柳川範之
総合研究開発機構(NIRA)理事/東京大学大学院経済学研究科教授
神田玲子
総合研究開発機構(NIRA)研究調査部長

概要

 総合研究開発機構、東京大学、日本経済新聞社は、201338日、シンポジウムを共同で開催し、東日本大震災後の被災地の復興策について議論した。そこでの議論を踏まえ、東北の被災地復興にあたっては、農業・漁業をその基盤とすることを、我々は提案する。農業・漁業の6次産業化を図り、食品加工等も含めた食品産業の一大拠点とする。また、生活者視点に立った、中世の都市のようなコンパクトなまちづくりや、医療と福祉の連携を進めるべきだ*

INDEX

農業・漁業を柱に復興を図る

 総合研究開発機構、東京大学、日本経済新聞社は、去る3月8日、シンポジウムを共同で開催し、東日本大震災後の被災地の復興策について議論した。

 そこでの議論を踏まえ、東北の被災地復興にあたっては、農業・漁業をその基盤とすることを、我々は提案したい。農業・漁業の6次産業化(注1)を図り、食品加工等も含めた食品産業の一大拠点とする。これこそが、被災地を復興させるための実効性の高いプログラムであり、そのための個別の政策を実現することが重要と考える。

 農業・漁業を基盤とすることには、いくつかのメリットがある。

 第1に、この地域では農業・漁業に従事してきた方が多く、活動の継続性が維持できる。まったく新しい産業を誘致することも必要であるが、それだけで復興と成長を実現させることは現実的にはなかなか難しい。

 第2に、農業・漁業は産業のすそ野が広く、大きな波及効果が見込まれる。これはシンポジウムにおいて東京大学の増田寛也客員教授が強調した点でもある。また、単に既存のイメージで考えるのではなく、今後は6次産業化を積極的に図り、食品産業として、よりすそ野と波及効果を広げる形で考えるべきであろう。

 第3に、国全体の戦略と整合的である。TPPへの交渉参加表明もあり、日本全体として農業・漁業を強くしていくことが求められている。その点からも農業・漁業を東北の復興の柱とすることには大きな意義がある。

 その際、宮城大学の大泉一貫副学長が強調したように、農業については、稲作偏重の体質を捨て、付加価値のある園芸作物を輸出する農業を目指すべきであろう。オランダは、狭隘な国土であるにもかかわらず、アメリカに次ぐ世界第2位の農業輸出国となっているという指摘は傾聴に値する。そもそも農業輸出がそれほど高くなかったオランダの成功に学ぶ点は大いにあるに違いない。

 土地の利用権を特別に認めるなど、規制や制度の縛りに対する大胆な対応も必要になる。特に被災地復興にあたっては、平常時のルールをそのまま適用するのではなく、緊急時のルールとしてあるいは特別時ルールとして、規制を考えていかないと、前にはなかなか進めない。そのための具体的なプロセスを早急に考えるべきである。

 もちろん東北地方には、原発事故の影響もあり、農産物や食品をどこまで他地域あるいは海外の人が購入してくれるのかという不安があるのも事実であろう。しかし、だからこそ、政策的な手当をきちんと行い、国として安全性を十分に確認したうえで出荷されるようにしていく必要があり、それも大事な支援策の1つである*

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 この震災復興に関するシンポジウムにおいて議論されたのは、農業・漁業問題だけではない。これ以外にも、東北地方から生まれる新たな成長の方向性について、様々な視点からとても有意義な提言が行われた。以下では、その詳細を紹介する。

稲作偏重からの脱却を

 現在のところ、農地の除塩(津波被害による塩分除去)は今春までで6割程度にとどまり、農業の復興に時間がかかっている。大泉氏は、「仙台平野は園芸農業を軸に、また、三陸沿岸では水産業を軸に復興を果たすべきだ」と主張する。

