伊藤元重
総合研究開発機構(NIRA)理事長

概要

 2011年3月の東日本大震災および福島原発事故以降、電力システムの改革に関する議論は国民の大きな関心事項となった。しかし、一口に「改革」といっても、やみくもに規制緩和をすれば良いわけではない。必要な規制は強化しつつ、市場の活力を生かす制度を設計することが求められている。本稿では、現在の日本の電力システムが抱える問題点を明らかにし、あるべき電力市場の姿を考察した上で、電力システム改革の方向性を指し示す。

INDEX

電力システム改革はなぜ必要なのか

 原発事故は日本の電力システムの抱える問題点を顕在化させた。10の地域に分かれた地域独占に近い一般電気事業者(注1)に電力供給の大半を委ね、それぞれの地域で上流の発電から、送配電、そして下流の小売りと、垂直統合の下で半ば配給制度に近い形で電力供給が行われてきたことについての、問題点も明らかになってきた。

ここで、その問題点をいくつか整理してみよう。

(1)原子力発電所をはじめとした大規模集中型の発電施設に電力の多くを依存していた。これが利用できなくなることで、社会全体が大きな影響を受けた。消費地に近いところでの分散電源の拡大も含めて、より多様な供給チャネルを確保することが必要と考えられる。

(2)原発への過度な依存は好ましくないという国民的な合意ができつつある中で、再生可能エネルギーの利用拡大も含めたより多様な電源を確保していくためには、様々な発電業者が積極的に参入できる環境を整備しなくてはいけない。そのためには、送電網を持っている事業者が発電事業でも独占に近いという現状は好ましくない。

(3)日本の送電網は広域利用ということが前提になっていない。地域独占が進んでいるということは、地域を超えた競争がほとんど起きていないということを意味する。北海道で風力発電を行ってそれを本州に送電しようとしても、北海道と本州の間の連系線(注2)の容量があまりにも小さすぎる。また、東西でサイクル数が異なることで、東日本と西日本の間の地域を超えた競争や電気のやりとりが大きく制約されている。

(4)これまでは、安定供給という理念の下に、需要を満たすような供給拡大を前提にしてきた。首都圏や関西圏などの大需要地での需要をまかなうために積極的に原子力発電所の建設を進めてきたことも、そうした安定供給のためであった。安定供給はもちろん重要であるが、世界の動向を見ると、供給量の実情に合わせた需要側の柔軟な対応の重要性も認識されている。電力利用を節約する節電や、電力の需給の動きに合わせて需要量を調整するDR(ディマンド・レスポンス)のメカニズムを積極的に導入する必要がある。

(5)上の点と関係するが、ユーザーがより自由に電力を選択できる仕組みを構築していく必要がある。小売りレベルでの様々な料金体系の導入、多様な小売り事業者の参入を実現しなくてはいけない。また、ユーザーが多様な電力事業者の間で選択できるように、電力供給主体が多様化することを実現する必要がある。

「配給制度」から市場的供給制度へ

 電力というと特別の分野と考えられがちだが、電力システム改革の根底にあるのは、他の多くの分野で行われてきた変化を、電力にも取り入れるということだ。それは、可能な範囲で「配給的」な制度を脱し、市場メカニズムをフル活用していくということだ。

 配給型の電力システムの特徴を整理してみよう。比喩的にコメの市場を想定してみれば分かりやすい。たとえば、東京にすんでいる人は、「東京電力」という生産者によって生産され、「東京電力」によって運ばれてくるコメを、「東京電力」という小売業者から購入することになる。それ以外の選択の幅は非常に限られている。コメの価格は総括原価方式という規制の下で、コメを生産するコストに一定の利益を上乗せした価格が消費者に課されることになる。

 これが配給型の仕組みの特徴である。しかし、このような配給型は好ましくなく、東京に住んでいる人でもいろいろな生産者のコメを購入できるようにした方がよいし、料金やサービスも規制料金ではなく柔軟にすべきだ。また、送電施設を有する事業者は、様々な発電業者の生産した電気と自社で発電した電気を差別することなく、同等の条件で送電すべきだ。こうした条件が整えば、多様な発電業者の参入が期待できる。また、ユーザーにとっても、選択の幅が出てくる。そして業者間の競争が起きる。発電分野でも、そして小売り分野でも競争が期待できる。

 電気事業の中でも、送電と配電については、規模の経済性が非常に大きな分野であり、複数の事業者が競い合うことを期待できない。送電と配電については、公平で透明性の高い条件で利用できるようなルールの下で運営され、すべての発電業者や小売業者が同等の条件で利用できるような制度の構築が必要となる。これを実現するための手法が、発送電の分離である(図表1)。

