研究報告書 2009.11.01 高齢化は脅威か?鍵握る向こう10年の生産性向上 この記事は分で読めます シェア Tweet 白川浩道 クレディ・スイス証券経済調査部長/NIRA客員研究員(座長) 太田聰一 慶應義塾大学経済学部教授 加藤久和 明治大学経済学部教授 宮澤健介 東京大学大学院経済学研究科博士課程 神野真敏 NIRA研究調査部ジュニアリサーチフェロー 概要 人口減少と高齢化が日本経済の懸念材料であると強調されて久しい。高齢者の増加は、社会保障収支の悪化を通じて財政赤字を趨勢的に拡大させるだけでなく、生産性を押し下げ、経済の活力をそぐのではないか、という見方である。このうち、後者の「高齢化の進展や人口の減少が、日本経済の生産性の先行きにどのような影響を与えるのか」という疑問に応えることが本報告書の主目的である。 全文を読む Executive Summary (English) Full Report (English) INDEX エグゼクティブサマリー 人口減少と高齢化が日本経済の懸念材料であると強調されて久しい。高齢者の増加は、社会保障収支の悪化を通じて財政赤字を趨勢的に拡大させるだけでなく、生産性を押し下げ、経済の活力をそぐのではないか、という見方である。このうち、後者の「高齢化の進展や人口の減少が、日本経済の生産性の先行きにどのような影響を与えるのか」という疑問に応えることが本報告書の主目的である。本研究会での議論から明らかになった点は次の通りである。①人口減少、高齢化の進展によって、日本経済の生産性の伸びは低下する可能性が高い。ただし、TFP、労働生産性のいずれの基準でみても、生産性の伸びが持続的なマイナス領域に入る時期は、2020年代前半とみられる。②すなわち、向こう10年程度については、人口減少、高齢化が生産性の低下を通じて経済成長率を下押しする可能性は低い。その意味において、短期的には“高齢化脅威論”を強調すべきではない。③2020年代後半以降については、生産性が持続的なマイナス局面に入るという、高齢化の負の側面が顕在化することが予想される。そのため、向こう10年間において、経済の技術革新力や労働生産性を高める努力をしておく必要がある。④具体的には、ミクロ的な側面では、企業は、正規雇用の拡大や高齢者・非正規雇用を対象とした企業内教育の強化に積極的に取り組むべきであろう。政府も職業訓練プログラムに向けて、さらに一層積極的な関与が望まれる。また、マクロ的な側面では、技術革新力の向上のため、経済や労働市場のさらなる開放が必要である。さらに、人口増を目的にした移民政策見直し、出生率引き上げといった施策も不可欠となろう。上記①~④を導出する基礎となった実証的な分析は以下の5点である。以下、報告書に沿って概要を説明する。分析1 人口減少は技術進歩率にどのような影響を与えるのか(第2章)分析2 就業者の高齢化が、技術進歩率にどのような影響を与えるのか(第3章1部)分析3 就業者の年齢ごとの労働生産性は、どの程度違うのか(第4章)分析4 就業者の高齢化は、賃金、企業収益にどのような影響を与えるのか(第3章一部)分析5 就業者の高齢化は、若年層雇用を抑制するのか(第5章) 分析1:人口減少が技術進歩率に与える影響-人口規模と技術進歩率には正、65歳以上人口比率と技術進歩率には負の関係- 人口減少の技術進歩率への影響については、労働力人口減少や高齢化による集団的な力の低下や潜在的なイノベーターの減少などが考えられる。本分析では、技術進歩率としてOECDが公表しているMultiFactorProductivity(MFP、多要素生産性)およびTotalFactorProductivity(TFP、全要素生産性)の成長率を用いて、総人口、高齢化比率、経済開放度、および人口増加率が及ぼす影響を検証した。主要な結果は、以下のとおりである。①OECD諸国のデータを使った分析では、総人口とMFP上昇率の間に正の関係があり、また、65歳以上の人口比率とMFP上昇率の間に負の関係がある。②日本の時系列データを使った分析においても、統計的な信頼度は幾分低いものの、労働力人口の減少は、TFP上昇率に対して負の効果をもつことが示された。③日本の将来の進歩率のパスを単純外挿で延長すると前年比1%成長が見込まれるが、労働力人口が減少するとされる将来推計(中位推計)を前提とすると、2020年代後半には技術進歩率の伸び率はマイナスに落ち込む。 分析2:就業者の平均年齢が技術進歩率(TFP)に与える影響-TFP、賃金ともに40歳代の比率が高まるほど上昇する- ここでは、就業者の平均年齢(あるいは就業人口の年齢構成)が技術進歩率にどのような影響を与えるのかについて検証した。