宇野重規
NIRA総合研究開発機構理事/東京大学教授

概要

 DXの本質は、サービスの供給側ではなく利用する側の視点に立ち、サービスの内容をつくり直していくことだ。その意味で、DXは地域の市民による政治参加と不可分である。デジタル化を通じて、いかに地域の住民に自らの地域を自らの手でつくり出す力を付与することができるか。この課題を考えるために、4名の方にインタビューを行った。
 小田理恵子氏は、政治や行政における意思決定において、データが十分に活用されていない現状や、地域の政治を「自分ごと」として感じる市民を増やしていくことの重要性を指摘する。その意味で参考になるのが、吉村有司氏にご紹介いただいたバルセロナのDECIDIMという取り組みである。一般市民がデジタルプラットフォーム上での熟議を通じて、政策提案にかかわるというのがDECIDIMの仕組みである。一方で庄司昌彦氏は、ICTの「大衆化」や「ソリューショニズム」といったデジタル民主主義の課題を指摘する。デジタル庁発足という追い風をどれだけ生かせるかに、今後の日本社会におけるデジタル化の命運がかかっている。諸外国の行政府におけるDXを調査した若林恵氏が、最終的にDXの本質を「ユーザー中心」に見いだしたことは、そのヒントとなるだろう。
 デジタル化の力を利用することの目的は、人と人、地域と地域を結びつけ、ユーザーにとっての具体的な変化をもたらすことにある。もちろん負の側面もあるが、それを乗り越えつつ、新たな民主主義の可能性と地域力の発展にDXを活用すべきである。

INDEX

1.はじめに

 デジタル庁が発足した現在、DX(Digital Transformation)という言葉が至るところで口にされている。しかしながら、DXとは単にそれまでアナログで文書に書かれていた内容を、デジタルのビット情報へと置き換えることだけを意味するものではないだろう。デジタル化を通じて多くの人々が多様な情報を共有し、編集し、利用することで、それまで結びついていなかった人と人、情報と情報、地域と地域を結びつけ、そのことによって新たな価値やサービスを生み出し、さらには既存の経済や社会、そして国家や地域の政治や行政のシステムを変革することがDXの内容であるはずだ。その意味で、DXはGDX(Government Digital Transformation)に直結する。

 本報告書で紹介する若林恵氏は、DXとは、「サービスの起点を「つくる側」から「受け取る側」にシフトさせようということ」であると説明する(若林(2021:9))。その意味で、サービスの供給側ではなく、それを直接利用する側の視点に立ち、サービスの内容をつくり直していくことこそが、DXの中心的な課題となる。都市開発を例にすれば、行政や一部の専門家だけではなく、都市のユーザーである市民自身が望ましい都市のあり方を追求し、自らそのプロジェクトに参加し、よりよくオーナーシップ(当事者性)を実感できることが重要であろう。その意味で、DXは地域の市民による政治参加と不可分である。

 本報告書は以上の視点に立ち、「デジタル化時代の地域力」について検討するものである。デジタル化を通じて、いかに地域の住民に自らの地域を自らの手でつくり出す力を付与する(エンパワーする)ことができるか。この課題を考えるために、4名の専門家にインタビューを行った。

2.地方政治・行政とデジタル化

 一般社団法人官民共創コンソーシアム代表理事である小田理恵子氏は、企業のシステム戦略、地方議員、さらに現在は、官民の新しい価値創造のための実践型プラットフォームづくりにあたるなど、企業・政治・行政をまたがる、さまざまな立場を経験してきた。

 その小田氏がまず指摘するのは、政治や行政における意思決定において、データ、特に長期的なデータが十分に活用されていない現実である。総合計画などを別にすれば、個別・具体的な計画のほとんどは3年~5年のタイムスパンで検討される。ところが問題は、そのためのデータもまた3年~5年の範囲のものしか利用できず、より長期的な人口推計や経済予測を活用しにくいことにある。予測が外れたときの責任の問題もあるが、そもそも担当部署を超えて行政内部においてすらデータが共有できていない行政のあり方の問題性を小田氏は指摘する。過去の予決算の情報すら、款項目レベルでデータとして活用できない現状(紙やPDFで配布されている)は深刻である。

 地方議会の課題も山積している。小田氏は、会派を超えた議員間の討論が欠けていること、町内会や業界団体など以外の市民との交流が乏しいこと、さらに選挙が政策の意思決定の結果を評価される仕組みになっていないことなどを問題点として指摘する。特に本報告書の問題意識からすれば、若年層や子育て世代の声を政策の意思決定にいかに反映できるかが、極めて重要である。このことは逆にいえば、政策に関心のある市民にとっても、現状では議員へとアクセスする回路が極めて限定されていることを意味する。

