企画に当たって

第4次産業革命、個の力を引き出せ

誰もが活躍できるビッグチャンスの時代

金丸恭文

NIRA総合研究開発機構理事長/フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長グループCEO

KEYWORDS

サイバー経済圏、イノベーション創造型サンドボックス、大学の役割、政府の予算配分、データ活用、個人起点のビッグチャンス

 IoT(モノのインターネット)、ビッグデータ、そしてAI(人工知能)といった技術革新は第4次産業革命と呼ばれ、世界の経済勢力図を大きく変えつつある。今後、日本が世界において一定の地位を確立し、世界に貢献していくためにはどうすればよいか、さまざまな議論、提言がなされている。

 これらについて述べる前に、大前提を明確にしておかなければなるまい。

 1990年代後半に始まるインターネットの爆発的商業利用に関して、日本社会はあくまで投機的な関心しかもたなかった。その結果、イノベーションの本質を見逃し、敗戦国となってしまった。現在、米国ITプラットフォーム企業が世界を席巻し、例えばFAANG(Facebook, Apple, Amazon, Netflix, Google)と呼ばれる企業群の時価総額は約300兆円にもなる。物理的で目に見えるモノの「リアル経済圏」に加え、データやアイデアといった目には見えないモノが行き交う「サイバー経済圏」が重要性を増しているのだが、サイバー経済圏における日本の存在感は非常に小さいといわざるをえない。

プレーヤーを邪魔しない環境を作る

 では、イノベーションの本質とは何か?

 Googleの検索エンジンは、大学院生の研究から始まった。膨大な情報の索引を作るという、誰でも思い付きそうなアイデアを技術と格闘しながら完成させた。Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグも、学生同士を結びつけるSNSを、試行錯誤のうえ自分で作った。つまり、ささやかなアイデアを思い付き、成功するか失敗するかにかかわらず、実行した人間だけがイノベーションを起こせるのである。起点となるのは、プレーヤーたる個人だ。いまやITに限らず、バイオでも材料でも、1、2人のプレーヤーがアイデアさえ思い付けば、リスクマネーを世界中から調達できる。

 本号の識者の1人である根来龍之氏(早稲田大学)は、日本の厳しすぎる規制と問題の事前解決を重視しすぎる文化を問題点として指摘し、徳田英幸氏(情報通信研究機構)は社会的規模の実証環境の提供を訴える。

 両者が主張するように、日本に必要なのはプレーヤーの邪魔をせず、自由に挑戦できる環境を用意することだ。その一例としては、内閣府の開催する未来投資会議が制度化を提言する「イノベーション創造型サンドボックス」が挙げられよう。これは、さまざまな分野の近未来技術について、柔軟に規制を緩和して実証実験をスムーズに行なうための仕組みである。利用者も、リスクを理解したうえでプロジェクトチームの一員、プレーヤーとなって参加することが特徴だ。

 林いづみ氏(桜坂法律事務所)が主張するのは、新たな情報財としてのデータ活用である。日本社会は、政府や関係官庁の稚拙(ちせつ)さもあって、データ活用に対する不信感が根強い。だが、過剰な保護はサイバー経済圏での活動を阻害する可能性が高い。消費者保護とのバランスを取りつつ、データを活用して先進的なサービスを生み出せる環境を整備していくべきだろう。

イノベーションのために大学を改革せよ

 イノベーションを起こすには、基礎研究と応用研究の両輪が欠かせない。大学での基礎研究を重視せよという声をよく耳にするが、いまの日本の大学にはガバナンスが決定的に不足しており、単純に基礎研究予算を増やすだけでは効果を期待できない。多くの大学は特徴を打ち出せず、学部学科の構成や教員・学生の配分も昔のままだ。これでは長期的なリターンどころか、短期的なリターンも生み出せない。学長や学部長はその組織に所属する教員の利害を代表して選ばれるため、本質的な改革が行なわれにくい。激変する外部環境に目を向けるためには、社外取締役のような内部の利害にとらわれない意思決定を可能にする仕組みを取り入れ、社会や技術の変化に対応すべきだろう。さらには、起業志望者と研究人材のマッチングも、大学が担(にな)うべき役割として重要といえるのではないか。

 また、政府の予算配分にも大きな問題がある。米国等と比べると圧倒的に少ない予算を、さらに省庁間で取り合い分割してしまうようなことが行なわれるため、戦略的に意味のある投資になっていない。清水洋氏(一橋大学)が指摘するように、幹の太い技術を育てるための仕組みが必要だ。イノベーションを促進するためには、時代のニーズに適した人材の育成も不可欠だ。竹村彰通氏(滋賀大学)が紹介している滋賀大学は、データサイエンス学部を設けデータ活用人材の養成を打ち出している。こうしたより具体的な大学の特徴付けは、優秀な学生を集めるためにも不可欠であろう。

