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わたしの構想No.52 | 2021/02発行 | |
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識者:菅沼 隆 立教大学経済学部 教授、ウルリカ・ヴィークルンド TRR(スウェーデン雇用保障協議会)ビジネス・サービス部長、マイケル・ファン スキルズフューチャー・シンガポール 副最高経営責任者、辰巳哲子 リクルートワークス研究所 主任研究員、桐原武文 茨城大学社会連携センター 講師 *原稿掲載順
企画:柳川範之 NIRA総研 理事/東京大学大学院経済学研究科 教授 |
職業訓練・リカレント教育を「生涯学習」に位置づけよ
職業訓練・リカレント教育は、ここ数十年にわたり、重要課題とされてきたが、
その効果は限定的なものにとどまっている。
社会や技術の変化に適応した、実効性ある仕組みにするには、何が必要か。
■ わたしの構想No.52「職業訓練・リカレント教育を「生涯学習」に位置づけよ」PDF
■ 企画に当たって
柳川範之 NIRA総研 理事/東京大学大学院経済学研究科 教授
「職業訓練・リカレント教育の新たな枠組み作りを―「人生一〇〇年時代」への対応急げ」
Keywords……………人生一〇〇年時代、急速な事業環境の変化、スキルアップの重要性、北欧の先行事例、シンガポールの意欲的な取り組み、地域・現場での取り組み
■ 識者に問う
「職業訓練・リカレント教育を「生涯学習」に位置づけよ」
職業訓練やリカレント教育の積極的な活用が進まないのはなぜか。
実効性ある仕組みにするには、何が必要か。
1 菅沼 隆 立教大学経済学部 教授
「政労使共同で作られる、デンマークの職業訓練プログラム」
Keywords……フレクシキュリティー、労使の共同、労働者へのインセンティブ、日本的雇用慣行の行き詰まり、新しい労使関係のビジョン
2 ウルリカ・ヴィークルンド TRRビジネス・サービス部長
「自律的なキャリア選択に寄り添い、結果を出す」
Keywords……再就職支援サービス、労使の労働協約、「鉄は熱いうちに打て」、カウンセリングの質、保険料収入よる活動資金
3 マイケル・ファン スキルズフューチャー・シンガポール 副最高経営責任者
「第四次産業革命では、教育・訓練システムを「生涯学習モデル」にする必要がある」
Keywords……スキルの急速な変化、より長い就業、「生涯学習モデル」へのシフト、SkillsFuture、「四プラス二〇」モデル、利害関係者の強い連携
4 辰巳哲子 リクルートワークス研究所 主任研究員
「「学び」を可視化する仕組みを根付かせる」
Keywords……社会人の学び、学びへの投資に見合う効果・リターン、オーダーメイド型の学び、アウトプット型の学び
5 桐原武文 茨城大学社会連携センター 講師
「地域のニーズに応じた学びを、大学が提供する」
Keywords……リカレント教育、大学・自治体・地元企業の協働、カスタムされた学び、学問へのニーズ、キャリアアップにつながる学び
インタビュー実施:2020 年12 月
インタビュー:関島梢恵(NIRA 総研研究コーディネーター・研究員)、北島あゆみ(同)
■ 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)
菅沼隆氏
菅沼隆〔2019〕「社会保障―普遍主義とフレクシキュリティ」『新・世界の社会福祉 第3 巻 北欧』(デンマーク 第1 章)旬報社
ウルリカ・ヴィークルンド氏
Susan Fowler〔2014〕Why Motivating People Doesn't Work ...and What Does:The New Science of Leading, Energizing, and Engaging, Berrett-Koehler Publishers
マイケル・ファン氏
Gratton, L., & Scott, A. J.〔2016〕The 100-Year Life:Living and Working in an Age of Longevity, Bloomsbury Publishing
