伊藤元重
総合研究開発機構(NIRA)理事長

概要

 震災復興後の日本経済が直面している大きな課題の1つが、電力問題である。重要なのは、短期的な電力不足への対応という視点だけでなく、中長期的に安定的かつ効率的な電力供給をいかに確保していくのかという視点から電力改革を進めていくことである。今後取り組むべき電力改革の方向性について、大胆に提言する。

INDEX

なぜ電力改革なのか

 福島第一原発の事故に端を発して、全国の原発が次々に停止状態に入っている。現在の日本経済にとって、電力不足に対応することがもっとも重要な政策課題になっているといっても過言ではない。電力不足への対応は短期的な問題だけでなく、安定的な電力をどのように確保していくのかという中長期の問題をも含んでいる。

 欧米など海外の主要先進国では、電力改革が着実に進んでいる。電力供給の広域連携を実現し、電力の需給状況を電力料金に反映させることによって需要の微調整を行う。電力を有効に活用するための手法として、スマートグリッドの考え方の下にネットワーク化を進化させていき、そして自由化の推進によって発電や電力の小売りレベルなどでの新規参入を促していく。

 こうした改革は、「配給型の電力供給から市場型の電力需給システムへの移行」とも言えるもので、通信・物流・医療など、電力以外のいろいろな分野で起きている変化の方向と軌を一にするものである。市場メカニズムや価格調整をフルに活用し、多様な供給者の参入によって競争を促すとともに多様性を確保する。需給調整を配給的な供給者に丸投げするのではなく、市場の調整機能をうまく活用するのだ。

 不思議なことに、震災が起こる前までは、日本ではこうした改革の動きは低調であった。規制改革の動きはあったが中途半端なものであり、地域独占的な電力会社が発電・送電・配電・小売りのすべてを支配し、地域の電力供給の責任を担ってきた。「安定的に質の高い電力を供給し続けるためには、上流から下流まで一貫して電力供給に責任を持つ企業があることが好ましい」という電力会社の主張が受け入れられてきたのだ。

 震災と原発の事故、そしてその後の原発停止の動きは、日本の電力システムの大きな欠陥を国民に気付かせた。地域の電力供給について特定の企業がすべての責任を持つということは、供給に最終責任を負っている企業が存在するという意味では安心感をもたらすものではある。しかし、その地域独占企業に何か問題があれば、その地域の電力供給は大混乱になるということでもある。

 ノーベル経済学賞を受賞した英国の経済学者ジョン・R・ヒックスは、「独占のよい所は、平和であるということだ」、と皮肉っている。倒産も価格競争も失業もなく、安定的な価格で供給が維持できるという意味だ。しかし、その見返りに消費者(ユーザー)は高い価格を支払わされることになるし、その独占企業に何か起これば、社会全体で供給が止まるのだ。多様な供給者が存在していれば、価格や品質で競争が起きるだろうし、どこかの供給者に問題が起きても、他の供給者がそれを補うことが可能なのである。

地域完結・垂直統合から広域・分散型電力システムへ

 電力改革の方向を単純な言葉で表せば、上の見出しのようになる。現在の日本の電力は、それぞれの地域で独占的な地位を確保した電力会社が、発送電から配電・小売りまで一貫体制を維持している。このため、地域間の連携や競争は限定的である。

 日本が目指すべき将来の姿のキーワードは、「広域」と「分散型」の2つである。広域とは、地域を越えて電力のネットワークを広げ、できるだけ多くの供給者と需要者がつながるような形にするという意味である。

 分散型とは、多様な主体の発電活動への参加を促すとともに、供給から需要への一方的な流れではなく、多くのユーザーがいろいろな形で市場に関わるということである。供給面ではガスなどを使った火力から様々な再生可能エネルギーを利用した発電まで、チャンスがあるところには新規業者が容易に参入できるようにする。そうすればユーザーは電力の供給を受ける際、複数の発電業者からの選択が可能で、それが電力供給での競争を促進する。また、ユーザーも、電力料金の市場価格に対応して需要の調整をすることで、節電のメリットを受けることができる。市場取引を通じて、供給の変化に需要が対応し、全体として安定的な需給が維持できる。これが分散型のネットワークである。

