English version NIRAオピニオンNo.52 2020.08.31 スウェーデンはなぜロックダウンしなかったのか憲法の規定や国民性も背景 この記事は分で読めます シェア Tweet 翁百合 NIRA総合研究開発機構理事 /日本総合研究所理事長 ペールエリック・ヘーグべリ 駐日スウェーデン王国特命全権大使 宮川絢子 カロリンスカ大学病院外科医 概要 スウェーデンは、強制的なロックダウン政策を採用せず、国民の自主性に任せる緩やかなコロナ感染症対策を採用している。こうした政策を採用した背景には、ロックダウン政策は、短期的に効果はあっても再び感染拡大を招くため、国民が長期に耐えられる政策を採用すべきとの専門家の判断がある。同時に、憲法で、中央政府は、国民の移動を禁止できない、地方自治体の自治を尊重する、公衆衛生庁といった専門家集団である公的機関(Public Agency)の判断を尊重することが規定されていることに注目すべきである。この強制をしない政策に対して、海外からは批判も多く聞かれるが、国民の評価は比較的高い。歴史的に政府への国民の信頼は培われてきており、また科学的エビデンスに基づく政策決定であることを理解して、国民はこれに協力している。また、自らの行動を自ら決めることを尊重する国民性も支持の背景として指摘できる。 有効な手立てを講じて国民の健康を守るためには、各国で実施される政策について知見を増やし、参考にすることも有益と思われる。その際、その国の文化、歴史的背景、社会的資本、法制度や医療制度など多面的に研究したうえで、わが国にとって最善の在り方を検討、模索していく必要がある*。 PDFで読む PDF (English) INDEX スウェーデンはなぜロックダウンしなかったのか 憲法の規定や国民性も背景 はじめに スウェーデンのコロナ対応へのさまざまな見方:日本と共通する面もある対応 死者の多さは介護制度の構造問題も ロックダウンを採用しなかった憲法上の規定 他国とは異なる独自の政策を継続している理由:①専門家の意見を尊重する枠組み 他国とは異なる独自の政策を継続している理由:②政府への国民の信頼と自主性の尊重が基礎 コロナ対応への多面的研究の必要性 国民の信頼に支えられるスウェーデンの感染症対策 〈仮訳〉 現地在住医師の目からみたスウェーデンの新型コロナ対策 ロックダウンを選択しなかったスウェーデン 政策決定は、科学的エビデンスに基づいて行われる 高齢者が犠牲になった背景には、雇用問題がある 病気になったらきちんと仕事を休める社会的風潮 国レベルで医療リソースを最適化 日本への含意 スウェーデンはなぜロックダウンしなかったのか 憲法の規定や国民性も背景 翁百合NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長 はじめに 新型コロナウイルス感染症への対応は、その国の国民性や法制度、医療態勢などを映じて、国ごとに特徴がある。こうした中、スウェーデンにおける独自の政策は、世界から注目されている。スウェーデンの緩やかな、国民の自主性に任せる対応の背景には何があり、なぜ他国と異なる独自の政策を継続しているのか。 このような問題意識の下、ヘーグベリ駐日スウェーデン大使と、スウェーデンの高度機能中核病院として知られるカロリンスカ大学病院で外科医として勤務する宮川絢子先生に話を伺った。本稿では、インタビューをまとめた2人の論稿のほか、内外の専門家の知見も踏まえて、スウェーデンの感染症対策の背景について考察する。 スウェーデンのコロナ対応へのさまざまな見方:日本と共通する面もある対応 日本では、4月~ 5月にかけて緊急事態宣言が発せられたが、多くの欧米諸国が実施したロックダウンという強制的な対策はとられなかった。また、日本と相違するところは多々あるが、スウェーデンでも、国民の自主的な判断や行動に任せるという点で、日本と類似した手法が選択されている。社会的距離(ソーシャルディスタンス)の確保、50人以上の規模の集会や高齢者施設への訪問の禁止など、いくつかの禁止もしくは順守事項はあるものの、強制的なロックダウンを行わない緩やかな対策がとられている。 こうしたスウェーデンにおける国民の自主性を尊重する対応については、倫理的な視点から評価する見方もある。また、国民生活の面でも、経済への打撃は英国やユーロ圏よりも相対的に小さいとの見通しもあり、その面でも評価する向きもある(注1)。 他方、5 月には、米国のトランプ大統領が、こうしたスウェーデンの対策は大きな代償を払うだろうと厳しく批判した。死亡者数をみると、7月20日時点で日本では約1,000人であるのに対し、スウェーデンでは5,600人を超えており、また、死亡率でも他の北欧諸国と比較すると高い水準にあることなどが批判の対象となっている。 死者の多さは介護制度の構造問題も スウェーデンの死亡率が、他の北欧諸国と比べて高いことの背景には、宮川氏も指摘するように、死者の多くが、市町村が管轄する介護施設に居住する要介護度の重い高齢者であったことがある。