企画に当たって

翁百合

財政の長期推計、適切な財政運営のために

将来世代に希望ある社会・経済を手渡す

翁百合

NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長

KEYWORDS

長期財政推計、財政検証、政策に生かす仕組み

 2024年1月、民間人で構成される人口戦略会議が「人口ビジョン2100」を公表した。少子化・人口減少の加速は、人びと・社会のいずれにとっても、その選択の幅を狭める危機であると捉え、人口減少のスピードを緩和させて最終的に安定化させる「定常化戦略」と、小さい人口規模でも多様性に富んだ成長力のある社会を作る「強靭化戦略」を、一体で進めるべきとしている。重要なのは、高齢化・人口減少の中を生きる子どもたちの世代の生活に思いを致し、彼らが安心して生活を送れるよう、現在世代の責任として、潜在成長率を引き上げ、社会的リターンの高い歳出を行う賢い財政運営を実現することであろう。その前提として、高齢化・人口減少が加速する子どもたちの世代の経済や財政の姿を国民で共有し、さまざまな政策を考える必要があるのではないか。そうした問題意識に立ち、本号は専門家の方々に長期財政推計について見解を問い、またそれを持続可能な財政、社会保障に生かすためにはどのような工夫が必要かについて伺った。

長期推計で、人口動態の変化がもたらす財政の将来像を可視化

 まず、2006~8年に経済財政政策担当大臣を務めた政策研究大学院大学・大田弘子学長は、人口動態の変化について国民全体に危機感が共有されず、中長期の財政運営管理が欧米諸国に比べて大きく出遅れていることを憂慮している。そのうえで、財政の将来像をデータで可視化し、その推計を基に「中期財政フレームによる財政運営・管理」機能の強化に取り組むべきだが、今後30年の厳しい局面の財政運営を乗り切るには、政府部門から離れて中立的に財政をみる仕組みが必要であると指摘する。また、政策評価をプログラム単位で事後的に行い、効果のない政策を継続しないことも重要としている。

 法政大学の小黒一正教授は、今後長期の債務残高がどの程度膨らむリスクがあるかを定期的な長期財政推計で読み取れるようにすること、そして現在行われている財政推計の前提となる経済成長率の妥当性の検証こそ重要と指摘する。そのためには、国民に対して正しい財政推計を提供するという政治的意思決定が必要だと強調している。政府予測と実績との乖離の原因を継続的に検証する機能が求められており、成長率予測の精度改善が問われるといえるだろう。加えて、小黒教授は財政収支だけでなく、現役世代の負担となる社会保険料率の長期試算も重要と指摘している。

 大田学長、小黒教授は、前述のような機能を十分に果たすには、英国や米国のように、中立的な機関が長期財政推計を実施または政府推計を検証したり、その財政運営を監視したりする仕組みを参考にすべきと指摘している。

海外はどのように財政推計・検証の仕組みを構築しているか

 英国の予算責任局(OBR)に詳しい上智大学の上田健介教授は、その仕組みと機能について説明している。OBRは財務省の下に置かれており、そこで経済見通しを作成する。政府はそれを基礎に5年間の予算計画を立案し、財政公約を数値で提示する。OBRは、政府の公約の達成程度に関する評価を行っており、それがいわば行政を監視する「ソフトロー」として機能しているという。こうした例を踏まえ、上田教授は、日本で行われている政府推計の予測値との乖離について事後的に政府が説明責任を果たす必要性を指摘するとともに、政府は中期財政計画を立て、それを各年度の予算に反映させる義務を負うようにすべきであり、また、それを順守しているかを監視するOBRのような機能を強化すべきであると提言している。

 他方、米国の議会予算局(CBO)は、超党派の組織として1970年代に設立され、英国と異なり、議会内に設置されている。メリーランド大学大学院のフィリップ・ジョイス教授は、CBOが人口動態の変化、特に財政に大きな影響を与える人口高齢化を踏まえて財政を適切に考察するために、30年間の予測を実施している、と指摘する。CBOは、政府に「勧告」する役割は持っていない。ジョイス教授は、CBOはその代わりに、大統領の影響を受けやすい公務員と政治任用者で構成される行政部門内の行政管理予算局(OMB)が発する情報とは別の選択肢を示し、中立的な見通しを長年出してきたことで信頼性を得て、結果として政府の健全な意思決定を促していると強調する。

