企画に当たって

神田玲子

岐路に立つユニバーサルサービス

神田玲子

NIRA総合研究開発機構理事・研究調査部長

KEYWORDS

ユニバ―サルサービス、人口減少時代、維持困難地域、効率性

 ユニバ―サルサービスとは、生活を送る上で不可欠な電気、郵便、水道、通信といった生活インフラを国民1人ひとりに保障することをいう。公営事業体や民間の公益事業体に法律でサービスの供給が義務付けられている。

 しかし、近年、人口増加から減少へと大きく環境が変化する中で、その維持が困難となっている地域もある。例えば、郵便局は全国全ての市町村に設置され、1日1回の配達や銀行窓口業務を行うこととなっているが、その地域に住む人の数が減れば、収益が圧迫される。拡大した赤字は、最終的には国民が負担することになる。

 人口減少時代に突入した今、ユニバーサルサービスを維持すべきかどうか。この問いに対する本号の識者の答えは、おおむね一致している。どこに住んでいても、ユニバーサルサービスが提供されることを当然とみなすのは見直されるべきという意見である。見直しに向けた具体的な方策は、事業体のコストを明らかにする、都市間で行政サービスの費用を再配分する、サービスを供給できない区域を周知するなどと異なるが、いずれもサービスの維持が困難な地域が早急に取り組むべき重要な課題だ。

 安定した生活インフラの整備は、日本の地域経済を支える強みであった。ユニバーサルサービスを見直すというと、その強みを失うのではないかと懸念する向きもあるかもしれない。しかし、従前のサービス水準を維持すればよいということではない。国民生活の質や企業活動を支えていくためには、サービスの質を上げていくことが公益事業体に求められている。そのためには、都道府県や市町村が中心となって、効率的なサービス供給のあり方を見直し、コストを負担していくための方策について地域の住民や事業体とともに取り組んでいく必要がある。

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人口減少時代においてユニバーサルサービスはどうあるべきか。

北村亘

行政は、まずは止血戦に取り組め

北村亘

大阪大学大学院法学研究科教授

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撤退戦、行政困難地域、限界集落、世帯移動

 日本では国民がどこに住んでいても、同じように行政サービスを受けられる。しかし、少子高齢化と人口減少が同時進行する中で、今のまま供給していくことは困難である。現在、政府は地方創生のための計画を描いているが、行政と民間との協働で夢を実現する話と、嫌だが行政だけで実行すべき話は分けて考えるべきである。

 まずは、行政が、自分たちにしかできない止血戦、ないしは撤退戦ともいうべきものに取り組むべきだ。地域の利害に左右されない都道府県が中心となって、都市計画に合わせて均一なサービスを提供する地域を限定する。また、それ以外の地域は行政サービスが提供できない「行政困難地域」として設定することも視野に入れなければならない。

 今後、10軒程度しか残っていないような限界集落全てに小粒な総花的なインフラ対策をやっている余力はなくなる。そのような集落に住んでいる人には、もう少し利便性の高いところに集まってもらうよう世帯移動を促す。その上で、里山機能の維持が必要であるならば、コミュニティバスを運行させて通ってもらえばよい。居住の自由を認めてよいが、そのときは、リスクを覚悟し、自己責任を原則とすべきだ。

 地域活性化のような夢のある話を構想するのは楽しい。しかし、困難でも行政にしかできないことから目を背けてはならない。

識者が読者に推薦する1冊

識者が読者に推薦する1冊

増田寛也(編著)〔2014〕『地方消滅―東京一極集中が招く人口急減』中公新書

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人口減少時代においてユニバーサルサービスはどうあるべきか。

矢作弘

都市圏での費用負担の議論を

矢作弘

龍谷大学政策学部教授

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自治体の財政基盤の脆弱化、都市間連携・協働、広域連合、便益と費用負担の議論

 これまで、都市間競争の中で自治体はフルセット型のユニバーサルサービスの提供を競ってきた。各都市は、隣の都市と同じような総合病院や文化施設を造った。それらが使われない無駄な施設であっても、経済が成長している時代には行政の中で消化することが可能だった。

 ところが過疎地域を中心に人口減少に直面し、自治体の財政基盤も脆弱(ぜいじゃく)化していく中で、もはやフルセット型のユニバーサルサービスを維持していくことは難しくなっている。競争から連携・協働へ発想を転換して、サービス提供のあり方を考え直していかねばならない。これからは、個々の自治体が競い合って行政サービスを所有するのではなく、個々の自治体が集まった都市圏の中で協働し共有(シェア)していく必要に迫られている。

 そのため都市機能を階層化させ、行政サービスを都市間で再配分していくことで、都市圏域内での集約型構造を構築していく。買い回りのできる商店街や特定機能病院などの高度な都市機能を中心都市に集約させ、自治体が集まった広域連合のようなものを考えていく必要がある。

 そうなれば、費用負担の構造も変わるので都市圏の自治の形も見直していく必要がある。中心都市は集積による便益を得ることになるため、自治体の税財政や行政事務の役割分担に合わせて、都市圏の中でどのように便益と費用負担を再分配すべきかという議論も必要となる。政府内部で都市機能をコンパクトに集約していく話は議論されているが、負担に関しての議論はほとんどなされていないのは問題だ。

識者が読者に推薦する1冊

識者が読者に推薦する1冊

矢作弘〔2014〕『縮小都市の挑戦』岩波新書

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人口減少時代においてユニバーサルサービスはどうあるべきか。

川本裕子

3つの視点でサービスのあり方を再考せよ

川本裕子

早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授

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サービスの定義見直し、コスト・ベネフィットの比較、IT活用

