宮川努
学習院大学経済学部教授(座長)
飯塚信夫
社団法人日本経済研究センター研究統括部主任研究員
永濱利廣
株式会社第一生命経済研究所経済調査部主席エコノミスト
川口大司
一橋大学経済学部准教授
乾友彦
日本大学経済学部教授
鈴木亘
学習院大学経済学部准教授

概要

 現在の統計制度は、戦後の混乱した日本経済を立て直し国民生活の安定を確保するための基礎資料を得るために形成されたものであり、昨今のグローバリゼーションが進展した複雑な社会経済を描くには適切なデザインであるとはいえない。国際比較が不可能な統計も数多くある。時代から取り残されつつある現在の統計体系を見直すには、多様なアクターが参加した場での議論が有効だ。
 本報告書では、統計利用者の立場から、新たな時代にふさわしい統計のあり方について検討を重ね、研究会としての意見をとりまとめ、提言を行った。
 統計改革の基本的方針としては、1.政策課題に対応するために必要な統計の作成に優先的に人や資金を投入できるようにすること、2.統計データを広く一般に公開し、部外者による統計の利用を促進すること、3.統計の国際比較可能性を原則すること、4.地方分権化を見据えた統計体系を整備することを、提案したい。加えて、統計の質に関して定期的に評価を行う外部評価制度を導入するとともに、加工統計の民間委託も検討するべきだろう。

INDEX

エグゼクティブサマリー

 現在の日本の統計体系は、日本社会を映し出す「鏡」として適切なものだろうか。政府は、現状の課題を把握し、政策決定を行うときに、信頼すべき十分な統計情報を有しているだろうか。

 答えは残念ながら「否」といわざるを得ない。現在の統計制度は、戦後の混乱した日本経済を立て直し国民生活の安定を確保するための基礎資料を得るために形成されたものであり、グローバリゼーションが進展した昨今の複雑な社会経済を描くには適切なデザインではない。国際比較が不可能な統計も数多くある。時代から取り残されつつある現在の統計体系を見直すには、多様なアクターが参加した場での議論が有効だ。われわれは、統計利用者の立場から、新たな時代にふさわしい統計のあり方について検討を重ねた。ここにその研究会としての意見をとりまとめるものである

総論

統計改革の基本的方向性と具体策

 国際社会では、Evidence-based Policy(政策担当者は、政策が統計的根拠に基づいたものであるかどうかを見極めた上で実施に移すべきであるという考え方)が一般的になっている。しかし、多々場当たり的な政策対応がみられる日本で、Evidence-based Policyを実現するためには、まずそれを支える統計そのものを改革することから始めなければならない。

 統計改革の基本的方針は何か。ここでは主な点を挙げる。

 第1に、政策課題に対応するためにどのような統計を作成することが必要かを認識し、必要な統計の作成に優先的に人や資金を投入できるようにすることだ。「生産性向上」や「格差」が重要な政策課題として認識されつつも、その実態把握ための体制強化がなされていないことに現状の問題点が端的に表れている。

 第2に、統計データを広く一般に公開し、部外者による統計の利用を促進することだ。データ利用の壁を壊し、外部の専門家による政策評価を促すことは、Evidence-based Policyの実現に極めて重要なことである。

 第3に、グローバル時代において、統計の国際比較可能性を重要な原則とすべきだ。各国の政府あるいは研究者の間で政策や現状についての相互理解に役立つような統計体系にすることは、国境を越えて「知を共有」するために不可欠な要素である。

 第4に、地方分権化を見据えた統計体系を整備することだ。道州制に移行しても現在の統計情報では裁量的な行政を行うことは困難であり、道州制のメリットが生かせない。

 次に、これらの基本的方針を実現するために何をすべきか、その具体策を示そう。

(1)組織・人事の一本化:まず、統計利用者のニーズを的確に把握し、優先度の高い統計への集中的な資源配分を可能にしつつ、国際標準に対応した質の高い統計を提供するため、統計全般を経済構造に合わせて調整する機構を持つとともに、公務員の職種のなかに統計専門職を設け、人事の一括採用を行う。また、学会や大学などの研究機関における専門家と統計部局との積極的な人的交流を図り、研究体制を強化する。