わが国に合った仕組みやガバナンスについて議論を

 わが国でも、超党派議員連盟で独立財政推計機関の設置を目指す動きがある。古川禎久衆議院議員は、わが国の国会が政府の財政運営を十分に監督できていないとの認識に立ち、財政規律を取り戻すためには、財政に関する正確な現状と見通しを提示し、政府の財政運営を国民がチェックできるようにすることが重要であり、国民の代表である国会の下にそれを設置すべきとしている。そのこと自体が、日本国民が財政健全化に取り組む意志を持っていることをマーケットや世界に対して示すことができ、財政民主主義を全うする意義を持つからであるとしている。

 折しも、内閣府が2060年までの長期財政推計を本年4月初めに公表した。このことは長期視点に立った政策議論を前進させる一歩と評価したい。生産性、労働参加率、出生率の各前提を組み合わせ、0.2%から1.7%の幅の実質成長率で、3シナリオが提示されている。今後問われるのは、こうした前提や予測結果の妥当性について、継続的に検証機能を持たせることや、この経済見通しを財政の持続性確保のためにどのように活用し、財政運営を適切に管理するかであろう。少子高齢化・人口減少が進む中、子どもたちの世代に希望ある社会・経済を手渡していくには、海外のさまざまな事例も参考にしつつ、どのように日本ならではの仕組み、ガバナンスを工夫すべきか。今後の活発な議論に期待したい。

識者に問う

日本には長期財政推計が必要か。それを財政の持続性確保に生かすにはどのような工夫が必要か。

大田弘子

長期財政推計で将来像を可視化し、まずは中期フレームで予算管理を

大田弘子

政策研究大学院大学学長

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超高齢社会、将来像の可視化、恣意性の排除

 2025年に団塊世代の全てが後期高齢期に入るが、これは長い難局の入り口にすぎない。ピークは30年後で、その時には人口の4分の1が後期高齢者となる。いまは超高齢社会の胸突き八丁にいるが、その問題が直視されていないことに危機感を抱いている。この間の財政運営をいかに乗り切るか。将来世代の選択肢をこれ以上縛ってしまわないようにする必要がある。そのためには、将来像をデータで可視化してその困難な状況を国民と共有し、議論の土壌をつくる。それが今まさに、わが国に30年単位の長期財政推計が必要と考える理由だ。現状を変える上でまず重要なのは、経済と財政の将来の姿をデータで示すことが大切だという認識を、皆が共有することだ。推計は当初はどの組織が行ってもよいだろう。

 そもそも日本には、中期や長期で財政を運営・管理する仕組みがない。現在、存在するのは、2025年までにプライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字化するという目標だけだ。しかし、それに向かってどう政策運営するかという財政ルールはなく、中期財政計画のフレームも存在しない。以前、中期の財政再建計画があったが、予算編成の裁量性が限定されてしまうことへの抵抗は強く、導入直後から廃止を要求する声が強かった。また、長期の展望を示そうとしたこともあったが、消費税率や公共事業費などの試算の前提条件が問題視され、政府案にはならなかった。日本には中長期試算の必要性が共有されにくい風土がある。

 欧米諸国では、かねてから財政ルールや中期フレームの下で財政運営に取り組んでいる。しかし、それでも金融危機のような大規模なショックを乗り越えられないことから、独立財政機関を設置する動きとなった。これに比べて、日本は大きく出遅れていると言わざるを得ない。日本も、財政を中立的にみる独立財政機関の設立が必要である。政府部門の推計は政治や政策意図の影響を受けやすく、恣意性を排除できない懸念があるからだ。機関の独立性・透明性・客観性を確保するための制度設計は大変難しいが、本気で着手すべきときだ。

 他方で、効果のない政策が継続されるリスクがあり、政策評価の改革も必要だ。例えば、少子化対策や地球温暖化対策のように複数の省庁にまたがる政策は「プログラム予算」の発想に立ち、政策評価を省庁別ではなくプログラム単位で行うべきだ。予算も省庁横断の形で要求するのが理想だが、まずは事後的な政策評価から行っていくのが現実的だろう。

識者が読者に推薦する1冊

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渡瀬義男〔2008〕「米国議会予算局(CBO)の足跡と課題」国立国会図書館調査及び立法考査局編『レファレンス』58(6), 5-29, 2008-06