(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット〔2016〕『LIFE SHIFT』池村千秋 訳、東洋経済新報社)
辰巳哲子氏
佐藤学〔1999〕『学びの快楽―ダイアローグへ』世織書房
桐原武文氏
西野由希子・安江健・桐原武文・矢内結香〔2019〕「特別寄稿「茨城大学リカレント教育プログラム」の取組」『文部科学教育通信』No. 474
■ 企画に当たって
柳川範之 NIRA総研 理事/東京大学大学院経済学研究科 教授
「職業訓練・リカレント教育の新たな枠組み作りを―「人生一〇〇年時代」への対応急げ」
「人生一〇〇年時代」という言葉が、当たり前のように使われるようになり、多くの人が仮に定年まで勤めたとしても、セカンドキャリアとして働くことが求められる時代になっている。また、企業を巡る環境変化は速くなっており、自発的に転職をする人の数も増えているし、他方、働く企業や産業を変えざるを得ない人も増えている。既に、一つの企業でずっと働き続けるのが当たり前、という社会ではなくなっている。
このような変化の中で、新しい仕事内容や新しい企業に必要とされる能力を身に着けるための教育、いわゆる「リカレント教育」の重要性が指摘されている。新しい環境に適応して十分に活躍をするためには、何らかの新たなスキルや知識を身に着ける必要があるという問題意識からだ。たとえ同じ企業で働き続けるにしても、その会社の中で十分に活躍するためには、スキルアップが重要であり、この点からも職業訓練やリカレント教育が必要となる。
しかしながら、今まで長期雇用が前提で、能力開発を企業内教育や企業内訓練に頼ってきたために、職業訓練やリカレント教育の重要性は強く認識されているものの、どのような仕組み作りが必要なのかが十分に議論されておらず、皆が様子見に近い状態にあるのが現状であろう。そこで本号の「わたしの構想」では、具体的にどのような点に注目して仕組み作りをすることが大切なのか、何に着目し、仕組み作りのポイントとすれば良いのかについて、この分野について高い知見をお持ちの内外の専門家の方々にお話を伺った。
労使が参画し、新たなビジョンを反映せよ
リカレント教育については、北欧の政策が先行事例として有名である。菅沼隆立教大学教授は、デンマークでの職業訓練プログラムについて、労使が共同で作成し、運営面でも民間の労働組合と経営者団体が参画している実態を説明している。職業訓練で新しい資格を習得すれば、待遇のよい職業に就くことができる点が日本と大きく異なるとして、日本の労使が、これからの日本の労働市場をどのように再編していくのか、新しい労使関係はどのようにあるべきなのか、ビジョンを共有できていない問題点を指摘している。
ウルリカ・ヴィークルンドTRRビジネス・サービス部長は、スウェーデンにおいて再就職支援サービスを提供する非営利民間組織TRRが、どのようにして解雇やレイオフ対象者への移行支援を行っているか、その実態を説明している。本人が自律的にキャリア選択をできるよう、カウンセラーがアドバイスするとともに、求人情報とのマッチングや個人指導、学習プログラムの提供等を行っている。また最長二年の支援期間中、解雇前所得の七〇%の金銭援助に加えて教育に短期の補助金が出される等の充実したサービスが、労働協約に基づく保険料収入から成り立っている仕組みの説明もされている。
多様なニーズに対応、「学び」へのインセンティブ
スキルズフューチャー・シンガポールのマイケル・ファン副最高経営責任者は、生涯学習に関してシンガポールが行っている意欲的な取り組みについて解説している。シンガポールでは、労働力の減少による人口の高齢化が深刻であり、教育・訓練システムを、一生を通じて多様なニーズに柔軟に対応できるものにする必要性が強調されている。その際にも、やはり政府、産業団体、労働組合等の複数の利害関係者による強力なパートナーシップが重要になる。また、シンガポール国立大学が始めた、四年間の学士号を取得した学生が、その後二〇年間、大学に戻ってスキルアップできる仕組み等、興味深い取り組みも紹介されている。
一方、辰巳哲子リクルートワークス研究所主任研究員が指摘するように、日本では、まだまだ学習に投資する時間や金銭に見合った、効果やリターンが見えにくいという課題があり、これが社会人の学び・学び直しがなかなか進まない要因となっている。もっと実際の仕事で活用することに重点を置いた「アウトプット型」の職業訓練・リカレント教育にしていくこと、そして自分にどんな学びが必要なのか、学んだことをどう使えばよいのかを示して推薦してくれるようなサービスの必要性を提示している。