この分析を行ったのは、ある産業、あるいは経済全体の技術開発力や技術進歩の水準がもっとも高くなるような就業者の平均年齢(就業者の年齢構成)が存在するのではないか、と予想されたためである。その結果、以下のことが明らかとなった。①40歳代の就業人口構成比が高まるほど、技術進歩率が最も大きな上昇を示す可能性が高い。②産業パネルデータでは、平均年齢が46歳弱で技術力の水準が最大値に達する。③平均年齢でみて高齢化が進展すれば、技術力の水準が低下する可能性が高いが、その下落度合いはかなりマイルドなものである(以上図表1)。④上記の実証分析をもとに、技術進歩率の将来推計を行うと、日本の技術進歩の水準は、2022年までに緩やかに上昇し、平均年齢が46歳弱になる2023年にピークをつけ、その後、下落局面に入る(図表2)。 図表1 固定効果モデル、TFP逆ワイブル型の理論値 出所:経済産業研究所「JIPデータベース」推計:Credit Suisse 図表2 TFPの将来推計(前年比) 出所:経済産業研究所「JIPデータベース」、 国立社会保障・人口問題研究所、総務省推計:Credit Suisse 分析3:年齢別にみた労働生産性の推計-45~49歳をピークに年齢階級と労働生産性には逆U字の関係がみられる- 上記の分析2で就業者の平均年齢と技術進歩率との間に一定の関係が存在することが明らかになったが、そうしたマクロ的な関係の背後で労働者1人あたりの労働生産性(注1)と就業者年齢の間に何らかの関係が存在するかどうかを検証した。その結果は以下の点が明らかとなった。①就業者の労働生産性は年齢が45-49歳の時、その水準が最も高くなり、その年代を頂点に、年齢階級と労働生産性の間には概ね逆U字の関係が観察される。②45-49歳でピークを打った後の労働生産性の低下は相対的にマイルドであり、55-59歳の労働生産性は40-44歳のそれとほぼ等しいことから、高齢化が進展しても労働生産性はさほど低下しない可能性がある(以上、図表3)。③こうして得られた年齢階級ごとの労働生産性の推計値を用いてマクロ的な労働生産性の将来パスを予測すると、2015-2025年においてはいわゆる団塊ジュニア層が労働生産性のピーク年齢である40歳代にいるために、労働生産性は2020年頃まではプラス成長を維持することができる。 図表3 18-24歳区分の労働生産性を1に基準化した5歳区分の労働生産性指数 分析4:就業者の平均年齢の上昇が賃金、企業収益に与える影響-就業者の平均年齢44歳弱で実質賃金は最大値となり、その後、低下する- 就業者の平均年齢の上昇に伴い、就業者の平均的な実質賃金はどのような影響を受けるのだろうか。就業者の平均実質賃金と、年齢階級の構成比や平均年齢との関係を分析してみると、 ①50歳代以降の高齢層の構成比が上昇した場合の実質賃金押し下げ圧力は技術進歩率への押し下げ圧力よりも大きい、 ②就業人口の平均年齢と実質賃金の関係を産業パネルデータで分析すると、平均年齢が44歳弱で実質賃金水準が最大値に達するとの結果が得られるが、その後の高齢化とともに実質賃金水準が下落する度合いは技術進歩率のそれに比べて大きい、 ことが明らかとなった。 つまり、実質賃金水準は技術進歩率に比べて就業人口の平均年齢が2歳程度低い時点でピークに到達し、しかも、高齢化の進展に伴うピーク後の下落率は技術進歩率よりも大きい。このことは、多くの企業が、“高齢化の配当”を得られる可能性があることを示唆しており(ただし、これはあくまで所得分配の議論であり、絶対金額でみた企業所得が増加するかどうかはわからない)、その意味で、日本企業には、先行きの生産性低下を回避することを目的に、研究開発投資や若年層雇用を拡大させる余地が十分に存在する可能性が高い。 分析5:就業者の高齢化が若年層雇用に及ぼす影響-高齢者の割合が高い企業ほど、若年層の採用を増やす傾向がある- 既存の中高年雇用者の雇用を維持するために、若年層の雇用機会が失われていると指摘されている。企業内部の中高年雇用者が、若年雇用を抑制しているという考えは「置換効果仮説」と呼ばれている。この仮説が実際に成立しているのかどうかについて検証を行った。その結果、 ①入職率分析からは、中高年層の雇用を維持するために若年層が犠牲になっているという明確な根拠は得られない、 ②産業パネルデータ分析からは、年齢構成でみて中高齢層比率が高い産業では若年層の雇用の伸び率が高く、同時に中高年層の雇用が抑制されている傾向にある、 ことなどが示された。 