感染防止対策が不十分な環境下にあった移民出身のパート介護者などが、施設での勤務を行っていたため、クラスターが発生したという構造的な問題があった。また、高い死亡率の底流には、平時においても、患者の治療にあたる医師が「その患者の予後」を考えた上で、必要な治療を決めることに対する国民的コンセンサスが形成されていることがある。宮川氏によると、今回の感染症においても同じ視点に立ち、70歳以上の高齢者に集中治療を行うかは医師の裁量に任されている。こうした現状を踏まえれば、ロックダウンしなかったことが死者の数に直結しているとは、必ずしも言えない。 このように、スウェーデンの対策に対する評価は現状では大きく分かれている。新型コロナウイルス感染症の正体が必ずしも解明されておらず、収束まで時間が掛かると見込まれる。ヘーグベリ大使も指摘しているように、現時点で総合的な評価を下すことはまだ難しい。そのため、本稿でも以上のような見方を紹介するにとどめる(注2)。 ロックダウンを採用しなかった憲法上の規定 スウェーデンがロックダウンを行わなかった背景には、「集団免疫戦略」を採用したとの見方がある。しかし、スウェーデン政府は、これを明確に否定する。感染拡大防止、医療崩壊の回避を目的としている点で、諸外国と同様の対策であることを、対外的に強調している。ヘーグベリ大使も、ロックダウンをとらなかった理由を、今回の感染症には長期的な対応が必要になるとみて、国民・社会が長く耐えられる持続可能な対応としたと説明している。 しかし、ここでは、国民の移動制限については、そもそも禁止することが憲法上できなかった点に注目したい。個人の移動の自由に関しては、憲法第2章「基本的自由及び権利」第8条において、「すべての人は、公的組織(PublicInstitutions)による自由の剥奪から保護される。その他、スウェーデン市民である者には、国内を移動し、出国する自由も保障される」と明記されている。すなわち、平時の条件下で、国内および国境を越えたスウェーデン国民の完全な移動の自由を保障している(注3)。このように非常時における国民の移動制限が憲法の条文に入っていないのは、スウェーデンが1814年以降戦争を行っておらず、長く非常事態がなかったためとの指摘がある(Klamberg(2020))。 また、憲法は地方自治体にも強い役割を与えていることも、ロックダウンを実施できなかった背景の一つだ(注4)。スウェーデンの地方自治制度では、都道府県にあたる「レジオン」が医療を担当し、基礎自治体である「コミューン」が介護や保育などの福祉、教育を担っている。中央政府の命令で地方自治体の自治が制限されることはない。こうした分散型構造を教育制度も有しているがゆえに、中央政府は強制休校措置をとらなかったと言える。ただし、医療分野については、病院は私立病院が少なく、公立病院が多い。であるからこそ採算をあまり気にせずにコロナ対応に集中でき、地方分権といっても、国全体では病院間の連携がとれているという宮川氏の指摘は示唆的である。 他国とは異なる独自の政策を継続している理由:①専門家の意見を尊重する枠組み スウェーデンの独自政策に対しては、スウェーデン国内でも批判はある。しかしながら、比較的多くの国民の支持の下で、政策は継続できている。なぜなのだろうか。それは、第1に、専門家の考えを尊重する憲法上の仕組みがあること、そして第2に、国民の政府に対する信頼があることが指摘できる。 第1の点については、行政二元主義に基づき、公的機関(Public Agency)は「中央政府の外」に独立して設置されており(Jonung(2020))、「政府や議会は公的機関の独立性を尊重し、介入してはならない」という憲法上の規定(注5)を、政府や政治家が忠実に守っていることがある(憲法第12章「行政」第2条)(注6)。今回の政策対応には、公衆衛生庁と呼ばれる公的機関が当たっており、これは、独立性が保証されている専門家集団である。公衆衛生庁に勤務する専門家が推薦する政策がスウェーデンではそのまま実現されている。 この政策を指揮した疫学者の1人は6月のインタビューで、「感染症は長期的に続くものであり、一時的にロックダウンをしても感染再拡大は防げないし、副作用もある」(注7)と話している。もし、政治家が介入したり、最終判断したりする制度であれば、欧州の多くの国がロックダウン政策をとる中で、スウェーデンは独自路線をとり続けられなかったかもしれない。 他国とは異なる独自の政策を継続している理由:②政府への国民の信頼と自主性の尊重が基礎 第2の点としては、スウェーデン政府は、従来危機にあたって透明性が高く、データで丁寧に説明責任を果たすアプローチをとっていることがあり、国民の政府に対する信頼が比較的高いことが指摘できる(図表参照)。国民は、強制措置ではなく、国民への推奨によって行動変容を促す政策に理解を示し、自主的に従った。