宇野重規
NIRA総合研究開発機構理事/東京大学教授
早川誠
立正大学教授

概要

 「コモンズ」が再び注目される時代が到来している。地域の資源を地域コミュニティが共同管理することに、いかなる可能性があるのか。「ローカル・コモンズ」の政策的含意について注目してみたい。
 現在、空き地・空き家の増加により、日本各地で、「都市のスポンジ化」とでも呼ぶべき現象が広がっている。人口減少により需要が減少し、土地の市場価値が低下する中、市場を通じてすべての土地が有効に活用されるとは考えられない。低未利用地の地権者等と利用希望者とを行政がコーディネートし、所有権にこだわらず、複数の土地や建物に一括して利用権等を設定する仕組みも整備されつつある。地域のサステイナビリティーを重視しつつ、それぞれの個別的な状況に基づいて判断する新たな公共的主体を活用することで「ローカル・コモンズ」は実現する。
 「ローカル・コモンズ」の本質は土地や場所ばかりでない。土地や場所に出入りする多くの利用主体間のルールやネットワーク、あるいは信頼関係を発展させることもその役割である。具体的な土地や場所と結びついた信頼を、地域を超えグローバルに展開する情報や物流のサービスと結びつけることが現代的なローカル・コモンズの課題である*

INDEX

はじめに

 「コモンズ」が再び注目される時代が到来している。中世イギリスに起源を持ち、牧草地などの自然資源を地域コミュニティで共同管理する仕組みを指すこの言葉がなぜ、いま復活しつつあるのか。このレポートでは、特に現代日本における「ローカル・コモンズ」の意義について検討してみたい。

 現代において「コモンズ」概念に再び注目が集まるきっかけとなったのは、言うまでもなく、G.ハーディンの「コモンズ(共有地)の悲劇」論文がきっかけである。適切に管理されれば多くの人が持続的に利益を享受できるにも関わらず、共有地は少数の人間が短期的な自己利益を追求することで容易に破壊されてしまう。この悲劇を回避するためには、国家による中央管理か、あるいは私有地への分割により市場化するしかないのか。この問題提起に対し、多くの議論が展開された。

 このうち、世界各地の事例をもとに「コモンズの悲劇」に反駁(はんばく)し、ノーベル経済学賞を受賞したE.オストロームの研究が有名である。彼女によれば、フォーマル・インフォーマルな制度を活用することで、地域コミュニティによる共同管理はなお可能である。適切な制度の下では、資源の日常的利用の中でルール違反が相互監視され、資源の状態に対して柔軟に対応することができる。鍵となるのが地域コミュニティ内のソーシャル・キャピタルであり、信頼と互酬性の共有であるという示唆は、現代日本に対しても一定の意味を持つであろう。

 実際、日本には入会地の伝統があり、環境の持続可能性に配慮した日本型コモンズの研究も盛んである。しかしながら、本レポートではむしろ、このような地域コミュニティによる「コモンズ」の持つ政策的含意について、より注目してみたい。

空き地の増加とローカル・コモンズ

 一例をあげてみよう。現代日本の多くの都市で空き地・空き家が急速に増加している。2013年の国土交通省の調査では、空き家数は5年前に比べて8.3%増加し、空き地面積は28%増加した。特に個人所有の空き地が大幅に増加しているのが特徴的である(55%増)。相続などによって取得された土地が使われずに放置されている場合が多く、ある意味で「都市のスポンジ化」とでも呼ぶべき現象が急激に広がっている。

 このような状況にどのように対応すべきか。本来、土地や住宅に対する需要が旺盛であるならば、あくまで市場メカニズムを通じて処理されるべき問題であろう。しかしながら、人口減少により需要が減少し、土地の市場価値が低下する中、相続をしても放置するか、さもなければ相続を放棄する事例が増加している。そもそも日本の土地制度自体が人口増加を前提にしており(市街化区域と市街化調整区域の区分制度など)、時代状況に対応できないままその矛盾を露呈しているのが現状である。市場を通じてすべての土地が有効に活用されるとは考えられない以上、新たなアプローチが求められている。

 そこで浮上してくるのがローカル・コモンズである。現在の状況を前提にする限り、政府が一定の役割を果たしつつ、企業にすべてを委ねるのではなく、むしろ新たな主体を都市政策に位置づける必要が高まっている。まちづくり会社や、まちづくりに関する社団法人や財団法人、まちづくり協議会などがそれである。これらは法人格のあるなしに関わらず、いずれも民間主体でありながら、地域における一定の公共的役割を果たしている。