 「変えたい」というプレーヤー自体が地域の中で少なくなっていると考える小田氏は現在、会派や選挙区を超えた議員間の交流、議員による政策の意思決定の評価、地域課題をめぐる行政と企業の「伴走型」のマッチングを企画・運営している。その上で小田氏が強調するのは、子育てや防災など身近な問題をめぐり、市民自らが請願を行い、各議員の会派を回り、最終的な制度化までを体験することで成功体験を積み、地域の政治を「自分ごと」として感じる市民を1人でも増やしていくことの重要性である。そのような市民の地域活動を、デジタル化がいかに活性化するかが大きな焦点となる。

3.バルセロナのDECIDIM

 その意味で参考になるのが、スペインのバルセロナにおけるDECIDIMの試みである。東京大学先端科学技術研究センター特任准教授の吉村有司氏は、コンピューターサイエンスで博士号を取得後、AIやビッグデータを都市計画やまちづくりに活用することを専門としている。バルセロナ市の都市生態庁や、カタルーニャ州の先進交通センターに勤務するなど、スペインを中心とする海外の事例にも詳しい。

 バルセロナ市は1967年に早くもInstitut Municipal d'Informaticaという独自の組織を立ち上げ、専門のスタッフを多数抱えるICT部門を擁している。このIMIが「熟議を進めるデジタルプラットフォーム」として推進しているのがDECIDIMである。吉村氏によれば、かつてトップダウンで進められていた都市計画は、市民参加型のボトムアップの都市計画へと現在大きく変わりつつある。一例をあげれば、バルセロナの街路の大規模な歩行者空間化である。それぞれの地区の住民が議論に加わり、地区の未来をイメージするためのプロジェクトであるが、多様な市民が参加し、そのすべての意見を聞くことは難しい。そこで用いられるのがICTのテクノロジーである。デジタルプラットフォーム上での熟議を通じて、多くの市民の賛成を得た提案が議会にかけられるというのがDECIDIMの基本的な流れとなる。

 バルセロナ市では、2016年から2019年にかけて、約4万人の市民が実験に参加し、結果として約1,500の政策提案へと結びつけたという。現在は第2期としてDECIDIMの実証実験が続けられている。今回から、市の予算の3%~5%ほどを市民の話し合いによって決定する参加型予算(Participatory Budgeting)も導入された。さらにDECIDIMはオープンソースであり、現在世界の180の国や自治体で使用されている。日本でも、東京都の渋谷区や兵庫県の加古川市などで、DECIDIMを用いた実証実験が行われている。SHIBUYA Mama-Chari Projectでは、都市部における自転車の利用について市民の多様な意見が寄せられ、意見集約にDECIDIMが活用されているという。

 今後、日本に政治・行政制度や市民文化に適応する形で、デジタル化のテクノロジーがさらに活用されていくことが期待される。

4.デジタル化による民主主義は可能か

 もちろん、デジタル化による住民参加にも多くの課題がある。武蔵大学社会学部教授の庄司昌彦氏は、政府のデジタル改革に参画するなど、ICTを通じた社会的課題の解決にこれまでも尽力してきた。1996年に大学に入学し、デジタル民主主義の可能性を追求してきた庄司氏の研究史は、まさにその間におけるICTの発展の歴史と一致している。

 庄司氏が最初に研究したのは電子掲示板の盛衰であった。ICTを用いて市民参画を促し、それを通じて政治や行政の質を高める試みはしばしばe-democracyとも呼ばれたが、2000年台前半にはすでにそのような電子掲示板の数は減少していた。2000年台半ばから後半にかけて新たにSNSを使った地域社会の自治ガバナンスの試みが発展するが、そのような地域SNSもまた、2010年頃からFacebookやTwitterなどグローバルなプラットフォームが出てくる中で衰退していった。この時期、米国大統領になったバラク・オバマは、2009年の就任直後に「透明性とオープンガバメント」と題する覚書を発表した。「透明、参加、協働」という、いわゆるオープンガバメントの三原則が示されたのである。これ以後、「アラブの春」や「オキュパイ・ウォールストリート」の運動、さらにハッカー系の海賊党が各国や欧州議会で議席を獲得するなどの動きが続いた。東アジアでも香港や台湾などで、SNSを用いた社会運動が盛り上がりを示した。ICTを用いて地域社会の課題解決を目指すさまざまなアプリの開発も進んだ。庄司氏はオープンガバメントを以後の研究の中心に据えることになった。

 しかしながら、同時にデジタル民主主義の課題もまた浮き彫りになったと庄司氏は指摘する。第1はICTの「大衆化」である。初期には一部の高度な専門家によって発展したテクノロジーは、やがてハッカーと呼ばれる人々によって自由に利用され、さらにはギーク(オタク)たちこそが情報社会をけん引する存在となった。その間、当初は素人の個人が相互に独立して判断することで全体としての集合知の精度が高まることに期待が寄せられたが、実際のモブ(群衆)は相互に影響し合い、付和雷同する人々であった。

