星岳雄
カリフォルニア大学サンディエゴ校教授/総合研究開発機構(NIRA)客員研究員

概要

 リーマンショックや欧州債務危機の発生により欧米諸国の金融システムが動揺をきたしたのに対し、日本の金融システムは一見安定しているかに見える。しかし、日本の金融システムが内包する信用リスクや利子率変動リスクは、震災からの復興を目指す日本経済に思わぬダメージをもたらす可能性もある。このようなリスクの顕在化を回避するために、直ちにとるべき対策について提言する。

INDEX

日本の金融システムが内包するリスク

 ギリシアから始まった政府債務危機は他のヨーロッパ諸国にも飛び火して、さらにはその政府債を大量に保有する金融機関の健全性をもおびやかすようになった。ヨーロッパでは大銀行も含めた多くの銀行が資金調達の問題に直面しており、2008年秋のような金融危機の再燃が危惧されている。また、金融危機の影響からまだ完全には脱しきっていない多くのアメリカの銀行も困難に見舞われている。ヨーロッパやアメリカの金融システムの問題に比べて、日本の金融システムは安定しているかに見える。もともと日本の金融機関は、先般の金融危機の引き金になった危ない証券化商品などをあまり保有していなかったし、不良債権の額も増えていない。しかし、以下で論じるように、公表された不良債権額は実勢を反映したものではなく、実際は金融危機以降、多額の隠れ不良債権が発生していると推察できる。また、金融機関による巨額の国債保有は、利子率変動のリスクを高くしている。日本の金融システムが内包する信用リスクおよび利子率変動のリスクを直視して、対策を考えておく必要がある。

不良債権は減少しているように見えるが

 図表1は、大銀行(都市銀行、旧長信銀および信託銀行、2011年現在11行)と地域銀行(地方銀行および第2地方銀行、2011年現在106行)のそれぞれについて不良債権額の推移を示したものである。大銀行のリスク管理債権額を見ると(図表1A)、2002年3月期をピークに急激に不良債権処理が進み、2006年3月期以降は5兆円以下にとどまっている。いわゆるリーマンショック後、不良債権額は若干上昇したものの、2009年9月期以降はリスク管理債権額は減少している。地域銀行でも、2002年3月期をピークに大銀行に比べると緩やかではあるが不良債権処理が進み、2008年3月期には7.5兆円を切った(図表1B)。2008年9月期にはリスク管理債権が0.4兆円ほど増加したが、その後はすぐに減少に転じた。世界的不況の影響はほとんど見られない。

 こうして数字だけを見ると、日本の金融システムはアメリカ発の金融危機と世界的不況の影響をほとんど受けずに、健全性を保っているかのように見える。大銀行でこそ不良債権額は増加したものの、地域銀行では、不良債権額が不況の前よりも減少している。これは、不況が世界的な規模のものであり、日本経済も実体面では深い打撃を受けたことを思い起こすと、不思議と言わざるを得ない。

 どうして日本を含めた世界の多くの国が不況に陥ったときに、日本の金融機関の不良債権は増加しなかったのか。最大の理由は日本の金融監督政策の変化にある。世界的な金融恐慌が深刻化する中、金融庁は中小企業金融の「円滑化」の名の下に、経営が悪化した中小企業にも融資を続けるように銀行に要請した。その背後には当然、中小企業を重要な支持基盤とする政治家達からの働きかけがあったことは想像に難くない。銀行の中小企業への救済融資を容易にするように、金融庁は様々な方法で銀行の健全性の監督体制を緩めていった。その一環として、不良債権の分類の仕方が変化した。かつては不良債権の一部とすることを要求されたような貸出を正常債権とすることができるようになったのである。

  図表1 リスク管理債権額の推移(単位:億円)

op04_data01.png  (出所)金融庁「平成23年3月期における金融再生法開示債権の状況等」表6より作成

図表1 リスク管理債権額の推移(単位:億円)