1990年代の金融危機でも、そうしたアプローチによって得られた国民の理解を基に、公的資金を大胆に投入し危機を早期に収束させている(翁他(2012))。 国民の政治家への信頼に関しては、政治家が多くの場合、庶民出身で若い頃から政治のプロフェッショナルとして鍛えられていること、比例代表制の選挙制度を採用していることも、信頼の土壌となっているとの指摘がある(注8)。 また、宮川氏が指摘するように、スウェーデンでは医療へのアクセスはあまり良くないが、体調の悪い人は仕事を休み、家で待機してよいというコンセンサスがあるなど、国民の行動の自主性を尊重する社会である点も見逃せない。自分の行動は自分で決めることを尊重する国民性は、子どもの頃からの教育で養われている点も特筆すべきことである。 図表 OECD各国の中央政府に対する信頼度(2010年代平均) 注)上記計数は、2012、14、16、18年の平均をとったものである。出所)OECD “Government at a Glance”より筆者作成 コロナ対応への多面的研究の必要性 以上のように、スウェーデンの特徴あるコロナ対応は、法律上の規定によるところも大きいが、政府に対する国民の信頼、自主性を尊重する国民性なども背景にあると言えそうである。 われわれは、今後粘り強く新型コロナウイルスと共存する生活を送らねばならない。有効な手立てを講じて国民の健康を守るためには、各国で実施されている政策についての知見を増やし、必要に応じて参考にしていくことも有益と思われる。しかし、その際には短絡的な判断に陥らないようにするためにも、その国の文化、歴史的背景、社会的資本、法制度や医療制度など多面的に研究したうえで、わが国にとって、最善の在り方を検討、模索していく必要があろう。 参考文献 Jonung, L.(2020) “Sweden’s constitution decides its exceptional Covid-19 policy”,VOX EU, CEPR.Klamberg, M. (2020) “Between normalcy and state of emergency: The legal framework of Sweden’s coronavirus strategy”, The Local, The Local Europe AB.翁・西沢・山田・湯元(2012)『北欧モデル』日本経済新聞出版社.国立国会図書館調査及び立法考査局(2012)『各国憲法集(1) スウェーデン憲法』国立国会図書館.神野直彦(2020)「新型コロナ、持久戦への覚悟 国民理性に委ねるスウェーデンの挑戦」政策ブログ,日本経済研究センター. 翁百合(おきな ゆり)NIRA総合研究開発機構理事、日本総合研究所理事長。京都大学博士(経済学)。未来投資会議・構造改革徹底推進会合「健康・医療・介護」会合会長、金融審議会委員、産業構造審議会委員等を務める。 国民の信頼に支えられるスウェーデンの感染症対策 〈仮訳〉 ペールエリック・ヘーグべリ駐日スウェーデン王国特命全権大使 スウェーデン政府が、これまで実施してきた感染症対策の成否について考えてみたい。まず、スウェーデンの政策が「集団免疫の獲得を目指したものである」という点は誤解であることをお伝えしたい。 スウェーデン政府は「ウイルスの拡散を制限し、ウイルスの経済的影響を緩和する」という、多くの国と同様の目標を堅持している。具体的に、政府は感染症対策で次の6つの目的を掲げている。1 )国内での感染症の拡大を抑制することで、医療機関に掛かる負担を軽減すること、2 )保健・医療サービスの資源を確保すること、3 )ヘルスケア、警察、エネルギー供給、通信、輸送、食料供給システムなど社会基盤サービスへの影響を制限すること、4 )国民と経済への影響を軽減すること、5 )実施している対策とその根拠についての明確な情報を継続的に示し、国民の不安を払拭すること、6 )正しい対策を適時行うことである。 2月にスウェーデンが警告(national health emergency)を発した際、政府の戦略は、当初から、感染を抑制しながら、保健医療システムを稼働させ続けることを目指していた。この戦略はまた、社会におけるリスクグループである病人や高齢者、中でも70歳以上の高齢者を適切に守ることを保障するものであった。 しかし、パンデミックは数カ月では克服できない問題であり、経済と社会の混乱を最小限に抑える長期的な取り組みも、同程度に重要だと考えている。これが、スウェーデンがロックダウンを行わず、また、学校を閉鎖しなかった主な要因の1つである。学校を閉鎖しなかったのは、労働力の維持にあった。スウェーデンでは、妻も夫もみんな働いているのが普通だ。学校を閉鎖すると、多くの看護師も親であり、医療をはじめ、さまざまな分野で大きな社会的混乱を引き起こすだろう。長期的に持続可能な方法で対処するためには、学校は開校し続ける必要がある。これは集団免疫の獲得とは全く関係ない。 