つまり、日本企業では、生産性水準を最も高くする適正な年齢構成を認識し、それに向けて雇用者の年齢構成の調整が行われてきた可能性が高い。 目次第1章 問題意識と要旨 白川浩道BOX1 生産性について 加藤久和BOX2 就業者年齢と生産性に関するサーベイ 宮澤健介第2章 人口と技術進歩に関する実証分析 加藤久和第3章 就業者年齢と生産性、実質賃金に関する実証分析 白川浩道第4章 年齢区分でみた労働生産性の推計 神野真敏第5章 高齢化と若年雇用:その連関の再検討 太田聰一図表BOX1図表1 生産性の概念について図表2-1 主要国のMFPの推移図表2-2 MFP上昇率に対する人口などの影響-OECD19ヶ国の効果図表2-3 MFP上昇率に対する人口などの影響-G10の結果図表2-4 クロスセクション効果(10-2)ケース図表2-5 MFP上昇率に対する労働力人口などの影響図表2-6 クロスセクション効果(10-3)ケース図表2-7 労働生産性に対する労働力人口などの影響図表2-8 クロスセクション効果(10-4)ケース図表2-9 JIPデータのTFP上昇率の推移と成分の分析(HPフィルター)図表2-10 JIPデータとOECDデータの比較図表2-11 単位根検定図表2-12 ヨハンセンの最尤法による共和分検定図表2-13 TFP上昇率のインパルス応答(二変数VEC)図表2-14 TFP上昇率のインパルス応答(三変数VEC)図表2-15 2030年までのTFP上昇率の予測(VECモデル)図表2-16 2030年までのTFP上昇率の予測(外生モデル)図表3-1 TFPと年齢構成比の推移(5歳刻みvs.10歳刻み)図表3-2 線形パネルモデル(式2)の推計結果(弾力性値)図表3-3 線形パネルモデル(式2)の推計結果(弾力性値)図表3-4 固定効果モデル、TFP逆ワイブル型の理論値図表3-5 固定効果モデルTFP逆ワイブル型のフィット図表3-6 固定効果モデル、実質賃金、逆ワイブル型の理論値図表3-7 固定効果モデル、実質賃金、逆ワイブル型のフィット図表3-8 TFPと実質賃金のピークアウト確率図表3-9 TFPと実質賃金の将来推計図表3-10 TFP、実質賃金将来推計図表3-11 TFP、実質賃金将来推計図表3-12 名目GDPと総労働コストの推移図表3-13 労働コスト/名目総付加価値比率の推移図表3-14 企業貯蓄と名目総労働コスト(GDP比)図表補論3-1 就業者平均年齢-TFPの散布図Pooledサンプル図表補論3-2 就業者平均年齢-TFPの散布図Withinサンプル図表補論3-3 就業者平均年齢-実質賃金の散布図Pooledサンプル図表補論3-4 就業者平均年齢-実質賃金の散布図Withinサンプル図表補論3-5 TFPカーブの推計結果、①固定効果モデルと②ランダム効果モデル図表4-1 記述統計量[期間:1973~2006年]図表4-2 2方向固定効果モデル図表4-3 階差モデル図表4-4 5歳区分の階差モデル図表4-5 18-24歳区分の労働生産性を1に基準化した5歳区分の労働生産性指数図表4-6 年齢構成からの影響と労働人口推移による将来推計図表4-7 年齢区分別就業率図表4-8 非正規の職員・従業員率図表5-1 若年入職率の推定結果(「雇用動向調査」に基づく)図表5-2 若年純流入率の推定結果(「雇用動向調査」に基づく)図表5-3 若年雇用成長率の推定結果(「賃金構造基本統計調査」に基づく」)図表5-4 若年雇用成長率の推定結果(「JIPデータベース」に基づく」)図表5-5 中高年(45歳以上)雇用成長率の推定結果 研究体制委員白川浩道 クレディ・スイス証券株式会社経済調査部長(座長)太田聰一 慶應義塾大学経済学部教授加藤久和 明治大学経済学部教授宮澤健介 東京大学大学院経済学研究科博士課程NIRA神田玲子 研究調査部長神野真敏 研究調査部ジュニアリサーチフェロー 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。(出典)白川浩道・太田聰一・加藤久和・宮澤健介・神野真敏(2009)「高齢化は脅威か?-鍵握る向こう10年の生産性向上-」 脚注 TFPと1人当たりの労働生産性には以下の関係が成立する。1人当たりの労働生産性の伸び率=TFP(技術進歩)の伸び率+1人当たりの資本装備率の増加による労働生産性の伸び率 TFPと1人当たりの労働生産性には以下の関係が成立する。1人当たりの労働生産性の伸び率=TFP(技術進歩)の伸び率+1人当たりの資本装備率の増加による労働生産性の伸び率 シェア Tweet ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