(2)基本計画案へ二次利用に供する統計名を明示:また、外部の研究者が個票データを使った実証的分析を行えるようにするために、統計の二次利用の是非の判断を各府省に委ねるのではなく、統計委員会が基本計画案に二次利用に供する具体的統計名を期限とともに明示する。この点で、政府が現在議論している統計の二次利用の促進の仕組みは不十分であり、新統計法の理念が生かされているとは言い難い。

(3)道州ブロックに集約:さらに、地方分権化を見据えた統計体系に移行するために、各県の統計主管課を道州制への移行を見据えた地方ブロックごとに集約させる。地方の統計情報の充実は道州制移行のための重要な基盤となりうる。

(4)外部評価と民間活用:最後に、統計の質に関して定期的に評価を行う外部評価制度を導入するとともに、政府部内の人的、資金のリソースに限りがある場合には、一部の加工統計(注1)について民間委託を行うこととする。以上の認識のもと、各論の委員の論文から、現状の問題と改善の方向性についてまとめたい。

各論

経済統計をどのように再構築するか-JIP データベース作成の経験をもとに-:国際 基準とユーザーを意識した統計の再構築を

 近年、日本の産業別生産性についての関心が高まっているが、日本では政府ではなく、研究者が主体となって生産性統計(JIPデータベース)を作成している。なぜ、研究者が主体となって作成しなくてはならなかったか。1つには、政府が公表している資本ストック統計の概念が、経済学で想定している概念と異なっていたためである。生産性のデータベースの作成を通して、日本の統計を評価すると次の点を指摘することができる。他の先進国に比べて統計の数が非常に豊富である点は評価できるが、国際的な基準に合わせて有機的に活用するという考え方がこれまで欠けていた点は問題である。さらに、大きな問題は、統計それ自体というよりも、統計作成者が経済の動向やユーザーを意識して、常に有機的な活用方法を想定して統計を整備しているかどうか、である。これら問題点についての改善が望まれる。

景気関連統計(加工統計)の現状と課題:一部は民間に任せることも検討を

 景気関連統計(加工統計)の代表格であるGDP速報については、1次速報、2次速報、確定値の間の計数の改定幅が大きいことがエコノミストの最も大きな不満の原因である。これを是正するには、法人企業統計に代表されるような需要側統計の採用を取りやめ、生産関連など供給側統計を中心とした推計に切り替えることが望ましい。また、改訂理由の具体的な明示を急ぐべきである。例えば、法人企業統計の結果を盛り込んだことにより設備投資の伸び率がどれだけ変化したか、季節調整の影響はどれぐらいか、などについて具体的な数字で示すことを義務付ける必要があろう。

 一方、エコノミストのニーズが高い月次GDPや、景気動向指数など公表済みの統計を加工して作成可能な統計については、研究の蓄積が十分にある民間に任せることも検討すべきであろう。

 また、産業間や地域間の景気の跛行性に注目が集まっていることから、都道府県別の景気に関する加工統計の充実が喫緊の課題である。

景気関連統計(一次統計)の現状と課題:スクラップアンドビルドで国際性・一元管 理が求められる一次統計

 一次統計については、経済社会の変化に合わせて必要となる統計の拡充を図ると共に、重要性の薄れた統計の簡素化や廃止というスクラップアンドビルドを基本すべきである。また、統計の国際比較の改善、特に時系列での比較可能性を向上させる工夫が必要である。同時に、各種統計が多数の省庁により実施されているため、統計の整合性や利便性の面で問題が生じるケースも多く、経済統計の一元管理を進めるべきである。

労働関連政府統計の有効利用へ向けての課題

 政府統計の個票データの提供については、秘匿性の観点も考慮すべきであるが、便益の大きさも十分考慮することが必要であり、その便益の大きさを十分に認識できる専門家が、開示の是非を判断する意思決定にかかわるべきである。

 また、近年の世帯調査の回収率低下へ対応すべきである。核家族化や集合住宅のセキュリティーの向上に伴い、調査票の回収率が低下していると考えられることから、回収率向上のための調査員トレーニング等の取組や、回収率の低さが統計結果に与えている影響の検討などを行うべきである。

