株式会社地域計画建築研究所
 金井萬造
 高野隆嗣
 大久保悠子

概要

 本報告は、『地域の再生・創造』と『市民社会』をテーマとし、2機関のシンクタンクに委託して実施した研究成果の一つである。
 疲弊する地方都市の活性化は喫緊の課題である。本研究は、地方都市におけるその取り組みの中から、地域振興策における成功要因のモデル化を探ったものである。人口1百万人以上の大都市から1時間半から2時間程度の距離に位置する地域を「大都市遠郊部」と命名し、今回の研究対象とした。「大都市遠郊部」は、大都市近郊のようには大都市の恩恵を受けることが困難であるものの、「無理をすれば大都市部に通勤・通学が可能」であるため住民の危機意識が乏しく、その意味で位置づけが曖昧であり、従来は充分な光が当てられてこなかったが、地域活性化の成功事例も少なくない。
 本研究では、複数の事例の成功要因の分析を行いながら、事業立上げ期の成否が事業全体の帰趨を左右するとの前提に立ち、地域振興事業の立上げモデルを提唱する。
 持続的発展可能な地域活性化の事業立上げのためには、該当地域の当事者による「危機感」の共有化が必須であり、事業における「主体」「資源」「市場」の3要素を明確化する必要がある。地域の危機感を醸成して事業に結びつけるための方策や、条件に恵まれない地域での活性化方策について、提案する。

INDEX

要約

第I章 調査研究の目的と方法

 研究対象である「大都市遠郊部」とは今回命名した呼称であり、人口1百万人以上の大都市から時間距離で1時間半から2時間程度の距離に位置する地域を指す。これらの地域は市民生活や企業活動に際して、大都市近郊のように大都市の恩恵を受けることが困難であり、大学等の知財集積も少なく、宅地開発や工場誘致などの施策導入も困難な場合が多い。地元自治体や商工業者、まちづくりNPOなどによる活性化の試みも見られるが、「無理をすれば大都市部に通勤・通学が可能」なことから住民の危機意識が乏しく、こうした試みも単発的で効果を挙げにくい。

 このように中途半端な位置づけの「大都市遠郊部」であるが、近畿はじめ全国各地を見渡せば地域活性化の成功事例も少なくない。その多くは、地域固有の資源を生かして、行政、事業者或いは地域住民の知恵と汗に依拠して事業を立上げ、地域活性化に繋げたものである。すばわち、事業立上げ期の成否がその後の帰趨を左右するといえよう。本調査研究では、大都市遠郊部における地域活性化事業に最前線で実践する活動家や、実証研究に取組む各分野の専門家を交えた研究会などを通じて、初期段階の「成功モデル」を解明し、日本各地の地域活性化を成功に導く政策提言を試みる。

第II章 大都市遠郊部における活性化概論

 地域活性化の事業スタイルは、地域の持つ歴史的背景やその特性により異なり、本調査研究で取り上げる事例でも千差万別である。地域の事情に合わせた活性化テーマについて、各分野の研究者を招聘した「招待講演」をもとに視点を整理している。

 第1の視点は「歴史・文化力の活用」である。地域に根付いた文化的資源を取り上げ、これを活かしたまちづくりの取組みに成功例が多く、とりわけ歴史軸が明確に機能する都市では、比較的小さな仕掛けで事業成果を得ることが可能となる。

 第2の視点は、「自然資源の活用」である。このスタイルの活性化事業の特徴は、ローカルな資源を活用して観光事業を進めるところにあり、従来のマスツーリズム、パッケージ化された団体向け旅行から、個人嗜好性にあわせたプランが求められる。

 第3の視点は、「都市文化の創出・活用」である。文化的な魅力の豊富な都市では、その集客力において圧倒的な力を持っており、都市文化の創出や活用が地域振興における有力な戦略となる。

 第4の視点は、「第6次産業化」である。都市側が農村や農業に多面的機能を要求する時代となる中、単なる農産物供給地でなく、都市と農村の連携を軸に進める取組みの視点が重要である。農産物を食品加工等の製造業と関連付け、更にサービスを付加する第6次産業の振興がカギを握る。

第III章 西日本(近畿/九州)における事例研究

 地域活性化の取組みが一定の成果を上げている近畿や九州の大都市遠郊部を対象に事例踏査を実施し、取組みの経緯や成果、課題と展望等を把握するとともに、事業立上げ期における成功要因を分析している。