スウェーデン政府は現在、野党とともに、これまでのアプローチを評価する合同委員会を結成している。他方、政府は、自信を持って戦略を実施している。 一方で、明らかに失敗だと言えるのは、他国と比較して多くの死者を出したことだ。人口100万人当たりの死者数(死亡率)がスウェーデンでは500人以上だが、例えば、日本では7.8人である(7月20日時点)(注9)。スウェーデンで報告されている死者の多くは高齢者だ。ステファン・ロベーン首相は、高い死者数は、政府の戦略そのものの失敗ではなく、老人ホームのような場所にウイルスが侵入することを防げなかった介護施設の失敗だと述べた。自身の責任を回避するコメントではなく、われわれが問題を予見できなかったということを述べている。政府は現在、高齢者をより手厚く守るために、老人ホームへの訪問を禁止する措置を講じている。 死亡率を下げるという課題はまだ残っているが、スウェーデンの政策は、学校、公共交通機関、ビジネスを継続したまま、最低限の法的規制や勧告を行うという難しいバランスを保とうとしている。 新型コロナウイルス(COVID-19)に対するスウェーデンの対応は、国際社会では例外的であるかもしれない。このアプローチは、スウェーデン憲法によって決められており、市民の移動の自由を保障しているために、全国的な封鎖を行うことは不可能となっている。そして、スウェーデン政府は、平時に緊急事態を宣言することはできない。 さらに、スウェーデンの制度は非常に分権化されており、これも憲法によって保障されている。例えば、介護施設や学校は、国ではなく、地方の管轄であり、国は勧告を出すことしかできない。また、内閣や各省の機能は限定されており、公的機関(Public Agency)や専門家組織が政策決定を行うことができる。政府はCOVID-19の戦略を展開するにあたり、疫学者が運営するスウェーデン公衆衛生庁(the Public Health Agency of Sweden)の意見に従っている。公共の場で集まることができる人数や、老人ホームを閉鎖する決定などは、疫学者の意見に基づいている。 スウェーデンの対応を理解するためのもう1 つの鍵は、政府機関に対するスウェーデンの人々の信頼の厚さである。スウェーデン社会は、政府と国民の信頼醸成の長い歴史の上に成り立っており、強制的な封鎖に踏み込めば政府の国民との間の信頼を弱体化させるだろう。感染拡大に対処する最も効果的な方法は、ロックダウンすることではなく、ウイルスは逮捕できないので、スウェーデンに住むすべての人々の信頼を醸成し、人々に政府の政策に協力してもらい、ウイルスの拡散を制限する行動をとってもらうことである。 政府機関と国民の間の信頼は、1日にして築かれたものではない。過去200年のスウェーデンの歴史の中で、中立国であることによる平和の維持、19世紀半ばに推進された教育の普及、1921年の普通選挙の実現、そして20世紀の福祉国家の発展を通じて築かれたものである。これらはすべて、国民が政府に圧力を掛けたボトムアップ運動の結果だった。その結果、政府が国民の声を聴くようになり、国民の政府に対する信頼度が高まり、公務員などの公的機関に対する信頼度も高くなった。 また、スウェーデンの強みは、整備された医療システムにも見ることができる。今回のパンデミックにおいてスウェーデンは、需要に応じてICUベッド数を迅速に増やし、病院への圧力を軽減するために展示会場のような既存の施設を再利用し、医療システムの崩壊を回避することができた。病院間もうまく連携し、救急車がどこに行けばいいのか分からなくなるようなことがなかった。患者が病院に到着すると、社会保障番号を介してデジタル化された患者の医療記録が最善の治療を可能にした。 日本のパンデミックへの対応を、スウェーデンの視点から見てみると、多くの共通点がある。両首脳は、信頼、自発的な協力及び個人の責任に基づくアプローチを強調した。例えば、日本が非常事態を宣言した後、多くの企業が自主的に休業した。また、日本の多国間的なアプローチへのコミットメントにも着目すべきである。日本は、EU主催の新型コロナウイルス・グローバル対応サミット(EU Coronavirus Global Response Conference)に参加し、ワクチン開発を行うGAVIの取り組みに貢献した。一部の国による拠出金の削減要求に強く抵抗しているWHO(世界保健機関)を、日本は支えている。私から見ても、日本の対応は、国内的にも国際的にも非常に良いものだった。 正直少し驚いたのは、日本国民が政府の施策に満足していないということだ。世界の他の国々と比べて、日本がいかに良く対応しているかを考えると、日本の人々は政府に何をしてほしかったのだろうと思ってしまう。 新型コロナウイルスの世界的流行は悲劇的ではあるが、デジタル化によって新しい、より良い日常を創り出す、1世代に1度の好機を私たちに与えてくれたと思う。人々は、なぜ毎日90分も通勤に掛けているのか、なぜ電子メールやテレビ会議でできることを、物理的に立ち会って実施しなければならないのか、を自問し始めている。