(出所)金融庁「平成23年3月期における金融再生法開示債権の状況等」表6より作成

中小企業救済のための「監督緩和」

 最初の大きな変化は、金融危機のピークを象徴したリーマン・ブラザーズの破綻から2か月弱後の2008年11月7日に起こった。金融庁は『中小企業向け融資の貸出条件緩和が円滑に行われるための措置』を策定し、リスク管理債権の一項目である貸出条件緩和債権の定義を狭めた(注1)。具体的には、それまでの『金融検査マニュアル』で「概ね3年後の債務者区分が正常先となる」ような抜本的な経営再建計画があれば貸出条件の緩和を行っていても貸出条件緩和債権には該当しない」という取り扱いだったものが、中小企業については「経営改善に時間がかかるとの特質を踏まえ」、「概ね5年(5年~10年で計画通りに進捗している場合を含む)後に正常先(計画終了後に自助努力により事業の継続性を確保できれば、要注意先であっても差し支えない)」となるような計画があれば貸出条件緩和債権に該当しないことになった。以前は貸出条件緩和債権に分類されたような融資で、この変更により正常先に分類されることになった案件が少なくなかったことは確実である。上で見たように、多くの顧客が中小企業である地域銀行の不良債権額が2008年9月期から2009年3月期にかけて減少しているのは、『金融検査マニュアル』のこの変更の影響が大きかったのだろう。金融庁公表の資料によれば、2009年の第1四半期に貸出条件が緩和された18,366億円の融資のうち、約46%にあたる8,398億円はその四半期中に再建計画が策定されたので貸出条件緩和債権には分類されなかった(注2)。この数字は、それ以降(たとえば2009年の第2四半期)に再建計画が策定されて正常債権に移されたものを含まないので、実際は5割をはるかにこえる量の貸出条件緩和債権が正常債権に分類されたと推察される。

 このような「金融円滑化」のための金融監督の緩和はその後も続いた。2008年12月12日には、自己資本比率規制を一部改正した(注3)。もともと与信額が1億円以下の中小企業向け融資については(リスク分散効果を考慮するという名目で)そのリスク・ウェイトは通常の100%より25%低い75%とされていた。改正以前はこの与信額に信用保証協会の保証が付いた融資を含めていたが、この改正で信用保証協会保証つき融資を別枠としたので、その結果低いリスク・ウェイトを適用できる中小企業融資の額が増えることになった。

 2009年3月27日にも『金融検査マニュアル』を一部改正して、金融機能強化法のもとで経営強化計画履行中の金融機関について、業務粗利益経費率が計画を下回った場合にも「機械的には監督上の措置を講じないこと」とし、「中小規模の事業者に対する信用供与の円滑化のための方策等が確実に履行されているかどうかなどを十分検証する」とした(注4)

金融円滑化法による隠れ不良債権のさらなる増加

 2009年秋に民主党政権が誕生すると、中小企業の「金融円滑化」政策は法律化された。11月30日に成立した「中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律」は、金融機関は中小企業または住宅ローンの借手から条件変更の申込みがあったら対応するように努めることを定めた。これに伴い、『金融検査マニュアル』もまた変更され、「債務者が実現性の高い抜本的な経営再建計画を策定していない場合であっても、債務者が中小企業であって、かつ、貸出条件の変更を行った日から最長1年以内に当該経営再建計画を策定する見込みがあるときには、当該債務者に対する貸出金は当該貸出条件の変更を行った日から最長1年間は貸出条件緩和債権には該当しないものと判断して差し支えない」とされた。つまり、再建計画を「策定する見込み」さえあれば、正常債権としてよいことになったのである。

 中小企業金融円滑化法は、もともとは2011年3月末までの時限立法であったが、その後、2012年3月末まで1年間の延長が決定された。施行されてから現在まで、金融円滑化法のもと多くの中小企業融資と住宅ローンが条件変更を受けた。図表2は、金融庁が公表している2011年6月末までの中小企業に対する貸出条件変更の状況を示したものである。約1年半の間に金額にして42兆円の中小企業融資の貸出条件変更の申込みがあり、そのうち39兆円については金融機関が貸出条件の変更に応じた。謝絶されたケースは約1兆円程度に過ぎない。審査中および決定前に取り下げられたケースを除くと、金額でみて実に97.2%の貸出条件の変更が認められた。

図表2 中小企業金融円滑化法に基づく貸付条件変更の状況
(上段は件数、下段括弧内は金額(単位:億円))

(注)債権者が中小企業者である場合、施行日から2011年6月末までの実績
(出所)金融庁「中小企業金融円滑化法に基づく貸し付け条件の変更の状況について」をもとに作成。

銀行の信用リスクは見かけよりもはるかに大きい

 貸出条件の変更が行われた債権のうちどれくらいが正常債権とみなされたかは明らかではない。だが、金融円滑化法以前の中小企業向け融資円滑化措置にしたがって行われた貸出条件緩和ではほぼ半分の債権が正常債権とされたし、その後貸出条件緩和債権から除外するための条件がさらに緩くなって再建計画策定の「見込み」だけでよくなったことを考えると、ここで条件変更が行われた債権は従前の基準ではほとんど不良債権に分類されていたと考えてよいだろう。