 風力発電や太陽光発電を増やそうとすれば、それだけ日々の電力供給に関する不確実性が増す。風が吹かない日もあるだろうし、曇りや雨の日もあるからだ。そうした供給の不確実性に対応するためには、電力の先物取引やリアルタイムの取引を緻密に行う市場を育成することが必要だ。分散型の電力ネットワークを構築するためには、これまで電力会社の中で行われた需給調整を代替する、電力取引市場の強化が必要となる。

 電力ネットワークの広域化も、市場メカニズムを通じた需給調整と深く関わっている。ネットワークが広域化するほど、より多くの需要者と供給者をつなげることができ、事故や天災などによって起きる供給の変動を平準化できる。広域化によって、また需要者はより多様な供給者の間からの選択ができる。それだけ競争メカニズムが働くことが期待でき、電力のより効率的な利用を期待できるのである。

分散型電力システムの特徴

 分散型電力システムの特徴を示すような例を2つあげてみよう。1つは需要者が節電に取り組むことで利益が得られる仕組みである。企業などの需要者は、半年後や1年後の電力契約を、電力量と料金の両方で決める。電力量も契約の中で決めてしまうというのは分かりにくいかもしれない。しかし、通常の商品はすべてそのような契約取り決めである。電力料金さえ決めておけば、あとはいくらでも需要できるというこれまでの日本の電力供給体系の方が特殊である。

 このように数量と料金を決めておくと、契約を実行する時期が近くなってくると、調整の必要が出てくる。工場などでもっと電力が必要となれば、前日市場や当日市場でもっと電力を購入しなくてはならない。他方、全体として電力が逼迫しており前日市場や当日市場での電力価格が高くなっていれば、節電などで電力需要を抑え、当初確保した電力の一部を売り戻す形にして値鞘を稼ぐことができる。需要者である企業にも市場価格で電力を売買する自由度が高まれば、市場の電力料金がシグナルになって、電力需給逼迫時の節電を進めることができる。こうした需要者側の対応を有効に使えることが分散型の電力システムの特徴である。

 分散型のもう1つの特徴は、需要者が供給者を選べるということだ。より多くの独立系の発電業者が参入して、それが広域ネットワークを通じてより多くの需要者とつながれば、需要者は多様な供給者の中から選べることになる。たとえば、東京の人が東北地方の風力発電を支援したいと考えれば、仮にその料金が多少割高でもその電力を利用するという契約を結ぶことは可能だろう。また、企業が電力コストの削減を進めるために、多くの電力供給者の中から料金の安い供給者を選ぶということも当たり前のように行われるだろう。こうした市場競争は通常の商品の場合には当たり前のように行われているが、電力ではそれができないという理由はない。

「発電・小売りと送配電の分離」で進める分散型ネットワークの構築

 地域独占から広域分散へ、と改革の向かうべき方向は明らかだが、それを実現するのは容易なことではない。現在の日本の電力システムは隅々まで地域独占体制が染みこんでおり、機械の部品を換えるように制度をいじるというわけにはいかないからだ。経済学の世界で制度的補完性と呼ばれる現象だ。様々な仕組みが補完的な関係を持って成立しているのだ。1日たりとも電力を止めることなく、全体の仕組みを変えていくという、改革における戦略性が求められる。

 私は、送配電と発電や電力小売りの分離が鍵になると考える。送配電の部分は独占的にならざるをえない。一部の地域を除いては、複数の送配電網を構築するというのは難しいだろう。そこで送配電の部分だけは、競争政策で厳しく管理された独占的企業を残し、発電や電力小売りの所については、送配電とできるだけ経営的に切り離して競争と多様性を導入するのだ。

