大橋弘
東京大学大学院経済学研究科准教授
川口大司
一橋大学大学院経済学研究科准教授
河村賢治
関東学院大学経済学部准教授
栗原俊典
プロモントリー・フィナンシャル・ジャパン専務取締役/元金融庁検査局バーゼルⅡ検査指導室長
鎮目真人
立命館大学産業社会学部准教授
松田亮三
立命館大学産業社会学部教授
神田玲子
総合研究開発機構研究調査部長
新井泰弘
総合研究開発機構主任研究員

概要

 本研究は、各国の制度・政策の変化の状況を踏まえ、 われわれは一体どこに向かうのかを巨視的な視点から把握することを目的としたものある。具体的には、産業政策、金融規制・監督、 高等教育制度、医療制度、年金制度の5分野について、「自律」と「連帯」を軸に変化を追った。ここでの「自律」とは、 市場を通じて実現される自己決定のことを、また、「連帯」とは、リスクに対して複数の人が支え合うことで備えることを意味する。
 各分野の制度・政策の変化を横断的にみると、連帯を通じて個人の自律が促されるような仕組みが形成される一方、 自律した人にも連帯を促す仕組みが形成されるような制度設計がされていることが明らかとなった。つまり、 自律と連帯の好循環が働くような社会を構築することが模索されているといえる。

INDEX

エグゼクティブサマリー

本研究の目的

 冷戦終結後のグローバル化、情報革命、金融危機、そして昨今の民主化運動は、世界がわれわれの予想をはるかに超えるスピードで変化していることを示している。新聞やインターネットなどを通じて、われわれは時代の変化の「個別」の事象を知ることができるが、変化の「全体」の流れを知ることは容易ではない。

 そこで、NIRA(総合研究開発機構)では、先進国がどのような課題に直面しているのか、各国の政策体系を構成する個別の制度・政策がどのように変化してきているのか、時代はどの方向に動きつつあるのか、ということについて巨視的な視点から把握するための研究を始めた。具体的には、産業政策、金融規制・監督、教育制度、医療制度、年金制度の5分野を取り上げ、時代の流れについての議論を行った(注1)

1.「自律」と「連帯」
 制度・政策の動向を「自律」と「連帯」を軸に把握する。「自律」とは、個人が自分の規範に従って自己決定することであり、そこでは選択の場としての「市場」が重要な役割を担う。また、「連帯」とは、失業や病気などの1人では対応が困難な共通のリスクに対して複数の人が支え合うことで備えるものである。保守主義レジームのフランスにおける「家族」や「企業」といった伝統的な組織による共同扶助、また、社会民主主義レジームのスウェーデンにおける政府による所得再分配政策がそれに該当する(注2)

 「連帯」は自律した個人が支え合うことで可能となり、「自律」は個人がリスクを分かち合うことによって可能となる。つまり、「自律」と「連帯」はお互いを前提としている。

2.先進国が直面する課題-今、われわれはどこにいるのか-
 先進国が直面する課題として、次の3つが挙げられる。

 第1の課題:市場リスク増大によって「自律」や「連帯」が困難となった「個」と「企業」
 オイルショック以降の低成長トレンドや冷戦終結以降のグローバル化の影響により、個人や企業が、倒産、失業といった市場リスクに晒されるようになっている。また、先進国の低成長や市場リスクの増大は「連帯」の基盤となる基金に大きな影響を与えている。

 第2の課題:「自律」を阻害する「連帯」制度
 現行の「連帯」制度が「自律」を阻害している面があり、その影響が特に若年層に強く表れている。フランスにおける連帯制度の基礎である職域別社会保険制度、就業意欲の減退を誘引する生活保障、及び企業に課された厳しい解雇規制は、結果として若年層の「自律」を阻んでいる。また、スウェーデンでも若年層の失業率が他のOECD諸国と比較して突出して高く、若年層の「自律」につながっているかどうかは疑問だ。さらに、自由主義レジームのアメリカでも、労働市場の迅速な調整が期待されていたが、現時点でも失業率は高止まりの状態が続いている。