 第2に広告技術やマーケティングの発展と相まって、個人情報がいつの間にか利用され、分析され、さらには広告や操作、選別の対象となる事態が明らかになった。オバマを大統領に押し上げたのがソーシャルメディアであったとすれば、トランプ当選の原動力となったのもまたソーシャルメディアであった。かつてばら色に語られたテクノロジーは、現在はデジタル監視国家のテクノロジーとして危惧されている。

 第3に庄司氏は、「ソリューショニズム」(エフゲニー・モロゾフ)を指摘する。エンジニアにありがちな思考法として、目の前にある課題解決に集中するあまり、すべてが対症療法的になり、根本的なシステムや価値の問題への取り組みがおろそかになることを指す。あるいは政府が社会の個別的な要望を「聞きすぎる」あまり、それに忙殺され、それ以上の取り組みのための余力がなくなることを意味する。

 いずれにせよ庄司氏は、デジタル庁が発足した現在、2001年のIT基本法以来の政治的な追い風が吹いていることは間違いないとする。その意味では、そのような追い風をどれだけ生かせるかに、今後の日本社会におけるデジタル化の命運がかかっている。

5.DXの目指すもの

 冒頭に触れた『GDX 行政府における理念と実践』を編集した若林恵氏は、平凡社の『月刊太陽』や『WIRED』日本版編集長などを経て、現在では黒鳥社を主催している。その若林氏は、商業などから始まったデジタル化が社会のあらゆるレベルに波及する中、最後の大きな壁になるのは金融と医療であると指摘する。その理由はそのいずれの領域においても政府の規制が大きく、その意味では政府が変わらない限り、それぞれの領域も変わらないことにある。

 このような視点から行政府におけるDXを検討し始めた若林氏はイギリス、デンマーク、オーストラリアなどのDXを調査した上で、最終的にDXの本質を「ユーザー中心」に見いだす。それらの国々で使用されているロジックモデルでは、各プロジェクトは、いかなる「インプット(投入される資源)」や「アクティビティ(実施される活動)」を投入した結果、いかなる「アウトプット(成果物)」をもたらし、それが具体的にいかなる「アウトカム(成果)」を実現したかが問われる。この場合に重要なのは「アウトプット」ではなく、「アウトカム」である。逆にいえば、ユーザーに感じられる具体的な変化がない限り、プロジェクトは無意味である。ところが日本における現実は、行政も企業も何らかの「アウトプット」をもたらすことで自己満足し、「アウトカム」には鈍感なことが多いと若林氏はいう。

 さらに「ユーザー中心」という場合も、サービスの利用者のみならず、サービスを実現するために働く人々もまた「ユーザー」であると若林氏は指摘する。行政でいえば、現場で市民と向き合う地方公務員もまた「ユーザー」である。その意味で、彼ら彼女らによって使いやすいシステムでなければ、真に「ユーザー中心」とはいえない。そのような職員に力を付与して初めて、市民に対するサービスについて自由で多様な意見が出てくる環境になるのである。逆にそのような人々を単に合理化の対象としてしか見ないDXは決して成功しない。現場の仕組みをより使いやすいものとし、さらには多様な実験や試行錯誤を許すシステムを構築することがDXの目指すものであると若林氏は強調する。

 興味深いことに、若林氏はデンマーク政府やオーストラリアの州政府において、「そこに人がいる」と感じたという。DXというとテクノロジーの側面にばかり目が行きがちであるが、むしろ、官僚制的なシステムをより柔軟で人間的な仕組みへの変化させるためにこそDXを推し進めるべきである、という重要な示唆がそこに見いだせるはずだ。

6.おわりに

 このようにデジタル化の力を利用することの目的は、多様な情報の共有・編集・利用を通じて、人と人、地域と地域を結びつけ、ユーザーにとっての具体的な変化をもたらすことにある。多様な市民の声を集め、行政や企業の組織文化を変革し、最終的には政治・行政制度や市民文化を変えていくことが期待される。もちろんテクノロジーの未来はばら色とは限らない。その負の側面を乗り越えつつ、新たな民主主義の可能性と地域力の発展にDXを活用すべきである。

参考文献

若林恵編(2021)『GDX 行政府における理念と実践』行政情報システム研究所.

4名の専門家のインタビュー内容については、後日、公開予定である。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)宇野重規(2021)「総論 デジタル化時代の地域力」宇野重規編『NIRA研究報告書 デジタル化時代の地域力』NIRA総合研究開発機構

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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