 この点については、通信で行われてきた改革が参考になるだろう。通信の世界では、新規通信業者の存在はあったものの、NTTの電話線のネットワークが独占的な地位を占めていた。そこで、第三者の通信サービス業者が、NTTのネットワークを利用するアクセスの論議が高まった。ごく単純化して言えば、一定の料金さえ払えば、どの通信会社もNTTの回線を利用して情報通信サービスを行えるのだ。10年ほど前に導入されたこの制度で、日本の情報通信サービス市場は大きく変化した。

 電力と通信には技術的な違いはあるものの、基本的な考え方は同じである。各地域で独占状態にある電力会社の送配電網を、送電料(託送料金)を支払うことで多くの発電業者が自由に活用し、最終需要者に電力を届けることができるような仕組みである。現在でも、部分的な電力自由化によって託送料金を支払った第三者の電力を流すことは行われているが、送配電網の運用を巡る公平性・透明性の面で課題を残しており、その規模は極めて限られたものとなっている。送配電会社は、どの会社が発電した電力であろうと、同じように透明性のある料金で送配電サービスを提供することが必要となる。送配電事業を発電や電力小売りと切り離した「土管事業」にすることで、分散型の電力供給システムが育ってくるのだ。

 現実には、各地域の電力会社は送配電だけでなく、発電や電力小売り事業でも圧倒的な地位を占めている。どのように送配電と発電・小売りを分離するのかには、いろいろな形が考えられるだろう。会社を完全に分割するというスタイルから、情報通信で行われているような競争政策によって送電料や送電サービスを監視することで、実質的な分離を進めていくという方法も考えられる。一言で発電と送配電の分離といっても、国によってそのスタイルは異なるので、海外の事例を参考にしながら日本の進むべき方向を決めていけばよい。

 こうした改革を進めていく上で、送配電料金の規制と競争政策的な対応が重要な意味を持つ。送配電のネットワークはどうしても独占にならざるをえない。仮に現在の地域割りを超えて広域の送配電事業にまで広げていくとすれば、その独占力はさらに強くなる。こうした独占的な送配電ネットワークがすべての企業に公平かつ透明性を持って利用されるためには、強力な公的監視の仕組みが必要だろう。発電や電力小売りについては自由化を進めていって新規参入を促し、送配電の部分は政府の監視と規制を強化していく。この両方があって、はじめて電力を効率的に提供できる分散型ネットワークができる。

海外の事例を参考にすべき
図表1 欧州における電力自由化の概要

(注1)TSOは、送電系統運用者。
(注2)①会計分離:内部補助を禁止するため、発電、送電等の部門毎に貸借対照表、損益計算書等の財務諸表を作成。
    ②機能分離:情報遮断や人事交流の制限等により、運営面で送電部門の独立性を確保。
    ③法的分離:送電系統運用部門を発電その他部門から法的に独立。
    ④所有分離:送電線の所有権を含めた送電部門全体を発電その他部門から法的に独立。
(出所)亀山他(2010)

図表2 米国における電力自由化に向けた動き

(注1)オーダーとは、連邦エネルギー規制委員会(FERC)により公布された命令ないしは規則。
(注2)ISO(独立系統運用機関)は、送電系統の運用・管理を行う組織であり、所有権は持たない(所有権は電力会社にある)。
(出所)後藤・尾身(2009)、Energy Information Administrationを基に作成。

電力政策は短期と中長期の対応を整合的に

 いつ終結するか分からない原発事故処理、放射能汚染被害の補償問題、電力不足への対応、東京電力の資金繰りの問題など、電力政策は当面いくつもの難しい問題に直面している。電力は1秒たりとも止められないという緊張感の中で打ち出される政策が、目先の問題を回避するような近視眼的なものであると、当面の危機は乗り切っても、数年先に日本の電力システムが非常にグロテスクなものになっているということにもなりかねない。