 今の日本では、どの場所・地域でもアクセスできるユニバーサルサービスは当然のものだと考えられている。国民の地域的な平等性の観念は強力で、権利を主張する声が強く、供給企業が「便乗」する道具にしている印象さえある。

 従って、ユニバーサルサービスのあり方については、本当に当然の権利なのか、以下の3つのポイントから考え直す必要があると思う。

 まず、ユニバーサルサービス自体の定義・範囲の問題だ。ユニバーサルサービスは、国や時代、人によっても異なるはずだ。人口減少が進む今の日本だからこそ、見直すべきではないか。国民的な議論により、サービスのあり方を原点から見直すことが大切である。

 第2に、サービスを提供するコストについての客観的な精査が必要だ。コスト・ベネフィットの比較をきちんと示し、税金や公共料金で負担してでも供給すべきか、という議論をもっとしなければいけない。制度の「透明度」を高めることにより、国民の理解も高まるはずだ。

 第3に、新しいサービスの形を考えるべきである。ITを活用すれば、よりコストが低くて利便性の高いサービスを提供することも可能である。例えば、奥深い山村に毎日郵便を届けるより、スカイプで会話をできるようにした方が安価で緊密なコミュニケーションが取れのではないだろうか。「高齢者にはITは向かない」といった固定的な前提は捨て去るべきだ。もっと視野を広げ、むしろユニバーサルサービスだからこそ、率先してイノベーションによって質を高めていく気概を持つべきだろう。

識者が読者に推薦する1冊

識者が読者に推薦する1冊

田中直毅・国際公共政策研究センター〔2012〕『政権交代はなぜダメだったのか―甦る構造改革』東洋経済新報社

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人口減少時代においてユニバーサルサービスはどうあるべきか。

松村敏弘

コンパクトシティの発想と一緒に考える

松村敏弘

東京大学社会科学研究所教授

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「全国一律」の見直し、自治体ごとの選択、コンパクトシティの発想

 ユニバーサルサービスはもともと、全国どこにでもサービスを提供するという民間企業の宣伝文句として始まった。これが基本的人権との関連で、国民が最低限どこに住んでいても受けられるべきサービスという考え方に変わってきた。しかし、これからの人口減少社会においては、従来水準のサービスを日本全国で維持するのは不可能であることは多くの人が認識しているはず。

 そこでまず、最低限のサービス内容やその供給コストを踏まえた上で、「全国一律に低廉な料金で」という発想がそもそも正しいのかどうか見直す必要がある。供給するユニバーサルサービスの内容や料金について、全国一律ではなく、地域の実情が分かっている自治体がサービスの内容や料金を選択することがあってもよい。例えば、見守りサービスを供給するために光ファイバーを優先し、他のサービスは諦めるといった、メリハリをつけることは可能。

 また、巨額なコストが伴うサービスを放置することはできないので、サービスの供給地域についても再考が必要。コンパクトシティの発想で、都道府県の中で拠点となる地域や市の中心区域に移り住んでもらうことを誘導する。実際に人が移住するには相当な時間がかかるから、今からプランを提示していく必要がある。住み慣れた土地からの移住を促すために、国や自治体が、試しに移り住むための住居を用意するのも一案ではないか。

 それ以外の場所に住むことを禁止はしないが、住むのであれば、ある程度のサービスは断念してもらわざるを得ない時代が来ると思う。

識者が読者に推薦する1冊

識者が読者に推薦する1冊

依田高典〔2001〕『ネットワーク・エコノミクス』日本評論社

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人口減少時代においてユニバーサルサービスはどうあるべきか。

中川雅之

負担と便益の比較衡量を

中川雅之

日本大学経済学部教授

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国民への説明、十分な時間的余裕、移住を求める

 ユニバーサルサービスはどの地域に住んでいても、国民は最低限のサービスを受け取る「憲法上の権利」と考えられている。しかし、こうした権利も、無限定な価値が保障されているわけではない。例えば富士山の頂上でも平地と同様のサービスを受けられるというわけではないはずだ。基本的には費用と便益の計算に基づいた合理的な判断で公共サービスを供給してきたし、これからもそうであるべきだ。

 問題は、日本の地域は人口減少や限界集落といった問題に直面したため、ユニバーサルサービスを取り巻く状況が一変し、政府は新たな対応を取る必要に迫られていることだ。政府は、まず、従来どおりのサービス供給の維持を続けると、経済全体の効率性を低下させることを国民に説明する必要がある。次の段階で、ある地域でサービスの維持費用が一定の限度を超えたら、維持不可能であると宣言すべきである。さらに、実際に費用が便益を上回った段階で、サービスの供給をやめ、受益者にサービス可能地域への移住を求めることが必要になってくるだろう。非常に困難な作業だが、国民の期待を中長期的に実施可能なものに寄り添わせることは避けられない。

 将来の人口減少や限界集落は予測可能な事象である。十分な時間的余裕を与えた中で、人口が減少すればサービスの供給が困難な地域となることを知りながら、その地に住んでいる人の分まで負担する必要はあるのか。回避できたのに回避しなかった地域に対して、全体の効率性を下げるにもかかわらず再分配を行うことは、「かわいそうだから」というような理屈抜きの感情論だ。

識者が読者に推薦する1冊

識者が読者に推薦する1冊

Edward Glaeser 〔2011〕“Triumph of the City: How Our Greatest Invention Makes Us Richer, Smarter, Greener, Healthier, and Happier” Penguin Press(エドワード・グレイザー〔2012〕『都市は人類最高の発明である』山形浩生訳、NTT出版)

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2015)「岐路に立つユニバーサルサービス」わたしの構想No.17

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構
編集:神田玲子、榊麻衣子、川本茉莉、原田和義
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