デジタルトランスフォーメーションのプロセスを加速することで、より持続可能な社会環境を構築することができる。 私は、スウェーデンがこの変化を主導する位置にあると思っている。スウェーデンでは、パンデミックの前から在宅勤務は一般的だった。また、医療の最適化を目指し、医療記録はデジタル化されて社会保障番号に結び付けられ、データに容易にアクセスできていた。もちろん、課題もある。私もスウェーデンの税務当局が、私よりも私自身のことをよく知っていると感じることがある。しかし、それは良い結果をもたらすし、デジタル化による社会環境構築は、これからさらに発展させるべきだ。 デジタル時代には、多くの人がプライバシーや情報のセキュリティーを当然のことながら懸念している。しかし、人生の大半をソーシャルメディアに費やし、スマートフォンを携帯している―それは、セキュリティーが甘ければ追跡できる代物であるが―時代にあって、われわれも理性的に考えなければならない。個人情報の悪用を防止することと、大衆の信頼を醸成することの間でバランスをとりながら、デジタル化の恩恵を最大化するべきである。 われわれは、パンデミックの最中なので、決定的な評価を下すには時期尚早だとは思う。しかし、スウェーデンと日本は、人々への信頼と自発的な責任に支えられたアプローチが共通していると言える。われわれは、国際協調と協力がこの危機を克服するための鍵であるという信念で一致している。このウイルスは国境も国家も知らないので、私たちは、より良い明日を築くために協力しなければならない。 インタビューは、2020年6月にスウェーデン大使館にて実施。 ペールエリック・ヘーグべリ(Pereric Högberg)2019年秋に駐日大使に着任。在南アフリカスウェーデン大使館一等書記官、スウェーデン芸術評議会国際部課長、スウェーデン外務省アフリカ局局長、駐ベトナム大使などを歴任。 本パートは、原文である英文原稿をNIRA総合研究開発機構が翻訳したものであり、文責は当機構が負うものとする。本稿の元原稿(英語)は、こちらから。 現地在住医師の目からみたスウェーデンの新型コロナ対策 ロックダウンを選択しなかったスウェーデン 宮川絢子カロリンスカ大学病院外科医 筆者は、カロリンスカ大学病院の泌尿器科で外科医として勤務している。スウェーデンにおける新型コロナ感染症の対策については賛否両論あり、まだ感染が終息していない以上、対策が正しかったかどうかを現時点で明言することはできない。しかし、スウェーデンが採用した対策がどのようなものであったのか、国民がそれをどう受け止めたのか、現地で働く日本人医師の視点からお伝えしたい。 7月20日時点で、スウェーデン(人口約1,000万人)における新型コロナの死者は5,600人を超え、100万人当たりの死亡率は約550人となった(日本の新型コロナ死亡率は7.76人)。政府の新型コロナ感染症への対応について助言している専門家で疫学者のアンデシュ・テグネル氏は、このパンデミックが長期間にわたるものであること、そして、終息するまでの期間、国民が耐え得る政策をとるべきだということを、繰り返し国民に説明してきた。感染者・死亡者を抑えるだけでなく、社会経済への影響を多角的に考慮した上で、政策を決定するというテグネル氏の主張は、筆者には妥当だと感じられる。 また、ロックダウンの実施に果たして科学的な根拠があるのかということも焦点だ。テグネル氏は感染症対策に長年取り組む中で、ヨーロッパ各国の疫学者とも20年にわたり情報交換を行ってきた。同氏によれば、疫学者たちの間では、ロックダウンには意味がなく、もっと自由な方法が望ましいというコンセンサスができていた。それにもかかわらず、ヨーロッパ各国がロックダウンを選んだのは、同氏にとって非常に驚きだったとインタビューで述べている。 政策決定は、科学的エビデンスに基づいて行われる スウェーデンにおける感染症対策の選択が他国と異なるものとなった理由は、誰が政策を主導しているかという点が大きいだろう。スウェーデンの政策決定方針で注目すべきことは、科学的なエビデンスに基づいて政策を決定すること、つまり、専門家の意見が尊重されているということだ。憲法にも、公的機関(Public Agency)の判断を尊重すると明記されている。他方、スウェーデン以外の国では政治家が最終的な決断を行っている。よって、感染が拡大して国民から批判が強まると、政治家は強硬な政策を採用せざるを得なくなってしまう。 スウェーデンでは、公的機関は、政府から一定の距離を保っており、個別の政策決定に政府が介入することは禁じられている(注10)。政治家が公的機関の専門家の意見を尊重するという姿勢は、感染症以外の政策でも一貫しており、政治家のメッセージと専門家のメッセージが常に一致している。また、普段から政治に対する市民の関心は高く、選挙の投票率は90%程度もある。