 郊外大型店との競合により中心市街地の衰退が危惧された地域の事例では、従来の住民向け商店街から観光商店街に転換するための事業を構築している。また、地域農産品が国内外の産地との競争に晒された地域の事例では、行政の経営資源の集中投下を行うことで競争力を高めたり、代替作物への転換や観光農園化により新たなマーケットを切り開いたりしている。農村集落の衰退に際して、新たに工場誘致を行ったり、集落の生活支援施設を整備したりの事例も見られる。

 今回取り上げた10事例では、いずれも地域の将来に係る強い危機感を持って地域活性化の事業を立上げ、事態打開のための主体となる組織づくり、地域資源を活用した活性化事業を構築し、ターゲットとする市場を明確化することで、従来地域になかった新たな産業の創出を試みている。

第IV章 事業立上モデル方程式の提案

 第II章、第III章で得られた知見を元に、大都市遠郊部における地域活性化事業を立上げる際の、構成要素と相互の関連性について事業立上げ方程式「CAPReMモデル」を提案している。

 当該モデルの要諦は、単年度主義やイベント型の事業ではなく、持続的発展可能な地域活性化の事業を立上げるためには、該当地域の当事者による「危機感」の共有化が必須であり、事業に取組む「主体」「資源」「市場」の3要素を明確化することにある。

 しかし実際には、競争力の高い資源が散在している訳ではなく、カリスマ性と経営センスを備えたスーパーマンも稀である。むしろ危機感が希薄で、主体も脆弱、資源には見るべき物もなく、マーケットなど考えたこともない地域が多数派であろう。こうした状況下で如何に地域活性化を成功するか、理想と現実の「ギャップ」を克服する努力と支援が求められる。

第V章 ケーススタディ

 実在する地域において、「事業立上げモデル方程式」を適用することで、今後の地域活性化事業の立上げに係る机上シミュレーションを試みている。

 滋賀県高島市の「ベリーフルーツの里事業」に係るケーススタディでは、同地域の経済団体が平成15年度以来取組んでいる「アドベリー(ボイズンベリー)」を生かした第六次産業振興の諸事業を取り上げ、同事業の背景となった危機感、活用資源、事業主体、並びに対象マーケットを分析し、事業立上げ期の工程分析と今後の展開についてシミュレーションを試みている。すなわち、特定の果樹(アドベリー)に依拠した事業展開から、ベリーフルーツ全般の産地として生産・販売、ブランド構築を進める方策について、仮説構築を試みている。

 滋賀県長浜市の「アグリバイオ振興」に係るケーススタディでは、中心市街地活性化のモデル都市として観光商業に偏りがちな同市の産業政策において、第一次産業や第二次産業を関連付ける新たな試みとして、「アグリバイオ産業の振興」を取り上げ、同事業の背景となった危機感、活用資源、事業主体、並びに対象マーケットを分析し、今後の展開についてシミュレーションを試みている。すなわち、地域内に誘致した長浜バイオ大学との産学連携を軸に、地域の既存農業と結んだアグリバイオ・ビジネスを育成し、広域的な農業振興とあわせて滞在型のグリーンツーリズムを振興する方策について、仮説構築を試みている。

第VI章 大都市遠郊部の活性化に向けた政策提言

 大都市遠郊部をはじめとする地方都市各地において、地域活性化事業の実践に「CAPReMモデル」を用いることで、地域の危機感を醸成して事業に結びつけるための方策、並びに条件に恵まれない地域で活性化事業を成功させるための方策について、提案を行っている。

 危機感の弱い地域については、外部有識者の協力を得た地域振興塾(仮称)の開設,「馬鹿者・若者・よそ者」の活動実践の場づくり、地域の資源・主体・市場に係る研究、軽率な公共投資を避けて小さな事業を積み上げる経験づくりなどに係る支援メニューを提案している。

 また、条件に恵まれない地域については、地域の特性・資源に確信を持って商品化に取組むことの支援、自治体・地縁組織・NPO等の取組む事業に「地域経営」の視点を持たせるための支援、並びに小規模投資で楽しみながら取組む事業の支援などを提案している。

目次

序文
要約
Executive Summary
第I章 調査研究の目的と方法
  第1節 調査研究の目的
  第2節 調査研究の方法
第II章 大都市遠郊部における活性化概論
  第1節 問題意識
  第2節 既往研究と本研究の位置づけ
  第3節 地域の事業おこしから地域経済振興への仮説
  第4節 資源活用による地域振興論
第III章 西日本(近畿/九州)における事例研究
  第1節 事例踏査に基づく行程モデル分析
  第2節 事業立上げ期におけるポイント
第IV章 事業立上モデル方程式の提案
  第1節 事業立上期のモデル方程式
  第2節 展開期への移行
  第3節 事業立上期の「ギャップ」克服
  第4節 事業の評価
第V章 ケーススタディ
  第1節 目的と方法
  第2節 高島ベリーフルーツの里事業に係るケーススタディ
  第3節 長浜アグリバイオ振興に係るケーススタディ
第Ⅵ章 大都市遠郊部の活性化に向けた政策提言
  第1節 地域の危機感を地域振興につなげるために
  第2節 条件に恵まれない地域で活性化につなげるために

