翁百合
NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長
関島梢恵
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

概要

 2019年3月に、厚生労働省が初めて公表したデータが2つある。1つは糖尿病など生活習慣病の予防を目的として行う特定健康診査・特定保健指導の保険者別の実施率であり、もう1つは後発医薬品の保険者別の使用割合だ。これまで国保や健保組合など保険者種別の実施率や国全体の数字は出ていたが、全保険者の実績が明らかになったのは初めてだ。
 保険者による健康増進や医療費適正化への取組は、超高齢社会で社会保障費が増大する中、制度を維持するための活路の1つだ。個々の保険者の実績を「見える化」し、保険者に取組の推進を促さなければならない。本稿では、保険者の取組の現状をデータから整理・分析し、保険者間のばらつきの是正と今後議論すべき課題を提言する。

INDEX

エグゼクティブサマリー

● 保険者による取組のばらつき
 特定健診・保健指導の実施率には保険者間で大きなばらつきがある。保険者種の違いを2つのグラフ(下図)で比較すると、国保の特定健診実施率は健保組合と比べて極めて低い。
 加えて、規模の大きい保険者ほど特定健診や保健指導の実施率が低いといった保険者の特徴による差も存在する。また、被扶養者の実施率が低いなど、保険者の中でも予防医療の取組が届いていない層がある(本文p.13参照)。

● 保険者の意識が生む差
 保険者の取組にばらつきが生じる要因の1つに、保険者の意識の違いがありそうだ。花王や明治安田生命、第一生命、大和証券グループ、京セラなどは、被保険者を多く抱えながらも、特定健診・保健指導の実施率が高い。「健康経営優良法人2019」に認定され、健康経営への高い意識がうかがえる。保険者の取組事例を調べていくと、実施率向上のための様々な工夫が見つかった。
 被保険者にとって、加入する保険者は職業や勤務先または住む場所などによって確定され、自由に選ぶことができない。保険者の意識の差が、予防医療の取組を通じて被保険者の健康の差に表れるとしたら問題だ。専業主婦など被用者保険の被扶養者であれば、なおさら保険者の意識が及びにくく、病気予防や健康づくりから取り残されてしまう。こうした差を解消しない限り、国民誰もがより長く元気に活躍できる社会は実現しない。

● 保険者間のばらつきを是正し、制度設計を工夫せよ
 個々の保険者の意識を高め、保険者による取組のばらつきを是正し、国民全体の健康増進を図らなければならない。そのためには、保険者に対し適切な予防に取り組むインセンティブを付与するとともに、被扶養者へのアプローチや、予防医療を担う保健師等の専門人材の配置、健康診査内容や手法のPDCAなどを考える必要がある。保険者機能が一層発揮される工夫が望まれる。


目次

はじめに
1. 特定健康診査・特定保健指導
1-1. 全体像
  特定健診は健保の実施率が国保を大きく上回る
  特定保健指導の実施率はどの保険者も非常に低い
  保険者ごとのばらつきと大規模保険者の低実施率が課題
  保険者の中にも潜む実施率の差―被扶養者へのアプローチ
  保険給付費との明確な関係は見出せず
1-2. 個別の保険者
  企業「経営」としての取組が高実施率を実現
  小規模な国保が工夫を重ねて高実施率
  保険者の意識の高さで大きな違い
  コラム1.健保組合の取組例(南都銀行健康保険組合
  コラム2.市町村国保の取組例(福岡県広川町)
2. 後発医薬品
2-1. 全体像
  保険者ごとのばらつきは少ないが、国保の使用割合が低め
2-2. 個別の保険者
  沖縄の市町村国保の使用割合が高い
3. 提言
参考文献

図表

参考 特定健康診査・特定保健指導の概要
図表1-1 医療保険制度の概要
図表1-2 保険者種別特定健康診査実施率の分布(2017年度)
図表1-3 健康診査対象者数別実施率の分布(2017年度)
図表1-4 保険者種別特定保健指導実施率の分布(2017年度)
図表1-5 特定保健指導対象者数別実施率の分布(2017年度)
図表1-6 人口当たり保健師数別実施率の分布(2017年度、市町村国保)
図表1-7 保険者種別・性別特定健康診査実施率(2017年度)
図表1-8 保険者種別・被保険者/被扶養者別特定健康診査実施率(2017年度)
図表1-9 特定健康診査・特定保健指導実施率と保険給付費(2017年度、市町村国保)
図表1-10 特定健康診査・特定保健指導実施率が高い保険者(全体、健診実施率順)
図表1-11 特定健康診査・特定保健指導実施率が低い保険者(全体、健診実施率順下位10)
図表1-12 特定健康診査・特定保健指導実施率が高い保険者(国保、健診実施率順上位10)
図表1-13 特定健康診査・特定保健指導実施率が高い保険者(国保、健診対象者数順上位10)
図表2-1 保険者種別後発医薬品使用割合の分布(2018年9月診療分)
図表2-2 年齢階級別後発医薬品使用割合
図表2-3 後発医薬品使用割合と調剤費(2017年度、市町村国保)
図表2-4 後発医薬品使用割合が高い保険者(全体上位10)
図表2-5 後発医薬品使用割合が低い保険者(全体下位10)

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。​
(出典)翁百合・関島梢恵(2019)「医療保険者による病気予防・健康づくりの実態-ばらつき目立つ保険者の取組-」NIRAモノグラフシリーズNo.41

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