識者に問う

日本には長期財政推計が必要か。それを財政の持続性確保に生かすにはどのような工夫が必要か。

小黒一正

推計の精度を上げ、正しい財政情報を国民に提供する

小黒一正

法政大学経済学部教授

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正しい情報提供、経済成長率の妥当性、客観的推計

 政府はこれまで、プライマリーバランスの2025年度の黒字化を目標に掲げ、財政健全化に努めてきた。この努力には一定の成果が見られるが、改革議論の土台となる推計の精度を上げる取り組みは発展途上だ。人口減少や高齢化の中、国民に財政への厳しい認識を促すための正しい情報は十分に提供できているか。2004年の年金改革は、高齢化が進む中でも年金財政を維持するために、必要となる保険料率などの将来見通しを政府が公表。それが契機となり、経済界で議論が起きて実現した。正しい情報の提供は、改革のトリガーになる。「国民に正しい財政情報を出す」という政治的な意思決定が、今こそ必要である。

 現在の推計の課題は主に2つ。1つは、内閣府「中長期試算」の射程が10年間で、債務残高の長期的な推移が読み取れないこと。50年、少なくとも30年先までの長期財政推計を定期的に出し、厳しい現実と向き合わなければ、本当の意味での財政健全化は進まない。

 もう1つは、財政推計の前提となる経済成長率の妥当性だ。高めで楽観的な成長率を前提にすれば、税収の見通しも楽観的となり、財政収支は的確な推計を得られない。本年(2024年)1月の内閣府試算では、名目成長率を高成長ケースで3%程度、低成長でも0.7%程度と想定している。しかし、1995年から2023年までの平均成長率が0.54%だったことを踏まえれば、低成長シナリオですら楽観的な数字である。これまでの予測と実績の乖離の原因を検証し、成長率の精度を改善する必要がある。

 内閣府の中長期試算は、政権の政策目標を反映しており、政治の影響を受けやすい。望ましいのは、政治との距離を確保した中立的な機関が、客観的に財政の推計を行い、情報を提供することだ。そのためには、政府から独立しつつも、試算や検証に必要な情報は入手できる仕組みにする必要がある。英国の予算責任庁(OBR)などの仕組みも参考に、アカデミアの知見や民間シンクタンクの推計も活用し、機関の信頼性を高める工夫が重要だ。

 加えて、財政収支だけでなく、社会保障の将来見通しを織り込んだ、社会保険料率の負担も試算するべきだ。今回の少子化対策では、医療保険料率を引き上げて財源とすることを計画している。現役世代にとって大きな負担となるのは間違いない。今後、高齢化が進み医療給付費の増加が見込まれる中で、どの程度料率を引き上げ、保険料を増やさなければならないのか。客観性や透明性の高い情報を国民へ提供し、理解を求める必要がある。

識者が読者に推薦する1冊

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小黒一正〔2020〕『日本経済の再構築』日本経済新聞出版社

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日本には長期財政推計が必要か。それを財政の持続性確保に生かすにはどのような工夫が必要か。

古川禎久

超党派議連で独立財政推計機関の設置を目指す

古川禎久

衆議院議員

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財政規律、独立財政推計機関、超党派議員連盟

 日本の財政は、先進諸国と比べて突出して悪いにもかかわらず、財政規律がない政治運営が平時においても常態化している。今後、金利や物価が上昇すると、財政リスクは一気に高まる。国会は政府の財政運営を十分に監督できているとは言いがたい。しかも、今回の「裏金問題」で政党政治に対する信頼は地に落ちた。先の大戦前にも、政党政治が信頼を失ったことがある。その結果、軍部の台頭を招いてしまった。今また、日本は歴史的な分岐点にいると思う。今、全ての政治家が歯を食いしばって財政の危機を国民とともに直視し、「憎まれ役」をも引き受ける腹を持たなければ、財政の手綱をとる役割は務まらない。日本の財政規律を取り戻すため、独立財政推計機関の設置を働きかける超党派の議員連盟を発足させ、動きを活発化させているところだ。

 独立財政推計機関が設置され、その機関が財政に関する正確な現状と見通しを提示すれば、政府の放漫財政を国民がチェックする有力な道具になる。ほとんどの先進国で設置されているが、日本にはない。わが国の財政が規律を失っているのも、独立財政機関の不在とあながち無関係ではない。この機関に実効性を持たせるためには、信ぴょう性のあるデータや推計を適切に出せる仕組みにすることはもとより、機関を権威のある位置づけにし、その発言に重みを持たせることが重要だ。日銀総裁などの任命手続きと同様に、機関の人事は国会同意人事とし、任期もある程度の年数を保証するのがよいだろう。