 農業について、今回の復興は、これまでの稲作偏重の農政を改め、付加価値ある園芸作物を輸出する農業を目指す好機だ、とみる。そのときの参考になるのがオランダの園芸だ。オランダは狭隘な国土であるにもかかわらず、アメリカに次ぐ世界第2位の農業輸出国である(図表1)。それは、切り花、チーズといった、特定の輸出農産物に特化した農業経営である「成熟国型」農業経営に成功したからにほかならない。世界で展開されていた従前の農業経営といえば、大きく2つのタイプに限られていた。1つは、BRIC’sなどの開発途上国型農業で、自国の国民を養うことを第1の目的とするものであり、もう1つは、輸出を目的とした先進国型農業で、新大陸(ケアンズ諸国(注2))でみられるものである。これらは、大規模生産による農業を目指したものだ。しかし、近年は、オランダなどのヨーロッパで展開されている、付加価値の高い「成熟国型」農業である第3のタイプが加わった。日本は、第3のタイプを目指すべきだと大泉氏は主張する。

図表1 日本農業の世界の市場開拓力・輸出力について

(出所)農林水産業『平成23年度食料・農業・農村白書』
(注)大泉氏報告資料の図表をNIRAが一部改編

 すでに、仙台湾岸では新しい取組が始まっている。仙台平野で、培養液を使ったトマトやいちごの栽培が、数10か所で行われている。しかし、被災地域の復興を盛りあげるまでの大きな動きにはなっていない。それを大きな流れとするには、稲作偏重の農政から脱却することが重要な課題だと大泉氏は主張する。

 実は、アメリカやオランダが輸出大国となったのは、比較的最近のことだ。それらの国で輸出が拡大したのは、農産物が世界的に過剰となった1970年代以降である(図表2)。当時、収穫過剰でその処理に困っていたため、両国では輸出市場の開拓を積極的に行い、農産物輸出国への転換を図ったという。アメリカやヨーロッパ諸国が海外に活路を見いだし、市場アクセスを確保している一方で、日本では、国内の生産調整に乗り出した。こうした国による農政のスタンスの違いが、各国の輸出動向に端的に表れているという。

 さらに、農水省の予算配分にも問題があると大泉氏は指摘する。農水省予算は2兆1千億円であり、稲作と畑作に使われている予算は8千億円となる。そのうち、畑作は約2千億円強であり、残りの約6千億円が稲作に投入されている。野菜作の産出量の方が、稲作より多いにもかかわらず、である。大泉氏は、こうした稲作偏重の理由には、稲作が日本の文化と結びつき、また、主食だからという点があることは理解できるものの、結果として兼業農家を維持することにつながっていると指摘する。

図表2 各国の農作物輸出額(1961年~2007年)

(出所)FAOSTATより作成
(注)大泉氏報告資料より抜粋

漁業に産業としてのノウハウを

 漁業については、三陸の水揚高は震災前の6割強程度にとどまる。ノルウェーの水産業は、先進的なものとして知られているが、実は、ノルウェーで使われている機械や技術は、ほとんどが日本製だと大泉氏は指摘する。個々の技術力に日本の強みがあっても、それをまとめて産業にするノウハウに欠けることが日本の弱みであり、三陸水産業の衰退の原因もここにあるという。

 消費者の嗜好が、漁業者の漁獲に反映されていない点も、産業としてのノウハウが欠けている1つの例だ。漁師は、消費地市場での価格や取引量を気にせず、とかく漁獲量で競おうとする傾向が強いという。その結果、乱獲によって、水産資源が枯渇しかねず、資源管理を重視すべきとの言及があった。

 また、流通にも問題があることが指摘された。ノルウェーで水揚げされた魚は、加工場を経て30数時間で成田に到着するが、これは宮城県の南三陸町の志津川で水揚げされて築地に届くのとほぼ同じ所要時間だということだ。これでは世界市場で競争する前に、国内市場の立地の優位性が生かされない。

 こうした農業、水産業が抱えている問題を、意識の高い協同組合や地方自治体が率先して解決し、あるべき姿に向けて歩みを進めることが、自律した復興には欠かせない。

産業復興とまちづくりを一体で進める

 農業・漁業を軸とした復興を図るためには、用地や土地の利用権を特別に設定できるなどの法的手当を認めるべきだと、増田氏は訴える。また、漁業に依存する三陸海岸では、岸壁のそばに加工場を作ってはいけない、などの規制があるため、特区制度を活用すべきだ、という大泉氏の主張は、増田氏の主張とも関係する。

 これらの意見は、まちの将来像をどう考えるのか、という点にも直結する問題だ。産業とまちづくりの復興は、切り離して議論すべき問題ではなく、地域の産業を軸にしてまちづくりを実現していかなければ、まち全体が地盤沈下してしまうという大泉氏の指摘は重要だ。産業が動き出せば、そこで生計を営んでいる人々の生活面での復興が進む可能性が高い。生計の目処が立てば、まちづくりの決断もスピードアップするだろう。

