企画に当たって

中学・高校の科学技術教育

神田玲子

NIRA総合研究開発機構理事・研究調査部長

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学習到達度テスト(PISA)、戦略的な人材教育、科学技術教育、公平社会の基礎条件

 大国、小国を問わず、人材教育が国家の要であることに異論はないだろう。欧米の先進国、新興国を問わず、教育への取組は熱い。しかし、実際の学力が向上したかという点では、どうやら人口規模の小さい「小国」に軍配が上がりそうである。

 経済協力開発機構(OECD)が世界的な規模で実施している15歳を対象とした学習到達度テスト(PISA)の結果をみると、成績の上位には、香港、シンガポール、韓国、台湾、エストニア、フィンランドなど、比較的小さな国・地域の名前が並ぶ(もっともトップは上海で、日本も4~7位と悪くはない)。先進的なICT教育の導入、自主性や思考力を重視する教育方法、教員の質の向上など取組内容は国によって異なるが、いずれも戦略的な人材教育を実施している点では共通している。

 中でも、科学技術教育は、経済のイノベーションを促進し、国の成長エンジンとなる科学技術力につながることから、多くの国が着目している。科学技術を通じて世界に貢献できる人材を輩出することができれば、小国であっても、政治・文化面にも大きな影響を与え、国のソフトパワーを強めることができる。

 また、機械化や人工知能の発展によって、20年後には既存の職業の半分が消え、人々が失職するともいわれている。それが現実となるかはわからないが、理系・文系を問わず、科学技術の知識がある方が有利な時代になっていることは確かだ。個々人の生まれた生活環境に縛られることなく、可能性を高め、チャレンジする機会を与えてくれる点で、科学技術教育は公平な社会を実現するための基礎条件でもある。

 日本でも、新たな試みとしてスーパーサイエンスハイスクールが導入され、10年あまりが経過する。長年、教育に向き合ってきた識者はこの試みをどうみているのか。本号では、中学・高校における科学技術教育を取り上げ、新しい時代を担っていく科学人材をどう育てていくべきか、そのための中学・高校の教育はどうあるべきか、について幅広く意見を聞いた。

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科学技術人材の育成のため、中学・高校教育はどうあるべきか。

科学技術人材の育成に向けた新たな取組

中村道治

科学技術振興機構理事長

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子どもたちが夢を持つ、スーパーサイエンスハイスクール、次世代グローバル人材の育成

 科学技術教育で大切なのは、子どもたちが「将来の夢」を持つことだ。人は物心がつく頃は、皆“科学者の卵”である。何にでも好奇心を持ち「なぜ、なぜ」と聞く。それが高校生あたりから変わってしまうのは、理科や数学が「将来、何に役立のか」という迷いが出てくるためだ。理数系の勉強が自分の将来や社会に役立つことを子どもたちに伝え、夢を持ってもらう取組が、より大切になる。

 今やスーパーサイエンスハイスクール(SSH)は日本の高校における科学教育に欠かせない存在だ。SSH指定校は自らカリキュラムを作り、生徒たちは自分で課題を設定し研究する。その成果は毎年の全国大会で発表され、中には大変質の高いものがある。これは研究活動の入り口にもなる。SSHの卒業生の理数系学部や大学院への進学率は、指定外の高校に比べても高い。

 科学技術の分野では、チームで研究やプロジェクトを進めることが多い。それなのに、なぜ日本はチーム力を育てる教育を行わないのかと海外から指摘を受ける。全国の高校生が競い合う「科学の甲子園」は、同じ問題について皆で分担して答えを作っていくので、チーム力を鍛える格好の事例にもなる。一昨年からは、中学生を対象に「科学の甲子園ジュニア」も始めた。

 現在、SSH活動の成果を他校に広げるため、SSH校が中心となり周りの学校と一緒に活動する取組も続いている。一方で、大学が優秀な高校生を教育するグローバル・サイエンス・キャンパスの取組も始まった。中国やインドなどの新興国が伸びる中で、日本の科学技術をけん引する次世代グローバル人材の育成を、総合的に推進していきたい。