 議員連盟としては、独立財政推計機関は、国民の代表である国会の下に設置するべきだと考えている。日本国民が財政健全化に取り組む意思を持っていることを、マーケットや世界に対して示すことができるからだ。憲法に規定されている「財政民主主義」、すなわち国家の財政活動には国会の議決が必要という、本来の形を全うする意味でも望ましい。財政の手綱を握る重要な役割が国会にあることを示すことは、国会議員の自覚にもつながる。

 現在、議員連盟では具体的な案をまとめている段階で、機関を衆参両院の下に置くのか、参議院の下がよいのか、といった点はまだ議論中だ。実は10年ほど前にも独立財政推計機関を設立する動きはあったが、実現には至らなかった。何とか今回こそ、早急に、実現させたい。

識者が読者に推薦する1冊

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松元崇〔2009〕『大恐慌を駆け抜けた男 高橋是清』中央公論新社

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日本には長期財政推計が必要か。それを財政の持続性確保に生かすにはどのような工夫が必要か。

上田健介

独立財政機関の役割は「中長期予測」と「財政計画のモニタリング」

上田健介

上智大学法学部・大学院法学研究科教授

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中期財政計画、独立財政機関、中立性の担保

 将来世代に負担を先送りすることは直ちに憲法違反とはいえないが、政策論として将来世代を含めた財政の持続性を考えるべきだ。債務残高がどの水準になると国家が破綻するか分からないこと自体がリスクであり、中立的に情報を分析・開示する必要がある。

 そもそも今の日本にはきちんとした中期財政計画もなく、財政に対する政府の関与と責任が欠けている。この点に関して英国の例が参考になる。英国では、具体的な財政目標の数値を法律で明記しているわけではないが、政府の財政に対する関与責任を求める仕組みを整えている。独立性の高い予算責任局(OBR)が経済見通しを作成し、それを基礎に政府は5年間の財政公約、目標を具体的に数値で提示する。一方、OBRは、政府が公約した目標の達成程度に関する評価を行う。政府が公約に反しても罰則等の法的責任はないが、このプロセスは政府が自ら課した基準の順守を担保するための「ソフトロー」として機能している。

 財政に関する情報を、中立的な立場から国会・国民に提供するには、OBRのような「独立財政機関」の設立が望ましい。その役割の1つが「中長期の経済・財政予測」である。日本では現在、内閣府が経済予測を行っているが、それを各省庁の予算策定に反映させるとともに、予測値と実績値の乖離についての事後的な説明責任も果たす必要がある。もう1つの役割は、「財政計画のモニタリングと検証」である。日本の現状を改めるには、まず、政府が3〜5年程度の中期的な財政計画を立て、それを各年度の予算に反映させることとし、その計画が守られているかを独立財政機関がチェックする仕組みを作ることが考えられる。

 独立財政機関をどこに設置するかは、大きな課題だ。政府の下に置くと政府に忖度する可能性が、国会の下では野党色が強くなりすぎる可能性がある。英国は財務省の下に前述のOBRが置かれているのに対し、米国では、議会の下に独立財政機関の役割を果たす議会予算局(CBO)が置かれている。いずれも、政府(英国)ないし議会(米国)が予算を作成する段階で独立財政機関の情報を活用する意味がある。日本では予算を作成するのは内閣である以上、予算編成に情報を反映させるならば内閣に置く方がよいだろう。しかし、経済・財政予測を政府とは独立して示し、政府の予測をチェックするというのであれば、国会の下に独立財政機関を置くことで、その情報を超党派で活用する制度にすることも十分あり得るだろう。

識者が読者に推薦する1冊

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上田健介〔2018〕「独立財政機関と憲法―イギリスの予算責任局を題材として」毛利透・他編『比較憲法学の現状と展望』成文堂

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日本には長期財政推計が必要か。それを財政の持続性確保に生かすにはどのような工夫が必要か。

フィリップ・ジョイス

将来を意識した予算編成
独立した超党派の財政予測を提供する米国議会予算局

フィリップ・ジョイス

メリーランド大学公共政策大学院教授

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人口動態の変化、もう1つの選択肢、中立的な提供者

 ここ数十年、米国の連邦予算および財政赤字が増加しているのは、長期的な人口動態の変化、とりわけ人口の高齢化によるものだ。人口の大きな山をつくるベビーブーマー世代が年金や医療を受給する世代へと移行するにつれ、連邦予算に莫大な圧力がかかり、長期予測の必要性が浮き彫りとなった。米国で連邦予算に対する将来の需要の推計を担っているのが、「議会予算局(CBO)」だ。CBOが提供するのは、長期予測、法案の費用見積もり、予算分析である。長期予測は当初は5年間だったが、人口動態の変化をより適切に考察できるよう、のちに30年間の予測に拡大された。また、予算執行の観点では、法案の費用見積もりが5年間から10年間に拡大されたが、こちらは、給付は前倒し、支出は先送りすることで、提案する政策の長期的影響を隠蔽しようとするような試みを防ぐためである。