 第3の課題:高齢化による「連帯」制度持続の困難
 EU諸国及び日本では、急速に進展する高齢化によって、社会保障などの「連帯」制度の持続が困難となっている。日本の保険料未納問題にみられるように、制度に対する人々の不信感が人々の行動に影響を及ぼし、制度の持続可能性を悪化させることにもなる。

3.時代の流れ-われわれはどこに向かうのか-
 先進国政府の対応の方向性をまとめると以下のとおり。
 
 (1)「自律」と「連帯」の好循環を強める取組み
 ①「連帯」⇒「自律」の制度設計90年代にEU諸国では、“Welfaretowork”の考え方のもとで生活の保障から活動の保障へと福祉政策の見直しを行っている。具体的取組みは以下のとおり。
 -積極的労働市場政策の実施。たとえば、失業リスクの高い就業者への職業訓練の実施、失業者を採用した企業への雇用助成金、アクティベーション(注3)
 -公的年金の給付削減に伴う、個人年金や企業(職域)年金などの私的年金部分の拡充
 -社会経済的な違いによる健康格差の是正に向けた医療分野の取組み。たとえば、アメリカにおける全国保健計画『ヘルシー・ピープル』の策定など

 ②「自律」⇒「連帯」の制度設計
 「自律」が「連帯」の強化につながるように、「連帯」制度の公平性を高める取組みが行われている。具体的取組みは以下のとおり。
 -フランスにおける、低所得者など困難な状況にある人々に対する給付を実施するための社会保障目的税の導入(1991年) 
 -スウェーデンの年金改革(1999年)における公費を財源とした低所得者向けの給付設計、保険料率の固定、自動的収支均衡メカニズムの導入、確定拠出型への移行など

 (2)国際協調による市場の規律の追求
 「自律」や「連帯」が維持されるためには、市場の規律を維持することが重要である。しかし、今日議論されている規制改革は、株主の従来の行動にそれほど大きな影響を与えないと考えられる。依然として、株主がハイリスク・ハイリターンを要求する可能性は十分に残されている。そのため、ミクロ、マクロ両面から、市場自体が復元力を有し、環境変化に応じて国家が連携してシステムそのものを見直すことができるようなプルーデンス政策4の国際的な連携強化が求められている。

 (3)「自律」を支援するための国家の後押しグローバル化が進展するなかで、個人や企業の「自律」を促すには政府の後押しがこれまで以上に必要だという認識が広がっている。先進国は、まだ将来の成長シナリオを描ききれないでいるが、産業政策による梃子入れと教育制度の改革を通じて何とか成長につなげようとしている姿勢がみられる。

先進国の政策イメージ

4.われわれの役目-「自律」と「連帯」の好循環を強めるための制度設計-
 「自律」を阻害する「連帯」の不備を是正し、同時に、「自律」が「連帯」の強化につながるような仕組みに改める。具体的な方法については、各国が自国の社会・文化的な背景に配慮しながら決めていくことになる。また、好循環の前提となる市場の規律を維持するための基盤づくりを行う。これらの制度設計に際しては、次の2つの配慮が必要となる。1つは、グローバルな側面に目を向けることである。近年、政府による産業政策や教育改革が、安易な産業誘導や世界レベルの労働需給のミスマッチの拡大につながらないようにする必要がある。もう1つは、先進国は、多様な資本主義の存在を認めた上で、国際的なルール作りの構築を目指すことである。

まとめ
 グローバル化が進むなかで、日本的な「自律」と「連帯」の新しいあり方を模索しなければならない。それは、かつての日本社会に、ある種の郷愁をもって戻ることを意味しない。かといって、今回ここに取り上げたスウェーデンやアメリカ、フランスの中から1つを選ぶということでもない。おそらくは、日本的な良さは、「自律」と「連帯」の好循環が生まれる社会を目指すなかで見つけることができるだろう。もちろん、グローバルな視点に目を向け、また、資本主義の多様性を認めることは、多様な国が存在するアジアに位置する日本にとっては極めて重要であることは間違いない。こうした取組みは困難を伴うが、そこから得られた日本の良さは、おそらくはアジア地域にも通用するはずである。