 コメの比喩で配給型の制度について述べたが、コメをはじめとして様々な分野で、配給型制度から市場競争型の制度への転換が進んできた。その時期と手法は異なるが、鉄道、通信、金融などの分野などで、民営化や規制緩和などの手法によって、市場メカニズムをより積極的に取り入れる努力が続けられている。

 通信分野では、アンバンドリングという形で通信ネットワークが多くの事業者に開放され、ブロードバンドのネットワークが一気に進んだ。電力における発送電分離もアンバンドリングと呼ばれるが、このねらいも通信のそれと似た面がある。

図表1 従来電力システムとアンバンドリング後の姿

(注)ここでは、簡単化のため、変電等いくつかの過程を割愛している。
(出所)NIRA作成

 もちろん、自由化の下でも、必要な規制は強化されている。求められていることは規制撤廃ではなく、規制改革なのである。電力の場合には、発電や小売りの自由化は推進していっても、発送電分離によって送電部門が公共財としてきちっと機能するような規制が必要となる。送電網と配電網については規模の経済性が働いている。市場メカニズムに委ねるだけでは送電配電網の効率利用は難しい。ここでの規制をきちっと行いながら、発電事業者や小売事業者にこのネットワークを開放することが求められる。

なぜ発送電分離なのか

 資源エネルギー庁の電力システム改革専門委員会では、発送電分離について、これまでより踏み込んだ取り組みを進めるよう提案する報告書をまとめた。発電会社と送電配電会社を分けて持ち株会社の下にぶら下げる法的分離方式にするのか、それとも送配電機能を独立機関に委ねる機能分離方式にするのかは、今後の検討に委ねることになっている。欧州の事例などを見ると、法的分離からさらに進んで所有も切り離す完全な分離である所有分離まで進んだ国も多く見られる(注3)(図表2)。

図表2 欧州主要国の発送電分離の状況

(参考) 山田光「発送電分離は切り札か-電力システムの構造改革」(株)日本評論社
     社団法人海外電力調査会「イギリスの電気事業」
     社団法人海外電力調査会「ドイツの電気事業」
     社団法人海外電力調査会「フランスの電気事業」

 どちらの道を選択しても、これまで採用してきた会計分離よりも強い形で発送電分離が進むことを期待したい。送電機能を発電機能から分離することには、少なくとも2つの狙いがある。1つは中立で透明な送電配電機能を確保することで、発電業者の自由な参入と競争促進をはかるとともに、小売りレベルでも多様な業者の参入を促すという狙いだ。

 そしてもう1つは送電機能が地域ごとに分断されている現状から、より広域での送電機能を確保するという狙いである。これによって、地域を超えた競争が促進されることを期待したい。また送電網が広域に運営されることで、地域の特性に違いがある再生可能エネルギーの有効活用の道が開けるはずである。

 海外の主要先進国を見ると、欧州に加え、米国でも南部の一部の州を除き、大半の地域で発送電分離が行われている。日本だけが旧来の仕組みを踏襲し続けるということが好ましいとも思われない。発送電分離は市場メカニズムを活用するために避けては通れない道である。

 ただ、発送電分離という形で環境を整えただけでは、電力市場における競争は促進されない。長いこと地域独占を続けてきた一般電気事業者の影響力はそれほど強いと言える。発送電分離と同時に、電力の卸売市場の取引を活性化させていく必要がある(図表3)。

図表3 電力卸売市場での取引の流れのイメージ

(出所) NIRA作成

 最終的には多様な発電会社が積極的に卸売市場に対して電力を供給し、そしてどの電力事業者も卸売市場から柔軟に電力を調達できることが必要となる。また、その電力卸売市場も、直前市場や先渡し市場・先物市場を設置するなど、市場機能を強化する必要がある。

 発送電の分離をし、より多様な市場を立ち上げるだけでは、卸売市場を通じた電力の取引は活性化しないだろう。市場を活性化させるための取り組みが必要となる。電源開発(株)(J-Power)や自治体の保有する発電施設など、独立系発電事業者の電力を積極的に卸売市場に出させること、一般電気事業者に卸売市場への電力供給と卸売市場からの電力調達を同時に入札に出すことを求める(いわゆるマーケットメイクの機能)、余剰電力についても市場に出すことを求めるなど、いろいろな手段が考えられる。これらの手法についても今後の政策論議の中でより詰めていくべき論点である。