個人が起点となるビッグチャンスの時代

 いまの日本には、硬直化した法規制や新技術への抵抗感など、高齢化社会特有の弱点が見られる。だが、若年層に目を向ければ、各分野には素晴らしい人材がたくさんいる。世界のプログラミングコンテストで上位入賞する中学生、国際大会で活躍するスポーツ選手等々、優秀な人材はシリコンバレーやインドだけにいるわけではない。先に述べたように、起点となるのは個人だ。

急激に進む技術革新は世界の経済勢力図を変えようとしている。日本が採るべき成長戦略を、5人の識者はどう考えているか。

 すさまじい勢いで技術革新が進む現在は、ゲームチェンジを起こしやすい。いまからGoogleは作れないかもしれないが、異なる競争ドメインならいくらでも勝ち目はある。ひらめきをもった世界中の個人にとって、久々に巡ってきたビッグチャンスだ。

 大人が、どれだけ自分の経験やカネを若者に供与し、サポーターに徹するか。日本が第4次産業革命に乗れるかどうかは、それにかかっている。

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第4次産業革命において、日本はどのような成長戦略を採るべきか。その際に直面する課題をどう克服すべきか。

日本の得意を生かすプラットフォームビジネス

根来龍之

早稲田大学ビジネススクール教授

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プラットフォーム、汎用(はんよう)と特化、ヒューマンタッチ、レギュラトリー・サンドボックス

 日本は、「プラットフォーム」ビジネスで遅(おく)れをとっている。その分野を代表するGoogleは、ネット経由でさまざまな目的のためにアクセスする消費者向けの情報ハブを提供することで圧倒的な競争力を誇る。ここ5~10年程度の展望では、日本は言語の問題や開発体制で優(まさ)る米国にこの分野では勝つことはできず、世界的に競争優位を得ることはできないだろう。また、圧倒的な国内市場規模を有する中国にも勝つことは難しいだろう。

 しかし、プラットフォームにはほかにも多様な種類がある。日本が世界に誇るゲーム機もそうであり、さまざまな製品に利用される汎用(はんよう)部品もプラットフォームである。

 では、日本企業の強みはどこにあるだろうか。おそらく特定の分野に特化したプラットフォームなら可能性がある。例えばコマツは、建機の分野で「スマートコンストラクション」という優(すぐ)れたサービスを提案している。また、自動運転に関しても、自動車には通信を担う車載システムと、エンジン等の制御系の組み込みシステムがある。後者は日本が一人勝ちできるわけではないが、それなりに力を発揮する。IT企業だけでは、安全性が特に重要となる自動車の開発・製造はできないだろう。また日本は伝統的に、機能を提供するだけでなく、利用者に対するきめ細やかな気遣い、ヒューマンタッチな洗練化は得意だ。こうした点を生かし、介護・救助等、特殊化された用途のロボット分野でも優位に立てる可能性を秘めている。

 このようにプラットフォームの定義を「製品・サービスの共通の土台となるもの」と少し広く解釈すれば、日本企業が強みを発揮できる分野はまだまだ存在すると考えられる。ただし、世界市場で勝ち抜くためには、世界に先駆けて開発・提供を進め市場で鍛えられて強くなる必要がある。この点で現在の日本を見ると、厳しすぎる規制と、問題の事前解決を重視しすぎる文化が壁となる。新規ビジネスを積極的に試せる「レギュラトリー・サンドボックス(現行の法規制の一時的な停止)」と呼ばれる制度の活用が鍵となろう。

識者が読者に推薦する1冊

Kevin Kelly〔2016〕"The Inevitable: Understanding the 12 Technological Forces That Will Shape Our Future Viking" (ケヴィン・ケリー〔2016〕『〈インターネット〉の次に来るもの―未来を決める12の法則』服部桂(翻訳)、NHK出版)

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第4次産業革命において、日本はどのような成長戦略を採るべきか。その際に直面する課題をどう克服すべきか。

技術と制度のイノベーションで知的共創社会の創出へ

徳田英幸

国立研究開発法人情報通信研究機構理事長

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知的共創社会、テクノロジー・シェイピング、制度のイノベーション、マクルーハンの4つの視点

 第4次産業革命後の社会は、サイバー空間と実空間の融合が加速し、人間と機械の「知的共創社会」となるであろう。技術の進化とイノベーションの創出が、未来社会の実現の要(かなめ)である。一部で懸念されている「人間対機械」という対立や溝が生じるのは、技術の社会的な受容性の低さだけでなく、技術自体が未成熟であったり、社会制度とのミスマッチによると考えることができる。例えば自動運転技術の場合、社会的な受容性を高めるためには、道路交通法や保険制度などの改革が必須であるとともに、ソフトウェア自体の安全性やセキュリティーが検証されているべきである。