 かつて19世紀フランスの思想家A.クヴィルは、アメリカのタウンシップ(地域自治組織)を観察する中で、地域住民の自発的結合を指してアソシエーションと呼び、その役割を重視した。現代日本におけるまちづくりの担い手もまた、現代的なアソシエーションの一形態であろう。

 現在の日本の地域のように、多くの需要や利潤を期待できない状況では、地域のサステイナビリティーを重視しつつ、それぞれの個別的な状況に基づいて判断する新たな公共的主体が必要である。実際、日本各地のまちづくりにおいて、ローカルな顔の見える市場でさまざまな工夫をこらすことで、なんとか市場価値を生み出している事例が目立つ。

 行政の側でも、2017年6月には「都市緑地法等の一部を改正する法律」が施行され、公園、緑地等のオープンスペースを、民間の担い手を活用することで保全する取り組みが加速化している。これは地方公共団体による新規整備や施設更新等に限界が見られる中、民間の事業主体による公園リニューアルや緑地管理を促進し、税の軽減や資金貸付、補助を行うものである。

 さらに2018年4月には「都市再生特別措置法等の一部を改正する法律」が衆議院で可決された。この改正により、低未利用地の地権者等と利用希望者とを行政がコーディネートし、所有権にこだわらず、複数の土地や建物に一括して利用権等を設定する計画を市町村が作成できるようになった。また、交流広場やコミュニティ広場などを地域コミュニティやまちづくり団体などが共同で整備・管理することも可能になった。

 これらの取り組みはいずれも、国家か市場かの二分法を退け、地域の民間の担い手を活用することで、スポンジ化の進む都市環境の改善を図ろうとしている点で、現代的なローカル・コモンズの事例として捉えることが可能であろう。虫食いだらけになってしまった都市の土地を、地域の民間主体を中心に集約・活用し、地域の公共的目的に資することは、まさにコモンズ概念を現代的に応用するものといえる。

 コモンズの発想は所有権概念を否定するものではないが、単にすべてを私的所有に分割することが適切でない状況においてこそ意味を持つ。その意味で、現代日本においてコモンズに注目が集まることには必然性があると考えられるだろう。

ものから人へ:地域の暗黙知をつなぐ

 コモンズが本来、牧草地などの共有地を指すものであったことからもわかるように、この言葉は具体的な土地や場所に関わるものである。とはいえ、ローカル・コモンズの可能性は土地利用にとどまるものではない。オストロームの研究が示すように、その本質は土地や場所ばかりでなく、土地や場所に出入りする多くの利用主体間のルールやネットワーク、あるいは信頼関係にある。

 その意味で、現代日本におけるローカル・コモンズを考える上で、地域コミュニティにおける新たなルールやネットワークづくり、さらに信頼の創出の可能性についても想いをはせるべきであろう。抽象的な公共性ではなく、あくまで具体的な土地や場所を媒介とすることで、ローカルな信頼社会をいかに再構築できるか。ローカル・コモンズの課題はここにあるといえる。

 各地のまちづくりにおいて、共通して指摘されることがある。地域において活躍している人々は少なくないが、その情報が必ずしも地域を超えて共有されていないことはその1つである。関連して、担い手の世代交代ともに、地域における言葉にはしにくいが重要な情報やノウハウ、すなわち地域の「暗黙知」(M.ポランニ)や「ローカル・ナレッジ」(C.ギアーツ)をいかに制度的に継承していくかも重要な課題である。

 現在、日本各地で数多くの優れた取り組みが行われているが、書籍やネットにおける個別的な紹介や現地視察の取り組みを除くと、網羅的な情報共有とは程遠いことがわかる。どの地域においてどのような取り組みがなされているのか、その担い手や組織はどうなっているのか、ファイナンス面における特色は何か。これら、本来は地域を超えて活用されるべき知識や情報が地域の内部にとどまっている状況を、今後は乗り越えていく必要がある。あるいは地域の内部においてすら、これらの情報は特定の人材の周辺に集中し、必ずしもコミュニティの共有財産となっていない場合もあるとすれば、状況はさらに深刻かもしれない。