 すると、現在公表されている不良債権額は、本当の金額に比べて大銀行では13兆円ほど、地域銀行では25兆円ほど少ないことになる。大幅に甘く見積もって、金融円滑化法で貸出条件の変更が行われた債権のうち半分だけが正常債権に分類されたとしても、不良債権額は大銀行で6.7兆円、地域銀行では12.7兆円ほど過少に開示されていることになる。2011年3月期の公表リスク管理債権額は大銀行で4.6兆円、地域銀行で6.6兆円であるが、本当の不良債権額は大銀行で少なくとも11.3兆円、地域銀行では少なくとも19.3兆円に上ると推定できる。これは、大銀行では2004年9月期に匹敵する程度の不良債権額であり、地域銀行に至っては2002年3月期のピークをも上回る金額である。日本の銀行の信用リスクは見かけよりもはるかに大きいと結論するしかない。

多額の国債保有による利子率変動のリスク

 信用リスクに加えて、日本の銀行は多額の国債保有に起因する利子率変動のリスクにもさらされている。よく知られているように、日本の政府債務は巨額であり、さらに増加し続けている。最近の研究のほとんどは、日本の財政はこのままでは破綻するという結論に至っている。たとえば、土居丈朗教授(慶應義塾大学)と沖本竜義教授(一橋大学)と筆者の共同研究では、日本の債務対GDP比率を100年程度で安定化するためには、税収をGDP比で10%ほどただちに増やす必要があるが、そのような政府債務を維持可能にするような財政政策の変更は、戦後日本の財政政策の変動から類推する限りでは起こり得ない、という結論を得た(注5)

 このような見方を市場が広く共有するようになれば、国債の借り換えが困難になり、金利が急激に跳ね上がるだろう。日本の国債残高の3分の2以上は日本の金融機関によって保有されている。全国銀行だけで見ても、国債および地方債の保有額は142兆円である(2010年3月期)。日銀の『金融システムレポート』(2010年)は、国債金利が1%上昇すると銀行部門に4.7兆円の損失が発生すると推定している。これは、2010年3月期のTier I資本の11.7%にあたり、同期の税引き前利益の約2倍にものぼる金額である。

1日も早く金融監督の正常化と中期的財政健全化計画の確立を

 以上見てきたように、日本の金融機関のリスクも高まっている。ヨーロッパのように金融危機の再燃が危惧される前に対応しておくことが望ましい。ヨーロッパで議論されているように、損失に耐えうるように金融機関の資本をさらに積みますことも一法であろう。日本の金融システムの問題が顕在化していない今が資本増強のチャンスである。

 しかし、もっと重要なのは、日本の金融システムの問題の多くが政府の政策の結果起こっているという点である。隠れた不良債権をこれ以上増やさないために、金融円滑化法をこれ以上延長しないこと、そして金融監督を正常化することが重要である。また、政府の債務危機による金融危機を防ぐために、1日も早く中期的な財政健全化計画を立てることが必要である。


脚注
1 http://www.fsa.go.jp/news/20/20081107-1.html 1 http://www.fsa.go.jp/news/20/20081107-1.html
2 http://www.fsa.go.jp/news/20/ginkou/20090605-1/01.pdf 2 http://www.fsa.go.jp/news/20/ginkou/20090605-1/01.pdf
3 http://www.fsa.go.jp/news/20/20081224-1.html 3 http://www.fsa.go.jp/news/20/20081224-1.html
4 http://www.fsa.go.jp/news/20/ginkou/20090327-3.html 4 http://www.fsa.go.jp/news/20/ginkou/20090327-3.html
5 "Japanese Government Debt and Sustainability of Fiscal Policy," Journal of the Japanese and International Economies, 2011. 日本語版は「日本の政府債務と財政政策の持続可能性」『証券アナリストジャーナル』2011年11月号に掲載。 5 "Japanese Government Debt and Sustainability of Fiscal Policy," Journal of the Japanese and International Economies, 2011. 日本語版は「日本の政府債務と財政政策の持続可能性」『証券アナリストジャーナル』2011年11月号に掲載。

星岳雄(ほし たけお)

カリフォルニア大学サンディエゴ校教授。東京大学教養学部卒。マサチューセッツ工科大学博士号(Ph.D.)。専攻は金融経済。カリフォルニア大学サンディエゴ校助教授、準教授を経て、2000年より同教授。2011年10月より、総合研究開発機構(NIRA)客員研究員。

本報告書の引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
星岳雄(2011)「日本の金融システムに隠されたリスク」NIRAオピニオンペーパーNo.4

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

研究の成果一覧へ