 新しい技術が人間社会に受け入れられやすくするには、技術の「かたち」を適応させ、社会にフィットする形に変えていく「テクノロジー・シェイピング」を積極的に進めなければならない。

 他方、技術の変化のスピードは速いが、人びとの生活スタイルや価値観が変わるのには時間がかかる。そのため、技術と制度のイノベーションを両輪で進めなければ、豊かな未来社会のイメージは描けない。新しい技術の受け入れを可能とする制度や法律のイノベーションを進めるためには、社会的規模での実証実験を許容する実証環境の提供が喫緊(きつきん)の課題である。

 同時に、新しい技術が人びとの意識や価値観、生活スタイルにどのような影響を与えるのかといった本質的な変化を一人ひとりが理解する必要がある。メディア論で知られたマクルーハンは技術で創り出された人工物(メディア)を理解する4つの視点を示した。それは、「われわれの何を強化するか」「衰退させるか」「回復させるか」「何に転じさせるか」である。IoT/ビッグデータ/AI技術により提供されるさまざまなサービスなどについても、その本質的な理解が社会の新しいリテラシーとして重要である。

 これらの情報リテラシーの理解や技術と制度のイノベーションと共に、実証環境が提供できる国と、そうでない国とのあいだに、新たなデジタル格差が生じ、それは国際競争力の格差へと進化するであろう。

識者が読者に推薦する1冊

Marshall McLuhan・Eric McLuhan〔1988〕"Laws of Media: The New Science" University of Toronto Press (マーシャル・マクルーハン、エリック・マクルーハン〔2002〕『メディアの法則』高山宏(監修)、中澤豊(翻訳)、NTT出版)

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第4次産業革命において、日本はどのような成長戦略を採るべきか。その際に直面する課題をどう克服すべきか。

新たな情報財としてのデータ、活用最優先の制度を

林いづみ

桜坂法律事務所弁護士

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新たな情報財、知的財産制度の保護要件、営業秘密保護、データ流通環境の整備

 デジタライゼーションで「つながる」ことにより新たな付加価値が創出される産業社会(Connected Industries)では、「新たな情報財」と呼ばれるデータの利活用促進と保護のバランスを、技術・社会の進展に即して臨機応変にとる必要がある。

 現行法上も、深層学習のプログラムや学習済みモデル(プログラムとパラメータの組み合わせ)は特許権や著作権の保護対象であるし、著作物が含まれる学習用データについては著作権法の権利制限規定の拡充が検討されている。また、AIを道具として生成されたものは、その生成過程に人間の創作的寄与があれば著作権、特許権等の保護対象になる。また、秘密管理されている情報は、営業秘密として不正競争防止法により保護される。

 これに対し、こうした国際的に共通する現行の知的財産制度の保護要件を満たさない「新たな情報財」の取り扱いが、現在、経済産業省において議論されている。データ一般について排他的(独占的)な知的財産権や行為規制法を創設する例は国際的にもない。日本独特のデータ独占権やデータ規制の創設は、予測可能性や取引の安全に反し、かえってデータ流通を阻害するおそれがある。したがって、情報財に着目した規制は、まずは現行の営業秘密保護を拡充し、法改正は、標的型攻撃等の情報セキュリティー脅威対策の観点から、暗号化解除等の悪質性の高い行為を不正競争行為とすることが適切である。

 むしろ、いま求められることは、活用最優先の制度の構築である。それには、営業秘密や個人情報に関わるデータを切り分ける等の柔軟な契約交渉によりデータ利活用権限を明確化したり、PDS(Personal Data Store)や情報銀行(個人情報保護法の個人データの「本人同意に基づく第三者提供」)などのデータ流通環境を整備するために、消費者の同意や信頼確保をめざす指針の普及や本人関与の下での官民データ活用を確実に実行することが必要であろう。

識者が読者に推薦する1冊

「人工知能と人間社会に関する懇談会」報告書』2017年3月24日、内閣府

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第4次産業革命において、日本はどのような成長戦略を採るべきか。その際に直面する課題をどう克服すべきか。

「幹の太い技術」を育てる、基礎研究の評価の見直しを

清水洋

一橋大学イノベーション研究センター教授

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幹の太い技術、基礎研究の評価、グレーゾーン、新規参入促進