もともと政治や政府に対する国民の信頼度が高く、今回の対応においても、専門家が自由度をもって方針を決め、政治家がそれを尊重して実行するということが比較的容易だったと思われる。 なお、スウェーデンにおいてもロックダウンを行わない政府の方針に異を唱える研究者は少なくないし、議論は今でも活発に行われている。例えば、マスクの着用もエビデンスがないということで推奨されてこなかったが、多少のエビデンスは出てきており、なぜ、もう少し柔軟に対応しないのかと筆者自身は思うところだ。 また、憲法の面からいえば、スウェーデンの憲法は日本と同様、政府がロックダウンを実施する権限を与えておらず、あくまで国民の自由意志に委ねることになる。これはスウェーデンが200年以上、戦争に参加していないことと関係があるだろう。政府が緊急事態を宣言する必要が、長期間にわたりなかったのである。ただし、今回、新型コロナの感染が拡大した時に備えて、自治体が学校に対して閉鎖を命じることを可能にする法律が2020年3月に成立した。学校を休校にする準備は自治体レベルで整備されたといえる。 高齢者が犠牲になった背景には、雇用問題がある 新型コロナによる犠牲者は高齢者に集中している。高齢者向け施設でクラスターが発生してしまったことが理由だが、その背景にはスウェーデンの雇用事情がある。 まず、スウェーデンでは1992年のエーデル改革(注11)以降、介護施設に入所する高齢者の数が減少している。これは、在宅での介護支援を充実させることに政策が転換されたためだ。今では、介護施設に入所するのは重度の要介護高齢者であるケースが多い。 介護施設では民営化が進んだことで、コスト削減が厳しく求められるようになった。また、労働者の権利が非常に強く、いったん雇用された労働者はよほどのことがない限り解雇できない。そのため介護施設では労働力を安い時給のパートタイム労働者に頼るようになり、民間の介護施設におけるパートタイム労働者の割合は全就業者の30%以上にもなるという。パートタイム労働者には移民が多く、労働条件も劣悪だ。彼らは欠勤したら収入がゼロになってしまうため、たとえ新型コロナの症状が出ていたとしても、それを隠して働こうとした。そのことが感染を広げる結果になったのである。こうした介護施設以外に高齢者向け住宅もあるが、こちらの方ではクラスターは発生していない。 クラスターが発生したその他の場所としては、認知症患者が入院している病院がある。スウェーデンでは認知症患者の身体抑制は禁じられているため、患者は自由に病院内を動き回れるのだが、それによって医師や看護師に感染が広まったというケースもある。 ただし、新型コロナに感染した高齢者のうち、亡くなられたのは30%ほどであり、残りの方は自然に回復したと報告されている。 病気になったらきちんと仕事を休める社会的風潮 スウェーデンでは、2020年2月に中国からの感染が初めて確認された後、徐々に感染者が出始めた。当初は、感染者の周辺にいた人に対してPCR検査を行い、感染ルートを追跡した。その段階では、PCR検査はそれほど切迫した状況ではなかった。3月上旬までに各地域の1週間の「スポーツ休暇」が終わると、感染者が急増し、追跡調査が不可能になってしまった。そのため、検査方針が転換され、入院を必要とする重症者に限ってPCR検査を行うことになった。しかし、5月中旬以降はPCR検査のキャパシティーも増大し、希望者全員に対して無料でPCR検査が行われている。PCR検査数が増えたことで統計上の感染者数が急激に増加し、スウェーデンのコロナ対策への逆風も強まったが、重症者や死亡者の数は減少している。6月後半から、PCR検査数は増加しているにもかかわらず、感染者数は減少へ転じており、批判されることの多かったスウェーデンの政策が成功したのかもしれないと評されることも出てきた。 初期段階でPCR検査を絞ったという点は日本と似ているが、スウェーデンでは日本ほどPCR検査を切望する人の声は多くなかったように思われる。 理由の1つは、医療体制や労働環境の違いだろう。スウェーデンでは、そもそも日本よりも医療へのアクセスが一定程度制限されている。例えばインフルエンザについては基本的に家で寝ていれば治る病気だという認識が共有されており、検査も治療もほとんど行われず、薬局でも簡単に薬剤を処方しない。 このように医療へのアクセスが一定程度制限されている代わりに、病気を患えば簡単に仕事を休める。医師でさえも手術の予定が入っている日に子どもが病気になった場合には、別の医師に執刀してもらうことができる。どうしても医師の都合がつかない時は、手術自体がキャンセルされることもある。 個人の生活を重視する社会になっているため、新型コロナについても「調子の悪い人は検査をしないで自宅にいてください」という政府からのメッセージが受け入れられやすかったのだろう。 国レベルで医療リソースを最適化 スウェーデンにとっても新型コロナウイルス感染症の拡大は未曾有の危機であり、それに対して最初から万全の態勢ができていたわけではない。