 さらに、賃金構造基本統計調査では、直接事業所に雇用されない労働者が対象外となっているが、補足可能な登録型の派遣労働者について、調査対象者に含めるべきである。

グローバル化の進展とデータ整備の問題点

 企業活動の国際化とその生産性との関係、また、労働市場への影響については、強い関心がもたれているが、これを実証するための統計がない。そのため、次のような統計の整備が必要である。①貿易統計と産業連関表をマッチさせたデータ、②企業レベルでのOffshoring、International Outsourcingに関するデータ、③企業レベルでのサービス貿易に関するデータ、④多国籍企業の企業内取引に関するデータ、⑤M&Aに関するデータ等。

社会保障関係の統計における課題:制度を超えた効果測定の必要性

 社会保障に関する個別統計は多数あり、かなりの範囲を網羅している。しかし、介護制度の変更により医療費がどのような影響を受けたかなど、社会保障制度における個別の改革が全体に与える影響を把握することができない。そこで、全般にわたる政策効果を測定できるような、調査範囲の広いパネルデータを作成することが必要だ。米国ではミシガン大学が類似のデータを作成している。

 このほか、現在の統計を国際比較可能な統計にすること、調査手法の改善(サンプリング手法の検討、CAPI方式:Computer Assisted Personal Interviewの導入)、医療・福祉産業の経営状況に関する統計、薬価等の価格統計整備、また、市町村等が保存している医療関係の統計の一括管理などを行う必要がある。

資料

市場分析専門家の立場から見た経済統計に関するアンケート

 「社会経済構造の変化に対応した日本の統計制度に関する研究」(座長:学習院大学経済学部宮川努教授)の研究活動の一環として、34人のマーケットの専門家に対して、経済統計の現在の評価と課題についての意見についての答えてもらうアンケート調査を実施した(有効回答者数31人)。

 具体的には、GDP速報をはじめとした23の経済統計調査を取り上げ、それぞれについての評価を回答してもらった。

表1 景気動向指標としての統計調査の評価結果

注)短期的な経済変動、景気動向を把握するための統計指標としてどのように評価しますか。1点から3点までの点数を付けてください。3点が最も良い評価とします」との質問に対する有効回答者31人の点数の内訳を示したもの。

(1)各統計調査に対する評価結果
 短期的な景気変動、景気動向を把握するための統計として、もっとも評価が高かったものが「日銀短観」「鉱工業生産・出荷・在庫指数」であり、「貿易統計」がこれに続く。

 他方、長期的な経済トレンドや構造の変化を把握するための統計として、もっとも評価が高かったものが「鉱工業生産・出荷・在庫指数」であり、「消費者物価指数」「貿易統計」「日銀短観」がこれに続く。

(2)自由記述意見の紹介
 自由記述欄では、統計制度全体の設計に関する要望、および、利便性の向上についての意見が多く寄せられた。

 統計制度全体の設計に関する要望としては、

 ・サービス業統計、海外関連の統計、家計・消費に関する統計の充実
 ・加工統計の精度や速報性の向上・国際比較した場合に統計部局に第一線の統計専門家が配置されていないという人材問題の解消
 ・社会経済統計を一元化した部局(「司令塔」)の提案

などがあった。

 また、利便性の向上に関する要望としては、

 ・カバレッジの問題(企業別では小企業が抜けている、インターネット販売・通信販売が含まれていない、派遣社員が含まれていないなど)、サンプル数の小ささ
 ・サンプル入れ替えからもたらされるブレの問題の解決
 ・季節調整などの補正手法に対する要望
 ・公表のタイミング(速報性)に関する要望、見やすさ(ダウンロードファイルの形式、HPレイアウト)、各統計間の用語の統一、公表ルールの厳守
 ・コメントによる解説や、手法の透明性への要望