識者が読者に推薦する1冊

横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校(著)・菅聖子(編)〔2014〕『ほんものの思考力を育てる教室―YSFHのサイエンスリテラシー』ウェッジ

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科学技術人材の育成のため、中学・高校教育はどうあるべきか。

理科教育での二極化が1番の問題

森本信也

横浜国立大学教育人間科学部教授

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SSH指定校との二極化、科学教育全体の底上げ

 理科に強い子どもたちを育成して、日本をけん引する人材を大学につなげていくうえで、SSHの存在は大いに意味がある。観察や実験を通じた体験的な課題解決型の学習という、中学・高校でやるべき本来の理科教育をSSH指定校では行っている。自分で仮説を立てて体験的・解決的な学習をして自分が関わることで、子どもたちは理科に関心を持ち、面白さを見いだすことができる。

 しかし、大多数の中学・高校で実際行われているのは受験に備えた問題集中心の授業である。SSH指定校との二極化が1番の問題だ。一方的に情報を与えられるような授業では学習での自己効力感が得られず、理科嫌いになった子どもたちは、科学的に考えたり表現したりすることができなくなってしまう。日本が科学技術立国になれたのは、識字率が高く、ほとんどの人に、少なくとも中学レベルの数学・理科・国語が身についていたことが大きいだろう。ノーベル賞を取るような一部の優れた人材を育てる一方で、その成果を共有して、科学技術の知識を受容できる市民を育成していかなければならない。

 そのためには、SSHでの取組を他校に広げ、効果を上げていくことが重要である。SSH指定校だけが飛び抜け、その成果が共有されなければ、科学教育全体の底上げにつながらない。優れた取組をしていてもエリート批判を受け、地域から遊離してしまう恐れもある。授業公開や先生同士のコミュニケーションなど、成果を共有できる機会を積極的に作る必要がある。さらに、他校が活用できる指導方法をSSHに蓄積していくことも大切だ。

識者が読者に推薦する1冊

日本理科教育学会(編著)〔2012〕『今こそ理科の学力を問う』東洋館出版社

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科学技術人材の育成のため、中学・高校教育はどうあるべきか。

幅広い知識があって考える力は生まれる

松本紘

理化学研究所理事長

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幅広い知識の吸収、思考力を問う大学入試

 優れた研究者をつくるために中学・高校時代の教育をどうすべきか、という問いは愚問だと思っている。中学・高校時代は、音楽や美術、体育を含めた全教科をしっかり学び、幅広い知識を多く吸収することが大切である。「詰め込み教育」という批判も多く聞かれるが、中学・高校で基本的なことを学ぶのは当然であり、それは詰め込んでいるわけではない。

 本来、学問は一体であり、明治の人は、サイエンスを「総合」科学と訳していた。京大で物理学者だった湯川秀樹は当時、文学部にもしばしば通い文学の先生と話していたという。科学の知識だけでなく、教養に基づく幅広い知識があってこそ創造力豊かな独自の研究ができ、ノーベル賞につながる新発見につながった。

 科学技術分野の人材育成とされるSSHは、受験勉強に対する1つのアンチテーゼとして出てきたのではないかと思う。いわゆる受験で教科書や参考書を一生懸命暗記して大学に入っても、自ら考える力が乏しい。だから「考えさせる教育も必要では…」というのが発端だろう。その意味でSSHは悪くはないが、これがないと科学者が育たないというものではない。むしろ理数系以外の科目を勉強しないことのデメリットのほうがはるかに大きい。

 中学・高校時代に基本的な全教科をしっかり勉強することができるようにするためには、大学受験を変えていかなければいけないだろう。1点、2点を競うような試験ではなく、受験生が全教科を満遍なく勉強し、思考力を身につけているかを問うような入試に変えていく必要がある。

