柳川範之
総合研究開発機構(NIRA)理事
牧原出
東北大学大学院法学研究科教授

概要

 東日本大震災の被災地復興のために求められるのは、経済を活性化させるための仕組み作りだ。被災地における特区構想の議論が進んでいることは、民間の活力を呼び込む上で望ましい動きだ。しかし、規制緩和は被災地に限定せず、日本全体で行うべきだ。加えて、行政区分の垣根の再検討も必要だ。また、地区によって被害の程度と復旧の速さが異なることを鑑みて、地域の経済成長の成果を、苦境に立つ地区にどう還流させるかも考えなければならない。

INDEX

行政単位を超える特区を

柳川範之

総合研究開発機構(NIRA)理事

日本全体の成長こそ

 復興のために必要なことは何か。被災地の復興には、かなりの財政支出が必要である。たとえ国債で一時的にはしのいでも、遠くない将来そのための税収を確保しなければならない。雇用も積極的に生み出していかないと、失業者が被災地にあふれてしまう。そう考えると、被災地復興のために、今求められている課題は、経済活動をより活性化させ、成長を促進させていくための仕組みづくりだ。

 その際重要なのは、活性化を被災地だけに限定して考えず、日本全体の活性化戦略を考えていくことである。経済活動は被災地だけで限定的に行われているわけではない。被災地が物理的にさまざまな被害を受けていることを考えれば、被災地をサポートするためにも、むしろそれ以外の地域を今まで以上に活性化させていかなくてはならない。グローバル化の進展の中で世界を見据え、日本全体として大きく成長していくこと。それが可能になれば、被災地復興の大きな原動力となる。

規制緩和により民間主体の復興を

 そのためには、行政だけを主体にした復興シナリオを描くのではなく、民間の活動を主体として復興を考えていくことが当然必要となる。民間企業の知恵と創意工夫を積極的に後押ししていかなければ、将来の発展や成長につながる復興にはならない。また、被災地における民間のさまざまな連携・協力関係や連帯を促進していくためにも、民間の自由な発想を生かす環境づくりが重要だ。それには、規制緩和や構造改革を今までよりも一層積極的に推進し、民間の自由な活動を促していくことが求められる。

被災地外にも特区を

 大幅な規制緩和を行う発想については、被災地における特区構想である程度は議論されている。これは民間の活力を呼び込もうとする動きとしては望ましい。しかし、なぜ被災地に限定するのか。特区構想において想定されているような大胆な規制緩和を、被災地だけでなく、日本全体で行うことが、復興のためにも被災地救済のためにも必要なのである。また、現状の特区の議論は、地方自治体の下で行われる想定になっているために、既存の行政単位よりも、さらに小さい範囲に活動が制約されてしまう懸念がある。これでは民間活力のメリットは十分には生かせない。もっと行政単位にしばられない特区構想が必要である。

生活者重視の行政区分を

図表 東北地方の人の移動 (1日あたリ、2005年)

(出所)国土交通省「第4回全国幹線旅客純流動調査」より作成。

 ただし民間だけで全ての問題が解決するわけではない。行政の側の適切な体制づくりも欠かせない。行政単位そのものについては、民間の活動や生活者の活動範囲とずれてきている面がある。本格的な復興を目指すにあたっては、この行政区分の垣根を再検討していく必要があろう。これについては、以前から道州制の議論も行われてきている。しかし、道州制の区割りは、必ずしも生活者の実態から出てきたものではない。民間の活動をより促進していくという観点から考えると、これからはもっと民間の活動の実態に沿って、行政区分を考えていく必要がある。

 東日本大震災の被災地域についても、たとえば仙台圏と山形圏、青森南部圏と盛岡圏の広域連携というのはひとつの選択肢となりうるだろう。図表に示されているように、この両地域間の民間活動の結びつきは強い。その結びつきを阻害せずむしろ促進させ、全体を今までより活性化させていくためには、経済実態にできるだけ沿った形で行政の広域連携を形成していくことが重要だろう。