 18世紀のイギリスでの「産業革命」が大きなインパクトをもったのは、特定の用途、つまり炭鉱の水のくみ上げのために作られた蒸気機関の技術が、累積的に洗練されながら機関車などのさまざまな分野に転用され、価値を次々に生み出していったためである。

 現下の「第4次産業革命」では、経済の柱となる「幹の太い技術」が何であるのか、まだ必ずしも明らかではない。それがAIであれ、新たな情報通信技術であれ、革命といわれるほどの価値をもたらすには、その技術がある程度高いレベルに育つまで、基盤となる研究が蓄積されなければならない。

 しかし、昨今の研究状況には、早期に応用に集中し、幹が太くなる前に将来の成長の種を先食いしてしまう傾向がある。公共財的な性質をもつ幹の太い技術を育てるためには、政府は不確実性の高い基礎研究の成果の評価を見直し、国の研究機関や大学が基礎研究を担うための仕組みを整えることが必要である。

 米国では国防総省やエネルギー省等が基盤的な研究費を支出してきたが、日本にはそうした役割を担う組織がなかった。代わりに大企業が基礎研究を担ってきた側面があるが、近年は環境変化も激しく、今後は期待できない。いまこそ、国の研究機関や大学等は、そうした役割を担うべきであるが、違う方向に進んでいる。

 日本の大学は、1970年代には米国に比べて基礎研究の比率が高かったが、近年、立場が逆転してしまった。この背景には、産学連携の掛け声のもと、日本では、特許取得や上市状況など、目に見える成果が求められる過程で基礎研究が減少してきた一方で、米国は、基礎研究を増やしながら産学連携を進めてきたことがある。

 また、政府は、企業の新規参入を促進する施策に取り組むべきだろう。自動運転や民泊等といった新しい分野にはまだ明確なルールが存在せず、グレーゾーンが大きい。こうした新しい分野でラディカルなイノベーションを促進するには、これまでの発想や利害関係にとらわれない新規参入企業の存在が鍵となる。

識者が読者に推薦する1冊

清水洋〔2016〕『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション―半導体レーザーの技術進化の日米比較』有斐閣

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第4次産業革命において、日本はどのような成長戦略を採るべきか。その際に直面する課題をどう克服すべきか。

情報を生かした産業革命に適した人材の育成

竹村彰通

滋賀大学データサイエンス学部長

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ビッグデータ、情報を生かした産業革命、データサイエンス

 スマートフォンとそれに関連するさまざまな製品・サービスの普及によって、われわれの生活とデータを取り巻く環境は一変した。収集・活用されるデータの規模が急激に大きくなり、「ビッグデータ」という言葉もすっかり定着した。データはいまや重要な経営資源であり、「21世紀の石油」ともいわれている。これを活用できなければ、企業の、さらには国の競争力に関わってくる。伝統的に製造業が強かった日本では、高機能・多機能が重視されてきた。しかし、情報技術の進展とともに、膨大なデータからニーズを見いだし、コンテンツの魅力を高め、適切な提案をすることで消費者を引きつけるという視点がより重要となった。日本はこうした発想の転換に遅れた一方で、米国は元来、データを重視する文化的な背景があり、統計学の教育体制も整っているなど、データ分析がビジネスに生かされる土壌があった。そのため、情報分野で競争優位を獲得できたのではないか。

 日本の製造業はまだ強い。第4次産業革命においてIoTがさらに進展していくなかでは、その強みを生かして、あらゆる分野で「情報を生かした産業革命」を成功させなければならない。そのためには、ビジネスの現場でデータを活用できる人材の育成と環境整備が必須となる。

 日本は従来、教育でも社会でも文系と理系の壁が厚く、このことがビジネス現場でのデータの活用を阻害していた可能性がある。しかし、コンピューターを活用したデータサイエンスは、いまや文理関係なく必要なスキルである。これまで日本には統計学の独立した学部や学科は存在せず、教員も少ない状態が続いてきたが、2017年春から滋賀大学データサイエンス学部がスタートした。国からは数理・データサイエンス教育の拠点校の1つに選ばれ、高く評価された。企業からも、データはあるものの分析・評価できる者がおらず、そうした素養を身に付けた人材はぜひ採用したいという声が届く。ビジネスの現場で力を発揮できる人材の育成が極めて重要だという認識のもと、データサイエンス学部では、企業から講師を招いての講義や連携教育、インターンなどを充実させている。

識者が読者に推薦する1冊

統計教育大学間連携ネットワーク監修、美添泰人・竹村彰通・宿久洋編〔2017〕『現代統計学』日本評論社

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2017)「第4次産業革命に挑む」わたしの構想No.32

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構
編集:神田玲子、榊麻衣子、川本茉莉、新井公夫
※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

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