目次

序論 時代の流れを読む-自律と連帯の好循環-
神田玲子

第1章 経済危機後の新しい産業政策についての試論  
大橋弘

第2章 国際金融基準と各国の金融規制監督制度  
栗原俊典

第3章 金融機関の投資行動に対する規律付け-金融・資本市場における公正な価格形成確保の観点から-  
河村賢治

第4章 産業構造の変化と高等教育の役割  
新井泰弘、川口大司

第5章 熟議的・反省的医療政策に向けて-公平・質・効率・持続可能性と制度枠組み-  
松田亮三

第6章 私的年金制度の類型-年金制度における公私ミックスの方向性-  
鎮目真人

図表

図表1 実質成長率と雇用の伸び(1990‐2009)
図表2 所得再分配による世代別ジニ係数の改善幅
図表3 先進国の政策イメージ
図表1-1 技術開発から社会的適用までの年数
図表1-2 イノベーションの国際比較
図表1-3 画期的イノベーションからの売上高の分布
図表1-4 研究開発支出額とプロダクト・イノベーションの実現状況
図表2-1 BCBSの基準の構造
図表2-2 諸外国の金融規制監督制度
図表2-3 主要国の金融規制改革の動き
図表3-1 本章の焦点
図表3-2 世界の証券取引所のランキング(2010年末。単位:10億ドル)
図表3-3 日・英・米の個人金融資産の構成比(2009年度末。単位:兆円)
図表4-1 アメリカにおける最終学歴別年収
図表4-2 各国の高等教育制度
図表4-3 各国の学部構成比率
図表4-4 各国の理工系学部構成比率
図表4-5 各国の産業就業人口比率
図表4-6 推計結果一覧
図表4-7 学部産業マトリクス
図表4-8 各学部の就職産業偏差
図表4-9 各産業の卒業学部偏差
図表4-10 「ロボットの作り方」に見る抽象概念と具体的知識
図表5-1 医療における規制の類型
図表5-2 日本の医療制度の特徴
図表6-1 私的年金制度の導入形態、方法、提供者
図表6-2 積立方式年金の類型化
図表6-3 18カ国の私的年金制度
図表6-4 メンバーシップ得点
図表6-5 分析結果
図表6-6 私的年金類型
図表6-7 年金における公私ミックス
補表1 メンバーシップとLogodds

研究体制

大橋弘  東京大学大学院経済学研究科准教授
川口大司 一橋大学大学院経済学研究科准教授
河村賢治 関東学院大学経済学部准教授
栗原俊典 プロモントリー・フィナンシャル・ジャパン専務取締役/元金融庁検査局バーゼルII検査指導室長
鎮目真人 立命館大学産業社会学部准教授
松田亮三 立命館大学産業社会学部教授
チャールズ・ユウジ・ホリオカ 大阪大学社会経済研究所教授(研究協力)
神田玲子 NIRA研究調査部長
新井泰弘 NIRA研究調査部主任研究員
豊田奈穂 NIRA研究調査部主任研究員

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)大橋弘・川口大司河村賢治栗原俊典鎮目真人松田亮三神田玲子新井泰弘(2011)「時代の流れを読む-自律と連帯の好循環」総合研究開発機構

脚注
1 第1章から第6章で、産業政策、金融規制監督制度、金融機関の行動規制、高等教育制度、医療制度、年金制度の順で各識者の主張が展開されている。各分野の直面する課題と制度・政策対応については、各識者の論考をお読みいただきたい。
2 ここでは、Esping-Andersenが提唱する次の3類型を基にしている。保守主義レジームは、リスクシェアの機能は、家族や企業といった伝統的組織による共同扶助(保険制度など)が担うべき、社会民主主義レジームは、所得再分配政策を重視するが、その機能は主に国家が担うべき、また、自由主義レジームは、市場メカニズムを重視し、政府による所得再分配は必要最小限にとどめるべき、という考え方に立脚している。
3 アクティベーションとは、一定の条件を満たす失業者に対して、職業訓練プログラム等への参加や補助金の補填による就業の義務付け、あるいは、罰則規定の設定によって、就業活動のインセンティブを高めようというもの。

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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