識者が読者に推薦する1冊

山本七平〔2001〕『帝王学―「貞観政要」の読み方』日経ビジネス人文庫

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科学技術人材の育成のため、中学・高校教育はどうあるべきか。

ものづくり教育をもっと重視せよ

門田和雄

宮城教育大学教育学部技術教育専攻准教授

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技術立国、ものづくり教育、最適解を見いだす能力、3Dプリンター

 国内では技術立国を目指し、イノベーションの推進などが叫ばれているが、学校現場で科学技術教育が充実しているとは言いがたい。科学技術教育では理科や数学だけではなく、ものづくり教育の時間も欠かせない。

 諸外国では普通科高校でも技術を学ぶ時間が必ずあるが、日本では高校時代に一切やらないまま、工学部に進む学生がたくさんいる。中学では、技術・家庭で「技術科」「家庭科」合わせて週2時間の授業しかない。義務教育段階でものづくり教育の時間がこれほど少ない国は珍しい。

 技術の課題には、理科や数学のような絶対的な答えはなく、適材適所で最適解を見いだす能力が求められる。最適解を見つけ、実際に有用なはたらきをするものを総合的にまとめ上げる力は、広く今後の世の中を生きていくためにも重要だ。日本の場合、学校現場にコンピューターが導入されても、ワープロやインターネットの利用にとどまっており、科学技術に関わる教育に至っていない。

 最近、3Dプリンターやプログラミングが話題となっているが、米国ではオバマ大統領が演説で「全米1,000カ所の小学校に3Dプリンターを配備する」と宣言し、ものづくり教育やプログラム教育の重要性を訴えている。かたや日本では、裕福で教育意識の高い家庭の子だけが、ものづくり教室やロボット教室などに私費でいっており、時代の変化に対応していけるのか。格差の広がりが懸念される。諸外国と比較しながら、カリキュラムの内容に加え、教員養成の面からも対策が必要ではないか。

識者が読者に推薦する1冊

田中浩也・門田和雄(編著)〔2013〕『FABに何が可能か―「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考』フィルムアート社

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科学技術人材の育成のため、中学・高校教育はどうあるべきか。

プログラミングが生活の知恵となる

清水亮

株式会社ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長兼CEO

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プログラミング、中高生の理系離れ、教育に意味を持たせる

 「ルンバ」や「ペッパー」が進化して、ロボットが掃除やお茶だしをはじめ、日常生活の細部までそれぞれの持ち主に必要なことを担うようになると、各人が自分のロボットをプログラミングしなければいけなくなる。例えば、ロボットを正確な場所に移動させ、物をつかませることをプログラムで指示する、という具合だ。そうなると、子どもの頃からコンピューターを使い実験するクセをつけることが大切だ。

 中高生の理系離れが起きている大きな理由は「わけが分からない」というものである。多くの人にとって、数学や物理は他の教科に比べ、自分の仕事や人生に直接役立つという経験がほとんどなく、勉強をして得をしたという実感が持てない。何の役に立つか分からない状態で教えていることが、今の理科系教育の1番大きな問題である。

 これに対して、プログラミング教育は理数系への関心を高めるのに非常に有効である。プログラミングで実験することで、数学や物理の一見無意味に見えることにも意味を持たせることができる。例えばプログラミングで、ロボットを動かしたり、ゲームを作ろうとすれば、三角関数や運動方程式を勉強する意味が見えてくる。

 「何に使うのか」が分かっていれば喜んで勉強するし、それが自分の血となり肉となるはずだ。ロボットを使って「必要なものを必要に応じて作り出す」という社会へパラダイムが変化したとき、プログラミング自体が生活の知恵として生きる力になるだろう。何を教えるべきかを見直さないと、21世紀の文明の進歩に追いつけなくなる。

識者が読者に推薦する1冊

清水亮〔2014〕『教養としてのプログラミング講座』中公新書ラクレ

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2015)「中学・高校の科学技術教育」わたしの構想No.10

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構
編集:神田玲子、榊麻衣子、北島あゆみ、山路達也
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