長野新幹線の開通で東京周辺が日帰り圏となり、長野市内の特許出願に積極的な企業では、新しい情報や技術に触れる機会が増えたという。このように、既存の交通ネットワークを活用することで、時間距離短縮による知識波及の効果を享受することは可能だ。日本では全国に交通インフラが整備され、輸送コストも十分に低下しており、企業や人のネットワークを形成できる余地は今後も大きいと考える。

ネットワークを形成する組織の活躍

 地域の生産性は地理的環境にも影響される。例えば、生産性の高い情報関連サービスは都市部に集中する(図3)。その一方、地域に多く立地し、雇用者比率が2割を占める製造業の生産性は中程度にとどまる。また、人口と同じように全国に分布し、雇用者比率が4割にものぼる生活関連サービスの生産性は総じて低い。このことから、地域に立地する産業の生産性を向上させることは困難にも思える。

 だが、そうした生産性の低い産業が、情報関連サービスをはじめ他産業とネットワークでつながり、立地や生産性の違いを補いながら新たな価値を創造することは可能なはずだ。実際に、地域の生活関連産業と都市部の情報産業との連携で、マーケット拡大に成功した例は増えてきている。

 こうした動きを加速させるためにも、ネットワークの形成に資する地域金融機関、商工会議所、行政や大学が率先して活動していくことが望まれる。地域金融機関や商工会議所などのネットワークを使い、地域を越えて企業や人をつなぐことにより、仮に産業集積が形成されなくても、高い生産性を実現することは可能かもしれない。また、地域には起業に向けて準備をしている潜在的な起業者も多く存在する。そうした人々がネットワークを活用することで事業のリスクは大きく減るという効果も生まれよう。

図3 立地分布でみた産業別生産性の違い

(注)地域分散型は、事業所が人口分布に比例して立地する産業で、対個人向けサービスなどを含む。地域集中型は、地域の特色を生かした製造業。都市集中型は、事業所が大都市に集中して立地した産業で、IT関連サービス業等のこと。
(出所)内閣府「経済センサス」をもとにNIRA総研作成

さいごに

 ここで伝えたい地域の産業政策のメッセージはシンプルである。これからの産業集積では地域が自ら比較優位を持つ産業を特定し、生産性の高い企業によるコンパクトな集積の形成を促進する、それをネットワークの構築によって支えていくことが、地域発イノベーションを実現する条件となる、ということだ。「コンパクト」は、従来、まちづくりの概念の中で、人々の生活のQOLを向上させる都市構造として捉えられてきた。この発想を地域産業政策にも応用し、「数」から「質」への転換が求められている。

参考文献

Okubo, T, and E. Tomiura (2012) “Industrial Relocation Policy, Productivity, and Heterogeneous Plants: Evidence from Japan,” Regional Science and Urban Economics,42 , pp. 230-239 .
Okubo, T., T. Okazaki and E. Tomiura (2016) Industrial Cluster Policy and Transaction Networks: Evidence from firm-level data in Japan, RIETI DP (No.16-E-071).
井上寛康・中島賢太郎・齊藤有希子(2016)「高速鉄道による時間距離短縮がイノベーション促進に果たす役割について」 国土交通省国土政策研究支援事業報告書

岡崎哲二(おかざき てつじ)

東京大学大学院経済学研究科教授。

大久保敏弘(おおくぼ としひろ)

慶應義塾大学経済学部教授。

齊藤有希子(さいとう ゆきこ)

独立行政法人経済産業研究所上席研究員。

中島賢太郎(なかじま けんたろう)

東北大学大学院経済学研究科准教授。

原田信行(はらだ のぶゆき)

筑波大学システム情報系准教授。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)岡崎哲二・大久保敏弘・齊藤有希子・中島賢太郎・原田信行(2017)「コンパクトな産業集積へ柔軟なネットワークで支える-」NIRAオピニオンペーパーNo.29

©公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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