 他方、まちづくりに遅れが出ている原因に、土地の所有者に膨大な相続問題が発生していることがあるとの指摘があった。津波で境界石も流され、地籍調査も進んでいない。関係者による立ち会い協議なども行われているが、今後事業が本格化するにあたり、より大きな問題となるため、手続きを省略するなどの非常時ルールを導入すべきだという。緊急時には平常時のルールを適用するのではなく、緊急時のルールで迅速に対応すべきであるというのが増田氏の一貫した意見だ。

中世のヨーロッパ都市に学ぶ医療連携

 「医療、介護、福祉を担う機関をまちの中心に集め、その周りを商業と住宅が囲み、車で15分もあれば移動できるコンパクトなまちづくりを目指すべきだ」と提起するのは、放送大学の田城孝雄教授である。そのイメージは、中世のヨーロッパ都市だという。中世のヨーロッパ都市は、教会や市庁舎があり、広場があった。広場では市場が立ち、その周りに住宅が建ち並んでいた。

 まちづくりには生活者の視点が欠かせない。しかし、従前のまちづくりは、医療との連携が不十分であったと、田城氏は指摘する。病院の移転や建て替えの情報が共有されず、市街地の開発が間に合わなくなる例や、病院の郊外移転によって人の流れが変わり、中心市街地が空洞化してしまう例もあるという。

 釜石市では、今回の震災を踏まえ、在宅医療を基礎とした地域包括ケアに、住宅や生活拠点(商業活動)などを組み合わせたまちづくりを進めている。また、被災地の6箇所が、環境と高齢化への独自の取組を行う「環境未来都市」という先進モデルに指定された。そのうちの1つである岩手県の大船渡市、陸前高田市、住田町の2市1町には、協議会が設置され、医療と介護・福祉の連携に取り組んでいる。現地の医師会の積極的な取組がそれを支えているという。

 こうした取組が始まっているものの、現地では、リスクの高い事業にファイナンスがつかないという悩みを抱えているようだ。民間は、大規模災害の経験がないことや、制度上の難しさを理由として融資に消極的であるため、国と民間の連携のあり方が問われているという指摘がなされた。

 もともと、東北地方は、看護師不足や医師不足などの医療過疎の問題を抱えており、今回の震災による影響は甚大なものであった。しかし、被災者が現在置かれている医療・福祉のサービス状況について把握する十分なデータがないという現実がある。さらに、被災後も中小病院の再編はほとんど進んでいない。NIRAは、これまでも医療法人に出資持分を認め、複数の医療・福祉機関からなるホールディング・カンパニー制を導入することによって、既存の中小病院の再編を促すべきだと提言してきた。医療法人の持分を認めないことは非営利性を担保する上では有効だが、経営面での合理化を遅らせる原因ともなっているためだ。まちづくりと医療を一体的に進めれば、民間資金が導入される余地も生まれる。規制緩和をはじめ早急に制度を整備することが求められている。

福島県は2040年までに再生可能エネルギーで自給する

 東北での再生可能エネルギーのポテンシャルが大きいことを、国立環境研究所の藤野純一主任研究員は強調する。風力だけでも、年間830億kWh/年の導入可能性があり、それは現在の東北電力の供給量を上回る水準だという。地熱発電については、九州などとも並ぶ有望な適地である。

 被災した県のなかでも福島県は放射能問題を抱えており、中長期に及ぶ復興を考えざるを得ない地域である。2012年3月、福島県は2040年までに県内のエネルギーを県内の再生可能エネルギーで自給するビジョンを公表した。

 たとえば、土湯温泉では、地熱を利用した500kWのバイナリー発電設備を建設し、平成26年度の夏の運転開始を目指している。温泉協同組合自らが積極的に進めている。被災というマイナスの経験をプラスに変えていく動きである。

 復興の中でも再生可能エネルギーへの期待は大きい。導入可能量は多く、採算性も改善してきた。人々が様々なエネルギーを選択して購入できるシステムを構築することが必要だ。