小売りレベルでの自由化を進めよ

 今回の電力システム改革のもう1つの重要なポイントは、小売りレベルでの自由化だ。多様な事業者が電力小売事業に参入すること、そしてユーザーにとって多様な選択肢が生まれることが期待される。小売りレベルでの自由化が進むことで、冒頭で述べたDRを積極的に進める環境を整えることができると期待される。また、小中規模の熱電併給システム(コジェネ)など分散電源の活用を拡大していく上でも、小売りレベルでの自由化は重要である。

 小売りレベルでの自由化を考えるとき、ユーザーのメーターの情報は誰のものかという視点が鍵となる。これまでは、ユーザーのメーターは、一般電気事業者の料金調達の手段という面が強かった。

 しかし、スマートメーターによってユーザーの電力利用の状況がより詳細に把握できるようになれば、その情報を利用して様々な小売りサービスが可能となるはずだ。いま、急速な勢いでスマートメーターの導入が進んでいる。これをどう活用するのかが問われている。メーターの情報は特定の事業者のものではなく、公共的情報であるという考え方をとるべきである。

 海外ではアグリゲーター(注4)と呼ばれる業者が、多くのユーザーの電力情報を集中的に把握することで、より効率的かつ弾力的な電力利用につなげているケースも少なくない。一般電気事業者にも小売事業者としてより柔軟な料金体系を採用することを期待したいが、同時に様々な事業者が小売事業に参入することが望ましい。

 こうした小売りレベルでのビジネスは、電力関連会社だけでなく、ガス、石油など、様々なエネルギー産業の中での競争と協調という形になることが好ましい。ここでは電力システムの改革の話に限定しているが、実際にはガスなど他のエネルギー源も含めたエネルギー全体のシステムを見直していくことが必要となるはずだ。電力で発送電分離が論じられるように、ガスなどでも同じようなシステム改革が必要となるだろう。

 当面は再生可能エネルギーの利用拡大のペースには限界がある。火力発電やコジェネなどを積極的に活用していくことが求められる。そのためには、ガスの送配システムを見直していくことが重要である。具体的には、都市ごとに分断されているガス輸送パイプを全国レベルでネットワーク化することがその1つと考えられる。

技術革新とビジネス革新への期待

 電力において市場メカニズムの活用を強化することの意義は非常に大きい。当面は電力ビジネスにおいて競争を促進し、消費者に多様な選択の幅を提供するということが主たる効果であるが、長期的に考えれば市場機能拡大から期待される効果はもっと大きなものになる。

 電力に限らずすべての分野で言えることだが、市場機能を強化することはイノベーションを促す結果になる。電力の場合には、発電分野、小売りビジネス、省エネ技術など、様々な分野でのイノベーションが期待される。

 発電分野では、より効率的な火力発電の利用、コジェネなど分散電源の拡大、そして何よりも再生可能エネルギーの利用の拡大が求められる。社会全体として見たとき、これらの多様な電源の配分がどうあるべきか、今の時点で決めることはできない。

 政府は今年の7月から固定価格買取制度(FIT)を導入した。この制度は再生可能エネルギーの導入を刺激するという意味で時限的な意義はあるかもしれないが、永続的な政策とはなりえない。政府が買取価格を保証して再生可能エネルギーを拡大していくのは、統制経済型の対応にすぎないからだ。

 天然ガスなどの将来価格の動向、風力や太陽光などの技術の動きなどによって、エネルギー利用の配分は今後大きく変わっていく可能性がある。どの分野の技術が進むのか、いまの時点で予断を持つことは難しい。

 重要なことは、その時々の経済環境や技術進歩の動きに柔軟かつ素早く対応できるようにしておくことだ。発送電分離で多様な発電事業者が参入できるようになるほど、技術革新の激しい分野での参入が促進され、イノベーションも進むはずだ。

 小売りレベルでの競争も、社会全体のエネルギー利用を好ましい方向に変えていく上で重要な意味を持つ。地球環境問題への対応として、供給サイドで鍵となるのが再生可能エネルギーの利用を拡大していくことであるとすれば、需要サイドで鍵となるのが省エネを進め、供給に合わせた柔軟な需要対応を可能とするDRを進めることだ。こうした需要サイドでの省エネやDRを進めるインセンティブを高める上でも、小売りレベルでの多様な業者の参入が求められる。

 省エネやDRを進めることが電力ユーザーや小売事業者にとって得となる。そうした仕組みを構築することが重要だ。それこそがイノベーションを促進する結果になるだろうし、新たなビジネスモデルが生まれることにもなる。