 当面の対応ということであっても、中長期的な視野をもったものでなくてはいけない。政策の時間的整合性の面で特に注意を要すると考えられる問題について、いくつか思いつくままに取り上げてみたい。

(1)大事故を起こした東京電力の原子力発電部門をこのまま東京電力に委ねたままにしておくことは現実的でないだろう。事故の終結から廃炉まで膨大な時間がかかることから、政府によるより強い関与が必要となる。東京電力については、発電部門を切り離し、送配電の会社として再スタートするという方向が考えられる。もし、発電と送配電の分離を進めるとすれば、東京電力がその最初のケースとなるだろう。

(2)原発事故処理や放射能被害への補償など、膨大なコスト負担が求められる東京電力は、大規模な資産売却とリストラが求められる。発電事業を売却していって送配電の会社に特化していくというのも、その1つの方向であろう。ただ、東京電力のリストラには時間がかかる。その最大の理由は、放射能汚染被害への補償の問題だ。被害を認定し、補償額を確定していくのには相当な時間がかかるだろう。被害対象が広域かつ膨大な人数になるだろうし、原発事故が終結できていない現段階では、今後どれだけ放射能汚染が広がるのか分からない状況だからだ。こうした状況では、債務整理を裁判所主導で行う会社更生法で問題を処理することは現実的ではない。政府が強くコミットした限りなく公的関与に近い私的整理的な手法が必要となる。ある程度の時間をかけて、東電の債務処理や資産売却と放射能汚染の補償を同時に進めていかなければならない。東電の処理に時間がかかることを前提とすると、その間に東電の社債や株式が暴落したり、他の電力会社の株式や社債が売り浴びせられるというリスクを抱えることでもある。そうした事態が起きて金融危機などにつながることがないような配慮が、政府の東電への対応において重要な意味を持つ。

(3)電力を有効に使うため、需要側・供給側の双方に有効利用のための情報を提供できるスマートメーターを積極的に導入すべきではあるが、いかなる標準を設定するかが大問題だ。これまでは、電力会社が電力情報システムからメーターの仕様まですべて決めてきた。垂直統合が進んだ独占企業ならではの対応である。今後、分散的かつ広域の電力ネットワークを構築していくという長期的展望に立つならば、スマートメーターの仕様は日本全体で共通のもの、さらにはグローバル標準にあったものを志向すべきだ。乱暴な比較であるが、医療の世界でカルテの電子化を進めるべきという議論の中で、いくつもの異なった仕様の電子カルテが乱立してしまっている。それでは何のために電子カルテを導入したのか分からない。同じように、やみくもにスマートメーターが導入されても、日本全体の広域ネットワークの戦略を欠いたものではいけない。また、スマートメーターの情報は電力会社だけのものではなくユーザーのものであるという視点からも、制度設計をきちっと行うべきであろう。ちなみに、電子カルテの情報が患者のものというよりは病院のものという面が強いことが医療改革の障害になっている。同じような問題がスマートメーターにもありそうだ。

参考文献

伊藤元重他(2011)「改革迫られる電力政策」NIRA政策レビューNo.53.
亀山直人他(2010)「海外事務所報告 欧州電気事業の最近の動向」『海外電力』535号、海外電力調査会.
後藤美香・尾身裕介(2009)「電力自由化と電気事業者の財務」『電力中央研究所報告』YO8020.
八田達夫・伊藤元重(2011)「電力問題の解決は需給調整メカニズムの確立から」NIRA対談シリーズNo.63.

伊藤元重(いとう もとしげ)

総合研究開発機構(NIRA)理事長。東京大学大学院経済学研究科教授。東京大学経済学部卒。ロチェスター大学大学院経済学博士号(Ph.D.)。専攻は国際経済学、流通論。93年東京大学経済学部教授を経て、96年より同大学大学院経済学研究科教授、2006年2月より総合研究開発機構(NIRA)理事長。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
伊藤元重(2011)「電力改革の方向を考える」NIRAオピニオンペーパーNo.3

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