図表3 地熱をつかったバイナリー発電

(出所)福島大学共生システム理工学類 佐藤理夫教授 提供資料
(注)藤野氏報告資料より抜粋

新しい意思決定を

 復興における行政機構の果たすべき役割は大きい。シンポジウムでも行政の縦割り組織を排除し、現地で即断即決できる体制をとるために、復興庁に福島復興再生総局を整備したことが復興庁の上田健統括官より紹介された。新たに組織が新設されたことにより、復興がスピードアップすることへの期待は大きい。

 同時に、議論のなかで幾度となく言及されたのは、新しい意思決定システムの必要性である。自宅や土地を失い、追い詰められた状況のなかから、新しい意思決定システムが生まれつつあるという。女性、若者、外部の人々を交えて、オープンに議論し、集落全体の大筋の合意を得つつ意思決定する仕組を築くことができた地域は強くなるという意見が出された。

 また、科学的な根拠に基づいた意思決定を行うことの必要性を、東京大学澤田康幸教授及び日本経済新聞大林尚編集委員は指摘した。復興予算として25兆円の支出が準備されたが、被害額算定の検証が行われていないなかで、説得力のある予算額なのかどうか、という疑問である。科学的な根拠に基づいた政策立案がなされることが望まれるとともに、支出内容についての透明性が確保される必要がある。

 その際、経営者としての視点が極めて重要だ。ビジネスとして採算がとれるかどうか、政策としてどこまで後押しすべきかという点を忘れてはならないと、仙台経済同友会の西井英正幹事は指摘する。採算のとれない事業に多額の公費を投入することは避けなければならない。これまでのような工場誘致を行い、雇用増を図る地域振興策には限界がある。先進的なモデルを復興のなかでつくる必要があるとの指摘があった。

出席者一覧(敬称略・五十音順)


上田健  復興庁統括官
大泉一貫 宮城大学副学長
大林尚  日本経済新聞社編集委員
国友直人 東京大学大学院経済学研究科長(開会挨拶)
澤田康幸 東京大学大学院経済学研究科教授
田城孝雄 放送大学教養学部教授
西井英正 仙台経済同友会幹事・弘進ゴム株式会社代表取締役社長
藤野純一 国立環境研究所主任研究員
増田寛也 東京大学公共政策大学院客員教授

シンポジウムの映像はYouTubeでもご覧いただけます。
『20130308シンポジウム』 ①~⑥
https://www.youtube.com/channel/UCc0YeA8wW396gQXTTC7buBg/videos

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
柳川範之・神田玲子(2013)「東北から生まれる日本の新たな成長ーシンポジウムを終えてー」NIRAオピニオンペーパーNo.9


脚注
*本レポートは、2013年3月8日14~17時に、東京大学本郷キャンパスの情報学環・福武ホールで開催された東日本大震災復興シンポジウム「東北から生まれる日本の新たな成長」での報告及び議論をもとにまとめたものである。参加者の方々に厚く感謝申し上げる。ただし、文中の誤り等は全て筆者の責任に帰するものである。 *本レポートは、2013年3月8日14~17時に、東京大学本郷キャンパスの情報学環・福武ホールで開催された東日本大震災復興シンポジウム「東北から生まれる日本の新たな成長」での報告及び議論をもとにまとめたものである。参加者の方々に厚く感謝申し上げる。ただし、文中の誤り等は全て筆者の責任に帰するものである。
1 1次産業としての農林漁業と、2次産業としての製造業、3次産業としての小売業等の事業との総合的かつ一体的な推進を図り、地域資源を活用した新たな付加価値を生み出す取組(『平成24年度食料・農業・農村白書』を参考)。 1 1次産業としての農林漁業と、2次産業としての製造業、3次産業としての小売業等の事業との総合的かつ一体的な推進を図り、地域資源を活用した新たな付加価値を生み出す取組(『平成24年度食料・農業・農村白書』を参考)。
2 輸出補助金の撤廃を目指して1986年にオーストラリアのケアンズで結成された農産物輸出国のグループ。豪州、ニュージーランド、アルゼンチンなど計17か国(『平成14年食料・農業・農村白書』を参考)。 2 輸出補助金の撤廃を目指して1986年にオーストラリアのケアンズで結成された農産物輸出国のグループ。豪州、ニュージーランド、アルゼンチンなど計17か国(『平成14年食料・農業・農村白書』を参考)。

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