ただ、中央集権的に医療リソースの最適化を行うことができた。 例えば、感染者が最も多かったストックホルム市では、コロナ感染者を最優先で治療する四つの病院が定められ、通常診療については他の病院に振り分けられた。人工呼吸器を指定病院に回す、専門が異なる医師や看護師に教育を施してICUでの治療に当たらせる、スカンジナビア航空のCAに研修を行って感染者のサポート業務を行ってもらうなど、国も病院も機動的に動いた。防護服は、一時的に品薄となって節約するよう指導があり、研究室で使うものを融通したことはあったが、間もなく中国から大量に届くようになったため、筆者が勤める病院で不足したという経験はない。 次に、公立病院の割合が多いことも有利に働いた。民間の病院では経営が赤字になることを恐れて感染症の治療に躊躇してしまうこともあるが、こうしたコストの問題について病院関係者が思案する必要はなかった。また、救急車の搬送先もある程度決まっているため、受け入れ病院が見つからず、患者がたらい回しにされることもなかった。 もう1つ、混乱が少なかった理由として、スウェーデン人の死生観も影響しているかもしれない。70歳以上の高齢者が新型コロナに感染して重症化した場合には、予後はどれくらいありそうか、後のリハビリに耐えられるか、といった点を総合的に判断し、ICUに入れるかどうかを判断する裁量が医師には与えられている。また、家族の意向も、日本ほど強くは医師の判断に影響しない。人間は誰しも死ぬ時は死ぬ―スウェーデン人はそのことを日本人よりも受け入れているのではないか。 日本への含意 人口比で見た死亡率が日本よりずっと高いにもかかわらず、スウェーデン国民の政府に対する信頼度は高い。感染症対策を指揮している公衆衛生庁に対しても、一時期7 割以上あった「信頼」が6 月の段階では6割台に下がってはいるが、過半数は依然として政府の感染対策を支持している。切り捨てられる可能性もある高齢者ほど、政府を信用しているという興味深いデータもある。 スウェーデンの政策についていろいろな意見はあるが、情報の透明性に関しては日本が学ぶべき部分だろう。各省庁のデータが公開され、誰もがアクセスすることができる。各省庁の代表者は毎日のように記者会見を開き、データの解析や今後のプランについて質疑応答を行っている。専門家がリーダーシップを発揮して情報発信をきちんとしていることで、国民はその政策に安心感を持つことができている。 また、スウェーデンから日本の対応を見て感じるのは、日本は現場の人間がとても頑張っているということだ。小さな民間病院も含めて医療関係者は全力で対応しているし、国民の衛生観念は高く、規則にもきちんと従う。通常診療に加えコロナ感染症の診療に追われる医療現場の役割分担を明確にし、病院・医療機関の連携を高め、中央主導でうまく振り分けられるようになると良い。 日本では、筆者のように、女性が子育てをしながら病院の最前線で外科医として働くことは非常に難しい。新型コロナウイルス対策にとどまらず、スウェーデンの優れた点は参考としながら、日本の社会が、女性が仕事と子育てを両立できる優しい社会になってほしいと願っていることを最後に付け加えておきたい。 参考文献 伊澤知法(2006)「スウェーデンにおける医療と介護の機能分担と連携―エーデル改革による変遷と現在―」『海外社会保障研究』No.156, pp32-44, 国立社会保障・人口問題研究所. 宮川絢子(みやかわ あやこ)スウェーデン・カロリンスカ大学病院泌尿器外科医。慶應義塾大学医学部卒業。医学博士。カロリンスカ研究所とケンブリッジ大にてポスドク、琉球大、東京医大での勤務を経て、2007年スウェーデンに移住。2008年同国医師免許、2009年同国泌尿器科専門医資格を取得。2008年より現職。泌尿器外科における日瑞初の女性ロボット外科医。開腹手術、ロボット手術など多数の手術を手掛ける。二児の母。 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。(出典)翁百合・ペールエリック ヘーグべリ・宮川絢子(2020)「スウェーデンはなぜロックダウンしなかったのか-憲法の規定や国民性も背景-」NIRAオピニオンペーパーNo.52 脚注 * 本稿の編集は、NIRA総研研究コーディネーター・研究員の関島梢恵、北島あゆみ、およびWebb Jonathanが担当した。 * 本稿の編集は、NIRA総研研究コーディネーター・研究員の関島梢恵、北島あゆみ、およびWebb Jonathanが担当した。 1 OECDによる2020年 6 月の2020年実質GDP成長率見通し。 1 OECDによる2020年 6 月の2020年実質GDP成長率見通し。 2 この点、スウェーデンの政策を指揮した専門家の一人であるテグネル氏がインタビューで、ロックダウンしなかった対策を失敗と認めたとの報道があるが、氏は「高齢者をより守れれば良かった」と述べているものの、失敗と認めているわけではない。 