図表

図表1-1 「大都市遠郊部」の位置(近畿圏)
図表1-2 地域振興事業の発展プロセスと地域全体の活性化のモデル
図表1-3 研究会並びに招待講演の開催スキーム
図表1-4 事例調査の対象地域
図表2-1 着地型ツーリズムの特徴とその展開
図表2-2 真板氏の講演資料(抜粋)
図表2-3 「宝探し」5段階
図表2-4 野竹氏の講演資料(抜粋)
図表2-5 地域の商品づくりから販売への戦略展開
図表2-6 文化力による地域振興
図表2-7 飯笹氏の講演資料(抜粋)
図表2-8 文化都市政策による地域活性化
図表2-9 佐々木氏の講演資料(抜粋)
図表2-10 知識情報経済社会の地域再生のあり方
図表2-11 桑田氏の講演資料(抜粋)
図表2-12 観光デザインの視点で五感に訴える仕掛けづくり
図表2-13 農業の生産メカニズム
図表2-14 投入財・産出財の流動性に基づく産業類型化
図表2-15 温帯地域における農業類型:地域の固有性
図表2-16 生産・市場タイプによる活性化の仮説的枠組み
図表2-17 地域農業の第6次産業化による地域振興
図表3-1 事例踏査地域
図表3-2 踏査事例の位置図
図表3-3 ヒアリング項目
図表3-4 事業立上に係る行程モデル
図表3-5 長浜中心市街地マップ
図表3-6~14 事業立上に係る行程モデル
図表3-15 取組み背景と事業立上げ期における特徴
図表4-1 地域特性からみた各個別条件の広がりの幅
図表4-2 地域の危機感の表出
図表4-3 事業の主体・資金
図表4-4 地域資源の分類
図表4-5 地域資源の利活用のあり方
図表4-6 マーケット設定
図表4-7 事業主体の移行方向
図表4-8 利活用資源の移行方向
図表4-9 ターゲット市場の移行方向
図表4-10 理想と現実の「ギャップ」
図表4-11 「ギャップ」を埋める
図表4-12 「危機感」醸成の方策
図表4-13 「主体」形成の方策
図表4-14 「資源」活用の方策
図表4-15 「市場」設定の方策
図表4-16 評価の指標
図表5-1 ケーススタディの対象
図表5-2 高島地域の位置
図表5-3 高島地域の主要資源
図表5-4 高島における産業振興で重視すべき取組
図表5-5 アドベリーをめぐる地域活性化の取組経緯
図表5-6 高島市産業振興ビジョン「ベリーフルーツの里構想」
図表5-7 ベリー関連の商品群(試作段階)
図表5-8 ベリー関連商品の試食アンケート結果(購入意向)
図表5-9 高島ベリーフルーツの里事業に係る「立上期」の行程モデル
図表5-10 高島ベリーフルーツの里事業に係る「立上期」のポイント
図表5-11 高島ベリーフルーツの里事業に係る今後の展望(シミュレーション)
図表5-12 高島ベリーフルーツの里事業に係る行程モデル(シミュレーション)
図表5-13 長浜地域の位置
図表5-14 長浜地域の主要資源
図表5-15 長浜市の近年の発展動向(主なエポックと主要事業の展開状況)
図表5-16 長浜バイオ大学
図表5-17 長浜の農作物、加工品(鮒寿司)
図表5-18 長浜アグリバイオ振興に係る「立上期」の工程モデル
図表5-19 長浜市「ヒーリングバイオシティ構想」の枠組み
図表5-20 長浜アグリバイオ振興に係る行程モデル(シミュレーション)
図表5-21 長浜アグリバイオ振興に係る行程モデル(シミュレーション)

研究体制

研究実施機関
株式会社地域計画建築研究所

執筆担当
金井萬造  第II章、第VI章
高野隆嗣  第IV章、第V章
大久保悠子 第I章、第II章、第III章

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)金井萬造・高野隆嗣・大久保悠子(2008)「大都市遠郊部における活性化モデル-CaPReM Model-」総合研究開発機構

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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