 このことに関連して、興味深い指摘がある。ものづくり系のマッチングサービスを行うリンカーズ株式会社代表取締役社長の前田佳宏氏によれば、重要なのは「ウェブ×人」のプラットフォームづくりであり、言い換えると「エンジンとネットワークの掛け算」であるという。多くのものづくり企業にとって、重要な技術情報ほどウェブ上で公開することにはリスクを伴う。そもそも技術情報の多くは暗黙知であり、完全な文字化は難しい。結果として、マッチングをしようにも、ウェブ上には肝心で有益な情報が出てこないというジレンマに陥るのである。そのような状況をいかに克服すべきか。リンカーズ社が注目したのは、各地のものづくり情報に通じ、信頼関係を持つ、いわばコーディネーターとも呼ぶべき人々であった。自治体、地銀、信用組合などに存在するこのような人々をネットワーク化し、必要な暗黙知の引き出しを網羅的に集めることで、初めて有効なマッチングが機能するのである。

 この事例において示唆されるのは、いわば本来ローカルな信頼関係のネットワークを、検索エンジンと結びつけることの意義である。ローカルな信頼だけでも、あるいは検索エンジンだけでも限界がある。両者を結びつけることで初めて情報の有効な活用がなされるという話は重要である。あくまで具体的な土地や場所と結びついた信頼を、ネットワーク形成の中核となる人材をサポートすることで、地域を超えグローバルに展開する情報や物流のサービスと結びつけることが現代的なローカル・コモンズの可能性であろう。このことによって地域内部の信頼関係は、外部に向けて接続・開放され、人と人、人と情報のネットワークが加速度的に発展するのである。

図1 ネットワークのリワイヤリング

 現代ネットワーク理論において重要なのは「リワイヤリング(re-wiring)」である。近所づきあいに代表される凝集性と遠距離交際による外部探索性と結びつけることで、情報効率は飛躍的に増大する。また、ネットワークが更新されることにより、それ以前にはさほど注目されていなかった人材が、結節点(ノード)として重要な役割を果たし始めることもある(西口2007、西口・辻田2017)。地域に根づいた信頼関係や暗黙知を、地域を超えて結びつけることは、まさに現代社会に求められるリワイヤリングであろう。

おわりに

 思えばコモンズというのは、そもそも開放性とメンバーシップの間の緊張の上に成り立つものであった。かつての共有地において、多くの人々がそこに立ち入る一方、メンバーの間には明確なルールと相互チェックの仕組みが存在した。いわばオープンさとクローズドさの絶妙なバランスこそがコモンズが持続する上での秘訣(ひけつ)であった。果たして現代日本のローカル・コモンズは、地域内部の信頼やそこに蓄積された情報を、適切な外部への公開性と結びつけることができるだろうか。そのための適切な制度やルールづくり、ネットワークやプラットフォーム構築は可能だろうか。このあたりに、ローカル・コモンズの成功の鍵が潜んでいるように思われる。

参考文献

Ostrom, Elinor(1990) Governing the Commons, Cambridge University Press.
Hardin, Garret(1968) “The Tragedy of the Commons”, Science, 13 Dec, 1968, Vol162 , Issue 3859 , pp.1243 - 1248.
高村学人(2012)『コモンズからの都市再生̶地域共同管理と法の新たな役割』ミネルヴァ書房.
西口敏宏(2007)『遠距離交際と近所づきあい̶成功する組織ネットワーク戦略』NTT出版.
西口敏宏・辻田素子(2017)『コミュニティー・キャピタル論̶近江商人、温州商人、トヨタ、長期繁栄の秘密』光文社新書.

宇野重規(うの しげき)

NIRA総研理事。東京大学社会科学研究所教授。博士(法学)(東京大学)。専門は政治思想史、政治哲学。

早川誠(はやかわ まこと)

立正大学法学部教授。博士(法学)(東京大学)。専門は現代政治理論。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)宇野重規・早川誠(2018) 「ローカル・コモンズの可能性」NIRAオピニオンペーパーNo.36

脚注
* 本レポート作成にあたって多くの方からのご協力をいただいた。とくに、お時間を割いてインタビューにご協力いただいた国土交通省都市局長栗田卓也氏、リンカーズ株式会社代表取締役社長前田佳宏氏、立命館大学政策科学部教授高村学人氏、総務省自治行政局選挙課長森源二氏、一橋大学名誉教授西口敏宏氏(いずれも肩書きはインタビュー当時)に感謝したい。

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構
発行人:牛尾治朗
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