2 この点、スウェーデンの政策を指揮した専門家の一人であるテグネル氏がインタビューで、ロックダウンしなかった対策を失敗と認めたとの報道があるが、氏は「高齢者をより守れれば良かった」と述べているものの、失敗と認めているわけではない。 3 同第 2章第24条で、「集会の自由及び示威運動の自由は、集会若しくは示威運動の際の秩序及び安全又は交通の観点から制限することができる。その他、これらの自由は、国の安全又は伝染病の予防のためにのみ制限することができる」とされており、50名以上の集会制限ができたのは、ここに根拠を見いだすことができる。 3 同第 2章第24条で、「集会の自由及び示威運動の自由は、集会若しくは示威運動の際の秩序及び安全又は交通の観点から制限することができる。その他、これらの自由は、国の安全又は伝染病の予防のためにのみ制限することができる」とされており、50名以上の集会制限ができたのは、ここに根拠を見いだすことができる。 4 第14章「地方自治体」第2条において、「地方自治体(コミューン)は、一般的利益を有する地方及び地域の問題をコミューンの自治の原則の下に管理する」とされている。 4 第14章「地方自治体」第2条において、「地方自治体(コミューン)は、一般的利益を有する地方及び地域の問題をコミューンの自治の原則の下に管理する」とされている。 5 政府は、総理大臣と他の大臣から構成される。公的機関は、政府や、政府の業務を支援する省に対して、行政を行う上で必要となる専門的な情報や見解を提示する役割を担い、政府や省からは独立している。 5 政府は、総理大臣と他の大臣から構成される。公的機関は、政府や、政府の業務を支援する省に対して、行政を行う上で必要となる専門的な情報や見解を提示する役割を担い、政府や省からは独立している。 6 「いかなる官庁も、議会又は地方自治体(コミューン)の議決機関も、特定の場合において、公的機関が個人又は地方自治体に対する官庁の権限行使又は法律の適用に関わる事案においてどのように決定すべきか、を定めてはならない」 6 「いかなる官庁も、議会又は地方自治体(コミューン)の議決機関も、特定の場合において、公的機関が個人又は地方自治体に対する官庁の権限行使又は法律の適用に関わる事案においてどのように決定すべきか、を定めてはならない」 7 2020年 6月28日Bloombergが発信したテグネル氏のインタビュー。 7 2020年 6月28日Bloombergが発信したテグネル氏のインタビュー。 8 スウェーデン政治に詳しい龍谷大学渡辺博明教授に様々なご示唆を多くいただいた。記して感謝申し上げる。スウェーデン憲法の日本語訳は、国立国会図書館調査及び立法考査局(2012)のものを掲載しているが、注6では、行政機関を公的機関としている。 8 スウェーデン政治に詳しい龍谷大学渡辺博明教授に様々なご示唆を多くいただいた。記して感謝申し上げる。スウェーデン憲法の日本語訳は、国立国会図書館調査及び立法考査局(2012)のものを掲載しているが、注6では、行政機関を公的機関としている。 9 インタビューを行ったのは6月であったが、本稿が公表される時点で入手可能な情報に基づき修正を行った。 9 インタビューを行ったのは6月であったが、本稿が公表される時点で入手可能な情報に基づき修正を行った。 10 Government Offices of Sweden “Public agencies and how they are governed” 10 Government Offices of Sweden “Public agencies and how they are governed” 11 医療・介護の機能分担と連携体制に関する改革。日本の都道府県にあたる広域管轄であった、高齢者および障碍者に対する医療サービスを、市町村にあたる地域管轄に移管し、介護サービスと合わせて各地域で一元化して運営するようにした。移管されたサービスに従事する看護師などの医療関係職種も地域の職員となった一方、医師は広域管轄にとどまった。そのため、看護師レベルまでの医療・介護の連携は深まったとされるが、医療の面では管轄間の責任関係が曖昧になったともいわれる。 11 医療・介護の機能分担と連携体制に関する改革。日本の都道府県にあたる広域管轄であった、高齢者および障碍者に対する医療サービスを、市町村にあたる地域管轄に移管し、介護サービスと合わせて各地域で一元化して運営するようにした。移管されたサービスに従事する看護師などの医療関係職種も地域の職員となった一方、医師は広域管轄にとどまった。そのため、看護師レベルまでの医療・介護の連携は深まったとされるが、医療の面では管轄間の責任関係が曖昧になったともいわれる。 シェア Tweet ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構発行人:牛尾治朗※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