 さらに県同士の広域連携が可能になり、結果として全体が活性化されれば、そこに規模のメリットが働き、競争力強化につながることも期待される。例えば関西との間で直接地域連携の協議をすることや外国との間で直接さまざまな交渉をする余地も生じるかもしれない。


生活インフラ重視の視点を

 また、生活インフラを起点に据えて行政の問題を考えていく視点も重要である。震災において改めて明らかになったのは、電力、ガス、水道、情報通信といった生活インフラの重要性である。これらのインフラがダメージを被ると経済活動への影響は非常に大きい。魅力的な生活インフラが存在するかどうかは、企業の立地選択上重要である。そう考えると、生活インフラに重点をおいた行政の連携という視点も今後は重要になってくるだろう。たとえば、原発の事故以降、電力不足に対する懸念が日本全体で広がっている。電力に不安のない地域として、東北・東日本エリアをアピールすることができれば、それはこの地域の大きな優位性となり得るだろう。

柳川範之(やながわ のりゆき)

総合研究開発機構(NIRA)理事、東京大学大学院経済学研究科准教授。慶磨義塾大学経済学部卒。東京大学Ph.D。専門は契約理論、金融契約。著書に『法と企業行動の経済分析』(2006)日本経済新聞社(日経経済図書文化賞)等。

復興力を環流させよ

牧原出

東北大学大学院法学研究科教授

 震災後、ある時期から被災地における「格差」がニュースで取り上げられるようになった。津波の被害にあった仙台市沿岸部の風景と、一見したところオフィスビルに損傷のない仙台市中心部とが映し出され、沿岸部の被害者からは「取り残されている」といった論調のコメントが発せられていた。

 震災が自然災害である以上、地区によって被害の程度が異なることはやむを得ないし、その復旧の進行と結果も大きく異なる。日本全体で見れば、震災の影響を被っていない西日本と東日本とでは、「違い」がある。また原発の風評に揺れる他国と、日本との間の意識の大きな「差異」もある。視点は、グローバル、ナショナル、リージョナル、ローカルと段差があり、いろいろな視点をとって事態の推移をとらえなければならない。

 リージョナルないしはローカルな視点から見ると、被害が少なく、復旧の早い地区は、すでにナショナルないしはグローバルな競争にさらされている。企業もしかり、大学もしかり、地域もしかりである。大学を例にとると、復旧のために国などから支援を得るには、被害の実相を包み隠さず迅速に公表する必要があるが、早期に日々の研究や学生募集を再開するためには、国の支援を待つよりも、できる限り自らの力で研究教育環境を整える必要がある。こうして復旧を終えた地区は、グローバル競争に再び参入することで、地区の成長を支える義務があるだろう。だが、競争の先端に立ち、震災前の日常に復帰するやいなや、いまだ復旧以前の段階にある地区の苦境を忘れてはしまわないか。規制緩和や特区構想では、こうした復旧の先端と復旧以前の段階とを適切に結びつける必要がある。地域の経済成長の成果を、苦境に立つ地区にどう環流させるかが問われている。

 今、日本の市民社会では、ボランティアをはじめ色々な形で個人・団体・地域が結びつきつつある。経済ではどうか。原発問題に端を発した電力供給量の不足に対応するには、一段と団体・地域の結び目を強めなければならないだろう。電力の周波数の差異の解消は東西の長期的課題であるが、 東日本の中では、東北電力が首都圏に対する電力供給のバックアップを一層強化する必要があるのは確かであろう。

牧原出(まきはら いづる)

東北大学大学院法学研究科教摂東京大学法学部卒。専門は政治学・行政学。著書に『内閣政治と「大蔵省支配」』(2002)中央公論新社(サントリー学芸賞)等。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
柳川範之・牧原出(2011)「復興に「地力」を生かせ」NIRAオピニオンペーパーNo.2


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