 温暖化ガス排出抑制(注5)という環境問題となると、電力システムだけで議論することはできない。社会のあらゆる活動から出てくる温暖化ガスの抑制が問題となるからだ。ただ、温暖化ガス抑制にも市場メカニズムを活用するという視点が重要であることは言うまでもない。今後、炭素税や排出権取引など、温暖化ガス排出の社会的費用を国民がより直接的に認識して行動するような仕組みの強化が進められていくだろう。

 こうした環境問題への対応に市場メカニズムを有効に活用するためには、電力システムにおいても市場メカニズムが十分に働くことが前提条件となることは言うまでもないだろう。

参考文献

山田光(2012)「発送電分離は切り札か-電力システムの構造改革」日本評論社.
社団法人海外電力調査会(2012)「イギリスの電気事業」、「ドイツの電気事業」、「フランスの電気事業」
伊藤元重(2011)「電力改革の方向を考える」NIRAオピニオンペーパーNo.3.
八田達夫・伊藤元重(2011)「電力問題の解決は需給調整メカニズムの確立から」NIRA対談シリーズNo.63.
冨山和彦・伊藤元重(2011)「電力市場の再設計を急げ」NIRA対談シリーズNo.64.
山田光・伊藤元重(2011)「電力供給システムは垂直統合型から構造分離型へ」NIRA対談シリーズNo.65.
伊藤元重(2011)「改革迫られる電力政策」NIRA政策レビューNo.53.

伊藤元重(いとう もとしげ)

総合研究開発機構(NIRA)理事長。東京大学大学院経済学研究科教授。東京大学経済学部卒。ロチェスター大学大学院経済学博士号(Ph.D.)。専攻は国際経済学、流通論。93年東京大学経済学部教授を経て、96年より同大学大学院経済学研究科教授、2006年2月より総合研究開発機構(NIRA)理事長。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
伊藤元重(2012)「電力システム改革の課題ー「配給」から市場の活用へー」NIRAオピニオンペーパーNo.7


脚注
1 北から、北海道電力、東北電力、東京電力、北陸電力、中部電力、関西電力、中国電力、四国電力、九州電力、沖縄電力の10電力会社がそれぞれの地域を分担している。 1 北から、北海道電力、東北電力、東京電力、北陸電力、中部電力、関西電力、中国電力、四国電力、九州電力、沖縄電力の10電力会社がそれぞれの地域を分担している。
2 北海道・本州間連携設備は、現在、電源開発(株)(J-Power)が所有・運用しており、直流250kV・60万kWの供給能力を有する。 2 北海道・本州間連携設備は、現在、電源開発(株)(J-Power)が所有・運用しており、直流250kV・60万kWの供給能力を有する。
3 欧州では、2003年のEU指令(Dir.2003/54/EC、第2次エネルギーパッケージ)において、各国に送電部門の資本分離を求めている。例えば、イギリスでは所有分離が完了しており、ドイツでも4大送電会社のうち3社が所有分離、1社が法的分離をしている。 3 欧州では、2003年のEU指令(Dir.2003/54/EC、第2次エネルギーパッケージ)において、各国に送電部門の資本分離を求めている。例えば、イギリスでは所有分離が完了しており、ドイツでも4大送電会社のうち3社が所有分離、1社が法的分離をしている。
4 発電会社から一括して高圧で大量の電力供給を受け、多数の中小規模の需要家に電力を供給する小売事業の1つ。例えば、大規模商業施設やマンションの管理会社がアグリゲーターとして、個々の需要家への電力供給を一括管理することが考えられる。この場合、需要家に対する使用電力量の検針や電力料金の徴収は、アグリゲーターが行う。 4 発電会社から一括して高圧で大量の電力供給を受け、多数の中小規模の需要家に電力を供給する小売事業の1つ。例えば、大規模商業施設やマンションの管理会社がアグリゲーターとして、個々の需要家への電力供給を一括管理することが考えられる。この場合、需要家に対する使用電力量の検針や電力料金の徴収は、アグリゲーターが行う。
5 1997年の気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3、於:京都)で採択された「京都議定書」(Kyoto Protocol)では、2008年~2012年の5年間で、日本は1990年に比べて-6%の温室効果ガスを削減することを規定している。なお、2013年以降の第二約束期間については、現在、国際的交渉が進められている。 5 1997年の気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3、於:京都)で採択された「京都議定書」(Kyoto Protocol)では、2008年~2012年の5年間で、日本は1990年に比べて-6%の温室効果ガスを削減することを規定している。なお、2013年以降の第二約束期間については、現在、国際的交渉が進められている。

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