などがあった。

目次

I. 総論
統計改革への提言-「専門知と経験知の共有化」を目指して-

II. 各論
経済統計をどのように再構築するか- JIPデータベースの作成の経験をもとに 
宮川努

景気関連統計(加工統計) の現状と課題  
飯塚信夫

景気関連統計(一次統計) の現状と課題
永濱利廣

労働関連政府統計の有効利用へ向けての課題
川口大司

グローバル化の進展とデータ整備の問題点  
乾友彦

社会保障関係の統計における課題
鈴木亘

III. 資料
市場分析専門家の立場から見た経済統計に関するアンケート

図表

●総論
図表1 景気動向指標としての統計調査の評価結果
図表2 構造把握指標としての統計調査の評価結果

●経済統計をどのように再構築するか-JIPデータベース作成の経験をもとに
図表1 成長会計の国際比較(1980-95年)
図表2 JIPデータべース(2008年版)の特徴:JIP2003およびKEOデータベースとの比較
図表3 非市場部門の労働シェアと労働生産性(2000年-2005年)

●景気関連統計(加工統計)の現状と課題
図表1 景気動向を把握するうえでの評価(3段階)
図表2 実質GDP年率成長率の速報値比較
図表3 景気一致CIと実質・名目GDP

●景気関連統計(一次統計)の現状と課題
図表1 景気動向を把握する上での評価ワースト5
図表2 名目賃金と乖離する実収入
図表3 統計の違いで異なる消費支出
図表4 消費者心理を表す経済指標
図表5 法人企業統計と国民経済計算
図表6 雇用者数と常用雇用指数の比較
図表7 CPI基準改定の影響

●グローバル化の進展とデータ整備の問題点
図表1 世界の部品貿易(%)
図表2 日本の部品貿易の動向
図表3 世界各国のその他営利業務サービス(支払)上位50位
図表4 世界各国の情報(支払)上位50

●社会保障関係の統計における課題
図表1 社会保障関係の主要統計
図表2 国民生活基礎調査における年齢別の世帯主割合

●資料
図表1 アンケート調査で取り上げた経済統計調査一覧
図表2 景気動向指標としての統計調査の評価結果
図表3 構造把握指標としての統計調査の評価結果

調査概要

(1)調査方法
 調査方法は、e-mailによる調査票(質問紙)を用いた自記式調査であった。具体的には、MS-Word形式で作成された調査票を、e-mailの添付ファイルとして送付した。MS-Word形式の調査票に回答者が記入し(自記式)、それをe-mailにて返送してもらった。

(2)調査対象者、調査票配布数、回収数
 ESPフォーキャスターを中心としたエコノミストを37名をピックアップし、そのうち、e-mailの連絡先が判明した34名に調査票(質問紙)を配布した。そのうち、回答は、31名よりあった。なおすべての回収票が有効なものであった。
 調査票配布数:34票
 調査票回収数:31票
 調査票回収率(配布数に対する回収数):91.2%

(3)調査時期
 調査実施期間:2008年6月27日~7月15日
 調査票配布:2008年6月27日~6月30日
 調査票回収最終日:2008年7月15日

研究体制(50音順)

●委員
宮川努 学習院大学経済学部教授(座長)
飯塚信夫 社団法人日本経済研究センター研究統括部主任研究員
永濱利廣 株式会社第一生命経済研究所経済調査部主席エコノミスト

●研究協力者
川口大司 一橋大学経済学部准教授
乾友彦 日本大学経済学部教授
鈴木亘 学習院大学経済学部准教授

●NIRA
神田玲子 総合研究開発機構研究調査部長
井上裕行 同前研究開発部長
辻明子 同研究調査部リサーチフェロー
畑佐伸英 同研究調査部リサーチフェロー

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)宮川努・飯塚信夫・永濱利廣・川口大司・乾友彦・鈴木亘(2008)「統計改革への提言-「専門知と経験知の共有化」を目指して」総合研究開発機構

脚注
統計は、一次統計と、一次統計を加工して得られる加工統計の2つに分けられる。一次統計は、統計調査の結果から直接得られる統計で、調査の企画、集計等は政府が行い、実地調査は地方自治体が行っている場合が多い。代表的なものとしては、国勢調査、家計調査、貿易統計、有効求人倍率などがある。加工統計は、一次統計に何らかの加工処理を行って得られる統計である。代表的なものとしては、GDP、産業連関表、消費者物価指数、景気動向指数などがある。

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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