 1974年に超党派の機関として議会内に設立されたCBOは、信頼できる独立した情報を提供し、「行政管理予算局(OMB)」が発する情報とは別の選択肢を示す。これが重要なのは、執行部門であるOMBが大統領に属し、公務員と政治任用者で構成される構造上、客観性が制限され、大統領の任期の4~8年を超えた予測を行うインセンティブがないためだ。

 その50年の歴史の間に、分断が進む米国で、CBOが最も信頼される機関の1つに成長したのは、大統領や議会の支配政党に関わらず、大統領の野心に挑む予測を公表する姿勢を貫いたからだ。CBOからの矛盾の指摘を恐れて、OMBの政治任用者が過度に楽観的な数値の公表を取りやめることも時々ある。CBOが客観的で超党派的な分析を重んじるのは、初代局長のアリス・リヴリンがCBOの役割を「勧告」ではなく、「中立的な情報の提供」に限定したためだ。決定は国会議員に任される。財政赤字の拡大の状況を考えれば、この方法は疑問を持たれるかもしれないが、CBOが議会に決定を強いる設計になっていない。事実に基づく提言すら党派的と受け止められかねず、それはCBOの信頼性と存在を危うくする。

 CBOが公開するアクセスしやすい予測、費用見積もり、長期の研究は、議会、報道機関、一般市民に、将来の予算需要を予測し、長期の経済的な影響を理解し、的確な意思決定を行う分析能力を提供する。世界各国が政治的な分極化と高齢化に伴う財政的課題に取り組む中、CBOは、独立した財政機関は重要で中立的な権威となり、透明性を促進し、不正な会計処理を抑止し、結果として政府の健全な意思決定を促しうるというモデルとなっている。

識者が読者に推薦する1冊

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Philip G. Joyce〔2011〕The Congressional Budget Office: Honest Numbers, Power, and Policymaking, Georgetown University Press

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2024)「財政の長期推計、適切な財政運営のために」わたしの構想No.71

データで見る

  • 各国債務残高対GDP比の推移(1980年~2022年)

    注)一般政府ベース
    出所)IMF Global Debt Database(Sept 2023)

    付表

  • 各国債務残高対GDP比の推移(1980年~2022年)

    注)一般政府ベース
    出所)IMF Global Debt Database(Sept 2023)

    付表

  • 日米の人口構造(2022年)

    出所)総務省「人口推計」2022.10、U.S. Census Bureau Annual Estimates of the Resident Population by Single Year of Age and Sex for the United States: April 1, 2020 to July 1, 2022(NC-EST2022-SYASEXN)

    付表

  • 日米の人口構造(2022年)

    出所)総務省「人口推計」2022.10、U.S. Census Bureau Annual Estimates of the Resident Population by Single Year of Age and Sex for the United States: April 1, 2020 to July 1, 2022(NC-EST2022-SYASEXN)

    付表

  • 日本の財政健全化目標の変遷

    注1)*は閣議決定。骨太の方針は正式名称「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」「経済財政改革の基本方針」「経済財政運営と改革の基本方針」
    注2)PBは、プライマリーバランス(基礎的財政収支)
    出所)財務省「日本の財政関係資料」2023.4

  • 日本の財政健全化目標の変遷

    注1)*は閣議決定。骨太の方針は正式名称「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」「経済財政改革の基本方針」「経済財政運営と改革の基本方針」
    注2)PBは、プライマリーバランス(基礎的財政収支)
    出所)財務省「日本の財政関係資料」2023.4

  • 海外の独立財政機関が担っている役割

    注)財政委員会は政府部門の組織、議会予算局は国会の下の組織
    出所)OECD Independent Fiscal Institutions Database(2021)

  • 海外の独立財政機関が担っている役割

    注)財政委員会は政府部門の組織、議会予算局は国会の下の組織
    出所)OECD Independent Fiscal Institutions Database(2021)

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神田玲子、榊麻衣子(編集長)、山路達也
※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

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