それぞれの地域・現場から取り組みを
桐原武文茨城大学社会連携センター講師は、茨城大学が二〇一九年度から始めたリカレント教育のプログラムを紹介している。そこでは地元企業や自治体と個別に調整しながら、ニーズに応じたカリキュラムを組み上げるコースが用意されていて、受講生から高い満足度を得ているという。大学が提供できる基礎的なものの見方や考え方を身に着けるニーズは大きいとして、自治体や地元企業と協働しながら、地域のニーズにあった基礎的な学びを、地域に根差した大学が提供することの重要性を指摘している。
このように日本では、どのような内容でどのような仕組みのリカレント教育を具体的に行っていけば良いか、まだまだ手探りに近い状態であるものの、その重要性はほとんどの人が否定しないだろう。ここで示されている内外の有意義な取り組みを参考にしながら、それぞれの現場で、必要とされるリカレント教育が、できるだけ早期に実現していくことを強く期待したい。
柳川範之(やながわ・のりゆき)
NIRA総合研究開発機構理事。東京大学大学院経済学研究科教授。博士(経済学)(東京大学)。専門は契約理論、金融契約。経済財政諮問会議議員。
職業訓練やリカレント教育の積極的な活用が進まないのはなぜか。
実効性ある仕組みにするには、何が必要か。
ウルリカ・ヴィークルンド TRRビジネス・サービス部長
「自律的なキャリア選択に寄り添い、結果を出す」
スウェーデンの雇用保障協議会「TRR」は、解雇やレイオフの対象者向けに再就職支援サービスを提供する非営利の民間組織である。民間企業と労働組合との間の労働協約に基づき、約三万五〇〇〇社の民間企業で働くホワイトカラー労働者およそ九五万人をカバーし、例年約一万三〇〇〇人の労働者のキャリア選択、再就職を支援している。
TRRの強みは、労働者と企業の双方を支援していることだ。人員整理を予定する企業の人事部や経営陣と、早い段階で面談を行い、解雇の実施前から、対象者にキャリア移行の支援を開始する。「鉄は熱いうちに打て」を信条に、できる限り早い段階から人員整理に介入することが、スムーズな移行の要だ。
移行支援の方法に決まった解はない。転職か、起業か、再教育か。これら三つの道の中から、各個人の希望を明らかにしながら支援していく。TRRのカウンセラーは、本人が主体的に自律したキャリア選択ができるよう、アドバイスに特化する。カウンセリングの質を維持するため、内部に「TRRアカデミー」を創設したほか、コーチング専門機関のICF(International Coach Federation、国際コーチ連盟)や、信頼と動機付けに関わるトレーニング専門機関のGREAT LEADERS と提携している。
対象者は、最長二年の支援期間中、TRRに集まる求人情報とのマッチングだけでなく、多様なサービスが提供される。個人指導やガイダンスと並行し、ワークショップ、ウエビナー(ウエブセミナー)、学習プログラム、スキルを高めるアクティビティーなどの中から、自分のニーズや状況に合ったサービスを受ける。その間の経済的支援の充実ぶりも魅力だ。解雇前所得の七〇%の金銭援助に加え、教育には短期の補助金や政府のローンも用意され、経済的不安を小さくしている。
これらの全てのサービスは、労働協約に基づく保険料収入から成り立っている。十分な資金があることが、TRRに力がある理由だ。九〇%以上の人が、支援開始後六か月以内に次の道が決まる。多くは前職と同程度か、より高い所得や地位を得て、利用者の満足度は高い。こうして得てきた「信頼」、「コミットメント」、「結果」がTRRの価値となっている。
ウルリカ・ヴィークルンド(Ulrika Wiklund)
TRRビジネス・サービス部長。長年、労働法と交渉を担当。交渉部長、地域支所長など、さまざまな幹部職を一〇年務めている。TRRはすでに労働市場にいるホワイトカラーの再就職支援を専門とする一方、国営の職業紹介所は長期失業者や学校を中退した若年者を主な対象とし、両者はターゲットグループを分け、補完的関係にある。TRRでは、学習プログラムやワークショップなど多彩なサービスを提供し、対象者のニーズにこたえている。法学修士。専攻は労働法。